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泡沫恋歌のブログと作品倉庫     


by 泡沫恋歌
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さつじん脳 ①

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死ねばいいと恨みますか?
さつじん脳にスイッチが入りました!

 

   第一話 スのつく危険なお仕事でーす! ①

「なんじゃあーこりゃあ!?」
 自分の目を疑い、瞼を擦って、もう一度その文字を見なおした。

『スパイ急募』

 俺は今、ハローワークの中にあるパソコン求人検索ルームに居る。
 希望する条件をパソコンで検索してくださいと、ハローワークの職員に言われて、入力した条件に合致した職業が、まさかの『スパイ』だった。

 今朝、ボロアパートの六畳一間の部屋で寝ていたら、突然、大家のババアに乱入された。
「いつまで寝てんだい? このろくでなし!」
 枕を蹴飛ばされて、ビックリして飛び起きた。
「家賃を払わんか! 三ヶ月も溜まってんだ」
 八十近いババアが大声で騒ぎ立てるが、無一文の俺には払えない。
「なんで働かないんだよ。今すぐ職業安定所で仕事みつけてこいや!」
 もの凄い剣幕に圧倒されて、アパートを飛び出しハローワークにやってきた。
 学歴なし、資格なし、高給希望で仕事を探していたら、検索でなんと『スパイ』が引っ掛かった。PC画面の雇用条件を読んでみる。
 年齢学歴経験不問、未経験者の方には親切に指導します。各種保険あり、時給5000円(危険手当あり)、支度金10万円。
 おおっ! 時給5000円とはすごい! けど時給? スパイなのにタイムカード押すのか? しかも10万円の支度金が貰えるなんて好待遇だよ。
 それにしても、今どきは人出不足だからスパイだってハローワークで求人するんだ。半信半疑ながらもカウンターで、この職業をいったら職員は別に驚く風もなく、面接場所を書いたメモを渡してくれた。

 メモに書いてあった場所は薄汚い雑居ビルの七階だった。
 ドアプレートには『人材開発プロジェクト』と書いてあるが、胡散臭い雰囲気が漂っている。普通の人間なら、ここでUターンして帰るところだが、生活が貧窮している俺は躊躇する余裕などない。ノックをして中に入っていった。
 室内は二十畳くらいはあるだろうか? 白い壁とリノリュームの床、正面にホワイトボードと教壇があり、手前には長机とパイプ椅子が二脚、その椅子の一つに男が座っていた。
 後ろ向きで顔は見えないが、後頭部の禿げ具合に見覚えがあった。
「やあ!」
 振り向いた男の顔を見て驚いた。
 俺の部屋の隣に住む、苅野玄(かりの げん)という売れない漫画家だった。
「どうして苅野さんが?」
「家賃が溜まってて、大家のばあさんにハローワークにいけと言われて、ここを紹介されたんだ」
 苅野さんは若い頃は売れっ子漫画家だったらしいが、落ちぶれて妻子に逃げられた中年男なのだ。最近では漫画の原稿依頼もなく相当貧窮している様子だった。

 俺たちの住むアパート『サソリ荘』は硝子戸を開けて玄関に入ると、下駄箱があり、そこで靴を脱いで、スリッパに履き替えてから上がるのだ。
 中央廊下を挟んで六畳一間の部屋の扉が並んでいる。アメニティーは共同便所、共同炊事場のとなりに食堂があって四人掛けテーブルが二卓置いてある。
 風呂はなく、シャワーなら一回(15分間)百円で大家に頼めば使わせて貰える。
 しかも各部屋に鍵が付いていないので、今朝のように、大家のババアに勝手に入って来られる。プライバシーなんてものはなく、寮みたいな建屋で築五十年は経っているだろう。
 家賃は光熱費込みで、1万2千円だから……まあ、かなり破格の安さかもしれない。
 地域でも有名なボロアパート、この『サソリ荘』には変わった住人が多い。
 二階建てのアパートの一階には大家の自宅と俺と苅野さんが住んでいる。二階の住人たちは出入りの激しい外国人労働者たちやカルト教団の信者、風俗の女と刺青の入ったヤクザが居る。
 怖ろしくヤバイ雰囲気なのだが……なぜか、みんな大家のババアには絶対服従でトラブルもなく過ごしている。

「僕も大家さんにドヤされてきました」
「ほぁ、鈴木君もかね。あの因業ババアには誰も敵わないよ」
「あの迫力には逆らえません」
「うむ」
 苅野さんが大きく頷いた。
 気弱そうな彼は、大家のババアによく怒鳴られているのを目撃する。
たぶん、借金でもあるのだろうか? アパートの溝掃除や庭の草取りなんかを時々やらされている。
 共同炊事場でかちあったら、俺がモヤシを苅野さんは玉子を分け合ってラーメンを作る。そして食堂のテーブルで世間話をしながら一緒に食べる。ババアの経営する『サソリ荘』は、苅野さんや俺みたいな社会からブロックアウトされた孤独な人間には、まんざら住み心地が悪くもない。
 不思議なことに、ボロアパートに住む以前の俺の記憶がない――。
 いつの頃からか、アパートの部屋で仕事もしないで暮らしていたが、この鈴木という名前も部屋の表札に貼られたもので、本当の名前なのかどうかも分からない。
 ずっと無職の俺が飢え死にしないでやっていけてるのも不思議だ。
 まあ、俺自身が謎の人物だし、そんな人間をスパイを選ぶなんて滑稽なのだが、しかも同じ日に同じアパートの住人が、同じ仕事(スパイ)を面接にくるなんて、あまりに偶然過ぎる。 

「揃ったところで面接やるよ!」
 入ってきた面接官を見て、俺も苅野さんも椅子から転げ落ちそうになった。
 なんと、そいつは大家のババアだった! これはもう偶然といえないレベルの不自然さだろう。
「おまえたちが家賃を払わないから、アタシもアルバイトやってんだ」
 さも当然という顔つきで、この不条理を簡単に説明された。
「まず、健康診断だよ」
 自己申告の身長と体重を書類に記入、片目を瞑って、ポスターの文字を2つ3つ答えたら、それで視力検査は終了だった。
 いい加減な健康診断だ! 待てよ、視力検査だけで健康診断といえるのかあ?

「次は体力測定」
 俺と苅野さんでペアを組む、一人が上体を前にかがめて両手で自らの両足首あるいは膝を掴んで支持し、もう一人がそれを開脚しながら跳び越える馬跳び(うまとび)を、お互い馬と飛び手になって交互に10回くらいやった。
 日頃の運動不足でゼェゼェ……と息を切らしてしまった俺だが、ババアは「足腰は大丈夫そうだから合格!」と軽くOKサインだ。
 危険な任務をこなすはずのスパイが、馬跳びだけで合否を判断するなんて信じられない。

「筆記テストいくよ」
 ――が、そういう疑問を考える隙を与えず、テスト用紙が配られた。
 問題は三つだけ。Q1. 円周率を答えよ。Q2. 脱原発に賛成・反対・分からない、三つの選択肢。
 俺は円周率は3.14と書き、脱原発は分からないと答えた。隣の苅野さんのテスト用紙を覗いたら脱原発賛成を大きくマルで囲んでいた。
 そして最後の問題がまったく意味不明なのだ。

 Q3. 私が愛した【 す 】の付くものなぁに? 

 1. 酢昆布 2. すっとこどっこい 3. スパイ

 なんじゃあーこりゃあ!? 私が愛した酢昆布、これはないなぁー。私が愛したすっとこどっこい、意味分からん……?

 私が愛したスパイ 
 私が愛したスパイ?
 私が愛したスパイ!!

 その言葉のせいで、突然なにか弾けた。
 俺の頭の中に記憶が流れ込んでくる。『私が愛したスパイ』それは記憶の封印を解くためのキーワードだった。


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カクヨム 
泡沫恋歌 『さつじん脳』


   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-01-25 10:40 | ミステリー小説