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ザ・グレート・オブ・お嬢さま ②


   第二話 〔 お嬢様の社会見学 〕

 キャア―――!!

 早朝の蟻巣川家に絹を裂くような悲鳴が轟いた。
 執事の黒鐘(くろがね)は、その声を聴き付けて大急ぎで、当家の令嬢麗華(れいか)の部屋へと駆けつけた。
「お嬢さま、どうなされましたか!?」
 見れば麗華お嬢さまが、ベッドの隅で身体を縮めてブルブル震えていました。
「な、なにがあったのですか?」
「く、黒鐘……で、でたのよ、あれが……」
「はあ?」
「そこにほらっ! いるでしょう? 虫が……」
 目を瞑って怖々指差す、ベッドの上にはわずか5mmにも満たない、小さな蜘蛛の子が一匹這っていた。
「この小さな蜘蛛ですか?」
「わたくし、虫は大嫌い! 早くなんとかして頂戴!!」
「はい、はい、かしこ参りました」
 蜘蛛の子を紙で摘まんで窓から逃がした執事の黒鐘は――。
 いくら温室育ちのお嬢さまとはいえ、虫けら一匹で朝から大騒ぎするとは困ったものだと、心の中で舌打ちをした。チェッ!
「わたくしの部屋に虫が出るなんて、許せませんわ!」
「まあ、あれくらいの小さな虫は我慢してください」
「イヤよ、イヤイヤイヤー!」
 わたくしはベッドの上で両脚をバタつかせて抗議しました。
 だって、どんな小さな虫だって大嫌いなんですもの。こんな虫の出る部屋なんかで眠れません!
「即、お引っ越ししますわ!」
「えぇ―――!!」
 その言葉に爺やは顔をしかめて驚いている。
「わたくし、他のお部屋に移ります」
「……お嬢様、またですか?」
 フゥーと、わざと大きな音で溜息を吐くんですのよ。失礼ね!
「二ヶ月前もお部屋に蚊がいたからと……、部屋替えしたばかりじゃないですか?」
「わたくし、虫は大嫌いですの。絶対にお引っ越ししますわ。お屋敷の見取り図を持ってきて頂戴!」

 わたくし、蟻巣川麗華(ありすかわ れいか)は由緒正しき、元華族の家柄ですの。名家生まれの麗華のことを皆さまが令嬢の中の令嬢だ。まさに『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』呼びますのよ。おほほっ
 当家、蟻巣川家は広大な土地に屋敷が建っていますの。本館、別館、新館と合わせるとお部屋の数は百以上はあるんです。さながらリゾートホテル並みの規模で、その中に住んでいるのは当主のひとり娘、わたくし麗華と執事の黒鐘、家政婦、コック、メイド、運転手、庭師、家庭教師、美容師、スタイリスト、警備員をいれても、わずか二十人ほどですわ。
 ほとんど使われていないお部屋ばかりなので、それぞれ四季に応じて、お部屋替えをしています。でも後片付けでなんやかやとお仕事が増えるので、執事の黒鐘はいつも渋面で乗り気ではないの。まったく使えない爺やだこと……。フン!

 お引っ越しする部屋を決まるため、メイドに言いつけて、お屋敷の見取り図を持ってこさせました。
 地図を広げて見れば、敷地内にはプール、ゴルフ場、野外コンサートホール、池や森もありますわ。あっ、滝もひとつ。わたくしでさえ、まだ隅から隅までは行ったことがありませんの。
 あらら、よく見れば見取り図の中に知らない建物が載っていますわ。西地区の端に小さな建物が、いつの間に……?
「黒鐘、ここ、この建物はなぁに?」
 わたくしが指差した、地図を見て、
「はあ? やや! いったい、いつの間にこんなものが!?」
 爺やも驚いています、どうやら知らなかったみたい。
「――そう言えば、いつだったか大型トラックが何台もお屋敷のゲートから入って来ていたもので、当主の御主人さまにお訊ねしましたら、知り合いが住む建物を西地区に建築中だから、気にしないで放って置くように、むやみに立ち入らないように、と申し渡された記憶がございます」
「まあ、お父さまがそんなことを……その建物に誰が住んでいるのか気になりますわ」

 わたしくの父、七代目当主の蟻巣川是仁(ありすかわ これひと)は、今は別宅の愛人宅に住んでおりますの。母の慧子(さとこ)は、美男子の秘書を連れて世界中を旅行中ですし、蟻巣川家で家族が顔を合わせるのは、年に十回くらいかしら?
 こんな風に家族の縁(えにし)が薄いのは、名家に生まれた宿命なのかもしれませんわ。小さなお家でひしめくように暮らしている庶民が羨ましく思えることもあるんですの。アハッ!

「わたくしの住む、屋敷の敷地内に得体の知れない建物が建っているなんてどういうことなの? 誰が住んでいるのか、今から調査に参りましょう!」
 その言葉に驚いた黒鐘は、慌てて遮るように、
「そ、それはダメでございます! ご主人さまに近寄るなと申し渡されて……」
「いいえ! 麗華の知らない秘密があるなんて許さない」
 この『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』麗華のプライドが許しません。キリッ!

 そして、わたくしの断固たる意見で、黒鐘と古くからいる家政婦の鶴代、それと警備員を二名連れて、移動用カートに乗り込みました。蟻巣川家は広大な土地なので屋敷の中を移動する時には、いつも専用のカートがありますのよ。
 西地区に建っている、その謎の建物に向けて、我ら蟻巣川探検隊はレッツ・ゴウー!! 


 窪田鶴代(つぼた つるよ)は、もう七十歳を越えるベテラン家政婦です。
 家政婦といっても、メイドやコックや庭師たちを取り仕切っているマネージャーのようなもので、蟻巣川家三代の当主に仕えた彼女は、まさに蟻巣川家の生き字引的存在ですの。
 先々代の当主の命令で鶴代さんは死ぬまで、この蟻巣川家の家政婦の座を約束されていますのよ。
あの執事の黒鐘でさえ、鶴代さんにかかれば『ひよっこ』扱いですもの。おほほっ

「黒鐘さま、執事のあなたが何も知らないなんて、おかしな話じゃあございませんこと?」
 チクリと棘のある言い方で鶴代さんがおっしゃる。
「はあ、誠に申し訳ない次第ですが……、ご当主さまから放って置くようにと申し渡されておりましたもので……」
「それでも、そっと偵察くらいはして置くものでしょう? それが執事の職務というものです!」
「……誠にもってその通りです」
「黒鐘さまの職務怠慢のせいで、大事なお嬢さまに何かあったらどうなさる、おつもり?」
「はあ、ですが……」
 黒鐘は鶴代さんにはいつも頭が上がらない。
「婆や、もう許しておやり。ちょっと抜けているところが黒鐘のプリティなところですわ」
「まあ、お嬢さま。確かにそうですこと。おっほっほっ」
 蟻巣川家のお局鶴代さんに黒鐘がイビられている内に、カートは謎の建物の前に到着しました。

 その建物の前に立ってビックリですわ。とっても奇妙な建物だから。 
 灰色の頑丈なブロックで造られた、高さ20m以上はあろう大きな円形の建物で、窓もなく外階段もなく大きな鉄の扉がひとつだけ。
 人が住んでいる建物とは思えないような佇まい――。
「なんですの? これは……」
「まるで砦みたいな、いや要塞かもしれない。さながらバベルの塔のようでございますなぁー」
「中に兵器でも隠されているのではないでしょうね?」
皆、口ぐちに不安そうな表情で囁きあった。
「これは危険です。お嬢さま、もう引き返しましょう」
 不気味な塔の前で、尻込みしながら黒鐘が言い出した……わたくしはとっても興味津々なのですわ。

「いいえ! わたくしはこの塔の中に入ります」
 蟻巣川麗華は何も怖れませんわ。わたくしには名家の令嬢としてのプライドがありますもの。時としてプライドは恐怖に打ち勝つパワーを持っていますのよ。
「黒鐘、マスターキーを渡して頂戴!」
 鍵穴に差し込みクルリと回すと、鉄の扉のロックが外れた。

「よろしいこと、開けますわよ!」

 ギィーギィー……重たい金属音を響かせて、ゆっくりと扉が開ていく――。

 なんとっ! 鉄の扉の向こうは熱帯ジャングルだった。
 うっそうと茂るシダ類や蔓を延ばした熱帯の木々が目の前に広がっていた。塔の屋根は全面ガラス張りになっていて、ここは大きな温室のような建物だった。
「こ、これは、いったいなぁに?」
 これには、さすがの麗華も驚きましたわ。
「ランボーが出て来そうな熱帯ジャングルでございますなぁ……」
「悪趣味な植物園ですこと」
 湿度が高くてムンムンしています。どこからか熱帯に棲む鳥の甲高い鳴き声まで聴こえてきます。うっそうと茂る蔓草が地面を覆い足元さえ見えませんわ。
 ――その時です!

「ぎょえぇぇぇ―――!!」
 隣を歩いていたはずの黒鐘が奇声を発して、目の前から忽然と消えました!
「黒鐘―――!」
「お―――い!!」
 みんなでキョロキョロ周りを見回しても黒鐘の姿がない。騒然としていると……。
「助けて……助けて……」
 足元から、声が聴こえてきましたわ。……あれは黒鐘の声!?
「……ここです。ここにいます」
 草むらをかき分けてみると、ポッカリと穴が開いていますの。その中から声が聴こえてくるようです。
「黒鐘、大丈夫?」
「お嬢さま、早く助けてください」
 泣きそうな声の黒鐘に、警備員たちがロープを下して助け出しました。深さ3mくらいの落とし穴でしたわ。いったい誰がこんなトラップを仕掛けたのかしら?

「ぜぇぜぇ……」
 落とし穴から助けられた黒鐘は息も荒く、自慢の執事服がどろんこになっていましたわ。あまりの悲惨な姿に思わず噴き出しそうになっちゃいました。麗華って悪い子ね! うふっ
「いったい誰が、こんな罠を仕掛けたのでしょうか?」
さすがの鶴代さんも動揺しているようです。
「お、お嬢さま、こ、ここは危険です! もう出ましょう」
 泣きそうな顔で黒鐘が訴える。
 今度くる時は、狙撃部隊がいるかも……と、麗華は本気で考えておりましたわ。
 ビュンと、何かが風を切って飛んできました!
「ぎゃあ、危ない!」
 木に刺さった矢を見て、鶴代さんが叫んだ。

「わしのアジトに入り込んだ貴様らは何者だ!?」

 いきなり奥の方から男の声が聴こえた。

 いったい何者なの? 危険な人物かもしれないわ。わたくしたちは恐怖で縮みあがりました。
 でも、奥から出てきた人物は、ツル禿げで、痩せた、白い山羊髭のお爺さんだった! 
 ブッシュマンのように裸足で腰蓑ひとつ、しかし背中には弓矢を差している。そして顔には、なぜか真っ黒なサングラス。――どう見ても怪しい人物ですわよ。

「ここは立入禁止地区じゃ、さっさっと立ちされい!」

 厳めしい声でお爺さんが怒鳴った。その声にみんなは縮み上がった。
 そ、その時ですわ! いきなり鶴代さんが叫んだ。

「亀ちゃん!」
「……ん?」
「亀ちゃん、あたしよ」
「おおー! あんたは鶴ちゃんかぁ~」
「亀ちゃん、懐かしい」
「――鶴ちゃん、おぬしも達者そうじゃあのう」
 そう言いながら、ふたりは再会のハグをしている。
 鶴代さんと旧知の仲とは……このお爺さんはいったい何者かしら!?
「婆や、その方はどなたですの?」
「お嬢さま、この方は先々代のご当主の蟻巣川亀仁(ありすかわ かめひと)さまでございます」
「ええぇ―――!?」

 これには、わたくし驚きましたわ。父の是仁(これひと)の前の当主は、祖父の鷹仁(たかひと)でした。――確か、その前の当主は祖父の兄だった人で、たった三ヶ月で当主を辞めて、放浪の旅に出たと父から聞いたことがあります。
 ずーっと行方不明だったのに、まさか生きていたなんて……?
「じゃあ、この方はわたくしの大伯父さまでいらっしゃいますの?」
「そうでございます。お祖父さまの兄上の亀仁さまでいらっしゃいますよ」
 裸足で腰蓑をつけた変な老人を、恭しく鶴代さんが紹介しました。
「この子は是仁の娘か? ほほう、なかなか美人じゃなぁー」
「大伯父さま、初めまして。わたくし麗華と申します」

 わたくしはスカートの裾を摘まんで片足を曲げ、貴族のお姫さまみたいに、ご挨拶を差し上げました。
「わしは長い旅に出ておったからなぁー、何もかも変ってしまったわ」
 そういうと感慨深げにツルツルの頭を撫でている。
 この奇妙な老人に麗華は興味が湧いてきました。名家の令嬢が不躾なこととは分かっていますが、ついつい質問をしたくなりましたの。御免あそばせー。

「大伯父さま、ご質問申し上げても宜しいこと?」
「ふむ、何じゃ?」
「わたくし、行方不明の大伯父さまは死んでいると父から聞いておりましたの。まさか元気でいらっしゃるとは驚きましたわ。――なぜ、わたくしの両親の結婚式やお祖父さまが亡くなった時にも、蟻巣川家にお戻りになられなかったのですか?」
 その質問に大伯父さまは困ったような顔で答えた。
「……そうなんじゃが、帰れなかったのだ。是仁の結婚式の時、わしはモロッコで傭兵として雇われて戦っておったし、鷹仁が死んだ時は……南米クスコの大洞窟を探検中で道に迷って出てこれなんだ。麗華が生まれた時には、アフリカで裸族になっておったわ」
「大伯父さまって、そんな風に世界中を歩き回っていらっしゃるの?」
「そうじゃ、わしは冒険家なのだよ」
 自慢そうに、白い山羊髭をしごきながらいう。
「どうして、名門蟻巣川家の当主の座を捨てて冒険家になられたのか、理由(わけ)を聞かせてくださいませ」
「――そうか、少し長い話だが聞いてくれるかのう?」
「はい! 喜んで」
 わたくし大伯父さまの話にわくわくしました。うふふっ

「父が急逝して、十七歳でわしは蟻巣川家の当主を継いだんじゃが、まだ若いのでいろいろやりたいことがあった。その頃、うちにメイドとして鶴代さんが雇われてきた。わしと鶴代さんはお互いにひと目で好きになったんじゃ、初恋であった。そして、わしら二人は結婚したいと望んだが……周りの者たちに身分違いだと猛烈に反対されてのう、引き離されそうになった。
 何もかも嫌になって、わしは弟の鷹仁に当主の座を譲り、ひとりで放浪の旅にでたんじゃよ。その時に鶴代さんが路頭に迷わないように、蟻巣川家で終身雇用を約束させた。
 二度と日本には戻らないつもりだった。――いくらかの現金は世界中の銀行に預けてあったので、それを資金にして世界中を冒険しておったのじゃ。だが、一日たりと鶴代さんのことを忘れたことはない! オーストラリアのエアーズロックの頂きから星空を見上げて、わしは鶴代さんの幸せを祈っておった!」

 その言葉に鶴代さんのすすり泣きが聴こえた。
 あの気丈な鶴代さんが泣くなんて……ずっと結婚もしないで、蟻巣川家に仕えていたのは、きっと大伯父さまの帰りを待っていたからなのかもしれない。なんて純愛なの! 麗華、もらい泣きしちゃいますわ。 グスン……。
 もう、ふたりを引き裂く障害はありません! この麗華が大伯父さまと鶴代さんを応援しますわ。ハイ!
「最近なぁー、甥の是仁と連絡が取れて……わしもこの年で日本が懐かしくなって……そっと、内緒で帰ってきた訳なんじゃあ。まさか、鶴ちゃんが元気で蟻巣川家にいるとは思わなんだ。わははっ」
 その言葉に鶴代さんも嬉しそうに笑った。

「――そんな風に世界中を自由に飛び回る大伯父さまが羨ましいわ。麗華なんかひとりではどこにも行かせて貰えないんですの。いつも黒鐘か、ボディーガードが付いてくるから……」
「そうか、お嬢さまは不自由なもんじゃのう」
「ええ、まるで籠の中の小鳥ですの」
「ひとりで外出など飛んでもありません! 虫っこ一匹殺せないような、か弱いお嬢さまにそんな危険なことはできませぬ!」
 黒鐘が渋面でキッパリという。

「感心せんのう。脆弱なお嬢さまに躾けるのは……」

 う~んと腕組みをしながら大伯父さまが言った。
「よしっ、こい! 麗華はわしが躾てやろう。」
 そういうと大伯父さまはわたくしの手を引っ張って、勢いよく走り出したんです。あーれー、どこへ連れていかれるのでしょうか? 
 しばらく走ると大きなログハウスが見えてきました。
 あれが大伯父さまがお住まいのお家でしょうか? 建物の側には人工の池があって虹色の噴水があがっていますわ。トレビアン!

「ここで待っておれい、わしは支度をしてくるから……」

 裸足に腰蓑を着けただけの大伯父さまは、建物の中に入って行きました。
 しばらく待っていると、ブォンブォンという騒音と共に一台の大型バイクが建物から出てきた。マシンには黒いレザーのライダースーツに身を包んだ人物が乗っております。
 ヘルメットで顔が見えませんわ。あのライダーはいったい誰かしら?

「麗華、ほれっ、後ろに乗るんじゃ!」
 わたくしにヘルメットを投げて寄こした男の声は、大伯父さまに間違いない。
 それにしても、さっきの裸族と大違いですわ。麗華ビックリ!
「しっかり掴まっておれよ!」
「はい、大伯父さま」
「行くぞぉ―――!」

 ブォンブォンとエンジン音を響かせてバイクは走り出した。わたくしたちの後を追いかけてきた黒鐘たちが驚いた顔で見送っています。
 これから、どこへ行くのかしら? 麗華わくわくですわ♪





創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-28 20:29 | 現代小説