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― Metamorphose ―

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れきし脳 ⑬

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古の人の情けに涙して 粋を知らぬは脳なしか


   第五巻 羅刹丸 ①

 人を殺すことなんか、何とも思っちゃいない。大人も子どもも殺す。年寄りは、大っ嫌いだ殺す! 若い女は……いたぶってからゆっくり殺す。

 ――俺の中には『憎悪』しかない。


 男は羅刹丸(らせつまる)と呼ばれる東山の麓の鹿の谷(ししのたに)あたりを根城に悪さを働く一匹狼の夜盗だった。金のためなら、人殺しなんか何んとも思っちゃいない。村を襲っては金と食糧を奪って、女を犯す、まるで悪鬼のような男である。

 その日、羅刹丸は人里離れた民家に押し入り、その家の老婆を殺して食糧を奪って逃げようと戸口で様子を窺っていると……野良仕事を終えて帰ってきた、若い娘とばったり鉢合わせになった。
 まだ十五か十六の生娘のようだった。
 殺された老婆の死体を見て茫然と立ち竦んでいる。恐怖に声も出ないのか、娘は目を見開いて顔を強張らせ震えていた。
 丁度、旨い餌にありつけたとばかりに羅刹丸は娘に襲いかかった。固まったように動けない娘は抵抗するまでもなく、組伏せられて、衣服を剥がされ、無理やりに犯された。
 蹂躙している最中も……苦痛に顔を歪め涙を流していたが、不思議なことに娘は悲鳴や呻き声は発するが「助けて」とひと言も叫ばなかった。

――ことが終わって。
 身を震わせて泣いている娘を用済みだから殺してしまおう。娘の首に刀の刃をあてると……恐怖で「ひぃー……」と呻いて首をすくめた。
 その時はっきりと分かった。この娘は口が利けないのだ。

 娘を殺そうと思っていた羅刹丸だが――。
 口が利けないのなら、逃げ出しても何も言えないから都合が良い。余計なことをしゃべらないから静かでいい、まだ若いし生娘だった。肌もきれいだ。《俺の棲み処に連れて帰って慰め者にしてもいいなぁー》と不埒なことを考えた。
 殺すのが惜しくなった羅刹丸は、泣いている娘を刀で脅して引きずるようにして……村はずれの竹藪の中にある庵に無理やり連れ帰った。

 元々、この庵には年老いた僧侶がひとりで住んでいた。
 一年ほど前、役人に追われ手負いになった羅刹丸は血まみれになって竹藪で倒れていた。その瀕死の羅刹丸を助けて、手厚く介抱してくれたのがこの庵に住む僧侶であった。
 やがて傷が治り、すっかり元気になった羅刹丸は年老いた僧侶を殺そうと目論んだ。自分の命を助けてくれた。――その僧侶なのである。
 野良犬のような羅刹丸は恩など端(はな)から感じてはいない。殺して金目の物を奪って逃げる算段だった。

 ある夜、よく切れそうな包丁を厨房から持ち出すと……。
 僧侶の寝ている部屋へ静かに入っていき、枕元に立って胸に包丁を突き立てようとした瞬間! カッと僧の目が開き、ぎょろりと羅刹丸を睨んだ。その眼光の凄まじさに思わず羅刹丸はのけぞって尻餅をついた。
「拙僧を殺す気か?」
 羅刹丸は慌てて、包丁を後ろ手に隠した。
「おまえを助けた時からこうなることは分かっておった」
「――じゃあ、どうして俺を助けた?」
「憐れだったからじゃ、人の心を持たぬ羅刹のようなおまえが……」
「らせつ?」
「羅刹とは鬼神のことで、人の肉を食う凶暴な悪鬼のことじゃあ」
「そうか! 俺はその羅刹って奴か? だったら、今日から俺は自分のことを『羅刹丸(らせつまる)』と名のることにするぞ!」
 今までこの男には名前などなかったのだ。
「わしは年寄りじゃ、命などもう惜しくないわ。さっさと殺せ!」
 そう言うと僧侶は座禅を組み、念仏を唱え始めた。
「いい名付け親だったぜぇー、あばよ!」
 年老いた僧侶の首を包丁で斬りつけて殺しまった。
 僧侶の死体を竹藪の中に埋め、奪った仏像や経典を市で売り捌き、その金で羅刹丸はひと竿の刀を手に入れた。
 ――そして、この男の悪事はもう止(とど)まることを知らない。

 今は鬼畜のようになった羅刹丸だが、幼い頃に母に捨てられた。住んでいた村は戦に捲き込まれ火を放たれ焼かれてしまった。その時、父と兄弟を亡くし、母とふたり生き伸びたが村を焼かれ、住むところをなくした親子は仕方なく都に出て暮らすことに……鴨川辺の橋の下に粗末な小屋を建て、母は男に身体を売って稼いでいた。――だが、その母がある日忽然と消えてしまった。
 ずっとずっと母の帰りを待っていた。薄暗い小屋の中でひとり取り残された羅刹丸は膝を抱え、ひたすら母の帰りを待っていたのに……いつまでも経っても母は帰って来なかった。
 何日も小屋の中で飲まず喰わずで倒れていたら、ある日、見知らぬ老婆がやって来て羅刹丸に水と食べ物をくれた。
「童(わらし)、おまえくらいの餓鬼を探しておった」
「――え?」
「飯は喰わせてやる、さぁー婆の元に来い」
 そして羅刹丸は妖しげな老婆に引き取られることになった。
 後ほどのことだが、鴨川(かもがわ)の下流で羅刹丸の母とおぼしき遊女の死体が上がった。首を絞められた痕あり、どうやら客に絞め殺されて川に投げ込まれたようだ。そんな事実も知らず、羅刹丸は母に捨てられたと思い込んで、――そのことで、ずっと恨んでいた。

 羅刹丸を連れて行った老婆は通称『まむし婆』と呼ばれていた。
 深い森の中に住んで居て『まむし酒』作りを生業しており、森の中で捕まえた毒蛇まむしを薬草と混ぜた酒に生きたまま漬け込んで作る婆の『まむし酒』は滋養強壮に利きめがあると市ではよく売れた。
 そして……その毒蛇まむしを捕まえることが羅刹丸の仕事だった。
「今まで二十、三十人はまむしにやられたかのぉー」
「えぇー?」
「おまえは気張るんじゃぞぉー」
「…………」
「ぎょうさんまむしを捕まえてけれや」
 そう言って、まむし婆はふぉっふぉっと歯のない口で嗤った。
 まむし婆に言い付けられたように、毎日、森の中を歩き回ってまむしを探した。悪運が強い羅刹丸は上手くまむしを捕まえることが出来た、まむし婆も羅刹丸にはご満悦だった。

 長じて、羅刹丸は立派な若者に成長した。
 羅刹丸が市に『まむし酒』を売りに行くと、女たちが見目(みめ)の良い羅刹丸目当てに買いに来て、飛ぶように『まむし酒』がよく売れた。
 そうなると、年甲斐もなく……まむし婆が羅刹丸に色目を使うようになった。身体を触ったり、市で若い娘を見ただけで嫉妬するようになった。
「おまえはいい男じゃのう。わしの亭主にならんか?」
 老婆のくせにそんな事を若い羅刹丸に言うようになった。
 そして、ある夜、羅刹丸が眠っていると……。
 寝所の中に誰かが入ってきた。帯を解くような音がして、肌に何かが密着した。息苦しさに目を覚ました羅刹丸の上には、まむし婆が全裸で覆い被さっていた。
「わしはまだ生娘なんじゃー。おまえの嫁にしてけれー」
 そう言って羅刹丸に抱きついて離れない。汚い舌で身体中を舐め回す。萎びた乳房、皺だらけの手足――もう気持ち悪くて鳥肌が立つ!
 満身の力でまむし婆を撥ね退けて、そのまま一目散に森の中へ羅刹丸は逃げ込んだ。
 翌朝、だらしなく眠っている。まむし婆の寝所の中へ毒蛇まむしを数匹放り込んで、婆を蛇に殺めさせた。婆が甕に隠していた銭を盗み出奔した。――それから盗みや悪事をはたらきながら、ほうぼうを羅刹丸は彷徨った。

 竹藪の中の庵に連れ帰った娘。
 最初の頃は逃げないように……縄で縛って柱に括っていたが、羅刹丸が余程怖しいのか? 口が利けないせいもあってか? 大人しくしているので、羅刹丸が居る時は縛めを外してやった。
 まだ十五、十六の幼顔が残る大きな瞳の可愛い娘であった。
 毎夜、羅刹丸は欲望のままに娘を犯した。情などない! 肉の快楽のために身体を弄んだ。最初の頃は苦痛に顔を歪め泣いていた娘も……少しずつ羅刹丸に快楽を教えられ女になっていった。
 情事が終わった床の中で、羅刹丸の背中の刀傷を指でなぞり、口の利けない女は《痛かったでしょう?》と言うように、傷痕にそっと口づけて、背中をぎゅっと抱きしめてくれる。その肌の温かさが……まるで母の優しさのようで、荒ぶった羅刹丸の魂さえも落ち着かせてくれた。無理やりさらってきた娘だが――羅刹丸を恨む風もなく気立てが良い。
 ――やがて女は羅刹丸の子を孕んだ。
「俺の子か?」
 こくりと女が頷いた。下腹部がぷっくりとせり出てきた。
「まさか、俺の餓鬼を孕むとは……」
 生娘から犯し続けたのだから……もはや羅刹丸の種に間違いなかった。
 ……羅刹丸は悩んだ。夜盗の俺に嫁も子も要らん! どうする? 足手まといになる前に殺してしまうか? 少しばかり、この女と長く暮らし過ぎたようだ。――もう簡単に捨てられなくなった。女も俺に慣れて従順になっている。
鬼畜のような羅刹丸だったが……この女を殺すことだけは躊躇していた。




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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-03-24 18:21 | 時代小説

by 泡沫恋歌