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泡沫恋歌のブログと作品倉庫     


by 泡沫恋歌
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危険なネット ③

危険なネット ③_a0216818_07572559.jpg
表紙の絵の著作権は鶴田二郎氏に帰属します


   第九章 戦慄の告白

「どうして、君が……」
「わたしがなにも知らないと思って!」
悪びれる様子もなく妻がいう。
やっぱり彼女はネットの中で、わたしを監視していたんだ。そういえば妻はパソコン操作もかなり上手いし、パス抜きくらいできても不思議はない。
わたしを監視するためなら、どんな手段でも用いる女――それが妻だ。
正直、彼女の精神状態が正常ではないということを、少し前から薄々気づいていたんだ。

「しょうちゃんのことは任せて、この人とリアルで会うわ」
「キリちゃんになりすまして……か?」
「そうよ、いいでしょう?」
「いつも……そうやって、わたしのパソコンを覗いていたのか?」
「あなたがネットで女になりすまして、こそこそ遊んでいるのをわたしが知らないとでも思っているの?」
「まさか……前のふたりとも……会ったのか……?」
以前から心に引っかかっていた疑念をぶつけてみる。
すると妻はニヤリと笑い。
「あなたのネットの恋人はわたしのもの」
「…………」
「最後に気持ちの良い思いさせてあげたわ。だって、わたしカマキリの雌だもの、交尾した雄は殺すのよ!」
あはははっ、と狂ったように笑う妻に、戦慄が走った!
やはり、そうか! 
……という思いもあったが、この異常な状況に気が動転して言葉を失くしてしまった。

わたしの妻が殺人犯!?
ショックのあまり、頭の中が真っ白になったわたしの代わりに、妻が君とチャットを始めた。その様子をただ茫然と眺めていた。

「僕も……そのふたりみたいに殺されるところだったんですか?」
「そうだ……」
「なぜ生きているんですか? 彼女が手渡した缶コーヒーを飲んだのに……」
「わたしが……妻の隙をみて取り替えたんだ。妻の飲んだ水にトリカブトを入れて、君のコーヒーには睡眠薬を入れたんだ」
「……そうか」
「もう、これ以上……妻に人殺しをさせたくなかった」
「だからって……殺さなくても……」
先ほどホテルでのキリちゃんの艶めかしい肢体を思い出して、胸が苦しくなった。 病気だったら治療させればいいのに……あんたも医者だろうが!?
なぜ、なぜ? 殺したんだ自分の妻を!

「わたしはこの事件を表沙汰にしたくないんだ」
「それは歯科医としてのあなたの名誉や看板にキズが付くからですか?」
「もちろん、それもあるよ」
「なんて身勝手な男なんだ! キリちゃんはあなたに冷たくされて精神がおかしくなって、こんな怖ろしい犯罪をおかしたんですよ!」
「それは分かっている」
「キリちゃんひとりが、すべての罪をかぶって闇に葬られるんですか?」
「…………」
「じゃあ、僕はどうなるんだ……?」
「……欝で自殺願望の人妻と心中する男っていう役回りもあるよ」
男が不気味にニヤリと笑った。
「えぇ―――!」
やっぱし!  殺される運命なのか!?

このままではこの男に殺されるかもしれない……だけど、強烈な睡眠薬を飲まされた僕はかろうじて意識は保っているが、身体の自由が効かなかった。
きっと、この後で僕はトリカブトを飲まされて、この男の妻と心中させられるんだ!
「イヤだ! 助けてくれ―――!」
「…………」
男はじっと僕の顔を覗きこんだ。
「誰にも言わないから……頼むから……お願いだ……」
僕は見苦しく、その男に命乞いをしていた。少しずつ身体は動くようになっていたが、この状態では逃げ出せない。

「あはははっ」
急に男が笑い出した、妙にさわやかな笑い声だった。
「嘘だよ」
「えっ……?」
「わたしは君を殺したりしない」
「ほ、本当ですか?」
「うん!」
「まだ、僕は死にたくないんです」
「そうだろ」
「去年の今頃は恋人が事故死して……毎日、死ぬことばかり考えていたけど……今は生きたいんです」
「しょうちゃん、君はわたしたちの分まで生きるんだ」
「えっ?」
男の言葉に引っかかる。《わたしたちの分って》いったい何を考えているんだ?

――静かに男は、死んでいる妻の口から流れでた血をハンカチできれいに拭き取り、見開いた目を瞑目させた。 愛しげに妻を凝視していた……男の目から、ふいに大粒の涙が零れ落ちた。
しばらく嗚咽漏らし、男は静かに泣いていた。

「妻を殺して、初めて分かったんだ……わたしは彼女を愛している」
「…………」
「妻がいないと生きていけないのは……わたしの方だった!」
「まさか?」
「もう、これ以上殺人を犯させたくないという決意と、狂っていく妻に対する恐怖と……殺されたふたりのマイフレンドの仇討ちみたいな気持もあって、妻を殺してしまった……これで彼女の束縛から逃れられると思っていたのに……」
「…………」
「しかし……違った! 彼女を失って、わたし自身が生きる気力を失くしてしまった」
「なにを考えてるんですか?」
「妻はわたしの全てだった! 彼女はわたしだけを深く深く愛してくれた、そんな女はもうこの世にはいないんだ!」
そういって、男は流れる涙をぬぐった。
「頼むから! バカなことは考えないで自首してください!」
「……彼女をひとりでは逝かせない、わたしは夫だからどこまでも付いて逝くよ」
「キリちゃん……死なないでくれ……」
「死んだ妻の罪は、わたし自身の罪でもある!」
「止めてください!」
なんと激しい夫婦愛に、僕は不覚にも泣いてしまっていた。

「もう決めたことだ」
男は静かに、そしてきっぱりと言った。
もう何を言っても無駄だと、はっきりと見て取れる態度だった。
「――ひとつだけ教えて欲しい。僕のマイフレンドのルミナちゃんはどうなったんだ?」
「ああ、彼女は殺された大学生のマイフレンドだったからねぇー、すぐに『蟷螂』を疑って、いろいろ嗅ぎまわったり、君に警告のミニメールを送ろうとしていたので、妻がルミナさんのパス抜きをして、本人になり代わり……」
「なにをやったんですか?」
「チャット部屋でいろんなユーザーからパスを抜いて、それを運営事務所に通報して、彼女のIDを強制削除させたんだよ」
「そんなことされたら……ブラックリストに入れられて、ルミナちゃんのパソコンではもう二度とサイトに登録できないじゃないかっ!」
「すまない……彼女には申し訳ないことをした」
そういって、男は僕に頭を下げた。
「それじゃあ、僕にいたずらメールを送っていたのは……?」
「あ、あれはわたしの妻だよ、君に嫉妬していたんだ、スマナイ……」
あぁーそういうことだったのか! すっかり謎が解けた。

「ありがとう、しょうちゃん、君にすっかり話して心が軽くなったよ」
いきなり男は僕の手をにぎって握手した《この人こそ、ホンモノのキリちゃんだったんだ》なんだか複雑な心境だ――。

「最後にひとつだけ心残りがあるんだ」
「なんですか?」
「蟷螂のマイページの中のアイテムバックにある、わたしのコレクションだよ」
「あぁー、あのレアなアバターですか?」
「そうだ、あれをしょうちゃんに全部譲るよ。消えてしまうのが惜しいんだ」
「だ、だ、だってぇ―――!!」
驚いた! あれはアバ廃人なら喉から手が出るほど欲しいアバターばかりなのだ。
「そ、そ、そんな貰えないでっす!」
「しょうちゃんに貰って欲しい。それがわたしの最後の願いだ」
「蟷螂のパスワードはね……」
「……うん」
「2010※※※※だから」
たぶんそのパスワード番号はこの夫婦の結婚記念日かもしれない、とくに理由はないが……なんとなく、そんな気がしたんだ。
「分かりました」
「わたしたち夫婦のことを世間に公表するかどうかはしょうちゃん、君に任せるよ」
「はい」
「もう15分もすれば薬がきれるから大丈夫」
そういうと、男は助手席の妻の死体を抱きあげて、赤いデミオに乗せた。
「じゃあ、頼んだよ!」
男は軽く手を振り、まるで奥さんとふたりでドライブに出かけるように車を発進させた。
その赤いデミオの後ろ姿を見送り……。やがて、身体が動くようになるとパジェロミニ EXCEEDを発進させて、僕は自宅に帰りついた。


   最終章 新たなるプロローグ

あれから三ヶ月、僕はネットを開かなかった。
仕事が終わってからは、会社の同僚と飲みに行ったり、カラオケに行ったり、たまには誘われて合コンにも参加したりした。
僕のパソコンは仕事以外では使わなくなり、部屋の片隅で埃をかぶっていたが……だけど……もう二度とネットにはINしないと心に誓っていたんだ。

あの日、リアルのキリちゃんと会って、伊吹山に行き怖ろしい体験をして、帰ってきた僕――。
その後、キリちゃん夫婦がどうなったのか?

   O月O日、午前九時頃。
   滋賀県伊吹山で、谷底に自動車が墜落していると
   山菜取りにきたグループから通報があった。
   車種はデミオで奈良県の歯科医師のOOOOさんが
   運転していたとみられる。
   山道は急カーブも多く、スピードを出し過ぎて曲がり切れず
   500m下の谷底に墜落、車が炎上したと思われる。
   車内からは歯科医師夫婦と思われる男女の焼死体を発見。
   遺体の損傷が激しく、警察では身元確認を急いでいる。

翌日の新聞に、こんな記事が載っていた。
間違いなく、あのキリちゃん夫婦だと思った……男は妻と共に逝くといって、車を発進させたのだから……。
帰ってからの僕は、あの事件を警察に通報するかどうか、ひどく迷って悩んでいたが……キリちゃん夫婦が死んだ、今となっては、もうこのまま固く口を閉ざして……事件を闇に葬ろうと決心した。
――そして、自分自身もネットを封印したのだ。

二度とやらないと誓ったネットだが……。
友人と飲んでも、コンパで女の人としゃべっても、お笑い番組を観ていても……心から楽しめない。
何かが足りない……なんともいえない喪失感で心が満たされなかった。
毎日の生活が味気なくて、どうしようもなく孤独だった。
一年前に恋人を喪った時よりも、さらにひどい状態になっていた。――ついに鬱状態で会社も休むようになった。
その日も会社をサボって、家でゲームをしていたが……イライラして集中できず、散々な戦歴だった。
怒った僕は、プレステのコントローラーをモニターに投げつけた。

もう我慢できない!
狂ってしまうくらいなら……僕は自らの“封印”を解いた。
――ついにウェブサイトに入ってしまった。
そこには華やかな別次元が存在している、俄かに心がウキウキしてきた。

自分のマイページにいってみた。
ああ、訪問者もなく……すっかり廃れていた。
ネットの世界では一週間INしないと訪問者は激減する、一ヶ月INしないともう退会したと思われる、三ヶ月もINしないと存在すら忘れ去られる。
それがネットのスピードだろう、そう、所詮そういう世界なんだ。

確かにマイフレンドも何人かに削除されて少なくなっていた、もう退会したと思われていたんだな、まあ、いっか!
今の僕にとっては、その冷淡さが心地よいから、もう、Syochan85というHNに未練はなかった。

次に『蟷螂』こと、きりちゃんのマイページを見にいった。
そこには最後の日にチャットしたアバターのまんまで、可愛いキリちゃんが微笑みかけていた。
じーっとキリちゃんのアバターを見ているうちに、僕の頬に涙が伝ってきた。
ああ、キリちゃん……もう一度、君に会いたいよ。

「キリちゃん、君を死なせない……」

やっと気がついた、僕はキリちゃん夫婦が好きだったんだ。
ネットでのお淑やかで聡明なキリちゃんも、リアルで激しい気性だが僕に抱かれたキリちゃんも、どちらも愛している。
ふたりの想いがこもった、この『蟷螂』のHNをこのまんま眠らせていてはいけないんだ!

「キリちゃん、君を死なせない!」

僕は男に教えて貰ったパスワードを打ち込んだ。
「2010※※※※」IN。

そして『蟷螂』のマイページは開かれた。

しょうちゃん、お帰り。
やっぱり還って来てくれたんだね。
わたしは今から愛する妻と逝くよ。
全然、怖くないんだ。
わたしたち夫婦はどこまでも一緒だから。
『蟷螂』のHNとアバターを全て
しょうちゃん、君に譲る。
だから、『蟷螂』のことは任せたよ。
      O月O日O時O分 伊吹山にて
           きりちゃんことOOOO

ブログの日記に、非公開で僕宛のメッセージが書いてあった。
あの男は、いずれ僕が『蟷螂』のマイページを開くことを予感していたのだろう。

O月O日O時O分 伊吹山にて……あの後、死の直前に携帯からネットのブログにアクセスして書かれた日記のようだった。
いわば、ダイイングメッセージともいえよう。
子どものいないあの夫婦にとって『キリちゃん』は子どものような存在だったのか?
『蟷螂』を託された僕は、あの夫婦の想いを受け止めなくてはいけないんだ!

「キリちゃんは、僕が生きかえらせるよ!」

まず、キリちゃんのアイテムバックを開いた、そこには信じられないほど、高価なレアアバターが表示されていた。

「おぉ―――!」
思わず、歓喜の雄叫びを漏らす。
キリちゃんのアバターコレクションは半端ではない、これはもう100万円レベルで集められている。
元々アバター好きなので、コレクションの凄さに目を見張った。
しかも……軍資金としてウェブマネーには50万円近くチャージしてあるではないか!
これも全部使ってもいいんだろうか?

僕は取りあえず、キリちゃんのアバターを着替えさせた。
いろいろ迷って決めたアバターは、まるで女王様のようにキリちゃんが光り輝いて見えるアバターだった。
これは単なるネットのアプリではない!
このアバターには魂が宿っている、そうキリちゃんは生きているんだ。

僕はキリちゃんのHNとアバターでチャットルームへいった。
ロビーに入った瞬間に……5~6人の男性ユーザーからアクセスがあった。

「彼女ひとり?」
「すごいレアアバだねぇー」
「可愛いねぇ~僕とチャットしようよ!」

いらでもネットの男たちが寄ってくる、これはもう快感だぁ―――!!
僕も『ネカマ』が止められないかもしれない……。

僕 「(○´-ω-)っ[蟷螂]ト申シマス。」
男 「すごいHNだね!!∑d(*゚∀゚*)チゴィネ!!」
僕 「うん!でも怖くない(★^o^σ)σЧo」
男 「アバター可愛いくて(* ̄。 ̄*)ウットリ」
僕 「キリちゃんって呼んでね♪ヾ(´・ω・`)ノョロシク(o´_ _)oペコッ」
男 「キリちゃん、か━━ヽ(´・о・)ノ゙わ━━━いヾ(Д・`)ノ━━ぃ!!」

そして……僕は見知らぬ男とチャットルームに入っていった。
彼は、まさか本体が“男 ”だとは知るまい……。
現実逃避の変身願望に心が満たされていく――。

「わたし、キリちゃんでぇ~す♪ (o´艸`o)ムフフ」

僕はもう……たぶん、きっと。
このネットの世界から、永遠に抜け出せないかもしれない……。

― 完 ―



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   創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-14 10:11 | ミステリー小説