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夢想家のショートストーリー集 第106話

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   第106話 メシマズ嫁のお弁当

 僕にとって昼休みに、妻が作った弁当のフタを開けるときほど恐怖なことはない。
 ビックリ箱より驚かされる手作り弁当は、まさに料理の暴力、味覚の破壊者だった。常に僕の想像の斜め上をいく妻の発想は……食べ物であるという感覚すら無視するものだった。
 まず、一昨日の弁当から説明しよう。
 白いご飯の上には大きな板チョコが一枚乗っていた。おかずにマシュマロと酢こんぶ……これが弁当なのか? なぜご飯の上にチョコレート? 妻に訊くと「海苔弁じゃなくて、チョコ弁だよぁ~」と無邪気な顔で答えた。
 白米とチョコレートのコラボ? チョコ弁なんか食べられるかっ!?
 そして、昨日は……イチゴの炊き込みご飯の中に、イチゴジャムが挟んであったし、おかずはイカの塩辛とキムチだった。イチゴの炊き込みご飯とそれらが混ざり合って、超ゲロゲロな喰いものになっている。弁当のフタを即閉じて、社員食堂へ逃げだした。
 今、弁当のフタを開けるための勇気を振り絞っている。もちろん、妻のことは大好きだし、メシマズ以外に欠点などない。
 メシマズ弁当の中身のイチゴだって、チョコだって、イカの塩辛だって……僕が好きだといった食材ばかりが入っているのだ。僕を喜ばそうと考えた結果、妻は僕の好きなものだけで、食べ合わせも考えずにお弁当を作っているようだ。
 きちんと妻に注意すればいいのだけれど……新婚ホヤホヤ、惚れた弱み、可愛い妻を落胆させたくなくて、食べたフリしてカラの弁当箱をいつも持って帰っていた。
 中学高校と部活に頑張っていた妻は家で料理など作ったことがない。大学は全寮制で食堂のご飯を食べていた、社会人になってからも実家で母親が作る食事を毎日食べてきた。妻は炊事のスキルが全くないまま結婚したものだから……毎日、僕は超絶メシマズ生活を強いられている。
 ――しかし、こんな生活いつまで続くのやら……。

 そんなある日、僕ら夫婦の家に妻の姉が三歳の甥っ子を連れてやってきた。
 妻の姉は遠方に嫁いでいたが、第二子出産のために実家に里帰りしている。新婚家庭の妹の様子を見るために訪問したようだ。我が家では共稼ぎなので夕食は外食か、惣菜を買ってくる。妻が作った料理が超マズイので僕が作ることも多い。
 どうやら妻は自分がメシマズ嫁だという自覚がまったくないようだ。てか、僕の愛でそのことには触れないようにしてきた――。
 ああ、それなのに……妻は姉の前で主婦らしいところをみせようと、僕が止めるのもきかずに……腕を振るって夕食を作り始めたのだ。
 なにを作るのかと訊いたら、カレーだというので、それならカレールウもあるし、無難だと思って妻に任せた。
 待つこと二時間……キッキンから異臭が漂い始めた。カレーを作っているはずなのに、まったくカレーの匂いがしてこない。少し不安に思いながらも、妻の姉と甥っ子の相手をしていた。
「お待ちかねぇ~」楽しそうな声が飛んできた。
 食事ができたと妻がいうので僕らはキッチンのテーブルに着いた。だが、そこの並べられたものは、ご飯の上にかかったゲロそのものだった。おまけにヒドイ悪臭までしている。
「これは何なの?」
 主婦歴五年目の姉が怪訝な面持ちで妹に訊ねた。
「カレーだよ」と満面の笑みでこたえる妹。
「ひどい臭いとゲロみたいな色。いったい何を入れたの」
「え~と、じゃがいも、玉ねぎ、人参、牛肉……」
 そこまでは普通のカレーのレシピだったが、その後に――。
「にんにく、ニラ、らっきょ、セロリ、茄子、納豆、キムチ、塩辛、イクラ、こんにゃく、はんぺん、竹輪、ラーメン、煮干し、鰹だし、ケチャップ、マヨネーズ、チリソース、イチゴジャム、それからカレーのルウだよ」
 さも得意気に妻が言った。
「あんた、これ味見したの?」
「ううん。ダーリンはいつも美味しいって言うもん」
「あなたねぇ~」妻の姉が僕の方を睨んだ。
 お腹を空かせていた甥っ子が、果敢にもカレーをひと口食べた。
 その瞬間、イスからひっくり返って大泣きをした。想像を絶するマズさに三歳児はメンタルをやられてしまった。カレーがトラウマにならなきゃいいんだけれど……。
 その後、メシマズ嫁は実家へと強制送還された。まともなご飯が作れるまでは僕の元へ帰って来れないらしい。

 それから毎日、僕のスマホに今日作った料理の写真が送られてくるようになった。
 実家では母親と姉が付きっきりで料理の特訓をさせられているようだ。送ってくる料理の写真も段々と美味しそうに見えてきた。メシマズ嫁を卒業するために頑張ってくれている。だけど僕は、妻がいない家に帰ってくるのが堪らなく寂しい……。
 やっと二週間後に妻が戻ってきた、実家で作ったというハンバーグを持って――。妻が作ったと信じられないほど美味しいハンバーグだった。
 そして会社の昼休み、復帰後はじめての妻の手作り弁当を味わうことに、ドキドキしながらフタを開けたら、玉子焼きと唐揚げとウィンナーとレタスとプチトマトが入っていた。
 目新しくもない普通のお弁当だったが、玉子焼きをひと口食べたら、やたら美味しくて涙ぐむ。あのメシマズ嫁から想像できないマトモなお弁当だった。
 実家での料理特訓を僕のために頑張ってくれた最愛の妻、その気持ちが何よりも尊いと思う。
 もうメシマズ嫁なんて言わせない! 僕の妻が作るお弁当は宇宙一美味いからだ!



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-12-21 12:16 | 夢想家のショートストーリー集

by 泡沫恋歌