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   第十二章 崎山の素顔


# by utakatarennka | 2017-04-27 10:20 | 恋愛小説
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   第十一章 母と娘の絆

「涼子さーん!」
 振り返ると、崎山が後ろから追いかけながら涼子の名前を呼んでいる。仕事が終わってタイムカードを押して帰ろうと、ロッカールームに向かって歩いていた時のことである。
 涼子が立ち止まって待っていると、息を切らせながら崎山がやってきた。
「どうしたの?」
「――涼子さんって、以外と歩くの早いなぁー」
「そうかしら? 普通よ」
「後ろから何度も呼んでるのに、さっさっと歩いていくから……シカトされてるのかとちょっとヘコんだ」
「ゴメン! 聴こえてなかったわ」
「あ、さては仕事のことなんか考えていたでしょう?」
「あらっ、バレた」
 たしかに、涼子は仕事のことを考えながら歩いていた。
「涼子さんって真面目だからなぁー。俺なんか仕事終わったら。晩飯なに食べようくらいしか考えてない」
「あはっ、崎山くんらしいわ」
「だけど……気持ちの切り替えって大事だよ。俺、ラグビーやってたでしょう。試合でミスとかして、それをいつまでも引きずってると実力が発揮出来ないんだ。――出来るだけ、早く気持ちを切り替えないと仲間にも迷惑かけちゃうからさ」
「そうね。崎山くんのいう通りかも……」
 涼子は生真面目なタイプなので、いろんなことがいっぺんに出来ない。それはたぶん気持ちの切り替えがヘタなせいかもしれない。結婚に関しても『介護』の仕事と両立できないのが嫌で婚約破棄したくらいなのだから――。つくづく不器用な人間だと涼子は分かっていた。
「そうそう、綾子さんから今週の金曜日に飲み会どうだろうって伝言がきてる」
「金曜日?」
 そういえば、綾子と病院の中庭でそんな約束をさせられたような記憶が……。
「俺はお酒が飲めないけど……三人でいこうよ」
「ええ、別に構わないけど……」
「ホント? ヤッホー! 涼子さんと飲み会なんて超ハッピーだぁー」
 子どもみたいに崎山がはしゃいでる。無邪気な男で面白い。たぶん、涼子とは間逆のタイプである。だが、そんな崎山には自分にない『強さ』を感じているのもたしかだった。

 綾子が飲み会に選んだお店はこじんまりした居酒屋で、料理も美味しいと評判の店である。三人だが掘り炬燵がある個室に案内された。たぶん、予約を入れておいたからだろう。狭い部屋だが、三人で顔を突き合わせてしゃべるには丁度よい広さである。
 さっそく崎山がメニューを見て、あれこれ注文を考えていた。
 涼子にも注文を訊かれたが、特に食べたい物もないし、好き嫌いもないので、崎山と綾子に任せることにした。
 取りあえず、ビールを頼んでコップに注ぐとそれぞれが手にして掲げた。
「カンパーイ!」
「お疲れさまー」
 乾杯して互いの仕事を労う。お酒の弱い崎山はコップに半分ほどのビールを飲んだだけなのに、しばらくするともう顔が真っ赤である。
「お酒弱いねぇー、もうお猿のお尻みたいに真っ赤かだよ」
 綾子が、崎山の顔を見てからかっている。
「俺は食べるの専門だから。ご飯ならいくら食べても大丈夫!」
「崎ちゃんは、頭がお子ちゃまだからお酒がダメなんでしょう」
「あぁー、綾子さんひどいこと言うなぁー」
「あははっ」
 ふたりで冗談をいい合っている。その微笑ましい光景を涼子はにっこりしながら眺めていた。その内、注文の料理が運ばれてくると、崎山はいきなりカツ丼を食べ始めた。
「なんで、カツ丼なんだよ!」
 あきれ顔で綾子が訊く。
「いやー、俺にとっちゃあ、お食事前の前菜がカツ丼なんよ」
「涼子さん、こいつ面白い奴でしょう?」
「あははっ、ホントに……」
 綾子は焼酎のお湯割りを飲みながら、涼子にも話を振ってきた。
「あたしにとっちゃ、崎ちゃんは息子みたいなもんでさぁー」
「おっきい息子さんですね」
「そうでもないさ……もし生きてたら、崎ちゃんより一歳年下の息子がいたんだけど……ね」
「あ、ごめんなさい。辛いこと思い出させて……」
「いいよ。どんなに悲しんでも死んだ者は戻って来ないってことが、最近やっと分かってきたんだ。これも崎ちゃんのお陰かもしれないけどね」
「綾子さん、死んだ息子さんのことをいつまでも悲しんでいても、息子さんは天国で喜ばないよ」
 手羽先をかぶりつきながら、崎山が良いことをいう。二杯目のお湯割りを飲みながら、綾子はしんみりした顔でしゃべる。
「出来のいい息子でさ、家族の自慢だったよ。あの子が死んでから家族がおかしくなったんだ」
「ショックから立ち直れないでいるんでしょう」
「死んだ者の記憶に縛られて、生きている者が大事なものを失ってしまうのは、本末転倒なんだ」
 いつも冗談ばかり言っている崎山が、やけにシリアスなことをいう。
「だけど……家族には絆があるから……」
 つい、涼子が代わりに反論してしまう。三杯目のお湯割りのグラスをテーブルにドンと置くと、綾子が一気にしゃべり出した。
「あたしさぁー、今、家出中なんだよ。旦那と娘を置いて家を出てきちゃったんだ。旦那がDVで、もう我慢ができなくて……殴られるのが怖くて……娘を置いて、あたしだけ逃げ出した」
 綾子のいきなりのカミングアウトに涼子は言葉を失った。
「かれこれ一年経つよ。やっと生活が落ち着いてきたら……娘に会いたくて……」
「娘さんは、大丈夫でしょうか?」
 その問いかけに綾子の顔が、泣き出しそうに歪んだ。
「あたし……娘に悪いことをした。もしかしたら、あたしの代わりに娘が殴られてるかもしれないんだ」
 その言葉に崎山は食べるのをピタリと止めた。
「綾子さん、もしも、そうだったら娘さんを早く助けてあげないとダメだよ」
「崎ちゃん! 娘はとても繊細で傷つきやすい子で……自殺しかねない。何度か家の近くまで様子を見にいったんだけど、あの子は昼間は外に出ないんだよ。おまけに旦那が家に居て、会いにもいけない。電話かけても、いっつも旦那が出るし……あたしも旦那に見つかるのがすごく怖いんだよ」
 よほど夫の暴力が怖いのか、綾子の顔は恐怖に引き攣っていた。

「よし! 綾子さん、一緒に娘さんに会いにいこう。俺も付いていくから」
 キッパリと崎山が宣言した。
「崎ちゃん! ホントに付いてきてくれるの?」
「おう! 任せとけって!」
 身長180cm以上もある立派な体躯の崎山が、一緒に付いてきてくれれば、もう怖い物なしだ。しかもラグビーをやっていた青年とケンカをして勝てる者はそうはいないだろう。
「ありがとう。崎ちゃん……これで、やっと娘とも会える……」
 綾子は目頭を押さえていた。そんな酷い父親と暮らしているのなら、一刻も早く救い出してあげたいと涼子も思った。
「綾子さん、わたしも付いていきます。何かの役に立つかもしれないし、大学時代の友人で弁護士事務所に勤めている人も知っています」
「涼子さんまで……ありがとう」
「みんなで娘さんを救出にいこうぜっ!」
「これで、やっと連れ出せるよ。もうすぐ娘の十九歳の誕生日なんだ、それまでに会える。本当に嬉しい……」
綾子は感極まって泣き出した。 そんな綾子を励ますように、崎山が冗談を言って笑わせている。――この男は大きな身体と同じくらいの抱擁力を持っていると涼子は思った。

 今度の日曜日に、綾子さんの娘を連れ出しにいく計画を三人で決めた。
 その後、喜んだ綾子はかなり焼酎のお湯割りを飲んでいた。居酒屋を出る頃には、もうべろんべろんに酔っ払って足がふらついていた。
 その様子を見て、心配だから送っていくという崎山の言葉に綾子は、
「いいから、いいからー。崎ちゃんは、涼子さんを送ってあげなさいよ」
 そういって、「バイバイ」と手を振って、ふらふらしながら歩き出した。
「綾子さん、大丈夫かしら?」
「危なっかしいなぁー。ちょっと待ってて、タクシー拾って乗せてくるから……」
 崎山は綾子の方へ走っていった、通りに出ると幹線道路も走っているので交通量が多い。酩酊状態の綾子を捕まえて、崎山は「ここに居るように」といい置いて、タクシーを探し始めた。
 その時だった、酔っ払った綾子がふらりと道路へ飛び出した。歩道側だったので、一台のスクーターが角を曲がって走ってくるのが見えた。
「綾子さん!」
 涼子は大声で叫んだ。
 その声に気が付いた崎山がすごい勢いで綾子の方へ走っていった。綾子を助けるために、なんと崎山はスクーターに突進して体当たりをしたのだ。間一髪、スクーターは崎山の体の楯につんのめるようにして、ゆっくりと転倒して止まった、そして……崎山も倒れた。
 その側で、綾子は尻餅を着いて茫然としていた。
 涼子は慌てて二人の方へ走り寄ったが、崎山は腕を押さえてうずくまっていた。……涼子は震える指で携帯から救急車を呼んだ。



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   創作小説・詩

# by utakatarennka | 2017-04-26 13:55 | 恋愛小説
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   第十章 過去は振り向かない

 優衣の母親捜しの件で大学時代の先輩、片桐智和(かたぎり ともかず)に電話をしたら、明後日から仕事でシンガポールにいくけど、今夜なら少し時間があるというので、急遽、ショットバーで会うことになった。
 片桐は大学卒業後、官庁に勤めていたけれど、宮使いは性に合わないと三年で退官すると、バックパッカーになって世界中をひとり旅してきた男である。一年ほど放浪の旅をして日本へ帰ってきた時には、まるで中東の傭兵みたいな逞しく不敵な面構えになっていた。
 その後、片桐は叔父が経営する『片桐探偵社』で働くことになった。
 アメリカに半年ほど探偵修行にもいっていたらしい。探偵社での主な業務は浮気調査と素行調査、たまに行方不明人を捜すことがあるという。片桐のようなアクティブな男には、探偵業が性に合っていると圭祐は思った。

 片桐に指定された店『Bar Tomorrow』は、雑居ビルの地下にあった。
 薄暗い階段を降りて、重い木の扉を押し開けたら、大人の隠れ家のようなショットバーがそこにあった。店内は間接照明で落ち着いた雰囲気が漂う、長いカウンターと後ろの棚には色とりどりの洋酒瓶が並べられていて、バーテンダーはお客の注文を訊いてからシェイカーを振ってカクテルを作る。
 あまり広くない店内を見回して片桐を探すと、カウンターの奥に座っていた。手に持ったグラスをちびりちびりと飲んでいる様子だった。黒っぽいジャンバーとよれよれのチノパンを穿いた先輩はパッと見は風采が上がらない。
 圭祐の姿を見つけて、片桐が手招きをした。
 「よお!」
「こんばんは」
 空いている隣の席に腰を下ろすと、バーテンダーにマティーニを注文した。
「おまえから電話なんて珍しいじゃないか」
「ええ、電話では詳しい事情は説明できませんでしたが、先輩に捜して欲しい人物がいるんです」
「……まさか、元婚約者か?」
「ち、違いますよ!」
「そうか。だったら良かった。あれから一年になるんだなあ」
 一年前だったら、その話題に触れられたら、圭祐は焼けた鉄にでも触ったように過剰反応していたことだろう。今はそうでもなくなってきている、鈍感になった自分が自分でも不思議なくらいである。
「この女性を探して欲しいんです」
 あの日、ビートルの車内で優衣がトートバックの中から取り出した、家族写真の中に写っていた母親の顔を写メしたものを見せた。
「ふぅ~ん。おばさんじゃん。おまえ、このいう熟女が趣味になったの」
「ひどいなあー。その人は知り合いの女の子の母親で一年前に家出して行方不明なってるんです」
 母親の名前と年齢、優衣から聞いた特徴などについて説明する、圭祐の言葉をメモに取りながら、ところどころ質問を入れる。すっかり探偵の顔になった片桐先輩である。
「旦那と喧嘩して家出したんだな? 男性関係はなさそうか?」
「それはなかったみたいです。夫婦仲が悪くて、夫が暴力を振るっていたのが原因みたいだった」
「DVかぁ~。結構多いんだよな。調理師免許を持ってるんだったけ」
「ええ、家出する前は社員食堂で働いていたようです」
「中年女性で調理師の資格があるんだったら、たぶん同じ仕事を選んでいるだろう。社員寮の賄いや学校食堂、それから老人ホームの厨房なんかが可能性として高い。その線で調査してみるか」
「さすが先輩はプロですね」
「見つけるのにそんなに時間はかからないと思うけど、俺さ、明後日からシンガポールへ一ヶ月ほど出張なんだ。それまでに片付けたい仕事もあるし……その後でも良ければ引受けるけど、急ぎなら他の業者を紹介してもいいぞ」
「いいえ、先輩にお願いしたい。早い方がいいけど、やっぱり知ってる人の方が安心できるから……」
「分かった。俺に任せなさぁ~い」
 優衣の母親の写真を写メで先輩のスマホに送った。――これには商談成立である。

「ところで……おまえ、もう大丈夫なのか?」
 氷で薄まったハイボールを飲みほすと、おもむろに訊いてきた。
 一年前、片桐先輩にも結婚式の招待状を送っていた、その後、破談になったためお断りとお詫びの手紙を送った人たち、その一人であった。
「もう過去は振り向かない。そう誓った」
「そっか。圭祐、おまえは強くなったな」
「そうでもないさ。かなり苦しんだよ。やっと最近ふっ切れてきたんだ」
「俺はおまえがまだメソメソしてんじゃないかと心配してた」
 破談直後は人々の好奇の目にさらされていた。
 いろんな人が同情やら慰めの言葉を圭祐にいってきたが、そっとして欲しかったので、誰ひとりの言葉にも耳をかさなかった。――ただ、頑なに自分の殻に籠っていた。
 そんな中、片桐からメールが届いた。『ドンマイ!』たったそれだけの言葉だったが、かえって嬉しかった。ぶっきら棒だが、昔から片桐は後輩思いの優しい先輩だった。
「彼女と僕は縁がなかったんだ。お互いに結婚相手として相応しいと思って選んだけれど、運命がリンクしてなかった」
 世間並みならいいと安易に決めた結婚だった。相手の気持ちを深く理解しようとする努力が足りなかった、それゆえ破談になったのだろう。
「まあ、結婚してからトラブル起こすより、結婚する前に見切った方が利口かもしれん。この仕事やってると男女の修羅場を度々見せられるからな……」
「彼女が今幸せなら、それでいいんだ。恨みごとなんかいいたくない」
「それでこそ男だ!」
 パシッと片桐が背中を叩いた。手に持ったマティーニを口に含み、アルコールに少し力を借りる。
「僕は今……本当に守ってあげたいと思える相手に巡り合ったから」
「そうか、おまえの表情が明るくなってたから、これは何かあると思った」
「えっ? そんなことが分かるんですか?」
「そりゃあ、探偵だから勘が鋭くなくっちゃ~この仕事は勤まらないさ」
 片桐が叔父の探偵社を手伝うようになって、調査員が五人も増えたらしい。企業の業績や裏金、政治家や暴力団関係など、片桐は海外まで調査にいくことあるという。
「俺はおまえが元気そうで安心した」
 ちらっとロレックスの時計を見て、
「悪い。今夜はおまえと飲みたかったけど、そうもいかない。今から浮気の張り込みがあるんだ」
 酒豪で鳴らした片桐がハイボールをちびりちびり飲んでいるのはオカシイと思っていたら、まだ仕事が残っていたのか。忙しいのに、わざわざ時間を割いてくれた先輩の優しさに圭祐は感謝した。
「ああ、それから……さっきのDV旦那の件だがな、もし他に家族が同居してるなら、その人が暴力の犠牲になってなきゃいいんが……じゃあ、また連絡するよ」
 そういい置いて、片桐は足早にショットバーから出ていった。

 暴力の犠牲? 片桐が最後にいった、あの言葉が気にかかる。
 父親の話をする時、いつも優衣の目が脅えたような色になる。常に父親の影にビクビクしている様子だった――。
 ビートルの中で見せて貰った家族写真には父親が写っていない。四、五年前に撮影したものだろうか、今より明るい表情の中学生の優衣と利口そうな顔つきの高校生、たぶんこの人が亡くなった兄か、それと母親と三人で写っていた。寂しい時には、いつもこの写真を眺めるんだといっていた。
 出来るだけ早く、優衣の悲しみを取り除いてやりたかった。マティーニをもう一杯だけ飲んでから帰ろうと圭祐は思った。



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   創作小説・詩

# by utakatarennka | 2017-04-25 10:39 | 恋愛小説