詩集 瑠璃色の翅 ⑧
【 冬の吐息 】
凍てついた北風に
千切(ちぎ)れそうな私の耳が
ちぢこまって 蝸牛(かたつむり)
冬枯れた街には
緑も少なく 小鳥もいない
鉛のような 空が重たい
春がこないかなあ
声に出したら
一歩だけ 春が近づいた
そんな気がする 桜草
見えない季節を
毛糸の手袋で包み込む
白い綿飴(わたあめ) 冬の吐息
【 混沌 ― chaos ― 】
凍てついた冬の坂道を
転がるように落ちていく
石ころみたいな
わたしのプライド
何が正しくて 何が間違いなのか
誰も教えてくれない
答えはクロスワードクイズ
空白のマス目を
自分で埋めていくんだ
*
カオス テラ・カオス
大天使ミカエルは降臨せり
最後の審判は始まった
人々の額にはバーコード
善か? 悪か?
端末機で「確定」される
ならば偽善者はどっち?
善も悪も表裏一体
勝った方が善になる
リバーシブルに使い分けろ
讒言者(ざんげんしゃ)が耳元で囁く
*
ウエブは若者たちの遊び場
足のない名無したちが踊り狂う
気に入らない奴らを断罪せよ
掲示板ではいつも魔女裁判
火刑になったのは誰だ?
悪意の遠隔操作で
人の心を掻き乱す
卑劣者の匿名たちは
小さな箱に詰められて
氷の海に流されろ
*
ほら パッヘルベルの
カノンが聴こえる
美しい旋律に 心が躍(おど)る
さあ 俯いてばかりいないで
臆病な心のアンテナを
目いっぱい広げてみよう
キミの宇宙は
きっと
キミの心の中にある
【 夢想家の見る虹 】
虹の始まりが
何処なのか分からない
虹の終わりが
何処なのか分からない
出所もなく 湧きあがる
雨上がりのイリュージョン
七色の光のスペクトルを
キラキラと反射させて
空に大きく描いた輪っか
それは地球からの投げキッス
泣いていた空を慰めるために
不思議なマジックを見せてくれた
夢想家が空に放り投げた
砕けた夢を掬い上げて
七色のリボンを紡いで
まぁるくラッピングすれば
希望を失わないように
青いハンカチで涙を拭おう
晴れた空に虹が架かると
みんなの心に光が射すだろう
【 残念BOXS 】
蝶々結びをむすべない女の子
ガリーファッションが似合わない
乙女ちっくに憧れてみても
アリスの影を踏んでいるだけの
君は残念な女の子さ
潮風に揺れるループピアス
耳の穴から広がる魔法陣に
男が避ける呪文が刻まれていた
今年の夏も収穫なしか
残念な結果でした
ペットボトルのコーラは
栓を抜いた瞬間が命なんだ
笑えないジョークに場がしらけ
炭酸ぬけた黒い砂糖水
みんなに無視されて ああ残念
残念が詰まった 残念BOXES
果たして「アタリ」はあるのだろうか
起死回生を神に祈りつつ
よーし「アタリ」が出るまで
ガラガラを回し続けるんだぞぉー
【 擬態 ― mimicry ― 】
玄関の前で鍵を開けようと
ポケットを探っていたら
いきなり足元の落ち葉が舞い上がった
予測していなかったので
わたしはすごく驚いた!
よく見ると
それは一羽の蛾だった
木の葉によく似た蛾
飛んだから蛾であると分かったものの
あの蛾が木に止まっていたら
見抜けなかっただろう
枯れ草の中に紛れていたら
絶対に分からない
それは見事な擬態であった
― mimicry ―
『擬態』という不思議なの生態
進化の過程で生まれた能力だろうが
なぜあれほどまでに
違うものに成りすまそうとするのか
それが生きる術だったんだろうか
人はどうだろう?
やはり擬態するのだ
集団の中にあって
目立たないように
人の意見に合わせて自己主張しないように
「仲間」という人の群れの中に擬態している
そうすることによって
他者からの攻撃をかわす
それを『隠蔽的擬態(いんぺいてきぎたい)』という
また ある時は
仲間の振りをして
虎視眈眈とチャンスを窺っている
誰かがつまずこうものなら
いきなり毒牙を剥きだし攻撃をする
徹底的に相手を叩きのめし
そのポジションを奪おうとする
政治家たちの権力争いがそうだ
浅ましき生き物の性
それは『攻撃擬態《こうげきてきぎたい》』というらしい
― mimicry ―
この不思議なの生態について
一羽の蛾を通じて考えてみた
擬態はしょせん卑怯な技のように思う
きっと 私も弱い自分を隠すために
いろんな擬態を繰り返しているのであろう
もはや 隠れることが
一番の自己主張だったりする