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カテゴリ:掌編小説集( 61 )

時代小説掌編集 桜の精

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表紙はフリー素材 [ 四季の素材 十五夜 ] 様よりお借りしました。
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   其の十 鹿鳴館etc.

 鹿鳴館(ろくめいかん)――日本人のダンスはここから始まった。

 明治初期、文明開化(ぶんめいかいか)の日本ではダンスは娯楽ではなく、西洋人に対して、日本が文明国であるということをアピールするためのパフォーマンスだった。明治政府にとって、近代化とは西欧化することであり、それは西洋人のモノマネから始まった。
 政府要人たちは、サムライの象徴である髷を切り落とし、燕尾服を着て、東京の日比谷に国賓や外国の外交官を接待するための社交場として『鹿鳴館』を建設、そこでは連日のように、華やかな舞踏会が繰り広げられていました。
 この鹿鳴館を中心にした外交政策を『鹿鳴館外交』といい、欧化主義が広まった明治10年代後半を『鹿鳴館時代』などと呼ばれています。
 この政策には、アメリカ帰りの大山捨松公爵夫人(おおやま すてまつ こうしゃくふじん)が中心となり関わっていましたが、それに従事した名家の子女たちには“ 血の滲む ”ような労苦だったようです。
 現代とはまったく生活様式の違う、当時の女性たちにとって、それは想像以上の苦痛でした。

 ――とある、明治政府要人の屋敷から悲痛な女性の叫び声が聴こえてきます。

「わたくしは死にます!」
「お嬢さま、どうか気を静めてください!」
「もう耐えられません! 死んでしまいたい……」
「どうか、その懐剣を収めて!」
 ふたりの女性が揉み合っているところへ、この屋敷の主人が入ってきた。
「何ごとじゃ、騒がしい!」
「これは旦那様、お嬢さまが自害なさると申されて、ばあやが止めておりました」
「まことか? なにがあった?」
 妙齢の女性が泣き腫らした眼を恥かしそうに着物の袂で隠す。

「踊りのお稽古から帰られたらお嬢さまが、突然、死にたいと申されて……ばあやはどうしたらよいものやら……」
「自害するなどけしからん!」
 ただ、ただ泣くばかりの娘である。
「おまえはもうすぐ鹿鳴館で社交界入りするのではないか、なぜ泣いておるのじゃ?」
「わたくしは仏門に帰依して尼になりとうございます」
「馬鹿者! 尼などもってのほか!」
 父の言葉に、娘は肩を震わせしゃくりをあげて泣く。
「泣いてばかりでは理由が分からぬ。どうしたというのだ?」
 ひとしきり泣いて、気が収まったのか娘は小声で話しはじめた。
「……父上様、わたしくには西洋の踊りダンスのお稽古が辛くて、痛くて、苦しゅうございます……」 
「令嬢のたしなみとして習っておるダンスのことか?」
「はい」
「ダンスは我が国の西欧化のためにはやらねばならん」
「……ですが、わたくしハイヒールという西洋の履き物が窮屈で、歩くと足元がふらふらして怖いのです。それを履いて西洋の音楽に合わせて踊るなんて……とても無理でございます」
「草履や下駄に慣れた日本人に、あんな小さな靴は不安定で転びそうじゃな」
 あの靴は履きづらいだろうと父親も思っていた。
「一緒にお稽古していた、子爵家の娘が転んで足を挫いてしまわれた」
「なんと!」
「わたくしの足も爪が剥がれて血豆だらけですわ」
「ふむ、そうか……痛々しいのう」
「夜会服を着るのに、コルセットという道具で身体を締めつけるので、もう苦しくて、苦しくて……息ができません」
「西洋人の女はあれをする慣わしだという」
「コルセットを付けて、小さな靴を履いて、くるくる舞うなど……まるで軽業師ですわ」
「西洋人との社交場に鹿鳴館が作られたが、舞踏会では妻や娘もダンスを披露せねばならぬのじゃ」
「父上様、ダンスはまるで折檻のようで……」
「これも家のためじゃ、堪えてくれ!」
 封建時代、家長である父親の命令は絶対である。
「知らない殿方と手を取り合って、人前で踊るなんて……恥かしくて……恥かしくて……」
「これもお国のためじゃ!」
「わたくしはもう死んでしまいたい」
 娘は、よよっと泣き崩れた。そして、苦渋の表情を浮かべた父親の顔がそこにあった。

 ――まあ、こんなエピソードがあったかどうか分かりませんが。

 当時の日本人の女性は、人前での立ち振る舞いにまったく慣れていなかった時代だった。
 儒教の教え『男女七歳にして席を同じくせず』育てられた彼女たちは、男性に対して非常に初心であり、異性と手を繋ぐなど淫らな行為だと教えられていたのでした。
 それが明治政府の方針とはいえ、熊みたいに大きな西洋人相手にダンスをさせられるのだから、たまったもんじゃない! 
 死ぬほどの恥辱だったかもしれない――あくまで想像としてそう思う。
 
 日本の舞いや唄いとはまったく違う、異国の楽器で奏でられたリズムや音楽は、明治の人々にとっては異文化コミュニケーションというより、未知との遭遇だったに違いない。
 先人だった明治の人たちは、このような艱難辛苦を乗り越えて、ダンスを受け入れて、日本の文化として根付かせてきたのである。
 けっして娯楽ではなく、国策として始められたダンスだったが、現代では多くの日本人がダンスを愉しみ興じるようになっている。

 ダンス発祥の地、鹿鳴館の開館日にあたる11月29日は『ダンスの日』に制定されています。





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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-12-06 09:49 | 掌編小説集

時代小説掌編集 桜の精

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   其の九 江戸時代婚活噺

皆さん、ご存知でしょうか?
江戸時代は現代よりも、ずーっと結婚難だったのです。
よく落語に出てくる、長屋暮らしの八っつぁん熊さんといった独身男性には、嫁のきてもなく、生涯独身で過ごす者がほとんどでした。
そういう男性のために繁盛したのが吉原などの遊郭だったのです。

――では、なぜ結婚難だったのか。

早い話が男性に比べて女性の絶対数が不足していたわけです。
人間の出生性比は地域、時代にかかわらず、おおむね男女が105:100前後になっています。
江戸時代は医学が進んでいないため、妊娠出産による女性の死亡率が高かった。
また江戸城にある大奥などは最盛期には、1000人とも3000人とも言われる女性が仕えていた。
それだけではない、大名や豪商などは多くの側室や妾などを囲い、一人の男性が複数の女性を独占していたのだ。
しかも貧しい家の娘たちは遊郭に身売りしてしまう。
どうしたって結婚ができない男性が一定数出るのは当然といえよう。
そういう事情で、貧乏な八つぁんや熊さんの元に嫁にくる女なんていない。
江戸っ子の「宵越しの金は持たねえ」というのは、気風の良さを謳ったのでなく、結婚できない彼らにとって、金なんか貯めてもしょうがない。使っちゃえ、使っちゃえー、という半分やけくその心理だったのである。



 勘兵衛長屋に住む、大工の熊さんと行商の八っつぁんはろくに仕事もせず、毎日ぶらぶらしていた。たまに小金が入ると吉原にくりだして、すってんてんになるまで使い果たしてしまう、自堕落な暮らしだった。
 大家の勘兵衛は日頃から、この二人には手を焼いていた。
「おめえら、いいかげん家賃を払いやがれ!」
 熊の部屋でこいこいをしていると、勘兵衛が怒鳴りこんできた。二人とも三月も溜めていたのだ。
「へえ、大家さん、あっしら宵越しの金は持たねえんだ」熊がいうと、
「江戸っ子がいちいち小銭で目くじら立てるもんじゃねーよ」八もいう。
「そんな性分だから、いい年して嫁のきてがねぇーんだ」勘兵衛が痛い所を突く。
「てやんでえ! あっしらに嫁なんかくるもんか」やけくそで二人が叫ぶ。
「わしが嫁を世話してやろうか」と、勘兵衛がいったら、
「へ? 本当ですかい」
「二人ともわしについてきな」

 勘兵衛についてきた二人は浅草寺の参道にある、茶店の前に立っていた。
「大家さん、お目当ての娘はここに居るんですか?」
 昼時なのでは若い娘たちが忙しそうに膳を運んでいた。
「紫のたすきを掛けたあの娘じゃ」
 小柄で色白の可愛い娘が紫のたすきを掛けていた。熊も八も大家が世話してくれる嫁が想像以上に可愛いのに驚いていた。
「あの娘はお清というて、今年十八、働き者でなかなかの別嬪じゃろ。わしの遠縁にあたる娘だが、おめえらが真面目に働くっていうなら嫁にやってもいいぞ」
「ほ、本当ですかい? 真面目に働きまーす!」二人共、色めき立つ。
「そうか。ひと月働いて稼ぎ多い方にお清を嫁にやろう」
「がってん! 承知でさあー」
 そして嫁取りを巡って熊と八は勝負になった。
 怠け者だった二人が必死で働くようになろうとは、熊は大工道具を背負って、どんな遠い現場でも休まずに毎日通っていた。行商の八は朝早くから夕暮れまで、魚の干物を売り歩いていた。
 ひと月後に稼いだお金を比べたら、棟上げの祝儀を貰った分だけ熊の方がほんのわずか多かったので、お清は熊の嫁に決まった。勘兵衛が仲人になって二人は祝言を挙げて夫婦になったのである。
 めでたし、めでたし。

 しかし数日後、熊は血相変えて勘兵衛の家にやってきた。
「お清はべらぼうな大飯喰らいだあー!」
 貧乏暮らしの熊は大飯喰らいの嫁は養えないから離縁したいと言いだした。その言葉に勘兵衛は一喝した。
「てやんでえ、わしが世話した嫁が気に入らないだとこの野郎!」
「だって……並みの女の三人分は飯を食うんでさあー」
「お清みていな気立てのいい娘が何も欠点がなくて、おめえなんぞの嫁にくるもんか。あの娘は働き者だけど大飯喰らいで奉公先から暇を出されてきたんだ。一度抱いて夫婦になった女は死ぬまで面倒みるのが江戸っ子ってもんだ!」
 決してお清が嫌いなわけではない、勘兵衛の言葉に熊は腹を括った。
「大家さんすまねえー。あっしが間違ってた。お清のために一生懸命働くぜい」
 その誓い通り、嫁を貰って人が変わったように真面目に働くようになった。そんな熊のためにお清も精いっぱい尽くす。やがて熊は大工の棟梁と呼ばれ、夫婦には子どもが生まれて、一軒家で仲睦ましくに暮らすのであった。
 だが、しかし働き過ぎが原因で熊は厄年の前に、あっけなくこの世を去ってしまう。
 かたや嫁を貰えなかった八っつぁんの方は、相変わらず吉原通いの自堕落な日々を送っていたが、それでも生気溌剌と白寿(九十九歳)まで天命を全うする。

 はてさて、熊さんと八っつぁんどっちが幸せだったのやら。

 江戸時代婚活噺でした――。
 めでたし、めでたし。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-12-05 16:43 | 掌編小説集

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   其の八 花かんざし

 お鈴は数えで十二歳のときに廓に売られた。 
 商いに失敗した親の借金の形に、器量良しのお鈴が家族の犠牲となった。
 吉原に売られたお鈴は、禿(かむろ)から始まり、振袖新造になった。姉女郎の元で三味線や舞いの稽古を積んで、芸事でも一目置かれるようになり、初見世のお開帳で破瓜の血を流し十六で女となり、今年十九で座敷持ちの鈴音太夫(すずねだゆう)と呼ばれ、吉原でも売れっこの花魁である。
 美しい花魁道中には多くの人たちが吉原へ見物客に訪れた。 
 
 今宵は山城屋の旦那が客を連れてくるので、もてなすように頼まれている。
 鈴音ほどの花魁になると初顔の客とは寝ないが、上客の旦那の頼みなので断れない。
 山城屋が連れてきた客は若い男だった。廓の雰囲気に慣れてないせいか、俯いて小さくなっている。山城屋の旦那は鈴音と杯を交わし、新造たちの舞いを見て上機嫌だった。
 今から野暮用があるからと立ち上がり、後は頼んだよと鈴音に目配せをして、男を残して先に帰ってしまった。

「おひとつ、どうぞ」
 新造に酌をされて、杯をあけると男の顔はみるみる真っ赤になった、酒に弱いのだろう。鈴音が長煙管を勧めると一服吸って、激しく咳き込んだ……。
 なんて初心な客なんだろう、可笑しくて、緋色の仕掛けの袖に隠れて笑ってしまった。よく見ると、男は歌舞伎役者のように端正な面差しをしていた。
 酔いがまわったせいか、自分のことを話し始めた。

 自分は京の蒔絵職人だが江戸に呼ばれてやってきた。江戸城の大奥に献上する蒔絵の化粧道具箱を作るために三月(みつき)の約束で山城屋の元で働いていた。
 丁度、三月経って仕事が終わったので、明日には京に帰る。
 最後に江戸の女を抱いていけと吉原に連れて来られたが……自分は国元にいいなづけがいるので、ここには来たくなかった――。
 と、そんな話を男は京訛りでぽつりぽつりと喋る。
 ふん、なんて野暮な客なんだ。
 上客の山城屋の連れてきた男なので、すげなく扱うわけにもいかない……。夜も更けて新造や禿も座敷を下がった、花魁といえど、しょせん女郎なのだ。

「……床にまいりましょう」

 男を誘った。
 奥の間には緋色の寝具が敷き詰められ、ぼんやりと行燈が灯っている。
 寝所にはいると鈴音は仕掛けを脱いで、帯を解いた、襦袢ひとつになると男の肩にしなだれた。初めは身を固くしていた男だが……。
 艶めかしい花魁の姿態に、震える手でその白い肌に触れた。
「きれいな肌やな、まるで観音さまみたいや」
 そのまま、二人は寝具の上に身を横たえた。
「おまえ、本当の名前はなんていうんや」
 腕枕の鈴音に男が訊いた。
「お鈴でありんす」
 その名で呼ばれていたのは、遠い昔のような気がする。
「おっかさんが鈴の音色が好きで、ここに売られるときも鈴を持たせてくれて、寂しくなったらこれを鳴らしてお聴きって……」
 ふいに鈴音の胸におっかさんの面影が浮かんで恋しくなった。自分は女郎だが、こんな豪勢な暮らしをさせて貰っている、おっかさんは達者だろうか――。
「おまえほどの花魁でも、やはり家が恋しいんだろうね」
「……あい」
「親にも会えないのはさぞ辛かろう」
 優しい言葉に思わず涙ぐんだ。
「これをあげよう」
 男は懐中から布佐に包んだものを取り出し鈴音に渡した。それは花かんざしだった。
 まるで町娘が挿すような可愛らしい簪(かんざし)で、花魁が挿すようなものではない。
「あちきは貰えません……」
 鈴音は断った。
 たぶん国元で待つ、いいなづけへのお土産なのだろう。
 代わりに鈴音が手箱の中から鈴を一つ取り出し、よい音がしますと男の耳元でちりんと鳴らしてみせた。くすっと笑い男は鈴を受け取った。
「おまえの鈴を鳴らせたい……」
 そういって男は鈴音を抱き寄せて口づけをした、二人は夜が明けるまで情を交わした。

「鈴音姉さん、お掃除にまいりました」
 禿の娘が起こしにきた。
 朝帰るお客を見送るのが女郎の務めだが、それも忘れて寝込んでしまった。あの客は早朝に立ったらしい、花魁を起こさないでくれというので新造が送り出したという。
「あらっ、きれい」
 禿が素っ頓狂な声をだした。
 枕元に花かんざしが置かれていた、昨夜の客が置いていったのだろう。
 要らないといったのに……。
「それはおまえにやるよ」
 鈴音がいうと、禿は大喜びでおかっぱ頭に花かんざしを挿して、はしゃいでいる。
 女郎に思い出の品なんか要らない、もう逢えない男の物なんか持っていても仕方がない――。

 外を見ると格子窓から、賽の目に切られた空は明るく輝いていた。
 あの男は何処まで行っただろうか、ふと旅路の男のことが心によぎった。
 一夜のかりそめの恋……か。
「湯屋へいくよ」
 鈴音は布団の中で伸びをして、あくび交じりに布団から這いだした。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-12-04 16:31 | 掌編小説集

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   其の七 【 天孫降臨 】御一行

 これは昔々の神話の世界、登場するのは日本の神々です。

 高天原(たかまがはら)というところに神様たちが暮らしておりました。一番偉いのは太陽神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)という女神です。弟は須佐之男命(すさのおのみこと)といいますが、ひどい暴れん坊で乱暴狼藉の限りを尽くします。そのせいで姉のアマテラスは天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまいました。太陽神を失い世界は真っ暗闇になり、邪悪な神たちがのさばり出して、困った神々が何とかアマテラスを天岩戸を引っ張り出そうと作戦を練ります。
 怒って岩戸に引き籠ったアマテラスに対して、いかに素晴らしい存在か、どれほど美しいかなど賛辞の言葉を並べて、機嫌を取ったのが天児屋命(あまのこやねのみこと)という神で祝詞(のりと)の起源といわれています。
 布刀玉命(ふとだまのみこと)は、アマテラスが気に入るように、祭壇を美しく飾り、占いをして岩戸から出てくれるように神事をおこなった。
 極めつけは何といっても、天宇受売命(あまのうずめのみこと)という女神の活躍だろう。彼女は岩戸からアマテラスが顔を覗かすように、妖艶な舞を見せて気を引こうとした女神である。
 その踊りは足でリズムを取りながら乳房を露わにして、挙句、陰部まで見せてしまった。まさに「ストリップ」の元祖で、周りで見ていた男の神たちがヤンヤヤンヤの大歓声で盛り上がり、その騒ぎ声に《いったい、なにやってるの?》と、岩戸を開けてチラッと覗いたところ、手を掴んで引っ張り出されたのだ。
 やっと世界は光を取り戻し、弟のスサノウは高天原から永久に追放されてしまった。

 時は流れて、アマテラスは息子の天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に「葦原中津国を平定したので、天降って治めなさい」と命令した。すると、「準備を進めている間に、息子が生まれたので、この子を降すべきでしょう」と、その任務を譲った。
 こうして、天照大御神の孫である邇邇藝命(ににぎのみこと)が高天原から地上に降りることになった。
 ――古事記の【 天孫降臨 】である。

 随行者として、天児屋命、天宇受売命、布刀玉命、玉祖命、伊斯許理度売命の五伴緒神(いつとものおのかみ)が従え、「三種の神器」八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を持って、【 天孫降臨 】御一行は、たなびく雲を押しのけ、道をかき分け進み、天の浮橋から浮島に立ち、筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降った。
 その時、天と地の境界線辺りに光を発して待っていたのが猿田毘古神(さるたひこのかみ)である。サルタヒコは異様なまでに長い鼻をもつ異形の男である。
 ニニギ命は、側にいた超セクシー女神アマノウズメに、何者か訊いてくるように命じた。アマノウズメは自慢の乳房を晒し男に近づいて「アンタだぁれ?」というと、その色香に脳殺されてしまった男は、真っ赤な顔で「お、俺は【 天孫降臨 】御一行さまを道案内するサルタヒコだぁ~」と答えた。
 この出会いを切欠にサルタヒコとアマノウズメは後に夫婦となった。

 笠沙の岬でニニギ命は美しい娘を見染めた。大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘で木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)という。
 さっそく求婚したが父に聞いてくださいとのそっけない返事。父の神にいうと大変喜んで結婚を認めたが、その際に姉の石長比売(いしながひめ)も一緒に嫁がせた。
 だが、顔を見た途端「お姉さんはお断りします!」と送り返してきた。岩のようなゴツゴツした醜い娘だった。
「私が娘二人を一緒に差し上げたのは、姉のイシナガを妻にすれば岩のように永遠の命となり、妹のサクヤを妻にすれば木の花が咲くように繁栄します。けれどサクヤとだけ結婚されたので、ニニギ命とその子孫は短命になってしまった」とオオヤマツミ神はおおいに嘆いた。

 たった一夜の交わりで身籠ったサクヤに、夫のニニギ命は不信に思い「ホントに俺の子か?」と妻を疑った。
 貞操を疑われて激怒したサクヤは「天孫のあなたの子でなければ無事に生まれないでしょう」と産所に火を放った。そして火照命(ほでりのみこと)、火須勢理命(ほすてりのみこと)、火遠理命(ほおりのみこと)三兄弟を火中で見事に出産した。
 長男ホデリ命は[海幸彦]と呼ばれて、末っ子の三男のホオリ命は[山幸彦]と呼ばれる。後にこの兄弟は権力争いを起こしたが、兄との争いに勝った弟の[山幸彦]は海神の娘、豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)との間に、初代神武天皇の父となる鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)をもうけた。
 こうして、ニニギ命の【 天孫降臨 】から、ホオリ命、ウガヤフキアエズ命へと続く家系を日向三代(ひむかさんだい)と称され、正式に皇統を伝える。

 舞い降りた天津神(あまつかみ)のルーツ、その末裔が天皇家となったのです。




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 〔 参照 〕

邇邇藝命(ににぎのみこと) ― 天照大御神の孫にあたる神で、天孫と呼ばれている。

天児屋命(あまのこやねのみこと) ― 神と人とをつなぐ言霊を生み出した祝詞の神。

布刀玉命(ふとだまのみこと)― 天児屋命と共に祭祀を司どる神。

天宇受売命(あまのうずめのみこと)― 裸で舞い踊る芸能の女神。

玉祖命(たまのおやのみこと)― 三種の神器の1つ、八尺瓊勾玉[やさかにのまがたま]をつくった神。

伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)― 三種の神器のうちの1つ、八咫鏡[やたのかがみ]をつくった女神。

猿田毘古神(さるたひこのかみ) ― 天孫降臨と聞き道案内のため迎えに来た神。

天照大御神(あまてらすおおみかみ) ― 偉大な太陽神、八百万の頂点に立つ女神。

木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ) ― ニニギ命がひと目惚れする美しい女神。

石長比売(いしながひめ)― サクヤの姉、醜いためにニニギ命に拒絶された哀れな女神。

葦原中国(あしはらのなかつくに)― 日本神話において、高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界、すなわち日本の国土のことである。

天津神(あまつかみ)― 日本神話の神々のうち、高天原に住まう神。

国津神(くにつかみ)― 日本神話の神々のうち、古くからの土着の神で、高天原から天津神たちがやってくる以前から日本列島に鎮座していた神々を指す。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-12-03 08:30 | 掌編小説集

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   其の六 美しく、したたかに

 世の中に『美人薄命』という言葉がある。
 美しい女性は得てして寿命が短く、容貌が衰えない内に死んでしまうという意味だが、実は美人で長命な方もたくさんおられる。

 いつか【 美女 】をテーマに書くことがあれば、ぜひ、この女性のことを知って欲しいと思っていました。
 その女性の名は常盤御前(ときわごぜん)、あの有名な源義経(みなもとのよしつね)の生母に当る人です。
 常盤御前は近衛天皇の中宮・九条院(藤原呈子)の雑仕女(ぞうしめ)で、採用にあたり都の美女を千人を集め、その内の百名の中から、さらに十名を選んだ。
 その十名の中で一番なのが常盤御前、まさに絶世の美女だったのです。

 雑仕女という最下層の職にも関わらず、その美貌が源氏の棟梁・源義朝(みなもとのよしとも)の目に止まり側室となって三人の男子、今若・乙若・牛若(義経)を産みました。
 そして幸せに暮らしていましたが、源義朝が『平治の乱』に敗北し逃亡中に殺害され、二十三歳で未亡人となった。平家に追われて、子どもたちを連れて雪中を逃亡し大和国にたどり着くが、都に残してきた母が捕まったことを知り自ら出頭する。
『平治物語』『義経記』による物語上では、常盤御前は母と三人の子どもの命乞いのため、敵の大将である平清盛(たいらのきよもり)の妾(めかけ)になったと伝えられるが、それは後世の義経贔屓が作りあげた美談だと私は思う。
 歴史的にみて平清盛には人の好いところがあって、その詰めの甘さが壇ノ浦で一族が滅亡する要因になったことは否めない。
 
 美女だからといって性格まで美人とは限らない。――私はこう考察する。

 常盤御前が出頭してきた時には、平治の乱において戦闘にまで参加している義朝の嫡男・頼朝(よりとも)の助命が決定していた。
 妾腹の幼子三人を今さら処刑するとは考えがたい。実際、常盤御前は我が子の命乞いなどひと言もしなかったとされる。本当に助けたかったのは自分の母の方だった。
 どうせ追手に捕まったなら、そのまま我が子とは引き離されるだろう。夫の義朝はすでに死んでいるのだから、これ以上の追及もないだろうし、側室の自分は放免される筈だ。
 だが、謀反人義朝の女だった常盤御前に寄ってくる男などおそらくいないだろう。――かといって、髪を切って尼僧になり亡き夫の御霊を弔う気など更々ない。
 一度は身分の高い暮らしを知った常盤御前なのに、また貧しい暮らしに戻るのは真っ平だ。千人の内で一番の美女との誉れ高き常盤御前は、まだまだ女を捨てたくなかった。
 しおらしく出頭したのは女盛りの美しい自分を平清盛に見て欲しかったからに違いない。雑仕女から側室になったのだから、もう一度この美貌で男を惑わし、時の権力者の寵愛を受けて栄華な暮らしを手に入れたいと、ここぞと勝負に打って出たのだ。
 この度胸と勝負強さ、策謀家の才能が我が子義経に引き継がれたようだ。

 そして常盤御前は平清盛の愛妾になり、二人の間に一女(廊御方)を産んだとされる。清盛の子を産んだのだから、もう平家の人間である。こうやって子どもを産むことで自分の居場所を作ってきたのだろうか。
 だが、清盛の北の方(正妻)時子(ときこ)が常盤御前を妾としたことに激怒したので、別の男のもとにいかされる破目になった。
 次の男は一条長成(いちじょう ながなり)という公家(くげ)で、今度は貴族の側室である。そこで常盤は嫡男・能成(よしなり)と女子を産みました。男が変わってもよく子どもを産む元気な女性です。
 こうやって源義朝・平清盛・一条長成と有力者三人の妾になり、波乱万丈の人生を送った常盤御前ですが、彼女が本当に欲しかったものは愛ではなく、自分の居場所だったのかもしれない。
 
 いつの世でも、美女=正義の図式が幅を利かせています。

 戦国の代表的な美女、お市の方、細川ガラシャ、淀君に比べて、この人の生き様には美貌しかなくて、そういう意味では【 美女 】というテーマにぴったりの常盤御前でした。
 没年は不明ですが、ある程度長生きしたことは間違いない。
 後ろ盾もなく、雑仕女から美貌と才覚だけで、戦乱の世を生き延びた常盤御前は美しく、したたかな女性であったと思う。
 究極の美女とは美貌を武器に何人もの有力者の男を渡り歩き、貧窮することなく、天命を全うした女性のことをいうのだと思います。

 実は『美人薄命』なんて、幻想だったのです。




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 〔 参照 〕

棟梁(とうりょう) ― 組織や仕事を束ねる、中心人物のこと。

平治の乱(へいじのらん) ― 平治元年(1159)京都に起こった内乱。保元 の乱後、藤原通憲と結んで勢力を伸ばした平清盛を打倒しようとして、源義朝が藤原 信頼と結んで挙兵したもの。結局、義朝・信頼は殺され、平氏政権が出現した。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-30 20:38 | 掌編小説集

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   其の五 【 私的検証 】義経とその讒言者

 梶原景時(かじわらのかげとき)という男、稀代の告げ口魔にして、讒言者(ざんげんしゃ)である。
 元々は平家に属していたが、治承四年、石橋山の合戦で大敗し逃走する源頼朝(みなもとのよりとも)を見逃し、命を救った縁から、鎌倉幕府で仕えることとなった。頼朝の信頼も厚く、景時は侍所所司として御家人の統制に当たっていた。

 平氏討伐の際、源義経(みなもとのよしつね)には梶原景時が軍奉行としてつけられた。景時はお目付け役で、鎌倉にいる頼朝に義経の行動を逐一報告するためのスパイだった。
 頼朝と義経は清和源氏の嫡流・源義朝(みなもとのよしとも)を父とする異母兄弟であるが、頼朝の母は熱田神宮宮司の娘で、三男として生まれたが正室の子なので、源氏の嫡流として育てられた。
 かたや、義経の母、常盤御前(ときわごぜん)は九条院に仕える雑仕女で絶世の美女であったと伝えられる。

 さて、この二人が対面したのは頼朝が挙兵して都の平家を攻め込もうしていた頃だった。黄瀬川の宿に居る頼朝の元に、僅かな兵を引き連れて義経が馳せ参じた。その時、兄弟は手を取り合って涙を流して喜んだといわれるが……ここで一つ大きな勘違いが生じた。
 我が兄と頼朝のことを慕い「兄弟力を合わせる」という想いが、義経の脳裏にインプットされていたが、頼朝の方はぜんぜん違う。身分の低い妾腹の子は兄弟じゃない、義経なんか家臣としか思っていない。 
 ――頼朝という男は、人誑し(ひとたらし)の達人であった。
 頼朝に誑されて、平清盛に命乞いをした池禅尼(いけのぜんに)、流された伊豆で北条家の娘、政子を誑し、頼朝に心酔している景時はすでに誑されている。
 そして『お兄ちゃん大好きっ子』義経もまた誑されてしまった。
 ――思うに、天下人の才能とは人誑《ひとたら》しかもしれない。
  
 スタンドプレーが大好き自由奔放な義経 VS 頼朝の威光を笠に着るスパイの景時。
 木曽義仲追討として共に上洛し、そのまま平氏追討に当たったが、屋島の戦いあたりから作戦上の問題で対立が生じはじめる。壇の浦の戦いでは勝利できたが、義経の勝手な行動を景時は逐一鎌倉に報告していた。
 本陣にて指揮を執るべき総大将が先陣に立って動いたために士気が乱れ、諸将が貰うべき恩賞も独り占めしてしまった。大将なら動くべきではないと諌める景時であったが、義経は利かない。この二人犬猿の仲というか、気が合うはずもない。
「私に逆らえば、頼朝公に逆らうのと同じじゃあ!」と景時が恫喝しても、「バーカ! おまえのいうことなんかしるか! 俺はお兄ちゃんのいうことしか利かないもーん!」とうそぶく。
 義経は自分の大将は鎌倉の頼朝だと反論し、景時は義経を大将の器ではないと判じた。
 景時から送られる『義経が調子こいて、いうこと利きませ~ん!』という書簡を読む度にイライラを募らせる頼朝であった。本来、頼朝という男は猜疑心が強く、嫉妬深い、日本一の白拍子、静御前(しずかごぜん)を弟の分際で愛人にしているというだけで嫉妬の炎がメラメラしている。
 その頼朝にいろいろ焚き付けて、兄弟の仲を裂いたのが景時が発信する『チクリメール』だったことは疑う余地もない。

 兄弟の亀裂の決定的な原因は、
「平家を討ち滅ぼした後の判官(義経)殿の様子をみると、常日ごろの様子を越えて猛々しく、士卒軍兵たちはみな心のなかで、どんな憂目にあうかと、まるで薄氷を踏む思いであって、真実に和順する気持ちはまったくありません」これを要約すると、義経があらぶってて怖い! どんな酷い目に合わされるか、みんなビクビク脅えていますよ。ほんとはあいつ(義経)なんか大嫌いでーす。(みんなの反応)
 さらに具体的に「平家追討を果たしたら、逢坂の関から西は義経が頂戴する。天に二つの太陽はなく、国に二人の王はないというが、これからは後二人の将軍がいることになるだろう。と言われました ―略―」(景時・談)
 この讒言に頼朝は激怒し、義経への不信感を募らせて、ついには義経討伐へのストーリー展開となっていった。
 その後いろいろな駆け引きや事件を経て(詳しく述べると2,000文字では収まらない)、義経は二百余騎の軍勢を率いて、粛々と京から出ていった。さらの兄が放った追捕使たちから逃れ、ひたすら北国を目指してスリリングな逃避行となった。
 奥州(岩手県)・平泉に藤原秀衡(ふじわらのひでひら)を頼って身を寄せる。そこで庇護されるが、平衡が病で倒れた後、鎌倉幕府に寝返った息子によって討たれた。
 スーパースター『乱世の英雄』源義経は奥州でその生涯を閉じた。享年三十一歳。

 そして梶原景時は、源頼朝の死によって後ろ盾を失い、わずか一年で他の御家人たちに嫌われて、六十六名から弾劾を受けて、ついに鎌倉から追放されてしまった。
 頼朝と義経の兄弟愛を裂き、何人もの御家人を陥れた讒言者である梶原景時の最期、駿河国で合戦となり討ち死して一族が滅ぼされてしまった。
 結局、頼朝に愛されたスパイ景時は、口が災いとなって身の破滅を招いたということだ。――因果応報というべきか。




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 〔 参照 〕

讒言(ざんげん) ― 他人を陥れようとして、事実をまげ、いつわって悪( あ)しざまに告げ口をすること。 

雑仕女(ぞうしめ) ― 内裏や三位以上の貴族の家に仕える女性の召使い のこと指す。

白拍子(しらびょうし) ― 平安時代末期から鎌倉時代にかけて起こった歌舞の一種。 及びそれを演ずる芸人。主に男装の遊女が今様や朗詠を歌いながら舞ったもの。貴族の相手をする高級娼婦だったともいわれる。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-29 20:30 | 掌編小説集

時代小説掌編集 桜の精

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表紙はフリー素材 [ 四季の素材 十五夜 ] 様よりお借りしました。
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   其の四 滲んだ月 ― 平家物語に主題を借りて ―

 ――1185年3月、壇ノ浦で栄華を誇った平家一門が滅亡した。

 だが、平家なのに生き残った男がいる。平頼盛(たいらのよりもり)、清盛の異母弟である。彼は平家一門にありながら、都落ちにも同行せず、親族の者たちが合戦で悉く(ことごと)首を取られても傍観していた。
 頼盛の母池禅尼(いけのぜんに)は、清盛の継母で源頼朝(みなもとのよりとも)が関ヶ原で捕えられたとき、清盛に命乞いをして助けた人物である。
 平家滅亡後も、頼朝は池禅尼の恩に報いるために頼盛とその家族は所領も没収せず、官位もそのままに手厚く保護していた。元々、頼盛と清盛は不仲だったといわれている。

 しかし、一族見捨てて、自分だけは生き残り、源氏の庇護を受けた平頼盛という男に、歴史が付けた呼び名は『裏切り者』である。


   ※ 滲んだ月は、『 平家物語 』を主題にして書きました。
      歴史上の人物の説明などは別頁にて参照があります。




 ここは長門国赤間関壇ノ浦、宵闇に月が白く浮かんでいる。海は穏やかで波の音しか聴こえてこない。
 墨色の法衣を着た僧侶がひとり海に向かい、座禅を組み静かな声で経を読んでいた。まだ若い僧侶のようで背筋が凛としている。

 寿永二年七月、源義仲に攻められた平家は安徳天皇と三種の神器を奉じて都を落ちる。源氏の攻勢の前に西へ西へと追いやられた平家は、一ノ谷の戦いで大敗を喫して、海に逃れ讃岐国屋島と長門国彦島でまさに背水の陣を敷いていた。平家の総大将は清盛の四男平知盛、一方の源氏の総大将は源義経であった。
 ついに平家一門の終焉地の壇ノ浦。
 敗戦を悟った知盛は、安徳天皇が乗る御座舟に飛び乗り、最期の時が来たことを一門の者たちに告げた。その言葉に死を決意した二位尼は、幼い安徳天皇を抱き寄せ、宝剣を腰にさし、神璽を抱えた。
 幼い安徳天皇が「どこへ行くのか」と祖母に尋ねれば、二位尼「弥陀の浄土へ参りましょう。波の下にも都がございます」と答えて、安徳天皇とともに波間に身を投じた。
 続いて建礼門院ら平家一門の女たちが次々と海に身を投げる。
 武将たちも覚悟を定め、教盛は入水、経盛は一旦陸地に上がって出家してから還り海に没した。資盛、有盛、行盛ら、主だった平家一門の者は皆入水した。
 平家の総大将知盛は「見るべき程の事は見た」とつぶやくと、鎧二領を身に着けた。入水した後に浮かび上がることを屈辱として、さらに錨と共に海中に深く沈んだ。

 壇ノ浦の海底には、安徳天皇や平家一門の御霊が眠っている。

 僧侶は経を読み終えると、被っていた編笠を取り、代わりに傍らに置いた琵琶を膝に乗せ、絃を掻き鳴らしながら凛とした声で謡い始めた。
 その声には哀愁が籠められて、聴く者の心に哀しみの雨を降らす。この僧侶は誰であろうか。平家ゆかりの者かもしれぬ。だが、源氏の平家狩りは厳しくわずかに生き延びた残党たちは深山に分け入って、その身を隠しているらしい。――立派な身なりの僧侶である。
 ふと、僧侶は背後に気配を感じる。振り向けば、萌黄匂の鎧、鍬形打った兜を被った若武者が立っていた。

「誰ぞ」
「――久しゅうございまする」
「そなたは敦盛ではないか」
「美しい月ともの哀しい琵琶の音に惹かれて、冥土より舞い戻ってまいりました」

 平敦盛は平清盛の弟である平経盛の末子で、ぬきんでた笛の名手であり、鳥羽院より賜りし『小枝』という名器を父より譲り受けていた。
 十七歳で一ノ谷の戦いに参加。源氏の奇襲を受け、平家側が劣勢になると、馬で海に飛び込み助け船で沖に逃げようとしたが、敵将を探していた熊谷直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。
 卑怯者と呼ばれ恥辱と思った敦盛が取って返すと、剛勇の武将直実はすばやく馬から組み落とし、敦盛の上に馬乗りになり首を斬ろうと兜を上げると、まことに美しい若者の顔を見て驚き躊躇する。
 直実は敦盛を助けようと「いかなる身分の方であられるか。名乗らせ給え、某がお助け申し上げましょうぞ」と名を尋ねるが、敦盛は「私はお前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に見せよ。さあ早く首を取れ」と答えた。
 あまりに無残と直実は涙ながらに敦盛の首を落とした。

「一ノ谷で討ち死にした、そなたとこんな所で再会できようとは……」
「久しぶりに、この『小枝』を吹きたく。この世に戻りました」
 そう云うと、敦盛は錦の袋に入れた笛一管を取り出した。
「そうか、ならば今宵は存分に奏でようぞ」

 ふたりは琵琶と笛で美しい音色を奏でていた。まるで幽玄の世界のように、その音は闇に吸い込まれて、波間へと消えていった。

「――どのは、出家なされたのか」
「敦盛、わが名を呼ぶな、その名は捨てた。妻子を捨て、都を捨ててきたのだ。わが父平頼盛は一門を裏切った男よ。その子のわたしはそれを恥じて出家したのだ。父は昨年亡くなったが、平家が滅亡した日から、毎夜、父の夢枕に平家の亡霊が現れてうなされ、最期は半場狂い死にであった――」
「そうか、頼盛どのの兄弟はみな討ち死にしたゆえ。わが父、経盛も壇ノ浦に没した。平家の男は一門とともに散ったのだ」
「……それを云うな、父やわたしは見苦しく生き延びた。今や慙愧の念でいっぱいだ」
「命のあることを喜びなされよ」
 死者の敦盛からみれば、生きていることの方が羨ましいのだ。

「我が祖母池禅尼が頼朝公の命乞いさえしなければ、伊豆に流した頼朝が北条家と結託して挙兵せずにすんだ。――皮肉なことに、そのお陰で我が一家は平家なのにお咎めなし、鎌倉幕府の庇護を受けているのだから……」
「もう、よいではないか。それよりも琵琶の腕が上達なされた」
「そうか、琵琶はそなたの兄上経正どのに教えを乞うた。経正は琵琶の名手だったが、あの方も一ノ谷の合戦で命を落とされた。平家は武士なのに楽器の才に秀でた者が多い。殿上人の真似をしている内に、武士としての気骨さを失くしてしまったやもしれぬ」
「わたしも剣よりも笛の稽古ばかりしておったゆえ……」
 敦盛がはにかんだように笑う。月の光に映えて美しき横顔であった。

 敦盛の父平経盛は歌人として歌壇では大い活躍した。兄の経正は管弦に長じ琵琶の名手としてその名を馳せた。敦盛もまた笛の名手である。武士の家系にあって文人の血の方が濃い。

「――そう云えば、大相国清盛どのが生きておられた頃は、平家の公達どもが六波羅の屋敷に集いて、碁を打ったり、歌会をしたり、蹴鞠などして毎日遊び呆けておった」
「まことに華々しい日々であった」
 当時、都では「平家にあらずんば人にあらず」と囁かれるほど平家の絶頂期であった。
「あの栄華が末代まで続くと思っておったが、大相国どのより先に嫡男の重盛どのが亡くなられてから平家に暗雲が立ち込めたようじゃあ、重盛どのは公家たちの信望が深かった」
「ふむ……」
「後の平家には一門の長として指揮を執るほどの才覚を供えたものがおらなんだ、それが此度の敗因やもしれぬ……」
「――今さら云ってもせんなきこと」

 死者の敦盛の方が潔い。彼は笛を唇にあてるとゆっくりと音色を奏で始めた。その音に惹かれるように僧侶もまた琵琶に撥をあてて絃をつま弾く。再びふたりは時を忘れて音を奏で始めた。それを聴いているのは天上の月だけだった――。
 うつくしい幽玄の奏では、壇ノ浦に眠る平家一門の御霊をも弔っていた。

「なあ、敦盛」
 撥を止めて、横を向くと隣に座っていたはずの敦盛の姿がない。
「黄泉の国の還られたのであろうか」
 僧侶は琵琶を抱いて砂地から立ち上がると、天を仰ぎみて敦盛に別れを告げた。――そして誰に言うともなく、ひとりごつを云う、
「あれほどに栄華を誇った我ら平家一門が何故に儚く消え去ってしまったか、分からぬが……ただ、わたしは平家の生き残りとして、一門の弔いがしたい」
 僧侶の声に答える者もなく、白い月がぽっかりと浮かんでいるだけだ。その声は潮騒に掻き消され波間を漂い、壇ノ浦の海に沈んでいく。蝶紋の家紋が付いた錦の小袋に撥をしまうと、再び天を仰ぎ見た。
「月が滲んでいる」
 僧侶の目には月がぼやけて映っていた――。

 若い僧侶は琵琶を片手に諸国を巡り、哀しい平家の物語を弾き語った。やがて、琵琶を弾奏しながら物語などを謡う、この僧侶のことを人々は『琵琶法師』と呼ぶようになった。




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 〔 参照 〕
                                 
長門国赤間関壇ノ浦 ― 現在の山口県下関市

安徳天皇(あんとくてんのう) ― 平清盛の娘である建礼門院徳子と高倉天皇との間に産まれ、僅か八歳の幼い命を壇ノ浦に沈めた。

平清盛(たいら の きよもり) ― 平家の平安時代末期の武将、政治家。「平家にあらずんば人にあらず」と言われるほどの栄華を築いた。

二位尼(にい の あま) ― 平清盛の妻で安徳天皇の祖母。平時子

建礼門院(けんれいもんいん) ― 安徳天皇の母で清盛と時子の娘、徳子

平知盛(たいら の とももり) ― 清盛と時子の四男で平家の総大将。建礼門院の兄

平経盛(たいら の つねもり) ― 平安時代末期の平家一門の武将。歌人。平忠盛の三男。平清盛の異母弟。経正、敦盛らの父。

熊谷直実(くまがい なおざね)― 東国武士。一ノ谷の戦いで敦盛の首を取る。後に敦盛を討ったことに対する慙愧の念で出家する。

源頼朝(みなも と のよりとも) ― 平安時代末期、鎌倉時代初期の武将である。鎌倉幕府の初代征夷大将軍として知られる。

平頼盛(たいら の よりもり) ― 清盛の異母弟であるが、一門を裏切り平家と運命をともにしなかった。

池禅尼(いけ の ぜんに) ― 修理大夫藤原宗兼の娘、藤原宗子。平忠盛の正妻。忠盛との間に家盛、頼盛の息子を設けます。平清盛の継母。死んだ我が子家盛に似ているからと頼朝の命乞いを清盛にした。

殿上人(てんじょうびと) ― 日本の官制において五位以上の者のうち、天皇の 日常生活の場である清涼殿南廂へ昇ることを許された者のこと。

平経盛(たいら の つねもり) ― 平安時代末期の平家一門の武将。歌人。平忠盛の三男。平清盛の異母弟。経正、敦盛らの父。

平経正(たいら の つねまさ) ― 平安時代末期の平家一門の武将。歌人。琵琶の名手。平経盛の長男で、平清盛の甥にあたる。敦盛の兄

公達(きんだち) ― 親王・摂家・清華(せいが)など上流貴族の子弟。
 
大相国(だいしょうこく) ― 太政大臣の唐名、ここでは平清盛を指す。

蝶紋(ちょうもん) ― 平家紋と言われる。

琵琶法師(びわほうし) ― 平安時代、琵琶を街中で弾く盲目の僧のことある。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-28 20:10 | 掌編小説集

時代小説掌編集 桜の精

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    其の三 吉兆の猫

「まことに寝子(ねこ)というだけあって一日中寝てばかりおるわ」
 不機嫌そうな乳母の声が瑠璃姫の居る、御簾(すみ)の中にまで聴こえてきた。その後、ぎゃんと猫の鳴き声がした、廊下で寝ていた猫を乳母が蹴飛ばしたのかもしれない。
 乳母の機嫌が悪そうだと思っていたら、どかどかと瑠璃姫の御簾に乳母が入ってきた。
「姫君! なぜ、弾正尹(だんじょうのかみ)に文をお返しにならなかったのですか?」
「乳母や、猫に手荒なことをしてはなりませぬ」
「弾正尹の少将から、私へ文がきて《姫君は気位が高くて、とてもお相手が務まりません》と断られてしまったではありませんか」
「あの男の馬面は嫌いじゃ……」
「そんなことばかりいっているから……」
 その後につづく言葉を吞み込んで、呆れたように乳母が溜息を吐いた。

 近江国(おうみのくに)瀬田(せた)に住まう瑠璃姫は、父君は近衛大将(このえたいしょう)、母君は中宮に仕える女官であった。内裏で近衛大将に見染められた母君は宮仕えを辞して、夫が用意した屋敷に住まうことになったが、近衛大将の北の方は悋気の強いお方で、都に居を構えることを許さなかった。
 それゆえ、都より遠い琵琶湖を望む、瀬田に屋敷を構えることになった。瑠璃姫が生まれて、瀬田の長者の娘が乳母(めのと)として奉公にあがった。生後まもなく我が子を亡くし、夫とも疎遠になっていたので、屋敷に召されて姫君を育てることを生甲斐と感じていた。
 乳母は田舎育ちだったが、若い頃、都で貴族の屋敷に奉公したことがあり、都育ちの女主人を尊敬し憧れていた。七歳の時に母君が亡くなってからも、ずっと瑠璃姫の側で世話をしてくれたのだ。乳母は朗らかで活発な性格、姫君にはきびしいが情の厚い女である。

「また、そんな穢れの者を御簾に入れて……」
 瑠璃姫の膝の上のでは真っ白な猫が眠っていた。銀波(ぎんなみ)という、さざ波のように毛並が銀色に輝き、吉兆とされる金目銀目の美しい牡猫である。
 屋敷では穀物や衣類などを鼠の害から守るために通常五、六匹の猫を飼っているが、その内で銀波は姫君の一番のお気に入りだった。かれこれ齢十五になる老猫である。
「そんなことより銀波が心配じゃあ、餌も食べないで寝てばかり……このままでは……」
 姫君はしくしくと泣かれた。
「その猫はもう寿命でございます。それよりも年頃の姫君の元に通ってこられる公達がいないことの方が……乳母には悲しゅうございます」
 乳母も桂(うちき)の袂で涙を拭っていた。
 瑠璃姫を殿上人の北の方にして、京の都にかえるのが乳母の夢だった。そのために姫君を美しく聡明に育てあげたのだ。
 しかし当の姫君は殿御には興味がなく、尼にでもなって母君の御霊を弔いたいと思っていた。

 あんなに具合の悪かった銀波が突然消えてしまった。
 屋敷中どこにもいない、侍女たちが外まで捜しにいったが見つからない。猫は死期が迫ると、どこかへいってひっそりと死ぬといういい伝えがある。それでも諦め切れない姫君だったが、ある夜、こんな夢を見た。
 ――夜明けの湖畔、朝霧の中を姫君が歩いていると、真っ白な狩衣姿の公達が現れて、
「お世話になりました。どうか私のことは捜さないでください。とうに魂は天に召されているのです」
「お前は……、もしや銀波か?」
「さようでございます」
 瞳は美しい金目銀目だった。
「銀波は御霊(みたま)となって、姫君の幸せを願い見守って参ります」
 そう告げて、姫の前からすーっと消えていった。――そこで目を覚ました姫君は、銀波の死を確信して涙を零した。

 傷心の姫君の元に立派な公達が通ってこられるようになった。
 式部大輔(しきぶのたゆう)藤原兼通(ふじわらのかねみち)は、父君は右大臣、母君は大納言の家柄の娘で、由緒正しき血統の嫡男(ちゃくなん)である。まだ若いので正五位、式部大輔と官位は低いが、将来有望な公達なのだ。
 この度の縁、どの殿御とも今まで深く心を通わすことがなかった姫君だが、兼通とは仲睦まじく、夜も更ければ、塗籠の中から……時おり漏れくる姫君のあられもないお声に、乳母が赤面するほどであった。
 塗籠の中で、兼通が姫に不思議な話をきかせた。
 瀬田川に舟遊びにきたが、陰陽道の方違(かたたが)えで、瀬田の長者の屋敷に逗留することになったが、連れの者が急な病に罹り、しばらく長者の元に逗留していた。
 毎日、所在なくしていたら、一匹の白い猫が現れて、毎日兼通のことを見ていたという。ある日、「自分についてこい」といわんばかりに、にゃーにゃー鳴いて呼ぶのだ。白い猫は兼通の前を歩き、時々立ち止まって、ついてきているかたしかめながら歩く、そして猫に案内されたのが、瑠璃姫の住む屋敷だったというのだ。
 その白い猫の眼は金目銀目だったという。――もしや銀波の御霊なのかもしれない。

 やがて瑠璃姫と乳母は生まれ故郷の瀬田唐橋(せたのからはし)を渡り、京の都、右大臣家の寝殿造りの北の対に住まうことになった。嫡男、藤原兼通の正室として迎え入れられたのだ。兼通は通っていた女人たちと別れられて、瑠璃姫様、おひとりだけを寵愛なされた。
 瀬田の姫君の玉の輿は京童たちの口の端に上がって、忽ち噂話になったが幸せな姫君だとだれもが羨み微笑んだ。

 これが吉兆の猫、銀波の結んだ縁(えにし)である。




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 〔 参照 〕

弾正尹(だんじょうのかみ) ― 律令制度における弾正台の長官( かみ)である。従三位相当。職務として、非違の糾弾、弾劾を司る。

近江国瀬田(おおみのくにせた) ― 現在の滋賀県大津市瀬田、瀬田唐橋(せたのからはし)で有名な土地。

近衛大将(このえのだいしょう) ― 日本の律令官制における令外官のひとつ。宮中の警固などを司る左右の近衛府の長官。

中宮(ちゅうぐう) ― 日本の天皇の妻たちの呼称のひとつ。

北の方(きたのかた) ― 公卿・大名など、身分の高い人の妻を敬っていう語。

悋気(りんき) ― ねたむこと。特に情事に関する嫉妬。やきもち。

式部大輔(しきぶのたゆう)― 日本の律令制の官職のひとつ。式部省の式部卿に次ぐ地位だった。

塗籠(ぬりごめ) ― 土 などを厚く塗り込んだ壁で囲まれた部屋のこと。初期の寝殿造りでは寝室として使われ た。

方違(かたたがえ) ― 外出または帰宅の際、目的地に特定の方位神がいる場合に、いったん別の方角へ行って一夜を明かし、翌日違う方角から目的地へ向かって禁忌の方角を避けた。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-27 20:06 | 掌編小説集

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    其の二 獣鬼丸

 殿上人の姫君が鬼の子を産んだと、京童たちの間で噂になった。
 治部卿の娘、一ノ君が父親のわからぬ赤子を産んだが、それは鬼の子だったというのだ。
 産み落とした我が子をひと目見るなり、あまりにおぞましき姿に発狂して姫は身まかった。治部卿は異形の孫を葬り去ろうとしたが、陰陽寮の技官に鬼の祟りがあるやもしれぬゆえ、殺さず、人目に触れぬように生かせと助言された。一ノ君の産んだ男児は、屋敷の奥深く密かに育てられていた。

 時は流れ、治部卿はこの世を去り、屋敷には三ノ君とその母君が住んでおられた。
 和歌を詠み、才色兼備と謳われた三ノ君の元には中納言家の嫡男が通ってこられるようになった。かつての悪い噂を耳にした中納言の嫡男は三ノ君の身を案じて、一人の霊力の強い巫女を使わした。
 千種(ちぐさ)と呼ばれる娘は十五になったばかりだが、伊勢の斎宮の元で修業を積んだ巫女だけあって、凛とした出で立ちには威厳すら感じる。
 ある夜、千種が夜回りをしていると美しい笛の音が聴こえてきた。何処からと探しあてれば竹林の奥から灯りがもれている。近づいてゆくと、なにやら結界が張られていたが、笛の音に惹かれて奥へ入っていった。
 縁側に腰かけて若者が笛を吹いていた。月の光に照らし出された貌は気品漂う公達であった。齢は元服したばかりであろうか。
「汝は何者ぞ」
 千種は若者に声をかけた。
「おや、貴女には私が見えるのですか」
「美しい笛の音に惹かれて足を踏み入れてしまった」
「今宵の月に捧げるために吹いておりましたが、まさか天女が舞い降りるとは……」
「吾は巫女なり。結界の庵に棲む汝の名を明かせ」
「鬼獣丸(きじゅうまる)と申す者。わけあって幽閉されています」
『誰と話しておるのじゃあ!』
 いきなり訛み声が響いた。見ると若者の背中からもう一人男の貌が覗いていた。
「やや、おのれ妖しか?」
「巫女殿、これは弟です。私たち兄弟は腰から上に二つの躯が付いた異形の者に御座います」
『兄者、この女を喰ってもいいか』
 背中の男の貌には角と鋭い牙が生えていた。
「ならね! 巫女を喰う祟りがあるぞ」
「この屋敷に鬼の子が居ると聴いたが汝らのことであったか」
「見ての通り、弟は怖ろしい鬼なのです。そのせいで、この私まで生まれた時からここに閉じ込められています。どうか、私を外に出してください」
『兄者! わしは人間の女を喰いたいぞおー』
 背中の男はそう言って暴れている。
「難儀よのう。汝らは躯が繋がっておるゆえ……」
 庵に張られた結界が弱まってきている。いずれ破られて鬼獣丸は野に放たれ悪さをするであろう。鬼と人と二つの躯を持つ兄弟を引離すことはできるのか。千種は己の霊力でなんとかしてやりたいと思案した。
 明日の夜またくると兄と約束して結界の庵を去った。

 次の夜、千種は神楽を舞う巫女の正装で現れた。
「巫女殿、その出で立ちは……」
「鬼の瘴気を祓うために、吾が神楽を舞って進ぜよう。汝は笛を吹け」
 鬼獣丸の兄の笛に合わせて、手に持った鈴をシャンシャン鳴らし多々羅を踏んだ。篝火に映えて妖艶に舞う巫女の姿である。
『止めろ! く、苦しい……』
 千種の放つ霊力に背中の弟が苦しみ出した。
『おのれ……喰い殺してやる』
 鬼の形相で黒い息を吐きのた打ち回る。
「巫女殿! 今じゃ、弟を調伏してください」
 いつの間にか懐剣を取り出し、呪文を唱えながらくるくる舞い踊り、一気に振り下ろした。
 ぎぇえええ――――闇を切り裂く咆哮が轟いた。
「な、なぜ……この私を……」
 鬼獣丸の兄の胸には懐剣が突き刺さり、ドス黒い血が流れていた。
「鬼め! 正体を現わせ」
 見る見る兄は般若の貌に変わっていった。
「よくも、俺の正体を見抜いたな……この巫女めが……」
「汝の口から生臭い瘴気が出ておったのじゃあ。鬼は弟ではなく、兄の方だと最初から気づいておったわ。弟は人の心を封印されて鬼の姿にされていた。鬼は狡賢いので、そうやって謀るものよ」
「畜生……」
 鬼の兄は胸を掻き毟り息絶えた。身二つの兄弟だった、兄の躯が腐った柿のようにぐしゃりと地面に落ちると、どろどろに溶けて土の中に吸込まれていった。
 そして背中の弟は美しい若者に変身していた。
「ああ、やっと人の心に戻ることができました」
 弟は身一つになった躯を不思議そうに見ている。
「汝、ここを出ても棲む処があるまい」
「はい」
「吾に付いてきやれ」
 そして鬼獣丸は陰陽諸道を執りおこなう家に預けられた。
 やがて年齢と共に巫女の霊力が衰えた千種は職を辞して、陰陽道博士の鬼獣丸と夫婦になった。二人の間に生まれた男児が、後の世に“ 稀代の陰陽師 ”と讃えられた安倍晴明であったといわれる。

 安倍晴明は千種の霊力と鬼獣丸の鬼の妖力を得て、妖かしどもを次々と調伏していったのである。




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 〔 参照 〕

天上人(てんじょうびと) ― 清涼殿の殿上の間に昇ることを許された身分の人。

治部卿(じぶしょう) ― 律令制における八省のうちのひとつ。治部省の長官。

陰陽寮(おんみょうりょう) ― 日本の律令制において 中務省に属する機関のひとつ。占い・天文・時・暦の編纂(へんさん)を担当する部署。

中納言(ちゅうなごん) ― 太政官に置かれた令外官のひとつ。太政官においては四等官 の次官(すけ)に相当する。

斎王(さいぐう) ― 天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、天皇の代替りごとに、未婚の内親王や皇族女性の中から選ばれて、都から伊勢に派遣された。

陰陽師(おんみょうじ) ― 古代日本の律令制下において中務省の陰陽寮に属した官職のひとつで、陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって占筮(せんぜい)及び地相などを職掌とする技官。

   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-26 09:17 | 掌編小説集

時代小説掌編集 桜の精

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表紙はフリー素材 [ 四季の素材 十五夜 ] 様よりお借りしました。
http://ju-goya.com/


    其の一 お伽噺 桜の精

深い山である。
わけ入っても、わけ入っても、更に深い森が続く。かつてこの森には平家の落ち武者たちの住む隠れ里があった。
若者は爺さまと雉を射止めにきて、沢ではぐれてしまった。山に不慣れなため方向がわからず、彷徨い歩いて、とうとう深い森に迷い込んでしまった。
「ここはいったいどこだろう?」
皆目見当がつかない……。
先ほどから頭上を、ひらひらと薄桃色のものが舞っている。

「これは桜か?」

頬に張り付いた花びらを摘まんでみた。
ほどなく、山桜が群生する森に入り込んだ。そこは山桜が満開に咲き誇り、眼を奪うばかりの美しさ、まるで桃源郷のような処だった。
「なんときれいな桜の木だろう」
男は道に迷ったことも忘れ感歎の声をあげた。
桜の森を進むうちに何やら奥の方でちらちらと動くものが見えた。この辺りの山には凶暴な猿が出ると聞いていたので、男は脅えて身構えたが――。
しかし、それは白い着物を着た人の姿のようだった、まさか、こんな山奥に人が住んでいようとは……もしや、ここがあの平家の隠れ里なのか。

満開の桜の木の下、うら若き乙女が扇を手に優美に舞っていた。
単衣の薄物の衣から、女の白い脚や豊かな乳房が透けて見えて、若者の目を奪う。その美しい肢体を見ているうちに、桜の狂気にあてられてか、若い男の肉体は劣情した。
どうしても欲望を抑えきれず、じりじりと男は近づいていく、ぼきっと小枝を踏んでしまった物音に振り向いた女は、見知らぬ男に驚愕して、脱兎の如く逃げようとした。

逃げ出した女を捕食する虎のように男も追いかけた。追って追って、追って……。
ついに桜の木の根元に足を取られ転んだ女に、男は覆いかぶさって押さえつけた。
女は手足をばたつかせて必死で抵抗するが、みぞおちに一撃をくらわせると「うっ!」と呻いて静かになった。
逸(はや)る気持ちで薄物を剥ぎとり、女の固いつぼみに無理やり己のものを挿し込もうとすると、
「ううっ……」
女は苦しそうもがき、のけ反ったが、構わず突いた。――そのまま男は女の中に精を放った。

空中を雨のように桜の花びらが舞っている……。
女は泣いていた、両足の間から男の精と交ざり赤い血が流れていた。
「すまない……」
正気に戻って男は女に謝った。
「何故このような無体なことをする」
怒りに震える声で女が云う。
「吾は神仏に仕える巫女である。山の神々に舞いを奉納しておったのじゃ」
「おまえがあまりに美しいので……」
「そなたによって吾は穢された! もはや神仏に仕えることもままならず、庇護もない」
「すまぬ……里に下りて、わしの嫁になってくれ!」
「勝手を申すな、男はけだものじゃあ!」
女の悲痛な叫び声が木霊して、桜の森に疾風(はやて)が吹き荒れた。木々の枝を震わせて桜吹雪を舞い上がらせ男の視界を奪う、桜の花びらと共に女の姿も忽然と消えてしまった。
「待ってくれ……」
茫然と立ち上がろうとして、男は意識を失くした。

沢の近くで気を失って倒れていた若者を、探しにきた爺さまと村の人たちが見つけて助けあげた。
里に帰った若者は山里で美しい娘にあった話を爺さまにしたが、あの村はずっと昔に村人が死に絶えて、今は誰もおらんといわれた。
「あの女は桜の精だったのか?」
だが、自分の身体にはあの女の感触や匂いも残っていて夢とも思えない。
しかも何故か、懐には女の扇が入っていたのだ。扇には平家の家紋である『丸に揚羽蝶』が描かれていた。
不思議なことだと若者は首を捻った。

――夜半に春の嵐が吹き荒れて、あっという間に山が燃えた。
季節外れの山火事で山頂あたりは見事に丸裸になってしまった。
「きっと、あの女も火に巻かれて焼け死んだのだろう」
桜の精のような女との契りを想いだして、切なさに、男は胸が痛くなった。

山火事がおさまった翌日から、何日も何日も激しい大雨が降り続いた、丸裸になっていた山頂が崩れ、一夜にして麓の村が濁流にのまれ土砂で埋まってしまった。
何者か桜の精と契ったがため、山の神々の怒りに触れたのだと生き残った人々は噂した。

ひらひらと何処からか飛んできた桜の花びらが空を舞っていた。
あの若者も今は土砂の下に眠る。




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      創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-11-25 20:16 | 掌編小説集