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2017年 04月 22日 ( 2 )

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   第五章 第五章ポストの中の詩

 圭祐は今まで、どんな人間が毎朝朝刊をポストに入れていってくれるのか、なんて考えたこともなかった。
 朝起きてポストを覗いて新聞が入っているのは当たり前と思っていた。誰がいつ、どんな風にポストに入れていくのか、なんて……まったく興味がなかった。
 ある朝、ポストを覗くと新聞と一緒にメモのような紙が挟んであった。開いてみると、そこには一編の詩が書かれていた。


     【 どんぐりのキモチ 】

   おいっ
   おいらたちを拾うんじゃない
   可愛いからってもって帰るなっ

   おいらたちは種なんだ
   ちゃんと土の中にうめてくれよ
   いつか 立派などんぐりの木になるから

   池に放りこむなっ
   どじょうなんか 友だちじゃない
   おいらを使って
   やじろべぇなんか作るなっ
   どんぐりの背くらべ?
   ヘンテコリンなことわざにすんなっ

   へへん ざまぁーみろ
   栗みたいに
   おいらは食べられないぜぇ

   だ・か・ら
   拾ってもって帰らないでくれよ
   おいらたちの一粒一粒が
   だいじな “ 命 ” なんだ!

          優衣


 それは可愛らしい詩だった。
 朝からほのぼのとした気分に圭祐はなれた。たぶん、その詩は昨日会った少女『優衣』が新聞と一緒にポストに入れていったようである。《ゲームセンターで取ってあげた、白いクマのお礼のつもりかな?》と思った。
  キッチンカウンターでコーヒーを飲みながら、圭祐はなんとなく優衣のことを考えていた。《詩を書くような繊細な神経の少女だが、いろいろ辛い境遇みたいで……ぽきっと折れてしまわないだろうか》少し心配になる。
 圭祐は少女のことを考えながらコーヒーを飲み終え、出社の支度を始めた。

 優衣は二冊のルーズリーフを持っている。
 一冊は自分自身の感情や心の傷を書いた暗い詩と、もう一冊は子どもの気持ちで書いたほのぼのとした明るい詩である。
 明るい方の詩は、今は亡き兄健人が気にいってくれて「優衣の詩はうまいなぁー、うまいなぁー」と、よく褒めてくれていた。
 子どもの頃から、引っ込み思案で気の弱い優衣は友達ができなくて、自分の世界に引き籠もっていた。だから、詩を書くことで自分の気持ちを他人に伝えようとしていたのかもしれない。そんな方法でしかコミュニケーションが取れない不器用な優衣を理解し、その才能を一番認めてくれていたのが兄だった。
 優衣の心の拠り所は常に兄健人の存在であった。だから事故で亡くなった……その喪失感は時間が経ったら解決するというレベルの問題ではなかった。――優衣は自分自身の存在さえ見失ってしまいそうになった。
 だから、時々優衣は思う《お兄ちゃんではなく、あたしが死んでいた方が両親も喜ぶし、みんなに取って、その方がほんとうは良かったのに……どうして、神様はお兄ちゃんを連れていったの?》そう思うと自分が生きていることが罪のように思えて、剃刀で手首に傷をつけてしまう。流れだした赤い血で我に返って、傷口に包帯を巻く、自分自身の『死ねない弱さ』に、さらに自己嫌悪をつのらせていく――。
 優衣はいつも心の中で叫んでいる「誰かあたしを救ってください! ダメなら、どうか殺してください!」と……。

 圭祐のポストには、今日も朝刊と共に可愛らしい詩が届く。


     【 水たまり 】

   雨上がりの道
   水たまりに
   あたしがうつってる

   お友だちと
   けんかした

   水たまり
   赤い長ぐつで
   ちゃぷちゃぷしたら

   お水ゆれて
   泣きべそ顔になった

   小さな水たまり
   大きなお空うつして
   きらきら光る

   あした
   お友だちに
   ごめんねって言うよ

          優衣


 優衣がポストに届けてくれる小さな詩。なんだか朝から気持ちがほっこりする。こんな感じは、たぶん一年振りかも知れない。子どもの書いたような詩だが、自分の心の傷に薄いオブラートみたいな膜を貼ってくれているような気がしてならない。


     【 でんでん虫 】

   でんでん虫
   おまえって、ふしぎなやつ
   いったいなんなの

   貝かな
   虫かな
   ナメクジなのか
   貝だったら、好き
   虫だったら、ふつう
   ナメクジだったら、大きらい

   でんでん虫
   いつも雨ふりにいるけど
   ふだんはどこにいるの

   葉っぱのうらかな
   木の中かな
   それとも、土ん中

   分からないことばかり
   でんでん虫について
   今日、考えてみた

                     優衣


 自分と同じ、心に傷を持つあの少女がどんな想いで、こんな詩を書いているのだろうかと、圭祐は不思議に思う。想像の世界で美しいもの、優しいもの、楽しいものと語り合っているのだろうか?
 この詩は、少女の現実逃避の産物かも知れない。
 自ら『生きている価値のない人間』だと卑下していたが、きっと、そうやって心象風景の中で自分を解放しているのだろうか。童心に還ったような明るい詩だが、どこか悲しみを押し殺しているようだ。
 そう考えると、優衣が不憫に思えて仕方がない――。

 ――優衣はもう止めようと思った。
 子どもの書いたような詩を大人に読ませるのは、たぶん迷惑かも知れない。きっと……一瞥して、丸めてごみ箱に捨てられていることだろう。相手の都合も考えず、毎日ポストに詩を入れていった、そんな自己満足な自分が恥ずかしかった。
 それというのも、あの人が死んだお兄ちゃんと雰囲気が似ていたので、勝手に分かって貰えると思い込んでいただけなんだ。
 恥ずかしい、恥ずかしい……こんな幼稚な心しかない自分自身に優衣は恥入っていた。
 圭祐に亡き兄の幻影を見ていただけに過ぎなかった。

 十四階建のマンションの『メゾン・ソレイユ』の入居者は、各フロアに二十室ほどあるので世帯数は二百軒を下らない。その内の約半分に新聞購読者がいる。
 夕刊はマンションの一階にある集合ポストへまとめて配れるが、朝刊は下まで取りに行くのが面倒だし、パジャマ姿では外へ出られないからと、各部屋のドアポストに配って欲しいという要望が圧倒的だった。なので、朝刊だけは各部屋のドアポストに配ることになっている。
 しかし、マンションはどこもセキュリティが厳しくオートロックなっている。通常、エントランスにあるチャイムを押して、中の住人に玄関の扉を開けて貰って入るシステムなっている。だが、朝の早い新聞配達人はそうもいかないので、マンションと契約して、玄関の扉を開けるパスワード番号を教えて貰っている。その番号は時々変更されるのだが――。

 優衣は『メゾン・ソレイユ』のパスワードを押して扉が開くと中へ入って、正面にあるエレベーターで最上階まで上がっていく。手に持ったずっしりと重い新聞の束。今からこれを十四階から順々に配っていくのである。
 マンションは雨降りの日は濡れなくて済むので助かるが、真っ暗な早朝にひとりでエレベーターに乗るのは怖い。たまにマンションの住人と乗り合わせることがあるが……じろじろ見られて恥かしい。見知らぬ人に「ご苦労さま」とか声を掛けられるのも苦手だし、一度、朝帰りの酔っ払った男性にエレベーターの中で絡まれて怖い目にあったこともある。
 いつも《どうか誰もエレベーターに乗ってきませんように!》と、優衣は祈りながら最上階へとエレベーターで上っていく――。

 十四階のフロアのドアポストに朝刊を挿して、そこから十三階、十二階と階段で駆け降りながら朝刊を配達していく、かなりの重労働である。それでも人と会わずに働けるこの仕事が精神的に楽でいい。わずかなアルバイト代から家に生活費を入れている。父はもっと稼げる仕事を探せと口煩くいうが、引っ込み思案で人見知りの優衣には、この仕事が精一杯なのである。
 七階のフロアに降りて、新聞を配っていたら、こんな早朝に誰かが通路の所に立っているのが見えた。もし酔っ払いで絡まれたら嫌だなと優衣は身構えながら……少しづつ新聞を持って通路を進んでいった。
「あっ!」
 思わず、声が出た。
「おはよう」
 通路に立っていたのは圭祐だった。手を振って優衣に微笑みかけている。
「そろそろ君が来る時間だと思ってね」
「……待っていてくれたんですか?」
「うん。二、三日前からポストに詩を入れてくれないから心配していたんだ」
「あのう迷惑かと思って……」
「君の可愛い詩を毎朝楽しみにしていたんだよ」
「ほんとに……」
 優衣の瞳が輝いた。
「ほらっ、これ」
 温かい缶コーヒーを優衣に手渡してくれた。
「寒いだろう? それ飲んで温まりなよ」
「……ありがとう」
「冷めないように僕のポケットの中で温めて置いたから」
 そういうと圭祐は照れ臭そうに笑った。
 プルトップを引き上げて優衣はひと口飲んだ。缶コーヒーは程好い温度だった。
 普通なら人見知りが強い優衣は、こんな風に人から貰ったものを、その場で飲んだり絶対に出来ないタイプである。それが不思議なことに圭祐にだけは素直に反応できる。
 なぜだか自分でも分からないけれど、圭祐は最初から特別な存在のように思えて仕方がない。

 「ご馳走さまでした」
 缶コーヒーを飲み終えて、まだ配達があるのでお礼をいって仕事に戻ろうとした。
「あ、缶はこっちで捨てておくから……」
「すみません」
「寒いけど頑張れよ」
 優しい笑顔で圭祐が励ましてくれる。
 その笑顔に亡き兄健人がダブって見える《まるでお兄ちゃんみたい……》なんだか嬉しくて優衣は涙が零れそうになった。
「君、携帯のメール教えてくれないかな?」
「……あのう、携帯持っていないんです。お父さんがダメだって言うから」
 今どき、携帯を持っていない子は珍しいと圭祐は驚いた。
「それに誰からもメールとかこないから……」
 そういって優衣は薄く笑った。
 俯くと長い黒髪で顔の半分が隠れてしまう、その髪はまるで自分自身を隠すための蓑のようだった。
「じゃあ……」
 ペコリと頭を下げて、再び優衣は新聞を配達し始めた。
 圭祐はしばらく優衣の後ろ姿を見送っていたが、姿が見えなくなったと同時に自分の部屋に引っ込んだ。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-04-22 22:15 | 恋愛小説
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   第四章 歩き疲れた道

 太田サヨの一周忌なのでお墓参りにいかないかと、里見涼子のパソコンにメールが届いた。メールの送り主は一年前、サヨの亡くなった事情を詳しく聞かせてくれた、あの時のおばあさん、田村カツエ八十一歳からである。
 その後、涼子はカツエの居るグループホームへ何度か面会にいって、ふたりはすっかり仲良しになった。
 カツエは元気なおばあさんで、短歌、社交ダンス、カラオケ、日舞と趣味が豊富で好奇心が強い。七十歳過ぎからパソコン教室へ通いパソコン操作も覚えて、今はウェブサイトのブログに自作の短歌などを載せている。さらにTwitterやFacebookなども始めたようで、ネットでの交友関係もかなり広い。
 カツエのノートパソコンに涼子のメールアドレスを登録しておいたので、時々こうやってパソコンにメールを送ってくる。スマホは画面が小さいので文字が打ちにくいからと、やはりお年寄りにはスマホよりパソコンの方が使いやすいようだ。

 カツエの信条は『人生楽しまなくっちゃ損よ!』である。
 その精神でいろんなことにチャレンジするタイプの人間なのだ。七十五歳の時にスカイダイビングをやってみたいといい出して、家族に慌てて止められたというパワフルおばあさんなのだ。
 涼子が面会にいくと、カツエはとても喜んでくれる。
「あたしは若い人とおしゃべりするのが大好だよ! 話題が楽しいからさ。それに比べて年寄りの話ってツマラナイわよ。年金、病気、最後には……お墓の話しだもの」 そういって、あははっと屈託なく笑う。
 カツエはサヨと違って、物事をポジティブに捉える明るい性格なのである。身体も達者で杖など頼らなくとも、しゃきしゃき元気に歩く。

 三十代の後半でカツエは未亡人になった。夫の残した小さな会社を引き継ぎ働きながら、子どもを三人育て上げた。陽気で面倒見の良い性格なので、家族には大事にされていた。
 グループホームに入居することを家族に相談したら大反対されたが、残りの人生は子どもたちに迷惑かけず自由にやっていきたいという、カツエの強い希望での入居であった。
 だから毎週、カツエの元には家族や友人たちがひっきりなしに訪れている。最近は中学生になった曾孫の女の子がよくやってきて、カツエと遊んでいるようだ。
「あのさ、パソコンで2チャンネルとかいう若者のサイトを曾孫が見せてくれたんだけど……あんた『初音ミク』って知ってるかい? ロボットなんだよ。可愛い女の子の絵姿でね、人間みたいに歌ってさ、レコードまで出しているんだって、驚いたよ!」
 さも不思議そうに、カツエはいう。
 こんな風に素直に反応するカツエのことを、曾孫は可愛いおばあちゃんだと思っていることだろう。新しいモノと古いモノが頭の中には混在しているようで、CDをレコードというところがいかにもカツエらしい。

 サヨの墓参の日、グループホームまでカツエを軽自動車で迎えにいった。
 墓地の場所は聞いていたので、涼子はカーナビに行き先を登録しておいた。隣の市だが車で小一時間くらいの距離だと思う。軽いドライブといった感じで、ふたりでランチを食べて帰る予定である。
 到着時間を知らせておいたので、カツエはホームの介護士さんと玄関で待っていてくれた。介護士さんに「今日はカツエさんをお預かりします」と挨拶をして、書類に記入しての外出である。ホームの入居者を勝手に連れ出すことは絶対に出来ないことだ。
 自動車のドアを開けてカツエを乗せた。カツエの今日の出で立ちは和服であった。渋い藍色の大島紬袷小紋で上から藤色の道行コートを羽織っていた。
「カツエさん、今日のお召し物とっても素敵ですね!」
 涼子がいうと、カツエはにっこりと微笑んだ。女は幾つになっても服装を褒められると嬉しいものなのだ。
「朝から着付けの先生を呼んで着せて貰ったんだよ」
「すごく似合ってますよ」
「あたしたちの若い頃は戦争があってさ、おしゃれどころじゃなかったよ。モンペに防空頭巾だったからさぁー」
「大変な時代でしたね」
「そうだね。終戦になって焼け野原で……その後は働いて、働いて、やっと余裕が出来た頃にはおばさんになってて、おしゃれしても誰も振り向いてくれないんだよ。ったくさぁ~」
 眉根を寄せて肩をすくめ残念のポーズをした。その格好に思わず涼子は噴いてしまった。カツエはお茶目なおばあさんだ。
 カツエくらいの年齢の人たちが、日本の変遷を一番よく知っている世代だろう。終戦のどん底、高度経済成長期、そして衰退していく現在と……全てを見てきた戦前生まれの人たちなのだ。
 ――それは日本国の足跡であり、彼らの歩いてきた道だった。

  太田サヨの眠る霊園は小高い丘にあった。まだ新しい霊園らしくきれいに整地されて碁盤の目のように道が通っている。宗派は関係ないみたいでキリスト教の十字架の付いた墓石もあった。霊園の周辺には桜の木がたくさん植えられていて、春にもなれば、美しい眺めだろうが、生憎、この季節は冬枯れて木々が寒々しい。霊園の事務所で太田家のお墓の場所を聞いて、涼子はカツエと探した。
 教えて貰ったように、碁盤の目に添っての縦と横の番号が合わさった位置に『太田家』と刻まれた墓石があった。かなり広い聖地で太田家の先祖代々のお墓のようだ、カツエは持ってきた仏花をそこに活けた。涼子はサヨの好きな栗饅頭とお茶を供えた。
 線香を立てて、サヨのお墓の前でふたりは手を合わせた。生前のサヨの優しい笑顔を思い出して、涼子は切なくて目頭が熱くなってきた。カツエはしゃがんで長いこと手を合わせて拝んでいた。
「サヨさんを叱っておいたよ」
 ようやく顔を上げて、カツエがそんなことをいう。
「えっ?」
「どうせお迎えがくるのに、なんで自分から逝っちゃうんだよ。――そんなことをしたら……残された者が悲しい想いをするだろうって叱ってやった!」
「そ、そうですか」
 まさか、墓参りにきて死者に説教するとは思わなかった。
 カツエはサヨの死は自殺だと決め込んでいるようで、身近にいて、その兆候を感じていたのだろう。――警察は事故と自殺の両方の線で捜査していたが、ハッキリとした結論は出なかった。
「だけど……サヨさんは寂しかったんだと思います」
「年寄りが寂しいのは当たり前だよ。親も兄弟も連れあいも友だちもみんな死んで逝っちゃうんだから……長生きすれば、するほど人間は孤独なるんだ」
 怒ったような顔でカツエがいう。さらに、
「あたしなんか去年から今年にかけて、五人も知人が鬼籍に入ったんだよ。だけどね。寂しいからって……そんな理由で死んだら意気地なしだ。寂しいなら、みんなにもっと甘えれば良かったんだ」
「サヨさんは真面目な人だから……」
「あの人はお嬢さん育ちで、人生の荒波に揉まれたことがないから脆いんだね」
 ずばずばと思ったことをいうカツエだが、さっぱりした気性である。
「さぁーて、サヨさんや。涼子さんがまたお墓に連れてきてくれるって言ってくれたから、また会いにくるからね。寂しがるんじゃないよ」
 サヨの墓石にそう言い残して、カツエは立ち上がった。
 仏花以外のお供え物は、カラスが漁るので待ち帰るようにという霊園規則なのできちんと片付けて、ふたりはサヨの墓前を後にした。

 車窓から流れいく郊外の風景を眺めながら、ゆっくりと車を走らせる。たまの遠出は楽しいらしく、にこにこしながらカツエは助手席に乗っている。
「疲れませんか?」
 涼子はハンドルを握りながら、ちらっとカツエの方を見た。
「大丈夫だよ。それより涼子さん、お腹が空いたよ」
「丁度、お昼ですものね。なにを食べましょうか?」
「……うーん、そうだねぇー」 カツエは真剣に悩んでいるようだ。
「じゃあ、この近くで和食のお店でも……」
「イタリアンが食べたい!」
 いきなりカツエが大声で叫んだ。
「イ、イタリアンですかぁー?」
「そう、あたしはパスタやピザが食べたいんだよ」
 とても八十一歳のおばあさんの嗜好とは思えない。
「ホームのご飯は和食ばかりでうんざりだよ。年寄りには白身魚と豆腐でも食べさせておけば文句はいわないだろうくらいに思ってるのかね。たまには、年寄りだってハイカラな料理も食べてみたいよ」
 そういって、あははっと元気よく笑った。
「じゃあ、この近くのイタリアンのお店をスマホ探してみますね」
 いったん路肩に自動車を停止してから、涼子はスマホで近くのイタリアンレストランのお店を検索し始めた。

 涼子が検索して見つけたレストランは、そこから車で二十分ほどの距離にあった。道路沿いファミリーレストランやアウトレットのお店が立ち並ぶ一角。その奥まった場所で、派手な看板も何もない、こじんまりした佇まいのレストランである。
 初めてのお店なので、味はどうか分からないが、『イタリア家庭料理』の店と書いてあったので、ちょっと興味を惹かれてふたりはここに入ることにした。
 ドアを開けると、カランとカウベルが鳴った。店内は狭くカウンターの他にテーブルが三客あった。他に客もいなかったので、涼子とカツエは奥の四人掛けのテーブルに座った。お店のインテリアはイタリアの田舎風で古臭いマリオネットやベネチアン・グラスなどがセンス良く飾られて、落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 カツエも気にいったらしく「あら、素敵なお店ねぇー」ときょろきょろ見回して満足そうだった。
 四十代と思える女性がメニューを持って注文を訊きにきた。なんとなくこのお店の女主人のような感じがして、店の規模からいっても夫婦で経営しているようだ。
 メニューを開いて「本日のランチです」と指し示した。カツエは渡されたメニューをひと通り見てから、
「あたしはカルボナーラがいい!」
 まるで女子高生みたいな注文の仕方だった。
 涼子はペペロンチーノとふたりで摘まむためにピザを一つ頼んだ。それにしても、カツエのカルボナーラはお年寄りの胃に重くないか、ちょっと心配になる。
「若い時から洋食が好きなんだよ」
「カツエさんって、ハイカラですね」
 カツエは胃袋も元気で、ハンバーガーやフライドチキンなど、若者の食べ物も大好きなのだ。やはり年を取っても、食べることに好奇心のある人は老けこまない。

 運ばれて来た料理をふたりは堪能した。パスタの茹で加減といい、ソースの味といい、申し分ないもので、ピザは本場イタリア風のクリスピーな生地、パリッと歯触りが良くて美味しかった。食後のエスプレッソを飲みながら、ふたりはおしゃべりをした。
「美味しかったよ」
 満足顔でカツエがいった。
「ええ、とっても!」
「生きてないと、こんな美味しいものは食べられないのにさ……」
「……ですね」
 サヨのことをいっているのだろう。
「幸も不幸も考え方ひとつなんだ。自分で『幸せ』と思えば幸せだし、『不幸』と考えれば不幸になっちゃうから、あたしは、いつも自分は『幸せ』だと思うことにしてるのさ」
 あははっと楽しそうに笑う。その屈託ない笑顔に、彼女の強かな人生を見たような気がする。

  食事が終わり、そろそろ帰りましょうかと立ち上がりかけたら、突然、カツエが思い出したように、
「そうだ! 涼子さんに渡すものがあったんだ」
 帯のような金糸銀糸で織られた和風バッグから、カツエは小冊子を取り出し涼子に渡した。
「なんですか?」
「サヨさんの短歌だよ」
「えっ?」
「あたしたち、ホームで『短歌の友』を作っていてね。毎週集まって歌会していたんだよ。その時の短歌を全部パソコンで記録していたから、その中のサヨさんの短歌をコピーしたんだ」
「そうなんですか」
「若い涼子さんに、サヨさんの遺した短歌を持っていて貰えれば、あの人の供養になるかと思って……」
「ありがとう、カツエさん」
 涼子は渡された短歌の小冊子を捲って見る。
 そこにはサヨの老いる悲しみ、生きる孤独、死への願望みたいなものが詠まれていた。


   つくづくと吾が手の甲の おぞましや 骨に張りつく皺の醜さ

   歩くこと叶わぬ脚は車椅子 冥土へ向かいゆるりと歩む

   眠れない孤独な夜の闇に問う 死ぬと生きると どちらが楽か


 それは老人の心情を詠んだ、悲しい短歌ばかりだった。
 サヨが『既死念慮』の状態であったことが、小冊子の短歌からひしひしと伝わってきた。
 生きることに絶望して自ら命を絶ったサヨと、生きることを貪欲に楽しもうとするカツエ。共に長く生きてきた筈なのに、考え方が全然違うふたりの老女。――この違いは、いったいどこからきているのかと不思議に思う。たぶん、持って生まれた性格と心の持ちようが違うせいのなんだろうかと涼子は考えた。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-04-22 21:43 | 恋愛小説