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カテゴリ:ミステリー小説( 60 )

さつじん脳 ⑤

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!


    第三話 とりかえっこ ②

 有馬家に着いて僕が駐車場にBMWを停めていると、先に降りていた兄が五百坪はある屋敷の敷地をぐるりと眺めて「これは全部、おまえ一人で相続したのか?」と訊いてきた。「そうだ」と答えると、「おまえは運がいいよなあー」と恨みがましい言い方をされた。
 二十年前、あの時〔とりかえっこ〕を止めよう言った僕に「これは遊びじゃない」と突っぱねたのは兄の方だったくせに、そのことを忘れて、自分だけ貧乏くじを引いたみたいな顔をされたら堪ったもんじゃない。――内心、僕はムッとしていた。
 屋敷の玄関を開けて中に入る。
「なあ、和久。住む所に困っているんだ。こんな広い屋敷だし俺もここで暮らしてもいいか?」
「兄さん、明日からしばらく僕は旅行だから無理だよ。通いの家政婦さんとお手伝いさんにも暇を出したくらいだから……」
「――そうか、長い旅行なのか?」
「たぶん、三ヶ月くらいかなあ……」
 屋敷の中の長い廊下を通って、兄を部屋に案内した。
 広々としたリビングには黒い革張りの応接セットとホームバーのカウンターがある。生前、お酒が好きだった父親が世界中から集めた銘酒の瓶が棚に飾られている。
「おおー、すげえ! 高そうな酒ばっかり置いてる」
「僕はあまり飲まないから好きな酒を飲んでもいいよ」
「そうか、それは有難い」
 物欲しそうな顔で兄は棚の酒類を見ていたが、
「あっ! あれは?」
 ひとつの瓶を指差した。
「ドン・ペリニヨンだよ。特別の日に飲むシャンパンで、ヴィンテージもの」
「飲んでみたい!」
「これはドンペリの中でも最高級品エノテーク・プラチナだよ」
「飲みたい、飲みたい!」
 子どもみたいにはしゃぐ兄だった。
「――じゃあ、二十年振りの兄弟再会を祝してドンペリを開けるとしようか」
 ポンッと威勢のよい音を立ててコルクが天井に飛んだ。
 バカラのシャンパングラスにドンペリを注いで「乾杯」とグラスをカチッと当ててから僕らは一気にグラスを煽った。

「プハーッ、うまい!」
 高級なシャンパンも品のない兄が飲むとチューハイにしか見えない。
 しかも、いつの間にか兄は僕の手からドンペリの瓶を奪い、口に咥えてラッパ飲みをしていた。こんな下劣な人間が飲むには勿体なさ過ぎるお酒だが、――そんなことは構わない。
「なあ、和久。俺とおまえは双子なのに、おまえだけ贅沢な生活をして不公平じゃあないか。同じ父親なのにおまえはセレブで俺はどん底の生活なんて……」
 酔いが回ってきたせいか、兄がぐちぐちと文句を言い出した。
「俺はガキの頃、お袋の男に殴れたり蹴られたりして散々な目に合ってきたんだぜぇー」
「……兄さん、百万円取ってくるからここで待っててよ」
 そんなことは僕の知ったことじゃない。リビングに兄を一人残して僕は部屋から出て行った。
 二十年振りに邂逅した兄は零落した敗北者だった。
 もしかして〔とりかえっこ〕をしなかったら、今の兄の姿が自分だったかも知れない――。同じ双子でも育った環境によって大きく変わるものだと、兄を見ていて僕はそう確信した。



「兄さん……」
 部屋に戻ると、あっちこっちの引出しを開けて物色中だった。僕が声をかけると背中をビクッとさせて、決まり悪そうな顔で振り向いた。
「そんなところに金目のものは置いてないよ」
「いやー、ちょっと、親父の写真が見たいなあ……と思ってさ」
 苦しい言い訳でしかない。
 持ってきた百万円の札束を見ると、僕から引っ手繰るようにして、お札を数えはじめた。そんな兄を見ていると――まるで、ビデオテープで再生されている自分自身を観ているようで、言いようのない嫌悪感だった。
「これっぽっちじゃあ、足りない。もっと金はないのか」
 百万円をジャンバーのポケットに捻じ込みながら兄がいう。
「いいや、兄さん。今日はこれだけにしてくれよ」
「この家なら、かなりの現金があるだろう?」
「――もう帰ってくれないか」
「うるせい! 早く金をよこせっ!」
「断わる!」
「なんだと、この野郎! ぶっ殺すぞっ!」
 いきなり兄が殴りかかってきた。ミゾオチに膝蹴りを入れられて、うっと呻きながら僕は前屈みに倒れて気を失った。
 
「起きろよ! 和久」
 汚いブーツが僕の頭を蹴った。
 気が付いたら、ベルトで後ろ手に縛られて床に転がされていた。
「金庫の場所と鍵と番号を教えろ!」
 とうとう兄の本性が出たようだ。
「兄さん、何をする気だ?」
「和久、よく聴け! 今日から俺が有馬和紀になって、この家の財産は全部いただくぜ。おまえは俺の代わりに土の中にでも埋まってろ! あははっ」
「なに言ってるんだ!? 正気なの兄さん……」
「ああ、正気だぜ。こんな貧乏くじみたいな人生とはおさらばだ。ガキの頃、おまえと名前を〔とりかえっこ〕しただろう? もう一回〔とりかえっこ〕して俺の和紀を還して貰うだけだ。すぐには殺さない、おまえにはいろいろ教えて貰うことがあるからさ」
「兄さんがこんな恐ろしい人間だと知っていたら家になんか入れなかったのに……」
「おまえは昔から甘ちゃんだったからなあ」
 たしかに子どもの頃は、兄の言いなりだった。
「それから、これは……兄弟のおまえにだけ教えてやるが……」
 口を歪めてニタリと笑うと、わざとらしく声をひそめる。
「……高二の時にお袋を殺したのはこの俺だ。酔っ払って夜中に帰ってきて絡みやがったから、アパートの階段から蹴り落としてやったんだ。警察では事故死ってことでカタがついたけどな」
 母親殺し! この凶暴な人間が僕の片割れともいうべき双子の兄弟なのか。――なんと、おぞましいことだ!
「おいっ! 早く金庫の在り処を教えろ。鍵は、鍵はどこだ?」
 ポケットからサバイバルナイフを取り出して、僕の喉元に押しつけた。こんな物騒なものを持ち歩いている兄は完全に犯罪者だ――。
「ポケットにある。上着の右側のポケットに入れてあるんだ。奥の方まで手を突っ込んでみて……」
「ああ、こっちのポケットだな。――よおし!」

「うぎゃあ!」
 僕のポケットを探っていた兄が悲鳴と共に手を引っ込めた。その手には何本かの注射針が刺さっている。
「イテテッ! 何をしやがる!?」
「その注射針には毒が塗ってある。ヒオスチンというアルカロイド系の毒薬だよ。麻酔にも使われていて、ゆっくりと眠るように死ねる」
「和久、お、おまえ……。嘘だろう!?」
「嘘なもんか。もうすぐ眠くなってくるよ。そして二度と目覚めない」
「な、なんでこんなもんを……最初から俺を殺す気だったのか?」
 手に突き刺さった注射針を抜きながら、兄は狼狽していた。
「――そうでもない。兄さんがこんなことさえしなければ、三ヶ月後には遺産として有馬家の全財産を相続できたんだ。遺言状を作成して弁護士にそうするように頼んで置いたのに……残念なことだよ」
「この家の遺産をこの俺が……?」
「僕は余命三ヶ月と医者に宣告されている。脳の奥に悪質な腫瘍があって手術もできないんだ。おまけに進行も早くて……。実は明日からホスピス・緩和ケア病棟に入院して抗がん治療は受けないで、ゆっくりと死を待つ運命だったんだ。だが、兄さんと会って考えが変った。――僕は死ぬ前に〔とりかえっこ〕した、本当の名前に戻りたいと思った」
「今日、おまえと会ったことは偶然じゃないのか?」
「そうさ。兄さんのことはね、興信所に頼んで調査済み。恐喝と詐欺で二回服役しているね。結婚歴は三回いずれも離婚、子どもはいない。サラ金やヤミ金から約二千万円の借金を抱えている。ね、そうでしょう?」
 さっきまでの悪ぶった兄は鳴りを潜め、今は恐怖で顔が引きつっている。
「あの喫茶店に現れることは知っていた。――だから、僕は賭けたんだ。もしも、ホスピスに入院する前に兄さんと出会えたら〔とりかえっこ〕した、僕の本当の名前を還して貰おうと……。兄さんにはお金を渡して外国にでも行って貰い、その間、僕は和久に戻って生きてみたかった、死ぬ前に……。最初から殺す気なんてなかったさ。――だけど、ひどい人間なんで双子の僕としては、兄さんを残して逝けないと判断したから」
「お、おい、げ、解毒剤をくれ……」
「――ないよ。病気がひどくなって苦しんだ時、僕が自殺するためのものだから」
「ゲ、ゲームオーバーだ。こんな遊びは止めよう」
「兄さん、これは遊びじゃないんだ」



 意識が朦朧としてきたのか、やたらと首を振って睡魔と闘っている。兄さん、そんなことをしても無駄さ。致死量のヒオスチンが体内に摂取されているんだから……。
 やがて、崩れるように倒れて永遠の眠りに着いた。
 死体の手から落ちたサバイバルナイフを拾って、後ろ手の縛めを外した。ああ、心も身体も自由になった。どうせ、死ぬのなら最後に曽我和久(そが かずひさ)に戻って、残された生命を燃やし尽くしてから死んでやる。
 ホスピス・緩和ケア病棟に行くのはもう止めた――。

「兄さん、僕らの遊び〔とりかえっこ〕やっと終わったよ」

 不様な姿で床に転がっている、もう一人の自分。――さよなら、和紀。僕の双子の兄さん。 



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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-28 09:02 | ミステリー小説

さつじん脳 ④

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!


    第三話 とりかえっこ ①

『二十年前、僕らは大事なものを〔とりかえっこ〕したんだ』                  

 意味もなく本のページを捲っていく、文字の上を目がスクロールするだけで内容は全然頭に入ってこない。何も持たないで喫茶店に長く居るのは気が引けるので、そのために電子ブックリーダーを持ってきているのだが……。
 体調を崩した僕は仕事を辞めて一ヶ月、毎日ぶらぶらしながら過ごしていた。亡くなった両親の遺産があったので経済的には困っていない。――ただ、途轍もなく時間を持て余していた。
 毎日、電子ブックリーダーを持って喫茶店で読書をするのが僕の日課だった。その日も、いつものように喫茶店で読んでいると、後ろの席に座った男女が激しい喧嘩を始めた。
「アンタなんか最低の男よ!」
 女の金切り声の後、バシャッと水が飛んできて、僕の電子ブックリーダーにかかった。乱暴に席を立つ音がして女は走り去っていく。どうやら、男はコップの水を顔にかけられたようである。
 水に濡れた液晶画面を慌ててナプキンで拭いていると、
「水かかりましたか? スミマセンねぇー」
 後ろの席の男が謝った。
 振り向いてそいつの顔を見た瞬間、僕は心臓が止まりそうなくらい驚いた。――何故なら、僕と全く同じ顔をしていたからだ。
「――もしかして? 和紀か?」
「おまえは和久?」
 そいつは間違いない! 曽我和紀(そが かずのり)二十年前に別れた双子の兄だった。



 兄の名前は和紀(かずのり)、弟の僕は和久(かずひさ)という。
 僕らは見分けが付かないくらい、そっくりな一卵性双生児だった。それで九歳の時、僕と兄は大事なものを〔とりかえっこ〕したんだ。
 ある日、兄の和紀がこう言った。
「なあ、和久。俺の名前と〔とりかえっこ〕しないか?」
「――え、なんで?」
「俺、この名前キライなんだ」
 見た目は同じに見える双子だが、小学校では僕は優等生で、兄は勉強嫌いで成績も悪かった。おまけにイタズラ好きの兄は担任の女教師にイタズラをして、もの凄く怒られたことがある。それ以来、事あるごとに教室でよく叱られるようになったそうだ。
 身から出たサビとはいえ、それが嫌なので自分とクラスを変わってくれと言い出したのだ。嫌だと僕は即座に断ったけれど――我がままな兄にしつこく泣きつかれて、遊びだから、一週間だけ名前を〔とりかえっこ〕しようと利かない。しぶしぶながら僕は和紀になって兄と入れ替わることになった。
 兄のクラスで授業を受けていたが、案の定、兄と入れ替わったせいで女教師に逐一注意をされたり、立たされたりと散々な目に合っていた。しかし、一週間近くなると僕が大人しいので反省して良い子になったと勘違いされて、逆に可愛がられるようになってきた。
 兄の方は弟の和久に成りかわり、やりたい放題イタズラして叱られていたようだった。

 僕らの〔とりかえっこ〕も、明日には元に戻そうとしていた矢先に、とんでもない事件が起こった。
 実は僕らを生んだ母親は愛人だった。父親の有馬和臣(ありま かずおみ)はビル管理や不動産運営で収入を得ている資産家で、二十歳も年下の水商売の女に手をつけて僕らを生ませた。
 愛人の子の僕らは世間的には私生児なのだが、父親から毎月多額の養育費を貰っていたので暮らし振りは裕福だった。
 母親は子育てに興味がなく、酒と男とギャンブルが大好きで、僕らは幼い頃からベビーシッターや家政婦たちによって育てられてきた。――だから、僕らが入れ替わっても母親ですら、そのことに気づいていなかったのだ。
 ――まさか。
 それが運命の分かれ道になろうとは思ってもみなかった。
 本家(父親の家)には僕らの異母兄弟に当たる長男が一人いた。まだ結婚もしてなかったので後継ぎはいない。その長男が自動車事故で急死してしまったのだ。
 ショックも大きかっただろうが、息子が亡くなった父親は妻に僕らのことを打ち明けて、せめて双子の一人だけでも引き取って跡取りとして育てたいと言い出した。反対するかと思った、本家の妻はすんなりとその案を受け入れて、突然、僕らの片方が有馬家に養子にいくことが決まった。
 その時、僕と兄は入れ替わったままで、僕が兄の和紀で、兄が弟の和久だった。
 通常として、同じ双子だから上の男の子を引き取りたいと本家から言ってきた。父親は僕らが生まれてからは母親に養育費を払うだけで、ほとんど通って来なかったので、僕ら兄弟の見分けは父親にもつかない。
 酒好きで男にだらしない僕らの母親に浮気心で手を付けたものの……たぶん父親は深く後悔していたのだろう。僕らをDNA鑑定して実子だということだけは認めていたようだ。
 そんな事情で僕ら兄弟は離ればなれになることなった。一人は父の有馬家へ、一人は母の元に残る……。
 当時、まだ九歳だった僕らは母親と暮らすことを希望した。いくらだらしない女でも虐待する訳でもないし、美人の母親は男の子にとって自慢でもある。絶対に本家には行きたくない! きっと継母にひどく虐められるんだ。
 ――そう思って、僕らの両方が本家に行くことを拒否していた。ところが間の悪いことに……その時、僕は上の男の子の和紀になっていたのだ。
 僕は必死で親たちに訴えた! 本当は僕が下に男の子の和久だと……だが、兄は自分こそ和久だと主張して、無理から僕を本家にいかそうとする。泣きながら言った「兄さん、〔とりかえっこ〕を止めようよ!」
 兄は九歳の子どもと思えない冷ややかな口調でこう言った。
「これは遊びじゃないんだ」
 そのひと言で僕の運命は決まってしまった――。
 
 結局、兄の代わりに和紀となって、本家の有馬家に引き取られていったのは僕、和久だった。
 有馬家は広い敷地に大きな屋敷が建てられていた。僕は使用人たちから「ぼっちゃん」と呼ばれてかしずかれた。
 心配していた継母は想像と反する善良な女性だった。「子どもには罪はないのだから……」と愛人の子である僕のことを、亡くなった長男の代わりに可愛がってくれた。
 ここに来て、僕は兄と名前を〔とりかえっこ〕して良かったと思った。それ以降、元々想い出の薄い母親のこともやんちゃな兄のことも忘れて、有馬家の跡取り息子として満ち足りた生活を送ってきたのだ。


「和久、いい暮らししてそうだな」
 オーダーメイドの紺のブレザー、上からベージュのバーバリーマフラーを巻いた僕を、しげしげと見て兄がそう言った。
 和久、今は自分の名前になっているくせに、二十年振りに二人きりで話す時には、本当の名前で呼ぶのがおかしい。自分の席から飲みかけのコーヒーを持って、僕の席に移ってきた兄は、フェイクな皮ジャンに膝が擦り切れたジーズを穿いていた。――そんな兄は薄汚れた胡散臭い感じだった。
「ああ、お金には困ってないよ」
「そうか、いいなあ。俺は借金まみれで……さっきも付き合っていた女に金の無心をしたら断わられて、おまけに水までぶっかけられたぜぇー」
 フフンと兄は自虐的に笑った。
 その後、金を貸してくれとせがんできたので、札入れから現金で十万円ほど渡したら目を丸くしていたが。――これっぽっちじゃあ足りないから、もっと貸して欲しいと厚かましいことを言い出した。

 たしか僕が有馬家に引き取られる時、父親は僕らの母親とはきれいに縁を切って別れたはずだった。その時に多額の手切れ金と残った子どもの養育費として、五階建てのマンションを譲渡されたと聞いている。きちんとお金の管理さえしていれば、僕の目の前に、こんな惨めな兄はいないだろうに……。
「お母さんはどうしてる?」
 僕が訊ねると、
「お袋か? ああ、とっくに死んださ。俺が高二の時だった。酔っ払ってアパートの階段から落っこちて死にやがった。あいつにはひどい目に合わされたからなあー」
 酒と男とギャンブル好きの母親は有馬和臣と別れてから、貰った手切れ金で派手に遊び回っていた、ギャンブルの借金が増えたり、あげく男に騙されたりして、五年もたない内に全財産を使い果たしてしまった。その後、水商売に戻ったが、若くもないホステスに客もつかず落ち目になるばかりだった。
 有馬家に何度かお金の無心に泣きついたようだが、『今後一切関わりを持たない』と別れる時に、自分で書いた念書を楯に援助を断られていた。――まあ、そんな母親だから、兄もずいぶん苦労をさせられ、高校の時にはグレて家を出ていたようだ。
「なあ、和久……俺は明日までにヤミ金に百万円払わないと殺されるかもしれないんだ。頼む! 今すぐ百万円貸してくれよう」
 兄は泣きそうな顔で僕に縋ってきた。
 本当に、今すぐ百万円いるかどうか疑わしいが、どん底の兄に比べて、お金の苦労なんか僕は今までしてこなかった。あの日、名前を〔とりかえっこ〕したお陰で裕福な人生を歩めたのだから、百万円くらい兄にくれてやってもいいとさえ思った。
「兄さん、今はそんな現金ないから家まで取りに帰るよ」
「ホントか!? 貸してくれるんだなあ。よし俺もおまえの家まで付いていくさ」
 金を貸して貰えると聞いた途端、目を爛々と輝かせた。そんな兄の顔は詐欺師臭かったが、まあ、そんなことはどうだっていい――。

 その後、喫茶店の駐車場に停めてあった、僕のBMWで二人して有馬家まで行くことになった。車に乗ると兄は「おまえ、すげえ高級車に乗ってるんだなあー」と、羨ましそうにシートを汚い手で撫で回していた。
「ところで、俺らの親父は元気か?」
 今度は兄が質問してきた。
「いや、三年前に病気で亡くなったよ。育ててくれた義母さんも去年他界した」
「和久、おまえ結婚は?」
「してない。今は僕ひとり暮らしなんだ」
「――そうか」
 少し間をあけてからポツリと兄が応えた。その後、考え込むように黙り込んだ。――そんな兄を横目で僕は観察していた。  



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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-27 08:11 | ミステリー小説

さつじん脳 ③

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!



   第二話 幻冬雪女

 冬山に吹雪が荒れ狂う。激しい雪は視界を遮り、冷たい礫となって森や山荘の窓を打ちつける。まるで怒り狂う女のように、白い雪は狂気を孕んで、人の心を弄ぶ――。
「ねぇ、今、何か音がしなかった?」
「ん? 別に……」
 女が淹れたコーヒーを飲みながら、男は携帯アプリのゲームをやっている。
 ――今日で三日目だ。
 週末から、泊りがけでスキーにやって来ていた二人だが、激しい吹雪が続いてスキーはおろか、下山もできない悪天候で山荘にカンヅメ状態になっていた。
「ビシッって、何か軋むような……そんな音が……」
「吹雪の音じゃないのか? それか軒のツララが落ちたんだよ」
 この山荘に着いてから、連日の吹雪にカップルは退屈しきっていた。
「声が聞こえる……」
「はぁ?」
「――誰かが喋っているわ」
「何を言っているんだよ。この山荘には俺たち二人しか居ないじゃないか。君が週末を二人きりで過ごしたいって言うから、知り合いに頼んで、この山荘を借りたんだから……」
 怪訝な顔で男が答えるが、女は黙って耳を澄ませている。
「静かに! よく聴こえないわ」
「きっと吹雪の音だよ。ヒューヒュー吹雪く音が叫び声に聴こえているんだ。――けど、参ったなぁー、スキーも出来ないし、これじゃー山荘に軟禁状態だ」
 ため息まじりに男がぼやく。
「えっ? えっ……今、なんて言ったの」
「おいっ、俺に背中向けて、誰と喋っているんだよ?」
「雪女がきた……」
「はぁ? なにふざけてんの!」
「…………」
 女は黙リ込んだまま、吹雪の音に耳を澄まし、時々頷いて……誰かと内緒話でもしているようだ。
 そんな女の様子に戸惑いながらも……男は機嫌を取ろうとしていた。
「ははん。さては、怖い話してキャーとか言って、俺にしがみつく? そんでもって二人ベッドで温まる?  あはは……」
「…………」
「おい、どうしたんだよ? 黙り込んでないで、こっち向けよ!」
 さすがにイラついた男が、女の肩に手を掛けようとした瞬間。

「わたしに触るなっ!」
 ものすごい剣幕で女が怒鳴った。
 男の手は思い切り払われて、肩透かしをくらってバランスを崩し、前のめりになって転びそうにだった。
「あぶねぇー、いったい何を怒ってるんだよっ!」
「あなたは私を騙してるのね?」
「はぁ……? 急になんだよ」
「雪女がわたしに言ったんだよ。その男は嘘つきだって……」
 男は黙って女の様子を見ていた――。
「あなた、今年入社した庶務課の女の子にバースディ・プレゼントあげたんだって……」
 この二人は同じ会社に勤める、社内恋愛カップルなのだ。
「いや……それは、同じ課の後輩だし、仕事の事でいろいろ面倒みてやってる子だから、別に好きとかそんなんじゃなくて……その子が欲しいCDがあるって言うから、そんな高いものでもないし、誕生日だから……」
「わたしがいるのに、なぜ他の女に優しくするのよ!」
「ごめん……」
 男は女の機嫌が悪いので素直に謝った。
「あなた、こないだ、経理課のS子と一緒に飲みに行ったんだって?」
「あぁー、あれは居酒屋でたまたま会ったんだよ。それに俺以外にも会社の奴らいたし……」
「……あなた、元カノのM子のことが、今でも好きなんでしょう?」
「――何を今さら、あいつとは君と付き合うようなってからキッパリ別れた」
「そうかしら……?」
「そのことは君が一番よく知っているだろうに。なにを今さらバカなこと言ってるんだ!」
 ネチネチと詰問する女に。――さすがに男も声を荒げた。


 突然、女が泣きだした。
 ヒィーヒィーと喉を鳴らし、吹雪くような声で嗚咽を漏らす。
「あなたって人は、そうやって、いつも、いつも……わたしを騙して、陰でこそこそ他の女と遊んでいるんだぁー」
「泣くなよ! 俺たち、来月結婚するんだぜ。俺のことが信用できないのか?」
 昔の事を蒸し返しいちいち疑う、そんな女の態度に男はうんざりしていた。
「雪女が、そいつは浮気者だって言うんだ」
「おまえ変だぞ! いつもと様子が違う。気分が悪いなら寝ろよ! 明日下山するから」
「吹雪は止まないわ。私たちはここに閉じ込められたのよ」
 薄笑いを浮かべて女がそう言う。
「いったいどうしたんだ? まるで別人みたいに……。そういえば、おまえ前に言ったことあるよなぁー。子供の時にエレベーターの故障で閉じ込められてから……密室がすごく怖いって! 雪で閉じ込められた山荘、ここは密室と同じなのか? 閉所恐怖症ってやつか? だから情緒不安定になっているんだろ?」
 女には男の話など聴こえてはいない。
 完全に自分の世界に入り込んで……見えない何かと話していた。――外ではなおも激しく吹雪が荒れ狂う、白い獣が牙を剥くように。
「……雪女がわたしに言うのよ。その男はおまえを愛していないって」
「もう、いい加減にしてくれっ!」
 疑心暗鬼に凝り固まった女の態度に、男は苛立ち怒鳴った。
「やっぱり……愛してなかったのね。ひどいわ……騙されていたんだ、わたし」
「愛してるさ! だから俺たち来月結婚するんじゃないか」
「わたしだけを愛してくれないのなら……あんたなんか、もうしらない」
「はぁ?」
「もう死ねばいい……」
「悪い冗談はやめろよ!」
「死ねばいい、死ねばいい……」
 段々と平常心を失っていく女に、男は恐怖すら感じていた。
「おいっ! 大丈夫か? 頼むから……俺の話を聞いてくれよ」
 女はブツブツ……ひとりごとを言いながら、ふらりと立ち上がると、暖炉の方へ歩いていった。
 そして振り返った女の手には、暖炉の火掻き棒が握られていた。
「そんなもの持ってどうするつもりだ?」
 ニヤリと薄く笑って、突然、ものすごい勢いで男めがけて、火掻き棒を振り下ろした。
「ウギャーーッ」
 男は叫び、そのまま頭を押さえて床に倒れ込んだ。
 男の頭部からは鮮血が迸る。女は鬼の形相で男の頭部めがけて火掻き棒を振り下ろす。頭を押さえ這いずり逃げ回っていた男だが、やがて……血まみれでうずくまる。
「死ねばいい、死ねばいい!」
 狂ったように、女は執拗に火掻き棒を振り下ろし続けた。
「浮気者なんか! 死ねばいいんだぁー!」
 女の着衣に鮮血が飛び散って、真っ赤に染っていく。
 なおも女は火掻き棒を握り、動かなくなった男を打ち続ける。彼女の目は狂気で爛々と輝いていた。
「あっはっはっはっはっ」

 警察署の一室。ベテラン刑事は部下の報告を聞いていた。
「――遺体は頭部を滅多打ちされ頭蓋骨陥没に寄る外傷性ショック死とみられる。被害者の遺体は、二人がいつまで経っても下山しないのを不審に思って、様子を見にきた山荘の管理人によって発見通報されました」
「しかし惨たらしい遺体だなぁー」
 現場検証の写真を見ながら、ベテラン刑事は顔をしかめて呟いた。
「容疑者の女の様子はどうなんだ?」
「発見された容疑者の女は、血まみれで錯乱状態、意味不明なことを喋っています」
「……意味不明なこと?」
 ベテラン刑事は怪訝な顔つきで、背広の胸ポケットを探ると煙草を取り出し、百円ライターで火を付け、ゆっくりと吸い始めた。
「はあ……、それが何を聞いても、雪女がきたとか、雪女が殺ったとか……さっぱり意味が分かりません」
「雪女だと? 来月結婚予定の幸せなカップルに、あの山荘で何があったんだろう?」
「さあ、ただ女は自分の親しい友人に、彼氏の周りの女たちに嫉妬して、妄想する癖があって……苦しいと話していたようです」
 ベテラン刑事は煙草を深く吸いゆっくりと煙を吐く。
 部下の報告を聞きながら、紫煙のゆくえをぼんやり眺めていたが、ふと思い付いたように……。
「妄想?」
「はい、妄想癖が加害者の女にはあったようなんです」
「恋人の男は妄想で殺されたってわけか? あの女は狂っているようだなあ」
煙草を灰皿におしつけ消すと、ベテラン刑事は言い放った。
「精神鑑定。必要有りだな!」


 ――留置場の壁に向かって、ブツブツと女は呟やいている。
「……彼を殺したのは、わたしにそっくりな女で……真っ白な雪女なんです! 刑事さん、わたしが犯人じゃあないわ……」
 そうやって無実を訴える女。
 しかし、その眼は、もはや現実の世界を見てはいない。狂った雪女は、真っ白な雪原をただひとり彷徨っていく――。


― 了 ―


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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-26 09:56 | ミステリー小説

さつじん脳 ②

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!



   第一話 スのつく危険なお仕事でーす! ②

 半年前、国立国会図書館の地下深くに密かに造られた諜報部員のオフィスに俺は居た。無人の部屋には大型のコンピューターが設置されて、俺はATMみたいな機械にIDカードを差し込んだ。すると青白い光が描きだす、ジェームス・ボンドの立体ホログラムが浮かび上がり、新しい任務について説明してくれた。
『ハロー、ミスター・ニンジャ』
 ニンジャというのが俺のコードネームだ。
『日本転覆を謀る、国際陰謀団が東京の某所に潜伏しているという情報が入った』
 イケメン男優スパイのホログラムがキザな格好で喋っているが、このキャスティングを考えた奴は相当イタイ人間だろう。
『国際陰謀団は中韓の手先だと思われる。マスコミを使った情報操作をおこない、原発問題や放射能や9条などでデマを流して、日本国民を混乱させようとしているのだ。放って置くと大変危険な活動家たちである。潜入捜査で、その活動を見張り、黒幕を暴き出し、状況判断によっては抹殺することも止む無し!』
 今回の任務は相当ハードそうだ。抹殺許可まで出ているとは侮れない敵とみた。
『すでに一名が潜入捜査に入っている。その者には君のことを知らせてある。――だが、君の方は最終段階まで仲間とのアクセスを禁止する。一時的に記憶喪失となって、某所での情報収集をやって貰うことになるだろう』
 日頃から、スパイは自分以外の仲間のことは何も知らされていない。もしも敵に捕まっても知らないのなら自白できないからだ。
『では、成功を祈る。ミスター・ニンジャ!』
 青白いホログラムのイケメンがニッと白い歯を見せて消えた。
 その映像を最後に、俺の記憶はプッツリと途絶えてしまった。たぶん、この後に麻酔銃を撃たれて、記憶にブロックを掛けてから、あの『サソリ荘』に放り込まれたのだろう。

 ――やっと、記憶が戻ってきたが、だが俺はハッキリと敵の正体が掴めていなかった。

 覚醒したばかりの俺は……ぼんやりしたまま椅子に座っていたが、その時、どこからか銃弾が飛んできた。ビックリして机を倒して楯にするが、見るとババアが教壇からこちらへ発砲しているではないか!? 
 日頃から、常軌を逸したババアとは思っていたが、まさか拳銃乱射犯になろうとは思ってもみなかった。
 そして、横を向いてもっと驚いた! あの気弱そうな苅野さんが銃で応戦している。

 いったい、どうなってるんだ!?

 果たして、俺の味方はどっちだ? ババアか苅野さんか? どっちが敵なんだぁー!? 
 この銃撃戦のさなか、丸腰の俺は100%不利じゃねぇーか!!
バーンと銃声が轟いて、ババアが倒れた。
 どうやら、苅野さんの銃弾を喰らったようだ。教壇の裏で倒れているババアの方へ、ゆっくりと歩いていく、どうやら止めを射すつもりらしい。
 それにしても苅野さんの銃の腕前は漫画家とは思えない。――いったい彼は何者なんだ!?

「糞ババア死ね……」

 腰を屈めてババアの心臓に銃口を向けた、その瞬間、教壇が倒れて苅野さんに直撃した。
 そして、ムクッと起き上がったゾンビババアが、
「ニンジャ、そいつが黒幕だよ! 早く殺っちまいなっ!」
 そういって、リボルバーをこっちへ投げて寄こした。
 キャッチした俺は、無言で苅野玄のコメカミに弾丸を撃ち込んだ。
 もんどり打って倒れた彼は息絶えた――。
 
 俺のコードネーム・ニンジャを知っているということは……先に潜入捜査に入っている仲間というのが、もしかして、この大家のババアのことだったのか――。
「大家さん大丈夫か?」
「ああ、防弾チョッキ着ててよかった」
「まさか、あの苅野さんが黒幕だったなんて……」
 見るからにショボイ中年男だった。
「おまえがグズグズしてるから、アタシの命が危険に晒されたじゃないか」
「……先に、潜入捜査に入っている俺の仲間って大家さんだったんですか?」
「そうだよ。潜入というか。アタシのアパートに奴らを住まわせて見張ってたんだよ」
「俺が見た感じ、目立った動きがなかったようだったが……」
「おまえの目は節穴かよっ!?」
 大声で怒鳴られた。
「苅野がサソリ荘に住むようになって、うちの店子が胡散臭い奴らばかりになった。怪しい宗教で若者を洗脳したり、国籍不明の密入国者たち。善良な市民を脅すヤクザと外国からの出稼ぎ売春婦とか……アイツは中韓から資金を貰って、日本を卑しめるプロパガンダをマスコミを使ってやってたんだ。日頃、気弱なオヤジを演じているから、みんな騙されてたのさ」

 ――そうだったのか。苅野さんの好人物ぶりに俺も騙されていた。

「そこまで調査が進んでるなら……俺の任務って……意味ないじゃん」
「バカだねぇー、ニンジャは苅野の目を眩ますためのダミーだよ。自分の部屋の隣に怪しい人物が住んでいると、そっちの方に気を取られて……アタシにはボロを出すために仕向けたのさ」
「俺ってダミーだったんですか?」
 この半年は任務は何だったんだと心底落ち込む――俺だった。
「見張られていたのはおまえの方さ、今日も尾行されてたの気づいてないだろ?」
「…………はぁ」
 ――もう言葉がない、俺はスパイ失格だ。新しい仕事をハローワークで探そうかな。
「一年前からアパートを購入して、大家に成りすまして、こっちは罠を張ってたんだよ。いきなり現れたおまえに、苅野は神経を尖らせていたさ。ラーメンに仕込んだ睡眠薬でおまえを眠らせて、自白させようとしたが『サソリ荘』以前の記憶がない……奴は焦ってたね」
「そりゃあ~記憶をブロックしてたから……」
「ついに行動にでたのさ。おまえの正体を知ろうと、この部屋に呼び寄せて探るつもりが自分自身がボロを出しちまった」
「ボロ?」
「“私が愛したスパイ”というキーワードで、おまえの記憶ブロックを解除した。しかも苅野が中韓から指令された、任務こそが“私が愛したスパイ作戦”だったのさ、だから計画がバレたと過剰反応して、先に銃を撃ってきたのはアイツの方なのさ」
「――そうだったのか!」
苅野さんの豹変振りにはマジで驚いた。
「まさかアパートまで罠だったとは……」
「情報収集しながら家賃も稼げる、こんな美味しい仕事はないよ」
 カカカッと威勢よくババアが笑う。

「いったいスパイと大家さん、どっちが本業ですか?」
「スパイはアルバイトさ。アタシはCIAのスパイと結婚してたんだ。アメリカでは旦那と一緒に諜報活動やってたよ。その旦那が亡くなったんで日本に舞い戻ってきたけど、スパイの腕を買われてね。時々、内閣情報調査室から仕事の依頼がくるんだよ」
「大家さんってすごい人なんですね」
 CIAで活動してたなんて、映画に出てくるようなスパイじゃん。
「おまえのさぁー、その表情が……」
「へ?」
「ブラック企業で働いてる従業員みたいで、慢性的な疲労感を湛えた表情がいいんだよ」
 それって、褒めてるつもり? 失礼なババアめ!
「スパイは目立っちゃダメなのさ。かっこ良くて女にモテるなんて……007が創った幻想で現実はそうじゃない」
「だから、俺のコードネームが“忍者”で目立たないように……」
 ババアの説明に納得させられた。
「アタシのコードネームはレディーだよ。これから任務の時はレディーとお呼び!」
 こんな皺くちゃババアに“レディー”なんて……俺は絶句していた。

「任務終了! やっと自分の顔に戻れるわ」 
 そう言うとババアは、まるでパックを剥がすように顔の皮膚をペリペリと捲っている。白髪交じりのカツラを外したら、新しい顔がでてきた。
「アメリカでは特殊メイクと演技の研究もしてたの。私は変装が得意なのよ」
 大家のババアこと“レディー”変装を外したら、なんと三十代の美しい女性の素顔が現れた。そして年寄りの嗄れ声から、優しいトーンの声に変わっていた。
「これが君の素顔だったんだね」
 眩しいほどに魅力的な彼女に、俺の目は釘付けになった。
「コードネーム・ニンジャ、潜入捜査は大成功よ!」 
「国際陰謀団の黒幕は苅野玄だった。レディー、君のお手柄だ!」 
 長い潜入捜査から解放された、二人のスパイは抱き合って任務完了を喜んだ。
 大家のババアの演技にすっかり騙されていた、こんな美しい素顔が隠されていたなんて想像もできなかった。

 ――美女スパイの虜になった俺は、やっぱりスパイ失格かなぁ~?


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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-25 11:17 | ミステリー小説

さつじん脳 ①

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!

 

   第一話 スのつく危険なお仕事でーす! ①

「なんじゃあーこりゃあ!?」
 自分の目を疑い、瞼を擦って、もう一度その文字を見なおした。

『スパイ急募』

 俺は今、ハローワークの中にあるパソコン求人検索ルームに居る。
 希望する条件をパソコンで検索してくださいと、ハローワークの職員に言われて、入力した条件に合致した職業が、まさかの『スパイ』だった。

 今朝、ボロアパートの六畳一間の部屋で寝ていたら、突然、大家のババアに乱入された。
「いつまで寝てんだい? このろくでなし!」
 枕を蹴飛ばされて、ビックリして飛び起きた。
「家賃を払わんか! 三ヶ月も溜まってんだ」
 八十近いババアが大声で騒ぎ立てるが、無一文の俺には払えない。
「なんで働かないんだよ。今すぐ職業安定所で仕事みつけてこいや!」
 もの凄い剣幕に圧倒されて、アパートを飛び出しハローワークにやってきた。
 学歴なし、資格なし、高給希望で仕事を探していたら、検索でなんと『スパイ』が引っ掛かった。PC画面の雇用条件を読んでみる。
 年齢学歴経験不問、未経験者の方には親切に指導します。各種保険あり、時給5000円(危険手当あり)、支度金10万円。
 おおっ! 時給5000円とはすごい! けど時給? スパイなのにタイムカード押すのか? しかも10万円の支度金が貰えるなんて好待遇だよ。
 それにしても、今どきは人出不足だからスパイだってハローワークで求人するんだ。半信半疑ながらもカウンターで、この職業をいったら職員は別に驚く風もなく、面接場所を書いたメモを渡してくれた。

 メモに書いてあった場所は薄汚い雑居ビルの七階だった。
 ドアプレートには『人材開発プロジェクト』と書いてあるが、胡散臭い雰囲気が漂っている。普通の人間なら、ここでUターンして帰るところだが、生活が貧窮している俺は躊躇する余裕などない。ノックをして中に入っていった。
 室内は二十畳くらいはあるだろうか? 白い壁とリノリュームの床、正面にホワイトボードと教壇があり、手前には長机とパイプ椅子が二脚、その椅子の一つに男が座っていた。
 後ろ向きで顔は見えないが、後頭部の禿げ具合に見覚えがあった。
「やあ!」
 振り向いた男の顔を見て驚いた。
 俺の部屋の隣に住む、苅野玄(かりの げん)という売れない漫画家だった。
「どうして苅野さんが?」
「家賃が溜まってて、大家のばあさんにハローワークにいけと言われて、ここを紹介されたんだ」
 苅野さんは若い頃は売れっ子漫画家だったらしいが、落ちぶれて妻子に逃げられた中年男なのだ。最近では漫画の原稿依頼もなく相当貧窮している様子だった。

 俺たちの住むアパート『サソリ荘』は硝子戸を開けて玄関に入ると、下駄箱があり、そこで靴を脱いで、スリッパに履き替えてから上がるのだ。
 中央廊下を挟んで六畳一間の部屋の扉が並んでいる。アメニティーは共同便所、共同炊事場のとなりに食堂があって四人掛けテーブルが二卓置いてある。
 風呂はなく、シャワーなら一回(15分間)百円で大家に頼めば使わせて貰える。
 しかも各部屋に鍵が付いていないので、今朝のように、大家のババアに勝手に入って来られる。プライバシーなんてものはなく、寮みたいな建屋で築五十年は経っているだろう。
 家賃は光熱費込みで、1万2千円だから……まあ、かなり破格の安さかもしれない。
 地域でも有名なボロアパート、この『サソリ荘』には変わった住人が多い。
 二階建てのアパートの一階には大家の自宅と俺と苅野さんが住んでいる。二階の住人たちは出入りの激しい外国人労働者たちやカルト教団の信者、風俗の女と刺青の入ったヤクザが居る。
 怖ろしくヤバイ雰囲気なのだが……なぜか、みんな大家のババアには絶対服従でトラブルもなく過ごしている。

「僕も大家さんにドヤされてきました」
「ほぁ、鈴木君もかね。あの因業ババアには誰も敵わないよ」
「あの迫力には逆らえません」
「うむ」
 苅野さんが大きく頷いた。
 気弱そうな彼は、大家のババアによく怒鳴られているのを目撃する。
たぶん、借金でもあるのだろうか? アパートの溝掃除や庭の草取りなんかを時々やらされている。
 共同炊事場でかちあったら、俺がモヤシを苅野さんは玉子を分け合ってラーメンを作る。そして食堂のテーブルで世間話をしながら一緒に食べる。ババアの経営する『サソリ荘』は、苅野さんや俺みたいな社会からブロックアウトされた孤独な人間には、まんざら住み心地が悪くもない。
 不思議なことに、ボロアパートに住む以前の俺の記憶がない――。
 いつの頃からか、アパートの部屋で仕事もしないで暮らしていたが、この鈴木という名前も部屋の表札に貼られたもので、本当の名前なのかどうかも分からない。
 ずっと無職の俺が飢え死にしないでやっていけてるのも不思議だ。
 まあ、俺自身が謎の人物だし、そんな人間をスパイを選ぶなんて滑稽なのだが、しかも同じ日に同じアパートの住人が、同じ仕事(スパイ)を面接にくるなんて、あまりに偶然過ぎる。 

「揃ったところで面接やるよ!」
 入ってきた面接官を見て、俺も苅野さんも椅子から転げ落ちそうになった。
 なんと、そいつは大家のババアだった! これはもう偶然といえないレベルの不自然さだろう。
「おまえたちが家賃を払わないから、アタシもアルバイトやってんだ」
 さも当然という顔つきで、この不条理を簡単に説明された。
「まず、健康診断だよ」
 自己申告の身長と体重を書類に記入、片目を瞑って、ポスターの文字を2つ3つ答えたら、それで視力検査は終了だった。
 いい加減な健康診断だ! 待てよ、視力検査だけで健康診断といえるのかあ?

「次は体力測定」
 俺と苅野さんでペアを組む、一人が上体を前にかがめて両手で自らの両足首あるいは膝を掴んで支持し、もう一人がそれを開脚しながら跳び越える馬跳び(うまとび)を、お互い馬と飛び手になって交互に10回くらいやった。
 日頃の運動不足でゼェゼェ……と息を切らしてしまった俺だが、ババアは「足腰は大丈夫そうだから合格!」と軽くOKサインだ。
 危険な任務をこなすはずのスパイが、馬跳びだけで合否を判断するなんて信じられない。

「筆記テストいくよ」
 ――が、そういう疑問を考える隙を与えず、テスト用紙が配られた。
 問題は三つだけ。Q1. 円周率を答えよ。Q2. 脱原発に賛成・反対・分からない、三つの選択肢。
 俺は円周率は3.14と書き、脱原発は分からないと答えた。隣の苅野さんのテスト用紙を覗いたら脱原発賛成を大きくマルで囲んでいた。
 そして最後の問題がまったく意味不明なのだ。

 Q3. 私が愛した【 す 】の付くものなぁに? 

 1. 酢昆布 2. すっとこどっこい 3. スパイ

 なんじゃあーこりゃあ!? 私が愛した酢昆布、これはないなぁー。私が愛したすっとこどっこい、意味分からん……?

 私が愛したスパイ 
 私が愛したスパイ?
 私が愛したスパイ!!

 その言葉のせいで、突然なにか弾けた。
 俺の頭の中に記憶が流れ込んでくる。『私が愛したスパイ』それは記憶の封印を解くためのキーワードだった。


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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-25 10:40 | ミステリー小説

饒舌なる死者 最終話

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「会社の者ですが、急な出張で迎えに来られなくなったので、私が代わりに来ましたと流暢な英語で話し掛けたらさ、すっかり信用して車に乗ってきたよ」
「な、なぜだ!? ナオミには関係ないだろう? どうして、どうして彼女を……」
「おまえと結婚しようとするから、天罰が下ったんだよ!」
 婚約者のナオミが殺されてしまった! 俺の想い描いたアメリカンドリームがガラガラと音を発てて崩れていく――。ショックのあまり眩暈がしそうになった。
「おまえは由利亜と永遠の愛を誓ったんだ。それは由利亜が死んでも変わらない。あのペアリングを嵌めた日から運命は決まっていた。あたしと由利亜の最後の電話で、おまえを誰とも結婚させないでと懇願された。――ずっと、由利亜のその言葉を守ってきたんだよ」
 死んでも他の女に盗られたくないというのか。凄まじいほどの俺への執着心だ。
「おまえは狂ってる! 死んだ人間との約束で、生きてる人間を殺してもいいのか!?」
「あたしにとって、由利亜の意思は絶対なんだ!」
「――おまえも古賀も俺に復讐するために生きてきたのか?」
「古賀君は由利亜が自殺した原因は自分にもあるんじゃないかと、ずっと苦しんでいたんだ。死にたいという彼を……今死んでも犬死にだから、あたしがいいというまで死ぬなと言い聞かせてきたんだ。あの男は写真は撮ったけれど、由利亜に指一本触れてないよ。あたしらにとって由利亜は神聖な存在なんだ!」
「俺が悪かった。もう……もう許してくれ……頼む……」
 珠美の前で土下座して謝った。
「見苦しい奴め! 今さら謝っても遅いよ」
「命だけは助けてくれ! まだ死にたくない!」
 冷静さを失った俺は、子どものように泣き喚いていた。
「もう終わりだよ――。あたしも、おまえも……いずれ死ぬのだから」
 そう言って、珠美は大声で笑った。
「……どういう意味だ?」
「あたしは病気になった。だから、おまえも道連れにする」
 その後、珠美の口から病名を聞かされた。それは性交渉によって感染する、あの病気――。ヒト免疫不全ウイルスHIV感染、頭の中がパニックになった。
「おまえの背中の爪跡に、あたしの血をたっぷりと塗り込んでやった!」

「チクショウ―――!!」
 俺は珠美に飛びかかって彼女を殴っていた。何発か弾を撃ち込まれたが、それでも殴り続けた。今まで女を殴ったことなどなかったが、これは怒りでもない。憎しみでもない。
 ――恐怖だった。この女は化物なんだ。今、殺さないとこの俺が殺される!
 珠美は銃弾が無くなると俺の腕に噛みついた。肉を喰い千切る凄まじさで、引き離そうと顔を拳で何発も殴ったら歯が折れて、俺の腕に刺さっていた。飛び散った珠美の血が眼にも入った。   
 珠美は顔から血を流しながら激しく抵抗していた。
 ついに身体に銃弾を浴びた俺は力尽きて倒れた。薄れゆく意識の中で聴いた、珠美の最後の言葉は――。
「由利亜があの世で私たちを待っている……」

 

 銃声を聴き付けたホテルの従業員によって救急車が呼ばれ、警察に通報された。
 修羅場と化したホテルの部屋には血まみれの男女が倒れていた。何発か弾丸を撃ち込まれた俺は病院に運ばれたが、急所を外れていたお陰で命が助かった。珠美も俺に殴られて血まみれだったが命には別条無しだった。
 一見、ホテルでの痴情のもつれかと思われた事件が、その後の調べで日系米国人ナオミ・ミヤシタ殺害犯人だと分かった。
 空港内の監視カメラには、珠美とナオミが一緒に歩いている画像が何枚も映っており事件への関与が疑われていたが、警察の取り調べに対して、珠美は黙秘権を行使して、ひと言も喋らなかったという。
 サンフランシスコに居た珠美は、ギャングの溜まり場テンダーロインでギャングの情婦だった。ドラッグの運び屋として国際手配されている犯罪者であった。

 その後、事件の解明を見ずに朱美は留置所で病死した。病名はたぶん……俺に告げた、あの病気だろうか。
 ――朱美が死んだと聞いた俺は、いよいよ『死へのカウントダウン』が始まったと思った。恐怖心から病院へ診察に行くことさえ躊躇した。

 そして、数ヶ月後に俺は発症していた。
 現在の医学では治せない難病……今は病院のベッドから起き上がることもできない状態になった。――あいつらに復讐されて、ゆっくりと俺は死んで逝く運命なのだ。



 由利亜が死んで十年経っても、珠美も古賀もその亡霊に縛られて生きてきた。
 あの日、俺に渡したシルバーリングに刻まれた言葉、『love is eternity』それを貫徹させるために、他の女と俺が結婚することを絶対に許さない。――その由利亜の意思を二人は守っていたのだ。
 俺が邪慳に扱って捨てた女だったが、その影響力は凄まじいものだった。
 まさか、十年後に、由利亜を『女神』と崇める二人の人物から、こんな形で復讐されるとは思ってもみなかった。
 
「死人に口無し」ということわざがあるが、あれは嘘だった。――死人ほど饒舌な者はいない。
 死して、なお人の心をコントロールできる死者がいるという事実なのである。
 最後に、この手記を書き残すことで、俺は「饒舌なる死者」となる。ここに書かれてあることが真実か嘘かは読む人の判断に委ねよう。

 これは死に逝く者の、最後の足掻きというべきダイイング・メッセージなのだ――。


― 完 ―




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世界平和記念聖堂のマリア像の壁紙からお借りしました。http://hiroshima.catholic.jp/~pcaph/cathedral/ja/?p=69

                
   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-12-19 20:46 | ミステリー小説

饒舌なる死者 ⑩

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「今すぐ、おまえを殺してもいいんだよ。だけど、簡単に殺すのは惜しいほど憎んでいるから、震えながら話を聴いて貰おうか」
 凄身のある声でゆっくりと珠美が喋る。銃口を向けられた俺は硬直して動けない。
「由利亜が電車に飛び込む、数分前、あたしに電話があったんだよ。それは死を臨んだ由利亜のダイイング・メッセージだった。最後に由利亜とあたしは大事な約束したんだ。――その約束がなかったら、おまえを殺して、あたしは由利亜の後を追っていただろう」
 約束って? 由利亜は珠美にいったい何を託したんだ。
「あたしは由利亜との約束を守るためにお金と自由が必要だった。そのために、まず、自分の父親を殺したのさ。吞んだくれのろくでもない奴だった。女房に家出されて、娘が成長したら性的関係を強要するような変態オヤジだった。泥酔状態で風呂に浸かっているところを湯船に沈めて溺死させてやった。日頃から、酒浸りだったので事故死ということで簡単に片付けられた。父親の保険金を持って、東京にいるおまえを追い掛けた」
 父親を殺したという珠美の告白に、俺は震えあがった。

「東京に行ってからは、おまえの大学やマンションの近くの喫茶店やコンビニで働きながら見張っていたんだよ。大学三年の時に同棲していただろう? あたしが居るコンビニへ女とよく買い物に来てたし、調べたら、おまえと結婚するとか女が言い触らしていたよ。――ウザイので片付けてやったよ」
 最後のひと言で、同棲していた彼女の死が事故死ではなく、珠美に殺されたのだと理解した。
 ずっと俺は珠美に見張られていたことに驚いたが、しかし、こんな美人のコンビニ店員が居たら、この俺が気づかない訳がない。たぶん、今の顔や容姿は美容整形などによって創り変えられたものだろう。
「おまえのババア相手の怪しいバイトも知ってるさ。中年の人妻とセックスして銭を稼いでいただろう。まあ、おまえの特技といえばそれだけだから……。由利亜とあたしは中学からレズだったんだ。彼女の家に泊りにいくといつも抱き合って一緒に寝ていた。――だから、あたしは男に抱かれても感じない。今でも、オナニーでないとオーガズムに達することができない。由利亜じゃないとダメなんだ!」
 珠美と由利亜はレズビアンだったとは!?
 そう言えば、処女だった由利亜の肉体が予想以上に早く開発されたのは、そういう下地があったからなのか……。元々、由利亜はセックスに依存するタイプだったのかも知れないと、俺は今わかった。
 珠美は不感症!? じゃあ、あの嬌態は演技だったというのか。

「企業に勤めたおまえがサンフランシスコに転勤になった時、あたしも付いて行ったよ。向うでは、テンダーロイン周辺の通りで夜の街に立っていたんだ。その内、ギャングの女になってさ、いろいろヤバイことにも手を染めたけれど……おまえを見張ることだけは止めなかった」
 そう言ってニンマリと笑った。
 俺はずっと珠美にロックオンされた状態だったのか!? 気づなかったとはいえ、考えてみれば……背筋が寒くなるほど怖ろしいことだった。
 しかも、ギャングの情婦だったとは……。
「サンフランシスコで、日系人の弁護士と知り合っただろう? 名前はナオミ・ミヤシタ、親は大金持ちだ。彼女は今日、日本に来る予定だったね。おまえの代わりにあたしが空港まで迎えに行ってやったよ」
 ちょっと待て! ナオミは来日が遅れるとメールで言ってきた筈だ!?
 俺は血の気が引くような……不安に襲われた。
「前にホテルで、おまえの携帯のメールアドレスを書き変えて、ナオミのメールが届かないようにして置いた。同時に、ナオミには携帯が故障したので新しいアドレスにメールを送るように指示したのさ。『急な仕事で来日予定が少し遅れます。忙しいので連絡しないでください』というナオミのメールはあたしが送ったんだ。そしておまえに成りすまして、ナオミとメールのやり取りをしていた」
 シャワー浴びている間に、俺の携帯にそんな細工をしていたとは……なんて狡猾な女だ。
「まさか、まさかナオミを……」
 うろたえる俺を見て、薄笑いを浮かべた珠美は、
「そろそろニュースになっている頃かも知れない」
 リモコンでテレビをつけた。

『八時のニュースをお伝えします。千葉県佐倉市にある印旛沼の遊歩道に停まっていた乗用車の中で若い女性が死んでいると歩行者からの通報がありました。女性は頭部を拳銃で撃たれて、すでに死亡しており、車は盗難車でした。警察では被害者の身元と目撃者を探しています』

 このニュースが流れた瞬間、俺の膝がガクガクと震えた。頭を撃ち抜かれたナオミのイメージが頭の中に広がっていく――。




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「石膏の天使の翼」からお借りしました。http://www.antiquestruffle.com/a&c/na1210.htm


   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-12-17 07:34 | ミステリー小説

饒舌なる死者 ⑨

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 あれから何度もメールを送るが、綾奈から返信がない。
 換わりにサンフランシスコの婚約者ナオミから、『急な仕事で来日予定が少し遅れます。忙しいので連絡しないでください』というメールが入った。ナオミは明日、日本に来る予定だったが来られなくなったということか、連絡するなとはよっぽど多忙なんだろう。日本に来たら一週間ほど、二人で日本の観光地を旅行するつもりだったので、その前に片付けたい仕事が山積みになっているみたいだ。有能な弁護士の彼女なら、それも仕方ないと俺は納得していた。
 婚約者の来日が延びたことで、多少落ち着きを取り戻した俺は……同窓会名簿に書かれていた水口珠美の住所を訊ねようと考えていた。結婚前に過去のスキャンダルが浮上してきては、俺の信用問題にも関わる。とにかく、金を払ってでも、この女の口を塞がないとならない。

 それで実家の車を借りて、その住所に行ってみたが……そこには蔦が絡んだ廃屋が建っていた。平屋の小さな家だが空家になってから、ずいぶん経つようでほとんど朽ち果てていた。近くを歩いていた年寄りに、ここに住んでいた人たちのことを訪ねたら、十年ほど前から住む人がいないが、以前は父親と娘の二人暮らしだったが、父親が亡くなって娘も居なくなったという答えだ。
 ここが水口珠美の家だとすると、ここを出て行った彼女はその後、どうやって生活していたのだろうか?
 水口珠美には会えず、手掛かりも見つからず、意気消沈して帰ってきた俺に……その珠美からメールが届いた。
『私の正体を探っているようね。いいわ、教えてあげる。』
 先日行ったシティーホテルの部屋番号と日時が書いてあった。明日の七時に竹田綾奈に成りすましていた水口珠美という女に会うことになった。

 俺は待ち合わせの時間よりも十五分早く着いて、ホテルの部屋で珠美を待っていた。
 何から質問するか? どうやって彼女の口を塞ぐかいろいろ考えていた。女と揉めたら、相手の感情に呑まれたら、こっちの負けになると分かっているので、できるだけ冷静に話し合おうと思っていた。
 待ち合わせの時間を少し過ぎて、ノックの音と共に珠美が部屋に入ってきた。今日はビックリするくらい地味な服装で、ヘアースタイルは黒髪をシニヨン風に纏めていた。紺色のパンツスーツ姿の彼女はビジネスウーマンのような出で立ちだった。
 俺たちは、しばらく無言のままで見つめ合っていた。
「初めに、君が誰なのか教えて欲しい」
 冷静な声で質問する。
「水口珠美。三年三組。元女子陸上部マネージャー」
 まるでシナリオを読むような抑揚のない声で彼女は答えた。
「鈴木由利亜の知り合いか?」
「そうよ。由利亜とは幼馴染で親友だったわ。私にとって女神のような存在だった!」
 また、女神発言か――。古賀真司も俺に同じことを言った。
「古賀真司の動画をYoutubeにアップしたのは君か?」
「あのビデオは自殺する前に、私の元に送られてきたのよ。僕が死んだらこれを投稿してくださいってね。古賀君の意思を継いで私がやったのよ」
「なぜ? 今さらそんなことをする必要がある。もう十年前に終わったことじゃないか!?」
「終わってないよ。終わってないんだ! 人ひとり死なせて、自分の都合で終わったなんて言ってんじゃないよ!」
 いきなり珠美が凄い剣幕で怒鳴った。その迫力にたじろいだ。
「……だが、今さら俺を陥れても由利亜は還って来ないし、古賀も死んだし、そんな事実はないと俺がシラを切ったら、これ以上何もできないだろう。それより金が欲しいのなら言ってくれ!」
 俺の言葉に珠美はフンと冷笑した。
「Fuck you, asshole!!」
 ギャングが使うような下品な英語で俺を罵った。
「どうして? そんなに俺を憎むんだ」
「今から、あたしが話すことにいっさい口を挟まないで聴くんだよ。いいね!」
 そう言った珠美の手には小型の拳銃が握られていた。22口径のコルトポケット、女性向きの護身用の拳銃だ。最初から只者ではないと感じていたが、まさか拳銃まで持っていたとは……この女はいったい何者なんだ。
 こんな物騒なものを突きつけられては、大人しく話を聴くより他にない。

「あたしらは小学校からの親友だった。由利亜は両親が離婚して祖父母の家で育てられていたし、あたしは母親が男作って家出してから父親と二人暮らしで、お互いに寂しい境遇だったから気が合ったんだ。由利亜は中学から始めた陸上で頭角を現したから、あたしはマネージャーになって全力で応援したよ。タイムもどんどん伸びてきてたのに……おまえが現れて、由利亜を狂わせてしまったんだ!」
 鈴木由利亜は陸上の特待生として大学に入れるほどの実力だったから、きっとオリンピック選手も夢ではなかったのだろう。
「おまえのせいで由利亜が死んだ! それは疑う余地もないことだ。由利亜を喪った悲しみと絶望感がおまえに分かるか!? あたしには半身を引き千切られるほどの苦痛だった! おまえがチョッカイを出し始めた頃に、何度か警告の手紙を入れてやったのに、無視しやがって!」
 俺の下駄箱にカミソリ入りの手紙を入れたのは珠美だったのか。
「由利亜のお墓に行って……あたしは毎日泣いていたんだ。そこに、いつもピンクのガーベラを供えていく男がいた。――それが古賀君だった。最初は人の姿を見るとコソコソと逃げ出すような奴だったが、何度か、由利亜のお墓で会う内に、やっと捕まえて話を聞くことができた。最初は言いたがらなかったけど、あたしが由利亜のことを好きだと分かったら、全て喋ってくれたさ。――おまえの卑劣な悪事をね!」
 憎悪を込めた眼で俺を睨んだ。
「お、俺は、まだ高校生だったし……自分のやったことで、自殺するなんて想像ができなかった」
「Shut up!!」
 珠美の持ったコルトポケット22口径は俺の心臓を確実に捉えていた。ただの脅しではなさそうだ。――俺の首すじから冷汗が流れた。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-12-16 20:56 | ミステリー小説

饒舌なる死者 ⑧

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 ピンクのガーベラの件が気になったので、あの後、綾奈に何度かメールを送ったが反応がない。
 二日後の深夜に、突然メールの返信がきたが、そこにはサイトのURLのみが記してあった。どういうことだろうかと、パソコンを開いて、そのURLに行ってみたら……そこは動画サイトで、個人が撮った動画ライブなどを観られるYoutubeだった。

 画面を開いた瞬間、そこには懐かしい男の顔があった。
 古賀真司――俺の記憶の中の奴よりも大人びていた。ボサボサの髪と無精ひげ、黒ぶちの眼鏡をかけて蒼褪めた風貌は実に冴えない。
 十年もニートをしていたら、こんな風になるのだという典型のようだった――。

 だが、待てよ! 古賀はもう死んでいる筈だ。
 これは奴の生前の動画なのか? 投稿日は今日になっているが、誰が動画を投稿したのだろう? いったい、この動画の中で何をしようとしているんだ?
 俺の疑問はどんどん膨らんでいくが、動画はゆっくりとしたペースで始まった。BGMはモーツアルトの《レクイエム》キリエだった。

 荘厳な音楽と共に古賀の話が始まった。

『僕はある男の過去の罪を断罪するために、この動画を投稿しました。まず、写真をご覧ください』

 女性アスリートの写真が何枚も映し出されていた。走っている写真、笑っている写真、友人たちと談笑している写真、どれもイキイキとして生命感が漲っていた。

『彼女の名前は鈴木由利亜、十七歳。女神のように美しいアスリートでした。だが、もうこの世には居ません。十年前、彼女は自ら命を絶ったのです』
 古賀は悲しそうに、しばらく黙とうしていた。
『なぜ、彼女が死を選んだのか。その理由を知っているのは、僕とある男だけです。その男は欲望のために由利亜さんに近づき、彼女を狂わせてしまった。そして、酷い方法で捨てたのです。僕は何も知らずに、あの男の姦計に加担させられました』

 目隠しをされて、下着姿でベッドに横たわる由利亜の写真が映し出された。

『これは由利亜さんの最後の写真です。この数時間後に特急電車に飛び込みました。死を選んだ理由は酷い屈辱を受けたからだと思います。この写真を見て想像してみてください。詳しい状況は彼女の名誉のために申し上げられませんが、ある男の罪は断じて許すことはできません。その男の名前は――』

 ひと呼吸してから、古賀はパソコンの前のネットユーザーたちに向って、俺の名前を大声で叫んだ。

 その声にうろたえて、俺は耳を塞ぎたくなった。――まさか、古賀の奴に十年も経ってから、こんな形で復讐されるとは思ってもみなかった。

『十年間、僕は鈴木由利亜さんの喪に服していましたが、もう終わりにします。この動画がUPされる頃には僕は死んで居ません。今の僕にとって死は魂の解放であり喜びなのです。やっと、由利亜さんの元へ逝けます。最後まで、ご清聴ありがとうございました』

 深々と頭を垂れた古賀真司の姿が、画面からフェード・アウトされていった。

 Youtubeを見終わって、俺は茫然としていた。

 この動画を観た人たちがどう思うだろうか?
 イタズラだと思うだろうか? 真実だと思うだろうか? 実際に古賀は自殺して今はいないのだから、そのことを知っている者たちの批判は俺に向けられるかも知れない。閲覧数を見たら、まだ87人とそう多くはない。すぐにサイトの管理会社へ削除要求のメールを出した。
 動画のコメントは一件だけ入っていた。
『ピンクのガーベラ 1日前:花言葉=熱愛・崇高な美・崇高な愛・童心にかえる』
 ホテルのベッドにピンクのガーベラを綾奈は残していった……このコメントを書いたのは、動画のURLを送ってきた綾奈のような気がする。古賀亡き後、Youtubeに、この動画をUPしたのも、綾奈の仕業ではないかと思えてくる。――竹田綾奈、あいつは何者なんだ?

 翌朝、同窓会の幹事をしていた女に電話して、竹田綾奈のことを訊ねたら、
『竹田綾奈さん? 彼女は五年前に病死してますよ』と返された。
 竹田綾奈は死んでいた!?
 じゃあ、同窓会の夜に出会ったあの女は誰なんだ。そこで黒いドレスの派手な女のことを訊いたら、
『あの人はクラスは違うけど、三組だった、水口珠美(みずぐち たまみ)さんだと思います。高校の同窓会に参加したいと、前日に連絡受けてクラスは違うけどオーケーしました』
 水口珠美? 俺の記憶にそんな女の名前はない。
 ――待てよ。三組……三組といえば、たしか鈴木由利亜と同じクラスじゃなかったか? ひょっとすると、由利亜と関係している者かも知れない。
 あの女は本物の竹田綾奈じゃなくて、ニセモノだったとすると、なぜ、成りすまして……俺に近づいたんだろうか?
 考え込んで黙り込んでいると、電話の相手が喋りだした。
『あのう、昨日、変な手紙が来たんです。YoutubeのURLが書いてあって、これを観てください。って、そう書いてありました。それで気になって、パソコン開いてネットで観たら……死んだ古賀君の動画でした。あなたの名前を叫んでいましたが、あれは事実なんですか?』
 いきなり、そんなことを訊かれた。
 YoutubeのURLは俺以外に、同窓生たちにも送っていたということか!? だとしたら……俺を知る何人かが、あの動画を観たとしたら、非常にマズイ事態になった!
 その質問に焦りまくって、シドロモドロで俺は電話を切った。
 ――ここに来て、十年前の事件の毒が俺に回ってきたようだ。
 竹田綾奈と古賀真司、あの二人はどういう関係なのだろう? あいつらは俺を罠に嵌めるために、裏で繋がっていたのかも知れない。――釈然としないが、ある疑問が頭をもたげてくる。

『君に訊きたいことがある。至急連絡を下さい。』
 竹田綾奈と名乗る女にメールを送った。


   ※ 参照 モーツァルト《レクイエム》~キリエ カラヤン指揮/ベルリン・フィル
       http://www.youtube.com/watch?v=hqDIS8gJsKI





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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-11-28 22:42 | ミステリー小説

饒舌なる死者 ⑦

この作品はR-18指定です!! 
18歳未満の方や、性的表現が苦手な方にはお勧めしません。


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 忌まわしい過去を封印している俺にとって、この町の同級生たちには会いたくなかった。誰かの口から過去の話が漏れることを警戒していたのだ。
 それが大学時代から交流があった、この町の出身者に結婚の件を打ち明け、アメリカに移住する予定だと話したら、日本に居る間に、是非、同窓会をやろうと強く押して来られた。
 いずれ結婚したら、日本ともオサラバするし、最後だからいいかなあという甘い考えがあった。――それと、あの古賀真司が現在どうしているか気にもなっていたのだ。
 あれから十年も過ぎたのだから、もう立ち直って普通の生活をしているのではないかと思っていたら……同窓会の席でいきなり、古賀の自殺を聴かされて動揺してしまった。
 しかし、由利亜の自殺を引きずって十年も引きこもっていたなんて異常だし、大人だったら、いい加減に乗り越えていって然るべきだと俺は思う。
 ツマラナイ奴だ! あんな男は死んだ方が世の中のためだと思った。

 さっそく綾奈からメールがきた。
 シティーホテルの名前が書いてあり、八時に待っていると書いてあった。
 実家に帰っているが、面倒くさい親戚の家に結婚の挨拶などに連れて行かれて、ウンザリしていた俺にはいい気晴らしになる。――結婚したら、当分は浮気もできないだろうし、今の間に遊んで置こうと思っているのだ。
 俺は綾奈に指定されたシティーホテルに向かった。
『先に部屋で待っている』と綾奈からメールが届いたので、ホテルのロビーから返信して、もうすぐ着くので、部屋の鍵を開けて置いてくれと指示した。
 あの男好きの人妻は割り切った関係なら、最高のセフレだと俺は思っている。結婚までの関係だけど、このまま手放すには惜しい女だ――。
 指定された部屋の前に立って、軽くノックしてから中へ入っていった。
 さすが、一流のシティーホテルだけあって、インテリアもロココ調で豪華な感じだった。室内はキングサイズのベッドとテーブルとソファーが置かれている。綾奈は猫足付きの真紅のソファーに毛皮のコートを着て長々と寝そべっていた。
 なぜ、室内なのに毛皮のコートを着ているんだろう? 疑問に思いながら挨拶をしたら……綾奈は気だるそうに軽く手を振り、ウフフと小悪魔みたいな笑みを漏らして……コートの合わせをパッと開いて見せた。なんと! 中は一糸纏わぬ全裸だった。
 ――いきなりの彼女の挑発行動に俺は面喰った。

「なにもしちゃあダメよ。あなたは見ているだけ……」
 綾奈は片足をソファーの背に乗せて、女性器を露わに晒した。
 そして、取り出したバイブレーターでオナニーを始めた。ウィンウィンとうねるバイブが女性器の中へ挿入されていくと、綾奈は喘ぎ声を漏らし、のけ反って腰をくねらせ始めた。
 俺はオナニーする女性をリアルで見たのは初めてだったので、すごく興奮して、ズボンの中のペニスがいきり立っていた。やがて、綾奈はよがり声を上げてイッてしまったようだった。オーガズムの最中に何か、うわ言のようなことを喋っていたが……それは誰かの名前みたいだったが、よく聴き取れなかった。
 オーガズムの後、ソファーでぐったりと上気した彼女に、ズボンを下ろして、今度は俺の性器で責めてやる。イッたばかりの女の性器はぐっしょりと濡れていて、とても敏感になっているので、すぐさまのセックスを拒んでいだが……耳の裏から首筋、乳首などの他の性感帯を刺激してやったら、やがて、気持ちよくなって――俺の服を脱がせ出した。
 ふたりは全裸になってソファーの上でセックスを始めた。
 座った俺の上に綾奈が跨り腰を動かした。膣の奥までペニスが入るので気持ちいいと、ポルチオに強い性感を得ているのか、何度もよがり声を上げて、彼女はオーガズムに達した。
 絶頂感で俺の背中に猫みたいに爪を立てられた。たぶん背中は爪跡で血が滲んでいることだろう。もうすぐ、婚約者が日本にくるというのに……この背中の傷はマズイ! 俺がそのことで綾奈に怒ったら、「興奮しちゃって、ゴメンなさい……」と言いながら、俺の背中の傷口を猫みたいにペロペロ舐めてくれた。――少し、血の匂いがする。

 綾奈が持ってきた赤ワインを、お互いの口移しで飲んで気持ち良くなった俺たちは、キングサイズのベッドの上で激しいセックスをした。アルコールと心地よい疲労感で眠ってしまった。それは快楽の後の気を失うような眠りだった――。
 ふいに目を覚まし、携帯の時計を見たら小一時間は眠っていたようだ。傍らの綾奈を見たら、シーツに包まったまま、静かに寝息を立てていたので……そっと起き上がり、俺はシャワーを浴びにいった。
 背中の傷が気になったので、シャワールームの鏡で見たら……結構、ヒドイことになっていた。この傷がバレないように婚約者とセックスするのは難しそうだ。後、三日でナオミがアメリカから俺に会いにくるというのに――。
 シャワールームから出たら、いつの間にか綾奈の姿がなかった。
 俺がシャワーを浴びている最中に帰ったようだ。挨拶もなく、急に帰るのはオカシイと思ったが、人妻なので……何か、のっぴきならぬ事情ができたのだろうと憶測した。
 ベッドの乱れたシーツを見て、妻は貞淑、愛人は淫乱に尽きるとほくそ笑む、綾奈とのセックスは刺激的だった。シーツを直そうと中を捲ったら、ピンクのガーベラが一輪置かれてあった。
 その花を手に取って眺めていたら、フラッシュバックして、遠い過去の嫌な思い出が俺の脳裏に浮き上がってきた。――なぜ? 綾奈がこんなものを……不思議で仕方なかった。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2013-11-25 14:55 | ミステリー小説