― Metamorphose ―

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雨と彼女と僕と…… ⑦

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第三話 愛の賞味期限

まあ、落ち着いてから家に帰った方がいいと思うので、もう少しだけ彼女の話を聞いてやることにした。
「夫はわたしを家の中にある家具くらいにしか思っていない。そうテーブルや椅子みたいに……ないと不便、ないと体裁が悪いから、だから置いているだけ……」
「それでも必要とされているなら、それで良いじゃないか」
「わたしは家具じゃないわ!」
「…………」
「いつだって夫は、わたしの心を見ようとはしない。いつも知らんふり、わざと無視して……もう諦めているけれど、一緒に暮らしていてもお互いに分かり合えない。孤独で不安な毎日がいつまで続くんだろう。もう疲れたの、こんな虚しい結婚生活に……」
夫への愚痴をぽつりぽつりと喋る彼女――。
夫婦げんかの原因をきちんと話さないから、どちらが正しいのか、判断が出来ずに僕は困っていた。
相変わらず、論点の反れたことしか言わない女だから、夫という人の苛立ちも分からなくはないか。

   人って 悲しいね
   嫌なことでも
   諦めてしまえば 慣れてくる
   そうやって 心が死んでいく
   空っぽの心が泣いている
   生きるって 悲しいね

「――そんな不満ばかり言っても仕方ないよ。お互いに歩み寄らなければ……一緒には暮らしていけないだろう」
「……うん」
納得できない顔で彼女が頷く。
「夫の庇護の元で暮らしてる専業主婦なんだし、ちょっとは我慢したら……」
「わたしは夫の所有物じゃないわ!」
「いや、そういう意味じゃない」
「心があるのよ、今の生活には心の居場所がないの」
自分ひとりが不満みたいに彼女はいうが……先日の仲睦ましい買い物風景を思い出しても、そんな悲惨な結婚生活を送っているようには見えなかった。
すぐに女は自分だけが被害者みたいな顔をしたがる。

「……じゃあ、君はどうして夫を裏切っても平気なのさ?」
僕の問いかけに彼女は一瞬、はっと息を呑み瞳を強張らせた。
「心を踏みにじっているのはお互いさまじゃないか、君ら夫婦は……」
ずいぶん意地の悪い言い方を僕はしている、分かっていてわざと言ってしまった。
「……そうね。わたしも悪いことは分っています」
怒り出すかと思ったら、素直に自分の非を認めたので拍子抜けしてしまったが、言うて、この僕も共犯者である。

左の薬指の指輪をいじりながら、ぽつりと彼女がヘンなことを言いだした。
「愛にも賞味期限ってあるのかなぁー?」


  【 賞味期限 】

冷めてしまったスープを 温めなおしても
出来立ての あの美味しさが戻らないように
冷めてしまった愛は 心が凍えるだけ

賞味期限切れの愛を捨てられない わたしは
イライラをつのらせて 相手を攻撃する
あら探し 皮肉 嫌味 言葉のナイフを振りかざす

優しさが切れた愛は もはや凶器なのだ
冷めたスープも 賞味期限切れの愛も……
捨ててしまうしか ないのだろうか?


再び、ベッドに横たわり、なかなか帰ろうとしない彼女に少し苛立ってくる。
「自分の存在を愛しんでくれる人と暮らすのが……それが愛だと思う」
「どうして愛ばかり欲しがるのさ」
僕にとって『 愛 』という言葉は口にする度、ほろ苦い。
「愛は生きていくための栄養、それがないと心が痩せてゆく」
「君は欲張りなんだよ」
「違うわ。ささやかな願望よ……愛のない人生なんか……わたし、生きてる意味がない」
彼女は吐き出すように呟いた。
「そういう君は誰かを真剣に愛したことがあるのか? 僕はある。その結果、愛が信じられなくなった」
もう顔も忘れてしまったが、部屋を出ていく女の後ろ姿だけがこの目に焼き付いている。
「わたしは、ただ……」
「……ただ?」
「ちゃんと女として愛されたいだけなの!」


  【 イヴ 】

わたしのナーヴァスをあなたは知らない
胸の奥に巣食う腫瘍から
躯中に毒が廻る
身悶えするような熱情が
不完全なわたしに火を放つ

赫い林檎を食べた日から
この身に孕んだ
情欲という炎の架刑
それは愛だと思っていた
それを愛だと信じていたのに……

女の肌に纏わりついたのは
一匹の毒蛇だった
誰のものにもならないわ
心を縛る鎖なんかいらない
自由に生きる

   ― わたしはイヴ
    『 おんな 』という女 ―

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「もう帰りなよ。旦那も、今頃はきっと心配しているさ」
優しく肩を抱いて、言い聞かせたつもりだったのに、突然、僕の手を振り払って彼女は激昂した。
「分かったわよ! 迷惑だったら帰るからっ!」
「迷惑なんて言ってない! 今日のところは帰った方がいいと言ってるんだ!」
いきなり枕が飛んでくる。
「冷たい人ね! 女をセックスの道具だとしか思ってないの!?」
さすがに、その言葉にはブチ切れた!
「ああ、そうだと言ったらどうなのさ? 愛なんか信じるものか! 僕のところを夫婦げんかの避難場所に使わないでくれっ!」
強い口調できっぱりと言った。
「…………」
その言葉に彼女は沈黙し、僕は机に向かって仕事を始めるフリをした。
「ごめんなさい」
消えそうな震える声で謝った。
しょんぼり項垂れて……泣いた顔を洗面所で流してから、帰る支度をすると、黙って僕の部屋から立ち去った。

――その後、僕も項垂れて……。優しくない自分 に自己嫌悪していた。
あんな風に帰っていった彼女は、傷ついて、もう二度と僕の部屋には来ないだろう。嘘でもいいから優しいフリをしてやれば良かった。
しょせん彼女にとって僕はセフレ以上、それ以下でもない。
いつだって本音で物を言う僕は冷たい人間かもしれない。『 夫婦げんかの避難場所 』それでも……ひと時の優しさを求めて、僕のところに逃げ込んてきた彼女に、ひどい言葉を浴びせて、帰らせるべきではなかった。
ああ、僕という人間はなんて薄情者なんだ。


  【 針金の未来 】

針金の先端の尖った針が
心に突き刺さって血を流す
薄い膜に覆われた半透明の未来
触れると壊れそうで怖い

漠然と広がる未来は
わたしをいつも不安にさせる

指先に沁み込んだ漂白剤のにおい
こんなもので何も消せやしない
やじろ兵衛のバランスは
微妙な沈黙で保たれている

心はゆらゆら揺れながら
心地よいバランスを探している

進むのが未来なら止まっている
今も未来の断片なんだろうか
誰も知らない未知のステージ
未来は針金のように曲げられる

『 針金の未来 』 まだ構築されていない
その隙間を夢で埋めていくんだ

I demand it!
The future to hope sometime is made

いつか 希望する未来が創られる

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   第四話 猫になりたい

僕らの町には『 猫公園 』と呼ばれる緑地公園がある。
飼い主に捨てられた猫や野良として生まれた猫たちが餌場として集まってくる場所だ。
ボランティアの人たちが野良猫の避妊手術や生まれたばかりの仔猫の飼い主を探したりしている。通常二十、三十匹の猫たちがこの公園で餌を貰い、日向ぼっこしている。
野良猫たちに餌を与えることに関して、世間ではいろいろと賛否両論があるようだが……僕はそんなことまで言及しようとは思わない。
野良猫たちも生きている、同じ地球の生き物じゃないか? なぜ全て人間本位の価値観で彼らを邪魔者扱いしようとする。いつから人間は神さまより偉くなったんだい?
無責任かもしれないが、ただ猫が好きだから、ベンチに座って彼らの日常を眺めていたいだけなんだ。
煮干しの袋を持っていると、足元に五、六匹猫が集まってくる。もちろんお目当ては僕じゃなくて、煮干しの方だけどね。
黒やら白やらトラやら……ばら撒いた煮干しを猫たちが夢中で食べている。
「こいつらも生きてるんだなぁー」


  【 野良猫 】

猫のような男に恋をした 
自由で気まぐれ屋さん
ぷいと何処かにいなくなって 
いつもわたしを心配させる
まるで 野良猫みたいな男なんだ

ふいに帰って来て 泣いているわたしに
『 君がいないと 呼吸が出来ないんだ 』 なんて
ころし文句で わたしをメロメロにさせる

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『 俺は優しくないよ 』って言ったよね
優しくなんかなくていい 
わたしの元に帰って来てくれるなら

暖かいミルクと寝床を用意して 
いつも待っているから
わたしが愛することを止めれば
それだけで終わってしまいそうな 
儚い恋だけど……
あなたがわたしに贈ってくれた 
詩だけは宝物だよ

こんな寂しい想いはしたくないから
今度 野良猫が帰ってきたら 
首に赤いリボンをつけて
銀のゲージに閉じ込めて 
鍵を掛けてしまおう

その鍵はわたしの胸の奥に 
そっとしまっておくよ


「あらー!」背中から素っ頓狂な声がした。振り向くとなぜか、そこに彼女が立っていた。
「おっ?」
「どうして、ここにいるのよ?」
「猫に餌やってた……」
「わたしも猫に餌やりにきたの」
そういって彼女は僕の隣に座り、スーパーの袋から猫缶を取り出した。フタを開けると紙皿の上に盛ってから猫たちに与えた。猫たちはすぐさまに猫缶に群がり食べ始めた。もう僕の煮干しなんか振り向きもしない。
「そっちの方が人気あるね」
「ふっふっふっ」
得意気に彼女が笑う。
そう言えば、彼女は猫好きだが旦那が潔癖症で家ではペットを飼わせてくれないと嘆いていたっけ。それで『 猫公園 』に来て猫たちに餌をやっているのか。
「わたし、猫の人に媚びない自由さが好き」
「猫は気ままだから……」
「猫になりたい」
「どうして?」
「人間やめたいから……」
「あははっ」
相変わらず、妄想じみたことをいう女だ。

   わたしに首輪は付けられない
   さぁ 捕まえてごらん
   ひらりと身をかわす
   軽やかに逃げていく

   わたしの心は誰も縛れない
   束縛を嫌う猫だから
   たとえ傷ついても
   自分の信じる道をいく

いくら猫になりたいと望んでみても、しょせん人間だから自由になんて生きられない。
彼女を縛っている首輪が『 結婚生活 』という約束された怠惰な日常かも知れないが……それによって守られている部分があるはずなんだ。
無邪気な目で猫たちの姿を追っている彼女に――気になっていたので、先日のことを何気なく訊ねてみた。
「あれから、どう?」
「……うん」
「仲直りした?」
「テキトー」
彼女は曖昧に笑う。テキトーって? なにそれ?
どこか投げやりな言葉に絶望感が滲んでいた。思い通りにならない人生に辟易して、諦めることで折り合いをつけようとしている彼女の姿。
苦悩と対峙するより、何も感じないでいようとしているのかもしれない。

――みんな思い通りになんか生きられない。
なんてことを言ったところで彼女は納得しないだろう、詩人の彼女は自分の感情論でしか世の中を見ようとしない。
いつまで経っても子どもみたい、ピュアな心で生きている。
彼女の『 結婚生活 』について、部外者の僕がとやかく言える立場ではないし、この問題に口を挟めば僕にも責任が生じるのは分かっているから……これ以上は訊くのは止めた。
しょせん僕はずるい人間だから……。

「猫って、なにを考えてるんだろう?」
「……さぁー、餌のこととテリトリーのことかな?」
「夢とか見るのかなぁー?」
「どうだろう? 猫に訊いてみないと分からない」
「猫になって猫の夢を覗いてみたいなぁー」
いい年こいて、頭の中がメルヘンおばさんの彼女、君の頭の中を覗いてみたいと僕は思う。
『 猫公園 』の猫たちは、いつも餌を貰っているので栄養状態がとても良い。肥っていて毛艶もきれいだ。満腹になった猫たちは毛つくろいを始めた、前脚をペロペロして耳の後ろを毛つくろっている。
明日は雨になるのかなぁー。


  【 野良猫 Ⅱ 】

a0216818_19485148.jpg猫を飼う夢をみた
その猫は黒い毛並みで 眼はブルー
艶やかな野生の猫だった 

恋に積極的なあたしは
いつもフライング 膝小僧から血を流し
その度に 天を仰いで涙をぬぐった

ねぇ あなたのこと聞かせて
何でも知りたいの 声・言葉・癖
ぜんぶ飲み込んで わたしの細胞にする

もう一度 猫を捕まえたくなった
あたしはハンター 今度は逃がさないから
あなたとなら また響きあえるよね

時が来れば 『 あなたの元に行きます 』
メールの文字が嬉しくて 心が弾んだ
きっと 今度こそ野良猫を飼い慣らしてみせる




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-10 14:49 | 恋愛小説