石田君と僕らの日常 ⑤
default.5 【 茶道する石田君 】
「なんだよ、その格好は……ぶぁはっはっはっ」
和服姿の僕を見るなり、石田君はたっぷり一分間は笑い続けて、その後、腹が痛いとのた打ち回っていた。なんて失礼な奴だ!
今日は友人の石田君に誘われて、お茶の野点に参加するのだ。
昨日、お祖父ちゃんの家へ行って、羽織り袴を借りてきたが……僕の晴れ姿を見るなり「まるで七五三だ」と石田君に爆笑された。
その言葉にムッとして「もう帰る!」と言ったら、急に「スマン、スマン……男のメンツが足りないから参加してくれ」ときたもんだ。そういって謝って置きながら、クックックッ……とまだ腹をおさえて笑い続けている。ブン殴るぞっ!
石田君は祖母が茶道家元なので、小さい時からお茶をやっている。
将来、家元を継ぐのかと訊いたら「は? そんなつもりはない。ただ茶道に出てくる和菓子が好きだからやってるだけ」と信じられない理由を述べた。
超甘党の石田君は女の子よりもスイーツが大好きだ。偏屈な彼に言うことを聞かすにはスイーツを与えるのが一番効果的なのだ。しかしながら、それを自分の弱点だと自覚していないほど彼は甘党である。そもそも茶道を始めた動機ですら、祖母にお菓子を貰えるからというものだった。
立派な門構えの石田邸はこの辺りでは一番の旧家である。
石田君の父親は大学教授で外国の大学に勤務している。母親も夫に連れ添って渡航してしまったので、中学生の頃から大きな屋敷に祖母と家政婦と石田君の三人暮らしである。
何となく不遇な感じがするが、本人はいっこうに気にしていなくて、両親が恋しいとも思わないほどの、おばあちゃんっ子に成長した。どうもこの祖母が石田君を砂糖漬け体質にしてしまったようだ。
この日は石田邸の庭園にて野点の催しである。よく手入れされた庭の木々は季節を愛でるのに相応しい場所だった。
石田君いわく「野点はお客様をもてなす趣向のひとつだ」そうである。まあ、僕の場合は風流よりも『女の子』が目当て、振袖美人たちを見るためこの集まりに参加するのだ。考えてみれば、野点って古(いにしえ)の野外合コンだったかも。
初参加の僕には茶道の心得などまったくない。
石田君に急遽頼まれて、大学の食堂で紙コップを使って、お茶の作法を伝授してもらったばかりである。そんな付け焼刃で大丈夫か? 何とかなるだろうと僕は軽い気持ちだったし、日本の伝統を甘く見ていた。
「いつも孫がお世話になっております」
白髪を薄い紫に染め、渋い銀鼠の着物に西陣織りの藍色の帯を締めた、石田君の祖母、石田ナツメが僕のところに挨拶にきた。噂には聞いていたが、本人を見るのは初めて、その堂々たる風格に気圧(けお)される。「ど、どうも……本日は、お招きにあずかり……ありがとう……ございます」とキョドる。
「緊張しないで、楽しんでいってくださいませ」
と、優しい笑顔で言われた。
上品な祖母と長身黒髪、和風イケメンの石田君は着物もよく似合っている。それに引きかえ七五三といわれた僕はカッコ悪い……ちょっとイジケた。
その場の雰囲気にそぐわない自分が恥ずかしく、やっぱり帰ろうかなあーと思い始めた頃だった、野点の席に目を奪われるような美女が現れた。
薄桃色に小花を散らした振袖に紅色の帯を締めた日本美人、まるで天女が舞い降りたようだ。――思わず生唾を飲み込む。
「石田君、あ、あの人は……」
「あれか? あいつは西園寺円(さいおんじ まどか)といって俺のいいなづけだ」
「えっ!? えぇぇ―――!」
なにそれ、そんな重要なことをサラッという? しかもあんな美人に対してぞんざいな言い方で――。
「円は祖母が勝手にいいなづけに決めたんだ。俺はそんな気さらさらない」
なんて勿体ないことを言うんだよ。イケメンのくせに女の子なんか興味ない。花より団子の石田君なのだ。なんか腹立つ!
赤い傘を立て緋毛氈を敷いた野点の席に着く、石田君がお点前をする。
お茶を点てる彼の横顔は凛として惚れ惚れするようなイイ男だ。悔しいけど何をやっても絵になる奴だ。
僕の隣には美しい西園寺円が座っている、緊張して心臓がドキドキし始めた。彼女は優雅にお茶をいただき、お菓子を召し上がっておられる。いよいよ僕の番だが……この非日常的な優美な世界に、僕のスキルがついていけず舞い上がってしまった。おまけに慣れない正座で足が痺れてきた。いかん! 茶碗を持つ手が震えてる。
「うわっ!」
あろうことか、茶碗を落としてしまった。
祖父ちゃんに借りた袴が抹茶色に染まっていく、それより隣の円さんの着物は大丈夫か? 彼女は飛びのいて、美しい目で僕を睨んでいた。「す、すいません!」あたふたしながら謝る、もう恥かしくて泣きそうになる。そんな無様な僕の姿を見て、円さんはクスクス笑っていた。
その時だった、大声で石田君がこう言い放った「彼は俺の大事な友人だ。彼の失敗を笑う者がいたら絶対に許さない!」その言葉に円さんの顔が一瞬凍りついた。
せっかくの野点が僕の失敗のせいで台無しに……石田君にも何度も謝った。「気にすんな。あの女の本性が分かったし、いいなづけ解消のいい口実ができた」とむしろ喜んでいる。
ん? ちょっと待て。もしかしたら僕はそれに利用された?
「おまえは最高の友達だ」
ご機嫌な石田君は僕の頭をワシャワシャ撫でた。
どうも――釈然としない僕は、渋いお茶を飲んだような渋面になった。