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カテゴリ:SF小説( 23 )

Dr.Yamada World ⑭

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   Dr.Yamada file.14 【 優先順位 】

「はあ? 誰が上司だってぇ~?」
 素っ頓狂な声で助手の佐藤がDr.山田に向かってきき返す。
「……だから、ここは山田ラボだし、責任者はこのわたしだ。君は助手なんだから、いわば部下だろう?」
「で、それが、なに……?」
 研究室のパソコンでギャルゲーをしながら、佐藤が面倒臭そうにいう。
「上司の言うことをたまにはきいたらどうなんだい」
「仕事ならやってるでしょう? 空いた時間にゲームして何が悪いの」
 佐藤はパソコンの魔術師と呼ばれる天才的プログラマーである。
「君が優秀な助手だと認めているさ。けどね、明日は大学の理事長たちがこのラボを視察にくるんだ。この部屋をなんとかしてくれたまえ……」

 劇薬保管倉庫の奥にある山田ラボは、博士と助手の二人きりの研究室なのだ。
 日頃は誰もここには近寄らないし、大学からも見捨てられている。だが、年に一度だけ研究費を計上するために事務局の視察を受けなければならない。
 しかし山田ラボの室内は、おおよそ研究室とは思えない有様だった。
 壁一面に貼られたアニメのポスター、棚に並べられた美少女キャラのフィギア、アニメキャラのぬいぐるみやクッションが床を覆い、BGMは声優が歌うアニソンが流れている。
 これらはすべてアニヲタ助手佐藤のものである。
「明日は視察だから、アニメグッズを片付けてくれまいか」
「嫌です!」
 即答で拒否する佐藤だった。
「上司の命令が利けないのかい」
「僕はあなたの部下じゃない。ミカリン姫の下僕ですもん」
 佐藤は人気声優のファンクラブ「ミカリン王国」に所属している。
 ミカリンが声を当てているアニメすべて鑑賞して、CD、DVD、ブルーレイ、アニメ雑誌など、ミカリンが関係するグッズすべて、あらん限り買い漁るほどの狂的なファンなのである。
「アニメは趣味として、もっと仕事に真剣になってくれたまえ」
「僕の人生で最優先すべきことはミカリンのことです」
「いや、他にも大事なものがあるだろう?」
「無いです!」
 きっぱりと言い放つ佐藤である。
「じゃあ、わたしは……」
「博士は優先順位38番くらいかな?」
「わたしが38番ですとっ!?」
「まぁ~そんなもんでしょう」
「わたしより優先順位が前の37番はどういう項目かね?」
「う~んと、天気が良ければ布団を干す」
「ううぅ……わたしは布団にも負けているのか」
「ちなみに優先順位36番はたまってる汚れたパンツを洗う。35番はサボテンに水をやる」
「パンツやサボテンより……わたしの方がどうでもいい存在なんて在り得ない!」
 机を叩いて抗議するDr.山田に対して、冷ややかな佐藤の視線。
「だいたい、あんたは上司としての威厳が無い。どう見ても、ただの詐欺師っぽいオッサンだし……」
「失礼なっ! なんたる無礼な発言!」
「今までの人生でパソコンしか友だちがいなかった、この僕に光をくれたのはアニメです。僕のすべてをミカリンに捧げています」
 清々しいほどきっぱりという佐藤である。
 もうこれ以上話し合っても埒が明かない、平行線のまま博士と助手は睨み合っていたが――。
「後生だから……佐藤くん、この部屋なんとかしようよ。足の踏み場もない。明日は視察団がくるんだ」
 涙声で訴えるDr.山田である。
「アニメグッズを片付けるなんてお断りです!」
 なにを言っても、聞く耳持たない頑固な佐藤には、ほとほと手を焼く――。だが、こうなることはある程度予測されていたので、Dr.山田の方にもちゃんと秘策があった。

「佐藤くん、ほれっ!」
 いきなり頭にヘルメットのようなものを被せた。
「スイッチ・オン!」
 ボタンを押すと、痙攣しながら佐藤が床に崩れた。
「実験なしで、ぶっつけ本番だったが……頑丈な佐藤くんなら平気だろう」
 このヘルメットは脳に電気をながし、ショックで一時的に記憶喪失にする装置だった。
「佐藤くんのアニメへの執着をなくせば、きっと掃除に協力してくれるはずだ」
 Dr.山田、助手に人体実験をする怖ろしい科学者。

 そして10分後、佐藤は目覚めた。
「ここはどこですか?」
「佐藤くん、目が覚めた? わたしは君の上司のDr.山田だよ」
「知らない」
 すっかり記憶が飛んでしまっているようだ。
「えっ? まあ、わたしを忘れても掃除はできるだろう。今からこの部屋のガラクタを、全部きれいさっぱり片付けてくれたまえっ!」
「分かりました」
 人が変わったように素直な態度だ。
「じゃあ、今から事務局に明日の視察の件で話してくるから、佐藤くんは掃除やってて」
「了解しました」
 従順な助手の姿に感激し、スキップしながらラボを出るDr.山田である。

 そして1時間後に戻ったDr.山田が見たものは、パソコンや研究機材がすべて取り除かれて、アニメグッズ一色になった山田ラボの室内だった。
「こ、これはいったい!?」
 茫然と立ちつくすDr.山田、アニメグッズ(ガラクタ)を片付けろと指示したはずなのに……まさか、こんな結果になっていたとは!?
「ガラクタは捨てました」
 高価な研究機材がゴミとして捨てられている。
「佐藤くん、君の大事なパソコンはどうした?」
「もう必要ありません」
「うわ~っ、大事なスキルまで失った!」
「僕が一番大事なモノはアニメグッズです」
 アニヲタを甘くみていたことを心底後悔したDr.山田である。
 こんな研究室に視察団が来たら、もうお終いだ! ラボの責任者という地位も、たったひとりの部下さえ失ってしまう。
「ああ~明日の視察はどうしたらいいんだ!? このままだと山田ラボが消されてしまう!!」
 頭を掻き毟り悶絶するDr.山田の隣には、アニメグッズに囲まれてご満悦の佐藤の姿があった。
 アニヲタ魂は永遠に不滅だった! 上司の言葉よりも、アニメ命の部下なのだ。


― End ―


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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-10-30 16:57 | SF小説
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   ◆ 再会 ◆

コミュニティ・プランから2週間がたった。
WS-21(女)の事件ですっかり心が塞いでいたが……。
なぜか、WD-16(女)は時々あの日のことを思い出していた。

何もせずに別れたあの青年の気弱な笑顔を――。
別れの挨拶に差し出した手の温かな感触を――。
不思議な人だったなぁー……。

コミュニティ・プランで、身体を重ねた男性は何人もいたけれど……。
握手だけで終わった、あの人の方がはるかに印象に残っている。
ホントに変な人だったわ、思い出しても笑みが零れる、こんな気持ちになったのは初めて……。
なんだろう? このざわめくような感情は?

そろそろ次のコミュニティ・プランの日がやって来る。
それを考えるだけで憂鬱なWD-16(女)だった……。

そして、また、この部屋の前に立っている。
透明の球体に手を翳すとドアは音もなく開く。
幾度となく入室したことがある、コミュニティ・プランの小部屋である。
全部同じ作り真っ白で無機質な冷たい部屋。ここは大嫌いだ!
嫌だぁー……帰りたい、そんな気分のWD-16(女)だった。
ハァーと深いため息がでた。

前回は『YES』を押したので、
今日は『NO』を押してさっさと帰るつもりだった。

部屋に入るとガラスの仕切りの向こう側で男が待っていた。
そちらを見て、「あっ!」とWD-16(女)はおもわず声がでた。
彼はこっちを見てニコニコ笑っている。
まさか? 前回のコミュニティ・プランで一緒になった、あの不思議な人ではないか。

「どうして、あなたが?」
通常、コミュニティ・プランで同じ相手と連続であたることは、まずありえないし、聞いたこともない。
これはコンピューターの不具合だろうか?
仕切りのガラスを開けるべきか、どうしようかWD-16(女)は迷っていた。
だけど、心のどこかで彼ともう一度会いたいと思っていたので、たしかに嬉しい気持ちもある。

「こんばんは」
マイクから聴こえた声は、たしかに聴き覚えのある声だ。
「ガラスの仕切り開けて貰えないかな?」
少し遠慮がちな声でMO-14(男)が訊いた。
その言葉に反応するように、WD-16(女)は『OPEN』のスイッチを押してしまった。

「驚かせて、ごめん!」
ガラスの仕切りを開けて、ふたりはベッドに腰掛けている。
なんだか訳が分からない内に、彼のペースに乗せられているとWD-16(女)は思っていた。
「どうして、あなたが……」
いぶかしげな顔で訊ねた、とても不思議で仕方ない。
「うん、君とまた会いたくて……」
テレたように笑いながらMO-14(男)が答える。
「だけど……いったいどうやって?」
「コンピューターは僕の顔じゃなくて、身体に埋め込んだチップや生体番号のプレートで個人を識別しているんだよ」
「……うん」
「だから僕はコンピューターに嘘の情報を入れて、別人になりすまし、君とコミュニティ・プランを組んだんだ」
「嘘?」
「本当だよ」
「そんなこと出来るわけないわ!」
「僕なら出来るんだ」
そう言って、イタズラっぽくMO-14(男)は笑った。

生まれつき知能指数が非常に高いMO-14(男)はチャイルド・グループの時から、特別の施設で英才教育を受けてきた。
13歳で彼はアカデミーを卒業して、コンピューターシステム・エンジニアの『マイスター』という“ 群れ ”全体でも100人もいない特別のライセンスを持っている。
だから、勝手にコンピューターのプログラムを書き換えてもよいのである。
その中でも、彼は特に優秀人材と認められて、メイン・コンピューターともアクセス出来る数少ない人物のひとりなのだ。

MO-14(男)の説明を聞いても、WD-16(女)はチンプンカンプンでぽかんとしていた。
“ 群れ ”社会では完全な役割分担が決まっていて、自分の仕事以外での知識はほとんど皆無である。
ただ、このひょろりとした青年が、実はすごい人だということだけは十分に理解できた。


   ◆ ふたり ◆

「そんな危険なことをしても大丈夫なの?」
心配そうに訊ねるWD-16(女)に
「バレた時のことも考えて二重三重にもプログラムを書き換えてあるんだ“ 群れ ”ではコンピューターの情報しか信じないからね」
そしてWD-16(女)の方を向いて、彼女の目を見て
「どうしても……君に会いたくて……」

彼のその瞳には一点の翳りもなかった。
見つめられて……WD-16(女)はどぎまぎした、なんと答えればいいのか分からない。
実は自分も心の隅でもう一度会いたいと思っていたし、こうして一緒にいられて嬉しい。
――こういう感情をなんと言えばいいんだろう?
赤ちゃんと一緒にいるときの可愛いいと思う感情とは似ているようで、ちょっと違うかもしれない。
『愛』という感情を言葉で表現するのは、とても難しいのだ。

「僕はコンピューターのメンテナンスで古い20世紀や21世紀初頭のディスクを見ることがあるんだけど……」
MO-14(男)が静かに話し始めた。
「その時代の人々は今と違って、男女が一緒に暮らして子どもを作って、同じ家で生活していたんだ」
「えっ、ほんとに!?」
そんな話はWD-16(女)にとって初耳だった。
「本当のことだよ、核戦争の前の時代だけどね」
「……知らなかった」
「一緒に暮らしている男女を『夫婦』って呼ぶんだ、そして同じ血族で暮らすことを『家族』というんだよ」
「じゃあ、自分の産んだ赤ちゃんともずっと一緒に暮らせるの?」
「うん。ずっと同じ性愛相手の子どもを産んで、一緒に暮らして育てていくんだ」
「信じられない、そんなことが出来るなんて……」
WD-16(女)はその話を聞いて、その時代の方が今の自分たちよりも、ずっと幸せに思えて仕方がない。

核戦争の後、人類は約50年間地下シェルターの中での生活を強いられた。
狭い空間の中で、人々はそれぞれ社会的地位や独占欲から水や食料、住居の問題で常にトラブルが絶えなかった。
核戦争で生き残った人々がシェルターの中でまた血を流し合うという悲劇が起こっていた。
お互い自己主張をし合っている限り、内紛は後を絶たず、そうした状況の中で考え出されたのが“ 群れ ”のイデオロギーである。

『個人では何も所有しない』という、究極の平等主義である。

その考えが浸透していくにつれて、自己主張する者はなくなり内紛も治まり、人々は仲良く暮らせるようになった。
これが“ 群れ ”のイデオロギーの成り立ちなのである。

やがて、地上の放射能汚染が薄れてきたので地下シェルターから這い出して、比較的汚染の薄い南極に人々は移り住んだのであるが、核戦争から約250年の歳月が経っていた。

「あなたは、わたしたちの知らないことを何でも知っているのね」
「昔のディスクをいろいろ観たから知っているんだ」
“ 群れ ”のチャイルド・グループの時にそんなことを教えて貰ったことはない。
ただ、“ 群れ ”のイデオロギーのみを叩き込まれてきたのだ。
「僕は“ 群れ ”の考え方には疑問を持っている」
MO-14(男)は静かに、だが確固たる声でそう言い放った。
その言葉にWD-16(女)は大きく息を呑んだ。

「そんなことを言ってはダメよ!」
もし、ポリスロボットにでも聞かれたら反逆罪になってしまう。
心配そうにMO-14(男)の言葉をWD-16(女)は諌めた。

「君を“ 群れ ”の君ではなく、僕だけの君にしたいんだ」
「えぇっ!?」
なんて危険なことを言うの!
その考え方は“ 群れ ”ではもっとも悪いとされる『所有欲』って感情だわ。
「僕は君を……」
「ダメ!」
これ以上言ってはいけない!
WD-16(女)はMO-14(男)の唇に、いきなり自分の唇を押し当ててしゃべるのを止めさせた。
突然のキスに驚いたMO-14(男)だが……
そのままふたりはキスをしながら、抱き合ってベッドに倒れていった。


無機質な白い部屋の中で
求め合うふたりは
時のベッドに揺られながら
心と身体を重ね合う
この重さ 愛の深さと知る

女の身体を潤し 
熱き 生魂挿入すれば
花弁それを包みこみ
甘き蜜が溢れ出す
男は白き乳房に母をみる

きつく抱き合って
熱く激しく奮わせる
ふたりの咆哮連呼して
繋がった肉体は歓喜する
女の内に白き遺伝子注ぎ込む


   ◆ 心の真ん中 ◆

WD-16(女)は、彼のことを考えていた。
コミュニティ・プランで、ふたりは朝まで2度結ばれた。
女性は初めてというMO-14(男)とは、ぎこちない性愛だったが、ふたりの心がリンクしていたので、そういうことは関係なく深く心を通わせた、そんな性愛だった。
セックスは回数や技術ではなく、心が深く結ばれていれば、ただ手を握るだけでも心が豊かになれるものだと……。
女のWD-16(女)はそう思う。

――あれから、ずっとあなたのことを想っている。

こんな感情のことを……。
MO-14(男)が教えてくれた言葉で、『愛』というらしい。
昔の人たちはみんな持っていたのに“ 群れ ”の人たちは失くしてしまった。
その言葉さえ、今は誰も使わなくなった。

『愛』は、醜い所有欲だと“ 群れ ”で教えられたけど……それは違う!
だって、こんなに胸が熱いし、あなたを想うだけで喜びに包まれるんだもの、ふたりは“ 群れ ”のゲージに阻まれて、自由に会うことが出来ないけど――。

別れ際にMO-14(男)が言った、
「2週間後にまた会おう、それまでずっと君を想っている」
その言葉を何度々も心の中で繰り返す。

MO-14(女)、あなたが……あなたが心の真ん中にいる!

先日“ 群れ ”反逆罪でポリスロボットに連行されたWS-21(女)は妊娠していることが判明して、刑の執行が猶予されている。
母親が罪人だとしても、赤ちゃんは“ 群れ ”の仲間である。
その考えから“ 群れ ”では妊婦には刑を執行しない、モラトニアム(猶予期間)があるのだ。
妊娠・出産・授乳の期間が過ぎるまでWS-21(女)は、ほぼ通常と変わらない生活をしている。
体内にJPチップを埋め込まれた“ 群れ ”の人々は何処にも逃げられないし、逃げる場所もない。
生体番号プレートを見せなければ、水一杯だって貰えない社会なのだ。
すべてコンピューターで完全管理された“ 群れ ”の社会では自由なんてない。

――そもそも、『自由』という言葉すら、ここには存在しない。

ただ命じられるままに“ 群れ ”のために働いて消えていく。
ここ“ 群れ ”には、なぜか老人たちがいない。
ある一定の年齢を過ぎると自然に消えてしまうのだ。
何処に消えるのか分からないし、誰も消えた先のことを知らない、そのことを考えようともしない。
“ 群れ ”では働けなくなり、役に立たなければ消えるしかない、それは野生の群れ動物たちの自然淘汰であり、生き物の宿命なのだ。

そのシステムを“ 群れ ”では暗黙の了解だった。




   ◆ Name ◆

MO-14(男)と約束した2週間が来て、コミュニティ・プランの日になった。
本当に今日も会えるのかしら?
WD-16(女)は胸がドキドキする、もし部屋に入って知らない男だったら……。
たぶん、自分は泣いてしまうだろう。

不安を抱えながら、白い部屋に入ったらガラスの仕切りの向こうで、MO-14(男)がこっちを見て嬉しそうに笑っている。
これほど2週間が待ち遠しいなんて……。
もう言葉はいらない。
急いでガラスの仕切りをオープンにすると、まるで突進するように、
ふたりは仕切りの中央で抱き合った。

お互いの肌の温もりに、こうして会えた喜びと安心感で身も心も溶けていくような、
そんな抱擁――。
会えなかった時を惜しむようにふたりは愛し合った。
寄せくる波のように、甘美な悦楽に呑まれて、白いシーツの海に溺れていく。

静かな波動……。
全裸で抱き合ったふたりは余韻に浸るように目を瞑り、鼓動を聴いている。
WD-16(女)は心の中で思っていた。
わたしはこの人と出会うために生まれてきたのかも知れない。
そう思うとMO-14(男)に、新たな命をもらったようにさえ思えてくる。

――愛とは不確実なのに、すべての理論より絶対的な存在である。

「どうして僕らには名前がないんだろう?」

ふいにMO-14(男)が言う。
「名前って?」
「Name……昔の人はみんな持っていたんだよ」
「どんなの?」
「生体番号ではなくて、個人の名称で生まれた時に親が付けるんだ」
「そういえば、わたし赤ちゃんが可愛いからプニプニって呼んでいたわ」
「プニプニかぁー、可愛いなぁー」
ふたりで笑った。

「僕らも名前を持とうよ」
そういって、MO-14(男)がほっぺに優しくキスする。
「僕が君に名前をつけるよ、君だけの名称だから」
「Name……新たな命が吹込まれるようね!」

「20世紀のディスクを見ていると、シェイクスピアという1564年生まれの男が書いた物語が幾つもあるんだ」
「うん」
「その人の書いた四大悲劇と呼ばれる物語はたくさんの人々に読まれていたみたい」
「チャイルド・グループでも、小さな子どもたちに絵本の読み聴かせをするけど……大人になると物語はまったく読まないわね」
MO-14(男)は、彼女の話にうなずきながら話を続ける。
「シャイクスピアの物語の中で、ロミオとジュリエットという若い男女が愛し合う物語がある」
「ロミオとジュリエット……」
声にすると、とても美しい響きだとWD-16(女)は思った。
「君にとても美しい名前を付けるよ」
MO-14(男)が耳元で囁く。

「君はジュリエット、僕だけのジュリエットだよ」
「わたしはジュリエット……」
名前を持った瞬間、不思議な感情にWD-16(女)は襲われた。

名前を持つことで、初めて『自分』という意識が明確になる。
わたしは単なる“ 群れ ”一員ではなく、ジュリエットという女になったのだ。
それは長い間、“ 群れ ”社会で封印されてきた、自我の目覚めである。
Nameには、不思議なチカラがあった!

「僕はロミオ……」
「あなたがロミオ」
「そう、この二つの男女の名前は対になっているんだ」
「ロミオとジュリエット……」
どんな物語か知らないが、その二つの名前はたがいを求め合うように響き合っていた。
「永遠に離れないように!」
生まれたままの姿でふたりは強く抱き合った。

「ふたりのために、僕が“ 群れ ”を変えてみせる!」


   ◆ ある朝、突然に ◆

あの朝、突然に“ 群れ ”に大きな変化が起きた。

男・女・チャイルドの“ 群れ ”のゲートが開きっぱなしになっていた。
いつもなら街中を巡回している、黒い服のポリスロボットも、いたる所で飛んでいる小型監視カメラも見当たらない。
そして街中にある街頭スクリーンテレビとハウス内のテレビには、ひとりの男の顔が映し出されている。

「僕の名前はロミオ。“ 群れ ”のコンピューターはすべて、僕によって制御されています」
ひょろりとした若い男は、あのMO-14(男)ではないか。
「みなさん、今日“ 群れ ”に革命が起きました!」
いったい何が起こったというのか!?

その後、街中のテレビやハウス内のテレビは20世紀~21世紀の映画や歌を流し始めた。
それは恋愛や家族愛のことを謳ったもので、感動的で美しい内容ばかりだ。
初めて見る物語に“ 群れ ”の人々は思わず足を止めて見入ってしまっている。
なにもかも彼らのしらない、過去の世界の物語なのだ。

大きな変化が起きたにも係わらず、“ 群れ ”の人々は驚くほど冷静だった。
コンピューターやロボットたちに管理された社会で生活していた人々……。
社会の法と秩序はコンピューターが握っていたため、彼らは自分たちで考え行動する術をしらない。
元々、所有欲のない彼らには、社会の変化に動揺するほど、なにも執着するものなど持ってはいない。
ゆえに“ 群れ ”の人々は大きな変化にも従順だった。

“ 群れ ”という柵の中で暮らす、羊のような人々には夢もなく、単に日常を生きていければ、それで十分満足なのだ。

「みなさん、首に埋め込まれたJPチップを無効化します。そして生態番号ではなく、個人で名前を付けましょう。わたしたちは“ 群れ ”の一員ではなく、名前を持ったひとりの人間なのです!」
そしてMO-14(男)は力強く叫んだ。

「我々はもう自由なのだ!」

毎日、流している映画や音楽、そして本のディスクも自由に閲覧できます。そこから自分に合った、名前を見つけてください。親は子どもに名前を与えてください。
スクリーンテレビの男は名前の意味や効果について“ 群れ ”の人々に熱弁を奮う。
テレビの男は“ 群れ ”人々に毎日いろんな指示を与える。
そして“ 群れ ”のロボットたちは彼のプログラムによって、その手助けをしている。

「あなたの赤ちゃんや家族を探します!」

ハウス内のコンピューターから、自分の産んだ子どもたちの居場所を検索出来るようになった。
多くの母親たちは、自分の産んだ子どもたちを捜し始めた。

「女性は自分の産んだ赤ちゃんやその子どもの遺伝子の男性とも一緒に暮らせます。それを『家族』と呼ぶのです!」

段々と、“ 群れ ”に変化が現れた。
そういう生活を望む人々のためにハウス内に部屋が作られた、その部屋で子どもや愛する人を暮らす人々もだんだんと増えてきて、新しい“ 群れ ”の社会形態が出来上がろうとしている。

――250年振りに人々は『家族団欒』という言葉を実践する。

コンピューターの天才児、MO-14(男)はその才能によって“ 群れ ”社会の無血革命を成し遂げた。
誰にも見つからないように、秘密裏に、メイン・コンピューターにアクセスして多くのプログラムを書換えていった。
たったひとりで、その困難な作業をやった革命児なのだ。

そして、コンピューターに管理された“ 群れ ”の人々に自由を与えた!

恋に堕ちた者、家族と暮らしたいと望んだもの……。
そんな罪で、『反逆罪』に問われた者たちは、即刻、その罪を解かれて愛する者たちの元へ帰された。
“ 群れ ”の中には、この変化を喜ぶ人たちも多くいた。
テレビの男は“ 群れ ”の人々に毎日いろんな指示を与える、そして“ 群れ ”のロボットたちは彼の手助けをしている。

自分たちは自由なのだと知った人々は、自分たちの生き方を模索し始めて、新しい社会形態に慣れようとする。
そして『愛する家族』と暮らすことで、生きる喜びを見つけた。
“ 群れ ”は変化している、それを阻止する人たちはもはや存在しない。

一重に、それはWD-16へ(女)の『愛』が起こした奇跡だといえよう。


   ◆ エピローグ ◆

ついに“ 群れ ”社会は崩壊した!

少しの混乱とトラブルはあったが、“ 群れ ”は大きく変化していった。
そして、未来の人々は新たな歴史を刻み始める。

― 20XX年、核戦争後 ―

過去と儀式であった結婚式をおこない、初めての夫婦が誕生した。
MO-14(男)とWD-16(女)のふたりは、
共に生涯を暮らすことを誓い合った。

こうして未来のロミオとジュリエットは結ばれた。
ふたりの愛が永遠に続くように。

人類の未来が希望で輝いていますように――。


― End ―







創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-24 14:46 | SF小説
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  ◆ スノーレース ◆

地平線の果てまで続く雪原と、紺碧の空と。
南極の夏は、氷の白と空の青が織り成すツートンカラーの世界、どこまでも澄みきって美しい情景だ。
ここは生き残った人類たちの最後の楽園である。

核戦争の後、大きな衝撃で地球の地軸が狂ってしまった。
かつての極寒の地は温暖化して人が住める気候になったが、解けた氷河のせいで大陸の何パーセントかは海中に沈んでしまったが……。

毎年、南極の短い夏のイベントとして“ 群れ ”ではスノーレースがおこなわれる。
各ハウスから選び抜かれた選手たちが、スノーモービルに乗ってスピードを競う、“ 群れ ”社会になってからは、仲間同士で争うことはなくなったが、夏のスノーレースだけは、男たちをエキサイトさせる。

MO-14(男)は、まだ15歳だがこのレースに参加する。
スノーモービルはリニアモータカーの原理で3種の電磁力、すなわち、浮上力、案内力、そして推進力によって磁気浮上して動くが、それは走るというより氷雪の上を滑る感じである。
スピードも200㌔以上は軽くでる、かなり危険なレースだがMO-14(男)の稀にみる、コンピューター・プログラミング能力をかわれての初参加なのだ。

あらかじめ、決まっているレースコースをスノーモービルのコンピューターにプログラムして、目的地まで最短で、より速く到着した者がスノーレースの勝利者となる。
運転技術よりも、電子知能を上手く操れる能力の方がより必要なのだ。
「よし!」と気合を入れて、ヘルメットを被り、安全ベルトをロックすると武者震いをした。
MO-14(男)はレース前の緊張で喉の渇きを覚えた。

南極の雪原を疾走するスノーモービル。
まるで甲虫の群れのように、氷上をもの凄いスピードで滑っていく、あっ、という間にペンギンたちの群れも追い抜いていく。
南極のペンギンたちは温暖化で、一時はその数が激減したが、“ 群れ ”アカデミーの遺伝子操作テクノロジーで、温暖化にも順応できるペンギンに創り変えられていった。

先の核戦争では、人類だけではなく、多くの動植物も絶滅してしまった。
“ 群れ ”アカデミーでは、それらの絶滅種をもう一度、遺伝子操作で蘇らせるのに、学者たちは躍起になっていた。

“ 群れ ”では宗教は禁止していたが、『地球再生』という強い理念があった。

氷床を、もの凄いスピードで疾走する2機のスノーモービル。
レースも中盤になり、この2機が他の機体を大きく引き離していた、トップを走るのは、スノーレース3年連続優勝の覇者である。
そして、チャンピオンの機体にぴったり張り付いて、後ろからぐんぐん追い上げてきているのが、なんと! あのMO-14(男)のスノーモービルなのだ。
初参加でノーマークの機体に、追い上げられそうな勢いで迫られるとは、チャンピオンにとって予想外だったはずだ。

若干15歳の小僧っ子、MO-14(男)だが、アカデミーに通いながら大人に混じって、メイン・コンピューターのメンテナンスの仕事を任されていた。
“ 群れ ”社会を管理するのはコンピューターだが、それをメンテするのはやはり、人間の手によるものだった。
MO-14(男)は、予想以上のスピードに最高のスリル感じながら、自分がプログラムした通りに動く、スノーモービルに満足していた。
レース前に風力・気圧・天候と、いろんな要素を考え、分析してコースをインプットして置いたのだ。

「なにをする気なんだ?」
じりじりと距離を縮め追い上げてくる、MO-14(男)の機体に焦ったのか?
トップの機体は大きく旋回して、コースから外れようとしている、驚いたMO-14(男)だが、たぶんトップは別のルートで目的地に着こうとしているのだと分かった。


   ◆ 氷洞 ◆

このまま行けば、巨大な氷洞がある。
自然が創った氷河のトンネルだが、あそこは狭いし、あっちこっちに氷の岩や氷柱があって、障害物が多く、たいへん危険なコースなのだ。
一気に追い抜ける最短コースではあるが、あまりに危険過ぎるので選手たちは、このコースを誰も選ばない。

「トップの機体は、あの危険なコースを行くつもりなのか?」
MO-14(男)の機体は、トップの機体の後に続いた。
レース中に追い抜かれそうになったら……逃げ切り用のコースとして、あの危険なコースも秘策として、一応、コンピューターにプログラムしておいたのだが……。
チャンピオンも同じことを考えていたようだ。

「逃げ切らせない!」
普段は大人しいMO-14(男)だが、スノーレースでは男の闘争心がめらめらと燃えてきた!
逃がすまいと、彼の機体はチャンピオンの機体の真後ろにぴったりと張り付いた。
たぶん、トップのチャンピオンはかなり面食らっていることだろう。

「どうしても、あの危険なコースを突っ走るつもりなんだ」
訝し気に見ていると、トップの機体は氷洞の中へ突っ込んでいく、吸い込まれるように、MO-14(男)のスノーモービルも続いて入っていった。
氷洞の中は狭く、障害物が多く、おまけに視界も悪い、これは危険だと察知して、MO-14(男)の機体はスピードを急速にダウンさせた。
先頭のチャンピオン機は凄いスピードで疾走し続けている。

「危ないなぁー」
MO-14(男)は、ここを抜けられるだけで運がいいとさえ思った。
やっぱし、このコースは危険過ぎる、ちょっと後悔し始めた。……瞬間、前方で閃光が走った、その後に轟音が鳴り響いた。
トップのチャンピオン機が、障害物にぶつかり大破したのだ。

「あっ! やってしまった!」

あまりのことに、MO-14(男)はしばし茫然自失……。
その時、クラッシュして飛び散った機体の部品がMO-14(男)の機体を直撃した。
衝撃でバランスを失い、機体が横倒しになり、スピンしてクルクルと氷床を滑っている。
「ダメだっ!」
ハンドル操作ができない。
「うわっ、ぶつかる!」
MO-14(男)は、とっさに安全ベルトを外して飛び出す!
そして、その衝撃で氷床に全身を激しく叩きつけられた。

気を失う瞬間、自分の乗っていたスノーモービルが、氷柱に激突して、炎上するのが見えた。
まさに間一髪だった!
「助かった……」
安堵して、MO-14(男)は意識を失ってしまった。




   ◆ 病院 ◆

MO-14(男)が意識を取り戻したとき、最初に目に映ったのは天井から光る青白いライトだった。
真っ白な壁の部屋の中で、医療器具の音だけが聴こえていた。
かすかな消毒薬の臭いで、ここが病院だと分かる。

「あぁ、生きている」
取りあえず、身体のあちこちに意識を込めたが、無くなった身体の部分はなさそうである。
あの衝撃の割には、どうやら軽症で済んだようだ。
少し安堵したMO-14(男)だが……チャンピオンはどうなったんだろう?
自分が追い上げようとしたために、焦って無茶をしてクラッシュしたチャンピオン機。
あのクラッシュでは、たぶん……。
MO-14(男)は、自分のせいで事故が起きたように思い……、
罪悪感でいっぱいになった。

翌日、ハウスのルームメイトたちがお見舞いに来てくれた。
“ 群れ ”では家族ではなく、共同生活なので、一緒の部屋で暮らしている。
ルームメイトたちが家族のようなものである。
「よく生きてたなぁ?」
「無茶しやがって!」
「このバカもんがぁー」
みんな、口々に好き勝手に言っていたが、MO-14(男)の無事を心から喜んでくれていた。
ケガは左肩の骨折、肋骨にヒビが入った程度で、1週間も安静にすれば完治するものだった。

「おまえ、“ 群れ ”のスノーモービル壊したから、帰ったら始末書かけよ!」
一番年配のルームメイトが笑いながら言った。
「あぁー始末書か……」
急に浮かない顔になった、MO-14(男)を見てみんなで笑う。
それにしても、初参加のスノーレースで、あそこまでチャンピオン機を追い詰めたMO-14(男)に対して、彼らは心の中で、声のない賞賛を贈っていた。

入院して5日目、いよいよ明日は退院だ。
“ 群れ ”の医療テクノロジーなら、骨折くらいなら4~5日で完治できる、明日は仲間たちの待つハウスに帰れる。
すっかり元気になった、MO-14(男)は退屈でうずうずしていた。

看護用ロボット・ナースのシステムを勝手にイジって、まるでペットみたいに自分になついて、どこでも付いてくるように改造した。
アンドロイド型の看護用ロボット・ナースは入院患者の健康状態を管理するロボットである。
熱・脈拍・血圧など調べて、患者の状態に応じて調剤し注射や点滴など医療処置をする。他にも食事やリハビリの介助なども、こまごまとした身の回りの世話まで焼いてくれる。
だから、病院内は患者と看護用ロボット・ナースしかいなくて、ごくたまに、医師が医療機ロボットと看護用ロボット・ナースを連れて回診にまわってくるが、診察するのは常にロボットの方で、医師はロボットのデーターをうんうんと頷いて見ているだけだった。

“ 群れ ”社会では、コンピューターが管理し、ロボットたちが実践して、それらを人間がメンテナンスしている、そういう社会構造だった。

若干15歳のMO-14(男)だが、コンピューターシステム・エンジニア『マイスター』の称号を持っている。
類まれな才能を持つ彼は、“ 群れ ”全体でも100人もいないような、コンピューターシステム・エンジニア『マイスター』のひとりなのである。
その称号を持つ者は、自由にコンピューターのシステムやメンテナンスをおこなってもよいとされる特権が与えられていた。

看護用ロボット・ナースを彼に従う、忠実なペットに改造したら。
今度は病院のコンピューターのシステムでも見てやろうと退屈なMO-14(男)は、ナースを連れて病院内を歩き回っていた。


   ◆ 優しい香り ◆

1階のロビーに降りると、“ 群れ ”の女性医療スタッフと思われる一団がいた。
たぶん、彼女たちは医療セミナーかなんかでこっち(男の“ 群れ ”)へ来ているのだろう。
40~50人はいるであろう、女たちは口々に賑やかにしゃべっていて、その騒がしさに、MO-14(男)は面喰ってしまった。

“ 群れ ”社会では男女は別々に暮らしているので、女性を見るのは珍しい。
チャイルド・グループの管理者たちは、女性スタッフが多いのだが……これだけ大勢の女性たちを見るのは久しぶりである。
少し興味を惹かれながらも……。
あまり見ていると不審がられるので、コンピュータールームのある最上階へいこうと、女性たちの横をすり抜けて、MO-14(男)はそそくさと医療用ロボット・ナースを連れ、エレベーターに飛び乗った。
なんとなく安堵して、ため息がでた。
ドアが閉じようとした瞬間に、ひとりの女性が走り込んでくるのが見えた。
MO-14(男)は、慌ててエレベーターの開閉ボタンを『OPEN』に押した。

「ごめんなさい……忘れ物しちゃって……」
ハァハァ息を切らせながら、その女性は謝った。
「何階ですか?」
クスッと笑いながら、MO-14(男)は訪ねた。
「23階、お願い……」
その時、MO-14(男)はその女性と目が合った。

自分と同じアジアン系だろうか?
髪も目も黒い、落ち着いた感じの年上の大人の女性だった。
初めて会ったのに、なんだか親しみを感じて、不思議な気分がする。

彼女はさっきから、自分の生体番号プレートを見つめてる。
生体番号プレートには、個人情報が全てインプットされていて、IDカードのようなものである。
“ 群れ ”では外出時には、自分の生体番号を書いたプレートを必ず首から提げていなければならない。
もし付けていないと、『不携帯』ということで罰則規制になる。
なにをそんなに見てるんだろう?
不審に思うMO-14(男)だったが、知らない顔をしていた。

「あなたはMO-14?」
「はい?」
「エリア038で20XX年10月生まれなのね?」
「そうですが……」
いきなり何を訊くんだろう、いぶかしげなMO-14(男)だが、
「ちょっと、ごめん!」
その女性はMO-14(男)の頬にかかった髪を、かき上げ耳の後ろを見た。
「やっぱり……小さなホクロがあるわ!」
「な、なんですか?」
訳も分からず、相手の無礼に戸惑うMO-14(男)だった。
「まさか会えるなんて! 生体番号とホクロで分かった……」
MO-14(男)を見て、彼女はハッキリした声で言った。
「あなたはわたしが産んだのよ」
そういうと、彼女はMO-14(男)を優しく抱きしめて……。
「わたしの赤ちゃん……」
と小さな声で呟いた。

突然のことに、びっくりして棒立ち状態のMO-14(男)である。
彼女の髪から優しい香りがした。
その香りは懐かしく温かな想いがする、なんだ、この感覚は?
この女性は、僕の……、
MO-14(男)が夢の中で何度も会いたいと願っていた人なのだ。

やがて、23階に着いてエレベーターのドアが開いた。
「さよなら……」
そういうと、何もなかったように彼女はエレベーターから降りて、そのまま振り返らずに歩いていった。
取り残されて、MO-14(男)はひとり呆然としていた。
「あの人が僕を産んだ人なんだ……まさか? 本当に!?」
彼女に何か言えば良かった、いつも思っていることを言えば良かった!

「僕を産んでくれて、ありがとう」

そう言いたかったのに……。
僕を産んでくれた人に、いつか会えたら……いつか会えたら……きっと。
ありがとうって、そう言いたかったんだ!
MO-14(男)は悔しくてエレベーターの壁を拳で叩いた。

もう二度と会えない人の優しい香りだけが心に残った。


   ◆ 君に触れたい ◆

「その人は、私の知ってるWF-02だと思うわ」
MO-14(男)の話を聞いて、WD-16(女)は即座にそう答えた。
「WF-02は、女たちの“ 群れ ”で、医療スタッフとして働いているし、時々セミナーで、男たちの“ 群れ ”の病院にも出張にいっているもの」
そして、ひと呼吸して、
「あなたと彼女の顔はそっくりだわ!」
きっぱりと言い切った。

「そうか、自分では分からなかったけど……そんなに似てるんだ?」
「ええ、男と女の顔の違いくらいよ」
「だけど……嬉しいな、僕を産んだ人が君の側にいるなんて!」
「ほんとね!」
ふたりは目を合わせて、にっこりと微笑んだ。

何もしないからと男がいうので、WD-16(女)は着衣を身に着けて、ベッドに並んでふたりは腰掛けている。
初めて会った人なのに、警戒心も解けて打ち溶け合っているなんて、不思議な人だわ。
“ 群れ ”では個人の写真を撮る習慣がない。
だから、どんな人物かは言葉による表現しかないから、WD-16(女)はいっぱい彼女の話をしてあげた、WF-02(女)の癖や好きな食べ物のことまで教えてあげた。
うんうんと嬉しそうに相槌を打つ、なんだか――この男が可愛いらしく思えてきた。

「どうして、僕を産んだ人と暮らせないんだろう?」
ぽつりとMO-14(男)が呟いた。
それを聞いて、WD-16(女)はあっと驚いた。
それは赤ちゃんと引き裂かれてから、ずーっとWD-16(女)の胸の中で燻り続けていた疑問だった。
ふいに赤ちゃんのことを思い出して、乳房が痛くなった、もっと赤ちゃんに授乳させたかったのに……。
赤ちゃんのことを思い出すと、WD-16(女)は胸が張り裂けそうだった。

「わたしも自分の産んだ赤ちゃんと暮らしたい……」
そういうと彼女の瞳から大粒の涙がぽろぽろ零れた。
「どうしたの、大丈夫?」
突然の涙にびっくりしたMO-14(男)だが、自分が何気なくいった言葉に、彼女がこんなに過剰反応すると思わなかったのだ。
「なにかあったの?」
嗚咽を漏らし泣きつづける彼女に、MO-14(男)は優しく訊ねた。

半年前に赤ちゃんを産んで、100日間一緒に暮らして別れたが……。
その時の悲しさ、苦しさ、辛さ、を泣きながら彼女は話してくれた。
そのせいでコミュニティ・プランに参加して、赤ちゃんを産むのが嫌になったことまで、洗いざらいMO-14(男)に泣きながら訴えた。
「そうか……きみも辛かったんだね」
「僕は男だけど、自分の遺伝子で生まれた子どもの顔は見たいと思う」
「…………」
泣きながらWD-16(女)は男の声を聞いていた。
「そんな風に考える僕らは間違っているのかな?」
明らかにそれは“ 群れ ”のイデオロギーから外れている、問題発言である。
「…………」
だが、その言葉にWD-16(女)も心の中で深く同意していた。
自分と同じことを考えている人間が、この“ 群れ ”にもいるなんて……。

「こんな時間……」
赤くなった目を瞬きながらWD-16(女)がいう。
ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「そろそろ退室しないとね」
ふたりは何もしないまま別れていく。
「もう会えないと思うから……」
ひと呼吸おいてから、
「最後に君の身体に触れてもいいかい?」
「えっ?」
その言葉に少し身を固くするWD-16(女)だが、今から何かする気かしら?
「君に触れたい……」
照れ臭そうに笑いながら、WD-16(女)の前に手を差し出してきた、どうやら握手を求めている。
なんだか拍子抜けするようだったが、ふたつの手はしっかりと握りあって別れの挨拶をした。
MO-14(男)の掌は温かく優しさが伝わってくるようで、この感触をきっと忘れないわ、とWD-16(女)は思っていた。

初めて“ 群れ ”の男と心が触れた瞬間だった。


   ◆ チャイルド・グループ ◆

WD-16(女)は、子どもたちだけの“ 群れ ”チャイルド・グループの管理スタッフをしている。
彼女は子どもが大好きで職業適性検査でチャイルド・グループ管理スタッフに任命された。
ここでは6歳~12歳までの子どもたちが共同生活している。
“ 群れ ”では必要な知識や教育はチャイルド・グループですべて完了させる。
13歳からは一人前と認められて、大人たちに混じって仕事をこなすのである。
しかし、特に成績優秀な者はアカデミーで専門的な教育を受けることが出来るが、ごく限られた優秀な人材のみである。

WD-16(女)は、ここで小さな子どもたちの世話をみるのが好きだった。
一緒に遊んだり、勉強したり、食事をしたりと、子どもたちと触れ合いながら親と暮らしていない、子どもたちの精神面でのサポートをするのがチャイルド・スタッフの重要な仕事のひとつである。
しかし、まだ17歳のWD-16(女)はスタッフと言っても見習いみたいなもので、いずれ資格試験を受けて、正保育士になるために勉強を続けていた。

チャイルド・グループのスタッフは子どもの世話ということもあり、ほとんど女性スタッフが多い。
だが女性ばかりでは、特に男の子の精神発育上、偏りがあるため。
週に何度か、男の“ 群れ ”から男性の保育士がやってくる。
10人ばかりの大人の男たちが、スポーツをしたり、ハイキングをしたりして、スキンシップで子どもたちと触れ合っていくのである。

“ 群れ ”社会では男女、子どもは別々の“ 群れ ”で暮らしているので、通常は顔を合わせないのだが……チャイルド・グループの管理スタッフだけである。
男女混合で働く職場なのは――。

それだけに、“ 群れ ”にとって一番危険な職場でもあった。


   ◆ 愛してはいけない ◆

その事件は起こるべくして起きた事件ともいえよう。

“ 群れ ”社会では恋愛・結婚・家族も禁止している。
完全なる平等をイデオロギーとする“ 群れ ”では、愛は執着であり、独占欲は他人に危害を与え、“ 群れ ”調和を壊す、悪しき考えとされていた。

ちょうど子どもたちとお昼を食べている時間だった。
ポリスロボットが2体突然現れ、部屋に入って来ると、ひとりの女性スタッフを拘束した。
訳も分からず戸惑うスタッフたちと子どもたちに、黒い服を着た屈強なポリスロボットが彼女の罪状を告げた。

〔 “ 群れ”反逆罪第19条で、この女を逮捕、連行する 〕

抑揚のない、冷たい機械音声でポリスロボットは言った。
反逆罪第19条とはコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為のことである。
スタッフたちがどよめく、“ 群れ ”ではコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為は強く禁止している。

そのためにも、男女は別々の“ 群れ ”で暮らしているのだ。

WS-21 W-Woman(女)、S-Sepember(9月)、21日生まれ。
彼女はWD-16(女)より、3歳年上で子どもたちにも人気の優秀な保育士だった。
北欧系の彼女は金髪碧眼でとても美しい容貌を持っている。
“ 群れ ”では、種族保存のため同種族同士でのコミュニティ・プランが通常行われるが、金髪碧眼は劣勢遺伝のため稀少種である。

金髪のWS-21(女)と黒髪のWD-16(女)はとても仲が良い。
仕事では先輩のWS-21(女)を尊敬していたが、ふたりはプライベートでも、気が合って一緒に買い物や食事をしたりと気のおけない関係で、仮に家族という存在があれば、ふたりはまるで姉妹のようだった。
お互い信頼し合っていたが、今回のことはWD-16(女)でさえ何も知らなかった。

それが、いきなりWS-21(女)が連れていかれる!
彼女に手錠を嵌め、ポリスロボットが連行しようとしている。

ショックのあまり頭の中が混乱しているWD-16(女)だった。
最後に彼女は振り向いて「いやー!」と泣き叫びながら、たぶん相手の男性の生体番号を何度も絶叫していた。
その悲痛な叫び声が何度も耳の中でエコーする。
ふたりはもう二度と会うこともないだろう。

男は、南極の僻地で資源開発の危険な重労働をさせられる。
女は、まだ若いWS-21(女)なら、男“ 群れ ”の一角にある性愛施設で拒否権なしで、男たちの相手をさせられる。
そのために避妊手術までおこなわれる、それが“ 群れ ”の規則を破った男女に科せられる罰なのだ。

「お願い! 彼女を連れて行かないで!」
WD-16(女)は悲しみで胸が張り裂けそうだった。

「なんてバカなの!」
背後から誰かの声がした。
「彼女は男“ 群れ ”の保育士と性愛行為したのよ、恥知らずな、許せないことだわ!」
先輩スタッフの怒気を含んだ言葉が胸に突き刺さる。

どうして? 特定の男性と性愛行為をしてはいけないんだろう?
ふと、WD-16(女)の心に素朴な疑問が生まれた。
きっと、彼女はその男性としか性愛をしたくなかったんだ、女の身体は本当に好意を感じる男としかしたくないものだから……。
セックスは、ただの繁殖行為だけではないはず――ちゃんと心も合わせたい。

赤ちゃんと暮らせない、特定の男性と性愛行為ができない。
自分たちは何のために生きているのだろう?
人類繁殖のため? 地球再生のため? ただの動物なの?

“ 群れ ”の人々は生後100日経って母親と離されて、すぐに首の後ろに微小なチップを埋め込まれる。
それはJP機能でコンピューターから常に居場所を確認出来るのだ。
“ 群れ ”の人々はそんな風に完全管理されている、だから自由な行動が出来ない。
WS-21(女)も、そのシステムで特定の人物と行動していたことがコンピューターに発覚したのだろうか。
今まで疑問さえ感じなかった“ 群れ ”のシステムに不満を感じるようになっている。
ぞんな自分にWD-16(女)は驚いていた。








創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-23 14:42 | SF小説
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   ◆ プロローグ ◆

― 西暦20XX年 ―

一度、人類は地球上から、ほぼ絶滅しました。

ある国の独裁者が放った無数の核ミサイルが引き金となり、地球上でおこなわれた核のドッチボールは、一夜にして……。
約98%の人類を地球上から消滅させてしまった。

壮絶な核戦争の果て、わずかに生き残った人類たちは、放射能汚染が比較的軽度な南極の地に逃げのびて……。
人類再生への夢をかけて、新しい生活形態で暮らし始めていた。
長く苦しい地下シェルター時代に、個人の所有欲から仲間同士で争いが絶えず、新たな悲劇を生んだことへの教訓として、考え出された理想社会であった。

哺乳類本来の “ 群れ” という社会意識。

個人愛から仲間愛、家族愛から “ 群れ ” に対する忠誠心。
そして、それは恋愛や結婚、家族への全否定だった。

『個人では何も所有しない』――それが未来世界の掟なのだ。


   ◆ MO-14 ◆

MO-14、それが彼の呼び名である。

M-man(男)、O-October(10月)、14日生まれ。
10月14日生まれの男性、そういう意味なのだ。
その後には長い出生地や身体の特徴を示す、生体番号が続くのだが、通常MO-14と彼は呼ばれている。

彼は生まれた時から父も母もいない。

……いないというよりも、その存在の意味が分からない。
記憶が生まれた頃には、同じ年齢の “ 群れ ”の仲間たちと暮らしていた。
“ 群れ ”では、12歳までは男女混合のチャイルド・グループで生活するが、その後は男女別々の“ 群れ ”で生活するようになる。
特別の行事以外では、女たちと顔を合わせることはまったくない。

特別の行事、それはコミュニティ・プランと呼ばれる、男女の性愛の儀式である。
コンピューターが選んだ相手と、彼らは愛情も無く、ただ繁殖目的で一夜を共にする。
恋愛は個人の感情を所有しようとするため“ 群れ ”の調和を壊すものだと言われていた。

この未来世界では、『個人では何も所有しない』という鉄則があり、恋愛感情はタブーとされていた。


   ◆ コミュニティ・プラン ◆

透明の球体に掌をかざすと、前方の扉が音もなく開いた。
生まれた時から体内にJPチップを埋め込まれて、生体認証されている身体はバーコードのようにコンピューターと連動している。
扉の内側は小部屋になっている、何もない殺風景な部屋は薄暗く、青いライトが天井から灯っていた。
中央を透明のガラスで仕切られて。
こちら側にはイスがひとつ、向こう側の部屋には真っ白なシーツに包まれたベッドが置かれている。
この部屋ではコンピューターが選んだ、見知らぬ男女が朝まで一緒に過ごすことになる。

コミュニティ・プランとは繁殖行動のことで、男性は18歳、女性は16歳から参加する。
それは子孫を残すための、“ 群れ ”社会の大事な責務である。
コミュニティ・プランの相手はコンピューターが選び出し、この部屋でお互い初めて対面するのだ。

性愛の相手をするかどうかの選択権は、子どもを産む女性側にあって、『YES』を押せば、仕切りのガラスが開き女性がいるベッド側の部屋に招き入れる。
しかし、『NO』とボタンを押されて、女性が部屋から出て行けば……拒否された男性側はすごすごと帰るしかないのだ。

MO-14(男)は、先週18歳になったばかり。
初めてコミュニティ・プランに参加する、シュミレーションでは何度かバーチャルな体験はしたものの……。
生身の女性を相手にするのは、今夜が初めてなので胸がドキドキしていた。

ふいに向こう側のドアが開き、若い女性が入室するのが見えた。


   ◆ WD-16 ◆

彼女は、WD-16
W-Woman(女)、D-December(12月)、16日生まれ。
12月16日生まれの女性である。

まだ17歳の彼女だが、半年前に出産を経験していた。
” 群れ ”では通常1グループ100人ほどでハウスと呼ばれる、建物の中で共同生活をしている。
出産したばかりの女性は、ハウス内に小部屋を与えられて、赤ちゃんと100日間、一緒に生活し授乳と育児に専念できる。

WD-16(女)は、初めて産んだ赤ちゃんが愛おしくてたまらなかった。
無心に乳首を吸って授乳する姿は、いくら見ていても見飽きないほど可愛かった。
これが赤ちゃんを産んだ満足感なんだと喜びに胸が熱くなった。

だが、未来社会では、『母性愛』という言葉すら、死語になっていた――。

やがて育児期間が終り、赤ちゃんと別れる日がきた。
別の施設に赤ちゃんは移されて、そこで仲間たちと一緒に育てられるのだ。
もう二度と自分の産んだ子どもと会うこともないのだ。
それが“ 群れ ”の規則なので仕方ない。
しかし、無理やり赤ちゃんと引き裂かれたWD-16(女)は淋しく、悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうだった。

赤ちゃんと別れて、しばらくは脱力感で“ 群れ ”の仕事も、うわの空で手につかず、夜になると赤ちゃんを思い出して泣いてばかりいた。
心配したハウスの年上の女性が慰めてくれたが、「私の赤ちゃんに会いたい」と言うと……
赤ちゃんは“ 群れ ”の仲間で、あなたの所有物ではない!
個人的な感情を持つのは悪いことだ!
きびしく叱責された、そして彼女は……。
「次の妊娠をしたら、そんなことは忘れるわよ」
と、悲しげに笑った。

“ 群れ ”の女たちは、繁殖種として子どもを生むことが義務づけられている。

だけど、WD-16(女)はどうして自分が産んだ子どもの成長を傍で見守ることができないんだろう?
その疑問を頭からぬぐい去ることができず苦しんだ、こんな苦しい思いをするのなら、もう二度と赤ん坊を産みたくないと思っていた。

コミュニティ・プランに参加しても、連続10回、『NO』サインを出した。
そのことがコミュニティ・プラン管理者に知れて、WD-16(女)は厳重注意を受けたばかりである。
これ以上、拒否権を使った場合は『拒否権停止』処分に課す、と言い渡されていた。

『拒否権停止』それだけは耐えられない!

急遽、事故で行けなくなった女性の代わりに、WD-16(女)はコミュニティ・プランに参加させられたが、相手がどんな人物であろうとも……。

今日は、観念して『YES』を押して、ガラスの仕切りを開くしかないのだ。


   ◆ ガラスの仕切り ◆

彼女は、僕と同じくらいの年齢だろうか?
アジアン系の黒い髪を腰まで伸ばし、後ろでひとつに纏めていた。
細身で華奢な感じがするが、ふくよかな胸を白い薄布で包み、柔らかな色香を醸していた。
彼女はベッドに腰かけ、大きな黒い瞳でじっとこちらを睨んでいる。

「こんばんは……」と、挨拶をするが返事がない。

MO-14(男)は同じアジアン系で身長は180㎝くらいあるが痩せてひょろりとしている。
わりと端正な顔立ちで、目元は優しげで、人懐っこい笑顔だ。
入室して1時間以上経つのに、女はひと言もしゃべらず、じっと動かない。
自分は初めてだし、きっと頼りないから断わられるのに違いない、どうしようもない居心地の悪さに、逃げ出したくなったMO-14(男)だった。

『NO』なら、『NO』と、ハッキリしてくれ! 
心の中でMO-14(男)は叫んだ。

通常、初参加の者には経験豊かな相手が選ばれることが多い。
どう見ても自分と歳が大差のない相手というのは珍しい、ハウスの年上の仲間たちから、いろいろ予備知識を仕入れて、コミュニティ・プラン初参加に挑んだが……。
みじめな結果になりそうで、MO-14(男)は仲間たちへの言い訳のセリフを、あれこれと考え始めていた。
もう相手に掛ける言葉が見つからず、ため息ついたとき……。

いきなり、中央のガラスの仕切りが開いた。

驚いて、MO-14(男)はイスから立ち上がった。
急に心臓がドキドキし始め、自分でも顔が赤くなるのが分かる。

「こんばんは……」
小さな震える声で彼女が挨拶をしてきた。
「そっちに……行ってもいいんですか?」
MO-14(男)は彼女に訊くと、
「ええ……」
小さく頷く。

ゆっくり歩いて、ベッドまで行くと彼女の隣に静かに腰かけた。

「はじめまして……」
「よろしく……」

この世界“ 群れ ”では名前を名乗る習慣はない。

間近に見た彼女は憂いをおびて哀しげで愛らしく……。
一瞬、胸がしめつけられるような未知の感情が、MO-14(男)の身体を駆け抜けていった。




   ◆ 乳房 ◆

WD-16は、繁殖行為が大嫌いだった。

WD-16(女)は、繁殖行為が大嫌いだった。

コンピューターの選んだ相手は毎回替わり、身体を重ねても心が重なることはない。
子どもを作るための“ 群れ ”の大事な義務だと考えていたが……自分が産んだ赤ちゃんを取り上げられてからは、嫌悪感がつのり……。
「どうして、女になんか生まれたんだろう?」
そんな疑問が、WD-16(女)の胸の中で燻っていた。

あんまり早くハウスに帰ると、コミュニティ・プラン管理者に怪しまれるので、わざと男を焦らして時間稼ぎをしていたのだ。
嫌なことは、さっさっと終わらせたい!
彼女は“ 群れ ”に対して反抗的な気分だった。

「私、ハウスに帰りたいの!」
怒ったように、彼女は勢いよく服を脱いだ。
いきなり、むき出しの乳房にMO-14(男)は目が眩んだ。
「早く終わらせて……」
そう呟いて、彼女はベッドに潜り込んで目をつぶった。

なぜか? 理由は分からないが、彼女はひどく不機嫌で怒っている。

初めてのコミュニティ・プランで、嫌がっている女性と交わるのはやるせなくて……。
MO-14(男)はとても悲しくなった。
彼女の方に目をやると、むき出しの乳房が青白いライトのせいで、蛍光しているように白く光って見える。

それは水銀灯のように儚く美しかった。


   ◆ Mother ◆

不貞腐れたようにベッドに横たわる女……。

「嫌ならなんにもしない、だから君のことを聞かせて欲しいんだ」
MO-14(男)は諦めて、彼女と話をしたいと思っていた。
「えっ?」
その言葉に驚いて、WD-16(女)は目を開けて相手の男をまともに見た。
背丈は大きいがひょろりとして、気の弱そうな優しい目をしていた。
嫌いな顔ではない、見覚えのある顔だ、そう誰かに似てる?

「あなたの顔見たことあるわ」
「……えっ?」
「その目が同じ、鼻と口元もよく似ているわ」
「いったい誰に?」
彼女はベッドから起き上がり、面と向き合った。
「あなたの顔、WF-02とそっくりだわ!」

WF-02 W-Woman(女)、F-February(2月)、2日生まれ。
その人は彼女のルームメイトである。
ハウス内にある、1ルームに10人ほどで寝起きをしている。
年齢も職種も違っているが、年長者が若い者の面倒をみながら“ 群れ ”の秩序を守って、女たちだけで暮らしている。
WD-16(女)がチャイルド・グループから、このハウスに移って来てから、ずっとWF-02(女)とはルームメイトだった。
最初の頃、慣れないことばかりで戸惑って泣いていると……いつも傍にきて、WF-02(女)が手伝ってくれた。

「なぜ、そんなに優しいの?」
……て訊いたことがある。
「あなたと同じ年頃の子どもを産んだことがあるから……」
「赤ちゃんを?」
「だから、放って置けないのかなぁー」
と答えた。
ふたりの年齢差は確かに出産者と赤ちゃんほど離れている。
赤ちゃんのことで前に叱責されたことがあるが、いつもは面倒見の良い優しい女性なのだ。

“ 群れ ”の団体生活の中では、親子の絆を断ち切ってしまわなければならない。
この世界では、『Mother』という言葉は存在しない。
それでも年上の女性には、なにかしら甘えたいと思う感情が湧くものである。
そして年上の女性もまた、年下の彼女を放っては置けないのだ。

「その女性は僕を産んだ人かもしれない」
「どうして分かるの?」
「一度だけ会ったことがあるんだ」
「まさか、本当に?」
「うん、偶然だけど……」

この世界“ 群れ ”では親子が対面するなんてことは希有である。






創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-22 14:40 | SF小説

くうそう脳 ⑥

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る

    第三話 国際宇宙人会議 ②

 いよいよ、アメリカ中の公園に【 宇宙人の銅像 】を設置する運びとなった。
 ロズウェルの同胞たちの中で、主に技術面を担当しているジャパンのDr.ヤマダはロズウェルの宇宙人テクノロジーを駆使して〔物質変換機〕というものを開発した。
 これを簡単に説明すれば、ある物質Aを使って、他の物質Bに変換する装置なのだ。まあ、ドラえもんの道具にありそうだが……これぞ、まさに宇宙人のテクノロジーなのだ。(ここは突っ込まない!)
 その装置を使って公園の中にある噴水を【 宇宙人の銅像 】に変換する。
 よって、噴水 ⇒ 銅像 に変わるのです。
 ステルスUFOに乗って、アメリカの上空を飛行しながら、公園の噴水を見つけると、かたっぱしから〔物質変換機〕のビームを発射するのだ。

『これも我々宇宙人のため、誇りある任務だ!』

 Dr.ヤマダは黙々と任務を遂行していった。
 ボブも同乗する予定だったが、体重が重過ぎてUFOが傾くからと、代わりにコリアのキムが同乗することになった。
 自分の意見が通ったので(ゴリ押し)キムは得意満面でUFOに乗りこんできた。トンスル酒とキムチでひとりで盛り上がって、銅像ができる度に「マンセー! マンセー!!」と歓声を上げてはしゃいでいた。
 自分はなにもしないでいい気なもんだ、しかもUFOの中がキムチ臭くてかなわん……と内心、Dr.ヤマダはそう思っていたが、怒らせてファビョられると厄介なので黙っていた。
 今回設置される宇宙人像のデザインについては、ロズウェルの同胞たちから、ジャパンのDr.ヤマダに一任されていた――。

 いつものように特大ピザを食べながら、ボブがテレビでベースボールを観ていたら、ナンシーが部屋に駆け込んできた。
「ボブ! 全米中が大騒ぎになってるわよ!!」
 テレビのチャンネルを勝手に変えられた。そしてテレビの画面に大きく映し出されたものは……!?
 ウルトラマンの銅像だった!!
 全米の公園のあっちこっちにウルトラマンの銅像が建っている。子どもたちは大喜び、地球人の家族たちが銅像のそばで記念写真を撮っている。

〔犯人は不明ですが、一夜にして全米中の公園に日本のヒーローの銅像が建ちました。これは子供たちにとって嬉しいプレゼントです〕
 マイクを片手に楽しそうに、実況するアナウンサーの姿がそこにあった。

「ナンシー……よ、俺たちは祖先の宇宙人の顔を知らないが、本当に、こいつでいいのか?」
「みんな喜んでるみたいだし、フレンドリーな宇宙人ってことで高感度UPよ!」
 自分たちが建てた銅像が全米中の注目を浴びる、そのことがナンシーにとっては嬉しいようなのだ。

《――これが、果たして宇宙人による、“銅像テロ”だったということに地球人が気づいてくれたか、どうか、かなり疑問なんだが……》

 ウルトラマンの銅像で〔完全否定〕された宇宙人の存在を再確認して貰えただろうか? Dr.ヤマダに一任したことを、ちょっぴり後悔していたボブだったが……。

 さて、気を取り直して、ピザでも食べようとしたら……いつの間にか、ナンシーに食べられて、ひと切れも残っていなかった。
「Oh my God!!」
 憤怒にボブの腕がプルップルッと激しく震えた――。


   ※ キムが銅像の下に〔 ウルトラマンの起源は我々宇宙人〕
     意味不明の張り紙を貼っていったことを追記して置こう。


― おしまい ―



by utakatarennka | 2017-02-08 11:53 | SF小説

くうそう脳 ⑤

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る

    第三話 国際宇宙人会議 ①

 【 宇宙人は存在するか、否か? 】
 
 この疑問は昔からテレビや雑誌で数多く取り上げられてきましたが、未だかつて、その結論が出ていません。
 どうでもいいようで、実はとっても気になる疑問なのです。(作者・談)

                            *

 アメリカ、ニューメキシコ州に住む平凡な農夫、ボブ・オズワルドにはとんでもない秘密があった――。
 ボブはカルフォルニアキングサイズと呼ばれる、直径45センチの特大ピザを食べながら、ベースボールをテレビ観戦するのが楽しみだった。
 身長190㎝、体重180kの巨漢ボブは、働くよりも食べることが大好きな、ぐうたら中年オヤジだ。
「ボブ! ちょっと聴いて大事な話なの!!」
 女房のナンシーが大声で喚きながら部屋に入ってきた。
 ピザとテレビにしか興味のないボブは女房の方を見ようともしない。
「今日、NASAは大変な発表をしたのよ。偉い科学者が『結論から言おう、我々人類が、宇宙人、すなわち地球外知的生命体と接触した事実は無い!』って言ったらしいの。それでね、結論として宇宙人は存在していないと認定されちゃったみたい」
 一気に捲し立てる女房の話に、無心にピザを食べるボブの手が止まった。
「……じゃあ、俺たちの存在は何なんだ?」
「ホント! バカにしてるわよ。地球人が私たち宇宙人を無視するなんて!!」

 何を隠そう!(すでにカミングアウトしてますが……)
 一見、アメリカの小市民に見えるボブ&ナンシーの夫婦は60年前に地球に不時着したUFO(確認飛行物体)乗組員の子孫だった。――いわゆる在米宇宙人3世なのである。
 彼らの祖父たちは遥か遠い宇宙からやってきた地球外知的生命体だった。
 アメリカの砂漠地帯に不時着した時にUFOは破損して、そのまま砂漠の砂中に機体を隠していたのだ。グレーと呼ばれるサイボーグを乗せた偵察用UFOが、派手に爆発して墜落したので地球人に見つかってしまったが、お陰で母船のUFOは発見されずに済んだ。
 宇宙人の祖父たちは地球に着いたらスパイ活動するために、地球人と全く同じ容姿に身体を改造していたので、ボブは自分たちの本来の姿さえを知らないのだ――。
 当然、地球人と同じ身体なのでボブは肥満とコレステロールと高血圧に悩んでいたが食べることは止められなかった。
 宇宙人だといっても特別な能力がある訳でもない。
 不時着した時に機内の機械類は壊れて母国の星とも連絡が取れなくなってしまい、資料も失われてしまったので、どんな目的で地球に飛来したのかさえ、在米宇宙人3世のボブには分からないのだ。
 彼らは母星にも還れない、宇宙の孤児でしかなかった――。

 ごく普通に見えるアメリカ人の中年夫婦ボブ&ナンシーだが、辛うじて宇宙人としてのプライドだけは持っている。自分たちの存在をNASAが公式で〔完全否定〕した件には、さすがにカチンと頭にきた。
「ナンシー、この件をジャパンのヤマダやコリアのキムは知ってるのか?」
 宇宙人の仲間は全世界に散らばっており、約15名のロズウェルの同胞がいる。
「さっき、同胞たちから次々と通信があって、みんな困惑しているみたいよ。俺たちの存在を〔完全否定〕されたと怒ってるわ」
「分かった! 明日の夜、ここで会議をするので世界中にいるロズウェルの同胞たちに集合の通信を送っておいてくれ!!」
 そう言い放って、ボブはピザの最後のひと切れを食べようと手を伸ばした、その瞬間、女房のナンシーにピザを横取りされてしまった!
 悔しさに、ボブの巨体がブルッと震えた。

 翌日、世界中から宇宙人たちが自家用UFOでやってきた。
 彼ら全員地球生まれで、すっかり地球人として同化して生きている宇宙人たちなのだ。だが、今回の宇宙人をないがしろにしたNASAの〔完全否定〕発表にはたいへん不満だった。何とかして自分たちの存在を全地球に知らしめたいと思っていた。
 そして、砂漠に埋まった母船UFOの中で〔国際宇宙人会議〕が開催された。
「ロズウェルの同胞の諸君! 我々、地球在住の宇宙人としては今回のNASAの宇宙人〔完全否定〕発言は遺憾であります」
 アメリカ支部のボブが会議の議長を務める。
「ハイ、議長!」
「ドイツ代表アドルフ君どうぞ」
「NASAの調査によると、『無限に広がる宇宙で、生命が生まれ、同じ時系列上で、他の知的生命体とコンタクトを取れる程に進化する確率は0.000002%程である』それであの宇宙人〔完全否定〕という結論に至ったのであります」
「それは単に確率の問題だけじゃないか!」
 ロシアのイワンが不満そうに口を尖らせた。
「ところが我々はこうして昔から地球に住んでいるのだ。そのことに気づいていないのは愚かな地球人の奴らの方さ」
 イギリス人のブライアンはフフンと冷笑した。
「我々はNASAに謝罪と賠償を請求するニダ!」
 コリアのキムが気炎を吐いた。
「そもそも地球人たちに、存在を隠し続けた我々にも非があるんじゃないかなあ……」
 ジャパンのヤマダはいつも自責の念が強い。
「もう隠すのは止めて、我々は存在をアピールすべきでアル!」
 チャイナのリーが宇宙人の存在を、地球人にアピール宣言しようと言ったら、その意見にロシアとフランスとインドも同意した。
「先日、ロシアに落ちた隕石を撃ち落としたのは我々だ。地球のために我らは日夜働いているのだ。それなのに〔完全否定〕とは許せん! 宇宙人の存在を全世界に発信しよう!!」
「ちょっと待ってよ! 俺たちは地球人として暮らしているんだぜぇ。今さら素性がバレたらマズイよ。女房に俺が宇宙人だなんてしれたら……気持ち悪いって離婚されちゃうよ」
 イタリア人のフランコにとって、素性を明かすことは死活問題なのだ。
「会社もクビになるかも知れない。今の土地に住んでいらないぞ!」
 カナダとトルコとアルゼンチンがざわつき出した。
「損になることはお断りよ」
 スイス人の女性クララが計算機をたたきながら渋面でいう、彼女はお金にはシビアなのだ。
「う~ん。確かに『私たちは宇宙人です』とは世界中に発信できないわ。だって宇宙人だってことで弾圧されるかも……」
 ナンシーが不安そうに呟いた。
「……だよね、俺たちには今の生活や家族がいるんだから」
 カナダのジョンは大きな農園を経営している。
 しっかりと地球に根をはった彼らの暮らしぶりに、今さら宇宙人だとカミングアウトしても、マイナスの要素しかないのだ。

『宇宙人はいるんだけど、いないように見せかけて、やっぱりいた。表の裏はリバーシブルだったという事実』

 ――自分の思考にひとり悦に入っているボブだった。
 それにしても……昨夜、女房に食べられたピザの最後のひと切れは痛恨の思いだったと、ボブの肩がブルッと震えた。

「それじゃあ、地球にも宇宙人がいるんだという、何か証拠を見せるとか……」
 ヤマダが思案顔で語ると、いきなり横から。
「アメリカ中の公園に、我々の偉大な先祖の銅像を建てるニダ!」
 銅像好きのキムが叫んだ。
「えっ? 銅像!?」
「そうニダ! 我々の存在を銅像でメモリアルにするニダ!!」
「ええ――――!?」
「するニダ! するニダ!!」
 最後はキムのゴリ押しで銅像案が決定されてしまった――のだ。



by utakatarennka | 2017-02-07 11:38 | SF小説

くうそう脳 ④

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る

    第二話 星の船

 ――20XX年
 真っ暗な宇宙空間に浮かぶ銀色の宇宙船『アドベンチャーシップ号』火星移住者用の連絡船である。年に2回、地球と火星の往復をしている。
 この船の乗員たちは、もう二度と地球には帰らないことを覚悟して乗船してきた者たちである。火星移住計画は各国が協力し合って、約20年前から始まっていた。すでに火星には、立派な住居用コロニ―があり、その中では自給自足しながら、約10万人近い地球人がそこで暮らしている。
 レイラは黒い髪と瞳を持つアジアン系の娘である。今年20歳になったばかりの彼女は、たったひとりで火星移住船に乗っていた。
 火星移住船『アドベンチャーシップ号』に乗船するためには、必ず誓約書を書かされる。それには「二度と地球には戻れない」という条件付きだった。当然、レイラの両親と友人たちは泣いて、怒って、必死でレイラの火星移住を反対したが、彼女は頑として受けつけなかった。
 レイラには誰にも言えない。――秘密があったのだ。

 JAPAN・エリア38に住むレイラは、ごく普通の女子大生だった。
 勉強よりも親より大事なモノがある。それは年頃の女の子なら誰でも一番大事な存在であろう。そう、それは『恋人』の存在だった。
 同じ大学に通うケンタとは学部の研究チームで知り合った。彼も同じアジアン系でJAPONの血が濃い。ふたりは知りあって間もなく深く愛し合い、この人とは人生を共に歩む『運命の人』だと、そうお互いに思い合っていた。
 ――ふたりには夢があった。
 結婚したら、ふたりで火星移住すること。火星のコロニーで『遺伝子工学』の研究をしたいとケンタは希望していた。大学の研究チームでは、極秘に人類の遺伝子DNA操作の研究をしている。それは遺伝子DNAを細胞から取り出し人工的な操作を加え、それを利用して、遺伝子産物〔タンパク質〕を細胞につくらせる技術である。
 遺伝子組み換えなど、優秀な遺伝子DNAを選び出し、遺伝子操作を行い、体力・知力・免疫力・容姿など優れた人類を生みだすための研究なのだ。
 宇宙のいかなる環境に順応できる『新しい人類』を創ることがケンタの夢だった――。

 20XX年、地球は不穏な時代だった。
 世界の流れが大きく二つに分かれていた。ユーロを貨幣に統一されたヨーロッパ諸国とアメリカ、オーストラリア、日本とアジアの諸国が一つになり『地球統一国家』を創ろうという動きがあった。――しかしアジアの大国C国と北の強国R国だけが、イデオロギーの違いから反目して独自の路線を進んでいた。
 特にJAPONと隣接するC国は領土問題で小競り合いがあり、最近ではテロも多発していた。特に、C国のテロは同じアジア人種なのでカモフラージュも上手く、あらゆる公共施設内で度々テロを仕掛けてきていた。
 しかも意図的に若年層をターゲットにしているようで、学校や遊園地など子どもや若者が多く集まる場所に、時限爆弾を仕掛けるという卑劣ぶりである。
 その日も午前中の講義が終わり、いつものように、レイラとケンタは大学の食堂で仲良くランチを食べていた。他愛ない冗談で笑い合って、短い休憩時間を恋人と一緒に楽しんでいた。それはふたりにとってありふれた日常だったのに……。
 悲劇は突然起こった!
 いきなり閃光を放って、耳をつんざくような爆音が建物の中に轟いていった、ふたりはもの凄い爆風に飛ばされた。その瞬間、ケンタがレイラを庇うように強く抱きしめてくれたのだが……。

 気がついた時、レイラの身体の上にずっしりとした重みが覆い被っていた。
 それは血まみれの肉布団と化したケンタだった。大学の食堂内は瓦礫と死体に埋もれていた、やがて、火の手が上がった。建物のあっちこっちで赤い炎と白い煙が充満して、まさに地獄絵図のそのものだった。
 レイラに被さったケンタの上には、飛んできたコンクリートの壁が乗っていて、その重みで動けなかった、早く逃げないと煙に巻かれて焼け死んでしまう。

「ケンタ! ケンタ! ケンタ!」
 レイラは泣き叫んで呼んだが、ケンタには意識がなさそうである。
 大声で叫ぶレイラの声にレスキュー隊員が駆けつけて救助してくれたが、火の回りが早くて瀕死のケンタまで助けられなかった。
 レスキュー隊員によってレイラが外に運び出された。まさに数分後、大騒音と共に大学食堂の屋根が崩れ落ちた。その瞬間、取り残された人々全員の死亡が確定された。――ケンタもその内のひとりだった。
 最後に崩れ落ちていく……建物の中から、ケンタの声が聴こえたような気がした。
 運ばれた病院のベッドでレイラは泣いた。
 自分ひとり助かっても、ケンタがいないのなら、死んでしまった方がマシだったと……レイラは泣きじゃくった。
 病院のベッドで数日間、泣いたり、呆けたり、ケンタの後を追うことばかり考えていたレイラだったが、ケガが回復してくると次第に落ち着きを取り戻してきた。

 ――入院中、レイラは何度々もケンタの夢を見た。
 夢の中で、ケンタはなにか言いたげに、いつも自分の研究室のロッカーの前に立っている。『新しい人類』を創るのがケンタの夢だった、そのために日夜研究し続けていた彼は、志半ばで卑劣なテロに命を奪われたのだ。
 ケンタのその無念を思うと、このまま自分まで死んでしまってはいけないのだとレイラは考え始めていた。
 夢の中でケンタが自分にメッセージを送っているのだと思った。研究室のロッカーの中に、なにか秘密が隠されているのかもしれない。
「ケンタ、そこになにかあるのね?」
 あれだけの大惨事にも関わらず、レイラの傷は大したこともなく、二週間ほどで退院することになった。
 きっとケンタが守ってくれたお陰だわ、爆風で飛ばされた時、とっさにケンタが自分を抱きしめて、飛んでくる瓦礫からこの身を守ってくれたのだ。
 こうして生きていられるのはケンタの犠牲があったからこそ、だから自分の命を粗末にするようなことは決してしない。ケンタへの感謝の気持ちを、レイラは死ぬまで忘れないと心の中で誓った。
 退院した日、レイラはその足で大学の研究室へ向かった。
 どうしても気になる、ケンタのロッカーを開けてみたかったのだ。そこにいったいなにがあるのだろうか? 
 カードキーとパスワードは、ケンタから以前に預けられていたので分かっている。レイラは恐る恐る、カードキーを挿入して、パスワードを打ち込んだ。

 ロッカーの中には小型の冷凍保存瓶が入っていた。
 ――冷凍保存瓶には『実験サンプル・ケンタ』とラベルが貼ってある。
 その中には試験管に入った精子が冷凍保存されていた。これはケンタが実験していた遺伝子操作された、ケンタの精子に違いなかった。
 彼は非常に優れた研究者で独自の研究を展開させて、その最終段階として自分の精子に遺伝子操作を行い、後は、それをレイラの子宮で卵子に受精させて実験の成果を確認する段階まで出来上がっていたのだ。
「――この試験管の中には、ケンタの遺伝子と彼の実験成果が入っているんだわ」
 躊躇することなく、レイラは大学の研究室から冷凍保存瓶を盗んだ。
 覚悟を決めて! レイラのやることは決まっていた。その足で『火星移住センター』に行き、火星移民の手続きにおこなった。
たった、ひとりで移民を決意してやってきた若い娘に、移民センターの職員は驚き、思い止まるように諭されたが、火星にフィアンセが住んでいますからと、嘘をついて火星移民の手続きを完了させた。
 後は、火星移住船『アドベンチャーシップ号』の出港日を待つだけだった。
 ひとりで火星の旅立つレイラに両親と友人たちは、最後の最後まで引き留めようと説得し続けたが、レイラの決意はダイヤモンドよりも硬かった。

 ついに『アドベンチャーシップ号』の出港日――。
 娘の旅立ちに、悲観に暮れて泣く母の声を背に……レイラは凛として、宇宙船に乗り込んでいった。――もはや、彼女の意志を遮るものはなにもなかった。
 やがて発射台から飛び立った、宇宙船『アドベンチャーシップ号』は大気圏を抜けて、宇宙へと航海の旅が始まった。
 宇宙船の窓から、青い地球が眼下に見える。そして段々と小さくなっていく――。
 もう二度と戻れない、母なる地球にレイラは最後の挨拶をした。

「さよなら、地球……」

 そう呟いて、宇宙服の中の自分のお腹をさすってみる。
 出港の数週間前にレイラは極秘で体外受精の手術を受けてきた。ケンタの精子はレイラの子宮で卵子と結合して着床していた。まず、レイラの妊娠は確認できている。
 妊婦や病人は火星移民船に乗れないので、出港前の健康診断が済ませてから、体外受精の手術を受けたのである。――だからレイラの妊娠を誰も知らない。
「ひとりぼっちじゃないわ。あなたがいるから……」
 もう一度、愛おしげにお腹をさする、そこには新しい生命が宿っている。

「ふたりの赤ちゃんが火星で生まれるのよ」

 暗黒の宇宙を航海する、宇宙船『アドベンチャーシップ号』目指すは、赤い惑星マース。

「ケンタ、あなたの夢を火星で叶えてみせるから……」

 希望を抱いて、幸せそうにレイラは目を瞑った――。


― eternity ―

くうそう脳 ⑤ へ続く

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カクヨム 
泡沫恋歌 『くうそう脳』



by utakatarennka | 2017-02-06 20:14 | SF小説

くうそう脳 ③

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る!

    第一話 タイムマシン ③
 

 いくつかの時空の壁を越える衝撃で、いつの間にか気を失っていたようだ。

 ここはどこだ? 
 気が付いたら、俺たちはうっそうシダが茂るジャングルのようなところに着地していた。なんだかやけに静かだ、不思議なほど生き物の声が聴こえてこない。
 見たこともないようなヘンな草が生い茂っている。ここは浅い川か、沼地のようで足元に水が流れている。空気がどんよりと重く息苦しい、なんとも気味の悪い場所だった。
「おいっ、ここはどこだよ」
「今、調べていますが、重量オーバーでタイムマシンが誤作動したようです」
 携帯型タイムマシンをピッピピッと打ちながらG4が探っている。それにしても、こんな風景は世界中どのジャングルの風景にも見たことがない――。

「えっええぇぇぇ―――!」
 いきなり素っ頓狂な大声で叫んだ。
「どうしたんだ!?」
「こ、ここは3億6500万年前のデボン紀後期の地球です!」
「なんだ、そりゃあ?」
「まだ、地上に生物がいない頃の地球なのです。古生代の地上なんて、タイムマシンできた未来人はまだいませんよ!」
「それで俺たちは帰れるのか?」
「一応、SOSの救護通信は送りましたが……それよりもマズイことが……」
「なんだ?」
「古生代の空気の中には亜硫酸ガスが含まれていて人体に危険なのです」
「なんだとぉー!? このままでは死んでしまうじゃないか!」
「ええ、大変危険です」
「おい、俺にも毒ガスマスクをよこせー!」
「ダメです! ひとつしかありませんよ」
 その言葉をきいた途端、俺はG4が付けている毒ガスマスクを狙って襲いかかった。だが、G4は指先から青白い光線を出して抗戦してきた。――こっちには武器がない。
 普通に組み合ってケンカしたら、未来人のG4よりも俺の方が腕力は勝っているはずなのに、ちくしょうめ!
 武器を探して、見渡すと水辺からムツゴロウの親分みたいな50~60㎝くらいの魚が、ヨチヨチと陸に向かって這い上がってきている。
 よし、こいつだ! ムツゴロウの親分をむんずと掴んで、俺はG4に向かって投げつけた。間一髪でG4は光線で魚を焼き殺した。クッソー!
「止めなさい! こんな時代の生物を殺したら時空の流れが狂ってしまう」
「そんなこと知るか、毒ガスマスクを寄こさないとこいつら投げるぞー!」
 俺はもう一匹投げようと水辺を見渡したら、他のムツゴロウたちは水の中へ逃げかえった後だった。
「こ、これはアカンソステガではないですか!?」
 焼けた魚の残骸を見てG4が大声で叫んだ。
「ああ、大変なことをやってしまった! アカンソステガは、初めて水から地上に上がって両生類になった生物です。この後どんどん進化を辿り、哺乳類にまでなっていったのです。いわば人類の祖先のようなものです。そのアカンソステガをわたしは殺してしまった。――そのせいで、他の仲間が水の中にかえってしまった!」
 そういうとG4は頭を抱えて地面にうっぷした。

『人類の進化が大きく狂ってしまう!!』

 そういい残して、G4の姿がスッと消えてしまった。
「おい、どこへ行ったんだ?」
 キョロキョロ見回したが、たった今までそこにいたG4の影も形もない。
「俺に毒ガスマスクを……」
 そう言い終わらない内に、俺の姿もスーッと消えて無くなった――。

  古生代に、アカンソステガが地上に上がらなかったために、人類へと進化しなくなってしまった。

  ――かくして、未来の地球は恐竜たちの星となった。
 


― おわり ―

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カクヨム 
泡沫恋歌 『くうそう脳』



by utakatarennka | 2017-02-05 21:59 | SF小説

くうそう脳 ②

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る!

    第一話 タイムマシン ②
 

 ――そして話は戻る。

「今日、あなたロトシックス買ったでしょう?」
 いきなりG4が俺に訊ねた。
「ああ、買ったけど……それが?」
「困るなあー、そういう宝くじとか、一攫千金を狙うようなものを買われては……」
 迷惑そうな声でG4がいう。
「消去させて貰いますよ」
「ええーっ! なんでだよう?」
「それは当り券です」
「な、な、なんだって! それは本当かー!?」
 G4の言葉に耳を疑った。
 まさか6億円が当たっているなんて……やっと運が向いてきた。俺は億万長者だ! 一生遊んで暮らせるぞっ!!
 ――と、喜んだのも、つかの間。G4の指先から青白い光線が出て、机の上に置いてあったロトシックスの引換券が一瞬にして灰になってしまったのだ。――俺の6億円の夢が無残にも消え去った。

「ちくしょう! 何てことをするんだ。俺の6億円を返せぇー!!」
 白い灰になった6億円の紙切れを握って、俺は怒りの抗議をした。
「そんな大金を手に入れたら、あなたが目立ってしまうじゃないですか」
「なんで、こんなヒドイ目に合わされなくっちゃならないんだ。おまえ、さっき俺の生涯サポートって、言ったよなぁ? いったい俺のなにをサポートしてくれてるんだ!?」

「あなたが目立たないように、有名にならないように、幸せにならないように、しっかりとサポートしております」
「はあ……」
 G4のいった、その言葉に俺は絶句した。
「じゃあ、俺が受験に失敗したのも、仕事が窓際になったのも、出版ができなかったのも……全部おまえの仕業か!?」
「ハイ! しっかりサポートしました」
 誇らしげな声でG4が答えた。
「この野郎! ぶっ殺してやる!」
 俺はG4に殴りかかろうとしたが、ベルトに付けたスマートフォンのような器具を触るとG4の周りに丸い透明のシャボン玉のようなバリアーが一瞬にしてできた。
 ブチ切れた俺はシャボン玉バリアーを拳で殴ったり脚で蹴ったがまったくビクともしない。
「クッソー! みんなおまえのせいだったんだ。俺の大事なところが肝心な時にショボーンなのも、おまえの仕業だったのか?」
「――申し訳ありませんが、下半身に〔ショボーンブロック〕を、かけさせていただいております」
「やっぱり、そうか……うっうっうう……」
 情けなくて……、思わず泣き出した俺。
「おツライ気持ちは分かりますがね、勝手に死んだりしないでくださいよ。あなたに死なれるとわたしの仕事の評価が下がるんです。前にも38階のマンションの屋上から飛び降りたでしょう? 間一髪でキャッチできましたが、危ないところでしたよ」
「あのとき、おまえが助けたのか?」
「もちろん、そうです。生涯サポーターですからね」
「……俺は死ぬこともできないのか? どうして俺がこんな目に合わされるのか、理由を教えてくれ!」
「いやねぇ、あなたはハーフなんですよ」
「日本人じゃないのか?」
「いえいえ、そういうハーフじゃなくて、未来人と現在人のハーフだから……。本来、存在してはいけない人間です」
 とんでもないことをG4が言いだした。
 未来人と現在人のハーフってことは、本当にタイムマシンは発明されていたのだろうか? 時間旅行者との間に生まれた人間なのか? この俺は……。
 そしてG4から信じられない話を聞くことになった。

「わたしは25世紀からきました。その時代には誰でもタイムマシンで時間旅行ができるんですよ。あなたのお父さんの未来人は、タイムマシンの着地地点を間違えて道路の真ん中に降り立って、たちまちトラックに轢かれて病院に運ばれました。そのときタイムマシンは大破して、おまけに頭を打って彼は記憶喪失になってしまったのです。半年間、病院で暮らした彼はその病院の看護師と親しくなり、退院後、ふたりで一緒に暮らし始めたのです。――そのときに生まれたのがあなたですよ。本来、未来人と現在人は結婚できないし、ましてや、子どもを作るなんてトンデモナイ! そんなことをしたら、未来の歴史が変っちゃいますからね」

 俺の親父が未来人? 
 信じられないような話にどう応えていいのか分からない。ただ言えることは、ドジな親父のせいで、重い十字架を俺が背負わされる羽目になったということだ。
 ひと言、クソ親父に文句を言わないと俺の気が済まない!

「我々の発見が遅れて、生まれてしまったあなたは未来と現在がリンクしてできた〔時空の落とし児〕です。存在してはいけない存在なのですよ。以前は、生まれる前に命を抹消されました。しかし、それは残酷だと未来の人権団体に非難されてなくなりました。その次は生まれても〔時空の落とし児〕は、世間と接触させないために、一生、精神病院か、刑務所暮らしでした。――それも、人権団体にあまりに可哀相だと言われましてね。そこで、わたしのような生涯サポーターを、ひとり専属につけて〔時空の落とし児〕には、歴史を変えたりしないように、目立たない日陰者の人生を歩ませることになったのです」

 G4の長い説明を聞いて、俺のツイテナイ人生の理由がやっと分かった。……とは言え、こんな冴えない人生を死ぬまで生きなくてはいけないかと思うと、この先、暗澹たる気分だ。

「じゃあ、俺は一生飼い殺しか?」
「いいえ、生き殺しです。生きていても死んでいるのと変わりませんから――」
 クックックッとG4が鼻を鳴らして嗤った。
 人を小馬鹿にしたG4の態度に、こいつを殴ったろうかと思ったが、シャボン玉バリアーに阻まれて触れることもできない。こんちくしょうーめ!

「こんな風に〔時空の落とし児〕の規制が厳しくなったのは、タイムマシンを開発した23世紀の奴らのせいなのです。人類は23世紀末にタイムマシンを発明します。その頃の地球は資源を使い果たして空っぽ状態だった。遥か宇宙にまで資源を求めて宇宙船を飛ばしましたが、リスクばかり高くて、思うように資源開発もできない状態でした。――そこで考え出したのが過去の地球へ行って資源を採ってくることです。タイムマシンでジェラ紀まで行って、思う存分、資源を掘り起こし、森林を伐採し、ジェラシックパークまで作って、23世紀の奴らは恐竜をゲーム感覚で狩りまくったのです。そのせいで……」
 そこまで話してG4は、ハァーと大きく溜息を吐いた。

「どうなったんだ?」
「――地球上の恐竜が絶滅してしまったのだ」
「なにぃー? 地球に隕石が落下したのが原因だと言われているけど、それ違うのか?」
「違います! あれは23世紀の奴らが流したデマ説で、本当は恐竜の乱獲が原因なのです。それ以外にも、タイムマシンでいろんな時代に行き、神やら、魔法使いや預言者になった未来人もたくさんいます。ほら、あのノストラダムスもそのひとりですよ」
 知らなかった! まさか、未来人がそんな頻繁にタイムマシンで時空を行ったり来たりしていたとは……それは驚くべき事実だった。

「それで時空の流れが乱れちゃったので、タイムトラベラー社を発足して時間旅行者たちをきびしく取り締まるようになったのです。【 規則第一条、未来人はその時代の人間たちと接触してはいけない 】でした。誤って未来人と現在人との間に子どもができたら、未来の流れが狂ってしまうので、あなた方〔時空の落とし児〕は、目立ったり、有名になったり、もちろん家族を持ってもいけません。……だから天涯孤独に死んで逝ってください」

「俺は一生結婚しても、家族を持ってはいけないのか、それで恋人も消えたのか?」
「ハイ、彼女はあなたとの記憶を全て消去して、新しい町で暮らしていますよ」
 突然、彼女が消えたのはこいつの仕業だったのか。
「――そうか、それで彼女が幸せなら俺はいいんだ」
 頬に温かい雫が伝っていく。
 俺なんかに関わったせいで……彼女もそんな目にあっていたんだ。たぶん、俺のおふくろも同じように記憶を消されて、どこかで暮らしているんだろう。
「あなたの人生は誰ともリンクしてはいけないのです」
 ああ、なんて悲しい運命だろう。
「それじゃあ、何のために生まれてきたのか分からない……」
「生まれてきたこと自体が間違いでした」
 と、G4がこともなげにいう。
 この野郎、人の気も知らないで……このまま、生きていたって夢も希望もない俺の一生――。もう、こんな生活はイヤだ! 
 タイムマシンなんか発明した未来人が心底憎いと俺は思った。

「おやおや、すっかり話し込んでしまいました。わたしは多忙なのです。じゃあそろそろ、おいとましますね」
 そういうとG4は、腰に提げた携帯型タイムマシンのスイッチをピッピピッと押して操作をし始めた。
「タイムマシンが消えて、3分後にわたしとしゃべったことは、あなたの記憶からスッカリ消去されますから……では、ご機嫌よう!」
 ブゥーンと空気が波動する音がして、タイムマシンが動き出したようだ、その瞬間、シャボン玉バリアーが解除された。
 その隙を俺は見逃さなかった――。突進して、G4の身体に抱きついてやった。
「わわっ、何をするんですか? 離してください! タイムマシンが発進しますよ」
「俺も未来に連れていけ、こんなところはもう真っ平だぁー!」
 いきなり抱きつかれて、G4は目を剥いて泡喰っていた。
「ダメです、離れてくださーい!」
「イヤだ、イヤだー!」
 もがいてG4は引き離そうとするが、この俺は必死にしがみ付いて絶対に離れるものか! このままタイムマシンで未来まで一緒にいくんだ。
 きっと、未来の世界は薔薇色に違いない!

 ――そしてタイムマシンは、俺たちを乗せて時空の彼方へ旅立った。


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カクヨム 
泡沫恋歌 『くうそう脳』



by utakatarennka | 2017-02-04 21:47 | SF小説

くうそう脳 ①

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未来は今、
あなたの頭の中を駆け巡る!

    第一話 タイムマシン ①

 ガンガラガッチャーン!
 真夜中に俺の住む、1Kのアパートにものすごい騒音が鳴り響いた。
 びっくりした俺はベッドから転がり落ちて目を覚ました。なにが起きたのかとキョロキョロと部屋の中を見回せば「痛たたぁ……」と、腰をさすりながら、見知らぬ男がうずくまっている。
 その男は白い防護服のようなものを頭からスッポリと被り、口には毒ガス用のマスクまで付けている。
 いったいこいつは何者なんだ? 新手の空巣か? 呆気にとられて俺は言葉も出ない。

「いやぁー驚かせて、すみません。タイムマシンの調子が悪くて着地に失敗しました」
 そういうと、男はクックックッと機械音のような耳触りな声で笑った。
「タイムマシンだって……?」
 こいつはバカか? 電波君か? 
 いきなり意味不明なことをしゃべり出したこの男を怪訝な顔でみる。
「さぞ、この格好にも驚かれたでしょうね。21世紀の日本は、空気中に放射能やセシウムが含まれていて、かなり危険なんですよ。まったく仕事とはいえ、こんなところには来たくないですねぇー」
 得体のしれない男は、俺に親しげに話しかけてくるがもちろん初対面である。――そんなことは知るか、早く俺の部屋から出ていけ!
「申し遅れましたが、わたくしはタイムトラベラー社の委託で、あなたの生涯サポートを務めさせていただいております。――G4と申す者です」
 タイムトラベラー社って時間旅行社ってことか? そんな会社がある訳がないだろう。しかも俺の生涯サポートだと!?
 その言葉にムカッときた俺は、そいつを思いっきり睨みつけやった。

 ――俺はツイテナイ男だった。

 孤児に生まれついた俺は両親の顔すら知らない。
 物心ついてから、ずっと児童養護施設で育てられてきた。神童と呼ばれるほど、勉強が得意だった俺は一流大学を目指して勉強に励んだが、なぜか本番に弱く、受験に失敗して二浪してしまったのだ。それで仕方なく、大学の夢を諦めた。

 高卒だったが、辛うじて中小企業に就職ができた。
 営業部に配属された俺は人一倍仕事を頑張ってきたつもりだ。最初は営業成績をどんどん上げて、我が社の期待のホープとかみんなに言われていい気になっていたが――それがどういう訳か? 大口の契約が取れても、土壇場でいきなり先方からキャンセルされることが多くなった。
 先方に理由を訊きに行っても会っても貰えず、門前払いされた。そんな失敗が何度か続いて……社内での俺の信用はガタ落ちになった。
 無能の烙印を押された俺は、営業部から外されて、今度は資材部に回された。
 薄暗い工場の倉庫の中で物品の数をかぞえたり、不足した部材を発注するだけの仕事だから、一日中、誰とも口を利かないこともある。完全に窓際ポジションだった

 ――そんな孤独な俺は、趣味で小説を書き始めた。
 資材部の仕事は暇なのでアイデアを考えている時間はいくらでもあった。たぶん妄想の世界で自分自身を慰めようとしていたのかもしれない。
 毎日、毎日、パソコンに向かって小説を書き続けた。俺のホームページにはだんだんと読者ファンが増えて、小説を書くことが楽しくなった。
 ある日、ホームページの小説が一流出版社の編集長の目に留まった。
 俺の作品を読んで「素晴らしい芸術作品だ!」と絶賛してくれた。そして無料で本の出版させてくれると約束してくれたのだ。やっと才能が認められた! 俺は小躍りして喜んだ。――それなのに、その編集長からぜんぜん連絡がこない。
 焦れて「出版の件はどうなりましたか?」こちらから電話したら「はぁ? あんた誰? 出版なんか知らない」と軽くあしらわれた。
 あまりのショックに、俺はもう小説が書けなくなってしまった。
 書きかけの小説もホームページもずっと放置したまま、訪れる人がいなくなって、ついに創作を断念した俺は、自分のホームページを閉じてしまった。

 ――いくら頑張っても、俺の存在を誰も認めてはくれない!

 結局、なにをやっても上手くいかない、自暴自棄になった俺は深酒をするようになった。友だちのいない俺は、コンビニでアルコールを買ってくると、アパートの部屋でひとり飲んでいた。
 アルコールが切れると、すぐにコンビニに走り買ってくる。――そんな日々が続いたある日、コンビニで働く彼女が、俺の様子をみに訊ねてきてくれた。
 彼女は美人ではないが、心根の優しい女性である。
 俺が頻繁にアルコールを買いにくることを心配してくれていた。彼女と話している内に俺の心も癒されていき、だんだんと深酒もしなくなってきた。
 その内、彼女は俺のアパートに頻繁に通ってきて、食事を作ってくれたり、身の周りの世話を焼いてくれるようになった。
 そんな彼女のことが俺は好きになり、真剣に結婚を考え始めて、ついに彼女にプロポーズしたのだ。
 彼女は「嬉しいわ」と、俺の気持ちに素直に応えてくれた。俺は有頂天だった! 今度こそ、愛する女性と幸せになってみせると心に誓った。

 しかし……俺には誰にも言えない秘密があった、実は女性とセックスができないのだ。決して女性が嫌いな訳ではない、ゲイでもなんでもない。――なのに、肝心なときに俺の下半身はショボーンな状態なのだ。いくら興奮しても振るい起たないのだ。
 (´・ω・`) ショボーン

 もちろん、医者にも相談した「ストレスでしょう……」というばかりで、抜本的な治療法もない。このままの状態では結婚はできないし、子どもも作れない。
 ――男として、俺は不能だった。
 けれども、俺は勇気を出して――そのことを彼女に告白したら「子どもが作れなくてもいいの、あなたと暮らしたいから、それでも幸せなのよ」と、彼女が言ってくれた。そして将来どうしても子どもが欲しくなったら『試験管ベイビー』だって構わないわよ。……と、そういって彼女が優しく微笑んだ。
 まさしく女神のような女性だ! 俺は彼女だけは死んでも手放したくないと思っていた。

 そんな彼女が突然いなくなった――。
 勤めていたコンビニも急に辞めて、どこかへ姿をくらませてしまった。俺は捜した、どんな小さな心当たりでも全て捜した、彼女を必死で捜し続けたが……結局、見つけだすことはできなかった。
 サヨナラも言わないで、急に消えてしまった恋人の気持ちが分からず、俺は混乱して心底絶望した。――もう死んでしまいたいとそう思った。
 その夜、したたかお酒を飲んだ俺は38階建てのマンションの屋上からスカイダイビングした。遺書は書かなかったが覚悟の自殺だった、ツイテナイ人生に俺はサヨナラしたかったんだ。
 鳥のようにビルから急降下していく――。
 ……だが、気が付いた俺は……マンションの植え込みの中で眠っていた。かすり傷ひとつない、ピンピンしている。確かに38階の屋上から飛び降りたはずなのに……死んでいないなんて……? そんなバカな! あれは夢だったのかな?
 なんだか拍子抜けして、それですっかり死ぬ気が失せてしまった。

 あれから半年、やっと平静を取り戻した俺は、相変わらず倉庫の片隅で物品の数をかぞえる仕事をしているのだ。――死んでいるのか、生きているのか分からない、夢遊病者のような日常、なんの希望もない今の生活だった。
 今日、会社の帰りに通りかかった宝くじ売り場でロトシックスを買ってみた。
 会社の同僚たちが、キャリーオーバーでロトシックスが賞金6億円に跳ね上がっていると話していたからだ。どうせ、当たらないとは思うけど……何でもいい、小さな希望が今の俺には必要だった。
 マークシートに番号を選んで塗り潰していく、頭に浮かんだ数字は375642(皆殺しに)そんな番号をロトシックスに俺は選んだのだ。


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カクヨム 
泡沫恋歌 『くうそう脳』



by utakatarennka | 2017-02-03 21:58 | SF小説