Metamorphose ― 瑠璃色の翅 ―

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泡沫恋歌のブログと作品倉庫     

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   第41話 黄色いガーベラ

     登場人物
   M:man 
   W:woman 

 ずっと、ずっと君だけを見ているから――。

M: 
「ねぇ、僕の話をちゃんと聞いてるの?」
 そう問いかけると、君は曖昧に頷いて、僕の肩越しに窓の外の風景を見ていた。
「そういう迂闊なところを注意しているんだ。もうすぐ結婚するのに、もしも君に何かあったらと思うだけで……僕は心配で気が狂いそうになる」
 玄関チャイムを押したら、僕だと確認しないでドアチェーンも掛けずに扉を開けたのだ。――もし、強姦魔だったらどうするんだ!
 そのことで注意したら、叱られた仔犬のようにショゲて、僕と目を合わせようともしない。
 もういいか、小言はこれくらいにして……紙袋から君へのプレゼントを取り出した。
 花の好きな君のために、トルコキキョウの花束にしたよ。
 まるで蝶々のように瞳を瞬いて、嬉しそうに花束を受け取った。その可愛い笑顔が僕の心を奪ったんだよ。

W: 
 婚約者は嫉妬男! 
 どうしようもない嫉妬男だと、気づいたのは婚約してからだった。
 彼は私の周りの全ての物に嫉妬している。
 たとえば――素肌が見える服は着るなとうるさい。宅配ピザの店員に愛想を振りまいたと嫌味をいう。男性美容師がヘアーメイクする店には行くなと怒る。新人社員の歓迎会、男の社員も来るなら行ってはいけないと断固反対する。新しい香水に変えただけで、なぜ変えたのかとしつこく理由を訊きたがる。
 もう、うんざり! 彼は私を自分の牢獄へ閉じ込めたいのかしら?

 こんな人と結婚したら、一生、彼の囚人にされてしまう!

M: 
 今日は待ち合わせのオープンカフェに、少し早めにきて君を待っている。
 ここにくる前に花屋に寄って、黄色いガーベラがきれいだったのでカスミソウと一緒にアレンジして貰った。きっと、喜ぶだろう、君の趣味はよく分かっているからね。
 ところで気になることがある。僕の婚約者が昨夜、男と二人で食事をしていたという情報だ。どういうことか、訊きただそう。
 あっ! 通りからこっちへ向って歩いてくる君の姿が見えた。
 今日はサクラ色のワンピースだね。まるでミューズのようだ。神々しいほどに美しい、僕の最愛の人。
 こんなに可愛い君を、他の男にも見られているなんて……ああ、絶対に嫌だ! 嫉妬で気が狂いそうになる。

M&W:
「私が男と食事してたって?」
 驚いたような顔で君は聞き返した。
「しらばっくれてもムダだよ。見たって人がいるんだから……」
 君はダイヤの婚約指輪をいじりながら、僕の質問にすぐに答えようとしない。
「そいつは誰だ!」
 うんざりしたような顔で、君はゆっくりと喋りだす。
「……以前、話したでしょう? オーストラリアに私の弟が留学してるけど、今、日本に帰ってるから一緒に食事に行ったのよ」

「弟だって、男じゃないか!」
 
W: 
 弟まで嫉妬するなんて……頭がオカシイの? この男は異常だわ。
 決心するなら、たった今、ギリギリセーフで間に合うかも。

 絶対に婚約解消したい!

M:                  
「君は僕以外の男と外出したらダメだよ」
 本気で怒ってないから、そんなに俯かなくていいよ。
 君の可愛い顔を見せておくれ。そうしたら、ご褒美の花束をあげよう。
「僕にいう通りにしていれば、君は世界一幸せな女性になれるさ」
 黄色いガーベラを受け取った、瞬間、僕の頬に硬いモノが飛んできた。チャリンと音がして、下を見たらダイヤの婚約指輪だった。
 慌てて拾って君に渡そうとしたら、いきなりガーベラの花束で僕の顔を叩いた。
 いったい何が起きたのか分からず、茫然とする僕に向って、君はヒステリックな罵声を浴びせた。いつも従順な君がこんなに激昂するなんて……。

 嫉妬男? いったい誰のことなんだ。
 婚約解消? おいおい、悪い冗談はやめろ!

W:
 嫉妬は心の病なのよ。
 よくやった自分。あんな男と別れて正解だったわ!


M:
 その後、弁護士を通じて正式に婚約解消を僕に申し入れてきた。
 理由は性格の不一致、結婚生活に対する不安、愛情が冷めた……。そんな理由で僕は君に捨てられてしまった。
 あの日、最後の花束は黄色いガーベラだった。
 それを僕に投げつけて、「さよなら」と言った君。訳も分からず立ち尽くす僕を残して……振り向きもしないで走り去った。
 何がそこまで、君を激怒させたのか分からない。
 僕は深く傷ついて、理由を聞くことすらできない。
 あの時のこと、僕は忘れないよ。僕の愛を踏みにじった君を許さない。
だから君を忘れる日まで、僕は君を憎み続ける。

 そう、君を憎んで、憎んで、憎んで……また、ずっと君が好きになっていくんだ――。


W:
 黄色いガーベラの花言葉が、『究極愛』だと知ったのは、嫉妬男と別れてからだ。

 今でも時々、物影から誰かに見張られてるような気がするのは、なぜ?




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2016-09-27 12:59 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback
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   第40話 『海にいこう』

 憧れの先輩から、突然。
『海にいこう』て、誘われた。
 えっ! ええー? 二人っきり、マジで!?

 私こと、岡田佳奈(おかだ かな)は高校一年、フツーの女子高生だよ。
 入学したばかり頃、理科室が分からなくて校内で迷っていたら、二年生の男子が親切に案内してくれたんだ。
 それが五十嵐淳也(いがらし じゅんや)先輩だった。
 スマートでかっこいい! ひと目惚れっいうのかなぁー、もう胸キュンでドキドキが止まらない。
 彼のことを調べていたら、成績優秀でスポーツ万能、女生徒にも人気があるらしい。ああ、とても私の手の届かない人だと諦めていたが……校内で見かける度に、先輩への想いは募るばかり……。
 そんな時、生徒会長に五十嵐先輩が立候補するという噂を耳にした。少しでも近づきたい私は思い切って生徒会役員に立候補することに――。
 結果、五十嵐先輩は生徒会長、私は書記になったよ。

 生徒会で顔を合わせるようになって、書記としてお話ができる。
 先輩は人気あるけど、特定の女子とつき合っていないみたい。もしかしたら私にもチャンスが……なぁーんて甘い夢をみたりして、ああ~片想いってツライわ。

 日曜日なのに、生徒会の集まりがあるというので、学校にきてみたら誰もいない。メールを確認したら、日程が変更になったというお知らせが届いていた。
 やれやれ……せっかく来たのに無駄足かと帰りかけたら、ガラッとドアが開いて先輩が入ってきた。憧れの人を目の前にして、私の心臓の鼓動が速くなる。
 生徒会室に誰もいないのに驚いて「岡田だけか? 他のみんなは?」と聞かれたので、日程が変更になったようですと説明したら、スマホを確認して「俺のLINEにもメッセージ入ってた」と照れ笑いした。
 生徒会の人は先輩とLINEやってるんだ。横から羨ましくみてたら「岡田もLINEやってる?」って先輩が訊くから、「やってまーす!」と返事したら、即、登録してくれた。
 やったー! どんどん先輩に近づいてきたよ。
 ふいに「岡田、もう帰る?」と訊かれたので、素直に「ハイ、帰るつもりです」と答えたら、「もし暇だったら、つき合わないか?」突然の先輩からのお誘いが!
 帰っても録画したアニメを観るしか予定のない私は、「行きます。行きます」二つ返事で答えた。
「じゃあ、今から海にいこう」
「えっ、海ですか? ここから遠いでしょう」
「そうでもないよ。自転車で二時間半くらい」
 二時間半!? マジですか。
 憧れの先輩からのお誘いを断わるなんて有りえない。海でも、山でも行きますとも!

 そして、二人は海を目指して自転車で走りだした。
 だけど先輩の自転車はマウンテンバイクの18段変速付き、それに比べて、私のはママチャリだし性能が違い過ぎる。
 先輩が速すぎて追い付けないよ! 
 けど、時々、止まって私が追いつくのを待っててくれる優しい先輩。
 国道を走る二台の自転車、トラックの排気ガスに咽ながら、急な坂道では自転車を押しながら、先輩の背中に貼りついていく。
 途中、コンビニで飲み物を買って休憩する。
 必死の形相でチャリンコを漕ぐ私に、「大丈夫? 疲れたら引き返してもいいよ」と声をかけてくれるが、その度に「ヘーキ、ヘーキ」と空元気で応えてる。
 マウンテンバイクなら二時間半だけど、私のせいで三時間半かかって、やっと海に到着した。

「海だ―――!!」

 二人は大声で叫んで、砂浜を駆け降りて海へ突進した。
 裸足になって、子どもみたいに波うち際でじゃれ合った。昨日まで、ただの憧れの人だったのに……こんなに身近に感じちゃってる。
「俺さ、今まで、いいなーって思った女の子には海にいこうって誘うんだ」
「そうなんですか」
「遠いからいつも断られた。たまに行くって子もいるけど……半分も行かない内に疲れたって帰ってしまう。岡田が初めてだよ。最後まで付いてきてくれた女の子は……俺、ものすごく感動した! おまえの頑張りと俺を信じてくれたことに感謝してる」
「私は先輩と一緒に海が見れて嬉しいです」
「俺、岡田に惚れちゃった。つき合ってくれないか?」
 もしかして、先輩から告られてるの?
 リア充なんて夢だと思ってたのに……信じていいの? ヤバイ! 涙がでてきたよ。もち、私の返事は決まってる「オッケー!」ですとも。
 真っ赤な夕日が二人を包む時……そっと触れた唇の感触、世界中に先輩と私しか居なかった。

 帰り道は私のママチャリがパンクしちゃったので、バス停を探して、そこからバスで帰ることになった。
 バスの車内でいろんな話をしたよ。先輩がゲーム好きなこと、観てるアニメが一緒だったこと、案外フツーの男の子だったりして。でも大好き!
 LINEのグループ設定で、二人だけのグループを作った。
「俺と佳奈のホットラインなっ!」
 ついに憧れの先輩と急接近して、リアルカップルになっちゃった。

『海にいこう』は、先輩の彼女になるためのミッションだったんだ!




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2016-09-26 12:51 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback
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   第39話 ドリーム戦国大戦

 全国から選りすぐりのゲーマーたちが召喚された。
 老舗のゲームメーカー任侠堂(にんきょうどう)が新しいゲームソフトを開発した。今までのゲームの概念を覆す画期的な商品で、ドリームリアリティゲームと銘打つ、そのゲームはコントローラーを使わず、頭で考えた通りにゲームキャラたちを動かすことができるというものだ。
 ヘッドオンのような機器を頭に被り、プレーヤーはレム睡眠状態になり、まるでゲームの世界に入り込んだようにキャラと一体化してプレイするのだ。
 眠ったままドリームオンラインで全国のプレーヤーたちと繋がって、対戦ゲームも可能なのである。
 新製品のモニターとして、戦国武将が活躍するゲーム『ドリーム戦国大戦』にゲーマーたちが挑戦する。
優勝者には、任侠堂から賞金百万円と『ゲーム将軍』の称号が与えられる。



 最強ゲーマーの俺の元に、有名ゲームメーカーからのモニター依頼のメールが届いた。
 高校生から引き籠りになって早十数年、毎日々、朝から晩までずっとゲームをやり続けた、この俺だ――。
 学校に行かない理由を虐められたからと家族に説明したが、本当は大好きなゲームを一日中やりたくて、学校に行くのが面倒になったまでだ。
 RPG、アクション、スポーツ、アドベンチャー、パズル、エロゲー、何でもござれの、この俺に攻略できないゲームなどない!
 任侠堂の車が迎えにきた、家から出るのは何ヶ月振りだろうか。

 ゲーム会場に全国から集まったゲーマー五人、二人は大学生、一人はフリーター、もう一人は主婦という三十代の女だった。
 任侠堂のスタッフから、新作ゲーム『ドリーム戦国大戦』の説明を受ける。
 まず、使えるゲームキャラは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、後のひとりは好きな戦国武将を自由に選べる。どのキャラを選ぶかはクジで決められ、俺は自分で選ぶ武将になった。
 戦国武将のゲームと聞いて歴史を調べ秘策を練ってきたこの俺、スタッフに「あなたの戦国武将は誰にしますか?」と、訊かれたので即答した。
「浅井長政(あざい ながまさ)だ」
 その名前を聴いて、みんなが誰だという顔をした。
 確かに、浅井長政は織田軍との戦いに敗れて自害した不運の武将だから、歴史的に見てあまり有名ではない。
 歴史に詳しい開発スタッフは、ゲームキャラに俺の浅井長政を追加してくれた。
 そして五人のゲームプレーヤーは円陣を組むように、リクライニングチェアに横になって、ヘッドオン型の機器を頭に付け『ドリーム戦国大戦』に挑んだ。

「すげえ!」 
 まるで、戦国時代にタイムスリップしたようだ。
 これはゲームというよりも映画の画面に入り込んだみたい錯覚を起こす。風や気温も肌に感じるし、草の匂いさえ分かる、すごくリアルだった。
 その中で、俺は鎧兜を身に付けた戦国武将になっていた。
 ゲームなので歴史を創り変えても良いとスタッフに言われている。よし! 俺の手で新しい戦国史を創ってやろう。
 対戦相手は信玄と家康が大学生の二人、フリーターが信長で、主婦が秀吉だった。どいつも俺のキャリアに比べて大したことはなさそうだ――。
 早速、作戦を実行した。まず、信玄には織田軍討伐の同盟を申し込んで油断させる。俺の持ちキャラから妻のお市と娘の三姉妹を召喚した。
――戦国時代といっても男たちだけが歴史を創った訳ではない。

 お市は織田信長の妹で戦国一の美女と謳われた。
 そのお市を使って、兄信長に攻め込まないよう嘆願させた。長女の茶々は豊臣秀吉の側室淀君になった。跡継ぎ豊臣秀頼を産み、その色香で秀吉を骨抜きにして言いなりにさせる。次女のお初は京極高次に嫁いで、近江大津の元浅井家の領地を治めさせた。三女のお江は徳川家康の嫡男秀忠の妻になり、大奥などを支配し、徳川将軍への発言力を持った。
 どうだ! 長政の妻と娘たちは凄い女たちだろう。
 俺は戦国武将ではなく、戦国の女たちを駒に使って一気に都へ上り、天下統一の『ゲーム将軍』の称号を勝ち取ろうとした。
 だが、俺の野望の前に立ちはだかる女がいた! 
 豊臣秀吉の正室、寧々(ねね)である。天下人までもう一歩のところで……秀吉を使った主婦プレーヤーが、寧々を慕う戦国武将たち加藤清正などを使って、怒涛の勢いで攻め込んできたのだ。
 なんと! 俺以外のプレーヤーは、いつの間にか、同盟を結んでいて、元々、戦闘力のない長政はあっという間に滅ぼされてしまった。
 戦(いくさ)に負けると身分を落とされるというのが『ドリーム戦国大戦』のルールである。
 ついに大名から足軽に落とされてしまった。武器も持ず、防御力のない足軽の長政は超弱い。敵の武将に刀で斬られたり、弓矢で射抜かれたりすると、その度にリアルの恐怖と激痛が俺自身を襲うのだ。
 しかも、どういう訳……か、この『ドリーム戦国大戦』はゲームオーバーできない。
 敵の槍で串刺しにされた「うぎゃあ―――!!」痛みにのたうちまい、泣き叫ぶ!!
「も、もう嫌だ! 助けてくれ……」



「脳波が乱れています。夢の中で恐怖を味わっているようです」
 リクライニングチェアで眠る男の様子を見ながら、開発スタッフの一人が呟いた。
「ドリーム戦国大戦の実験は大成功だ!」
 引き籠ってゲームをする若者が増加して社会問題になっている。
 そういった社会状況で、有名ゲームメーカーの任侠堂は『ドリーム戦国大戦』を開発した。
「対戦相手の四人のゲーマーはソフトが創りだした架空の人物、任侠堂の車に乗り込んだ時点でゲームは始まっていた。そこから彼は催眠ガスで眠っています」
「直接、脳へ恐怖のイメージを送りこんでいるわけか」
「はい。おそらく目を覚ましたら、彼は二度とゲームをやりたくなくなるでしょう。ゲームを始めようとすると、恐怖の体験がフラッシュバックしますから――」
 任侠堂『ドリーム戦国大戦』は、実はゲーム依存症を矯正するソフトだった。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2016-09-25 12:35 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback
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   第38話 幸福荘奇譚

『隣に居ます。一度訪ねてください』

 俺の部屋のドアポストにそんなメモが挟まれていた。
 白い便箋に黒いマジックで丁寧に書いてあった。一度訪ねて……って、ずいぶん押し付けがましいと思った。
半年前に引っ越ししてきたが、近所付き合いなどまったくない、たしか隣室は空部屋だった筈だ。
 俺の住むアパートは駅から徒歩40分、築30年以上、日当たり悪く、壁はシミだらけ、擦れ切れた畳、1K四帖半の部屋、家賃は破格の一万円、貧乏な俺が少しでも家賃の安い部屋を求めて辿り着いたのが、この『幸福荘』だった。……てか、幸福な人間がこんなボロボロのアパートに住んでねぇーよ、と思わず突っ込みたくなる。
 こんな激貧生活を余儀なくされたのは、ぜんぶ親父のせいなんだ。

 三年前に母さんが病死してから、俺と親父の二人暮らしになった。
 酒も煙草もやらないクソ真面目な親父だったが、妻を亡くした寂しさを紛らわせるためか。毎晩、帰りが遅いと思ったらパチンコを打っていた。
 休日は朝からパチンコ店に入り浸りで家にも帰らない。ギャンブル依存症の親父は、負けると不機嫌になり八つ当たりするようになった。
 パチンコに狂った親父に、嫌気がさした俺は親父とは口も利かなくなった。
 その内、借金取りが家に押しかけるようになった。
 親父は会社を辞めて退職金で借金の穴埋めをしたが……焼け石に水だった。しかも無職なのに朝から晩までパチンコ三昧では借金は増えるばかりだ。
 俺も大学を休んで働かないと日々の食費にも事欠く有り様になった。
「クソ親父! いい加減にしろよ!」
 ついに俺は殴った。
 パチンカーで青白い顔した親父は、芥子粒のように吹っ飛んだ。
「そんなことで死んだ母さんに顔向けできるのか?」
 親父の顔に遺影を押し当てて、俺は泣きながら抗議した。
 うなだれた親父は、すまない、すまない……と何度も謝った。――が、翌日、古い旅行鞄とともに失踪してしまった。
 そして親父の借金を俺が被った。
 一度は返済したが、その後、膨れ上がった借金の額が五百万円を超える。勝手に俺の名義を使って借金したので、俺の所に取り立て屋がきたのだ。
 弁護士に相談したら『自己破産』を勧められたが、親父の借金のせいで、俺の人生まで詰んでしまうのは絶対に嫌だ。
 母方の親戚で資産家の伯父に、借金の肩代わりを頼んだら、『毎月、返済します』の誓約書と自宅を担保に取られた。

 超ハードな俺の借金返済生活が始まった。
 昼間は自動車部品の工場で派遣社員として働き、深夜にかけて居酒屋でバイトをして、休日は朝からビル清掃の仕事だ。暇があればチラシ配りも……。
 寝ている暇もない、ロクなものも食べていない、ストレスは溜まるばかり……。
 こんな生活が半年も続いたら、疲労困憊して生きる気力もなくなる。自分でこさえた借金でもないのと、逃げた親父を心底恨んだ。

『隣に居ます。一度訪ねてください』

 なんだよ? ウザイなあー。深夜バイトから帰ったら、またメモが挟んであった。
 俺はムカッ腹を立てて隣室のドアを乱暴に叩いた。
 返事はなく、何気なくノブを回したら開いた。玄関から丸見えの四帖半、中央に女性が座っている。
「母さん……?」
 三年前に亡くなった母が隣室にいた。
「どうして? ここに居たの」
 何も答えず微笑んでいる。
今日まで苦労の連続だった、大好きな母さんの顔をみたら、子供のように泣きじゃくってしまった。
「母さん、俺も連れていってくれ」
 しゃくりを上げながら懇願した。
『マダ、アナタハ、ダメヨ』
 この世の人でないことは分かっている。
「だったら、せめて親父を……元の親父に戻してくれ」
『ソウネ……』
 俺の頭を優しく撫でて、ぼんやりと母さんは消えた。

 泣き腫らした目で隣室から出てきたら、なんと親父がすぐそこ立っていた。
 その姿を見た瞬間、怒りが込み上げて、拳を握りしめ殴りかかった。
 すると、いきなり親父が土下座して謝った。
「すまない。どうか償いをさせてくれ……」
「バカヤロー! 借金はどうするんだ」
 俺の怒号に、親父は古い鞄を開けて見せた。中には札束が入っていた。
「強盗やったのか?」
「違う! 真っ当な金だ」
 親父の話によると、失踪した後、死に場所を探して東北の町を彷徨っていたが、死にきれず、温泉街のパチンコホールで働いていた。
 出もしない台で躍起になってる、お客の姿を見ている内に、だんだんとパチンコ熱も冷めていった――。
 ある晩、死んだ妻が夢枕に立ち、『鞄の底をみて』と言った。翌朝、鞄の底敷きを外してみたら妻の生命保険の証書が出てきたのだ。
 死亡保障が一千万円、借金を完済しても少し残る金額だった。

 平穏な生活が再び戻った。俺はまた大学に通い、親父は再就職した。
 心の弱い親父が二度とギャンブルに手を出さないように、休日は親子で釣りやカラオケを楽しんでいる。
 あの夜『幸福荘』の隣室で起きた出来事は何だったんだろう。
 もう隣室のドアを叩くことはしない。だって僕らの母さんは、今も心の中に住んでいるから――。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2016-09-24 20:54 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback
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   第37話 恋よりカツサンド!

 4時間目終了のチャイムと共に教室から飛び出して、学校食堂へ続く渡り廊下を猛スピードで走っていた。
《早くいかないと売り切れる!》
 先生に廊下を走るなと注意されても今だけはきけない。――全力疾走するアタシです!
 今日は月に一度の食堂のおばさん『気まぐれカツサンド』の売り出し日なのだ。
 限定10食、お一人様1パック限り、値段は280円と激安、大人気ですぐに売り切れてしまう。
 販売日は不特定で食堂の掲示板に前日に告知されている。

 猛スピードで食堂に飛び込むと、カツサンドが1パックしか残っていない!
 その最後の一つにタッチした瞬間、もう一つの手があった。誰かが同時にカツサンドにタッチしたのだ。
「これはアタシのカツサンド!」
 すぐに所有権を主張する。
「待てよ! 俺と同着だっただろ?」
 男子がムッとした声で言い返した。
「いいえ! アタシの方が0.1秒早かったもん」 
「ストップウォッチで計ったのかよ」
 アタシたちが揉めていたら、食堂のおばちゃんが困った顔で、
「喧嘩しないで、これが最後カツサンドなのよ」
「おばさん、俺たちチャイムと同時に猛スピードで買いにきたのに、なんで1パックしか残ってないの?」
 男子が質問したら、
「3時間目から食堂で待っていた生徒がいたから」
 えっ―――!? それってズルイよ。
「フライングは反則だよ!」
 おばさんに文句を言った。
「ゴメンよ。そういう子にはもう売らないから、今日のところはジャンケンで決めておくれ」
 おばさんの提案で、最後のカツサンドを賭けて勝負した。

「ジャンケンポン!」
 相手はチョキで、アタシはパーだった。……負けた。アタシは絶句したまま固まった。
「大丈夫かぁー?」
 男子の声で我に返って、ションボリと立ち去ろうとしたら、
「待てよ! カツサンド半分やるから、そんなに凹むなって」
 アタシからカツサンドを奪った男に言われた。
「要りません!」
 負け惜しみの悔しさで走って出て行った。

 今まで気づかなかったけれど、アイツは同じ学年で陸上部のエースという評判だった。わりとイケメンなので女子にも人気があるらしい、アタシは興味がない――。

 今月は『気まぐれカツサンド』を買うことができた。
 大好物のカツサンドを持って、校庭の片隅でランチをする。
 アタシはクラスの女子たちと群れたりしない。イジメられてるとかそんなんじゃないけど、一人の方が気楽だし、ピクニック気分で楽しいから――。
 今日はアイツいなかった。カツサンド嫌いになったのかなぁー? 
 なんて余計なことを考えていたら、
「――こんな所にいたのか?」
 先月、アタシからカツサンドを奪った男がやってきた。手にカツサンドを持っている。
「一緒にカツサンド食べよう」
 そう言うとアタシの隣に腰を下ろした。
「なにか用?」
「俺さ、今までの人生で……てか、まだ17だけど……目の前であんなに落胆した人間を見たのは初めてだった……だから罪悪感をもっちゃって……」
「それって同情ですか?」
「――違うよ。上手く言えないけど放って置けない気がした」
「カツサンドに必死なヘンな奴と思ったでしょう?」
「いや~、凄い執念燃やしてるなってさ。あははっ」
「カツサンドの恨みはカツサンドでしか晴らせません!」
 アタシが怒って、他所へ行こうとしたら、
「たかが、カツサンドのことでそんなに怒るなよ」
「たかが、カツサンドじゃないわ!」
「はぁー?」
「大事な思い出の味なの」
 たぶんアタシは怖い顔で睨みつけていた。
「な、なんだよ? 急にマジになって……」
「二年前、末期癌だったママが病院を抜け出して、受験生のアタシのために命懸けで最後のカツサンドを作ってくれた。アタシにとってカツサンドは、死んだママの愛の味なのよ」
 不覚にもアタシは涙を流していた。
「ゴメン……ツライこと思い出させて……泣かせちゃったなぁー」
 アイツはオロオロしていた。

 今日も校庭の隅っこでランチを食べていたら、背後に視線を感じ振り向いた。
「これ」
 アイツがタッパを突き出した。
「なぁに?」
「俺が作った」
 タッパを開けたら、カツサンドが入っていた。形は不揃い、カツは少し焦げて、見た目は最悪だった。
「食べてみろ」
 いくらカツサンド好きのアタシでも、これはチョット……と思いながら食べたら。
「美味しい!」
「そっか! 料理本見ながら初めて作った。キッチン汚して母親に怒られた」
 照れ臭そうに応えた、アイツの手に包帯が……。
「その手どうしたの?」
「油でヤケドした」
「そんなにまでして、なぜ?」
「カツサンドの恨みはカツサンドでしか晴らせません。――って言っただろう?」
「たしかに……」
「俺、おまえの直向きな走りっぷりに惚れた!」
 ヤダ! そんな風に言われたら照れ臭いよ。
「このカツサンドが好きになった!」
 カツサンドを前にしたら全力疾走のアタシです。

 この瞬間、アタシからカツサンドを奪った男と猛スピードの恋が始まった。




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   創作小説・詩
# by utakatarennka | 2016-09-23 20:44 | 夢想家のショートストーリー集 | Trackback