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カテゴリ:夢想家のショートストーリー集( 100 )

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   第100話 お・や・く・そ・く

映画やアニメを観ていると、あるセリフを登場人物がいうと必ず発動する展開というものがあります。
画面を観ていて、「あっ! 言っちゃった!!」と思ったら、その後は予想通りに話が進んでいって……ああ、言わんこっちゃない! たいてい最悪の結果となる。
――だが、そうなってしまうのは、何者も抗うことのできない。【 お・や・く・そ・く 】という謎の法則のせいなのだ。
特にホラーやサスペンスものなどで多く発動する【 お・や・く・そ・く 】は、それを見つけること自体が、楽しみになってしまうことだってある。
今から私の知る限り、思い浮かんだ【 お・や・く・そ・く 】について、ここに記述してみようと思う。
たぶん、この中には、みなさんがすでにご存じなものも多いことでしょう。


【 お・や・く・そ・く 其の1 】

「この戦争が終わったら、故郷に帰って結婚するんだ!」
ああ、もうダメだ! 戦闘アニメでこのセリフをいったキャラは、次かその次の週の作品で爆死するという運命が決まっている。
いつも思うんですが、先に結婚してから戦場にいった方が生存率が上がるんじゃないでしょうか?
 未来に希望を持っているというキャラは戦争の悲惨さを訴えるため、もしくが主人公たちの士気を高めるための『捨て石』とされる。
そんな無慈悲な、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の2 】

「重要な秘密を知った。おまえだけに伝えたい、12時に○○の前で待っていてくれ」
サスペンスものでよくある展開です。こういう約束をして、その場所に行ってみると必ずと言っていいほど密告者はすでに殺されている。
そして、「ああ遅かったか……」と嘆く主人公なのだ。
だいいち密告者の方も、待ち合わせなんて廻りくどい方法を取らずに、さっさっと打ち明けてしまえばいいものを……勿体つけて、自分に値打ちつけてる内に仏様にされちゃう。
死人に口無し、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の3 】

「ここは俺に任せて、先にいってろ。すぐに追いつく」
このセリフを言ったら、もう永遠に追いつかない。ホラーものなど絶体絶命のピンチ(敵に取り囲まれて逃げられない状況)に仲間を逃がすため、リーダーなどが男気をみせるセリフだが、たいてい敵の餌食になってしまう。
ただし、この法則を回避するセリフがあるらしい「必ず来いよ。待ってるから!」そう主人公が返事をしたならば、もう死んだと諦めた頃にヒョッコリ現れるという。
起死回生の、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の4 】

「この中に犯人がいるかもしれないんだぞ。こんなところに一緒に居られるか!」
人里離れた洋館に数人のグループが閉じ込められて、次々と仲間が殺されていく――。
そういうホラーやサスペンスの場合では、仲間がひとり、またひとりと殺される展開の中で発狂して、「この中に犯人がいるかもしれないんだぞ。こんなところに一緒に居られるか!」そう叫ぶキャラが必ずいる。
そして自分の部屋に閉じこもるが、結局、翌朝には死体となって発見される。
むしろ危険な状況ほど仲間たちと一緒に居た方が安全だと思うのだが……なんで? いっつも決まって別行動するキャラがいるのか不思議なくらい。
ボッチは狙われやすいということを学習すべきだろう。
ちなみに、ホラー映画では「モンスターなんかいない」といったキャラが最初に死ぬ。
そしてその死体を見て、パニックになったキャラがその次に死ぬという法則があるようだ。
パニクったら死ぬぞ、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の5 】

「おおっ! 殺ったか!?」
強い敵を倒して得意になっていると……案外、死んでなくて逆襲される。
敵は甘くないんだ。ちゃんとトドメを刺してから喜ぼうね。
油断大敵だよ、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の6 】

「金ならやる。命だけは助けてくれい!」
悪党が追い詰められて、札束を見せびらかして命乞いをするシーンはドラマなどでよく観られるが、あっけなく殺られてしまうのがオチなのだ。
よく考えてみれば、その金は殺してから奪っても同じなのだから、札束を見せびらかしても命乞いの道具には使えない。
悪党のくせに人の善意にすがるのはみっともないぞっ!
往生際の悪さを見せる、お・や・く・そ・く。


【 お・や・く・そ・く 其の7 】

「くじで決めよう!」
なぜか、くじを持っている者が引く。
「なんだ猫か? 脅かすなよ」
次のシーンで侵入者によって、あえなく殺されている。
「実は、わたしが真犯人でした」
断崖絶壁で犯行を自供した犯人は、直後に崖から飛びおりて死ぬ。
目の前で犯人に死なれるなんて警察の怠慢だよ。そんな自殺の名所みたいなところで事情徴集やってんじゃない。
小ネタですが、何度もみたことある、 お・や・く・そ・く 。

ワンパターン化したセオリーが発動するため、引き金となるセリフを言うことを『フラグが立った』といい、そうなってしまう法則のことを『お約束』と申します。

はてさて、この他にいくつ【 お・や・く・そ・く 】を、みなさんはご存じですか?



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-09-30 12:12 | 夢想家のショートストーリー集
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   第99話 子どもは天使か、モンスターか?

 子どもが天使なんて嘘!
 聞きわけのないモンスター、それが子ども。
 それを人にすることが育児なのだ。

 いつも仕事で帰宅が遅い俺は、子どもの寝顔を見てから就寝する毎日だった。
 今日も子どもが寝静まった頃に帰ってくると、ダイニングのテーブルで妻が待っていた。
 手に持ったはがきを見せて、「行ってもいいかしら?」と俺に訊く――。それは同窓会のはがきだった。
「一日くらいなら俺が子どもの面倒みるから行っておいでよ」
 優しい夫の顔で俺は答え、その言葉に妻は喜んだ。

 我が家には、五歳の息子と三歳の娘がいる。
 日頃から育児は妻に任せっぱなしで休日くらいしか、子どもの相手をしていない、この俺にできるのか? 
 そのとき深く考えもせず、いつも帰りが遅い罪滅ぼしのつもりに、一日くらいなら何とかやれるだろうと安請け合いしてしまった。

 いよいよ同窓会へ出掛ける日。
 前日にママが出掛けることを子どもたちに言い聞かせておいたが、やはり朝になると三歳の娘は「ママと行く――!!」と玄関で大声で泣き喚いた。五歳の息子も機嫌が悪く、乱暴に玩具に怒りをぶつけている。
 隙をみて、妻は自分の自動車で逃げるように出掛けていった。
 スケジュールの都合で妻は実家に一泊してから帰宅する予定である。ママのいない日、育児に不慣れなパパとやんちゃな子どもたちは無事に過ごせるだろうか? なんだか前途多難な始まりだった。

 忙しなく朝食を食べさせた後、子どもたちを連れて公園にいく。
 休日なので近所のママ友たちはいない、いろいろ話しかけられても面倒なので良かった。子どもたちを遊そばせながら、スマホのゲームに興じていたら、突然、泣き声がした。
 娘が転んでひざ小僧から血を流している。娘を抱きかかえ傷の手当てをするため家に帰ろうとしたら、どこにも息子の姿が見当たらない。
 さっきまで砂場で遊んでいたはずなのに……小さな子どもはちょっとでも目を離すとどこに行くか分からない。名前を呼びながら捜し回るが息子は見つからない。困り果てた俺は泣いている娘をおんぶして、交番にいくことにした。
 背中の娘は「ママー! ママー!」と泣き叫んでいる。すれ違う通行人たちに不審な目で見られるし、まるで俺が幼女誘拐犯みたいじゃないか。一向に泣きやむ気配がない娘にこっちが泣きたくなった。
 ――こういうとき、日頃のスキンシップ不足がたたるのだと肝に命じる。

 歩いていくと、小さな公園があり、そこから賑やかな子どもたちの声が聞えた。
 なんと、その中にうちの息子の姿があった! 公園の中を追いまわし、やっと息子の首根っこを捕まえて、「どうして勝手にいなくなったんだ!?」怒鳴ったら、脅えて泣きだした。
 息子は公園に友だちがいないので、退屈して別の公園に移動したらしい。やれやれ、こっちは誘拐されたんじゃないかと心配したんだから……。
 黙っていなくなった息子も悪いが、スマホを見ていて、子どもたちから目を離した俺も父親失格だろう。

 子どもたちの機嫌をとるために、お昼はハンバーガーショップにいくことに――。
 ここなら気楽に食事ができると思ったのに……甘かった! 娘はジュースをこぼすし、息子は店内を走り回り、お客とぶつかってトレイをひっくり反し、商品を弁償する破目に……。
 娘が急に「おしっこ、おしっこ!」と慌てだすし、息子はキッズセットに付いてる玩具が欲しいと駄々を捏ねる。
 ああ、もう胃が痛くなってきた。こんなことなら、家にいれば良かったと後悔する俺だった。
 頼むから、ちょっとでもいいからじっとしてくれっ!!

 家に帰ってからは、子どもたちの好きなアニメ番組を観せて、大人しくさせるつもりだった。その内、昼寝でもしてくれるだろうとたかをくくっていたら……いつまで経っても寝ないどころか、アニメ番組のことで兄妹喧嘩を始めた。
 まるで猫の喧嘩みたいにギャーギャー騒がしい。ああ~うるさい! こんな時、いつもなら妻がいるので丸投げできたが、今日はそうもいかない。なだめて、なだめて……なんとか静かにさせる。

 夕飯は妻が作っておいたシチューを温める。
 娘は母親を恋しがって「ママいつ帰るの?」そればかり訊いてくる。明日の朝だと答えたらメソメソ泣きだした。まるで妻に逃げられた父子家庭みたいで、俺まで切なくなってきた。
 風呂を沸して親子三人で入る。賑やかな入浴だけど、こうして子どもたちの成長をみるのは親として嬉しいもんだ。そういえば、子どもを風呂に入れるのは久しぶりだった。
 午後八時、絵本を読んで娘を寝かしつけた。息子は玩具で遊んでいたがやっと寝てくれた。
 今日は朝起きて寝つくまで育児という戦争だった。
 いつも帰宅の遅い俺は子どもの寝顔を見て、平穏な一日だと思い、育児の苦労なんて想像できなかった。今まで妻にぜんぶ背負い込ませていたのだと気づいた。そんな俺はまったくイクメンではなかった。
 今日一日、慣れない育児でへとへとに疲れてしまい、いつの間にかソファーで眠ってしまったようだ――。

 翌朝、玄関の方から子どもたちのはしゃぐ声がする。
 どうやら妻が帰ってきたようだ。軽い気持ちで引受けた育児だが、たった一日で妻の苦労がよく分かった。
 やっぱり子どもはモンスターだった。――けれどママに甘える、その姿は天使のように可愛らしく見えるから、子どもは不思議だ。

 子どもは天使か、モンスターか? それは育児する者によって変化する。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-09-17 16:35 | 夢想家のショートストーリー集
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   第98話  流れ星☆

ドキドキするような恋がしたかった。
海にきたら、きっとそんな恋に出会える気がしていた。

あたし、早川 瑠奈(はやかわ るな)は高三の受験生です。
高校生最後の夏休み、親友の未可子(みかこ)に誘われて一泊どまりの海水浴に参加した。
今年の春に彼氏と別れてからは、ひたすら受験勉強に打ち込んできたけれど……たまに息抜きがしたくなった。
大学に入ったら、もう何にも目標がないんだもの――。

海にきたら、新しい恋が始まる予感がする。
そして大いなる期待を胸に、いざ、海へいかん!
――が、甘かった!!
メンバーは未可子の彼氏の友人(他校の生徒)男子が五人と女子四人だった。
しかし、その内三組はカップルなのだ。行きのバスの中から、カップル組はラブラブしてて、目のやり場に困ってしまう。海に着いてもビーチパラソルの下で、やっぱりラブラブモードじゃん。クッソー! 羨ましいよ(泣)
んもぉー!! そんなにラブラブしたけりゃあ、自分たちだけで海にいけばいいのに!

シングルなのは私と男子が二人いるが、オタクの健一くんと女たらしと評判の玲人くん、この二人の中から私の相手を選ぶなんて、無理! 無理!!
だって、オタクの健一くんは「僕は二次元しか興味ない!」って、アニソン聴きながら、スマホのゲームばっかりやってるし……。ったく、なんで海水浴にきたのよ。
そして玲人くんは「俺に惚れてもいいぜぇー、付き合ってやるさ」だって! ちょっとばかしイケメンだからって、その上から目線の態度はなんなの?
超ムカついたから、こいつら絶対に相手にしない!

その後、オタクの健一くんは日差しが眩しいからと、先に宿の方へ引き上げちゃった。礼人くんはビーチの女の子たちに、手当たりしだい声を掛けまくってる。この人ってマジでナンパ師だよ。
まあ、せっかく海にきたんだし、あたしは海水浴を楽しむことにする。遠浅の海で水もきれいだし、ボッチで海と戯れることにしたよ。
浮輪でぷかぷか海に浮かんでいたら、とっても爽快な気分だった。
夕方近く、カップルのひと組がケンカを始めた。怒った彼女が家に帰ってしまったようだ。やれやれご愁傷さま。

宿に戻って、みんなで食事したけど……彼女に逃げられた、彼氏さんションボリしてて、見ていて痛々しい。ケンカの原因はしらないけれど、先に帰っちゃうなんて、彼女もあんまりだと思うね。
なんか、ああいうの見てると恋をするのに臆病になってしまう。
実は前の彼氏に新しい彼女ができて、あたしフラらちゃったんだよ。やっと心の傷が癒えてきたけど、あんな悔しい想いは二度としたくない。

夜になって、女子の部屋にいるのはあたし独りだけ、他の女の子たちは彼氏と一緒に姿をくらました。ああ、リア充がうらやましい!
ボッチじゃあ、つまんないから宿の近くの海岸を散歩することにした。
月と夜空に瞬く星々、白い砂浜が幻想的な美しさ、潮騒の音と蒼い海――。ああ、ロマンティック! こんなとき、隣に彼氏がいたらなあーとつくづく思う。
しばらく歩いていくと砂浜で寝転んでいる人がいた。
地元のヤンキーだったら、絡まれたら怖いし引き返そうとしたら、その人に「星がきれいだね」と声を掛けられた。
振り返って見たら、一緒に海にきていたメンバーの人だった。とにかくカップル同士がラブラブしてて、自分たち以外とは話もしないという不思議なツアーだったけど、顔くらいは覚えてる。
そう。その人こそ、彼女に逃げられた彼氏さんだった。ショックのあまり、海に飛び込まないか心配だったので……あたしは黙って、彼の隣に座った。
「今日はみっともないところを見られた」
「いえ、まあ、いろいろありますから……」
「僕、落ち込んでるように見える?」
その質問には答えられない。スルーしよう。
「……実はそうでもないんだ」
「えっ! そうなんですか?」
意外な返答に驚く。
「うん。心が軽くなった」
「あのう、彼女さん追いかけなくてよかったの?」
「薄情だと思われるかもしれないけど、彼女に未練はないんだ」
「付き合って長いの?」
「もうすぐ一年だった。けど心は離れていた」
「ラブラブに見えたけど……」
あたしの質問に彼は笑ってスルーした。
「大学も別々だし、この海を最後に受験勉強に打ち込むために、彼女とは別れようと思ってたんだ」
そう話すと、砂浜の貝殻を拾って海へ投げた。放物線を描いて、それは海中に呑み込まれていった。
その様子を彼は静かに見つめていたが、心の中で何かと決別したのだろうか?
「でも、二人で同じ大学を目指せは一緒に頑張れるのに……」
「無理なんだ。彼女は勉強が苦手で遊ぶことばかり考えてる。この旅行も無理やり連れて来られたし……」
そういえば派手な感じの彼女だった。価値観が合わなかったのかしら? 恋愛って難しい。
「私たち受験生だし、これから勉強頑張らないとね」
「うん。同じゴールを目指せる子がいい」
「大学はどこ受けるんですか?」
「一応、K大に決めてる」
「えっ! あたしもK大の文系だよ」
不意に起き上がって、彼氏さんが訊ねた。
「君、名前は?」
「あ、あたし早川 瑠奈です」
「僕、濱田 駿(はまだ しゅん)。よろしく」
夕闇の中で、あたしたちはお互い見つめ合った。駿くんって割とイケメンだわ。結構タイプだったりして……。

その時、夜空に一条の光の矢が落ちていった――。
「今、流れ星が……」
「うん。僕、流れ星を見たのは初めて」
「実はあたしも……」
今はあたしも駿くんもボッチ。そんな二人が一緒に流れ星を見るなんて……運命感じちゃう。
あたしたち志望校も同じだし、急に身近に感じてきたよ。
「願い事した?」
「ううん。流れるのが早くて、願い事が言えなかった」
実は嘘。“彼氏が欲しい”と三回唱えた。
「同じ大学に合格できたらいいな」
「ハイ。合格してみせます!」
心地よい潮風が頬を撫でていく――。
「合格できたら、来年は二人で海にいこう」
手を握って誓い合った。
駿くんの手の温もりに、あたしの胸がドキドキした。

翌日のバスの中で、もうひと組カップルが壊れていた。
彼女がナンパ師の玲人とカップリングしていたのだ。未可子のカップルは安泰だったようだ。
そして新しいカップルが誕生した! 
あたしと駿くんは意気投合して仲よくなった。今はバスのシートにラブラブで座っているのだ。
やったー! ドキドキする恋を海で見つけたよん。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-09-16 16:07 | 夢想家のショートストーリー集
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   第97話 静かな休日

 週末出張から帰宅したのは土曜日の夕方だった。
「ただいまー」と玄関に入ると、五歳の息子と三歳の娘が仔犬のように飛びついてきた。「いい子にしてたか?」二人の頭をなでる。
 いきなり妻が「明日、実家の両親と子どもを連れて遊園地に行くけど、パパも行く?」と訊いてきた。たった今、出張から帰ったばかりで疲れている。しかも取引先の人たちと遅くまで飲んで睡眠不足だった。「いや、俺はいいよ。ママと子どもたちで行っておいで」と答えたら、「あら、残念ね」とションボリいう。 ここんところ仕事が忙しくて子どもたちとも遊んでいないが、明日は勘弁してもらおう。
 うちの妻の実家は車で二十分の距離にある、出張の時には子どもを連れてちょくちょく里帰りしている。いつも実家から戻る時には米や洗剤、日用品、お菓子など自動車にどっさり積んで帰ってくる。我が家の家計の一片を妻の実家が担っているし、いつも孫の世話も掛けている。
 妻の実家がスポンサーで、子どもたちを遊びに連れていってくれるのはとても助かる。
 翌朝、眠がる子どもを連れて妻は車で出掛けていった。
「いってらっしゃい」とパジャマ姿で見送った後、まだ七時半だし、もう一度寝ることにする。

 AM9:30、二度寝から起きる。
 子どもたちのいない家の中は物音一つしない、こんな静かな休日は何年振りだろう。
 ゆっくりと朝刊に目を通す。ヨーロッパでまたテロがあった、罪のない子どもまで犠牲になっている。自分がパパになってから、子どもが殺される惨いニュースを読むと胸が痛くなる。
 窓を開けて、リビングと寝室に掃除機をかける。子ども部屋はおもちゃが散乱しているので今日はパスする、洗濯機を回しながら風呂掃除をして、ベランダに洗濯物を干す。――これで休日の家事分担は終わり。
 子どもたちを実家にあずけて妻はパートに出ている。週に三日、一日五時間の仕事だが、家事と育児と仕事では大変だろうから、休日くらいは俺も家事を手伝っている。
 家事も育児も協力し合っていかなければ、共稼ぎ夫婦はやっていけないのだ。
 昼過ぎまで、ソファーに寝転んでテレビを観て過ごす。たまに一人の時間も良いものだとしみじみ思う。

 PM1:30、腹が減ったので、駅前の商店街まで歩く。
 牛丼でも食べようかと思ったが、ファミレスのランチタイムが安いのでハンバーグとビールを注文した。一人でテーブルに座っていると、「江口くん」と誰かに名前を呼ばれた。見ると、知らない女が手を振りながら近づいてきた。
「江口くんでしょう? 私、麻美よ。ほら昔バイト先で一緒だった」
 ああ、やっと思い出した。大学時代にバイトしていた会社の人で、もう十年も前の話だ。
「懐かしいわ」と言いながら、麻美は俺のテーブルに座った。隣には小学校一年生くらいの女の子を連れている。
 俺たちを家族だと勘違いしたウエイトレスが注文を訊きにくる、麻美はパスタ、娘にお子様ランチを注文していた。
「江口くん元気そうね。今日は一人? 家はこの近く? 結婚してるの?」と矢継ぎ早に質問してきた。「ああ、妻と子どもは用事で出掛けてる」と素っ気なく答えた。
 麻美は去年離婚をして、今は就活中だという。「離婚して自立するのは大変でしょう?」と訊くと、麻美は別れた夫が浮気して、その上にDVまであった、姑には苛められたとか、自分のことをベラベラ喋り出した。
 話の途中、煙草を吸おうとしたので、「ここは禁煙席だよ」と注意すると「ああ、そう」と怒った顔でバッグに煙草をしまった。麻美の娘は黙々とランチを食べている、ひどく醒めた眼をしているのが気になった。
 バイト時代、麻美と二、三度デートしたこともある。彼女は俺以外の男たちとも付き合っていた。結局、妻子のある男性と不倫して会社を辞めさせられた。この女に言うことは信用できないし、俺には興味もない。
 今から、妻子を迎えにいくからと席を立つ、いきがかり上、彼女の分も支払う。
 別れ際に「相談したいことがある」からと携帯番号を訊かれたが、咄嗟に嘘の番号を教えた。これ以上、彼女とは関わりたくない。

 PM4:30、妻からメールが届いた。
 遊園地で遊ぶ子どもたちの写メで、帰宅は八時を過ぎるらしい。
 今日、麻美に会ったことは一応話しておこう。近所なので妻のママ友に見られているかもしれないし、変な噂でもたてられたら迷惑だ。
 七時を過ぎると少し小腹が空いてきた、冷蔵庫を探ると冷凍餃子があった。よく我が家の食卓にも上る一品だ。フライパンに水を入れて蒸し焼きにすると、片面だけが焦げたが、餃子をつまみに缶ビールを三本空けてしまった。妻が帰ってきたら「パパ飲み過ぎよ」と叱られそうだ。
 子どもが生まれると、お互いをパパ、ママと呼び合うようになって、家族としての絆が深まった。
 八時を過ぎても帰って来ない、メールしたら、道路が渋滞しているので遅れると返信がきた。妻や子どもたちのいない家の中は、静か過ぎてなぜか落ち着かない。帰りが遅いと心配で仕方ない。やっぱり俺も遊園地について行けば良かったと今さら後悔する。

 PM9:25、駐車場に車が入る音がする。
 慌てて駐車場まで家族を迎えにゆく、五歳の息子は両手いっぱいお土産を抱えている。眠っていた娘は急に起こされて大泣きしていた。そして妻は疲れた顔だった。
 無事に帰ってきた家族を見て安心する僕は元気よく「おかえりー」と叫んで、静かな休日が終った。
 そして幸せは賑やかにやってくる――。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-06-02 20:56 | 夢想家のショートストーリー集
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   第96話 正義の味方

 正義の味方なんて、偽善者くさい言葉が大嫌いだ。

 小学校の三年生の時に父親が死んだ。当時、世間を騒がせた通り魔殺人の被害者のひとりだった。白昼、起こった通り魔殺人は無差別に男女、そして子どもまで五人の人命を奪った。覚せい剤常用者の犯人は、元やくざで日本刀を振り回して、通行人たちを次々に襲ったのだ。
 その時、僕の父親は犯人の手からは逃れていたのに……ベビーカーを押した若い母親が襲われそうになっているのを見て、犯人に体当たりして、自分の方に注意を逸らした。その結果、父は無残に切り刻まれて死んだが、ベビーカーの親子はその隙に逃げ出し助かった。

 当時、ワイドショーなどで正義の味方だと父親のことがもて囃されたが、時間が経てば、事件のことも忘れ去られていった。
 本来なら、自分は助かっていた筈なのに……人助けして殺されてしまった。
 そんな立派な父親だったが、生命保険に入っていなかったので、残された母親と僕は貧窮していった。生活のために母親はパートを三つも掛け持ちして、身体を壊して病気になった。
 正義の味方の家族なのに、世間も親戚も助けてはくれない。
 死の直前まで「お父さんは人として立派な行いをしたのよ」と言い続けていた母親が、ガリガリに痩せて死んで逝った。高二で孤児になってしまった僕は、新聞奨学生として働きながら、自力で頑張って大学まで卒業した。
 父親が死んだせいで、僕は苦労ばかりさせられた。他人の家族を守って、自分の家族を不幸にした、そんな正義の味方があるもんか!
 子どもの頃は僕だって、正義の味方やヒーローが大好きだった。……けれど父親があんなバカな死に方をして以来、正義なんて言葉を聞くだけで虫唾が走る。

  だから、僕は良いことはしないと心に誓ったんだ!
 迷子の子どもを見ても知らんぷり、万引きを目撃しても通報しない、電車で痴漢に触られてる女性がいたとしても見て見ぬ振りをする。
 自己主義だといわれても構わない。どんなことがあっても人を助けたりしない。常に自分のことだけを考えていきていこうと決めた。

 大学を卒業した後、地方銀行に就職した。
 お客はみんなお金だと思えばやっていける仕事なのでクールな僕には合っている。勤務しているのは田舎町の支店で、ATMは二台しかない、銀行員は支店長と俺と女性行員が三名、案内係のシルバーのおじさんだけの小さな店舗だった。
 お得意様は地元の商店主や古い顧客ばかり、営業的に新規獲得が難しい地域だが、あんまり忙しくなくて助かる。
 僕は市井の人として、平穏無事に生きていければそれでいいと思っていた。

 そう思って安心していたら、とんでもない事件が起こった。
 突然、目出し帽を被った男が銃のようなものを持って銀行に入ってきた。閉店間際でATMに客が一人とカウンターに客が二人、支店長が出張中で店には八人しかいなかった。止めようとした案内係のおじさんは犯人に殴られて気を失った。ATMの客はすぐに表に飛び出して助かったが、カウンターにいた客と銀行員たちは中に閉じ込められた。
 犯人は黒いバッグを持って「マネー、マネー!」と叫んでいる、どうやら外国人のようだ。

 ヤバイことになった……犯人に見つからないように、僕はカウンターの奥に身を潜めていた。父親みたいに事件に巻き込まれて命を落とすなんて真っ平だ。
 若い女性行員がバッグを渡されて現金を詰めさせられている。彼女はパニックになって、なかなか現金が詰められない。わざとモタモタしているのかと、犯人が苛立って発砲した。
 しゃがみこんだまま女性行員はショックで腰を抜かした。
 ついに犯人がカウンターの中に入ってきて、僕は見つかり、こめかみに銃を突きつけられた。首を腕で絞めあげながら「キンコ、キンコ!」と強盗犯が叫ぶ、支店長がいないので誰も金庫を開けられない。そのことを犯人に説明しても分かって貰えそうもない。
 このままでは僕は殺される! こんなところで犬死になんかしたくない。
 かっこ悪くても僕は僕自身を守るために戦ってやる。こうなったら一か八かだ! いきなり犯人の顎に頭突きをかましてやった。衝撃でぶっ飛んで、おまけに舌を噛んだらしく、血を吐いてのたうち回っていた。落とした銃を拾い上げ、僕は犯人に銃口を向けた。
 その時、機動隊が店内になだれ込んできた。
 僕は銃を渡し、犯人を取り押さえたといったら、お手柄だといわれた。若い機動隊に名前を訊かれて、『虻川(あぶかわ)』という珍しい名字をいうと、「もしかして、二十五年前に通り魔から母親と赤ん坊を守った、あの虻川正義(あぶかわ まさよし)さんの親戚ですか?」と訊かれた。
「虻川正義は、僕の父親です」と答えたら、「あのベビーカーに乗っていたのは僕です。あなたのお父さんは命の恩人だ」と感激して僕の手を強く握った。
 正義の味方の僕の父親に憧れて、彼は警察官になったという。

 事件現場に集まってきた野次馬たちが口々に、僕のことを「ヒーローだ!」「正義の味方!」と褒めそやした。その後、銀行強盗に一人で立ち向かった、勇気ある銀行員だとして連日、ワイドショーで話題になっている。
 違う、違う! 父親のように他人を守るためにやったんじゃない。あくまで自分自身を守るために犯人と戦っただけなんだ。
 かってに美談にするのは止めてくれ! 断じて、僕は正義の味方なんかじゃない!



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-06-01 20:30 | 夢想家のショートストーリー集
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   第95話 竜宮島

 ネット上で自分のことを浦島太郎だと流布する男がいた。
 おとぎ話のキャラに成りすまして、どんなメリットがあるのだろうか。――まず、そこが気になった。
 どうせ成りすますなら、もっと歴史上の偉人とか、有名人を騙るとかあるだろう。だが、その男はTwitterやFacebookで、盛んに自分が浦島太郎だとアピールしているのだから、ただのバカなのか?
 どんな奴か見てみたいと、Twitterからメッセージを送ってみた。

『浦島太郎と名乗るあなたのことが気になるので、せひ取材させてください』

 こういう内容で送信したら、三分も経たない内に返信がきた。

『取材OK!! どうせ暇なのでいつでもどうぞ♪ 浦島太郎』

 なんか胡散臭い奴だと思ったが、面白い話が聴けるかもしれないと、ふたりで会うことになった。
 言い遅れたが、俺はネットなどに記事を書いているフリーライターで、『不可思議通信』という、都市伝説や怪奇現象などを取材したメルマガを発信している。
 ――ともあれ自称浦島太郎さんから、面白い話が聴けることを期待して、俺は待ち合わせ場所へ向かった。

 その男は時間ピッタリに現れた。
 スタバの店内をキョロキョロしながら歩いてくる、背中に『海人(うみんちゅ)』の文字入りの青いパーカーを着てくると言っていた。
 俺は手を振って、ここだと示すと男はいそいそとやってきた。
「フリーライターの那由他(なゆた)といいます」
「どうも浦島太郎です」
 浦島太郎は初老の男だった。
「もっと若い人かと思ってましたが……」
「僕、いくつに見えますか?」
「う~ん……パッと見、五十くらい?」
「いいえ、先月二十歳になったばかりの大学生です」
 たしかにキャラい感じはするが、絶対に二十歳には見えない。顔の皺から察しても五十から六十の間だろう。
「はぁ? 乙姫さまの玉手箱で急に老けたんですか?」
 俺が笑いながらいうと、男は真剣な表情でこたえた。
「あの島から戻ったら、三十年以上も時が流れていました。その間に両親は亡くなっていたし、大学も退学になってる。戸籍も抹消されて、僕は死んだことに……みんなに忘れ去られた存在なのです」
「現代の浦島太郎はボッチってことですか」
 俺の勘だと、この男はフューグ (Fugue)という解離性障害ではないだろうか。
 強いストレスを溜めていると、突然、自分のいる環境から逃げ出し、知らない土地で別の人格になって暮らし始める。そして自分が誰なのかという記憶まで、すべて失くしてしまうという病気である。
「あっちから戻って三ヶ月になりますが、こっちには僕の居場所がない」
 ん? この男には失踪中の記憶があるのか? じゃあ、ただのホラ吹きなのか、もっとよく聞いてみよう。

「あなたが浦島太郎になった切欠を話してください」
「大学の友人たちと伊豆へ釣りに行ったときです。岩場で釣りをしていたら大波にさらわれて、あっという間に僕は沖に流されてしまって……気がついたら、あの島へ流れついていた」
「あの島とは?」
「竜宮島。美しい九人の乙女たちが住んでいました」
 乙女が九人とか、ワルキューレか? しかも海に流されて異世界へいくなんて……まるでラノベ展開だと失笑した。
「さぞ竜宮城の乙姫さまにモテモテだったでしょう?」
「真珠やサンゴ礁で造られた美しい宮殿で、海神の娘、九人の乙女たちの夜の相手をしました」
 男は瞳を輝かせてそう語る。
「おやおや、それは男として羨ましい話ですね」
 酒池肉林? やっぱりオカシイ人だった、おそらく男の妄想だろう。それはよくあるエロゲーのシュチエーションだよ。
「那由他さん、信じていないでしょう? これを見てください」
 男は手の甲を見せた、そこには十円玉くらいの赤い痣があった。
「あっちから戻ったら、この痣がありました」
 母斑だろうか、よく見ると亀の形をしている。それが浦島太郎の証拠なのか、どうかはなはだ疑問だが……。

「なぜ自分が浦島太郎だとネットで宣伝してるんですか?」
「捜しているんです。僕みたいに竜宮島から戻ってきた人人間を……」
「あなたはどうやって戻ってきたんでしょう?」
「毎夜、違う相手と契り、九人目の乙女が僕に言ったんです。あなたが私を抱いたら、この儀式は終わり。この後、小舟に乗せられて海に流されてしまうのだと、それで彼女が僕を逃がしてくれたのです」
「補陀落渡海(ふだらくとかい)ってやつですか? 海の向うの極楽浄土を目指す」「違います! 極楽浄土は竜宮島だ。用済みなので僕は廃棄される運命だった」
「要するに、乙女たちの慰め者ですか?」
「はい。……ですが男なら誰でも夢見る、ハーレムのような日々でした」
 途中から、録音も撮っていない、こんなヨタ話は記事にもならない。単なる好奇心から、この男の話を聞いているだけの俺――。

「僕はあっちの世界に戻ります」
 取材を終えて、別れ際に男がいった。
「えっ?」
「いや、絶対に竜宮島に戻るんだ!」
「どうやって?」
「もう一人の浦島太郎を見つけたんです。彼は九十歳で老人施設にいます、そこの介護士さんが浦島太郎の話をする老人がいると教えてくれたから会いにいった。彼にも僕と同じ痣があります。……そして戻る方法を教えて貰った」
「本当に?」
「僕が釣りをしていたのは、亀岩という引潮にしか出ない、あの岩はあっちに繋がるなにかが……」
 そこまで話して急に口を噤む。
 一瞬、虚空に目を泳がせて、「……九人目の乙女が僕を待っている」と呟いた。
 俺に向かって「どうも」一礼すると男は走り去っていった。
 その日を最後に、浦島太郎と名乗る奴はネット上から消えた。



 それから数日後、伊豆の海岸に若い男の溺死体があがった。
 年齢は二十歳代、青いパーカーとジーンズ、手の甲に十円玉くらいの痣があった。
 この男がいったい誰なのか、知る者はおそらくいない――。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-11 09:20 | 夢想家のショートストーリー集
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   第94話 春の電車

 ホームの最前列に立って黒い線路を見つめていたが、結局のところ、彼女には死ぬ勇気もなかった。
 電車が入ってきたので、ふらりと乗り込んでしまったが、正午、郊外へ向かう電車には彼女を含めて乗客はたった五人だけ――。
 彼女と同じシートに七十代の老婦人と、端っこの座席にはスキンヘッドにサングラスのヤクザ風の男。向い側のシートには二十くらいの若い娘が化粧中だった。……その隣には、赤ちゃんを連れた若い母親がうたた寝している。
 前抱きおんぶ紐の赤ちゃんはご機嫌みたい、身体を反らしてこちらをじっと見ている。可愛い赤ちゃんだけど……彼女の心の中は嫉妬の炎が燃えていた。

 十五年連れ添った夫が浮気した。
 しかもただの浮気ではない、相手の女性のお腹には子どもがいるのだ。そのせいで夫は家に帰ってこなくなり、彼女は捨てられた。
 今日、義母に「孫が生まれるから、息子と離婚して欲しい」と懇願された。「あなたに落ち度もないけれど……一人息子の孫をこの手で抱きたいんです」泣きながら義母は、彼女に離婚を迫ってきた。
 ――妻として、落ち度はなかった。
 そう、不妊症で子どもが生めないこと以外、良い妻だと自負していたのに……浮気相手の胎内に命が宿った途端に、おはらい箱にされたのだ。
 結婚前、ふたりに子どもが生まれたら、息子だったらサッカー選手にしたいとか、娘だったら小学校まで一緒にお風呂に入りたいとか、他愛のない夢を夫婦で語り合っていた。
 一人息子の彼は家族を望んでいたが、彼女にはその夢を叶えられない。不妊治療もいろいろ受けたが結局ダメだった。
 私に子どもが産めないからと、そんなことを理由に他所で子どもを作っても、許されるわけがない! 彼女は激しく怒り、自分自身に絶望していた。
  子どもの産めない女の惨めさを噛みしめる。

「赤ちゃん可愛いいねぇ~。八ヶ月くらいかしら? ハイハイして目が離せない時期よ」

 いきなり隣の老婦人が話しかけてきたが、子どものいない者に赤ちゃんのことは分からない。
「わたしねぇ、最初の子をあれくらいの時に亡くして……とても悲しかった。授乳しながら寝てしまい……どうやら、窒息させてしまったようなの。毎日泣きながら死んだ赤ん坊にわびていたわ、あくる年に次の子を妊娠したときは嬉しかった。その後にも子どもは二人生まれたけど、それでも死んだ子のことは一生忘れられない」
 訊いてもいないのに、老婦人は一人で喋っている。
「……春になると、死んだ赤ん坊を思い出すのよ」
 白いガーゼのハンカチで老婦人は涙をぬぐった。
 おそらく赤ちゃんを見ていて、昔を思い出したのだろう。彼女は「そうですか」と気のない返事をして、やるせない気持ちで車窓から外を眺めた。
 流れゆく風景の中、線路沿いに桜並木がつづく、薄桃色の桜の花が咲いている。

 ――そうか、今は春なのだ。この電車は春の真っただ中を走っている。

 向いの席の赤ちゃんを見ている内、彼女はこう考えようと思った。
 浮気相手に夫を盗られたんじゃない。育児には両親が必要だから、赤ちゃんにお父さんをあげるだけなんだ……と、そう生まれてくる命に罪はない。
 くよくよしたって仕方ないし、心を広く持とう、大丈夫、きっと独りになっても生きていける。
 赤ちゃんの笑顔が、彼女の心に温かい春の風を吹き込んだ。
 
 前抱きおんぶ紐から身体を反らして、赤ちゃんがスキンヘットのおじさんをニコニコしながら見ている。

 サングラス越しに赤ちゃんと目が合ってしまい、柄にもなく男は動揺していた。
 若い頃にグレて、ヤクザの世界に入った男に家族なんかいない。ヤクザの抗争で人を刺した男が服役するとき、一緒に暮らしていた女から妊娠していると告げられたが、親の自覚も責任も持たない男は「勝手にしろ!」と吐き捨てた。
 後ほど、生まれた赤ん坊の写真を送ってきたが興味すらなかった。ただ写真を捨てることもできず、ずっと財布の中にしまい込んであった。
 その内、赤ちゃんの写真は男にとってお守りのような存在に変わっていった――。 今、財布の中から写真を取り出して眺める。
 あれから十年か……男の名前の一文字を取って名付けられた息子は、小学校五年生になっているはずだ。親として何もやっていないこの俺を恨んでいるだろうか?
 虫のいい話だが、俺は息子に会いたい。いつか堅気になって会いにいこうと男は心に誓った。
 赤ちゃんの笑顔で、男は自分の過去を恥じて後悔していた。

 朝寝坊した若い娘は時間がなくて、ひと目も気にせず、電車の中で化粧中だった。 実は若い娘のお腹に胎児が宿っている。
 同棲している彼氏の子だが、昨夜、妊娠を告げたら、結婚してふたりで子どもを育てようと言われた。だが若い娘は赤ちゃんを産もうか産むまいか迷っていた。遅くまで話し合ったが結論は出せず、今朝は寝坊して仕事へ遅刻しそうになった。
 ――化粧をしながら、若い娘は考えていた。
 結婚なんかしたくないし、子育てなんて面倒臭い、若いんだから、もっと自由に遊びたい、だから赤ちゃんは要らない。……と、そう自分で結論づけた。
 ふと気づくと、同じシートの赤ちゃんがこっちを見ている。
 ああ、赤ちゃんかぁ~と思って見ていたら、幸せそうな顔でニコニコ笑っている。マシュマロみたいなほっぺ、さくらんぼの唇、赤ちゃんのつぶらな瞳で見られたら、思わず笑みがこぼれる。
 天使のような可愛いらしさに、胸がキャンと鳴った――。ああ、やっぱり小さな命は消せない!
 赤ちゃんの笑顔で、若い娘は母親になろうと決心をした。

 電車が終点に着いた。
 停車と共に赤ちゃんの母親は目を覚まし、みんな赤ちゃんに軽く手を振って春の電車を降りていく――。
 同じ電車に乗り合わせた人たちが、新しい人生の一歩を踏み出そうとしている。
 それぞれの思いを胸に改札口へと向かう、駅を彩る桜の木が、回送になった電車の背に花吹雪を舞い散らす。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-10 09:00 | 夢想家のショートストーリー集
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   第93話 「美人になる」≠「愛される」

 自分の顔が大嫌いだった!
 腫れぼったい一重まぶた、あぐらをかいた鼻、エラが張った輪郭……どんな欲目に見ても、私の顔は十人並以下だろう。
 当然、男にモテたことはない。小学校からずっと容姿のことで男子にからかわれてきた。高校は女子高だったので気にしないで自由にやってこれたが、大学は共学なのでブスの私は出来るだけ目立たないようにしていた。
 ある日、大学の教室で男性から声をかけられた。ゼミを休んだのでノートを見せて貰えないだろうかと頼まれる。真面目な私はいつも一番前の席でノートに取っている。
 ブスが社会で認められるには学業に励んで、スキルを上げ専門職で身を立てるしかないのだ。

 日頃、男性から話しかけられたことなかったので、少し戸惑ったけれど、私の取り柄は勉強だけなので快くノートを貸してあげた。その後、ノートのお礼にとその男性から映画と食事に誘われた。
 まさかブスの私にお礼を返してくれるなんて思ってもみなかった、最初はからかってるんだと思っていたら、なんと! 彼の方から交際を申し込まれた。

 彼の名前は神谷龍一、さわやか草食系イケメンなので大学の女子たちにも人気があった。
 彼と一緒に歩いていると「王子様とブス」という陰口が聴こえてくる。やっぱり龍一に私は不釣合いだと周りは思っているのだろうか。
 美男美女のカップルなら理想的? 
 こんな私と歩いてて龍一は恥かしくないかしら? なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 だけど龍一は、私のことを「可愛い」っていってくれる。色が白いと褒めてくれる。歯並びがいいから「美奈子の笑顔は素敵だよ」と褒めちぎってくれる。
 そんなはずないのに……その言葉を信じてもいいの? 私は龍一が好きになればなるほど、自分の容姿が気になりだした。

 ある日、カラオケでデュエットしたりして盛り上がった。だんだん二人の愛が深まっていく――。私にとって、これが初めての恋、龍一とは永遠に離れたくないと思っていた。
 ドリンクバーで飲み物を作ってるときだった、女店員が二人お喋りしながら歩いてくる。
「さっき、入店したカップルさ、彼氏の方はイケメンよねぇ~」
「それに比べて、連れてるのアレが彼女なの? スゲーブスじゃん」
「ホント、よくあんなブスと付き合ってるわ」
「絶対に浮気されるって、あんなブスじゃ男も愛想尽かしちゃう」
 こちらに気づかず、二人は笑いながら通り過ぎていった。
 その言葉を背中で聴いていた私の、コップを持つ手がブルブルと震えていた。これは怒りではない。今まで幾度となく「ブス」という言葉を投げつけられてきたので、もうその言葉には慣れっこになっている。
 だが、浮気をされるという言葉だけが胸に突き刺さった。その内、龍一はブスの私に愛想を尽かして、もっときれいな女の子に目移りするかもしれない。
 たぶん私は捨てられる。漠然とした不安に胸が震えた。

 そんな時だった、母方の祖父が亡くなって遺産が入った。そこから結婚資金として、母が私に五百万円という大金をくれた。そのお金で美容整形しようと決心する。もちろん母には内緒だ。龍一と母には短期留学するからと嘘をついて一ヶ月ほど入院した。
 いよいよ退院の日には、執刀した医者も絶賛するほど、まるで別人のように美しく生まれ変わった!

 美しくなった私を早く見て貰いたくて、以前、二人で行ったカラオケ店に龍一を呼んだ。やっと留学から帰ってきたと、彼は喜んで来てくれる。
 先に行って驚かそうと部屋を暗くして待っていたら、龍一がドアを開けて入ってきた。
「美奈子どこ?」
「龍一、ここに居るよ」
「どうして電気を消してるんだ?」
「驚かせることがあるの」
 私は部屋の電気を点けた。一瞬、龍一はキョトンとした顔で私の方を見た。
「あれ? 部屋間違えたのかな」
「ううん。私は美奈子よ。美容整形したの。きれいになったでしょう?」
 私の顔を凝視していた彼の表情が曇っていく――。
「どうして整形なんかしたんだ」
「だって、私はブスだし……龍一に相応しい美人になりたかったの」
「僕が恋人を容姿で選んだと思ったのかい?」
「ブスのままだと浮気されそうだし……」
「浮気? 僕のことを信用してなかったんだね」
「龍一のことが好きだから、もっと愛されたいから、だから美容整形した」
「美奈子の真面目で飾らない、ありのままの姿が好きだった。整形で自分を偽った君のことはもう愛せない!」
「そ、そんな……」
「僕がいなくても……美人になった君なら、男性に注目されて愛されるだろう。さよなら……」
 そういって部屋から出て行ったきり、龍一は帰ってこなかった。

 こんなはずじゃなかった! 美人になったらもっと愛されると思っていたのに……捨てられてしまうなんて……。おまけに整形したことが母に知れて「そんな顔の人は、私が生んだ娘じゃない!」と怒って家から追い出されてしまった。
 美容整形に成功したけれど、恋愛には失敗した。
 容姿がコンプレックスだった私は、美人にさえなれば、もっと愛されると思っていたのに……思惑が外れてしまったから――。
 結局「美人になる」≠「愛される」の図式で終わった。
 どうすればいいの? 龍一の愛を失くした私は、美容整形でつくられた美しい顔だけを頼りに、これから生きていくしかない。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-04-18 16:02 | 夢想家のショートストーリー集
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   第92話 なかよしにゃんこ兄弟

ある町に住んでいる。
なかよしのにゃんこ兄弟のお話です。

お兄ちゃんのリッキーくんはマンチカン、弟のナッツくんはアメショー
もちろん血のつながった兄弟ではありません。
のんびりマイペースな兄と利口者の弟でした。

だけど二匹はとってもなかよしなのです(ω゚∀^ω)ニャンニャーン♪

 ☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

とても月の明るい夜のこと。

飼い主、美弥さんのベッドの布団の上で
眠っていたはずの二匹でしたが、

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
真夜中に弟のナッツくんの声がします。
「ん?」
その声に、兄のリッキーくんが寝むそうな目をやっと開きました。
「……ナッツ、どうかしたのか?」
「お兄ちゃん、ボク考えてたら寝られへんようになってん」
ナッツくんは神戸のブリーダーの家で生まれなので、
関西風の猫言葉を話します。
「寝れないなら、お兄ちゃんがペロペロしてやろう」
そういうとリッキーくんは弟の顔をペロペロ舐めはじめました。
「ちゃうねん、ちゃうねん!」
お兄ちゃんの趣味は弟の毛つくろいで、ペロペロが始まると
なかなか止まりません。
ペロペロペロ……

「もう、ええって!」
お兄ちゃんの顔に思わず“猫パンチ”しちゃったナッツくん。
「イテッ」「あっ! お兄ちゃんゴメン」
「ヘーキだよ。あははっ」
やさしいリッキーくんは弟に怒ったりなんかしません。
「ボク、お兄ちゃんに聞いてほしいことがあるんや」
「へ? なに? なんでも言ってみろ」
「あのなぁーボクら、いつもママにお世話になってるやろ?」
「ん? ママってだぁれ?」
「そこで寝ている人のことや」
「ああ、下僕のことか」
「下僕って……お兄ちゃん、下僕の意味しってんの?」
「下僕って、こいつの名前だろう」
そう言って、寝ている美弥さんのほっぺを肉球でツンツンしました。

利口なナッツくんは下僕の意味をテレビを観てしっていましたが、
本当の意味をお兄ちゃんに説明するのはやめました。

 ☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

「ボクらを可愛がってくれるママに恩返しがしたいんや」
「それって、下僕の仕事だっていつも言ってるぜ」
弟には優しいリッキーくんだけど、飼い主さんには“塩対応”みたい。
「だけど、ボクらに美味しい猫缶食べさせるために
ママは毎日仕事っていうところへ行ってるんやで……」
「オイラたちが家でゴロゴロしている間も下僕は仕事しているのか」
猫のリッキーくんには“仕事”いうものが、どんなモノかよく分かりませんが、
疲れて帰ってくる下僕を見て、大変そうだなぁーとは感じていました。

「うん。ボクらでママにしてあげられることないやろか」
「――たとえば、どんなこと?」
「ママが喜んでくれそうな」
「だったら、オイラのいちごの毛布を貸してやってもいいぞ」
いちごの毛布とは、リッキーくんの超お気に入りの毛布のことで、
それを肉球でフミフミすると気持ちイイみたいなのです。
いちごの毛布をフミフミしているときが、
リッキーくんにとって至福の時間なのだ。
「そんなのママはいらないよ!」
「そ、そっか~?」
キッパリ言われて、リッキーくんは“解せぬ”という顔になりました。

「ママの役に立って喜ばせたいんや」
「オイラたちにできることって……?」
じっと肉球を見ながら二匹は考えてみました。
「ママの猫友、美香ちゃん家のラグドール、クララちゃんは
黒い稲妻・ゴキブリを狩るらしい」
「すごいなぁー」
「しかも百発百中でゴキがバラバラにされるんや!」
「オイラには無理だ……」
情けない声でリキくんが呟いた。
そしてナッツくんはバラバラになったゴキを想像して……
エグイなぁーと思ったのでした。
「うん。虫は気持ちワルイし……」
小心者の家猫にはハードルが高い。

 ☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

「ママを喜ばせることができないなら、
悲しませないことなら、できるかもしれへん」
「下僕を悲しませないことって……?」
「ママが一番悲しんだことは、リッキー兄ちゃんの上に
もう一匹のお兄ちゃんがいたんやけど……
その猫が病気になって虹の橋を渡ったときや」
「うん。下僕はものすごく悲しんだ」
「大好きなママに、そんな悲しい思いをさせたくない!」
泣きそうな声でナッツくんが叫んだ。
その声にリッキーくんもすごく悲しくなった。

「ずっとママと一緒に暮らしたいんや」
「ナッツと下僕とオイラと仲良し家族」
「そのためにはボクらもママも健康でないとアカン!」
「からだをきたえるか?」
「お兄ちゃんはダイエットした方がええんちゃうか」
ナッツくんはモフモフすぎるリッキーくんのお腹をみてそういった。
「エへへ、やっぱりそっかぁー」
「けど。無理せんでも、いつもどおりでええねん」
「だったら、オイラはよく遊んで、よく食べて、よく寝るのだ」
「なるほど、そのとおりや! さすがボクのお兄ちゃんやでぇー」
ナッツにほめられて、自慢そうにリッキーくんは“どや顔”になった。どや!

「よく遊び、よく食べて、よく寝るぞぉ~♪」
嬉しそうにリッキーくんは節をつけて歌いはじめた。

『よく遊び~♪ よく食べて~♪ よく寝るぞぉ~~♪』

なかよしにゃんこ兄弟は声をそろえて歌いだしました。

にゃんこ兄弟の鳴き声にも目を覚まさず
美弥さんはスヤスヤと眠っています。

 ☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆

朝がきて、美弥さんが目を覚ますと、
二匹のにゃんこは、布団の上でピッタリと
寄りそうように眠っていました。

起こさないように、そーっとベッドから抜けだすと、
リッキーくんとナッツくんの朝の猫缶を用意します。


― いつもの朝となにもかわらないけど
リッキーくん、ナッツくん、にゃんこ兄弟が、
きのうよりも、ずーっと“下僕”のことが
スキになっていたことを ―。

ゆうべのお月さまはちゃんとしっていました。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-04-10 21:30 | 夢想家のショートストーリー集
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   第91話 ガングリオン

 みなさん、ガングリオンって知ってますか?
 まるで戦隊物に出てくるロボットのような、北欧神話に登場する勇者の名前みたいでしょう?
 実は足や手の指、甲などにできる軟骨みたいなコブのことなんです。別に痛くも痒くもないし、ある日、気づいたらグリグリしたシコリができていたって感じ。
 ガングリオンが発症する原因は、まだはっきりと解明されてなくて、おそらく手などを使い過ぎたり、ぶつけたりしたとき、ガングリオンができやすいらしい。
 ……ですが、私のガングリオンには医学的なことは関係ありません。

 あれは一週間ほど前のことだった。
 左の手首が急に痒くなって、ポリポリ掻いてたら赤く熱を持ち、しばらくするとジンジンと鈍い痛みがあって、患部を触ると少し腫れていた。最初は虫に刺されたのかと思って、虫さされの薬を塗っていた。
 翌日になると痛みは収まったが、プクッと小さなシコリができている。
 日を追うごとに、手首のシコリがしだいに大きくなっていく、米粒から小豆粒くらいに、大豆ほどのシコリになったときは、さすがに医者に診て貰おうと思いました。
 それが病院へ行くために外出したら、お腹が急に痛くなって、その日は止めました。翌日も病院にいく準備をしていたら、頭がガンガン痛くなってきて、薬飲んで休むことに――。
 どういう訳か、病院へ行こうとしたら体調が急に悪くなるのです。
 そうこうしている内に、手首のシコリはピンポン球の大きさになりました。これはもう放っとけない! どんなに体調悪くても絶対に行くぞと決めて、タクシーで病院に向かいました。
 やっと皮膚科の受付に着いて、保険証を渡して、病状を説明しようとしたら……なんと! 声が出ないのです。
 ビックリした私は病院から飛び出し、外で何度も深呼吸をして、「あぁ~~~」と発声しました。もう一度受付に戻って喋ろうとするが……口をパクパクさせるだけ。
 何度も出たり入ったりして試しましたが、病院の中だとやっぱり声が出ません。ガングリオンが治療されるのを拒絶しているみたいだった。もしかしたら、私の脳はガングリオンに支配されているのかも? 想像すると背筋が寒くなった。
  結局、診察もしないで、その日は家に帰りました。

  自分の手首にできたガングリオンが、別の生き物のように思えて気味が悪い! 終いには身体を乗っ取られるのでは?
 この不気味なコブを潰さなければ……私は自分で潰そうと決心した。安全ピンを消毒して、ガングリオンに向かって、針を突き刺そうとした瞬間、「止めて!」と誰かの声が聴こえた。
 見ると手首のガングリオンに小さな口がある。そして叫んだ声は紛れもなく私自身の声だった。
「ワタシはあなたの体の一部なのよ。殺してもいいの?」
「だって……気持ち悪いよ」
「どうしてもワタシを追い出したいなら、ひとつだけ方法がある」
 ガングリオンが私に意外なことを告げた。

 あるテレビ局に『都市伝説認定委員会』いう番組がある。
 視聴者から新しい都市伝説を聴いて、それが都市伝説に相応しいかどうか判定する番組だ。キャストは民族学者、UFO研究家、漫画家、お笑い芸人、女優、そして辛口コメンテーターのクリスティーン・佐渡というオカマタレントである。
 私はその番組の予選に出場することになった。
 ディレクターやカメラマン、番組進行役のクリスティーン・佐渡の前で、自分自身のガングリオンついて語り始める。
「なんか嘘っぽいわね。都市伝説って単なる作り話じゃダメなのよ」
 いきなりクリスティーン・佐渡の辛口コメント。
「でも、本当です」
「じゃあ、あなたのガングリオンを見せてちょうだい」
 袖を捲しあげて、テニスボールほどに膨らんだモノを見せる。
「あらー、ずいぶん大きいのね。早く医者に行った方がいいわよ」
「ガングリオンが治療させてくれない」
「……そう、じゃあお大事に。ハイ、次の人!」
 クリスティーン・佐渡がそっぽを向く、誰も私の話を信じてくれなかった――。
突然、『私のガングリオン貰ってくださーい!』大声で叫んだ。すると、手首のガン グリオンが風船のように膨らんでパンッと弾けた。
「驚いた! 風船の手品? もういいから行って」
 はらうように手を振って、私の退場を促した。
 
 私のガングリオンは跡形なく消えた。
 そしてテレビをつけたら、『都市伝説認定委員会』の、クリスティーン・佐渡のおでこに、大きなガングリオンができていた。
 泣きそうな顔で、『アタシのガングリオン貰ってよぉー!』と画面の中で叫んでいた。
 次の日から街中にガングリオンの人が増えた。きっと『都市伝説認定委員会』を観ていた人たちだ。この調子でいくと、日本中の人がガングリオン持ちになることだろう。
 都市伝説は『私のガングリオン貰ってよ!』と人に向かって叫ぶと、ガングリオンが新しい宿主にうつるだったのです。

 数日後、『都市伝説認定委員会』から都市伝説認定証が私の元に届けられた。



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-04-08 14:58 | 夢想家のショートストーリー集