― Metamorphose ―

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   Action.11 【 ママチャリとわたし 】

「あれぇー? 自転車がない!」
 わたしは思わず大声で叫んでしまった。
 さっき、スーパーで買い物を終えて出てきたが、自転車の鍵を外した所で買い忘れた品物を思い出した。あわてて、買って戻ってきたら、わたしの自転車が駐輪場からなくなっていた。
 あっちこっち駐輪場の中を捜し回ったがやはりない。
 鍵を付けたまま、放置したのは私の不注意だけど……その間、たった五分くらいである。まさか、そんな短時間に自転車を盗まれるとは思ってもみなかった。

 あーああ……ガックリしてしまった。もう脱力感でいっぱいだ。
 こんな日に限って1・5リットルのお水を三本も買ってしまった……今から三十分かけて歩いて帰宅するのかと思うと悲しくなってきた。
 思えば、あのママチャリを買ってから十数年経つ。
 盗られても惜しいというほどのシロモノではないが、子どもが小さい頃にはよく後ろに乗せて走ったもの、やっぱり愛着がある。
 わたしの好きなラベンダー色のボディだった。前カゴと後ろカゴを付けてお買物に便利な仕様にした。後ろカゴに嵩張るトイレットペーパーやテッシュの箱を乗せられるし、前カゴには引ったくり防止のカバーを付けて安全なのだ。自分ナイズされたママチャリはわたしに取って快適な乗り物だった。

 いったい誰が、あんなかっこ悪いママチャリなんか盗んだんだろうか? 
 どうせ、どこかに乗り捨てるくらいなら、ボロ自転車でも返して欲しいと思ったが、しかし古い自転車の盗難届をわざわざ交番に出しに行くつもりもなかった。
 その日は腕が千切れそうに重い荷物を持って、ヨッコラショ、ヨッコラショ……言いながら、ようやく帰宅した。

 それから一週間ほど経ったある日、明日には新しい自転車を買う予定だったので、今日が徒歩での最後の買い物なのだ。
 いつものスーパーに向かう途中の商店街を歩いていると、わたしの目の前を見覚えのあるラベンダー色の自転車が通り過ぎて行った。
 ああ、あれって? わたしの盗まれた自転車じゃないの!?
 あわてて自転車の後を追いかけた。わたしのママチャリには見知らぬ若い男が乗っている。レンタルショップの前で自転車は停まった。派手な格好をした学生風の男で、自転車の鍵も掛けずレンタルショップに入ろうとするのを呼び止めた。
「ちょっと! その自転車に見覚えがあるんだけど……」
 いきなり、見知らぬおばさんに呼び止められて若者は、ン? という顔で振り向いた。
「こないだ、スーパーの駐輪場でなくなった、わたしのママチャリ!」
「しらねーよ!」
 怒ったような無愛想な顔で答えた。
「自転車の登録番号を調べさせて貰うわよ」
 その言葉に若者はちょっとたじろいだ。
 ちょっと怖かったけど……昼間だし、ここは人通りも多い場所なので、まさか若者が怒って暴力を振るうとも思えないので、ちょっと強気に出た。
 
「その自転車は兄貴が乗ってきたんだ」
 自分の自転車ではないという。
「お兄さんが? どこから持ってきたの?」
「兄貴の友だちん家からだよ! 俺はしらねーよ」
 何んとか誤魔化そうと必死だ。
「ちょっと、カゴの中調べさせてね。ここに入れてある筈よ」
 私はカゴカバーを開いて中を覗いた。
 あった、あった! 日焼け防止に百円均一で買った手袋とエコバック、それから先週のスーパー売り出しチラシ。
 間違いない。この自転車は、わたしのママチャリだ。
「見て、この手袋とエコバックはわたしのよ! この自転車も私のものだわ!」
 わざと大きな声が言うと、通行人がチラチラこちらを見ていく。――さすがに盗難自転車に乗ってきた若者はマズイと察知したようだ。
「そんなオンボロ自転車いるかっ!」
 そういうと、とっとと走って逃げていった。

 ふふん、やっぱり正義は勝つのだ――。
 わたしは小鼻を膨らませてベタな台詞を呟いた。
 自転車のサドルをテッシュで丁重に拭いてから跨った。ああ、この感じ……やはり、長年乗り慣れた自転車は身体に馴染むわ。
 ペダルを踏むとゆっくりと車輪が回って進み出す。何んともいえない安心感が、この自転車にはあるのよ。
 ゴメンね! もう二度と盗られたりしないから、戻って来てくれてありがとう!
 明日、新しい自転車を買わないで、この自転車のタイヤとチェーンを取り替えてメンテナンスをして貰おう。もう一度、新品みたいにピカピカにしてあげるから、ずっとわたしの重いお尻を乗せて走ってくださいね。
 いつものスーパーに向かって、ペダルを漕ぐと爽やかな風が頬を撫でていく。

 ママチャリとわたしは、切っても切れない関係、二人三輪でいこう!




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-30 15:38 | 掌編小説集
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   Action.10 【 失したものは、 】

「この中に失くなっているものはありませんか?」

 机の上に並べられた、携帯、時計、財布、手帳、眼鏡、血の付いた衣服。
 これらの品物の持ち主が今はいない。そこに並んだ遺品と同じように、私も寄る辺ない身の上となった。

 いつものように夫は朝食を食べながら、新聞を読み、時計を見て、出勤する身支度を整えた。「お帰りは?」私が訊くと、「たぶん、ちょっと遅くなるかもしれない」と曖昧に答えた。
 玄関まで夫を見送って、朝食の後片付けをしてお掃除を始める。ごく普通の主婦の日常だった。
 結婚して十八年、私たち夫婦には子どもがいない。
 妊娠しても、その度に流産を繰り返し、結局、子宝は授からなかった。「子どもがなくても、二人で仲よく生きていこう」と言ってくれた。体が弱く引っ込み思案な私を、いつも励まし支えてくれたのは、夫の存在だった。

 そんな暮らしが一変したのは、遅い時刻にかかった一本の電話だった。
 警察から夫が事故にあったので至急病院にきてくださいと連絡があった。慌てて住所をメモし、入院している夫の着替えと保険証を持って家から飛び出した。
 気が動顛して車の運転ができないので、道路に出てタクシーを探すがなかなか捕まらない。ようやく「空車」と表示が出ている車に手を上げて飛び乗った。
 メモを運転手に渡したが、その病院は会社からも自宅からも遠く離れた場所だった。
 病院に着いて、受付で名前をいうと係の人が案内してくれたが、エレベーターに乗るとなぜかB2のボタンを押した。エレベーターは病室があると思われる階上ではなく、地下へ下りていく……不安で心臓がドキドキし始めた。
 ――そこは線香の煙が立ちのぼる霊安室で、面会したのは夫の亡骸だった。
 予想だにしなかった事態に唖然とし、声も発しないまま、私の身体はその場に頽れた。
 それから後は朦朧とした意識の中で、まるで映画でも観ているような、心ここに在らず――。ショックで声が出なくなった、まるで人形みたいな私の代わりに、妹夫婦が会社や親戚への連絡、葬儀の手配など全てやってくれた。

 なぜ夫は知らない場所で事故にあったのだろうか?
 警察の説明によると、ワゴン車を運転していた加害者は、スマホの操作に夢中になって信号が変わったことに気づかず、横断歩道に突っ込んできた。青信号で渡っていた被害者(夫)が、撥ね飛ばされて道路に叩きつけられた。救急車で搬送される時には、まだ意識があって「どうか妻に届けて……」というのが臨終の言葉だったという――。
 今さら事故の状況なんか、どうでもいい。
 重要なのは夫が死んでしまったという事実だ。十八年間、寝食を共にした人生の伴侶を失い、独りぼっちで生きていかなければならない――この現実。
 夫の庇護がなければ、とても生きていけない弱い人間のこの私が……残された。

 四十九日法要が過ぎた頃から、孤独と不安で夜も眠れなくなった。
 毎日毎晩泣き続けて疲弊していた。声を失い絶望と悲しみが私の精神を苛む。気力を失くした空っぽな心、喪失感――それは大きく渦を描いて命を呑み込もうとしていた。
 私には子どもがいない、両親もすでに亡くなっている、妹がいるが結婚して家族がある。喋れない姉を心配して、時々、様子を見にきてくれるが、中学生と小学生の子どもがいるので家のことも忙しい筈。これ以上、迷惑をかける訳にはいかない。
 ――私が消えたって、誰も困らない。
 死を決意したら不思議と気力が湧いてきた。身の周りの整理を始める。自分の死後、妹夫婦に遺産を譲るつもりで遺言状も作成した。夫婦の遺骨を納める永代供養の霊廟も購入する。この世に何も未練はない、一刻も早く夫の元へ逝きたかった。

 そんな或る日、突然の誕生日プレゼントが届いた。
 真っ赤なバラの花束と柴犬の仔犬、それは亡くなった夫から私への贈り物だった。花束に添えたカードには夫の自筆で、
『お誕生日おめでとう。この新しい家族を大事に育てていきましょう。』
 カードを手に茫然とする私、自分の誕生日なんかとっくに忘れてしまっていた。
 二ヶ月ほど前に、生まれたばかりの柴犬の仔犬を見にきて、この子をご主人が自分で選んだのだとペット業者が話してくれた。
 たぶん夫は今見てきた仔犬のことを考えながら、妻に贈ったらどんな顔するだろうと、はしゃぐ気持ちで横断歩道を渡っていたのだろう。――そんな夫の命を鉄の凶器が一瞬にして奪った。

 黒い瞳の仔犬は可愛らしく、見ているだけで癒されてしまう。
 抱きあげると温かい命の鼓動を感じた。いつだったか「子どもがいないのなら犬でも飼おうかしら」といった、私の言葉を夫は覚えていたのだ。
 死を決意した私の元に、このタイミングで仔犬が届いたということは、天国の夫が私に生きて欲しいと望んでいるから?
 そう思うと目頭が熱くなり瞼が震えて涙が溢れ出した。私の頬を伝うしょっぱい水を仔犬がペロペロと、その温かな舌で舐める。
 愛おしい生き物よ! この新しい家族を私は夫から託されたのだ。

「おまえと一緒に生きていこう」

 声と、生きる希望を私は取り戻した。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-29 14:06 | 掌編小説集
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   Action.9 【 平行線 】

 世間では概ねコーヒー派と紅茶派に分かれている。
 我が家でも私はコーヒー派だが、旦那と娘はコーヒーをあまり飲まない。特に娘は紅茶派で輸入雑貨のお店で高い紅茶を買ってきては、あーだこーだと蘊蓄を垂れながらポットで紅茶を淹れて私にも飲ませてくれる。……だが、あんまり紅茶の味が分からない。
 それよりもお手軽なインスタントコーヒーの方が好きなのだ。一日平均三杯は飲んでいる。
 キッチンのテーブルで、私がコーヒーを飲んでいると、
「よくそんな《ドブの水》みたいな色したものが飲めるわね」
 と、娘に嫌味をいわれた。
「あんたこそ《番茶の出涸らし》に高いお金出して買ってくるじゃない」
 負けじと私もいい返す。
「フンだ!」
 コーヒー派と紅茶派は、かくして永遠の平行線を辿るのだ。

 ふと真夜中に目が覚めて喉が渇いていたので、階下に降りてキッチンのドアを開けたら、話声が聴こえてきた。
ドアを細めにして中を覗いてみたら……。
「あの子とは絶対に仲よくできないわ!」
「まあまあ落ち着いてください」
 キッチンのテーブルの上に、握り拳くらいの小さな人物が二人いた。真っ黒な女の子と白い髭を生やしたお爺さんだ。いったい彼らは何者なのだろう? 
 好奇心から私は覗き見を始めた。 
「だって、いつもバカにするんだもの」
「たとえば?」
「あたしが黒いから《ドブの水》って呼ぶのよ。失礼しちゃうわ!」
 あっ! その台詞はどこかで聴いたような。
「この爺が程良い褐色にして進ぜましょう」
「フレッシュ爺や、おまえだけがあたしの味方ね」
「シュガー男爵もおられますぞ」
「あの男はいろんな飲みものに甘い言葉を囁く浮気者よ!」
「爺は、カフィー姫様だけに忠誠を誓っております」
「おほほっ、嘘おっしゃい!」
 その時、ブラウンのレースを纏った何者か現れた。
「わたくし、イギリス生まれの由緒正しき紅茶ですわ」
「おまえはティーお嬢様」
「まるで《ドブの水》みたいに真っ黒なカフェ姫と、嘘つきフレッシュ爺やの御二方、ご機嫌あそばせー」
 ティーお嬢様は気取った態度でお辞儀をした。
「ワシを嘘つき呼ばわりとは……」
「フレッシュは紅茶に垂らしてもミルクティーになりますわよ」
「そ、それは……」
「フレッシュはコーヒーだけじゃなくて紅茶にも使います。だけど、わたくしは爺やなんか居なくても、レモンやアップル、ローズとだってコラボ出来ますの。ブランディーを一滴垂らせば大人の味ですわ。おほほっ」
「なによ! あんたなんか《番茶の出涸らし》のくせして」
「フンだ!」
 カフィー姫と紅茶お嬢様はお互いソッポを向いた。
「シンプルなお茶が一番!」
 そこへ《緑茶》と書いたはっぴを着た男が現れた。
「ミルクや砂糖を入れて味を誤魔化すのは邪道だ!」
「あら、茶太郎。あんたの親戚の抹茶の君は牛乳さんと結婚して〔抹茶オーレ〕になったわよ。巷では大変な人気だそうよ。おほほっ」
「あんな奴はもう親戚じゃない! おいらは自分を偽らない生き方をするんだ!」
 茶太郎が怒って紅茶お嬢様にいい返した。急にフレッシュ爺やが泣き出した。
「うわーん。ワシを許してくれ! みんなを騙しておったのじゃ」
「どうしたの爺や?」
「フレッシュミルクと名乗っておるが、ワシは植物性のミルクなんじゃあ。牛乳が入ってない偽者なのじゃあー」
「ええぇ―――!?」
 爺やのカミングアウトにみんな驚いた。
「こんな情けないワシはもう消えて無くなりたい……」
 そこへ二階から誰かが下りてくる足音がしたので、私はカーテンの陰に隠れた。うちの旦那だった、彼は勢いよくキッチンのドアを開けると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、大きめのコップに並々注いで、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる。
「プハーッ、やっぱ水が一番うまい!」
 そう叫ぶと彼は二階へ戻っていった。あまりに美味しそうに飲むものだから、私も水を飲んでから寝ることにした。

 朝、キッチンで紅茶を飲んでいた娘に昨夜の話をしたら、
「はぁ? 何よ、そのあんぱんマンみたいな展開は……。お母さん寝ぼけてたんじゃないの?」
 すっかりバカにされてしまった。でも確かにそうかも知れないなあーと自分でも思う。
 コーヒーを飲むために私はお湯を沸かし、冷蔵庫を開けてフレッシュを探すが、どこにも見当たらない。
「あれ? コーヒー・フレッシュがない」
「私も探したけどなかった。だからミルクなしで飲んでる」
 ブラックは苦手なので、私は牛乳をレンジでチンしてカフェオレにした。
「お母さんたら、いつも安物の植物性のフレッシュばっかり買って来るでしょう? たまには生クリームを買ってきてよ」
 娘に文句を言われた。
 もしかしたら偽者のミルクとバレたのでフレッシュ爺やは姿を消したのかも知れない。……ふと、そんなことを思った。
「紅茶はお茶なんだからシンプルに飲めばー」
「コーヒーの底の見えない腹黒さが嫌い!」

 ああ、今日もまたコーヒー派と紅茶派は、平行線のまんまだ。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-28 13:32 | 掌編小説集
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   Action.8 【 暑中はがき 】

 車のエンジンを止めて、ドアを開けると外は真夏だった。
 喧しい蝉の鳴き声と焼けつくような強い陽射しに、いっぺんに汗が噴き出した。美咲は三日振りに自宅のある郊外のマンションに帰ってきた。
 ここのところ仕事が忙しく、会社近くのビジネスホテルで寝泊まりして、通勤時間を惜しんで仕事に打ち込んでいた。
 美咲は中堅のインテリア照明会社に勤めている。
 都心に大型ホテルがオープンするので、その建物内の照明器具の納品契約を巡って、企画書や接待などに毎日追われていた。営業企画部課長代理というのが美咲の役職だが、今回の契約をモノにできたら、次期課長に推すと部長から内密の辞令を貰っている。
 それだけに絶対に落としたくない契約だった。

 月曜日にホテルの上層部の前でプレゼンテーションをやる。
 土曜日の午前中まで会社に残ってその準備をして、午後からやっと自宅に帰ってきたのである。
 大事なプレゼンの前なので日曜日は体調を整えるために、自宅でゆっくり休みたかったのだ。今年、三十五歳になる美咲は独身ひとり暮らし。

 マンションのメールボックスを開くと三日分の新聞と郵便物でいっぱいだった。腕に抱えて十一階の部屋まで持って上がる。
 玄関の鍵を開けて、部屋に入ると少しすえたような臭いがするから、ベランダの戸を開けて風を送る。テーブルの上に新聞の束を置いたら、その中からひらりと一枚のはがきが落ちた。
 ――暑中見舞いのはがきだった。
 送り主は鹿沼 慧(かぬま さとし)、懐かしい名前が目に飛び込んできた。

『暑中お見舞い申し上げます。我が家では上の女の子が今年小学校に入学し、下の男の子は幼稚園の年長さんです。子育て、大変だけど妻と二人頑張っています。 慧 』

 慧ったら、すっかり良いパパになっちゃって……微笑ましい文面である。
 鹿沼 慧とは大学の三年生の頃に付き合っていた。同じサークルで親しくなりお互いのアパートを行ったり来りする恋人同士だった。
 今でも、時々思う、本気で好きになった人は慧だけだったかも知れないと……。
 仕事に追われ恋愛どころではない今の美咲にとって慧に恋していた、あの夏は忘れられない季節だった。
 優しいけど頑固な慧と、負けず嫌いの美咲は反発しながらも惹かれ合い、二人の恋は夏の夜空の花火のように鮮やかに燃え上がり、線香花火のみたいに小さくなって消えていった。

 大学の最後の夏休み、二人で旅行する予定だった。
 美咲はアメリカに行きたくて、あっちこっちの知り合いに手を回して、超格安のツアーを計画していた。その件を慧に話したら、
「僕はそんな旅行には行きたくない」
 と、無碍に断わられた。ムッとした美咲が理由を聞くと、
「好きな人と観光メインの旅行なんか嫌だ。もっと心を通わせるような旅行がしたい」
「たとえば、どんなのよ?」
「山奥の鄙びた温泉で、清流の音を聴きながら、河原で線香花火をやってみたい」
 その答えに美咲は思わず噴きだした。
 そんな美咲の態度に腹を立てたのか、その日はアパートに泊らず、慧は黙って帰ってしまった。
 その件を境に二人の間に少し距離が出来てしまったが、美咲は卒論や就活に忙しく慧のことは放って置いた。結局、アメリカ旅行は女友達と行くことにした。

 卒業後、慧が郷里に帰ると噂で聴いた。
東京に残って就職するとばかり思っていた美咲は驚いた。そして慧に理由を訊ねたら、
「父が倒れたんだ。郷里に帰って家業を継ぐよ」
「そんなの嫌だよ! 慧がいないと私は……」
 寂しいと素直に口に出せなかった――。
「美咲は僕がいなくても大丈夫さ」
 そういって笑った慧の目には美咲は映っていない、卒業と共に二人は疎遠になり自然と別れた。
 郷里に帰って、家業の酒屋を継いだ慧は、お酒のディスカント店舗にして手広くやっていたようだ。
 偶然、ネットで慧の酒屋のHPを見つけた。
 会社のイベント用に、大量に酒を注文したのが切欠で再び交流が始まった。だが、はがきやパソコンメールくらいで個人的なものではない。慧は家庭を大事にしていて、過去の女性である美咲に対して、必要以上に近づこうとはしなかった。

 ドンドンドドーンと音がして、ベランダの窓の向う側が光った。
 シャワーを浴びた美咲はバスロープ姿のまま、ベランダに出て夜空を見上げた。今日は近くの河原で花火大会があるらしい、十一階の美咲の部屋からは花火がよく見える。
 ベランダに椅子を出し独り花火見物と洒落込む。冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出し「カンパーイ!」といって一気に煽った。
 素直じゃない自分は、慧に相応しい女性ではなかったと思う。
 家で食事を作って夫の帰りをただ待っているなんて……たぶん私にはできない。きっと慧は自分に合った女性を選んで幸せになったのだ。
 たとえば、二人が結婚したとしても、そう長くは続かなかっただろう。これは愛情の問題ではなく、相性の問題なのだから……。
 かつて愛した人の幸せを願って、「カンパーイ」ビールの味と違った甘酸っぱい想いが込み上げてくる。

 ドンドンドドーン! 夏の夜空にひと際、大きな花火が上がった。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-27 13:17 | 掌編小説集
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   Action.7 【 紅葉さんと若葉ちゃん 】

 この会社に勤めて二十五年になる。
 夫婦なら銀婚式だが、私は結婚もしないで、この中堅商事会社でずっと働いている。若い子たちは私を『お局』といい、私より後に入社して管理職になった上司たちは、影で『ババア』と呼んでいるらしい。フン! 別に構わない。
 だけど二十五年も総務やってたら、奴らの弱みをいろいろ握ってるんだから甘くみないことよ。

 不況のあおりで新規採用がなかったが、三年振りに我が社に新人社員がきた。
 そして総務課に女子社員が配属された。その子のことなんだけど……何んというか、まったく非の打ち所もない新人なのよ。
 まず礼儀正しく、素直で明るい、呑み込みが早く、頭の回転もいい、それでいて謙虚だし……お局の私としてはイビル題材が見つからない。
 今まで新人をイビってストレス発散していた私にとって、こんな完璧な新人はかえって迷惑なのよ。……あれ? 私、なんか変なこと言った?
 私こと『お局の名に賭けて』一度は泣かせないと気が済まないわ。

 まず、新人にしつこく小言をいう。
「ちょっと、新人さーん」
「はーい」
「あなた、給湯室でお茶淹れたでしょう?」
「はい」
「ポットの周りにお湯がこぼれてたし、茶がらもシンクに貼りついて汚いわよ。もっときれいに使ってよね」
 私がブチブチ文句を言いだすと、
「スミマセンでした。すぐ片付けてきまーす!」
 雑巾を持って給湯室に走って行った。これじゃあ、文句も言う暇もない。
 それじゃあ、慣れない仕事をやらせてみよう。
「新人さん、今から来客用の菓子を買って来てちょうだい」
「はい。わたし一人で、ですか?」
「そうよ。必要なことはメモしてあるから。お昼から来客があるから急いで買ってきて、領収書も忘れないでよ」
 不安そうな新人さんにお金を渡して総務課から追い出した。
 この辺りに土地勘もないしウロウロして迷っているに違いないと、私は内心ほくそ笑んだ。
 そして、三十分後に、
「ただいまー」
 紙袋を提げて帰ってきた。
「あら、ずいぶん早かったわね」
「はい。スマホのグーグルマップを見ながら行ってきました」
「……そう」
 まさかそんな手があったなんて……メカ音痴の私は知らなかった。
「検索して安いお店が見つかったので、そこで買ってきました」
 品物は間違いなく、いつもの菓子を20%OFFで買って来てたわ。
 手強い新人めぇ! こうなったら……奥の手よ。
「新人さん、山田部長に来客の時間が早まって十三時に来られますと内線で伝えておいて」
「はい」
 フフッ、嘘の時間を教えて山田部長に叱られればいいんだ。

 お昼の休憩時間、トイレに籠っていると女子社員が三、四人化粧直しにやってきた。――トイレの中で私は聴き耳を立てる。
「新人さん、もう仕事に慣れた?」
「はい。少しだけ……」
「あのイジワルなお局によく我慢してるわねぇー」
「新人イジメが趣味みたいな人だから、みんなに嫌われてるのよ」
「あんな糞ババアにだけはなりたくない!」
 私をネタにトイレの外は爆笑の渦だった。
 私は便器にしゃがんだまま怒りで身体がワナワナ震えた。
「……先輩をそんな風に言わないでください。何も分からない新人の私に仕事を教えてくれて感謝しています」
 新人だけが私の肩を持ってくれた。
「そうなの? でも新人さんは、あのババアの怖ろしさを知らないだけよ」
「そうそう。新人泣かせるのが好きなドSおばさんだし……」
 などと雑談しながら、女子社員たちはようやくトイレから出て行った。
 個室の中で私は《あの子に悪いことをしたなぁー》と少し反省していた。

 いきなり山田部長が怒って総務課へやってきた。
「来客は十三時に早まったと内線で知らせた奴は誰だ?」
 一階のロビーで来客を待っていたが来ないので問い合わせてみたら、時間変更などしてないと言われたらしい。
「はい。私です」
 新人がオドオドしながら答えた。
「おまえか? 新人だな? なぜ、そんな嘘を伝えたんだ」
「す、すみません……」
「謝って済むか! いい加減な奴め!」
 凄い剣幕で怒鳴る部長に、小さくなって謝っている新人。私が嘘を教えたのにひと言も弁解しようとしない。なんて子なの……。
「ちょっと! 山田部長」
 思わず、口を突っ込む。
「なんだぁ?」
「部長は私より一年後輩でしたよね? 新人の頃はよくヘマしませんでした? 私が尻拭いしてあげたでしょう。たとえば……取引先の……」
 部長の過去の失敗談を言いだしたら、慌てて「ああ、分かった。以後気をつけたまえ!」総務課から逃げていった。
「先輩、ありがとうございます」
「いいのよ。私が間違った時間を教えたから……」
「いいえ、私の聴き間違いでした」 
「新人さん、あなた……」
「私、青木若葉です。わかばって呼んでください」
「若葉ちゃん」
「先輩は秋山紅葉という名前でしょう? もみじさんって呼んでいいですか?」
「紅葉って年寄り臭い名前でしょう?」
「ううん。とっても素敵な名前です!」
 新人とお局、二人で若葉マークと紅葉マークだ。こんな新人だったらお局さまも勝てない!




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-26 21:38 | 掌編小説集
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   ブログ
by utakatarennka | 2016-07-25 16:33 | ブログ
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   Action.6 【 エプロン 】

 珠美は行くあてもなく真夜中の街を歩いていた。
 エプロン姿にサンダル履きのまま、家を飛び出してきてしまった。今日は結婚記念日だというのに、12時を過ぎても夫は帰って来なかった。
 お祝いの料理と花を飾って待っていたのに……何度、携帯にかけても留守電のまま繋がらない。おかしい、もしかしたら夫は浮気をしているのかも知れない。――そんな猜疑心が頭をもたげてくる。
 ここ2~3ヶ月、夫の帰宅の遅い日が頻繁にある。
帰って来ても疲れた顔ですぐに寝てしまい、自分に何か隠し事をしているように思えてならない。いくら訊いても曖昧な返事しか返って来ないし、はぐらかそうとする夫の態度に、ついに珠美の怒りが爆発した。

 頭に血がのぼった状態でフラフラ歩いていたが、ブルッと寒気がした、晩秋の夜風は冷たく、上着もきてない珠美だった。通りにファミレスの看板が見えた。
 エプロンのポケットを探ると、買い物のお釣り小銭が五百円くらいあった。飲みものならいけるだろう。店の前でエプロンを外してから入った。
『いらっしゃいませ、何名様ですか?』
 お決まりの台詞を訊かれた。
 人差し指を立てて一人を示すと、ウエイトレスが窓際のテーブルに案内した。メニューの説明を始めたが聴かずに、
「コーヒー」
 ぽつりと呟くと、ウエイトレスは「コーヒーですね」と確認してから下がった。
 深夜のファミレスは閑散としていた。サラリーマン風の中年男性、派手な格好の若い女の子、いわくあり気なカップル……まるで行き場のない漂流者たちみたいだ。
《部屋を飛び出した私を夫は追いかけても来てくれない》その惨めさに涙が零れた。

 珠美と貴志は一年前に結婚したが、子どもはまだいない、小さな工場に勤める夫の収入は少なく、珠美もパートで働いている。
 二人は珠美の両親から結婚を反対された。貴志は幼い頃に両親が離婚、母親は再婚したが義父とその家族に馴染めず孤独な少年時代だった。高校の時に母親が病死したため家を出て、たった独りで生きてきた。
 貴志と知り合った頃、彼は『狼のような目』をしていた。
 それは孤独で荒んだ心を映すような瞳だった。その頃、彼は年上の女性のヒモみたいな生活で『薔薇と酒の日々』を送っていた。女性関係も派手でいわゆる遊び人だったが、世間知らずの珠美と知り合ってからは、人が変ったように真面目に働くようになった。
 結婚の意思が固まって、珠美の両親に貴志を会わせたが「どこの馬の骨とも分からない男に、大事な娘はやらん!」父は激昂した。
 貴志は高校中退で家族もいない、グレて悪さをした時期もあった、そんな男との結婚を両親は許さなかった。頑なに父は貴志と会おうともしないし、仕方なく、家を出て貴志のアパートで暮らし始めた。
 結婚記念日と言っても、式を挙げていない二人には婚姻届を出した日のことである。

 ここまで貧しいけど、二人で頑張ってきたつもりだった……それなのに、それなのに、夫の様子が変なのだ。もしかしたら自分に飽きて、新しい女ができたのかも知れない。
 結婚当初、アパートには元カノたちがよく訪ねて来たが、その度に貴志は事情を説明して来ないように納得させていた。――でも、もし外で会っているとしたら?
 今夜も遅くに帰って来て、珠美が夕食の用意をしている間に貴志は炬燵で寝てしまった。起こしても、起きないし、無理やり起こしたら寝ぼけてて、せっかく彼が大好きなビーフシチューを作ったのに口を付けず、またウトウトし始めた。
 そんな態度に腹が立って、珠美はテーブルの上の料理をひっくり返して、泣きながら家を飛び出してきたのだ。

 ファミレスのテーブルで少しウトウトしたようだ。コーヒー一杯で朝まで粘っていたが、そろそろ帰ろうと重い腰を上げた。
 夜明けの街を震えながらアパートに帰ったら、部屋の前で誰かが蹲っていた。
「貴志!」
 その声に男はゆっくりと顔を上げた。
「お前、どこに行ってた。俺、街中を探しまわったんだぞ!」
 怒ったような声だが、安心した顔だった。
「心配で俺、お前の実家にも電話したら、お義父さんに娘を不幸にするなら、すぐに返せと怒鳴られた」
「お父さん……そんなことを……」
「俺は珠美を幸せにするから、絶対に返さない」
 そう言うと、ズボンのポケットから小さな箱を出して珠美に渡した。
「なに?」
「開けてみろ」
 箱の中には指輪が入っていた、小さいがダイヤが付いている。
「婚約指輪も買ってやれなかったので、一年遅れだけど……それ買うのに週に三回、閉店後のパチンコ屋で清掃バイトやってたんだ。今日に間に合うようにと……けど疲れて肝心な時に寝てしまった」
 あははっと貴志が笑う、その言葉で全ての誤解がとけていく。
 左の薬指に指輪はピッタリだった、嬉しくて泣きだした珠美を優しく抱きしめて、
「ずっと俺の傍にいてくれ」
 孤独な人生だった貴志にとって珠美は唯一の家族なのだ。
 夫の言葉に深く頷くと、涙が溢れて止まらない……両親に許されて、幸せな夫婦になれる日もそう遠くはないだろう。
 今日、エプロンで拭ったのは幸せの涙だから――。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-24 15:39 | 掌編小説集
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今日のお昼に「ポケモンGO」をインストールしてみました。

うち娘がやってる見て楽しいそうだったし、
ふたりで出掛けたり、ショッピング行ったついでにポケモンもゲットできる。

外へ出て歩かないと、ポケモンは探せないし、進化もしないので、
健康のためにも、歩けばダイエットにもいいかもしれない。

アメリカでは、どんな精神科医やカウンセラーに治療を受けても、
絶対に家から一歩も出なかった引きこもりが「ポケモンGO」をするために
外にでるようになったとか、ゲームの力ってすごいね!

まだ、始めたばかり3匹だけゲットしたよ(๑´・ᴗ・`๑)


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   ブログ
by utakatarennka | 2016-07-23 19:54 | ブログ

フォト短詩 晩夏

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フォト短詩 晩夏


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潮風にゆれる ループピアス
砂浜を歩く 赤いペディキュア
海に投げた シルバーリング
さようなら……
振りむかないで
今年の夏を置いていく



by utakatarennka | 2016-07-22 13:20 | フォト短詩
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フリー画像素材 Free Images 1.0 by:[lauren nelson]様よりお借りしました。http://www.gatag.net/


   Action.5 【 コントラスト 】

 日向千夏は、混血かと思うほど彫りの深い顔と長い睫毛、色白でスタイルのよい彼女は、目を惹く美人だった。
 それに比べて無口で不細工な私は、冴えない存在で千夏しか友達がいなかった。
コントラストとして千夏という太陽が歩くと、その足元にへばりつく影のような存在だった。
 なぜ千夏が私を友人に選んだのか、その理由を知ってショックを受けた。

 ある日、千夏が男の子にデートに誘われたが、一人で会うのが不安なので私に付いてきて欲しいと言われた。私たちは女子高に通っていたので男女交際は校則で禁止されていた。「由利、一生の願いだから!」と顔の前で手を合わせて千夏に頼まれて、しぶしぶ私もデートに付いて行くことになった。
 映画館前で千夏のデートの相手と三人で会ったが、男の子は私を見るなり露骨に嫌な顔をすると、チッと舌打ちされた。いたたまれない気分で映画館内に入ったが、二人に気を使って「飲み物を買ってくる」と、私は席に着く前に離れた。
 暗くなった館内で飲み物を手に座席を探したていたら、二人の声が聴こえた。
「なんであんな奴連れて来たんだよ」
「由利は無口だし、邪魔にならないでしょう」
「選りによって、あんなブスなんか……」
「うふっ、だって由利は私の引き立て役だもん」
「あはっ、そりゃあ~いいや」
 その後、ふたりで爆笑していた。
 そのまま何も告げずに私は一人で帰った。千夏のことを親友だと思っていたのに……ただの道化師だったなんて、『引き立て役』その言葉が悔しくて、涙が止まらなかった。
 家に帰ってから千夏から何度も連絡があったが、急にお腹が痛くなったので帰ったと誤魔化した。その後、千夏とは距離を開けて付き合わなくなっていった。
 どうせ美人の『引き立て役』でしかない自分の存在に失望して、私は勉強を頑張り一流大学を出て官庁に勤めた。そして結婚もせず、子供も産まず、ひたすら働き続けて、自分をスキルアップさせた。
 女性としての幸せはなかったが、社会的地位と経済力は身に付けた。

 卒業して三十数年になる女子高の同窓会のお誘いがきた。
 今までお気楽主婦たちの話を聴くのが煩わしくて、いつも欠席していたが……日向千夏が同窓会に出席すると聞いて会ってみたくなった。私の人生に一番影響を与えた人物だから、今の千夏を見てみたいと思ったのだ。
 小さな居酒屋を貸し切って、大昔の女子高生が三十人ほど集まった。
 ブランドのスーツでビシッと決め、カルチェの時計とエルメスのバッグを持った私に対して、着古したワンピースと白髪交じりの痛んだ髪、野暮ったい化粧で皺も深く、ガリガリに痩せて貧相な千夏だった。
 お互いに五十歳を超えたおばさんになっていたが、美人とブスは年を経ると、その差が確実に縮まる。
「あたし千夏よ。覚えてる?」
「……ええ」
 人違いかと思うくらい劣化した千夏にガッカリした。
「由利はずいぶんと羽振りが良さそうね。あたし男運が悪くて三度も離婚して……今は身体を壊して貧乏暮らしなのよ」
 訊いてもいない身の上を、同情して欲しそうに喋る千夏が心底不愉快だった。
 この女の言葉に傷つき世間並みの幸せを捨てた自分が、バカだったと怒りが込み上げてきた。こんな同窓会なんか来るんじゃなかったと席を立ち、「あのう悪いけど、急に仕事のアポが入ったから……」と幹事に五万円渡して、「みんなで二次会も楽しんで!」と言って出て行った。
 ――気分が悪いので、どこかで飲み直すつもりだった。

「待ってぇ~」
 大通りでタクシーを探していると、誰かが追いかけてきた。振り向くと千夏が走ってくる。
「なぁに?」
「あなたに話したいことがあるの」
 金の無心ならお断りだと思ったら、
「由利に謝りたい」
「……なにを?」
 冷ややかに答えた。
「昔、デート付いてきて貰った時に、由利を傷つけることを言ったでしょう? あれは本心ではなかったのよ」
 何を今さら……と思い、素知らぬ顔でタクシーを探す。
「私ね、あの男が大嫌いでわざとあんなこと言って性格悪いって思われようとしたの。そしたら由利に聴かれて……何度も謝ろうとしたけど、あなたに避けられて話せなかった」
「どうして今頃になって……」
「由利のことが大好きだった! 目標のため努力する強い人だと尊敬していた。それに比べて私は容姿しか取り得がない。男にチヤホヤされたけど、結局、弄ばれて身を持ち崩してしまい……この有り様よ」
「私には関係ないわ」
「そうね。だけど由利と友達だったら、私の人生はもう少し違っていたかも知れないと思うの」
「そんなこと言われても……」
 そこへタクシーが停まった。
「じゃあ、またね」
 乗り込もうとすると、
「ゴメンね!」
「もういいから」
 素っ気なく言い放つ。
「私ね、肝臓癌でもうすぐ死ぬの。……その前に由利に謝りたかった」
 そういって、肩を震わせて千夏は泣いている。

 タクシーの窓から、かつて太陽のように輝いていた千夏が小さくなって消えていく。
 結局、彼女から光を奪ったのは、この私だったのかも知れない――。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2016-07-21 12:58 | 掌編小説集