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夭折の天才詩人 杉尾優衣

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写真はこちらのサイトからお借りしました。farm1.static.flickr.com


 先日、詩人仲間のチャットで私が夭折の天才詩人・杉尾優衣(すぎお ゆうい)の話をしたら
誰も、その詩人の存在は知らないし、詩を読んだことがないということでした。
何しろ地方に住む高校生だった、杉尾優衣が亡くなってから25年経過しています。
詩集は彼女の死後、1990年に父親によって出版されました。

 杉尾優衣は1972年12月20日宮崎県生まれ、1988年11月18日逝去。
死因は自死。一説によると同級生の男子生徒と耶馬渓から投身自殺したと言われています。 
高校一年生、まだ誕生日が来てないので満15歳かな? 早過ぎる死ですが・・・、
自律神経失調症や関節痛、心臓に軽い疾患などがあり。
入院生活をしたり、いろいろ病気を抱えて苦しい人生だったようです。

 
 まさに、杉尾優衣は「栴檀は双葉より芳し」というべき、人並みはずれた才能があります。
これが14歳や15歳の女の子が書いた詩なのかと疑いたくなるほどの実力です。

 夭折の天才詩人・杉尾優衣の美しく、儚く、瑞々しい感性に触れてください。




  「南国の秋が私を探している」
                       著者・杉尾優衣


 「風に吹かれて」

五月の風が私を通り抜けていく
私は楽譜を一冊
抱きしめて立っている
あおあおと光を放つ丘の上で
野アザミの花のように、夢をみたり悩んだり
風に吹かれて
自分の午後を抱きしめて立っている

好きなものだもの
音楽があれば生きられる

五月の風が私を通り抜けていく
透明のしずくを浴びて
私は小鳥のように肩を冷やす
独りでいるのか
風と二人でいるのか
丘の上で鼓動を聴いている
自分の午後

     (昭和六十二年五月十七日)


 「電話」

ダイヤルを回す時の
とまどいの息苦しさに
とうとうあきらめてしまった

エレベーターのすぐ横の
片隅にある公衆電話
入院患者の唯一の外界とのつながりの場所
暗い一角は
いつも満員で
待っている人の目は
熱っぽい

人はみな苦しいのに
何もかも忘れているように、
天国への道を待ってるように、
熱っぽい目が
うるんでいる。

人はみな優しいと気付くまでに
十四年の年月を重ねて
今ここにこうして
立っている事が
不思議でならない。

電話をする時の人の目は
優しいものであったのだと
ここに来て
はじめて気付いた。

     (昭和六十二年六月) 


 「私の手」

ここに手がある
考えあぐねて困っている私の手がある
しびれた小指に挟んでみた小さな花は
あまりに優しい紫色

何故、こんなに痛いのだろう
考えあぐねて、困っている手

この手を愛してしまっている私
こればかりは
切り落とすわけにはいかぬ
だまって見つめるだけ

たまには
さくら色のマニキュアでもぬろうか

あくしゅも
そうじも
せんたくも
恋を抱きしめることも
満足にできないけれど
私はこの手を愛している
何よりもこの手が好き

「夜」

重たい空気
光っている星の群れ
鋭く欠けた白い月

湿った土の上に手をあてると
何故が痛い
空は限りなく高い
手のとどかぬ遠くに
私の真実がある

かすかに花の香りがする
…キンモクセイが散るね…
…あの花はかわいいね…
ひとりでつぶやいて
後ろ手に組んで
あのかわいい小さな花を
ひとつひとつ残らず愛して
星空と自分の間を
行ったり来たりしてみる

どうしたらいいのか解らない時
夜を待つ
夜は何でも知っていて
すぐに教えてくれる
時々ゆれる木
鋭く欠けた白い月

いちばんいい速度で
ああ、きれいに夜が満ちる
…更けてきたからだね、夜はいいね…
…しずくの落ちそうな美しい月だね…
…いいね…いいね…

夜は動く
夜自身の鋭利な
夜の意思
大き過ぎる空をもてあまして
サラサラとゆれる草
未明の空の霧が泣いて
いとおしい風が吹く
夜の満ち欠け。夜の満ち欠け。

     (昭和六十二年九月二十七日)


 「時計のネジ」

秋の野辺でかかえきれないほど摘んだコスモス
家中の花瓶を集めてきて
切り揃えては挿し、切り揃えては挿してゆく
いつの間にか
止まっていた時間
いや
止まったのは時計だけ
大時計の振子の音が
無くなってしまった私の部屋

地球の回転
限りがないらしい
宇宙の中の
エネルギーが散った
その一つ
時は流れているのだろうか

置時計は今
七時十五分
大時計は
七時五分
その十分間は
私の知らぬ十分間
何が起こったのだろう

一つの時、一つの時を
感じずに生きる事は
法則を破る事
人間の可能性を
捨てる事だというのに
私はその十分間を知らなかった

十分間
この時計は死んでいた

振り子の動きは
人間の鼓動のように
確実に動き
熱く、力強くなくてはならなかった

振り子は止まっても
宇宙の打つ鼓動は止まらない
時計も止まってはならないのだ

時が止まるのなら
自分というもの
生物というもの
すべて価値はない
だから
人間は時計に
ネジをつけた

引き出しから
長いネジを出して
キリキリと巻く。
ゆっくりと
振り子は動き出す

正確に流れにのって
振り子は動く。

今から二時間、
母とコスモスを眺めよう
私の幼い頃の話を聞こう 
ギターをならして大きな声で
昔習った歌を一緒に歌いたい
季節はずれだけれど母の好きな
線香花火もしようか

そしたらまた
時がリズムになる
心が騒ぐ
時が動いて
心を
振り返る時がくる。

     (昭和六十三年九月二十五日)


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↑これが、ヤフーオークションで私が落札した、
杉尾優衣の詩集「南国の秋が私をさがしている」です。
かなりボロボロですが、読んでないけど、いつも傍に置いてます(笑)



↓ ホントはこんな赤い帯が付いてたらしい。
 現存数が少ないのでオークションだと定価の倍以上の値が付いてます。

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↓ 杉尾優衣のことを調べた本も出版されてるみたいです。

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by utakatarennka | 2013-07-17 08:55 | 創作自習室