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掌編小説集 おじさんの楽園 ⑦

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フリー画像素材 Free Images 1.0 by: jeremy 様よりお借りしました。http://www.gatag.net/


   Action.7 【 おしどり夫婦 】

 女優の蒼井凛子とタレントの藍川裕樹は芸能界きっての『おしどり夫婦』として有名です。結婚十年目の夫婦には十歳の長女と八歳の長男がいますが、結婚十年で十歳の子は可笑しいって? 実はこの二人デキ婚でした。
 妻の凛子は十代でアイドルグループとして売り出し一世を風靡、その後、解散して女優への道を進む、美貌と演技の才能と作品にも恵まれて、女優として注目を集めました。しかも結婚して子供を生んだ今も人気は下がるどころか、若い女性からは「憧れの女性」、主婦たちには「理想の夫婦」、独身男性からも「結婚したい女優」にNO.1に選ばれて、まさに国民的人気女優といえよう。
 かたや、夫の藍川裕樹は若い頃は戦隊物のヒーローとして子供たちの人気者でした。アクションスターとして刑事ドラマに出演するが、ひどいダイコン役者だったので主役の仕事は減ってしまい、最近では妻との共演CMだけで、大女優の蒼井凛子とセットでないと仕事の依頼はありません。
 絵になる美男美女の『おしどり夫婦』ですが、二人の子供はあまり両親に似ていません。
 売れっ子の凛子が長期ロケで留守の時には、裕樹が主夫として子供の世話と家事を引き受けて、妻の仕事を応援しているという。インタビューで「理解ある夫と応援してくれる家族のお陰で活躍できました」と凛子がいうと、その楚々とした美しさにお茶の間での好感度はさらにUPなのだ。

 現在、凛子は日米合作映画の主役に抜擢されハリウッドにいます。
 世界中の報道陣のフラッシュを浴びて国際女優としての地位を獲得しました。現地の記者に「The present feeling?」と質問されると「とても光栄です! この喜びを家族と分ちあいたい」カメラに向かって、大輪の薔薇のような笑顔で答えます。

「ママって役者よねぇ~」
 テレビに向って、十歳の女の子が呆れ顔でいうと、ソファーに寝転がって漫画を読んでいた中年の男がテレビに一瞥をくれて「嘘つきは女優の始まり……てか」ボソリと呟く。
 ここは都内にある超高級マンションの一室、蒼井凛子の住宅である。
 仕事のない夫は、妻の留守中は家でゴロゴロしていた。長女の凛花はそんな父を不甲斐なく思っている。
「パパ、家の中が散らかってる。ママが帰ってきたら大目玉よ」
「……ったく~面倒臭いな。金があるんだから家政婦くらいを雇えばいいのに、他人を家に入れるとプライバシーが外部に漏れるってことで禁止なんだぜ。お陰で家事はぜんぶ俺一人がやる破目になっちまった」
 裕樹はブツブツと文句をいう。
「でもパパの作る料理の方が美味しいもの」
「ママは家事がダメな女だから、俺が家事をやるしかない」
「ねぇーお腹空いたし、出前でも取ろうよ」
「ダメだ! 蒼井凛子の家では出前ばっかり取ってるって噂が立つとマズイ」
「うちの家って、世間から見張られてるみたい」
「蒼井凛子のイメージを守るために家族は我慢なのだ」
「十六歳になったら整形して、私もアイドルとして売り出したいの。それまでパパとママは離婚しないでね」
 凛花は両親の現状をよく知っている。
「大輝は何してるんだ?」
「あの子は部屋でデゴで遊んでるよ。誰とも喋らないし、大輝は病気なのよ」
 八歳になる長男は自閉症の疑いがある。だが、凛子はそんな長男に「不良になって事件起こして、芸能活動の妨害になるような子どもより、大輝はずっと役に立つ子よ」という。落ち目になったら障害児の息子のことでお涙頂戴する気満々の発言だ。
 ――どこまでも抜け目ない、それが女優なのである。
「蒼井凛子と結婚したばかりに裏方の人生になってしまった。俺にだって夢はあるんだ」
 裕樹が本音を吐露した。
「パパの夢ってなにさ?」
「そ、それは……蒼井凛子よりBIGになることだ」
「無理!」
 こともなげに凛花はいう、祐樹は項垂れて再び漫画のページに目を落とす。

「なぁ~に、この汚い部屋はちゃんと掃除したの?」
 玄関の方から凛子の声がする。ソファーから裕樹は飛び起きた。
「私がいないと怠けてばっかり、このダメ亭主!」
「おい、おまえは明後日帰るんじゃなかったのか?」
「家庭料理が食べたくなって早く帰ってきたの。凄くお腹空いてるから、大至急なんか作ってよ!」
「今、ママがテレビに映ってるわ」
「あれは録画なの。はい、お土産。大輝はこれね」
 凛花にはディズニーのぬいぐるみ、大輝にはレゴブロック。
「アンタにはお土産ないから。私の留守中に小便臭いアイドルタレントとデートしてたんだって? マネージャーから聴いたわ」
「いや~あれは、食事だけで何もないさ」
「浮気なんかしたら許さないわよ!」
 怖ろしい顔で裕樹を睨みつける。
「俺だって、たまに気晴らしがしたいんだ」
「何いってんの? 結婚する前に『君と結婚できるなら、一生君の奴隷になってもいい』といったのは誰だっけ? 蒼井凛子の夫でなくなったら一円の価値もない男のくせして」
 痛いところを突かれて、ぐうの音もでない。
「はいはい、分かりました。今すぐ作ってきまーす」
 慌てて、裕樹はキッチンへ逃げていく。

「ママ、ちょっと寝るから、食事できたら起こしてね」

 アイマスクをすると、凛子はソファーで鼾をかきだした。
 女優の蒼井凛子とタレントの藍川裕樹、芸能界きっての『おしどり夫婦』といわれる、この夫婦の実体だと知る者は誰もいない――。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-03-03 16:36 | 掌編小説集

by 泡沫恋歌