― Metamorphose ―

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ふしぎ脳 ⑱

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ふしぎ ふしぎ 不思議がいっぱい! 
頭の中を覗いてみたい☆



   第八話 彷徨える人形 ③

 vol.Ⅵ

どのくらい、心を失くしていたのだろう?
気がついたとき、人形は薄汚い雑多なガラクタ屋にいた。
周りには信楽の狸や千成ひょうたん、七福神の置き物、
贋物くさい掛け軸などと一緒に、ガラスケースに放り込まれていた。

美しかった人形も長い年月の間に……
白いエプロンドレスは外されてなくなって、 
真紅のドレスは色褪せ、青磁の肌は薄汚れ、
髪もくしゃくしゃで、ひどく陰気臭い人形になっていた。
そんな人形を誰も買う人もなく、店先に忘れさられて……
毎日、ため息ばかりついて人形は暮らしていた。

そんなある日、貧しげな身なりのひとりの老婦人が、
人形を指差し、これが欲しいと店主に告げた。
値段のことで少し揉めていたが……
このまま店先に置いても一向に売れそうもない、
アンティークドールを、しぶしぶ老婦人に売り渡した。

久しぶりに、持ち主のできた人形は少しウキウキした。
おばあさんのキャリーバックに乗せられて、
奥まった路地の、小さな古い平屋に連れて帰られた。
だけど家の中はこじんまりして、とても清潔で快適だった。
そして人形は、ここでおばあさんとふたり暮らし始めた。

おばあさんの日課は毎朝、仏壇に手を合わせる事から始まる。
仏壇には亡くなった夫と、7歳で亡くなった娘の位牌が納められていた。
いつも仏花とお供えを絶やさなかった。
都会に息子が家族と住んでいるが、ひとり暮らしの母親の元に、
あまり訪れたことはなかった。

いつもひとりぼっちで、おばあさんは寂しそうだった。

人形のことは、亡くなった娘の名前を借りて、
『なおみ』とおばあさんは呼んでいた。 
「娘が西洋人形を欲しがってねぇ~」と人形に話しかけた。
「うちは貧乏だから、そんな高い人形は絶対に無理だからって、
買ってやれなんだぁ~あんなに早く死ぬんだったら……」
無理してでも、買ってやればよかったと、
おばあさんは後悔していた。
「最後に、なおみの棺の中に入れてやれれば良かった」
と嘆いて、
「なおみ、お母さんを許しておくれ!」
おばあさんは深いため息をついて、仏壇に手を合わせて
亡くなった娘にいつまでも詫びていた。

その姿は死んだ者より、死者の想い出にすがって生きている方が、
その何倍も悲しくみえると人形は思った――。

おばあさんと人形は毎日平穏な日々を送っていた。
人形のためにおばあさんは新しいドレスを縫ってくれた。
娘の形見の服をほどいて、ひと針ひと針と手で縫っていた。
それは少し不恰好だったけど、おばあさんの真心が込められて、
とても嬉しかった。
大事に扱ってくれるおばあさんが大好きだった。

「なおみ、じゃあ行ってくるよ」
脚の悪いおばあさんは、キャリーバックを押して、
いつものように買い物に出掛けていった。

だけど、どうしたことか?
そのまま、何日たってもおばあさんは帰ってない。
「おばあさん どこへ行ったの?」
人形は心配しながら、ひたすらおばあさんの帰りを待っていた。
暗い部屋の中で、虚しく時計の針が時を刻むのを聴きながら……

数日経った、ある朝、知らない人たちがドカドカ家の中に入ってきた。
それは都会に住む息子の家族だった。
その時初めて、買い物帰りに、おばあさんがトラックにはねられて、
亡くなったことを人形は知った。
この家に、おばあさんの遺品の片付けにやってきたようだ。
おばあさんの荷物は、ことごとくゴミとして捨てられていった。
あまりのショックに、人形は呆然としていた……

人形もゴミ袋に投げ込まれようとした、その瞬間、
「それは取っといて!」息子の嫁がいった。


 vol.Ⅶ

おばあさんの人形は、都会のマンションに連れてこられた。
マンションの室内では、2匹のコーギー犬が飼われていた。
ダンボールの箱から取り出された人形の髪を掴んで、 
息子の嫁は、犬たちに向ってこういった。
「ほらっ、新しいオモチャよ!」
人形を犬たちに放り投げた。

喜んで興奮した犬たちは、
2匹で人形を咥え、引っ張りあって遊んだ。
「やめて! やめて!」人形は泣き叫んだ!
じゃれ合う犬たちによって、
人形の髪もドレスもボロボロにされていった。
「まるで悪夢だわ……」なすがままだった。
フランスの人形職人のおじいさんが作った、
自慢の人形がぼろ屑のような無残な姿にされていく……
それはプライドの高い人形には耐え難い辱めだった!

とうとう人形は捨てられてしまった。
犬が散歩に咥えていって、そのまま公園の片隅に忘れられた。

「なんだこりゃ? 汚い人形だな!」
それを見つけた小学生の男の子たちに、
サッカーボール代わりに蹴飛ばされ、踏んづけられた。
蹴られる度に、人形は心の骨が折れるようだった。
あぁ~心が砕けていく……

今は腐敗した生ゴミといっしょにゴミ箱の中にいる。
人形のガラス玉の眼に映る空は、どんより暗く重かった。
今までの持ち主たちのことを、ぼんやりと考えていた。
結局、みんな不幸だった、いつも悲しい末路だった。
わたしの本当の名前は不幸の人形なのだろうか?

だけど、人形は何もしていない。
見ていただけに過ぎないのに……ただ見ていた。 
神さまは、何ひとつとして願いを叶えてはくれなかった。
いつだって、運命という河に流されていくしかなかった!
わたしは何もできない、ただの人形だから……

遥か西洋のフランスから、東洋の国にやってきた、
彷徨える人形の、長い長い旅路が、
ようやく終わろうとしている。
もうすぐ、ゴミの回収車がやってくるだろう。
パッカー車に投げ込まれて、こなごなに潰されて、
他のゴミと混じって、人形のカタチなんかなくなってしまう、
もう、それでいいと思った。

もし生まれ変われるなら、心の無い人形になりたい。
何もできないのに、心があるのは辛過ぎるから……
見ているだけは、悲し過ぎると人形は泣いていた。

そして、ゴミの回収車に投げ込まれる刹那 
「Je veux ne regarder rien!」人形は叫んだ。


もう、何も見たくない……


だけど、人形の声は誰の耳にも聴こえなかった。


― 彷徨える人形 完結 ―




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2017-01-21 10:50 | ファンタジー小説 | Trackback

ふしぎ脳 ⑰

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ふしぎ ふしぎ 不思議がいっぱい! 
頭の中を覗いてみたい☆



   第八話 彷徨える人形 ②

 vol.Ⅳ

煤けた貧相な骨董品のお店だった。
蚤の市に並ぶような、ガラクタと一緒に、
ガラスケースに入れられ、人形は店の片隅に飾られた。

あんな女の姿を見なくて済むと思っただけで、
むしろ清々した気分で人形は嬉しかった。
ただ、あの青年のことだけが気がかりだった――。
「今ごろ、どうしているのだろう?」
ひとり部屋に取り残されて、絶望した彼の姿が浮かんできて、
胸が締め付けられた。

どのくらい、経っただろうか……
ガラスケースの上に、うっすら埃がかぶる頃に、
人形は誰かの視線を感じて眠りから覚めた。
眼鏡をかけた小柄な東洋人の男がひとり、
しげしげと食い入るように人形を眺めていた。
やがて店主に声をかけ、
たどたどしいフランス語で値段の交渉を始めた。
あら、わたしを買うつもりなのかしら?

彼は仕事でフランスにきていた旅行者だ。
祖国で待つ、妻へのお土産にアンティークドールを探していた。
この店で人形を見るなり、「これは掘り出し物だ!」と内心喜んだ。
しかしながら、幾らかでも値切って買おうと彼は必死だった。
もう何年も売れ残っている人形にうんざりしていた店主は、
東洋人の男のいう値段に譲歩して人形を売り渡した。

そして人形は彼の旅行鞄に詰められて、
何日々も船に揺られ、見知らぬ国へ連れて来られた。
そこは言葉も習慣も全く違う、 JAPONという東洋の国だった。

やっと窮屈な旅行鞄から取り出された人形を、
ひと目見るなり、東洋人の男の妻は歓喜の声をあげた!
「まあ、なんて綺麗なお人形なの!」
その美しさに目を見張った。
奥さんは、『メアリー』という名前を人形に与えた。

人形好きの奥さんは、部屋いっぱいに人形を飾っていた。
それは東洋の人形で、市松人形と呼ばれている。
黒い髪とキモノを着た、少女の人形たちだった。
市松人形たちが解らない言葉で話していた。
「あの人形、髪の色が黄色いわ!」
「目も青いのよ! ヘンな格好だし、みっともないわね」
「本当、なんて気持ち悪いんでしょう!」口々に人形を罵った。

西洋人形の彼女は、みんなから除け者扱いされたけど……
ひと目みるなり人形が気に入った奥さんは、
お部屋の一番良いところに人形を飾ってくれた。
居心地の良い家に、とても満足していた。

奥さんは、出張がちで留守の多い夫をいつも家で待っていた。
夫婦には子供はなく、ひとりぼっちで孤独な時間が長かった。
家事を済ませたら、庭のお花をいじったり、愛猫とじゃれて遊んだり、 
人形相手におしゃべりをしたりして、一日を過ごしていた。
そうやって、淋しさを紛らわせようとしていたのかもしれない。

そんな奥さんが、この頃そわそわして気もそぞろになった……
窓辺でため息をついたり、毎日、誰かに手紙を書いていると、
ときどき夢みる乙女のような瞳の色になった。

ある日、ひとりの男性が奥さんを訪ねてきた。
どう見ても、奥さんよりずっと年下らしい男性は、
優しげな声で話しかけていた。 
はにかんだ奥さんは下ばかり向いて、男性の顔をまともに、
見れずに頬を赤らめていた。
突然、男は奥さんの手を握ると抱き寄せた。

ふたりは惹きあうように抱き合ったままソファーに崩れた。
「まあ、奥さんなんてことを!?」人形は驚いた。
純情な奥さんが、夫以外の人、
この男性を好きになったのだと分かった。

奥さんは夫の留守中、家でこの男と逢うようになっていった――。


 vol.Ⅴ

ふたりの蜜月は、そう長くは続かなかった……
ついに奥さんの浮気が、夫にバレてしまったのだ。

それから人形が見たものは、凄惨な夫婦の修羅場だった。
妻の浮気に激怒した夫は、奥さんに暴力をふるうようになった。
大人しく優しかった旦那さんは、 まるで人格が変ったみたいだ。

奥さんが可愛いがっていた猫を殺した。
夜になると、寝室で妻を殴ったり蹴ったりした。
人形に聴こえてくるのは、毎晩、毎晩……
旦那さんの怒号と、奥さんの悲鳴と号泣だった。
人形は、誰かに助けを求めて叫びたかった。
「お願い! 奥さんを助けて!」
「このままでは、旦那さんに殺されてしまう!」
人形も泣き叫んでいた、何もできない人形の身が悲しい。
奥さんを助けたくても、動けない無力な自分に絶望していた。

一日中、奥さんは外出もしないで家で臥せっていた。
夫に殴られた傷が痛むのか、苦しいそうに呻いていた……
特に顔は紫色に腫れあがり、切れた唇から血が滲んで、
とても痛々しかった、その顔を見るのが人形には辛かった。
奥さんは鏡で自分の顔を見て泣いていた。

女の顔を、こんなになるまで殴るなんて!
人形は激しい怒りで心がどす黒くなるようだった。
いくら妻の浮気を許せないとはいえ、あまりに酷すぎる。
そんなに憎いのなら、なぜ別れないんだろう?

妻を殴りながらも、彼は妻を愛していた。
それは嫉妬という、男の執着心だった。
あまり深く深く愛し過ぎて…… 
愛と憎しみの境界線が見えなくなっていたのだ――。

なぜ奥さんは夫の暴力から逃げないんだろう?
……ただ、彼女は待っていたのだ。 
この家にいれば、恋人が助けに来てくれると信じて……
だけど恋人の若い男は夫に凄まれて、
奥さんを見捨てて逃げてしまっていた。

愛は哀しい、人間は悲しい、と……人形はそう思った。

ついに、怖れていたことが起こった。
真夜中、家の中に男の絶叫が響き渡った!
その声に、恐怖で人形は身の毛がよだった。
「あの声は旦那さんの声だわ、いったい何が起こったの?」

いきなり部屋のドアが開いて、奥さんが入ってきた。
長襦袢の前がはだけ半裸身、全身におびただしい血を浴びて……
手には血のついた包丁が握られていた。
ひと目でなにが起きたのか、人形にも察しがついた。
奥さんは、ついに夫を殺してしまったのだ!

真っ赤な血のついた手で、奥さんは人形を掴んだ。
胸に抱きしめて、愛おしそうに頬ずりをした。
奥さんは誰かの名前を呟いていた、何度も、何度も……
その名前は奥さんをもて遊んで逃げた。
あの若い男の名前だった!

男の名を呼びながら、奥さんは泣いていた。
涙をぽろぽろこぼしながら…… 
子供のように声をあげて、泣きじゃくっていた。
それは、あまりにも哀れな女の姿だった。
人形も一緒に、奥さんと声をあげて泣いた。

やがて、奥さんは放心したように……
ゆっくりと、包丁の刃の先を自分の喉にあてた。
「奥さん、何をするつもりなの!?」人形は驚いた。
「やめて、やめて! お願い馬鹿なことはしないで!」

大きく頷くように、包丁で自分の喉を刺し貫いた。
悲鳴と共に鮮血が降ってくる、人形のドレスにも、髪にも、顔にも……
ぜんぶ奥さんの血だ! 血が雨のように降ってきた。
「お願い、死んじゃあダメよ!」人形は叫んだ。

「奥さん、奥さん! 死なないで!」

奥さんは人形を抱きしめたまま、こと切れた……
あまりに凄惨な死ざまだった、そして人形も心を失った……

そして世間では、人形のことを『血塗られた人形』だと呼んだ 。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2017-01-20 17:49 | ファンタジー小説 | Trackback

ふしぎ脳 ⑯

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ふしぎ ふしぎ 不思議がいっぱい! 
頭の中を覗いてみたい☆



   第八話 彷徨える人形 ①

 vol.Ⅰ

路地裏のゴミ箱に人形が捨てられていた。
散乱腐敗したゴミの中で、汚い人形は周りに同化してみえた。

その人形は古いアンティークドールだった。
青磁の肌に碧眼、金髪のカールが美しかった人形だが、
今は泥で汚れドレスは破れ髪はクシャクシャで、
千切れた片方の足はどこにも見当たらない。
ただ憐れな姿を晒していたのだ。

――人形は泣いていた。
青いガラスの瞳は曇った空を映して……
見えない瞳は哀しみの雫で濡れていた。

19世紀のヨーロッパはイギリスの産業革命と、
フランス革命の影響のもと、東西文化が著しく交流した時代であった。
人形の世界においても、流行のファッションを身に着けた、
パリジャンヌと呼ばれる人形は、華やかなパリの空気を伝える、
美しい存在として女の子たちの憧れの的だった。

19世紀パリの街角、人形工房でビスクドールの彼女は作られた。
年老いた人形職人のおじいさんは人形に『カトリーヌ』という名前をつけた。
青磁の肌と青いガラスの瞳、真紅のドレスと白いエプロンドレス、
子供の姿態をしたベベ・タイプの、それは華やかで美しい人形だった。
ずっとおじいさんの自慢の作品であった。
お気に入りのカトリーヌを、おじいさんは最後まで手放さずに、
ずっと自分の工房に置いていた。

ある夜、おじいさんは人形のカトリーヌ相手に若い頃の話を始めた。
青年の頃、心から愛した女性と結婚できなかったこと、
どうしても彼女のことを忘れられなくて、おじいさんは生涯独身を通した。
『カトリーヌ』とは、おじいさんが心から愛した女性の名前だった。
人形はその人の容姿を写して作られていた。
青磁の肌、金色の髪……そして青い瞳は、
おじいさんの哀しみを湛えて泣いているみたいに潤んで見える。

おじいさんは愛した人の面影を写した人形のカトリーヌを、
深く愛していたから、まるで恋人に囁くように話しかけていた。
人形のカトリーヌはもちろん話すことはできなかったが、
おじいさんの話すことは理解できた。
たぶん、あまりに精魂を込めて作った人形だったので、
心が宿ったのかも知れない。
カトリーヌはおじいさんの傍で長く一緒に暮らしていた。

だが、寒い寒い冬の朝、年老いたおじいさんは、
心臓発作を起こして、あっけなく亡くなってしまった。
発作を起こしたおじいさんは苦しみもがいていたが……
やがて息絶えて、動かなくなってしまった。
その一部始終を人形は見ていたが、何もできずに、
「おじいさん、おじいさん……」と、
ただ叫び続けるしかなくて、
張り裂けそう悲しみで、青い瞳は蒼く沈んでいった。

おじいさんの最後の言葉は「カトリーヌ愛してる……」だった。


 vol.Ⅱ

人形職人のおじいさんが亡くなって、カトリーヌは遺品になった。
生前に取引のあった人形店に引き取られ、お店のショーウィンドウに
カトリーヌは飾られた。
自分が売り物になるなんて、想像していなかったカトリーヌにとって、
それは屈辱だった。

お店の人形たちは、カトリーヌを見て意地悪な声で、
「あなたのドレスは流行遅れだわ」
「なんて、陰気な瞳の色なの?」
「生意気な顔ね!」
口々に嫌味を言われたけれど……
おじいさんが作った自慢のビスクドールとして、 
カトリーヌは誇りを持っていたから、何をいわれても胸を張っていた。

そんなある日、ショーウィンドウに飾られた人形は、
プチ・ブルジョワの小さな娘の目に留まった。
彼女はカトリーヌを見た瞬間、桃色の頬を更に紅潮させて、
「まあ、とっても可愛い人形だわ!」
キラキラと瞳を輝かせた。
「お父さま見て、この人形の青い瞳がとても素敵よ」
傍らの父親に指で示す。
「ねぇ、この子はうちに来たいっていってるみたい」
ひとり娘を溺愛している父親は、可愛い娘のおねだり勝てない、
その場でお金を払って人形を買った。

小さな娘の胸に抱きしめられて、 
カトリーヌは新しい家に引き取られていった。
「あなたは今日から、わたしの妹よ」
ずっと妹が欲しかった、小さな女の子は人形に、
『ミッシェル』と、新しい名前をつけた。
わたしにはカトリーヌという名前がありますといったが、
その声は誰にも聴こえない。

いつも可愛い少女の胸に人形は抱かれていた。 
眠る時にはベッドの傍に置かれて、窓辺から差し込む月明かりで
安らかに眠る少女の寝顔を眺めるのが好きだった。
この天使のような無垢な魂の少女のことを、人形も深く愛していた。

やがて少女から成長した彼女は美しい娘になった。
「ミッシェル、わたし好きな人ができたの!」
柔らか頬を桃色に頬を染めて、人形だけにうちあけ話をした。
娘の好きな人の話を人形は微笑みながら聴いていた、
心から、この娘の幸せを願いながら……
この娘と暮らす日々が、人形にとって満ち足りた日々でした。

それなのに……、ああ、神さまはあまりに残酷だった!
18歳の誕生日を目前に、喘息の発作で娘は天に召されてしまった。
なんてこと! 娘の死が信じられず人形は茫然とする。
悲しみの青い瞳は、毎日々、娘の姿を探し求めていた……

突然、愛娘を失った父親はショックで酒びたりになった。
母親は悲しみで憔悴して病気になり寝込んでしまった。
人形は淋しい家族の末路を、その瞳に映して……
青い瞳は蒼く蒼く翳っていく……
ああ、心の中に悲しみの雨が降ってくる。


 vol.Ⅲ

ある日、ひとりの青年がこの悲しみの家を訪れた。
亡くなった娘の遺品を何かくれまいかと、父親に所望した。
彼こそが、娘が生前の好きだったその人だ。

青年の一途な娘への想いに、父親は心打たれて、
「娘を思い出すから、これを見るのが辛い……」と、 
娘が可愛がっていた人形を、形見として、その青年に手渡した。

そして人形は青年の住むアパートメントへ連れて行かれた。
さっそく人形に「マリアンヌ」と、娘の名前をつけて呼んだ。

貧乏画学生の青年の部屋には、
生前の娘の生き生きとした姿態を写した、
キャンバスが何点も置かれていたが……
それが返って人形には娘を思い出して、とても辛かった。 

青年は絵を描きながら、人形相手に亡くなった娘の、
思い出話をよくしていた。
ふたりでよく行ったカフェのこと、一緒に観たオペラのこと、
初めてマリアンヌを抱きしめてキスした時の感動やら……
そして最後はいつも泣いていた、人形も一緒に泣いた。
人形と青年は悲しみを分ち合った。
この純粋な青年を人形も好きになり始めていた。

けれど若い彼にはやがて新しい恋人ができた。
その女は絵のモデルだといっていたが、
真っ赤なルージュと派手なドレス、強い香水をプンプンさせた、
まるで娼婦のような女だった。

初めて青年の部屋に訪れた時、いきなり人形の足を掴んでから、
逆さまにして、
「あら、まっ、人形のくせにパンティだって穿いてるわ! ぎゃははっ」
大口を開けて、下品な声で笑った。
最低の女だと思った! 人形は怒りと屈辱で頬が熱くなった!
なぜ青年がこんな女を好きなったのか? 
人形には到底理解できなかった。

“生身の人間は、しょせん思い出だけでは生きてはいけない”
そのことを人形には理解できるはずもない。

やがて、ふたりは青年のアパートメントで一緒に暮らし始めた。
その女は人形を手荒く扱った、自慢のドレスにワインをこぼしたり
癇癪を起こして床に投げつけられたりした。
「なんて酷い女!」人形は彼女を嫌悪していた。
しかも、その女は派手で金使いが荒く、借金まみれだった。
好きになった女を救えるのは、自分しかいないという自負から…… 
青年は好きな絵を諦めて、朝から晩まで女のために働きはじめた。

それなのに……
青年がいない日、女は昼間から男をくわえこんで情事に耽っていた。
その嬌声に人形は目と耳を塞ぎたかった。
「こんな女は、死んでしまえ!」心で何度も呪っていた。

そんな日々が続いた、ある日……
ついにその女は新しい恋人と、青年が留守の日に出ていこうと、
荷物をまとめていた。
やれやれ、これでまた平穏な日々を送れると思っていた人形だったが、
部屋を出て行くときに何を思ったか?
女がいきなり人形を掴んでバックの中に乱暴に突っ込んだ。
「嫌っ! わたしをどうつもり?」人形は叫んだ!

アンティーク雑貨のお店に、人形は売られてしまった――。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2017-01-20 17:38 | ファンタジー小説 | Trackback
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   第83話 【 寓話 】神さまの実験

今この瞬間にも世界中のどこかで人々は争い血を流している。どんなに神さまに祈っても戦いのない世界などどこにもないのだ。
戦争が命をなくす破壊行為だと分かっていながら、いつまで経っても人間は平和な世界を築けないままでいる。

敵対している二つの種族のことを、天上から神さまが見ていた。
この種族は100年以上も前からずっと紛争が絶えたことがなく、人種の違いや宗教の違いなどでお互いに憎み合ってきた。
子どもたちは生まれた時から、鉄砲の弾や爆弾、地雷といった危険なものに身を晒しながら育ってきたのです。戦争で犠牲になるのは、いつも弱い子どもたちなのだ。
もういい加減に平和になってほしいものだと神さまは思っています。
戦いをやめて平和を築くために、この二つの種族を使って実験しようと思い立った。

まず、二つの敵対する種族を神さまが創った仮想世界へと移送する。
そこで彼らの行動を観察しながら、平和への道を模索しようと神さまは考えました。


■ 実験 1
外界から遮断された世界で二つの種族は暮らし始めた。
最初の頃は、お互いに生活基盤を作るために必死で働いていたので戦いもなく平和だった。神さまは「よしよし」と頷いて、100年ほど時代を早送りしたら、なんと!? 二つの種族は戦争をしていた。
どうやら領土問題で、「ここはうちの土地だ!」「違う! そこは我々のものだ」お互いに一歩も譲らず血みどろの戦いをやめない。

■ 実験 2
神さまはもう一度リセットしてから、丁度半分づつ領土を分けて文句をいわないように設定し直した。
すると、二つの種族はお互いを気にしないで生活するようになった。戦いもなく平和な時間が続いたが……ある日、自分たちの方が優れた種族だと主張し始めた。容姿や言語などの違いで、相手を卑《いや》しめたり差別するようになった。
神さまから見たら人間なんてみんな同じなのだが、人間同士ではお互い肌の色や言葉の違いを嫌悪するものらしい。
そして己《おのれ》の優位を示すために、相手を駆逐《くちく》しようと戦争を始めた。

■ 実験 3
またダメかと神さまはがっかりしたが、ならば二つの種族の容姿も言語も全く同じものに設定しよう。
二つの種族が今では一つの種族になった。何もかも同じなのでもう相手に対してケチをつけられない。
融合しあって彼らは平和に暮らしていたが、ある日「わたしは神だ!」と叫ぶ男が現れた。「天からご神託があった。この国は我が神のものだ」という。神の教えだという経典を作り、あちらこちらに寺院を建てて、我こそ教祖だと名乗って、人々に賽銭や貢物をねだるようになった。
すると「そいつは偽物の神だ!」という者が出てきた。「我こそが本物の神なのだ」新たに神を主張するものが現れ、Aの宗教とBの宗教との宗教戦争が勃発《ぼっぱつ》した。
お互いの信じる神のために壮絶な戦いが始まった。あまりに残虐な聖戦に神さまは思わずリセットボタンを押してしまった。
神さまなんて……最初からひとつしかいないのに、人間が勝手にいろいろ作ってしまうから争いの原因になるのだ。
やれやれ……神さまが困った顔した。

■ 実験 4
領土・人種・宗教と全部同じにする。これならどうだと神さまの実験を開始した。
しかし人間には頭の良い者と悪い者、要領がいい奴と悪い奴、それぞれ固体差があるのだ。平等だった彼らの世界に、成功者と失敗した者との間で貧富の差がだんだん出来てきた。やがて金持ちは貴族となり、貧乏人は奴隷のように働かされていた。
とうとう貧しい者たちの怒りが爆発して革命が起こった。
革命軍に捕まった貴族たちは次々と断頭台のギロチンにかけられていく――ああ、もう嫌だ! 愚かな人間たちに神さまはうんざりだった。

■ 実験 5
最後に、神さまは人間から『心』を奪ってしまわれた。
するとどうでしょう、誰も争ったり血を流したりしない平和な世界になった。しかし、何もする気力がなくなって、ただただ寝てるばかり人間たちは……自然と消滅してしまいました――。


どんなことをしても戦いをやめさせることができない。そう悟った神さまは深い溜息を吐くと二つの種族を元いた世界に戻した。
すると彼らは再び戦いを始めた。「これは平和のため戦いだ!」「正義に勝利を!」と叫びながら、血みどろの戦いをやめようとしない人間たち――。
平和のために人を殺すなんて本末転倒《ほんまつてんとう》だ、戦いをやめれば平和になるのに……神さまは苦々しく思っていた。
いっそ人間なんか絶滅させてしまおうかと考えたが……結局、何もしないで放って置くことに決めた。

このまま戦い続けて人類が滅亡してしまうのか、戦いをやめて平和への道を歩むか、それは神さまにもわからない。
完全な平和とは、神さまにも手に負えない案件かもしれない。


               ―「心から世界の平和を願う」神さま より― 




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2017-01-20 16:50 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback
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   第82話 五分間の境界線

 五分という時間は待っていると長く感じるが、なにかするには短い時間である。
 だが、その五分間が人の運命を握る大事な時間だとしたら――。

「もう! 早苗遅いよ。五分の遅刻だよ」
 その日、親友の千香子とライブに行くために駅前で待ち合わせをしていた。
「ゴメン! たった五分くらいで怒んないでよ」
「だって、ライブの前にグッズ買いたいのに、早く行かないと売り切れちゃうよ」
 千香子はアイドルグループの限定グッズを買うために張り切っていた。
 私たちは小学校から中学高校とずっと同じで、せっかちな千香子とのんびり屋の私と二人はいいコンビだった。
「さあ早く、行くわよ!」
 信号機が青に変わった途端、千香子は横断歩道へ飛び出していった。
 その時、右折してきた車と接触して、千香子の体はボンネットに撥ねあがり道路に叩きつけられた。一瞬のことだった、私の目の前で親友が車に轢かれた。
 通行人の誰かが、千香子の体を歩道まで運んでくれた。複数の目撃者たちが警察に通報していた。車から降りた運転手が千香子の容態を看ていた。
 そんなの中、私は頭の中が真っ白になって、何が起きたのか把握できない状態だった。かすかに千香子が私の名前を呼んだ気がしたが……救急車が来るまでの約五分間、私は何もしないで、ただ茫然と木偶の坊みたいに突っ立っていた。
 その後、千香子は救急隊員によって救命活動がなされたが意識は戻らなかった。

 元はといえば私が五分遅刻したために、千香子は焦って横断歩道へ飛び出していったのだ。しかも事故にあってからも、私は何ひとつ役に立たなかった。救急車の後に到着した警察官に千香子の名前と住所を教えるのがやっとで、ただただ泣いているばかりだった。
 あの時、せめて千香子の手を握って名前を呼び続けたら……彼女の意識は戻ったかもしれない。病院で千香子の死亡が確認されたと聞いた時、あの五分間が悔やまれて……悔やまれてしかたなかった。
 親友を死なせてしまったという後悔が、私の進路を決めさせた。死に逝く命を目の前に何もできなかった無能さを痛感して、私は救急救命士を目指した。
 救急救命士科のある大学に入学して、救命士受験資格を得て、年一回の国家試験に合格するために必死で勉強してきた。そして消防採用試験にもパスして、救急救命士として私は救急車に乗務ことになった。

 救急救命士とは、救急車の中で、命の危険がある人に対して緊急処置をする仕事である。医療行為として、電話などで医師の指示を受けながら、器具を用いた気道確保、薬剤投与、電気器具による心臓の拍動を正常に戻す処置などさまざま。勤務時間は不規則だが、人の命を預かる責任ある仕事なのだ。
 ひとりでも多くの命を救うために働く、これが千香子への罪滅ぼしだった。

 子どもが池で溺れたという通報が消防署に入った。
 運転手、消防隊員、救急救命士の三人で救急車に乗り込んで出動した。現場に着くと、岸に男の子が引きあげられて、その周りに母親と数人の大人が取り囲んでいた。
 患者は五歳の男の子で、ザリガニをとろうとしてため池に転落、近くにいた友だちが大人に連絡して引き上げられた模様である。
 さっそく、患者の容態を診るが、呼びかけても反応がない、脈拍はなく、体温は下がっていて、心拍停止状態である。――とても危険な状態だった。

 私は心肺蘇生のため胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始する。
 AEDで電気ショックを与えたら、微かに意識を取り戻したので人工呼吸を施しながら、気道閉塞しないように水を吐かせる。一刻も早く病院に搬送しなくては……体温が下がっているので毛布で包んで温めながら、ストレッチャーに乗せて救急車に運ぶ。
 その時、子どもの母親も一緒に乗り込んできた。
「どうかこの子の命を助けてください」
 心配そうに我が子の手を握っている。
「大丈夫! この子の命は助かります」
 私の言葉に母親は大きく頷き、涙を流して喜んでいた。
 千香子を助けられなかった、この私の手で助かった命がここにある。

 あの五分間が私を大きく変えたのだ。
 これからも人命を救い続けることが、救急救命士として私の使命なのだ。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2017-01-19 16:45 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback