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   第八章 ひとりで頑張らない


# by utakatarennka | 2017-04-24 10:08 | 恋愛小説
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   第七章 しゃぼん玉とんだ

     【 しゃぼん玉 】

   ピューと
   赤いストローから
   とびだす
   しゃぼん玉たち

   ふわふわと
   ただよいながら

   ごっつんこして
   はじけた
   木の枝にぶつかって
   はじけた
   カラスにつつかれた

   ピューと
   元気いっぱい
   とびだす
   しゃぼん玉たち

   風にだって
   負けないんだから

   あの子の家まで
   とんでけ
   学校の屋根まで
   とんでけ

   しゃぼん玉とんだ
   あたしの夢ものせてって

          優衣


 毎朝、優衣の小さな詩から『元気』を貰ったと圭祐は思っている。
 子どものような心で書かれた優衣の詩は、無邪気で素直に心に響く。だからお礼をしたい気持ちになって、優衣に何かプレゼントを考えていた。
 今日、久しぶりに雑貨屋を覗いて、女の子の喜びそうな可愛い小物を買った。こんなものを買うなんて……一年前の圭祐には考えられないことだったが、是非、これを優衣に付けて貰いたいと思ったのだ。
 優衣は自分のことをとても卑下しているが、圭祐には彼女がダイヤモンドの原石のように思えるのだ。今は悲しみで輝きが曇っているが……いつか、きっと輝く宝石になれる。
 そうなるために、優衣の力になってあげたいと圭祐は思っていた。

 早朝、圭祐はベッドに置いた携帯のアラームで目を覚ました。
 ――三時四十五分、通常、こんな早い時間に起きることはないが、朝刊を配っている優衣に会うため早起きだった。
 眠い顔を冷たい水で洗い、コーヒーメーカーをセットして、好きな音楽をかける。二杯目のコーヒーを飲んでいる最中に、ガタンと何かがドアポストに挿し込まれる音がした。優衣が朝刊を配っていったようだ。慌てて、圭祐は部屋から飛び出した。
「優衣!」
 ドアを開けて呼びかけると、驚いたように振り返った。
「お、おはようございます」
「おはよう。ねえ、配達の仕事は何時に終わる?」
「えっと……五時過ぎには終わると思います」
「そっか。じゃあ、こないだ行った駅前のハンバーガーショップで、五時過ぎに待ってるから、これる?」
「はあ? はい……」
 困ったような顔で優衣が返事をした。「優衣にプレゼントを渡したいんだ。待ってるから必ずきてくれよ」
「はい!」
 今度は嬉しそうな声での返事だった。「じゃあ、頑張れ!」圭祐の励ましの声に、再び優衣は新聞を配り始めた。
 携帯を持っていない優衣との連絡手段は直接話す、この方法しかなかったのだ。

 駅前のハンバーガーショップで優衣を待っていたら、五時半頃に彼女が走り込んできた。きょろきょろ店内を見回して圭祐を探している。カウンター近くの四人掛けのテーブルに座っていた圭祐は、軽く手を上げて優衣に合図を送ると、すぐに気が付いて彼女は息を切らせながらやってきた。
「遅くなってごめんなさい」
 謝りながら席に着いた。
「忙しいのにきてくれて、ありがとう」
「いいえ」
 優衣は恥ずかしそうに俯いて笑った。そんな彼女の表情を黒い髪が覆い隠す。
「あ、何か食べる? 朝早いからお腹空いただろう」
「うん……」
 立ち上がって、カウンターへ行こうとする優衣の肩に軽く手をのせ席に押し戻した。
「――いいから座ってなよ、僕が買ってきてあげるから」
 優衣に注文を聞いて、圭祐が代わりに買いにいく。

 ようやく優衣が食べ終わるのを待って、圭祐は持って来たプレゼントを渡した。
 若者向けの雑貨店で買ったので、ピンクのリボンで可愛らしくラッピングがされている。受け取った瞬間「わあー!」と優衣は歓喜の声を発した。「開けて見てごらん」と圭祐に促されて、ラッピングを丁重にはがしながらプレゼントを開けていく優衣。
 中から出て来たものは――。
「イヤーマフ?」
「うん。耳が冷たいだろうと思って……」
 そのイヤーマフはブルーフォックスの青みがかった白い毛皮が耳あてに付いていた。ふわふわと柔らかく、ゴム紐タイプなので軽くて、しかもドーナツ状の構造で耳が塞がらないので、ちゃんと外部の音も聴こえるようになっている。
 新聞を配達する優衣が長時間付けていても頭が痛くならないように、圭祐が考えた末に選んだプレゼントだった。
「ありがとう。だけど、こんな高価なものは……」
「優衣が気に入ったなら使って欲しいんだ。いつも詩をプレゼントして貰ってる、それに対する、ささやかなお礼だから……気にしないで」
「すごくきれいなイヤーマフで嬉しいです。この青白い毛皮の色が好き!」
「気に入って貰えて良かったぁー。あ、それと、袋の中にもう一つプレゼントが入っているはずだよ」
「えっ?」
 袋の中を探って、優衣は小さな袋を見つけた。
「これは?」
「開けてみなよ」
 薄い水色のフリルのシフォンシュシュ。
「これって、髪留めですか?」
「イヤーマフを付ける時に、長い髪をそれで束ねればいいと思ってさ」
「ええ……」
「髪の毛、すごく長いね。いつから伸ばしているんだい?」
 優衣の髪は背中から腰近くまである。それを束ねないで無造作に伸ばしているので、顔が隠れて陰気な感じがする。
「三年前くらい……お兄ちゃんが死んでから、ずっと髪を切っていない」
「どうして?」
「お兄ちゃんが撫でてくれた、この髪を切り落としたくないから……」
「そっか……」
 優衣の心の中で『兄の存在』を、少しでも形として留めて置きたいと思っているのだろうか。……その健気さが不憫だと圭祐は思う。
「だけど、視界が悪いから髪は束ねた方がいいよ」
「……でも、あたし不細工だから顔も髪の毛で隠したい」
「そんなことない! 優衣は顔も心もきれいだよ」
 圭祐の発したその言葉に驚いたように目を見張った優衣だが、その後、俯いて沈黙してしまった。――たぶん、からかっていると思ったのだろう。

「あっ! もう帰らないとお父さんに叱られる」
 急に慌てて、優衣が立ち上がった。
「ごめんよ。引き留めて……」
「今日はありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げて、来た時と同じようにバタバタと小走りで去っていく。
 余程、父親が怖いのだろうか。どうも複雑な家庭の事情がありそうだと圭祐は感じていた。

 優衣が家の鍵を開けて、中に入ると父の義男が玄関に立っていた。
「遅い! なにやってたんだ!」
 いきなり大声で怒鳴られた。
「ご、ごめんなさい……新聞が一部余って、それで入れ忘れた家を探してたから……」
 咄嗟に嘘を付いた。朝から男の人と喋っていたなんてバレたら……父に殴られる。圭祐から貰ったプレゼントは、いつも持ち歩いている布のトートーバックの中に隠しておいた。
「この愚図が! さっさと朝飯の支度をしろ」
「は、はい」
 慌てて、優衣は台所へと走っていく。
「新聞配達なんか、いつまでやってるつもりだ! もっと金になる仕事を探せ。駅前のキャバクラで募集してたぞ、おまえは来月で十九だから、もう働けるだろう?」
 優衣の背中に義男の言葉が続く。――キャバクラなんかで働くくらいなら、死んだ方がマシだと優衣は強く思った。
 今、アルバイトで稼いでいるお金は全て父に渡している。
 その中から五千円だけ小遣いとして優衣は貰っているが、自分の衣類、日用品、お菓子などをそれで買っている。そして、父からは十日に一万円だけ渡されて、それで二人分の食費を賄っている。お金に細かい父にはレシートや明細をきちんと見せなければならない。しかし、それっぽっちのお金では誤魔化しようもない。カツカツの生活である。
 腰痛持ちの父は軽貨物の仕事が減って、最近では家でブラブラしている日も多い、さらに、働いていた母親が家出したので、現金収入が減ってしまった。義男は何んとか優衣を働かせて収入を得ようと考えているようだ。
 辻本家では長男健人を喪って、そこから全ての歯車が狂い始めていた。



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   創作小説・詩

# by utakatarennka | 2017-04-23 12:23 | 恋愛小説
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   第六章 心だけでは支えられないこと

 涼子の働いているデイサービスの施設は大きな病院が経営している。
 認知症や身体の不自由な高齢者を昼間の時間だけ預かって、介護する家族の精神的、肉体的な負担を軽減するための施設である。利用者は週に何日か曜日を決めて利用している。
 ここでは食事、入浴、アクティビティ、送迎バスなどのサービスなどが、介護保険適用であれば要介護度別の一割負担で利用が可能なのである。
 高齢化社会でのニーズが大きく、涼子の勤務するデイサービスの『ゆーとぴあ』では百名以上の利用者が登録されている。

「涼子さーん!」
 後ろから大声で呼ばれ、振り向くと介護福祉士の崎山貴志(さきやま たかし)がニコニコしながら手を振っていた。
 崎山は涼子より三歳年下の二十五歳の青年である。介護の仕事が好きで大学卒業後、二年間、福祉の専門学校に通って介護福祉士の国家資格を習得しているが、大型免許を持っているためか『ゆーとぴあ』では、主に利用者たちの送迎バスの運転手をさせられている。学生時代にはラグビーをやっていたという崎山は、体育会系のがっしりした体躯で、いつも元気いっぱい声も大きい。
「なぁに?」
 涼子が素っ気ない返事をしても、崎山は嬉しそうに、
「今日ね。涼子さんとデートなんだ! バスの送迎シフトが一緒で、俺うれしかったぁー」
「なにいってんの? これは仕事でしょう」
 少し苦笑しながら、崎山にいい返した。
 崎山は気にする風もなく、ニコニコしている。この男は頭の中も体育会系なのか陽気で単細胞。しかしながら『ゆーとぴあ』の老人たちには、とても人気があって、見るからに『頼れるお兄さん』といった感じなのだ。
 涼子と崎山は一年前、ほぼ同時期に『ゆーとぴあ』に就職した。なんだかんだ言っても、ふたりは同期なので親しい間柄である。
「でもさ。利用者が乗ってくるまではふたりきりでしょう? だからデート!」
「もう、真面目にやってください!」
 ムッとした顔で涼子が崎山を叱る。

 そこへ施設の調理室で働くパートのおばさんがやってきて、崎山に伝言をつたえた。
「崎山さん、調理室の綾子さんが『特製オムライス』出来たから、食べにおいでっていってますよぉー」
「わーい! オムライス食べる、食べる!」
 崎山は送迎バスを運転する前に、腹ごしらえするつもりのようだ。
 この男、身体も大きいのでとにかくよく食べる。調理室のおばさんたちとも仲良し、よく内緒で食事を作って食べさせて貰っているみたいだ。
「涼子さん、待っててね。俺、オムライス食べてくるからー」
 そう言い置いて、崎山は慌てて調理室のほうへ小走りでいく。
「もうー、遅れないでよ!」
 食べ物には目のない、子どもみたいな崎山の後ろ姿に、涼子は思わず笑みが零れた。

『特製オムライス』を食べてきた崎山は、送迎車出発時間ぎりぎりセーフで走ってきた。「お口にケチャップが付いてるわよ」涼子に注意されて「えへへ」手の甲で拭う崎山に、《こんな勤務態度で大丈夫かしら?》ちょっと怒りモードの涼子であった。 今日の利用者の送迎はバスではなく、大型のワゴン車だった。車椅子で乗れるリフトも付いている。鼻歌まじりにご機嫌で車のハンドルを握る崎山の隣、助手席に涼子は座った。
 崎山はハンサムとは言えないが、目鼻のキリリとした男らしい顔立ちである。いかにもスポーツマンという感じで髪も短く刈っていて、おしゃれではないが清潔感がある。服装はスポーティタイプのものが多く。ラグビーをやっていただけに身長は180cm以上、体重も80キロは下らない。実に立派な体躯をしている。
 涼子には不思議だった。こんな若くて元気な青年が、なぜ選りに選って『介護』という地味で重労働なのに、その割には報われない低賃金の職場を選んだのだろうかと……。
「ねえ、崎山くんって、どうして介護の仕事を選んだの?」
「はあ、俺ですか? 小さい時からおばあちゃんっ子で年寄りが大好きなんですよ」
「おばあちゃんっ子なの?」
 その返答にププッと思わず涼子は噴いた。
 こんなおっきい男が、自称おばあちゃんっ子なんて……なんだか滑稽だった。
「俺、父親が早くに亡くなっちゃって、母親の実家で育てられたんですよ。母親は会社で働いていたんで、いっつもお祖母さんに甘えてたから。年寄りの話とか聴くのが好きだったし、年寄りって可愛いですよねぇー」
「へえ、そうだったの」
「それが……お祖父さんもお祖母さんも高齢になって介護が必要になったんですよ。うちの母親がひとりで両親の介護をやってたんですが……ものすごく大変で、俺も手伝っていたけど、やっぱし大変だった……」
 当時を思い出してか、崎山の表情が曇ってきた。
「……それでも、なんとか両親を見送った母親は介護疲れか、半年後にふたりを追うようにして亡くなって……俺、ひとりが残された。――大学四年生で就職も決まっていたけど……その時、思ったんですよ。『介護』には、もっと男の力が必要ではないかと、女性にだけ任せるには、あまりに負担が大き過ぎるのではないかと……それで、就職先を断ってアルバイトしながら介護の専門学校に通ったんです」
「立派だね! 崎山くん見なおしたよ」
 涼子は崎山の話を聞いて、彼が生半可な気持ちで『介護』の仕事を選んだのではないことを知って、すごく感動した。
「えへへ」
 と、照れ臭そうに崎山が笑った。どこか少年みたいで可愛いと涼子は思った。

 そうこうしている内に、今日のデイサービス利用者、吉田家の前に着いた。
 家は古い平屋の木造住宅である。利用者は七十五歳のおばあさんだが、認知症がかなり進んでいて、物忘れや徘徊、そして時々暴れたりするので、介護をしている夫のおじいさんは大変である。
 最近になって、デイサービスを利用し始めたが、子どものいない夫婦だったので、それまではおじいさんがひとりで介護をしていたようだ。
 迎えに行っても、おばあさんの機嫌の悪い時は暴れたりして、車に乗せられないことも度々あった。
 介護疲れで憔悴し切っている、おじいさんの方がむしろ心配なくらいだった。

「おはようございます。吉田さーん」
 チャイムを鳴らしたが返事がない。玄関ドアが少し開いていたので、「吉田さん、デイサービスです」涼子は中へ声をかけた。しばらく様子を窺っていたが……人の気配はするが返答がない。高齢者ということもあって、心配になり涼子は家の中に上がってみることにした。
「吉田さん、どうかしましたか? 入りますよ」
 玄関で靴を脱いで上がり、居間のガラス戸を開けて涼子が見たものは――。

 居間の畳の上、血まみれのおばあさんがうつ伏せで倒れていた。頭から大量の血を流して……。壁にもたれたおじいさんは、血の付いた杖を握りしめて、茫然自失の状態だった。
 見た瞬間、涼子はヒィーと呻いて後ずさりしながら……悲鳴を上げた。慌てて外に飛び出し崎山に助けを求めた。血相変えて、裸足で飛び出て来た涼子の様子に、崎山はただならぬ事態を感じ取って、すぐさま車から降りてきた。

 ――部屋に入った崎山は、まず状況を把握して、倒れているおばあさんの脈を取って、すぐに救急車の出動要請をした。その後、壁にもたれていた、おじいさんの手から血の付いた杖と外すと、ひと言、ふた言、声をかけて落ち着かせようとしていた。そして、玄関で顔面蒼白で震えている涼子をワゴン車に乗せ座らせると……。
 崎山は救急車と警察の到着を部屋の中で待っていた。

 あの時、室内に入って、血まみれのおばあさんを見た瞬間、涼子はショックのあまり頭の中がショートしたみたいだった。介護者として何かしなければならないはず……なのに身体が動かない。頭の中はパニック状態で《怖い、怖い!》と、ただ震えていた。
 崎山が部屋に入って、てきぱきとやってくれているのをただ茫然と眺めているだけ。――気がついたらワゴン車の座席で涼子は泣いていた。
 こんな意気地なしで、無能者だと思ってもみなかった。結婚まで断わって、人の心を踏みにじってまで、やりたいと思った介護の仕事なのに、ほんとうに必要とされる時に、自分は何も出来ないで……ただ震えて見ていただけだった――そんな不甲斐ない自分を知って、自己嫌悪で涼子は潰れそうになった。

 その後、救急車で病院に運ばれたおばあさんは、命に別条はないということだった。警察に逮捕されたおじいさんは、取り調べ室で事件の原因について「デイサービスにいくのを嫌がって、おばあさんが暴れ出したから、なだめてる内に、ついカッとなっておばあさんを殴ってしまった。その後は興奮して自分が何をやったのかよく覚えていない」と刑事に答えた。「おばあさんに酷いことをした。本当に申し訳ない……」とおじいさんは泣きながら謝っていたという。
 そして、近所へ事情聴取にきた刑事は、日頃から、おじいさんの献身的な介護振りを知っている近所の人たちから「どうか、おじいさんを許してやってください」と、口々に懇願されたという。
 昔気質のおじいさんは、『自分の女房の世話ぐらい、わしが看る!』と頑なにひとりでおばあさんの介護を頑張ってきたが、認知症が段々とひどくなって、真夜中の徘徊などで目が離せなくなった。その上、時々興奮して暴れ出すと手が付けられない。物を投げる、ひっかく、さらに噛みついたりして、おじいさんの生傷は絶えなかった。
 しかも、介護するおじいさんの方も、七十八歳という高齢者で持病をいくつか抱えていて健康体ではなかった。見るに見兼ねた近所の人たちが、デイサービスのことを教えてあげて、やっと利用するようになったのである。
 高齢者が高齢者を『介護』をすることは、精神的にも肉体的にも負担が大きく、ヘタをすると共倒れになり兼ねない状況なのである。

 ――高齢者の『介護』は、心だけでは支えられないことなのだ。



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   創作小説・詩

# by utakatarennka | 2017-04-23 10:00 | 恋愛小説