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― Metamorphose ―

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仇 ― Adauti ― [前編]

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           ― はじめに ―

     この物語は、『死刑制度廃止』に関する私的な意見で書きました。

     『死刑制度廃止』に対しては、いろいろな見解もあることでしょうし、
     反対意見や批判もあるかと思いますが……
     そういう議論をふっかけられても、お応えできません。

     「仇 ― Adauti ―」という、フィクションな読み物として楽しんで貰えたなら
     作者として一番有難く存じます。

     半角英数字と漢数字が混じっていて、読み難いかも知れませんが
     意図的にやっていることです

     よろしくお願い致します O┓ペコリ

                                 2017年1月23日 改稿


          **************************************************

  ― Adauti ― [前編]

「もう少し……もう少し……逃げ切れる」
 腕に巻いたGショックの時計は残り30分を切っていた。
 逃げ切ったらゲームセット! 俺は自由になれるんだ。
 三日間、敵の追跡をかわして深い森の中を必死で逃げ回っていた。
 この場所に連れて来られた時に、手渡された物は72時間からカウントダウンしていくGショックと三日分の食糧とサバイバルナイフだけ、ここは樹海の中『緑のコロシアム』だった。

 たぶん、このGショックにはGPSが搭載されていて、それを確認しながら探し回っているみたい、だから敵には俺の居場所がすぐにバレてしまう。
 これを腕から外したいが手錠のように頑丈で外せない、無理やり外そうとするとGショックが爆発すると、あの人物から聞かされていた。

 ガサガサと草が揺れている、追跡者の気配に俺は慌てて窪地に身を潜めた――。

 大学を卒業してから、俺は起業家として会社を立ち上げた。
 IT関連の会社でコンピューターのスキルは高い方だった。仕事のパートナーのアイツは俺より三歳上でIT企業に勤めていたが、会社を辞めて一緒に会社を立ち上げるのを手伝ってくれた。アイツは営業に強く、いろんな会社を回って次々と仕事を取って来てくれていた。
 最初から上々の業績で若い起業家だった俺たちは自信を持っていた。
 そして俺は結婚して家庭を持った。――ここまでは順風満帆だった。
 この先も上手くやっていけると高をくくっていた。だが、落とし穴はあった! 慢心した俺たちは事業を拡大し過ぎて大損をしたのだ。
 借金と仕事のことでアイツと喧嘩することが多くなった。会社の営業方針にもあれこれ口を挟んできて、このままだとコンビ解消かと思いはじめていたら、遂には会社の金と妻を持ち逃げされた。
 いつの間にか俺の妻とアイツはデキていたんだ。
 会社の借金の名義は全部俺になっている。結局、自己破産して会社も財産も家庭もすべて失ってしまった。

 俺はアイツと妻を必死で捜した。
 こんなヒドイ目に合ったのはアイツらのせいだ! なにもかも失った俺には怖れるものはない、この二人は絶対に許せない復讐してやると誓った。
 二人の住むアパートを、ついに見つけだし襲撃した。
 まず、用意していた包丁で妻の胸を突き刺し、逃げようとするアイツを背後から刺すと、馬乗りになってめった刺しにした。証拠隠滅のために、部屋にあった灯油をまいてアパートにも火を付けた。
 結果、無関係なアパートの住人が巻き添えになり四人焼け死んだ。

 火元の部屋から逃げ去るところを、アパートの住人に顔を見られていて、モンタージュ写真で、すぐに俺が犯人だとバレてしまった。
 警察に逮捕され、裁判では『無期懲役』を言い渡された。六人もの人を殺しておいて、無期懲役までしかならない。
 それが俺のような凶悪犯を裁くための最高刑なのだから……。



 20XX年、日本国では死刑制度が廃止された。

 どんな凶悪犯も無期懲役以上の刑に処されることはなくなった。
 結果、死刑制度の廃止によって犯罪抑止力がなくなった。世間では凶悪事件が増加し続けた。一人殺しても、二人殺しても、三人殺したって罪は同じ、だったら犯罪がバレないように、より多くの目撃者や憎いと思う人物の親族や友人まで、殺戮をおこなうようになったのだ。
 極めて残酷で非道な犯罪が横行していった。
 死刑廃止によって、日本の社会はどう変化していくのか?


   事件ファイル №1(練馬一家惨殺事件)

 会社員の佐野裕之(35)は、出張中に家族を皆殺しにされた。
 深夜、勝手口のドアをバールのような物でこじ開けて、カギを壊して犯人が室内に侵入、一階で寝ていた裕之さんの両親が犯人によって殺害された。まず、父昌之さん(65)がナイフで心臓を一突きされて死亡した。隣室で寝ていた母芳恵さん(59)が気配に気づいて起きてきた所を犯人に腹や胸など数カ所を刺されて失血死。
 その後、犯人は二階に上がり、子ども部屋で寝ていた長女里奈ちゃん(6)の首を刺して死亡させた。隣室で子どもと添い寝をしていた妻の沙織さん(32)の肩やわき腹、大腿部など数カ所を刺して動けなくした。隣で寝ていた長男絢人ちゃん(3)が目を覚まし激しく泣き出したため首を絞めて殺害する。
 そして瀕死の重傷で苦しんでいる沙織さんを強姦した後、電気コードで首を絞めて殺害した。
 事件後、犯人はシャワーを浴び、佐野さんの服に着替えた。
 台所で冷蔵庫を物色して腹ごしらえをすると、室内にあった現金、貴金属、カード類を持ち出し、亡くなる前に沙織さんから聞き出していた暗証番号で、銀行のATMから一回で下ろせる限度額五十万円をおろしていた。

 翌日、出張から帰った裕之さんが事件を発見、警察に通報した。
 銀行のATMに設置されたカメラによって、犯人の人相が分かると該当者がすぐに割り出された。
窃盗など前科三犯の西田武司(38)である。
 捕まるまでの一週間の間に、盗んだ金で西田は派手に遊びまわっていた。競馬、競輪、パチンコなどギャンブルや風俗やギャバクラなどで散財をした。西田は風俗嬢とラブホテルで連泊しているところを、手配書を見たホテル従業員によって通報された。
 逮捕時、西田の所持金はわずか二千円ほどであった。

 犯人の西田は警察の供述で「一人殺したら、後は何人殺したって無期懲役までしかないんだから、バレないように皆殺しにしたまでさ」と取り調べ室でうそぶいていたという。
 一夜にして、家族全員を惨殺された佐野裕之――全てを喪った悲しみと怒りと憎悪、この絶望は想像するに余りある。

 しかし、死刑制度が廃止された現在、西田を無期懲役までの罪でしか裁けない。
 無期懲役といっても、服役中の態度が良かったり、恩赦などがあれば、二十年ほどで刑務所から出て来られるかもしれない。
 五人もの尊い命を奪い、子どもたちの未来を奪って、たった二十年の懲役……これでは死んだ者が浮かばれない。
 何よりも被害者の遺族、佐野裕之の憎しみが収まらない。

 裁判の日、家族の遺影を手に佐野裕之は傍聴席の前列にいた。
 案の定、判決では『無期懲役』言い渡された。犯人の西田はそれを聴いた瞬間、傍聴席の佐野裕之に向かってニヤリと不敵な笑いを浮かべてVサインをした。
 突然、法廷内に銃声が鳴り響いた。
 被告席に向かって数発の銃弾が撃ち込まれた。頭部に命中した西田はもんどりうって倒れた。止めを刺すようにさらに撃ち込まれる銃弾は憎しみの深さを物語る。
 何事が起ったのか分からず、法廷内は悲鳴や怒号で騒然としていた。

「これは仇討だ――――!」

 佐野裕之はそう叫ぶと、自らのこめかみに銃口を当て発砲した。

 前代未聞の大事件、法廷内で被告が被害者の家族に殺された。
 犯人の佐野裕之は、遺影の裏に隠し持っていた銃での西田を撃ったのだ。しかし、どうやって凶器の銃を法廷内に持ち込んだのかは謎のままに、被疑者の自殺によって幕を閉じた。
 ただ、事件後に西田武司の弁護に当たっていた、緒方彬(おがた あきら)という三十代前半の若い国選弁護士がその姿を消していた。


   事件ファイル №2 (大和ストーカー殺人事件)

「あの女を殺したことなんか、ちっとも後悔してない!」
 取調室で刑事に「被害者に対する反省の気持ちはないのか?」と問われた、殺人犯の黒田啓一(22)は、大声でハッキリとそう答えた。

 インターネットの若者向けのゲームサイトで知り合った、藤川美奈子(25)と黒田啓一は一緒にゲームをしたり、ゲーム中にチャットをするくらいの間柄で、お互い面識はなかった。
 美奈子に対して一方的な恋愛感情を抱いていた黒田啓一は、SNSのブログや写真などを詳細に調べ上げて美奈子の個人を特定した。神奈川県大和市に住む美奈子のマンションと黒田の自宅は20キロくらいの距離で近かった。
 美奈子に会いたいと黒田は思っていたが、自分の容姿に激しくコンプレックスを抱いていたのでできなかった。黒田は身長が低く、猫背で肥っており、顔も醜男である。

 高校を卒業してから、ずっと無職だった黒田は時間を持て余していたので、美奈子の住むマンション周辺をうろつくようになった。
 その頃から、帰り道を何者かにつけられたり、いきなり携帯カメラで写真を撮られたりして、美奈子は気味が悪かった。マンションのメールボックスを探ったり、親族を装って、管理人に美奈子の部屋を開けさせようとさえした。
 黒田の行動は、段々ストーカー行為へと発展していく。
 ひとり暮らしの美奈子は身の危険を感じて、婚約者の吉岡哲也(27)に相談して、週末には泊りに来て貰うようになった。
 黒田啓一は、藤川美奈子のマンションに男が泊りにくるようになって激怒した。
 妄想で美奈子を自分の恋人だと勝手に思い込み、自分を裏切ったと激しく彼女を憎むようになった。

 そして、陰湿な嫌がらせが始まった。
 パソコンのメールボックスに卑猥な写真を送信したり、ネットの出会い系サイトで美奈子になりすまし登録すると、写真や電話番号などの個人情報を晒したりした。そのため、美奈子の携帯には連日、ヘンなメールが送信されてくるようになった。
 婚約者が泊りにくると、彼の車にキズをつけたり、汚物を塗ったりした。
 ある日、美奈子は夜道でバッグをひったくられた。その中には、携帯や財布、それから部屋の鍵が入っていた。近くの交番へ被害届を出した際に、何者かにストーカーされていると相談したが、ストーカー犯が誰か分からないために事件として扱われなかった。
 翌日に近所の公園のゴミ箱からバッグは発見され、財布や携帯は入っていたが、鍵だけが見つからなかった。
 心配になった美奈子は管理人に鍵を付け替える相談していた。

 それから、二日後のことである。
 美奈子が出勤した後で、黒田啓一は鍵を開けて部屋に侵入してきた。バッグをひったくり鍵を盗んだのは彼だった。美奈子の部屋に入り込んだ黒田は、彼女が帰るまでクローゼットに隠れて待っていた。
 七時半過ぎ、仕事を終えて帰宅した美奈子がシャワーを浴びていたら、突然、浴室に見知らぬ男が入ってきて美奈子に激しい暴行を加えた。壁や床に何度も頭を打ちつけられて気を失った。
 浴室の中で約八時間、殺されるまでの間、美奈子対し執拗、冷酷、残虐極まりない暴行、凌辱の限りを尽くした上に、浴槽に沈められて溺死させた。
 しかも、美奈子の乳房を切除して持ち帰るという猟奇殺人だった。

 美奈子の遺体は、婚約者の吉岡哲也によって発見された。
 急に美奈子と連絡が付かなくなったので心配した吉岡が、渡されていたマンションの合い鍵を使って室内に入った。
 出しっぱなしのシャワーの音に、ドア越しに呼びかけたが返事がなく、開けると、血の海と化した浴槽内に美奈子の遺体が浮かんでいた。
 あまりに凄惨な姿に吉岡は絶叫して倒れた。――その後、警察に通報した。
 検死結果、死因は溺死。
 全身に数十箇所の打撲痕、頭蓋骨にひび、目窟底骨折、鼻骨骨折、右腕骨折、右膝脱臼、他、肩や腕などに噛み傷があった。女性性器には異物が挿入、強姦された形跡がある。

 死ぬまでに――どれほどの苦痛を与えられたのかは想像を絶する。

 黒田逮捕までに、さほど時間がかからなかった。
 最近、マンション内に不審な男が出入りしていたのを管理人はじめ、住人たちも目撃していた。このマンションはオートロックだが、ここの住人の後ろにくっついて行けば容易に侵入できる。何人かの住人がヘンな男(容姿に特徴がある)がついてきて、一緒にマンション内に入ってこられて不快に思っていた。
 管理人は一度、黒田に「姉の部屋に忘れ物したのでカギを開けてくれ」と頼まれて、断った経緯があったので黒田のことはよく覚えていた。
 美奈子が殺害の日、マンションに黒田が侵入していたことはエレベーター内の監視カメラや通路のカメラなどで確認された。
 そのような証拠を元に、警察が自宅に踏み込み黒田啓一を逮捕した。
 切除された美奈子の乳房はビニール袋に入れられ、自分の部屋の冷蔵庫に隠していた。
 黒田の家庭は小さな印刷会社を営む両親と兄弟がいる。両親は日中は仕事でおらず、大学生の弟と高校生の妹は、風変わりな兄を気持ち悪がって口も利かない。
 家族は啓一の存在を無視して、その行動も気にしていなかったので、今回の犯罪は誰も気がつかなかった。

 警察での取り調べ中に、
「あの女はビッチだ! だから俺が罰を与えた!」
 などと時々、意味不明なことを黒田は叫ぶ。
 精神鑑定の結果はパラノイア傾向ではあるが、犯罪の計画性からも十分に責任能力があると判定された。
 そして裁判では強姦殺人、死体損壊などの罪で『無期懲役』が黒田啓一に言い渡された。どんな凶悪な犯罪でも、上限は『無期懲役』なのだから仕方ない。
 その判決を聴いた、被害者の婚約者である吉岡哲也は拳を握り、肩を震わせむせび泣いていたという。
 
 刑が確定した黒田はいよいよ刑務所に移送されることになった。
 留置所で過ごす最後の夜、肥っている黒田は留置所の食事ではいつも足りず、空腹を訴えていた。独房に居る黒田に、こっそり弁当を差し入れした者がいる。
 翌朝、血を吐いて倒れている黒田を刑務官が発見した。
 食べ散らかされた弁当の中から致死量の青酸カリが検出された。いったい誰がこの弁当を独房に差し入れたか謎のままであった。
 前代未聞の留置所内の毒殺事件は、物的証拠が何も見つからず、迷宮入りしそうな様相だった。

 事件から数日後、吉岡哲也が自宅の部屋で首つり自殺を図っていた。
 警察に宛てた遺書には、

〔犯人を法で裁けない! 美奈子の無念をはらすために黒田を殺しました。だけど、これは犯罪ではない。美奈子を守ってやれなかった悔しさから、黒田に仇を討ったのです。これは日本人の正義、仇討である。〕

 と書かれてあった。
 死亡した本人が殺人を告白しているが、いったいどのような方法で留置所にいる黒田に毒入り弁当を食べさせたのか、その経緯はまったく不明、何もかも謎のまま事件は終局を迎えた。


   事件ファイル №3 (道頓堀通り魔殺人事件)

 大阪道頓堀で起こった無差別殺人事件は通行中の男女七人が殺害された。その中には、母親と一歳半の幼児、身体の不自由な老人なども含まれていた。
 歩行者天国を猛スピードで突っ込んで来た乗用車が次々と通行人を轢いていった。その後、電信柱にぶつかって車は停まるが、中から日本刀を持った男が出てきて、奇声を発しながら通行人に襲いかかってきた。――逃げ遅れた数人が刀の犠牲者となった。
 出動した機動隊によって取り押えられて捕まったが、逮捕時、男は『誰かを殺せ!』と声が聴こえたと供述した。それが精神病疾患なのか、覚せい剤による幻聴なのかは判明していない。
 考えられるのは社会に対する不満や怨嗟から、このような凶行に走ったと思われる。
 犯人は喜多川繁という元暴力団員である。覚せい剤中毒で、刑務所から出所してきて、わずか一週間目の犯行であった。

 この衝撃的な事件は世間を震撼させて、連日、マスコミでも大きく取り上げられた。 
 その中には、悲しみに暮れる家族へのインタビューで、『現在の心境は?』とか『犯人に何を言いたいですか?』などと無神経な質問をするテレビ局があった。――そこに同じ人間としての温かな血が通っているとは到底思えない。
 煩いほど犯人の人権は尊重するが、被害者の家族の人権には配慮しなくてもよいのか? これではどっちが加害者か分からないではないか?

 司法はお決まりの『無期懲役』を言い渡した。
 奪った人命と世間に及ぼした衝撃に比べて、加害者の喜多川繁の罪は軽い。これには遺族の家族も世間も不服を申し立てたが、最高刑が『無期懲役』なのだから仕方ない。
 虫けらのように殺された人々に比べて、何んと凶悪犯の命は尊いのだろうか。
 こんな残虐な犯罪を起こした人間が刑務所に入ったからといって、罪を悔い改めて善人になれるものなのか? もしも、本当に犯した罪を悔い改めたのなら、罪深い自分に耐えられず自殺するはずだ。そうでもしなければ心の底から反省したとは思えない。
 凶悪犯は死ぬまで反省はしないだろう。
 むしろ、悪いことをしたという自覚がないからこそ、ここまで残虐な行為ができるのだ――彼らはサイコパスに他ならない。

 喜多川繁が裁判所から移送される途中、護送車から忽然と消えた。
 この大失態に警察は大騒ぎになった。警護に当たっていた警察官も厳しく調べられたが、いつ脱走されたのか、まったく分からないという。
 護送車に乗せたはずの犯人が、到着したら影も形もなかったのである。まるでイリュージョンだと皆が首を傾げた。
 だが、必死の捜査にも関わらず喜多川の足取りがまったく掴めない。焦る警察関係者たちであった。
 三日後、喜多川は変わり果てた姿で発見された。
 裁判所の門柱の上に、喜多川の生首が晒されていたのだ。
 倒れないようにベニヤ板に裏から太い釘を打ち貫いて、その釘に生首を突き立ててあった。そして、その首には『極悪人』と書いたプラカードが掛けてあり、実に惨たらしい死体だった。
 その二日後には、喜多川の胴体が淀川の河川敷で発見されたが、そこが殺害現場ではなく、死体遺棄されただけと思われる。
 発見時、首なし死体は両手足を荒縄で縛られて地面に座っていた。検死の結果、頭部を鋭利な刃物によって切断されて死亡したと思われる。居合の心得のある者によって一刀で首を落とされたとみられ、首斬り役人による処刑のようであった。
 まるで警察や司法に対する挑戦のような事件――。警察は沽券に賭けて、犯人逮捕のために大捜査網を敷いたが目撃者もなく、手掛かりも見つからず捜査は難航していた。
 世間では極悪人をちゃんと法で裁けないので、喜多川繁に天誅が下ったのだという者たちもあった。――その件に関して『道頓堀通り魔殺人事件』被害者の家族たちは、黙して語らなかった。

 事件から一ヶ月、摂津峡の渓谷に停まっていたワゴン車の中で男女三人が練炭火鉢による集団自殺を図っていた。
 いずれも、『道頓堀通り魔殺人事件』の被害者の近親者たちであった。三人が連名で書いた、日本法曹界へ宛てた遺書は、

〔これは仇討である。(中略)無残にも罪のない家族を殺された私たちは法で裁けないなら、非合法な方法であっても憎い犯人に死をもって罪の報いさせたいと思った。(中略)目には目を、歯には歯を、死には死を。これは日本の武士道の教え仇討なのである。しかし、人命を奪い、世間を騒がせた私たちも自らの命をもって、この罪を償う所存である。〕

 日本法曹界への抗議を込めた遺書が残されてあった。
 そうして、通り魔殺人の犯人喜多川繁の殺害に関与したと思われる者たちは、事件の全貌を語らぬままで、死によって闇に葬ってしまったのだ。
 しかし、あれだけ大胆な犯行を、素人だけで組織できたとは到底考えられない。

 これら一連の仇討と称する、加害者殺害事件には謎の組織が関与していた。
 アンチ『死刑廃止』論者による組織、『Adauti』が、水面下で活動していたのだ。会員数約1000人、そのメンバーは政治家、実業家、弁護士、医者、学者、警察官関係者、マスコミ関連、一般市民などである。
その中には多くの犯罪被害者の家族や近親者たちがいた。
 非合法の仇討支援の会『Adauti』は、犯罪被害者の家族や近親者の要望で活動している。成功報酬のみ謝礼として現金を受け取る。だが、仇討を頼んだ者には永久の秘守義務が課せられる。
「あなたは犯人に仇討できたら死んでもよいか?」という問いかけに「はい」と答えられた依頼者のみとなる。
 いっさい口外ができぬように、死を持って封印するためであった。

 なぜ『仇討制度』などという、古い日本の武士道のシキタリが復活したのであろうか。

 それには、これら一連の事件による世論の流れがあったから――。
 日本法曹の生温い刑罰に対する不満からである。犯した罪に見合う償いを加害者がしていないと世間はそう思っているのだ。
 犯罪被害者の仇を討つ、仇討支援の会『Adauti』は、死んだ依頼者たちが残した資産や財産によって、大きな組織力を持ち始めた。
 有力な政治家たちに賄賂を渡して、『仇討制度』なる法令を国会に通した。司法の了解を得れぬまま、この闇の制度は『Adauti』の会員たちによって実行されているのだ。
 裁判所は極悪人に『無期懲役』を言い渡した後は、仇討されても我関せずの姿勢を通していた。
 そして、被害者の家族の訴えと加害者が『仇討制度』のステージに立つことを承認したら、このゲームは成立するのだ。
            
     

「絶対に逃げ切ってやるんだ! もう一度、俺は娑婆へ戻りたい!」
 Gショックは残り15分を切っていた。72時間逃げ延びたら新しい戸籍と整形で別の人間になれる。一生外国で暮らす資金もくれるという条件だった。
 そう、あの人物が俺に約束してくれたんだ。




仇 ― Adauti ― [前編]_a0216818_742954.jpg

   創作小説・詩         
by utakatarennka | 2013-03-31 07:44 | ミステリー小説

by 泡沫恋歌