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― Metamorphose ―

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仇 ― Adauti ― [後編]

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  ― Adauti ― [後編]

 あの夜、留置所の独房に俺は居た。
 深夜に人の足音と鍵を開ける音で目が覚めた。闖入者は三人、スーツを着た三十代の男と、警察関係と思われる屈強な男と、白衣の中年女だった。
 突然の訪問者に驚いた俺に、スーツの男が、
「放火殺人で無期懲役が確定している者だね」
 ひどく冷静な声で訊ねてくる。その後、俺の名前を言い返答を求めた。そして弁護士の緒方彬だと自己紹介をした。
「君に被害者の家族から『仇討制度』要請の書類が申請されて、『Adauti』支援の会で受諾された」
「仇討?」
「そう。君に家族を殺された人たちが仇を討って欲しいと署名を集めたんだ」
「……だったら、俺を死刑にすればいいだろう」
「死刑制度は廃止された。だが、被害者の家族は君に仇討をする権利ができたのだ」
 死刑制度が廃止になったがため、加害者を厳罰に処すことができなくなり、被害者の家族や世論の不満の声が大きくなった。そこで新しく導入された『仇討制度』では、1万人以上の署名と仇討資金(約五千万円)が揃えば、死刑の代わりに選任の仇討人が加害者と闘って仇を取ってくれるというものである。
 だが、加害者が三日間逃げ切ったら、すべての罪を帳消しにして、自由と身の安全を保証してくれるルールになっている。――と、緒方彬と名のる弁護士の説明を、黙って俺は聴いていた。

「本当に罪が帳消しになるんだな?」
「ああ、君が逃げ切ったら別の人物になって、海外で暮らす資金が与えられる」
「実際に逃げ切った奴はいるのか?」
「いる。……だが、それが誰かは口外できない」
 ――俺は考えた。
 これから一生刑務所で暮らすぐらいだったら、一か八かで脱出ゲームに参加してもいいかもしれない。もう一度、社会に戻って一旗揚げたいという野心を俺は未だ捨てきれないのだ。
 このまま刑務所で朽ち果てるくらいなら……わずかなチャンスでも喰らいついてやろう。
「どうする? 君次第だ。嫌なら刑務所で一生暮らすだけのことだ」
 緒方弁護士の冷ややかな言い方が、俺の癪に障った。
「やる。やってやる!」
「そうか。だったらこの書類に著名と拇印を押してくれ」
 そう言うと、『仇討制度取り決め書』と書かれた書類を手渡した。俺は時間を掛けて細部まで読み取ってからサインをした。
「これで契約が成立した。今から君は『仇討制度』実行の準備に入る」
 言った途端、いきなり屈強な男が背後から俺を羽交い締めにした。
「うわっ! なにをする?」
 叫んだら、ガムテープを口に貼られた。白衣を着た中年女が俺の腕に注射をした。
 すると俺は忽ち意識を失ってしまった――。



 次に気が付いたら、どこか森のような所にいた。
 どのくらい意識を失っていたのか分からないが、またあの三人が俺を囲うように立っていた。緒方弁護士がこっちを見て、
「やあ、気が付いたかい?」
「ああ……ここはどこだ」
「樹海の中だ」
「樹海?」
「そう。この緑のコロシアムと呼ばれる樹海の中で、君は仇討人と闘うのだ」
「……そうか」
 俺の左手首には大型の時計が嵌められていた。タイムウォッチみたいに時間がカウントダウンしていっている。
「この時計はなんだ?」
「Gショックだ。72時間逃げ回ってゲームオーバーになれば、君は自由になれる」
「これには、何か仕掛けがあるんじゃないのか?」
 俺は時計を外そうとしたが、まるで手錠のように頑丈で外すことができない。
「無理に外そうとすると爆発するよ。これは君の位置を見張るためのものだ」
 このGショックにはGPSが搭載されているのか? 俺が逃げ出さないように――。
「こんなもん着けられて……俺は不利じゃないか!」
 その抗議の声に、緒方弁護士はフンと鼻を鳴らした。
「今まさに、仇討人もこの樹海のどこかに潜んでいる。この時点から君の命は狙われているのだ」
「ゲームがスタートしてるのか?」
「そうだ。君のGショックはカウントダウンを始めた、もう後戻りはできない」
「……分かった」
 もう覚悟を決めるしかない。
「ここに君の必要な物が入っている。では、健闘を祈るよ」
 それだけ言うと三人は、俺たちを運んできたと思われるヘリコプターに乗って上空に舞い上がっていった。
 俺はそのヘリコプターの騒音を聴きながら、まだ意識を取り戻したばかりのぼんやりした頭で、これから何をなすべきか考えていた。
 袋の中には水と食糧、そしてサバイバルナイフが入っていた。――俺に与えられた武器はこれだけか。敵の装備はどうなんだろう? もし銃だったら俺には勝ち目がない。
 鬱蒼とした森の中で見通しが悪いし、俺と戦う相手のデータ―は皆無だし、これでは作戦の立てようもない。
この緑のコロシアムに立って、俺は少し後悔し始めていた。

 その時、パキッと小枝が折れる音がした。
 振り向くと戦国武者のような鎧甲冑を着けた人物が見えた。《こいつが俺の敵、仇討人か!?》真っ黒な鎧甲冑で顔は見えない。手に一振りの日本刀を持っている。
 敵は俺を探しているようだから、見つかる前に俺は匍匐前進しながら逃げた。

 墨を流したような漆黒の闇だ。
 天上に月と星が輝いているが、それ以外の光は何もない。
 敵に見つかるので火を起こすこともできない。手元も見えない真っ暗闇の中で俺は食糧を漁る。軍用レーションか、まるで戦争だな。
 いや、これは俺に取って生き延びるための戦争なんだ。
 黒い甲冑を見てから、10時間は経っている。さすがに、この暗闇では敵も行動できまい。今夜はここで眠るとしよう。
 俺は木の株にもたれてウトウトし始めた――。
 ふいに気配で目が覚めた。
 俺の目の前に黒い戦国武者が立っている。闇の中で目が赤く光っていた。
 どうやら赤外線ビームで暗闇でも敵には俺が見えるようだ――空気を切り裂く音がした。俺に向かって日本刀が振り下ろされる。
「うわっ!」
 転がるように飛び退いて、俺は暗闇の樹海を無茶苦茶に走り続けた。何度も木にぶつかり転んだが、それでも必死で逃げた。
 黒い甲冑は……たぶん甲冑が重くて早く走れないようだ。
 いきなり俺の身体が宙を浮いた?
「あっ!」と叫んだ、瞬間、奈落の底へと落ちていった――。

 ……気が付いたら、俺は沢のような所に倒れていた。
 どうやら、逃げてる途中で崖から沢に滑り落ちたようだ。何とか敵の追跡は逃れたが……身体中が痛いし、切り傷だらけだ。あっちこっち痛いが骨折はしてないようだから、立って歩けた。
 あれ、ナイフは? 俺の唯一の武器サバイバルナイフはどこだ? 
 たしかに、持って逃げたはずなのに……数メートル離れた場所にナイフが落ちていた。良かった、これでもないと、あんな甲冑野郎とはとても闘えない。
 こんな目につく場所に居てはいけないと、俺はとぼとぼと歩き始めた。
 食糧は昨夜の場所に置いてきてしまった、これから二日間生き延びなければいけないというのに……いったいどこへ逃げればいいんだ。
 サバイバルナイフを握りしめて、重い絶望感に打ちひしがれた。


 二日目の夜、俺は木のほこらを見つけた。
 大人が膝を抱えてやっと入れた広さだが、四方を木に囲まれているので、何だか少し安心できる。周りは茂みになっているので敵に見つかりにくい。
 食糧は失ったが、ポケットに入れていたチョコレートを舐めながら休むことにする。――真夜中、カシャカシャと鎧甲冑の音を立てながら、黒い戦国武者が歩き回っている。
 俺を探しているようだが、茂みに隠れて、このほこらを見つけられないのだろう。
 小雨が降り出したようだし、敵は諦めて帰っていった。

 夜が明けたら、俺はまた移動を始めた。
 昨夜のほこらの中は安全だったが、同じ場所に居たのではいずれ見つかってしまう。とにかく歩く、ただ歩き続ける。――だが、空腹が苦しい。後、もう一日、持ち堪えられるか?
 沢におりて水を飲んでいるところを敵に見つかった。
 黒い戦国武者は日本刀を振り回して追いかけてきたので、俺は慌てて逃げ出した。高校の時、陸上部でインターハイにも出場したこともある俺は逃げ足だけは自信があった。案の定、重い鎧甲冑の敵は追いつけず、とうとう見失ったようだ。
 俺の武器はこの脚だけなのか。こうなったら、逃げて逃げて……最後まで逃げ切ってやるさ!


 三日目の夜がきた。
 漆黒の闇の中で月と星が輝いている。なんて静かなんだ――時おり梟の鳴き声が聴こえるが、夜の闇は深く、静寂が重たい。
 あの事件から初めて、俺が命を奪った被害者たちのことを考えていた。
 妻――結婚して半年だった。行きつけのカフェバーで働いていた彼女を見染めて、一方的に好きになった俺は、押しの一手で結婚にまでこじつけた。
 きれいな女だった。
 いつも俺の気持ちばかりを押しつけて……一度だって、妻の気持ちを訊いてやったことがあっただろうか? 自己中な俺に妻は幻滅していたのかもしれない。 
 アイツ――大学の先輩で俺のよき理解者だった。
 大学卒業して俺が起業したら、働いていた一流企業を退職して、俺のパートナーになってくれた。
 いい奴だった……すぐに暴走する俺を諫めてくれていた。だから、妻もアイツを信頼して、俺のことでいろいろ相談していたようだ。
 俺たち夫婦はお互いの価値観の違いから口げんかが絶えなかった。激昂した俺は妻に暴力も振るっていたし、息抜きだといって風俗でも遊んでいた。
 それでも俺は妻のことを愛していたし、アイツのことも好きだった。信頼する二人の裏切られて俺は逆上して、完全に自分を失っていたんだ。
 怒りにまかせて復讐したが……今となっては、大事な者をうしなった喪失感しかない。あんな凶行を起こす前に、冷静になって話し合うべきだったと悔やまれる。

 ――あの二人を責める資格が、この俺にあったのだろうか? 

 アパートに放火して罪のない住人まで、巻き添えに殺してしまった。
 その中には女子大生や単身赴任のサラリーマンもいたという。彼らには家族や友人や恋人もいただろうし……その人たちから、俺は大事な者を奪ってしまった。
 関係ない人たちが、他人の痴話げんかの果てに焼き殺された。それが彼らの運命だったとしても、あまりにも理不尽だろう。
 なんて、俺は罪深い人間なのだ――。
 すまない許してくれ、みんな俺が悪いんだ。
 この手で命を奪った妻とアイツに無性に会いたかった。
 あの世に逝ったら、二人に赦しを乞いたい、胸を掻き毟るような後悔で俺は泣いた。――その夜、俺はスピリチュアルな気持ちになっていた。


 最後の夜が明けた。
 昨夜は自分の犯した罪に涙したが、陽が昇れば、やはり生きたい気持ちが強くなる。
 あと、6時間だ。今日の正午になれば、俺は無罪放免になれるのだ。
 とにかく、敵に見つからないように移動しよう。だが、ほとんど二日間食事を摂っていない俺の体力は限界にきていた。
 もう少しの我慢だ! あと、6時間でこのゲームから解放される。
 敵に見つかりにくいように、鬱蒼と木の茂る深い森を歩いていく。たとえ俺の居場所をGPSで把握していたとしても、ここは視界が悪く、隠れられる場所も多いから、この森を逃げ回っていたら時間が経過そうだ。
 あと、3時間か。よし!

 ――そう思って歩いていたら。
 いきなり、俺の行く手に黒い戦国武者が現れた! 
 あの野郎……、《クソ! 待ち伏せしてやがった!》木々を挟んで俺たちは対峙した。その距離約15メートルか。その時、奴が手に持っている物が見えた。
 手榴弾!?
 ヤバい! 俺は慌てて踵を返して逃げ出した。
 敵はゆっくりと安全ピンを外して、手榴弾を俺に向かって放り投げてきた。
 全力疾走で逃げる。まさか、手榴弾を持っているなんて想定外だった!
 背後で爆音がした、爆風で物が飛んでくる、小枝や倒れた木が襲ってくる。大きな切り株の陰に身を潜めた。
 まさか、手榴弾を使うなんて……俺は恐怖でブルブル震えていた。
 今、敵は俺の遺体を探しているのだろうか? ここに居ては見つかってしまう。次の手榴弾を投げ込まれる前に逃げなければ、森の中は視界が悪い。どうせ隠れるなら、草原の方が敵の動きも分かりやすい。
 手榴弾を使うなんて……敵も時間が無くなってきて焦っているようだ。
 しかし、だが――待てよ。
 冷静に考えて手榴弾で俺を殺すのはマズイだろう。身体がバラバラになって、身元不明の死体になってしまったら、『仇討制度』に申請した家族が俺の死体だと確認できなくなる。それじゃあ、仇討が成功したかどうか分からないじゃないか。
 もしかしたら、さっきの手榴弾は脅しだったかもしれない。逃げ足の速い俺に、飛び道具をみせて動きを封じる計画なのか?
 ひとまず、森を抜けるべく俺は歩き続ける。
 陽が高くなってきた、正午は近いぞ!

 野生のあけびの木を見つけた。
 子どもの頃に田舎の祖父の家で食べたことがある。10センチほどの大きさで薄紫色の果実、口が開いているのが完熟で食べられる。
 俺はしゃにむに木によじ登って手を延ばして、三つほどもいだ。
 あけびにむしゃぶりついた、ほんのり甘くて美味しい、種を口から吐き出す。
 食べ物が胃に入ったら、少し元気が出てきた。切り株にもたれて空を見上げる、いい天気だ。なんて空が青いんだ。
 ――どうして俺は、こんな場所で逃げ回っているのだろうか? 
 子どもの頃は普通の子だった、両親にも愛されていたし、友人もいっぱいいた。将来への夢もあったし、結婚して幸せな家庭を築こうとしていた。
 それなのに……それなのに、俺は……どこで道を誤って、こんな地獄に堕ちてしまったんだ。
青空が眩しくて、涙が頬に零れた。

 黒い戦国武者も俺を探しているんだろうなあ、奴もあんな大層な鎧甲冑を着けて歩き回るのは大変だろう。
 ふと、思った。――なぜ、奴はこんな仕事をやっているのだろう? 金のためか? 正義のためか? 
 緒方弁護士は俺たちを残して、さっさっと引き揚げてしまっている。どうして、俺を殺すためだけに、こんな大掛かりなセッティングが必要なんだろう。
 なんとも釈然としない疑問が頭をもたげてきた――。いいや、そんなことを考えるより、今は逃げ切ることが先決だ。
 Gショックは残り1時間を切っていた。


 森を抜けて、草原を歩く。
 心地よい風が吹いてくる。こんな命を賭けたゲームをやっているなんて嘘みたいだ。
《絶対に逃げ切ってやるぞ! もう一度、俺は娑婆へ戻りたい!》
 心の中で強く願う。
 Gショックは残り15分を切っていた。72時間逃げ延びたら新しい戸籍と整形手術で別の人間になれる。一生外国で暮らす資金もくれるという条件だった。
 俺と緒方弁護士は書面で契約を取り交わしたんだから――。

 ガサガサと草が揺れている、追跡者の気配に俺は慌てて窪地に身を潜めた――。

 距離を空けると手榴弾を投げ込まれる可能性がある。近づくと日本刀で斬られる。こうなったら奇襲戦しかないか? 一か八かで敵の動きを封じる方法を考えていた。

 鎌倉時代、甲冑の重量がたしか25~30キロはあったと聴いたことがある。日本刀も10キロ前後あるとか、中の奴は相当重いだろうに……。
 俺には身軽な身体と脚がある。後、12分……か。
 黒い戦国武者の足音が近づいてきた、兜と被っているお面のせいで奴の視界はかなり悪そうだし、意外と足元は見えていないかも知れないぞ。
 一歩、二歩、三歩……黒い戦国武者が近づいてくる――。
 GPSでは俺の居場所がここだと指示しているのに見つからないので、奴は焦っているのはずだ。この窪地は草で覆われて外からは発見されにくいだろう。
 ガサッ、奴の足が見えた!

「うりゃ―――!」

 サバイバルナイフを奴の足に突き刺したら、大きな音を立てて仰向けに倒れた。すぐに日本刀を持った手をナイフで斬りつけた。
 あまりの至近距離に奴は成す術もなく、重い甲冑のせいで起き上がれない。
 俺は奴の上に馬乗りになって、兜をずらすと喉にサバイバルナイフを突き立てた。絶叫の後、しばらくピクンピクンと全身を痙攣させていたが、やがて黒い戦国武者は動かなくなり、息絶えたようだ。
 やったー! ざまぁみろ! 俺の完全勝利だ――!!

 ピッ、ピッ、ピッ、ピィ―――! 
 Gショックが点滅してアラームが鳴りだした。
『ゲームセット!』
 Gショックから緒方弁護士の声が聴こえてきた。
「おいっ! 俺の勝利だ。奴は殺した」
『おめでとう! 今、そっちへ向かうよ』
 そういう声と同時に空中を旋回しているヘリコブターが見えた。騒音を立てながら空から降りてくる。そこから、また例の三人が出てきた。
 緒方弁護士は俺の足元に横たわる、黒い戦国武者を見て、
「ほぉ、殺ったんですか?」
「こいつは手榴弾を持っていたんだ。殺らなければ、こっちが殺される。仇討なら返り討ちっていうのがあるだろう」
「それじゃあ、今度は君に仇討人をバトンタッチして貰いましょうか」
「はぁ? 何のことだ。俺の罪は帳消しにして自由になれる約束だろう?」
「君は極悪人のくせに、僕の言うことを信用したんですか?」
 その言葉に唖然となった。
「……何だって? ちゃんと契約書を取り交わしただろうが……」
「まあ、君が生きている人間なら、その契約は有効ですが――もう戸籍を抹消されて、君は死んだ人間になっているんです」
「ど、どういうことだ!?」
 緒方弁護士の言葉に俺は耳を疑った。《俺が死んでる? そんなバカなっ!》これは奴らの罠だったのか。
「君を仮死状態にして、被害者の家族たちに死体だと偽って見せ、『仇討制度』で成敗されたと言った。死んだことになっている君を『Adauti』施設内の火葬場で焼却して、遺骨まで見せたら納得して仇討の報酬を払ってくれた。もちろん焼かれた死体は別の人物のものだ。だから、もう君はこの世に存在していないんだ」
 フフンと鼻を鳴らして笑った。
「今の俺は幽霊ってことか……?」
「そう。だから、こんな契約書は何の意味もない! ただの紙切れ」
 そう言うと緒方弁護士は、俺の目の前で契約書を破り捨てた。
 チクショー!《俺は緒方に騙された!》怒りで頭に血がのぼった。黒い戦国武者の日本刀を拾うと、俺は緒方弁護士に向かって斬り掛かっていった。
「ぶっ殺してやる―――!」
 日本刀を振り上げた瞬間、俺の身体に強烈な電気が流れた。
「うぎゃあっ!」
「そのGショックはいろいろ使い道があるんだ。孫悟空の頭についてる金箍児(きんこじ)のように、君が暴れたら電気を流すよ。今のは一番弱い電流だ。そいつが腕に巻かれている限り、君は逃げられないし、我々の命令にも逆らえないんだ!」
 あはははっ、緒方弁護士の笑い声が森に木霊する。後ろで屈強な男がピストルの銃口を俺に向けていた。
「ちくしょう! ヒドイ奴らだ!」
「ヒドイ奴ら……だって。人殺しの凶悪犯の君がそんなセリフを言えるのか?」
 いきなり、緒方弁護士は怒りに燃える眼で俺を睨みつけた。
「僕も、後ろにいる二人も大事な家族を君のような凶悪犯に殺されたんだ。僕は中学生の時、強盗犯に両親と妹を殺された。丁度、修学旅行で家にいなかったので僕だけ助かった。元警部だった関本さんは出所してきた犯人に逆恨みで奥さんと二人の子どもを殺された。医師の澤田さんはひとり娘をレイプ犯に惨殺された――」
 ひと息、呼吸を入れて、再び喋りだす。
「我々は、お前たち凶悪犯が心底憎い! こんな奴らを死刑にしない司法には幻滅した。だから、『Adauti』という組織を作ったんだ。政界や警察、法曹界にも『仇討制度』の賛同者が多くいるのだ」
 勝ち誇った顔で緒方弁護士がいう。
「……で、俺はどうなるんだ?」
「君は新しい仇討人となって組織で働いて貰う。さあ、黒い戦国武士の兜を取ってみたまえ!」
 死体の兜と面を取ってみたら男の顔が現れた。見た瞬間、俺は驚愕した。
「こ、こいつは!?」
「有名な道頓堀通り魔殺人事件の犯人の喜多川繁だよ。テレビで顔は知っているだろう?」
 当時は、テレビで連日『道頓堀通り魔殺人事件』が報道されていた。犯人の喜多川繁の顔は画面で何度も見たことがある。
「こいつは殺されたんじゃなかったのか? 生首が晒されたとニュースで流れていたぞ」
「喜多川繁は死んではいない。すべて、世間を欺くトリックだよ。死体は替え玉さ。警察内部に組織の仲間が多く入り込んでいる」
 仇討支援の会『Adauti』とは、何んと得体のしれない、怖ろしい組織なんだ。
「この男は愚かだ。手榴弾を君に投げつけたんだって? あの手榴弾は我々の唯一の優しさだったのに……自殺用にひとつ与えておいた」
 緒方弁護士は死んだ男の方を見て冷笑していた。

「さあ、準備はいいかい? 今度は君が仇討人となって凶悪犯を狩る番だよ」

 その言葉を耳に残したまま、Gショックから流れた電気で俺は気を失った――。



「ここはどこだ?」

 再び、俺は緑のコロシアムで倒れていた。

 黒い戦国武者の格好をして、『Adauti』の手先である仇討人になっていた。
 起き上がろうとするが身体がやたらと重い。この鎧甲冑は犯した罪の重さか? 日本刀は振り上げるだけで力がいる。
 手に写真が握られていた、こいつが俺と闘う敵なのか? 
 裏に、連続幼女誘拐殺人犯と書いてある。四歳から六歳の三人の女の子に性的イタズラをして殺害した犯人だ。凶悪犯の俺からみても反吐がでるような糞野郎だった。 
 今から敵を探して、この深い森を72時間彷徨わなくてはいけない。凶悪犯と凶悪犯が闘って殺し合うために……。Gショックを手に巻かれて、逃げることも、逆らうこともできない。
 俺たち、凶悪犯を『Adauti』の奴らが簡単には死なせてはくれまい――。死の恐怖を存分に味わってからでしか、楽にはなれないのだ。

 ――最後の優しさ、この手榴弾は自分のために取っておこう。

         
― 完 ―



仇 ― Adauti ― [後編]_a0216818_8184275.jpg

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-03-31 08:20 | ミステリー小説

by 泡沫恋歌