― Metamorphose ―

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あじさい通り Part 12

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 ◆ 七番目のあじさい ◆

 ――僕らは緊張した。
 手に持ち切れないほどのあじさいの花を抱えて、スキップしながら入ってきたのは、
「これパパにあげるのぉ~」
「七海ちゃん?」
「うん。パパはあじさいがすきなんだよ」
「パパって? いったいどこに居るんだい」
「ここ、ここよ」
 七海は奥の冷凍庫を指差している。
 さっき七海が地下室に入ってきた時、鍵は開いたままになっている。三歳児の七海になっている今が逃げるチャンスだったが、どうしても僕は好奇心から逃げ出せないでいる。茜も同じく、七海が指差した冷凍室の中が気になるようだ。
 首から紐でぶら下げた鍵で七海が冷凍室の扉を開けた。扉の隙間から覗いたら中は三畳くらいの広さで、食料品は何も入っていなかったが、大きな木の箱が中央に置かれている。それは立派な猫足付きのテーブルに乗せられていた。両サイドにはキャンドルが飾られていて……。
 七海に付いて、僕らも冷凍室の中に入っていった。室温マイナス10℃くらいだろうか、非常に寒い、長く居たらカチンカチンに凍ってしまいそうだ。
 冷凍室の中央に置かれた木の箱は、人ひとりが横たわれる広さはあった。――そして、その中で僕らが見たものは……。

 ――あじさいを敷き詰めた箱の中にひとりの男が眠っていた。そう、それはあじさいの棺だった。
どのくらい前に亡くなったのかは判らないが、冷凍された状態で、まるで生きているようだった。目立った外傷はないが、こめかみに銃口の痕のような穴があいていた。
 歳は三十代半ばくらいで、死顔だが、整った容貌から生前の魅力的な容姿が想像できた。
 その遺体はきれいに髪を整えて、白いモーニングを着せられて、まるで花婿のように見える。――あじさいの褥で永遠の眠りにつく、この男は誰なんだ? 
 棺の中にあじさいの花を入れている、七海に訊いた。
「この人は誰なんだ?」
「ななみのパパだよ」
「名前は?」
「だ・て・な・お・き」
 七海は、一文字一文字区切ってハッキリと言った。
「この人が、伊達尚樹だとー?」
 じゃあ、今まで『 日高会計事務所 』に電話やメールを送って来ていた人物は誰なんだ? 昨日も電話があったはずだ、朋子さんがハッキリと伊達さんだと答えた。あの声の主はいったい……?
 僕は伊達尚樹の遺体を前に頭の中が混乱していった。

『そこに眠っているのは、単なる、私の肉体に過ぎない』

「えっ?」
「今の声は……?」
 僕と茜は同時に驚きの声を上げた。どこからか男の声が聴こえたのだ。それは低く気取ったしゃべり方だった。この冷凍室には僕と茜と七海、そして遺体しかいない。
「だ、誰だ?」
『いや、失礼。私は伊達尚樹だよ』
「ま、まさか……」
『日高遼くん、君のことは妻たちから聴いているよ』
 そう言いながら、七海がゆっくりと顔を上げた。
 その表情はまるで別人のようで、また人格が入れ替わったんだ。今度は伊達尚樹と名のる男だった。そして男のような低い声でしゃべっている。多重人格とはいえ、ここまで完璧に男の声が出せるものなのか? まるで亡霊に憑依されているようだった。
 あまりの不気味さに僕は血の気が引いた、さすがの茜も恐怖で顔が引きつっている。伊達尚樹になった君は、ゆっくりとしゃべりだした。
『――わたしは結婚して、すぐに新しい妻が侑子ではないかという疑念を抱いた。特徴として左の耳の付け根にホクロがあったし、些細な癖や表情が侑子とよく似ていたからね。そして彼女が多重人格だということも分かっていたよ。――ある日、小さな女の子になって、わたしを「パパ」と呼ぶんだ。名前を聞くと「七海」と答えた。その名前は侑子が妊娠した時に、どっちが産まれても「七海」と付けようと、ふたりで決めていた子どもの名前だった。――それで、新しい妻が侑子だとハッキリ分かった』
「あ、あなたはどうして? こうして死んでいるのに……」
 茜は震える声で、怖々と訊ねた。
『その肉体から離れて、わたしの魂は妻の中に入ったんだ、娘の七海もここに居る』
「遼ちゃん、その人は死んだ伊達尚樹の代わりになろうとして現れた人格だわ」
「そうか、七番目の人格だな、それにしても男の人格だなんて……」
『新しい妻が侑子だと知って、ひどく悩んだよ。侑子の頭がおかしくなったのは自分のせいではないか? 彼女に対する愛情が足りないかも知れない。夫として、わたしは自責の念に駆られて……ある夜、妻が寝込んでいるのを見届けて、無理心中をしようとしたんだ。イギリスから家具に忍ばせて、密輸した銃を持っていたから、それで妻を射殺して、自分も自殺するつもりだった――』
「なぜ、あなただけ死んだのですか?」
『――それが、妻の中の凶暴な人格が現れて、わたしから銃を奪い、頭を撃ち抜かれたんだ』
「ピンチになると現れる、破壊の人格、魔亜沙のやったことだろう」
『あははっ、あっけなく殺されてしまった。そして妻の中に入って、伊達尚樹の声で仕事をしていたのだ』
「朋子さんが電話で聴いた声は、あなたですか?」
『……そうだ』
「なんてことだ、みんな、君とその人格たちに騙されていたのか!」
「頼むから、自首して、病院で治療を受けて!」
 茜が伊達尚樹の人格に懇願した。
『わたしたち人格は統合されたりしない。ひとりひとりが心の中で生きているんだ!』





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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2011-12-15 12:15 | ミステリー小説