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カテゴリ:現代小説( 54 )

RESET ①

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   第一章 若返り美容法

「あぁー、またシミが増えてる」
 最近、啓子はドレッサーを覗きこんで、ため息をつくことばかり――。
 今年五十五歳、もう女盛りは過ぎようとしていた。結婚当初から専業主婦だった啓子はほとんど世間を知らずに家庭生活だけを送ってきた。そのせいか……微妙に世間とのズレを感じることもある。
 ふたりの娘は成人して、上の娘の方は結婚して初孫も生まれた。心の中では《まだ、お祖母ちゃんなんて思いたくない》そんな気持ちもあった。

 会社員の夫、宏明と今はふたり暮らしである。子どもたちが独立したので定年近い夫と自宅を処分して、こじんまりしたマンションを買った。この不景気のせいで定年後、嘱託で会社に残れるかどうか微妙な状態なので夫も必死だった。いつも帰宅は深夜近くで一緒に食事をする機会もほとんどなくなった。
 夫の宏明は啓子の顔なんて……ここ数年、まともに見たこともないし、夫婦の夜の生活なんて……十本の指で数えても足りるくらい、過去の出来事になってしまっている。
《あたし、ここまま女と認められなくて……年取っていくのかなぁー?》
 そう考えると……堪らなく自分が惨めに感じる啓子だった。
 もっと世間に出ていけば、こんな孤独感もないのだろうが、専業主婦三十年の啓子にはそんな勇気がない。ずーっと、夫、宏明の庇護の元で暮らしてきたからである。

 若い頃、啓子はきれいな娘だった。色が白くて肌のキメも細かくて。よく女友達に「色白は七難隠すってホントねぇー」とイヤミな冗談を言われたくらいだった。飛び抜けた美人というほどではないが、自分でも《まぁー底々の容貌だわ》と思っていた。
 宏明とは大学時代にひと目惚れされて……卒業と同時に、すでに一流企業に就職していた彼と結婚したのである。そういう意味で啓子は自分自身を『勝ち組』だと自負していた。
 ――浮気をしたことはないが、夫の同僚や近所のスーパーや商店街の店主なんか「きれいな奥さん」と呼ばれて、チヤホヤされていた。ちょっと、鼻が高かったりする。

 それが最近は年齢のせいか、ストレスや紫外線のせいだろうか? 急にシミとシワが目立ち始めてきた。そのせいで毎日鏡を見るのも憂鬱になって、テレビの宣伝で観た、いろんなサプリメントを試している。
 コラーゲン、コエンザイムQ10、ヒアルロン酸、ローヤルゼリー、黒酢などなど……。効果がありそうと思えるサプリメントなら軒並み飲んでみたが……今いち、効いてるのかどうなのか分からない。効果があまり実感できない状態である。
「あぁー、もう一度ピチピチしたお肌に戻りたいわぁー」
 そんな独りごとを、ついドレッサーの前で呟いてしまう。

 ――そんなある日、ネットのオークションを覗いていると……不思議なものが売られていた。
『若返り薬。どんどん若返ります。もう一度、青春を取り戻してください!』
 なによ、これ? ププッ! あんまりベタで嘘っぽい宣伝に思わず噴いてしまった。商品説明の写真にはカプセル薬とおぼしきものが写っていた。こんな詐欺っぽい商品に騙されないわ。
 オークションの設定金額は一円だった。まず、こんな物を競り落とす人間はいないだろう。
 一円かぁ……一円なら……たった一円だし、なんだか面白半分でオークションの画面をエンターしてしまった。
 そのまま啓子は〔若返りカプセル〕のことなんか忘れてしまっていたが……。一週間後に(落札しました)の連絡がパソコンに入っていた。
「あらっ、嫌だぁー落札しちゃったわ!」
 落札した商品を受け取らないとオークションの評価が悪くなるので、無視する訳にもいかず、送料を払って受け取ることにしたが、余計なことをしちゃったと、ひどく後悔しながらだった。

 そして二、三日経ったらポストに封書で何か届けられていた。
 裏を見ると宛名はなく〔若返りカプセル〕とだけ書いてある。――いよいよ怪しい。中を開けてみるとカプセル薬が五錠、それぞれに一年、五年、十年、二十年、そしてリセットと書いてあった。説明書には(数字の少ない順番にお飲みください。リセットはよく考えてから服用することをお勧めします)と、意味不明なことが書いてあった。
「こんな怪しい薬を誰が飲むものですか」
 フンと鼻で笑った啓子は、ダイニングキッチンのテーブルの端っこに封書をほったらかしたまま〔若返りカプセル〕のことは、すっかり忘れてしまった。

 最近、夫の帰宅が遅い。
 ――仕事の接待で深夜までなるとは言っているが、定年間近の社員をここまで働かせる会社はないと思う、どうも怪しい。ここ半年ほど前から宏明の様子が変だと思っている。《もしかしたら女が居るかも知れない》そんな予感がしていたが……直接聞くことも出来ず、シラを切り通したら証拠もないのだから、どうしようもない。
 それが原因で夫婦仲が悪くなっても困る。なんだかんだ言っても啓子は今の生活を捨てる気もないし、出ていく勇気もないのだから――。
 仮に、夫に女がいたとしても啓子は気づかない振りを通すつもりである。どうせ火遊びだろうし……そんなに長くは続かないと思っている。
 今までにも、宏明は女を囲ったり浮気をした過去があったのだ。

 しかし付き合ってから半年くらいになるみたいだし……もしかしたら、相手の女は妻の座を狙っているかもしれない。そんなことを考え出すと、どんどん不安になってきて、啓子はキッチンのテーブルで、紙パック入りの赤ワインを飲んでしまう。
 ここ数ヶ月、寝酒用に買った赤ワインを気が付けば、グビグビ飲んでしまっている。1.8リットルの紙パックが、たった三日しか持たない。飲み過ぎだと分かっていても止める者もいないので、ついつい飲み過ぎてしまう。

 ――今夜も夫が帰らないので、鬱々とした気分で啓子は飲み続けていた。
 もう深夜の二時過ぎ。そろそろ寝ないと……医者に処方して貰った、いつもの催眠剤の錠剤を飲もうとして……泥酔している啓子は間違えて〔若返りカプセル・一年〕を飲んでしまった。
 さすがに間違いに気づいて焦ったが、そこは酔っ払いのこと――。
「毒じゃなければ大丈夫よね?」
 勝手に納得して眠ってしまった。







創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-06-03 16:23 | 現代小説


「世間知らずのお嬢様の麗華に世の中を見せてやろう!」

 大伯父さまのバイクに乗って街に飛び出しましたのよ。
 わたくしバイクに乗ったのは初めてですの、びゅんびゅん風を切って走るスピード感がスリリングですこと! このスリルは癖になりそう。おほほっ
 そして、バイクはダウンタウンの一角にある酒場の前で停まりました。
 なんだかとっても怪しげなお店なの。アーリーアメリカン調の古い木の建物で、ウッドデッキでお酒を飲んでいるお客たちはみんな黒いレザーのライダースーツ着ていますわ。まるでカラスの集団みたい――どうやら、ここはバイクの趣味の方々がお集まりになるお店みたい。

「麗華、ちょっと待っててくれい、バイク仲間に挨拶してくるから……」

 そういい残して、大伯父さまはお店の中に入っていきました。
 外に停めた大伯父様のバイクの前で待っていますと……黒いワゴン車がすぐ側に停まって、ちょっとヤンチャそうな若者が三人降りてきましたわ。
 急に足を止めて、大伯父さまのバイクを指差して、

「おおー! 見ろよ、すごいバイクだぜぇー」
「ハーレーダビットソンだ!」
「すんげぇー、一台で何百万もするバイクだろう?」
若者たちがバイクの周りに集まって、大伯父さまのバイクを勝手にベタベタと触りまくっていましたの。
 チラッとわたくしの方を見て、
「このバイク、ねぇーちゃんかい?」
「御免あそばせー、今、なんとおっしゃったのかしら?」
「ねぇーちゃんのバイクかって訊いてんだ」
「ねぇーちゃんって? なんのことでしょうか? わたくし聴いたことのない単語ですわ」
「だから、あんたのバイクかよっ!」
「いいえ、わたくしの大伯父さまのものでございますのよ」
「はぁ~? この女、ヘンなしゃべり方だぜぇー」
「身なりもいいし、どっかの金持ちのお嬢さまかもしれねぇーぞ」
 そういうと、彼らはわたくしを無遠慮にジロジロ見ましたの。イヤね!
「世間知らずのお嬢さまってタイプだなぁー」
「親はがっぽり金持ってそうだぜぇ~」
「俺、不景気で先週仕事クビになったんだ」
 わたくしの方を見る彼らの目の色が怪しいんですの!
「な、なんですの! ジロジロ見るなんて失礼ですわよ」
 わたくしが怒ってソッポを向くと、
「金持ち面しやがってムカつく!」
「この女、誘拐しちゃおうぜぇー!」
「おう!」
「ええぇ―――!?」
 
 その言葉に驚いて逃げようとしたけど……もう手遅れ! わたくし口を押さえられて、彼らが乗ってきたワゴン車に連れ込まれそうになった! 
 ひえぇ―――! 麗華最大の危機ですわ!
 必死の抵抗も虚しく、三人の男に押さえられて、わたくしを乗せた黒いワゴンは発進しましたの! 
『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』こと、麗華の運命やいかに……。あれぇぇ~!?

「可愛い顔したねぇーちゃんじゃん」
 ひとりの男はわたくしの顔をグッと押さえ付けながら言うのでございます。
「失礼ね! わたくしは誰だと思ってるの?」
「へへー、そんなのしるか、金持ちだったら誰でもいいよ」
「ザ・グレート・オブ・お嬢さま、蟻巣川麗華ですわ」
「あんたが誰だろうが、今は俺たちに誘拐された人質なんだぜぇ」
「……蟻巣川……なんか聞いたことあるぞ。たしか世界の長者番付にその変な名前があった。ネットで見たことある」
 ひとりの男がふいに思い出したように仲間に告げた。
「世界の長者番付だって? じゃあ身代金は十億は要求できるぜぇ!」
「いやいや、百億だっていける。もしかしたら一兆かも!」
 わっはっはっはっと、男たちは嬉しそうに大声で笑っている。
 人の命をお金に換算するなんて失礼ですわ! なんという屈辱でしょう……わたくし涙が零れてきました。
 ――と、その時ですわ! ワゴン車にガツンと衝撃が!?

「うわー! なんだこりゃ~!?」
運転していた男が大声で叫びました。
バイクに乗った男が金属バットでワゴン車の車体をガンガン叩いているのです。他の仲間も車の外を見て驚愕ですわ!
「なんだ? ハーレーダビットソンが追いかけてくる!」
「一台だけじゃないぞぉー、後ろからわらわらと……」
「ハーレーダビットソンが五十台以上くるぞぉ―――!」
「ひえぇぇぇ―――!」


 ハーレーダビットソンに乗った、イ-ジーライダーの一団に取り囲まれて、黒いワゴン車は路肩に停車させられた。
 麗華は無事に助けられて、三人の男たちは黒いライダースーツを着た強面の男たちに首根っこを掴めれていましたわ。
「ど、ど、どうか許してください!」
 三人の男は土下座して謝っている。
「麗華、大丈夫か?」
「大伯父さまー!」
 思わず、わたくしは大伯父さまに抱きついて泣いてしまいました――。
 とっても、とっても怖かったんですもの。

「スマン! わしが中でバイク仲間と長く話していたから……店から出てきたら、麗華がいなくて……冷汗がでたぞぉー」
 優しく麗華の頭を撫で撫でしながら、大伯父さまがおっしゃった。
「大伯父さまが助けにきてくれて良かったわ」
 無理やりワゴン車に乗せられる麗華を見ていたバイク仲間の通報で、すぐに後を追いかけたみたい。
 さっき、金属バットで車体をガンガン叩いていたのは、大伯父様だったようです。あらま! ワゴン車が凸凹ですわ。おほほっ

「リーダー! こいつらどうします? ブルーシートに包んで東京湾にでも沈めますかい?」
 筋肉隆々のプロレスラーみたいな大男が大伯父さまに訊ねてきた。
「まあ、殺さんでもよかろう」
「じゃあ、腕と脚でも折っときましょうか?」
 ポキポキと指の関節を鳴らしながら、プロレスラーみたいな男がいうと、三人の男たちは縮みあがって、ブルブルと震えていた。
「おい! おまえら、なんでこんな悪さをしたんだ」
 大伯父さまが威厳のある声で三人に話かけた。
「もう……こんなことしません! どうか命だけはお助けください」
 みんな泣きそうな声でした。
「誘拐なんぞ、もっとも卑劣な犯罪だ!」
「スミマセン! 俺たち仕事もなくて……お金に困っていたんです」
 地べたにおでこを擦り付け土下座しながら赦し乞う。――なんだか、ちょっと可哀相になってきちゃう。
「おまえら、働きたいのに仕事が見つからないんだな?」
「はい、不景気で仕事クビになったんです」
「――分かった! わしのところにきなさい」
「はあ?」
 三人はポカンとした顔で大伯父さまを見た。
「わしは世界中の“恵まれない子どもたち”に、クリスマスプレゼントするおもちゃを作っておるんじゃあ、わしの住んでいる敷地内におもちゃ工場があるから、おまえらもきて、そこで働けっ!」
「はい! お願いしまーす」
「よしよし……」
 黒いサングラスの口元が笑った。
 世界中の“恵まれない子どもたち”に、配るプレゼントを作っていたなんて、まるでサンタクロースみたい。大伯父さまってなんて素敵なんでしょう!
 その上、大伯父さまはハーレーダビットソンのライダー仲間で結成している『ハーレー彗星』のリーダーで、全国のハーレー愛好者の憧れの人なんですって!
 名家、蟻巣川家のアウトローだけど、タフで心優しい大伯父さまは麗華の誇りですわ。トレビアン!

「さあ、麗華帰るぞ!」
 ハーレーダビットソンの後ろに飛び乗った。
「大伯父さま、アウトローって素敵ですわ!」
「そうか、じゃあワイルドグッズをいっぱい買って帰るぞ。わははっ」

 そして、わたくしたちはスカルや血や悪魔の絵の描いた怪しげなお店でお買物をしましたの。ええ、とっても楽しいお店ですのよ。うふふ♪

 蟻巣川家の屋敷に帰ったら、上空をヘリコプターが数十台旋回していました。どうやら、わたくしたちを心配した、執事の黒鐘がヘリコプターを飛ばして行く方を捜査していたようですわ。
 ホントにもう! 心配性な爺やねぇー。  
 今日は怖い目にもあったけど、大伯父さまとお出かけができて、とっても楽しかったことよ。
 バイクは蟻巣川家のゲートを目指して、真っ直ぐに走っていく。
 あら? 門の前に黒い人影が……どうやら、黒鐘と鶴代さんのようですわ。早く顔を見せて安心させてあげましょう。うふっ♪

「黒鐘、ただいま!」
 泣きそうな顔で黒鐘が飛んできた。
「お嬢様、心配しました。よくご無事で……」
 ――と言いかけて、黒鐘の視線が止まった。
「どう? わたくしのこのファッション?」
「はあ? どうなされたのですか? そのまっ黒けのカラスみたい服は……」
「イケテルでしょう?」
「……そんな、骸骨や鎖の付いた黒い服は感心しませんなぁー」
 黒鐘が眉をひそめ渋面でいう。
「あら、そうかしら」
「ゴージャスな、お嬢さまらしいファッションがございましょう」
「そう、じゃあ、これはどうかしら?」

 くるりと後ろを向くと、スカル柄のジャンバーを脱いで、黒いタンクトップを見せた。わたくしの背中には、大きな蜘蛛のタトゥーがあった!

「ひえぇぇ―――!」

 それを見た瞬間、黒鐘が奇声を発して倒れた。

 あらら! 黒鐘って蜘蛛が苦手だったのかしら? 
 驚いて卒倒しちゃったみたい……お嬢さまだって、たまにはこんな冒険もしなくっちゃねー。
 もちろんタトゥーシールでございますわ。うふっ、御免あそばせぇー♪


― 第二話〔お嬢さまの社会見学〕 おわり ―




創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-29 20:53 | 現代小説

   第二話 〔 お嬢様の社会見学 〕

 キャア―――!!

 早朝の蟻巣川家に絹を裂くような悲鳴が轟いた。
 執事の黒鐘(くろがね)は、その声を聴き付けて大急ぎで、当家の令嬢麗華(れいか)の部屋へと駆けつけた。
「お嬢さま、どうなされましたか!?」
 見れば麗華お嬢さまが、ベッドの隅で身体を縮めてブルブル震えていました。
「な、なにがあったのですか?」
「く、黒鐘……で、でたのよ、あれが……」
「はあ?」
「そこにほらっ! いるでしょう? 虫が……」
 目を瞑って怖々指差す、ベッドの上にはわずか5mmにも満たない、小さな蜘蛛の子が一匹這っていた。
「この小さな蜘蛛ですか?」
「わたくし、虫は大嫌い! 早くなんとかして頂戴!!」
「はい、はい、かしこ参りました」
 蜘蛛の子を紙で摘まんで窓から逃がした執事の黒鐘は――。
 いくら温室育ちのお嬢さまとはいえ、虫けら一匹で朝から大騒ぎするとは困ったものだと、心の中で舌打ちをした。チェッ!
「わたくしの部屋に虫が出るなんて、許せませんわ!」
「まあ、あれくらいの小さな虫は我慢してください」
「イヤよ、イヤイヤイヤー!」
 わたくしはベッドの上で両脚をバタつかせて抗議しました。
 だって、どんな小さな虫だって大嫌いなんですもの。こんな虫の出る部屋なんかで眠れません!
「即、お引っ越ししますわ!」
「えぇ―――!!」
 その言葉に爺やは顔をしかめて驚いている。
「わたくし、他のお部屋に移ります」
「……お嬢様、またですか?」
 フゥーと、わざと大きな音で溜息を吐くんですのよ。失礼ね!
「二ヶ月前もお部屋に蚊がいたからと……、部屋替えしたばかりじゃないですか?」
「わたくし、虫は大嫌いですの。絶対にお引っ越ししますわ。お屋敷の見取り図を持ってきて頂戴!」

 わたくし、蟻巣川麗華(ありすかわ れいか)は由緒正しき、元華族の家柄ですの。名家生まれの麗華のことを皆さまが令嬢の中の令嬢だ。まさに『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』呼びますのよ。おほほっ
 当家、蟻巣川家は広大な土地に屋敷が建っていますの。本館、別館、新館と合わせるとお部屋の数は百以上はあるんです。さながらリゾートホテル並みの規模で、その中に住んでいるのは当主のひとり娘、わたくし麗華と執事の黒鐘、家政婦、コック、メイド、運転手、庭師、家庭教師、美容師、スタイリスト、警備員をいれても、わずか二十人ほどですわ。
 ほとんど使われていないお部屋ばかりなので、それぞれ四季に応じて、お部屋替えをしています。でも後片付けでなんやかやとお仕事が増えるので、執事の黒鐘はいつも渋面で乗り気ではないの。まったく使えない爺やだこと……。フン!

 お引っ越しする部屋を決まるため、メイドに言いつけて、お屋敷の見取り図を持ってこさせました。
 地図を広げて見れば、敷地内にはプール、ゴルフ場、野外コンサートホール、池や森もありますわ。あっ、滝もひとつ。わたくしでさえ、まだ隅から隅までは行ったことがありませんの。
 あらら、よく見れば見取り図の中に知らない建物が載っていますわ。西地区の端に小さな建物が、いつの間に……?
「黒鐘、ここ、この建物はなぁに?」
 わたくしが指差した、地図を見て、
「はあ? やや! いったい、いつの間にこんなものが!?」
 爺やも驚いています、どうやら知らなかったみたい。
「――そう言えば、いつだったか大型トラックが何台もお屋敷のゲートから入って来ていたもので、当主の御主人さまにお訊ねしましたら、知り合いが住む建物を西地区に建築中だから、気にしないで放って置くように、むやみに立ち入らないように、と申し渡された記憶がございます」
「まあ、お父さまがそんなことを……その建物に誰が住んでいるのか気になりますわ」

 わたしくの父、七代目当主の蟻巣川是仁(ありすかわ これひと)は、今は別宅の愛人宅に住んでおりますの。母の慧子(さとこ)は、美男子の秘書を連れて世界中を旅行中ですし、蟻巣川家で家族が顔を合わせるのは、年に十回くらいかしら?
 こんな風に家族の縁(えにし)が薄いのは、名家に生まれた宿命なのかもしれませんわ。小さなお家でひしめくように暮らしている庶民が羨ましく思えることもあるんですの。アハッ!

「わたくしの住む、屋敷の敷地内に得体の知れない建物が建っているなんてどういうことなの? 誰が住んでいるのか、今から調査に参りましょう!」
 その言葉に驚いた黒鐘は、慌てて遮るように、
「そ、それはダメでございます! ご主人さまに近寄るなと申し渡されて……」
「いいえ! 麗華の知らない秘密があるなんて許さない」
 この『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』麗華のプライドが許しません。キリッ!

 そして、わたくしの断固たる意見で、黒鐘と古くからいる家政婦の鶴代、それと警備員を二名連れて、移動用カートに乗り込みました。蟻巣川家は広大な土地なので屋敷の中を移動する時には、いつも専用のカートがありますのよ。
 西地区に建っている、その謎の建物に向けて、我ら蟻巣川探検隊はレッツ・ゴウー!! 


 窪田鶴代(つぼた つるよ)は、もう七十歳を越えるベテラン家政婦です。
 家政婦といっても、メイドやコックや庭師たちを取り仕切っているマネージャーのようなもので、蟻巣川家三代の当主に仕えた彼女は、まさに蟻巣川家の生き字引的存在ですの。
 先々代の当主の命令で鶴代さんは死ぬまで、この蟻巣川家の家政婦の座を約束されていますのよ。
あの執事の黒鐘でさえ、鶴代さんにかかれば『ひよっこ』扱いですもの。おほほっ

「黒鐘さま、執事のあなたが何も知らないなんて、おかしな話じゃあございませんこと?」
 チクリと棘のある言い方で鶴代さんがおっしゃる。
「はあ、誠に申し訳ない次第ですが……、ご当主さまから放って置くようにと申し渡されておりましたもので……」
「それでも、そっと偵察くらいはして置くものでしょう? それが執事の職務というものです!」
「……誠にもってその通りです」
「黒鐘さまの職務怠慢のせいで、大事なお嬢さまに何かあったらどうなさる、おつもり?」
「はあ、ですが……」
 黒鐘は鶴代さんにはいつも頭が上がらない。
「婆や、もう許しておやり。ちょっと抜けているところが黒鐘のプリティなところですわ」
「まあ、お嬢さま。確かにそうですこと。おっほっほっ」
 蟻巣川家のお局鶴代さんに黒鐘がイビられている内に、カートは謎の建物の前に到着しました。

 その建物の前に立ってビックリですわ。とっても奇妙な建物だから。 
 灰色の頑丈なブロックで造られた、高さ20m以上はあろう大きな円形の建物で、窓もなく外階段もなく大きな鉄の扉がひとつだけ。
 人が住んでいる建物とは思えないような佇まい――。
「なんですの? これは……」
「まるで砦みたいな、いや要塞かもしれない。さながらバベルの塔のようでございますなぁー」
「中に兵器でも隠されているのではないでしょうね?」
皆、口ぐちに不安そうな表情で囁きあった。
「これは危険です。お嬢さま、もう引き返しましょう」
 不気味な塔の前で、尻込みしながら黒鐘が言い出した……わたくしはとっても興味津々なのですわ。

「いいえ! わたくしはこの塔の中に入ります」
 蟻巣川麗華は何も怖れませんわ。わたくしには名家の令嬢としてのプライドがありますもの。時としてプライドは恐怖に打ち勝つパワーを持っていますのよ。
「黒鐘、マスターキーを渡して頂戴!」
 鍵穴に差し込みクルリと回すと、鉄の扉のロックが外れた。

「よろしいこと、開けますわよ!」

 ギィーギィー……重たい金属音を響かせて、ゆっくりと扉が開ていく――。

 なんとっ! 鉄の扉の向こうは熱帯ジャングルだった。
 うっそうと茂るシダ類や蔓を延ばした熱帯の木々が目の前に広がっていた。塔の屋根は全面ガラス張りになっていて、ここは大きな温室のような建物だった。
「こ、これは、いったいなぁに?」
 これには、さすがの麗華も驚きましたわ。
「ランボーが出て来そうな熱帯ジャングルでございますなぁ……」
「悪趣味な植物園ですこと」
 湿度が高くてムンムンしています。どこからか熱帯に棲む鳥の甲高い鳴き声まで聴こえてきます。うっそうと茂る蔓草が地面を覆い足元さえ見えませんわ。
 ――その時です!

「ぎょえぇぇぇ―――!!」
 隣を歩いていたはずの黒鐘が奇声を発して、目の前から忽然と消えました!
「黒鐘―――!」
「お―――い!!」
 みんなでキョロキョロ周りを見回しても黒鐘の姿がない。騒然としていると……。
「助けて……助けて……」
 足元から、声が聴こえてきましたわ。……あれは黒鐘の声!?
「……ここです。ここにいます」
 草むらをかき分けてみると、ポッカリと穴が開いていますの。その中から声が聴こえてくるようです。
「黒鐘、大丈夫?」
「お嬢さま、早く助けてください」
 泣きそうな声の黒鐘に、警備員たちがロープを下して助け出しました。深さ3mくらいの落とし穴でしたわ。いったい誰がこんなトラップを仕掛けたのかしら?

「ぜぇぜぇ……」
 落とし穴から助けられた黒鐘は息も荒く、自慢の執事服がどろんこになっていましたわ。あまりの悲惨な姿に思わず噴き出しそうになっちゃいました。麗華って悪い子ね! うふっ
「いったい誰が、こんな罠を仕掛けたのでしょうか?」
さすがの鶴代さんも動揺しているようです。
「お、お嬢さま、こ、ここは危険です! もう出ましょう」
 泣きそうな顔で黒鐘が訴える。
 今度くる時は、狙撃部隊がいるかも……と、麗華は本気で考えておりましたわ。
 ビュンと、何かが風を切って飛んできました!
「ぎゃあ、危ない!」
 木に刺さった矢を見て、鶴代さんが叫んだ。

「わしのアジトに入り込んだ貴様らは何者だ!?」

 いきなり奥の方から男の声が聴こえた。

 いったい何者なの? 危険な人物かもしれないわ。わたくしたちは恐怖で縮みあがりました。
 でも、奥から出てきた人物は、ツル禿げで、痩せた、白い山羊髭のお爺さんだった! 
 ブッシュマンのように裸足で腰蓑ひとつ、しかし背中には弓矢を差している。そして顔には、なぜか真っ黒なサングラス。――どう見ても怪しい人物ですわよ。

「ここは立入禁止地区じゃ、さっさっと立ちされい!」

 厳めしい声でお爺さんが怒鳴った。その声にみんなは縮み上がった。
 そ、その時ですわ! いきなり鶴代さんが叫んだ。

「亀ちゃん!」
「……ん?」
「亀ちゃん、あたしよ」
「おおー! あんたは鶴ちゃんかぁ~」
「亀ちゃん、懐かしい」
「――鶴ちゃん、おぬしも達者そうじゃあのう」
 そう言いながら、ふたりは再会のハグをしている。
 鶴代さんと旧知の仲とは……このお爺さんはいったい何者かしら!?
「婆や、その方はどなたですの?」
「お嬢さま、この方は先々代のご当主の蟻巣川亀仁(ありすかわ かめひと)さまでございます」
「ええぇ―――!?」

 これには、わたくし驚きましたわ。父の是仁(これひと)の前の当主は、祖父の鷹仁(たかひと)でした。――確か、その前の当主は祖父の兄だった人で、たった三ヶ月で当主を辞めて、放浪の旅に出たと父から聞いたことがあります。
 ずーっと行方不明だったのに、まさか生きていたなんて……?
「じゃあ、この方はわたくしの大伯父さまでいらっしゃいますの?」
「そうでございます。お祖父さまの兄上の亀仁さまでいらっしゃいますよ」
 裸足で腰蓑をつけた変な老人を、恭しく鶴代さんが紹介しました。
「この子は是仁の娘か? ほほう、なかなか美人じゃなぁー」
「大伯父さま、初めまして。わたくし麗華と申します」

 わたくしはスカートの裾を摘まんで片足を曲げ、貴族のお姫さまみたいに、ご挨拶を差し上げました。
「わしは長い旅に出ておったからなぁー、何もかも変ってしまったわ」
 そういうと感慨深げにツルツルの頭を撫でている。
 この奇妙な老人に麗華は興味が湧いてきました。名家の令嬢が不躾なこととは分かっていますが、ついつい質問をしたくなりましたの。御免あそばせー。

「大伯父さま、ご質問申し上げても宜しいこと?」
「ふむ、何じゃ?」
「わたくし、行方不明の大伯父さまは死んでいると父から聞いておりましたの。まさか元気でいらっしゃるとは驚きましたわ。――なぜ、わたくしの両親の結婚式やお祖父さまが亡くなった時にも、蟻巣川家にお戻りになられなかったのですか?」
 その質問に大伯父さまは困ったような顔で答えた。
「……そうなんじゃが、帰れなかったのだ。是仁の結婚式の時、わしはモロッコで傭兵として雇われて戦っておったし、鷹仁が死んだ時は……南米クスコの大洞窟を探検中で道に迷って出てこれなんだ。麗華が生まれた時には、アフリカで裸族になっておったわ」
「大伯父さまって、そんな風に世界中を歩き回っていらっしゃるの?」
「そうじゃ、わしは冒険家なのだよ」
 自慢そうに、白い山羊髭をしごきながらいう。
「どうして、名門蟻巣川家の当主の座を捨てて冒険家になられたのか、理由(わけ)を聞かせてくださいませ」
「――そうか、少し長い話だが聞いてくれるかのう?」
「はい! 喜んで」
 わたくし大伯父さまの話にわくわくしました。うふふっ

「父が急逝して、十七歳でわしは蟻巣川家の当主を継いだんじゃが、まだ若いのでいろいろやりたいことがあった。その頃、うちにメイドとして鶴代さんが雇われてきた。わしと鶴代さんはお互いにひと目で好きになったんじゃ、初恋であった。そして、わしら二人は結婚したいと望んだが……周りの者たちに身分違いだと猛烈に反対されてのう、引き離されそうになった。
 何もかも嫌になって、わしは弟の鷹仁に当主の座を譲り、ひとりで放浪の旅にでたんじゃよ。その時に鶴代さんが路頭に迷わないように、蟻巣川家で終身雇用を約束させた。
 二度と日本には戻らないつもりだった。――いくらかの現金は世界中の銀行に預けてあったので、それを資金にして世界中を冒険しておったのじゃ。だが、一日たりと鶴代さんのことを忘れたことはない! オーストラリアのエアーズロックの頂きから星空を見上げて、わしは鶴代さんの幸せを祈っておった!」

 その言葉に鶴代さんのすすり泣きが聴こえた。
 あの気丈な鶴代さんが泣くなんて……ずっと結婚もしないで、蟻巣川家に仕えていたのは、きっと大伯父さまの帰りを待っていたからなのかもしれない。なんて純愛なの! 麗華、もらい泣きしちゃいますわ。 グスン……。
 もう、ふたりを引き裂く障害はありません! この麗華が大伯父さまと鶴代さんを応援しますわ。ハイ!
「最近なぁー、甥の是仁と連絡が取れて……わしもこの年で日本が懐かしくなって……そっと、内緒で帰ってきた訳なんじゃあ。まさか、鶴ちゃんが元気で蟻巣川家にいるとは思わなんだ。わははっ」
 その言葉に鶴代さんも嬉しそうに笑った。

「――そんな風に世界中を自由に飛び回る大伯父さまが羨ましいわ。麗華なんかひとりではどこにも行かせて貰えないんですの。いつも黒鐘か、ボディーガードが付いてくるから……」
「そうか、お嬢さまは不自由なもんじゃのう」
「ええ、まるで籠の中の小鳥ですの」
「ひとりで外出など飛んでもありません! 虫っこ一匹殺せないような、か弱いお嬢さまにそんな危険なことはできませぬ!」
 黒鐘が渋面でキッパリという。

「感心せんのう。脆弱なお嬢さまに躾けるのは……」

 う~んと腕組みをしながら大伯父さまが言った。
「よしっ、こい! 麗華はわしが躾てやろう。」
 そういうと大伯父さまはわたくしの手を引っ張って、勢いよく走り出したんです。あーれー、どこへ連れていかれるのでしょうか? 
 しばらく走ると大きなログハウスが見えてきました。
 あれが大伯父さまがお住まいのお家でしょうか? 建物の側には人工の池があって虹色の噴水があがっていますわ。トレビアン!

「ここで待っておれい、わしは支度をしてくるから……」

 裸足に腰蓑を着けただけの大伯父さまは、建物の中に入って行きました。
 しばらく待っていると、ブォンブォンという騒音と共に一台の大型バイクが建物から出てきた。マシンには黒いレザーのライダースーツに身を包んだ人物が乗っております。
 ヘルメットで顔が見えませんわ。あのライダーはいったい誰かしら?

「麗華、ほれっ、後ろに乗るんじゃ!」
 わたくしにヘルメットを投げて寄こした男の声は、大伯父さまに間違いない。
 それにしても、さっきの裸族と大違いですわ。麗華ビックリ!
「しっかり掴まっておれよ!」
「はい、大伯父さま」
「行くぞぉ―――!」

 ブォンブォンとエンジン音を響かせてバイクは走り出した。わたくしたちの後を追いかけてきた黒鐘たちが驚いた顔で見送っています。
 これから、どこへ行くのかしら? 麗華わくわくですわ♪





創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-28 20:29 | 現代小説


   第一話 〔お嬢さまの取扱説明書 〕

「お嬢さま、おはようございます」

 朝の挨拶と共に、いつものように執事の黒鐘(くろがね)が、わたくしを起こしに来ました。

「あん、もう少し眠らせてちょうだい」
「なりません、お嬢さま。今日は午後から大事なお茶会がございます」
「後、三十分だけ眠らせて……」
「さあ、ブレックファーストの用意が整っております。冷めない内にどうぞ召し上がれ」

 爺やの石頭、全然融通が利かないんだから!
 わたくしは仕方なく、天蓋付きのベッドからしずしずと起き上がるとシャワーを浴びて、着替えを済ましてから、朝食の席に着きました。
 今朝はサンルームのテーブルにブレックファーストが設えてあります。

 ここは温室になっていて、一年中蘭や薔薇が咲いていますの、そこから眺める広いお庭は青々とした芝生と美しい季節の花々が咲き乱れておりますわ。
 だけど、こんな風景もの毎日見ていたら感動なんてありません――。
 いつの間にか、足元にマンチカンのシャナが摺り寄ってきて朝の挨拶をします。まあ、なんて可愛い子なんでしょう。わたくし猫が大好き。だって、いつも自由なんですもの。それに比べてわたくしの日常なんて、雁字搦めで何ひとつ自由が利かないんですわ。
 嗚呼、お嬢さまって本当は苦労が多いんですのよ!

 わたくし、蟻巣川麗華(ありすかわ れいか)は由緒正しき、元華族の家柄ですの。華族といってもお分かりにならない方もいらっしゃるので、執事の黒鐘から、少しだけご説明差し上げますわ。
「――では、執事の黒鐘がご説明いたします。そもそも華族(かぞく)と申しますのは1869年から1947年まで存在した日本近代の貴族階級のことでございます。公家に由来する華族を公家華族、江戸時代の藩主に由来する華族を大名華族、国家への勲功により華族に加えられたものを新華族、臣籍降下した元皇族を皇親華族、と区別いたします。これにより華族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五階の爵位に叙されました。ようするに……」
「黒鐘! もういいわ。そんな長い説明聴いていたら……わたくしまた眠くなりそう」
 我が蟻巣川家は皇族の親戚筋の華族ですので元侯爵家でございますわ。そう、だから皆さま、わたくしのことを『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』って呼ぶんですのよ。おほほっ

「失礼いたしました。ではメイドに料理を運ばせましょう」
 執事がチリンとベルを鳴らした。すると、三人のメイドがブレックファーストを運んで参ります。
 トリュフ入りのオムレツ、キャビアの乗ったサラダ、ブルガリアから空輸したヨーグルト、そして本場フランスのパン職人が焼いたクロワッサンなど――。
 バカラのグラスに注がれたフレッシュジュースをひと口飲んで、テーブルに並べられた料理をひと目見るなり、わたくしフンと鼻を鳴らしましたわ。

「要らないわ、全部下げてちょうだい」
「お嬢さま、朝食抜きはお身体に悪うございます。どうか、お召し上がりください」
「要りません」
「そんなことをおっしゃらずに……どうか……」
「食べたくない!」

 わたくしが強くそういうと、黒鐘は困った顔でパンパンと手を打って、メイドに別のものを持って来させました。
 そして、しずしずとマイセンのお皿に乗って運ばれてきたモノは、そう、わたしくの機嫌が悪い時に出される、アレですわ!

『焼きいも』

 甘く美味しそうな匂いがお皿から漂ってきて、わたくしのお腹は「グゥー」と反応します。口の中には涎が……ああ、もう我慢できませんわ!
 夢中で焼きいもの皮を剥くと大口をあけて、パクリとかぶりついた。

「トレビアン! 世の中に焼きいもほど美味しいモノはございませんわ」

 わたくし焼きいもを目の前にすると、名家の令嬢のプライドも気品もなくしてしまうの。そんな、わたくしの様子を執事の黒鐘が苦々しい顔で見ています。どんな一流のパティシエの作るスイーツよりも、焼きいもは最高ですわ! おほほっ

  三年前、わたくしと焼きいもとの運命の出会いがありました。
 その日はオペラを観て帰る途中でした。ロールスロイスの車内で運転手に喉が渇いたというと、その日はティーセットのポットを積み忘れていて、ただちに停車して「飲みものを買って参ります」と運転手がいうので、わたくし車内で待っておりました。
 十五分経っても運転手は戻らず、退屈した、わたくしはロールスロイスから降りて辺りをフラフラしておりましたのよ。
 その時です! 不思議な声が聴こえて来ました。

『石焼きいも~♪ 石焼きいも~♪ 美味しい美味しい石焼きいもはいかがですかぁ~♪』

 それは何度も、エンドレスリピートで鳴り響いておりました。
 わたくし、にわかに興味を覚え、小さなトラックを止めて『石焼きいも』なるものを買うことにしました。
「御免あそばせ、石焼きいもってなんですの?」
「おやまぁー! えらい豪勢な格好のお嬢さんだねぇー」
 真冬だったので、わたくしブルーフォックスの毛皮のコートを羽織っておりましたかしら? おじさんが窯の中から取り出して見せてくれました。――こんなの初めて見た。 
「その石で焼かれている芋をください」
「へい! お幾つ?」
「トラックごと全部」
「えぇ―――!?」
 おじさんは目をまん丸にして驚いていました。
 わたくしがアメリカンエキスプレスのセンチュリオン・カード(通称ブラックカード)を見せて、これでお願いっていうと……。
「お客さん、うちはカード払いできません」
 あらっ、困ったわ。――わたくし現金なんて持ち歩いたことがないんですもの。
 おじさんとスッタモンダしているところへ、うちの運転手が帰ってきて現金を払って、焼きいもを買うことができました。
 そして、ロールスロイスの車内で食べた、焼きいものなんと美味しいこと! 目からウロコですわ。こんな美味しいモノを庶民が食べているなんて許せません!
 さっそく帰ってから、執事の黒鐘に石焼きいもの器具を購入させました。だけど、わたくしがあんまり焼きいもに夢中なので、こんな下品なモノを蟻巣川家の令嬢が食べていることが世間にバレたら……家名に傷がつくと密かに心配しているようですわ。うふふっ



 ――と言っても、わたくしの機嫌の悪い時は、宥めるのに効果抜群なので『家伝の宝刀』とばかりに、いざとなったら焼きいもを持ち出すくせに……。フン!
 さてさて、今朝も黒鐘の止めるのも聞かずに焼きいもを五つもたらふく食べてしまいました。お腹がパンパンになって、ゲップ! 
 あらっ、わたくしとしたことが……御免あそばせー。
 
 午後から、徳川家の末裔、松平家のお屋敷でお茶会がございますの。
 次期当主の松平健史郎(まつだいら けんしろう)さまはわたくしのいいなづけで、幼い頃から両家で結婚を決めていた相手なんですの。
 今日は留学先のロンドンからお帰りなられたので身内だけのパーティがあって、当然、いいなづけのわたくしも招待されていますわ。

 嗚呼、お嬢さまは自分で結婚相手を選べないんですの。
 籠の小鳥のわたくしは親が決めた男性と結婚するしかないのです。――それは名家の令嬢に生まれた宿命なのだから仕方ありませんわ。
 こっそり、爺やがいうのには……名家の令嬢は家のために結婚して、子どもを産んで相手の一族と血が繋がったら、後は隠れて自由に恋愛したっていいんですって――。
 そういえば、お母様はいつも美男子の秘書を連れて世界中を旅行しているし、お父様だって、他所にも家があって……そこの家族と暮らしています。
 蟻巣川家で家族が顔を合わせるなんて、一年に十回もありませんもの……。それぞれマイライフを楽しんでいるから、庶民と違って、これが普通なんですわ。ふぅ~

 松平家のお茶会は身内の集まりといっても、広いホールには百人近い親族が集まっておりました。今日のパーティの主役は健史郎さまと婚約者のこの麗華ですの。
 わたくしたちは招待客の前で仲よくワルツを踊って見せました。華麗なステップで踊るふたりに似合いのカップルだと皆さまの溜息交じりの囁き声が聴こえてきます。
 薄いピンクのシルクのドレスを身に纏った、わたくしはまるで妖精のように美しいのでございます。
 どこに居たって『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』こと蟻巣川麗華は、憧れと羨望と的ですのよ。おほほっ

 先ほどから、わたしく下腹が張って苦しいんですの。
 今朝、焼きいもを食べ過ぎたせいですわ。どうしよう……どこがで……ガス抜きをしないと……ううぅ~、苦しい。
 いくらお嬢さまだって、人の子ですもの生理現象には勝てませんわ。
 テラスに人が居ないのを確かめて、わたくし……そっと、パーティから抜け出して、テラスでお腹のガスを抜こうとイキんだ瞬間! あらまっ、だれか来ました。

「麗華さん、どこにいったのかと探しましたよ」
「健史郎さま」
 優しく微笑みながら婚約者が近づいてきました。
「今日の貴女は美しい。麗華を妻に出来るなんて僕は幸せ者だ」
 そういって、わたくしをギュと抱きしめたのです。
 ああっ! 止めてお腹がポンポンに張って苦しいの。押さえたらガスがでちゃう!
「麗華、愛してる!」
 わたくしの唇に熱いキスをしました。
 まあ、わたくしのファーストキス! 婚約者同士ですもの構わないわね。ああぁ……蕩けそうなキッスに、わたくしの身体の力が抜けた瞬間に!
 
 プウゥゥゥ―――と大きな音と共に、ガスの臭いが周辺に漂った。

 さすが『ザ・グレート・オブ・お嬢さま』おならの音もグレートだった! おほほっ、御免あそばせー


― 〔お嬢さまの取扱説明書 〕 おわり ―

 ※ ブラックカードとは、アメリカン・エクスプレスが発行するセンチュリオン・カードです。
   これはプラチナの上に君臨する一枚で、通称ブラックカードと呼ばれています。
   なんと年会費が350,000円という驚異の金額、利用限度額無制限、
   専任コンシェルジュ付きで貴族のようなサービスが受けられます。
   まさにセレブのためのブラックカード!!






創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-27 20:14 | 現代小説

   第六章 計画

 まだ夜が明け切らない時刻に、父の慎一が帰ってきた。
 たぶん、どこかで酔い潰れていたのだろう。父は徹に脅迫状を書くように命じた、具体的な人質と金銭の受け渡し方法である。
 長い文章だったが、父のしゃべる言葉をそのまま聴いてノートに書き写していく。

 ……計画はこうだ。
 今夜九時に駅構内のコインロッカーに三千万円の入った鞄を預けること。
 その後、公園の電話ボックスの電話帳の間にコインロッカーの鍵をはさんで、その場から立ち去ること。
 その鍵でコインロッカーを開け、鞄の現金を確認したらコインロッカーの中に人質の居場所を書いた紙を入れて置く。
 もし警察に連絡したり怪しい行動を取ったら、娘の命はないと思え!

「娘の命はないと思えって……?」
 最後の言葉に驚いて徹は訊き返した。
「まさか、父ちゃん! その子をやっちゃうんじゃないだろうな?」
 真剣な顔で父に問う。
「人殺しなんかしねぇーよ、金さえ貰えればいいんだ、娘は殺さない……」
 殺すという言葉に徹は背中に冷たいものを感じた。
 嫌だ! 可奈子は死なせない! 絶対に俺が守ってやる! 心の中で叫んだ。
「そんな度胸は俺にはないさ……」
 今日は珍しく素面の慎一だった、酒さえ飲まなければ父はいたって小心者なのだ。

 今夜の計画実行まで姿を消すので、逃げないように娘をちゃんと見張っておけと徹に言い残して父は姿をくらました。早朝、徹は命じられたように佐伯家に二通目の脅迫状を届けに行った。
 ポストに手紙を投げ込み、塀の隙間から中をうかがった。きっと、この家の中では誘拐された娘を心配して、一睡もしないで朝を迎えた両親がいるんだろうなあ?
 父のやったこととはいえ、徹は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。犬小屋に入れられているのか? 二匹の番犬に、今朝は吠えられなかった。
 この静けさが、みょうには不気味なんだと……徹には思えてきた。

 その足でコンビニへ寄った。
 珍しいことに、わずかだが父がお金を置いていってくれたのだ。食料品とお菓子を買う、可奈子が喜びそうだとチョコレートも買った。
 急いで廃屋に帰り、押入れに隠していた可奈子を出してやる。人質の可奈子は手と足をヒモで縛って、口にガムテープをして押入れに隠して置くようにと、父から厳しく言われていたのだ。
「ごめん……痛くなかったか?」
 ヒモをほどきながら徹は謝った、本当はこんな手荒なことはしたくない。
「ううん……」
 自分で口のガムテープをピリピリ剥がしながら、可奈子が返事する。
「腹減っただろう? 飯作るから……」
 昨日、誘拐されてから可奈子は食事を与えられていない。
「それまで、これ食べてなよ」
 買ってきたチョコレートを可奈子に手渡した。
「ありがとう! 可奈子チョコレート大好きなの!」
 美味しそうにチョコレートをほおばった。
 そんな可奈子を見て、絶対に無事に家に帰してやるからと、徹は心の中で強く誓った。


   第七章 願い

 カセットボンベでお湯を沸かし、カップ麺を作って可奈子とふたりで食べた。
 カップ麺を食べるのは、生まれて初めてだという可奈子は、「美味しい、美味しい」と喜んで食べていた。誘拐されて人質になっているくせに、のん気な可奈子が徹には不思議でならない。
 たぶん、この子は苦しんだり悲しんだり絶望することなく育ってきたのだろう。
 だから、本当に怖いということをまだ知らない。俺らとはまったく違う世界の人間なんだ、可奈子は温室育ちの花だから――。

「ねぇ、トオルくんは神様を信じる?」
 ふいに可奈子が そんなことを訊いてきた。
「信じない!」
 即座に徹はそう答えた。
「どうして?」
 悲しそうな瞳で可奈子が問う。
「だって……神様なんか見たことないし、俺は助けて貰ったことない」
「そうなの? でもね、気づいていないだけで神様はちゃんとトオルくんのことを見てるのよ」
「んなことあるか! だったら、どうして母ちゃんと妹に会わせてくれないんだ。神様は俺にだけイジワルだ!」
「……たぶん、それは神様が与えた試練なのよ」
「しれん? 試練ってなんだよ。やっぱりイジメじゃんか」
 やり場のない怒りを徹は可奈子にぶつけた。
 今こうして、誘拐されている可奈子の方がよっぽど厳しい試練だと気づきもしないで……。

 今夜九時に駅の構内で待っているように父に言われている。首尾よく身代金を受け取ったら、その足で逃げる手筈だ。
「俺、もう行かないといけないから……」
 父に言われた通り、可奈子の手をヒモで縛りながら言う。
「もうすぐ、可奈子のお父さんとお母さんが迎えにくるから……」
「…………」
「もう少しだけ我慢してくれよ」
「うん……」
 悲しい顔で可奈子が頷く、徹にされるがままに大人しく従っている。
 足も縛ろうとヒモをかけたが……もしも、何かあったら可奈子が自力で逃げ出せるように足をホモで縛るのは止めておいた。
「可奈子、ごめんな……」
 最後に口をガムテープで塞いだ。
 今にも泣き出しそうに、何度も目を瞬いていた。そんな可奈子の顔を見るのが切なくて……。徹は目を逸らした。

 ふと、ダンボールに並べた四つ葉のクローバーに目をやった。それは放課後、徹が原っぱで見つけた四つ葉のクローバーである。
「これを……」
 そのひとつを摘んで可奈子に見せた。
「四つ葉のクローバーに願いをかけると叶うんだ。」
 徹はじっと目を閉じて、心の中で願い事を唱えた。
 神様は信じないと自分でいっておきながら、やはり何かに縋らないと不安でしかたなかった。
「可奈子が無事に家に帰れるように願いをかけたから、絶対に大丈夫!」
 紙に包んで可奈子の服のポケットに入れた。押入れを閉めるとき、濡れた瞳で徹をじっと見つめていた。

「さよなら、可奈子」
 今日で可奈子は家に帰れるんだ、良かったと思う反面、もう一生、可奈子と会うことは無いだろうという寂しさが、徹の胸を震えさせた。
 普通なら出会うこともない、徹と可奈子だが……誘拐された少女と犯人の子供いう、稀有の運命がふたりを引き合せた。
 そして、ふたりの心にはいつしか“強い絆”が生まれていた。


   第八章 火事

 駅の構内で徹は父を待っていた。
「父ちゃんどうしたんだ……」
 九時はとっくに過ぎているのに、慎一はいつまで経っても姿を現さない。
「計画失敗したんだろうか?」
 不安で徹は落ち着かない、それよりも心配なのが可奈子のことである。
 無事に両親の元に帰れたのだろうか? 心配で居ても立ってもいられなくて……。徹は可奈子の様子を見るために、こっそり廃屋に帰ることにした。

 廃屋の周りの有刺鉄線を抜けて敷地に入ると、なぜか人の気配がしていた。
「あれれ、父ちゃんが帰ってきてるんか?」
 割れた窓ガラスから中に入ると、つんと鼻を刺す臭いがする。
「なんだ、このニオイは……?」
 部屋に入ると父がペットボトルに入った液体を部屋中に撒いていた。つんと鼻を刺すようなその異臭は、まぎれもなくガソリンの臭いだった。
「父ちゃん、なにやってるんだ!」
 驚いて、徹は大声で叫んだ!

「徹、失敗だ! サツの手がまわった!」
「このままじゃあ、父ちゃん捕まっちまう!」
「ちくしょう、ちくしょう! なにやっても上手くいかねぇー!」
 血迷った父は大声で叫びながら、部屋中にガソリンを撒いている。しかも酔って泥酔状態である。心の弱い父は事が上手くいかないと、すぐにお酒に走る人間なのだ。

 電話ボックスにコインロッカーの鍵を取りに行った父は、遠くから電話ボックスの様子を覗う男たちの姿を見てしまい勘で警察だと思った、それで怖くなって鍵も取らずに逃げ帰ったらしい。
 そして証拠を消すために廃屋を燃やそうとしている。
「徹、全部燃やして俺らは逃げるんだ!」
 そういうとダンボールの上に灯したロウソクを取ろうとした。
「父ちゃん! あの子はどうするだ?」
 押入れを開けると、そこには恐怖で引きつった可奈子がいた。

「その娘は俺らの顔を見てる! もう殺すしかねぇー」
 その言葉に驚愕し、愕然となり、徹は言葉を失った……。まさか父が可奈子を殺そうと考えてるなんて……信じられない。
 あのとき、娘は殺さないって言ったくせに、父ちゃんの嘘つき!
「その娘ごと全部焼いちまうんだ!」
「可奈子は殺さないって言ったじゃないかっ!」
 ろうそくを持った父を止めようと徹は必死だった。
「父ちゃんの嘘つき! ダメだ! 絶対にダメだぁー!」
 しばらく、父と揉みあったが殴られて弾き飛ばされた。父は押入れから可奈子を引きずり出すと、ガソリンを掛けようした。片手には火のついたロウソクを握っている。
 その光景を見た瞬間、徹の頭は真っ白になった!
「可奈子が殺される!」
 徹は満身の力を込めて、父に体当たりをした。
「やめろー!!」
 その勢いにもんどり打って父は壁に激突して倒れた。その時、手に持っていたガソリンが着衣にかかり、ロウソクの火が引火して、あっという間に、父は炎に包まれた!
「父ちゃん!」
 徹は絶叫した! しかし炎が激しくどうすることも出来ない。
 やがて、火は部屋中に燃え広がった。早く逃げないと火に巻かれて焼け死んでしまう、とっさにやかんの水を可奈子にぶっかけ、腕を掴んで必死で徹は逃げた!
《あの時、足を縛らなくて良かった……》
 振り返った時、炎の中で火ダルマになった父が、断末魔の叫び声をあげながら、徹たちを追いかけてくるように見えた。
 ――その光景はずっとずっと後まで、悪夢となって追いかけてきた。
 火の中を掻い潜り、可奈子とふたり外へ逃げ出した……。

 力尽きて気を失う瞬間、徹は誰かの声を聞いたように思った。薄れいく意識の中で誰かが必死で自分の名前を呼んでいた。
 あれは可奈子の声だったのかもしれない……。
「可奈子……」
 徹は気を失った……。


   第九章 家族

 永い眠りから覚めるように、ゆっくりと徹は意識を取り戻した。
 気がつくと病院のベッドに寝かされていた、足と手の甲に火傷を負っていた。あの火の勢いで命が助かっただけでも奇跡だった。
 ベッドの側には母と妹がいた、あれほど会いたかった徹の家族だ。

 母の郁恵は徹の無事を喜び、家に置いて出たことを泣きながら何度も何度も謝っていた。家出をしていた母は、お店のお客さんだった会社の社長の紹介で、運送会社の社員寮で住み込みの賄いの仕事をしていた。
 ひと部屋もらって住まわせて貰っていたが、とても子供二人も連れていけなくて、幼い妹の亜矢だけ連れていったのである。
 時々、母は徹の様子を見に来ていたらしい、遠くから下校する徹を見て泣いていたとハンカチで目頭を拭いながらいう。原っぱで、ひとり四つ葉のクローバー探す徹の姿を見て知っていた。

 母ちゃんから完全に捨てられたわけじゃないんだ、徹の目から涙が溢れた。
 もうちょっとしたら生活も落ち着くし、そしたら徹を迎えに行こうと思っていた、矢先のこの事件だった。
 母は夫慎一の暴力に怯えていたので、亡くなって少し安堵しているように思えた。
「母ちゃん……あの女の子はどうなった?」
 恐る恐る徹は母に訊いた……。
 女の子はケガもなく無事に助けられたよと母が答えた。それを聞いて徹は安心して、ふたたび深い眠りへ落ちていった――。

 徹の手足の火傷も癒えて、やっと退院することになった。
 手の甲には醜い火傷の跡が残ったが、それよりも心にもっと深い傷跡を残した。実の父を不可抗力とはいえ焼死させてしまった罪悪感は重く、とても拭いきれない。
 あの時、必死で廃屋から逃げ出し意識を失ったが……すでに警察の手が回っていて、すぐにふたりは発見保護された。
 可奈子の誘拐に使った軽のミニバンに工務店の社名が入っていて、誘拐されたと思われる場所(可奈子の靴が片方だけ落ちていた)から、急発進する不審なミニバンを目撃した人が多くいた。元々白昼の拉致は人目につきやすいものだ。
 結局、工務店の社名から簡単に足がつき、父の慎一はすでに警察にマークされていたのだ。廃屋の周辺は機動隊が包囲し、いつ突入するか様子を覗っている状態だった。
 その矢先の出火に警察も顔面蒼白になったという。

 徹の入院費用とお見舞金を佐伯病院の院長が出してくれた。
 その額は見舞金にしてはあまりに多すぎる金額だった。娘の可奈子を命がけで助けてくれた、徹に対する感謝の気持ちもあるだろう。
 しかし、その金額には口止め料もたしかに含まれているように思えた。
 父の起こした事件は闇に葬られた、新聞に片隅に小さく……。
〔廃屋から不審火、焼け跡から住所不明の男性の遺体発見〕とだけ載った。
 たぶん、佐伯院長が誘拐事件を表沙汰にすることを怖れて、いろんなところに手を回して揉み消したのだろうか? 娘の可奈子が無事に戻ってきて、犯人が死んだ今となっては……この事件が世間にしれて、大事なひとり娘が人々から好奇の目で見られることに耐えられなかったのだろう。

 金持ちは守るものがいっぱいあって大変だなぁー、プライド、名誉、世間体……。
 それに比べて、貧乏人には何も守るものがないから、いつだって捨て身でいられる。金持ちがホントに怖いのは、俺ら貧乏人なのかもしれないと徹は思った。

 佐伯院長に貰ったお金で、徹たち親子はこの町を離れた。
 他所でアパートを借り家族三人で慎ましく暮らし始めた、あの酒乱の父のいない平和な生活だった。
 時々、可奈子のことを思い出しては、甘酸っぱい想いに胸がキュンとするが、幸せに暮らしていればいいなぁー、それだけを徹は願っていた。
 おそらく一生会うこともない、可奈子だと思っていたのに……。


   終章 感謝

 ふたりは長い間、見つめ合ったまま黙っていた。お互いにあの事件のことを思い出していたのだろう。
「可奈子……どうして?」
 長い沈黙の後、やっとそれだけ徹は言えた。
「トオルくん に言って置きたいことがあるの」
「…………」
「大人になったら会いに来ようと、ずっと思っていた」
 そういって強い瞳で徹を見つめた。
「……あれから可奈子はどうしていたんだ?」
 可奈子の視線に照れて、徹は話をそらしてしまった。

 あの事件の後、誘拐で受けた心の傷(トラウマ)を心配して両親は、可奈子をアメリカに留学させた。カレッジ卒業まであっちで過ごしたらしい。
 だけど、本当は日本に帰りたかったの……肩を竦めてそう可奈子が言う。
「だって日本には会いたい人がいるから……」
 黒く大きな瞳の視線は徹を捕えた。
「可奈子、トオルくん にずっと感謝して生きてきたんだよ!」
「えっ?」
 なんで可奈子が俺なんかに……。
「可奈子が今、こうして生きていられるのはトオルくんのお陰だから……」
「…………」
「あの時、命懸けで助けてくれたトオルくん に感謝している!」
 可奈子の瞳から大粒の涙がポロポロ零れた。

 徹は自分のことを父親殺しの咎人だと思って、ずっと自分を責めて生きてきた。
 あの事件のことを刑事に訊かれたとき、徹は父が自分でガソリンをかぶって火を付けたと咄嗟に嘘をついた。
 これ以上、母を悲しませたくなかったからだ。
 廃屋の火事は、父の慎一が事件の発覚を怖れて自分で火を付け焼身自殺を図る、警察で結論に至った。なぜか、可奈子も警察に同じことを答えたようだった……。
 そして、あの誘拐事件は闇に葬られた。

 徹くん に感謝している。
 可奈子のその言葉に、心臓に刺さった氷の棘が溶けていくようだった。
 まるで神に赦されたように、その言葉は心に響いた。今まで苦しんで苦しんで……生きてきた徹にとって、その言葉は魂の救済だった。
 可奈子は俺に感謝してくれていたんだ! 父親殺しのこの俺に?
 ――気づけば、徹も泣いていた。
 どんなに苦しいときでも、絶対に泣かなかった徹が子供のように泣いていた……。

「トオルくん、苦しんで生きてきたのね?」
「…………」
「いろいろ調べたから知ってるのよ」
「う……うん。」
 泣いてる自分に気づいて徹は慌てて手の甲で涙を拭った、すると可奈子が、その手をそっと掴んだ。
「その傷は、あの時の傷なのね……トオルくん、ありがとう!」
 可奈子は火傷の傷跡に優しくキスをした。
「トオルくん に貰った四つ葉のクローバーに、わたし、トオルくん に会いたいってお願いしたの」
 恥ずかしそうに微笑んだ可奈子は、無邪気で可愛いかった。

 可奈子がこんなに自分を想っていてくれたことが、徹には不思議だった。
 だが、自分もまた可奈子をずっと想っていた。いつも、徹の心の中には可奈子が住んでいた。あの時、芽生えたふたりの絆は十年たった今も変わることなく、ふたりの心に固く結ばれていたのだ。
「あの時、トオルくん に助けて貰った命で、今度は可奈子がトオルくんを助けるから!」
「……可奈子」
「もうひとりで苦しまないで……」
 徹の掌を握っていた可奈子の手を、強く握り返した。

 涙で濡れた頬を早春の風が撫でていく、やがてそれは喜びの涙に変わる。
 初めて生きていることを感謝した、何があっても可奈子とはもう離れない! ふたりは見つめ合ったまま、時の立つのを忘れていた。

「俺も、ずっと可奈子に会いたかった!」

 あのとき、可奈子が無事に両親の元に帰れるようにと、四つ葉のクローバーに願った徹だったが、実はもうひとつ、いつかまた可奈子に会いたいという願いをかけていた。
 希有の運命で巡り合った少年と少女は、十年という長い時を経て、再び、お互いの姿を瞳で捕えた。
 もう、切れることのない“絆”でふたりは結ばれている。

 ――四つ葉のクローバーの願いが叶ったんだね。


― 完 ―





創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-26 13:51 | 現代小説

    
   第一章 再会

 自転車で片道二十五分、いつも通いなれた平川徹(ひらかわ とおる)の通勤時間だ。
 夜勤明けの朝、冷たい早春の風に吹かれながらペダルを漕ぐ、仕事で疲れた身体には、朝の日差しが眩しくて思わず目を細めてしまう。
 平川徹(ひらかわ とおる)は小さな町工場で働いている。
 この不況で人手を減らした分、徹たち残った従業員に仕事の負担がかかる。残業をしても生産が間に合わず、削減した人数の分の夜勤が回ってきた。高校にも入っていない低学歴の徹には、サービス業か肉体労働のほか仕事がない。安い給料できつい仕事だけど、それでも仕事があるだけ有難いと思っている。
 家が貧しく家計を助けるために、中学生の頃からずっとアルバイトをやってきた。一生懸命に働き続けたら、きっとそのうち暮らしが楽になるかもしれないと、そんな根拠のない希望を抱いて、日々を生きてきたのだ。
 徹は誰にもいえない秘密を抱えていた。
 過去に大罪を犯した咎人だから、文句など言ってはいけない身だと、いつも自分自身に言い聞かせている。今でも悪夢にうなされる恐怖の残像、決して消し去ることのできない罪の記憶だった。
 死ぬまでこの罪を償う、贖罪することで生きている理由を見出そうとしている。

 去年の春に、母が病気で亡くなった。
 元々母子家庭だったので、高校生の妹の亜矢と今はふたり暮らしだ。家に帰ったら、妹を起こして、朝ごはん食べさせてから学校に送り出さなければ、そんなことをぼんやり考えながら、自転車のペダルを漕いでいた。
 四つ角を曲がったら、徹の住んでいる古いアパートが見える。
 あれ、白い人影が自分の部屋の前に立っている。誰だろう? こんな朝早くに……。誰かこのアパートの住人を待っているのか? それとも、うちの妹の友人だろうか?
 ほどなく自転車はアパートに到着、白い人影は白いコートを着た女性だった。
 サドルから降りると自転車を押して自分の部屋の前に近づく、その女はじっと徹の方を見つめていた。軽く会釈をして、徹は自分の部屋の前に自転車を止めた。

 その人は美しい女性だった。
 歳はたぶん自分と同じくらいか、二十歳前後に見える。黒く長いストレートヘアーで、肌が抜けるように白く、黒目の大きな愛らしい顔だった。
 服装も派手ではなく、仕立ての良さそうな白いコートを上品に羽織っている。おおよそ、この界隈で見かける奴らとは人種が違っているように思える。

 徹は部屋を開けようと、ジャンバーのポケットに手を突っ込んで鍵を探っていたら、なぜか、その人は徹の真後ろに立ってじっと見ている。そして……、
「トオルくんですか……?」
 小さな声で囁くように訊いた。
「えっ! 俺、徹だけど……あんた誰?」
 鍵を開けながら驚いて振り向いた。
「これ覚えていますか?」
 そう言って、手に持っていた紙を開いて中身を見せた。

 それは、四つ葉のクローバーの押し花だった。
 干乾びて茶色く変色していたが、葉っぱが四枚ある四つ葉のクローバー。
 「可奈子(かなこ)……」
 驚きで徹は目を見開いた。
 その四つ葉のクローバーは、十年前に徹が可奈子にあげたものだった。同時に、徹の脳裏にはあの事件の記憶が甦ろうとしていた。
 切なく甘い記憶と凄惨な記憶が交互にフラッシュバックする。十年たった今も、夢でうなされるあの怖ろしい事件が……。

 ――思いがけない、可奈子との再会に、驚愕して徹は立ち竦んだ。


   第二章 貧困

 十年前、小学校五年生の徹は父とふたり暮らしだった。
 父の平川慎一(ひらかわ しんいち)は土木作業員で貧しい、その日暮らしの生活を送っていた。親子は住む所にも追われ、町外れの廃屋に勝手に住まい雨露をしのぐ生活であった。
 ガス・水道・電気は無く、水は近所の公園の水道から汲んできて、やかんや鍋に溜めて置き、カセットボンベでお湯を沸かし煮炊きをしていた。夜になると明かりはロウソクだけだった。

 その半年前、父の慎一は工事現場の足場から転落した。
 脚を複雑骨折し、後遺症で歩行が少し不自由になり、そのせいで脚が痛いと仕事をサボるようになった。
 そして朝から酒を飲んでは管を巻いていた。
 母の芳恵(よしえ)は働かない夫と、二人の子供を養うために水商売に出ていた。仕事で酔って深夜に帰宅する芳恵に、父は何が気に入らないのか……。
「このアバズレ!」
「淫売!」
 汚い言葉で罵っては暴力を振るっていた。
 元はと言えば、飲んだくれて働かない自分が悪いのに……仕事で男性客相手にお酒を飲んで帰る妻に嫉妬して暴力を振る、父はそんな男だった。毎夜、徹は母の悲鳴と父の怒号を子守唄に眠った。

 徹の両親は共に天涯孤独な境遇同士だった。
 父の慎一は幼い頃に両親が別れて、親戚中をたらい回しにされ養い親に虐待されて育った。
 子供の頃、寒の師走に養父に家から閉め出され、軒下で凍死寸前だったのを近所の人に発見され助けられたと父は徹に話したことがあった。
 悲惨な子供時代を送った父はイビツな人間に育ってしまった。義務教育終了を待たず、家を飛び出し、放浪しながら大人になった。

 母の郁恵は生まれたときから、両親の顔も知らず養護施設で育った娘である。
 そんな寂しい境遇のふたりが、家族欄団に憧れ家庭を持ったはずなのに……。生活苦から憎み合うことしかできず、そして子供の頃に虐待を受けた父は妻や子供を殴ることで、うさを晴らそうとする。
 弱いものが、弱いものを虐める『負』の連鎖は止まらない――。

「銭湯に行ってくる」
 ある日、母は五歳の妹の亜矢(あや)を連れてと家を出たまま帰って来なかった。
 夜になっても帰って来ないふたりを心配して徹は銭湯まで迎えにいった、暖簾を片付けに出てきた銭湯の主人に母と妹は来てないかと訊ねたら、今日は来てないと言われた。
 慌てて家に帰って箪笥の中を調べたら、母と妹の身の回り物がごっそりなくなっていた。母は妹を連れて家出したのだと、その時になって徹にも分かった。
 そして自分は母に捨てられたのだと――徹は悟った。
 その日から父の酒の量が前にもまして増えた、酔っ払って徹にも暴力を振るった。母がいなくなってアパートの家賃が払えず滞納して、ついに大家から追い出され親子で町外れの廃屋に住まうことになったのである。


   第三章 廃屋

 有刺鉄線を抜けて廃屋の中に入っていく、今はここが徹にとって我が家だった。
 住む人も無く何十年も打ち捨てられた古屋は傾き床は抜け、伸びきった雑草に覆われ外からは容易に見えない。立ち入り禁止の札と回りには有刺鉄線で張り巡らしていた。
 この近所の子供たちは、ここを『お化け屋敷』と呼んで、誰ひとり近づかない。
 まさか、こんな所に人が住んでいるとは誰が想像できよう。
 割れた窓ガラスを開けて中に入る。一番手前の部屋を片付けて、なんとか寝起き出来るようにした、こんなあばら家でも野宿するよりは、ずっとマシなのだから――。

 小学校五年生の徹は給食を食べるために学校へ通っている。顔に生傷を作って登校する徹に、若い担任教師はいつも、
「おい、大丈夫か?」
 心配げな顔で訊ねたが……。
「大丈夫です!」
 何を訊かれても徹は、そうとしか答えなかった。
人に同情されたくなかったし、こんな状況を知られることが死ぬほど嫌だった。
 クラスメイトも徹の家庭のことは、薄々気づいているが……大人しいけど怒らせると何を仕出かすか分からない徹を、内心怖れているようだ。
 虐められなかったけれど、誰もが遠巻きに見ているだけで助けてはくれない。家庭でも学校でも、徹はいつもひとりぼっちだった。そこに居場所なんかなかった――。

 早く帰ると飲んだくれて機嫌の悪い父親に殴られるので、出来るだけ家に帰らないようにしていた。いつも酔い潰れて寝込んだ頃合いを見計らって、こっそり廃屋に戻った。
 家に帰るまで徹は、知り合いの自転車屋のお爺さんの手伝いをして食べ物やわずかなお駄賃を貰っていた。他にもお弁当屋の奥さんが同情して、ときどき売れ残りの弁当やおにぎりを分けてくれる。お礼に店の片づけや溝掃除などを手伝った。

 それでも時間がつぶし切れない時は、原っぱで四つ葉のクローバーを探した。
 徹が幼いとき、母が原っぱで見つけて「四つ葉のクローバーに願い事をすると、きっと叶って幸せになれるんだよ」と言ったから、母の言葉を信じて、徹は四つ葉のクローバーを探していた。
「母ちゃんと妹の亜矢に会えますように!」
「一緒に暮らせるように!」
「父ちゃんが殴らないように……」
 そう願って徹は四つ葉のクローバーを探し続けた。
 今の徹にとって《ふたたび家族で暮らせる》その願いだけが生きる希望だった。早く大人になって、絶対に母ちゃんと亜矢を探すんだ!
 どんなに辛くても涙ひとつ見せない徹だったが、原っぱでひとり四つ葉のクローバーを探しながら、気がつけば涙が頬を伝っていた。

 日が暮れて廃屋に帰ると、いつものように酔っ払った父が、珍しく徹に話しかけてきた。
「なあ、徹……なんで父ちゃんは何をやっても上手くいかないんだろう?」
 徹は返答に困って黙っていた。
「生まれた時から貧乏で、親もなくて……おまけに、ケガで脚は悪くなるし、母ちゃんは出て行くし、アパートも追い出される……」
 愚痴りながら焼酎を煽る父だった。
「良いことなんか何もない、これも貧乏が悪いんだ!」
 そう言って拳で床を叩いた。
「おまえ駅前にある佐伯病院(さえきびょういん)って知ってるか? 新築のでっかい病院だ」
「……うん、知ってる」
 そう訊かれて、駅前に最近新築された立派な病院を頭に思い浮かべていた。
「父ちゃん、工事であの病院にいってたけど、隣に院長先生の自宅があるんだが……」
 父が何を言いたいのか徹には分からなかった。
「でっかい家で駐車場にはなぁー、ベンツやら外車が三台も止まってやがる! ちくしょう! 金持ちばかり良い思いしてやがる。なあ、徹、世の中は不公平だと思わないか?」
「うん……」
 どう答えて良いか分からない、答えが気に入らないと父に殴られる。
「徹……俺ら貧乏人があんな金持ちから、ほんの少しお金を貰っても悪くないだろ?」
 父の目は異様な光を放っていた。
「真面目にやってもダメなんだ! 一発デカイことやって、こんな生活から抜け出してやる!」
 そう叫んで、父は焼酎を一気に煽り、コップを壁に向けて投げつけた! 
 父の慎一がそのとき、いったい何を考えていたのか、後になって徹にもよく分かった。


   第四章 誘拐

 今日は珍しく父が朝から仕事に行くと出掛けていった。
 それで安心した徹は、いつもよりも早く廃屋に帰ってきたら、どういう訳か父の慎一はもう帰っていた。驚いた徹だったが、それよりさらに驚いたのは、見知らぬ女の子が口にガムテープ、手をヒモのようなもので縛られ部屋に横たわっていたのだ。
「父ちゃん! その子は……?」
「死んじゃあいないさー、怖くて気を失っているだけだ」
 女の子を足でつつきながら父が言った。
「父ちゃん……父ちゃん……」
……徹には、この事態が飲み込めない。
「徹、その子は俺らにとっちゃあ大事な金ズルだから……」
 そこまで聞いて、少しづつ徹にも状況が分かってきた。『誘拐』その二文字が頭の中をグルグル回り始めた、まさか父ちゃんが……?
「徹、おまえが手紙書け、子供の筆跡だとバレない」
 なんて親だ! 子供に犯罪の片棒を担がせようとしている。徹は訳も分からぬまま、父の命令を聞くより仕方がなかった。

 どうやら父は、かなり以前から誘拐の計画を練っていたようなのである。
 病院の工事現場から偶然見かけた院長先生の娘、両親の愛情たっぷりに育てられた、この娘を誘拐のターゲットにしようと絞り込んでいたのだ。
 それから幾度となく、佐伯家の様子を窺っていたようで、私立小学校に通う少女の送り迎えには、いつも母親が車を運転しているようだが、週に一度、水曜日だけは母親に用事があり、少女はひとりで駅まで歩いて電車で通学している。
 その日をつきとめて、自宅からひとりで出てきた少女を無理やり車に押し込み連れ去ったのである。誘拐に使った軽のミニバンは知り合いの工務店から、こっそり拝借してきたもので、もちろん父は車の免許証など持ってはいない。

「なぁー徹、身代金はいくらがいい?」
「金持ちからガッポリ巻き上げてやろうぜ!」
「一千万……いや、あの家なら三千万くらいは出せるだろう」
 酒を飲んで上機嫌でひとりでしゃべる父だったが、自分がやっている怖ろしい犯罪を何とも思っていないのだろうか?
 父がマトモではないと徹にも分かっていたが……結局、父に命じられるままに徹は身代金要求の脅迫状を書かされた。大学ノートを破り、鉛筆書きのその脅迫状は誰が見ても、子供のイタズラ書きにしか見えない、ちゃっちいモノだった。
 父が女の子の持ち物を付ければ、ホンモノに見えると言うので、徹は気を失って横たわる少女のポケットから持ち物を探った。

 間近で見た少女は色が白くて、まつ毛の長い愛らしい顔だった。
 いかにも育ちが良さそうで、ひと目で《俺らとは全然違うなぁー》と徹にも分かった。
 ポケットから真っ白なハンカチが出てきた、それを手紙に付けることにする。ハンカチには桃色の糸で「kanako」と刺繍がしてあった。“かなこ”それが、この少女の名前だろうか?
 こんな犯罪に巻き込まれた少女が気の毒で仕方なかったが……暴力で言うことをきかす父が怖くて、とても逆らえない徹だった。

 徹は父に命じられ手紙を直接、佐伯家のポストに投函しにきた。
 病院も立派だが、院長先生の自宅も大きな屋敷だった、父に言われた通りに病院のポストではなく、自宅の方のポストに入れる。
 広い庭にはラブラドールが二匹放し飼いにされていて、徹を見て勢いよく吠えた。ビビリながらも何とか投函できたが、この家では帰って来ない娘を家族は心配しているんだろうなぁ? そして自分が書いた手紙を見て、さらに酷いショックを受けるんだろう。
 小学生の徹にだって罪の意識はある、悪いことと知りながら、父が犯した罪の片棒を担いでいる自分も犯罪者なのだろうか? 
 そんなことを考えながら、佐伯家のポストから逃げるように遠ざかった。


   第五章 暗闇

 廃屋に帰ると、少女は目を覚まして泣いていた。
 ガムテープで覆われた口から小さな嗚咽と、鼻水をすする音が聴こえる。少女はいつまでも泣き続けていた。
ついに父が怒鳴った!
「やかましい! いつまでも泣くなっ! このガキがぁー!」
 少女の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。
「父ちゃんやめろっ!」
 とっさに徹は父の腕を掴んで止めた。
「徹、てめぇー!」
 怒った父は徹の顔を二、三発、拳で殴った。その後、酒が切れてイライラした父は買ってくると外へ出ていった。

 あまりのことに少女は目を見開いてキョトンとしていた、茫然自失……。
 親になんか殴られたこともない、こんな場面を真近で見るのは、おそらく生まれて初めてだろう。きっと、この子は両親に大事に育てられているのに違いない、そう徹は思った。
 父がいないから、苦しそうなので少女のガムテープを剥がしてやった。よほど息苦しかったのか少女は大きく口を開けて深呼吸をした。
「ごめんな……」
 何を言っていいか分からず、とりあえず少女に謝った。
「あのー」
 もじもじしながら消え入りそうな声で……。
「トイレに行きたい……」
 頬を赤らめ少女はうつむいた……。
 そういえば朝からこんな状態で、ずっとおしっこも我慢していたんだ。
「逃げないって約束するなら、ヒモほどいてやるから……」
「うん、約束するから……」
 必死に尿意を堪えながら少女は頷いた。
 廃屋の周りは街灯もなく真っ暗闇だった、月だけがふたりを見ている。

 あんなお嬢様でも、やっぱしおしっこするんだなぁー、ヘンなことに感心して、クスッと徹は笑う。
 徹の住んでいる廃屋にトイレと呼べるようなものはない。父も徹も男だから周辺で適当に済ませている、大きい方は公園のトイレに行っている。まさか、可奈子を公園のトイレに連れて行く訳にはいかない。街灯もない廃屋の周辺は真っ暗闇である。懐中電灯を持ってふたりは外に出た。
「ここでしろ!」
 草むらを指差し、可奈子のヒモをほどいてやる。キツク縛られていた手首は赤く擦りむけて痛々しい、可哀相に……。
「見ないでねぇー」
「俺、見ないから……」
「でも、側に居てください……」
 心細げに可奈子が言う、この闇がよほど怖ろしいのだろう。やがて放尿する音が闇に響く。

 終わった後、手を洗いたいと言うので貴重なやかんの水をかけてやる。
 ガムテープとヒモはほどいたままだけど……父が帰るまでそのままにしておこうと徹は思った。
 おしっこを済ませて、少し落ち着いたのか可奈子はひとりでしゃべり始めた。
「わたし可奈子……」
 クルッとした瞳で徹を見た。
「佐伯可奈子(さえき かなこ)、小学五年生、聖神小学校に通っています」
 聖神小学校、名前は聞いたことがある。この近辺のお金持ちの子が通う有名私立小学校だ。そこの制服だろうか? 可奈子は濃紺のセーラー服に臙脂色のベレー帽をかぶっていた。
「俺……トオル、俺も五年生だ……」
「トオルくんも可奈子と同じ五年生なんだぁー」
 にっこりと微笑んだ、そんな可奈子がストレートに徹は可愛いと思った。

「血が……」
 徹の顔をまじまじと見て可奈子がつぶやく。さっき、父親に殴られたとき唇が切れて少し血がにじんでいた。
「こんなのへっちゃらだよ……」
 いつも殴られている徹にとって、これくらいの傷は軽い方である。
 母が水商売に出ていた頃、小さな妹の亜矢が夜になると母を恋しがってグズった。酔っ払って管を巻いていた父は、泣き止まない妹に癇癪を起こして叩こうと手をあげた。そんな時、いつも妹をかばって徹が代わりに殴られていた。
 あの時も、とっさに徹は父を止めようとしていたのだ。
 ふいに妹のことを思い出して、徹は目頭が熱くなった……。いつか貧乏から脱出したら、きっと家族でまた暮らせる日がくるんだ。

「可奈子のせいでごめんなさい……」
 少女はうっすら涙ぐんでいた。
 自分の置かれている状況よりも、父に殴られケガをした徹を心配しているのか?
「トオルくん、痛い……?」
 可奈子の指が徹の唇に触れた、瞬間、何故か心臓がドキドキした。
 こんな感情は初めてだった、女の子に触れられてこんなに胸が熱くなったことはない。人に同情されるのは死ぬほど嫌いな徹だったけれど……。
 可奈子の優しい言葉が――何故か心に浸みていくのが分かった。
 その夜、ふたりは手と手をヒモで結んで寄り添うようにして、一緒に眠った。






創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-05-25 13:49 | 現代小説

石田君と僕らの日常 ⑧

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モノクロ・セピア色の壁紙サイズ画像・写真集♪ 様よりお借りしました。http://matome.naver.jp/odai/2127553413698372401


   default.8 【 スイーツまみれの石田君 】

 スイーツといえば、こいつ。僕の友人の石田君だ。
 何しろ無類の甘党で和菓子、洋菓子、どちらも大好物なのだ。たとえば主食がおはぎ、おかずがケーキ、汁はおしる粉、デザートはプリン、そんな食事が毎日続いてもヘーキなくらいスイーツまみれの男、それが石田君だから――。
 ケーキバイキングに石田君がいく度、ツレとしていつも同行させられるのが、この僕である。
 彼の「奢ってやる」という甘言につい乗せられて付いていってしまうのだが、ケーキが並ぶテーブルを睨んでバトルする女の子たちに混じって、ケーキ争奪戦に参戦するのはさすがに男として恥かしい。
 ケーキを前に興奮した女の子たちに、肘鉄を喰らわされ、突き飛ばされしながら、やっとケーキをゲットするのだ。
 ……だが石田君がケーキを取りにいくと、なぜか女の子たちは道を開けてくれる。
 まるでモーゼのように石田君の行く手を遮らないように、人が壁となって一本の道ができている。その中を悠然と歩み、聖者の風貌でシフォンケーキに手を伸ばす石田君は神々しいほどに美しい!
 何しろ石田君は、身長185センチ、細身で眉目秀麗、ストレートの長い髪を時々鬱陶しそうに掻きあげる仕草はまさに絵になるイケメンだ。それに比べて彼より20センチも背の低い僕は童顔で時々中学生に間違われる。
 ああ悔しいが、こんなところにも見た目の偏差値があるのだ!
 ケーキを食べる手を止めて、じっと石田君に見惚れている女の子もいる。カッコイイ男子がケーキを食べている、そのギャップに彼女たちは萌えるらしい。
 もし僕だったら「甘いの好きなの? お子ちゃまね」と鼻で笑われるだけなのに……。結局、世の中はイケメン中心に動いているのか? なにをやってもイケメンは絵になるから、イケメンってことだけで特別扱いなのかっ!
  ギリギリギリ……(歯ぎしりの音)

 そんな石田君にも二つの弱点がある。
 ひとつは偏頭痛、一週間の半分は頭痛に苦しんでいる。
 雨が降りそうな天気では気圧が下がって特にひどい、あまりの激痛に嘔吐することもあるらしい。そのせいで、いっつもムスッと不機嫌な顔の石田君だが、スイーツを前にした時だけは相好を崩す。
 ある時、偏頭痛に苦しむ石田君を見兼ねて、
「その偏頭痛の原因はスイーツの食べ過ぎにあるんじゃないの?」
 質問した僕に対して、石田君は「ない」とたった二文字で切り返した。
 たとえ、偏頭痛の原因がスイーツの食べ過ぎだったとしても、彼は絶対にスイーツを食べることをやめないだろう。
「砂糖の取り過ぎで虫歯にならない?」
「俺は一本も虫歯が無い!」
 白い歯を見せてニッと笑う石田君が、イケメン過ぎて……わけもなく腹が立った!

 弱点その二、女嫌い!
 とにかく女の子には全く興味を示さない男である。
 女の子たちに声を掛けられても、見事なガン無視。キャーキャー騒がれても「うるさい! あっちに行けっ!」と身も蓋もない塩対応だ。
「どうして、そんなに女の子が嫌いなのさ?」
 僕の質問に対して、「めんどくさい」と六文字で簡単に説明した。
「それよりも、セブンの新作スイーツの方が俺には興味がある。洋梨を使ったタルトに生クリームたっぷりの……」
 訊いてもいないのに、スイーツの講釈を垂れる石田君なのだ。どうやら脳みそもスイーツまみれになってるみたい。

 そんなある日、大学構内で石田君が珍しく女の子と二人で話しているところを見てしまった。
 しかも、その女の子から風呂敷に包んだプレゼントを受け取って、あの石田君がニコニコしているではないか。
 ま、まさか!? 女嫌いの石田君を笑顔にできるなんて……いったい彼女は何者なんだ!?
 あの石田君のハートを射止める女の子がいたなんて……これはただ事ではないぞっ!
 学生食堂にいた石田君を見つけて、さっそく話しかけた。
「さっき、女の子と話してたでしょう」
「ああ」
「石田君も隅に置けないなぁー、で、好きなの?」
「うん」
 平然と答えた。
「えっ、ええーっ? どんなところが?」
「真っ白で、ぽっちゃりして、柔らかいところが……」
「白くて、ふっくらして、柔らかい? ま、まさかオッパイが!?」
 清廉潔白だと信じていた石田君が、女の子とそんな関係だったとは……ある意味、女嫌いの石田君に安堵の念を抱いていただけに、僕にとってショックだった。
 まさか女の子とあんなことや、こんなことを……やっていたなんて……女嫌いの振りをして騙された! 石田君の嘘つきめぇ~
 いきなり185センチの男から、僕の髪の毛をワシャワシャされた。
「わ、わ、なにするんだ!?」
「おまえ、なに想像してんの?」
「だから、あの女の子とエ、エッ……チ?」
 笑いながら、石田君が風呂敷包みの中身を見せた。
 そこには真っ白でぽっちゃりした柔らかそうな大福もちがギッシリ詰まっていた。
「あの子は和菓子屋の娘で頼んでいた大福もちを受け取っただけ」
 あははっ……やっぱり、そういうことか。
 女嫌いの石田君がスイーツ以外に興味を示す筈がない……か。うんうん、それなら納得だよ。ああ、僕の思い描く石田像がブレなくて安心した。
「おまえがいるのに、女の子なんか相手にするもんか」
 「なにそれ? その言動怖いんですが!?」
 僕はBLなんか興味ないから! ノーマルヒューマンだからっ!!
「まあ、大福でも食え!」
 呆れた僕の口に大福もちが押し込まれた。
 じんわりと餡子の甘さが口の中に広がる、ホッとするこの美味しさ! なんだかスイーツな気分になった。
 結局のところ、石田君のハートを射止めたのは、この大福もちだった。




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   創作小説・詩
by utakatarennka | 2017-05-06 20:56 | 現代小説

かんどう脳 ⑪

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言葉が胸を打つ! あなたの脳が震えだす!!


   第五話 《 虐待 》悲しいオモチャ ③

 【 その三 虐待で喪われた命の詩 】

小さな命が
 神様に召されてしまった
まだ幼い 小さな女の子は
誰に看取られることなく
ベランダの隅っこで
その苦しい生涯を閉じてしまった

寒い 寒い 三月のことだった
 凍てついた月だけが 少女を見てた
もっと 生きていたかったのに……

小さな命が
虐待で奪われてしまった
少女は 毎日毎日……
 理由もなく親に殴られていた
食事も与えて貰えなかった
泣いても 許してくれない暴力!

助けて! 助けて! 助けて!
少女は叫び続けていたのに
みんな気づかない振りをしていた

ついに……
少女は力尽きてしまった
あの日 泣きながら死んでいった
誰に 助けを求めれば良かったの?
なぜ 誰も助けられなかったの?

ごめんね……
かわいそうな少女よ
その清らかな魂は天国に昇って
子どもが虐待されない社会がくるように
みんなを見守っていてね


         ― イジメや虐待のない社会を願って ―



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創作小説・詩
 
by utakatarennka | 2017-03-05 16:21 | 現代小説

かんどう脳 ⑩

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言葉が胸を打つ! あなたの脳が震えだす!!


   第五話 《 虐待 》悲しいオモチャ ②

 【 その二 虐待された子 】

場所:肌寒い三月のアパートのベランダ

お腹がすいたー。
もう……何日もご飯食べてない。
前は一日に一回はパンとジュースくれてたのに……。
母さんが……くれなくなった。
ここのまま、あたし死ぬのかなぁー。

まだ、三月だから……ベランダは寒いよ。
こんな毛布一枚じゃあ、凍えてしまう。
寒いよぉー寒いよぉー。

どうして、あたしだけ、お部屋の中に入れて貰えないの?
中からテレビの音や笑い声、食器がガチャガチャ……と、
みんなでご飯を食べてる音がするのに……。
あたしだけ中に入れて貰えない。
なんで……?

痛い、痛い!
新しいお父さんに殴られた、身体中が痛い!
なにも悪いことしてないのに、どうして、あたしばっかり殴るの?
あたしが母さんの『連れ子』だから、可愛くないから殴るの?
母さんも側で見てるくせに、どうしておとうさんを止めてくれないの?
もう……あたしのこと可愛くないから?

なんでこんなことになったんだろう?
去年、お父さんとお母さんが大ケンカして、
離婚しちゃったんだ。
お姉ちゃんはお父さんと家に残って、
あたしはお母さんに引き取られて家から出ていった。
四人家族がバラバラになって、もうお姉ちゃんとも会えなくなった。

ふたりで家を出て……。
お母さんは、すぐに今のお父さんと一緒に暮らし始めた。
新しいお父さんも最初だけは優しかったけど……。
お父さんの連れ子も一緒に暮らすようになってから、
あたしばっかり怒るようになった。

お母さんは、そんなお父さんを腫れものに触るように、
ビクビクしながら……見てるだけで何も言わない。
お父さんに命じられるまま、あたしにご飯も食べさせない。
連れ子の男の子には、お菓子やオモチャを買ってご機嫌取ってるくせに。
もう……あたしはお母さんの子どもと違うの?
ただの邪魔者なの?

本当のお父さんやお姉ちゃんは、
どうしてるんだろう?
ずっと前、家族旅行で東京ディズニーランドに、
行った時は楽しかったなぁー。
アトラクション観たり、乗り物にのったり、レストランで食事したり、
お土産いっぱい買ったり……。
みんなで楽しかったのに、あんなに楽しかったのに!
本当の家族だから……幸せだったんだ。

今は毎日毎日、新しいお父さんに殴られてる。
どんなに泣いて頼んでも許してくれない!
「屑」とか、「死ね!」とか怒鳴りながら、
棒で叩いたり、足で蹴ったりする。
痛くて気を失ったら……べランダに放り出される。
もう……限界だよ……あたし……。

……どうして、誰も助けてくれないの?
学校の先生にも言ったんだ「新しいお父さんに殴られた」って、
お友だちにも「お父さんが怖い!」って泣いたのに……。
みんな遠巻きに見ているだけで知らん顔してる。
誰も……誰も……助けてくれない!

逆に、お父さんに、
「殴られたって、言ってますが本当ですか?」
先生が訊きにきたから……お父さんを怒らせてしまって、
学校にも行かせて貰えなくなったし、
前より、もっともっと酷く殴られるようになった!

大人の言い分ばかり信じて……。
子どもの叫び声なんて、誰も聴いてないんだ。
大人たちは子どもを守ってくれないの?
あたし、誰に、誰に助けを求めたら良かったんだろう?

もうイヤだ! 楽になりたい!
毎日毎日、殴られるのはイヤだぁ―――!!

苦しいよぉー、苦しいよぉー。
身体中痛くて……苦しいよ……。
誰か助けにきてください。
お父さん、お姉ちゃん、先生、お友だち……。
誰か、誰か……お願いだから気づいてよ。

こんなところでひとりぼっちで死ぬのは、
……寂しいよ。
お母さん……お母さん……お母さん……。

……助けてよ。
あたし良い子になるから……。
お母さん、助けて………………よ。


………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………。


あぁ!あたしの身体から……魂が抜けていく――。
もう苦しくないよ!
お腹も空いてないし、身体中が痛くないもん。

ベランダで死んでいる。
痩せて、身体中が痣だらけのあたしが……。
悲しそうな顔であたしが死んでいる!

……お部屋の中ではお母さんたちが、
テレビ見ながら、おやつ食べてる。
あたしの存在なんか忘れちゃってるのかなぁー?

あぁー、お月さまがとってもきれいだ。
まだ、あたしがちっちゃい頃に、
お母さんに抱っこされて見た、
あの月さまにも手が届くかなぁー?

今度、生まれ変わったら……。
あたし、お花になりたい。

みんなに「きれいだね」って褒められて
そして枯れちゃうんだ。
短くてもいいから、ちゃんと愛されたい。


それでいいんだ。 それがいいんだ!


完。



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創作小説・詩
             
by utakatarennka | 2017-03-04 15:55 | 現代小説

かんどう脳 ⑨

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言葉が胸を打つ! あなたの脳が震えだす!!


   第五話 《 虐待 》悲しいオモチャ ①

場所:警察の取り調べ室、若い娘と初老の刑事

 【 その一 虐待した親 】

ええーっ! 刑事さん、いぢめてないよ。
虐待。なによ、それ? ネグレクト……意味わかんなーい。

ふぅーん、育児放棄って意味なん? ちゃんと食べさせてたよ。
モモカはポッキーチョコとプッチンプリンが好きだから毎日あげてた。
栄養? だってぇ~子どもは野菜とか好きくないじゃん。
無理やり食べさせたら可哀相だしぃー。

てっ、なんで? うちがこんなとこに連れてこられんとアカンのん!
刑事さん、あれは……うちのせいと違うし、うちとモモカは仲良し親子やった。
写メもいっぱい撮ったよ、見たい?
 ねぇー、刑事さん、うちのスマホ返してよ。
友達にLINE返されへんやん。 超ムカつくわ!

うちの歳? こないだ19になったんよ。
モモカは2歳で、うちが高二の時にできてん。父親……?
 さぁー誰か分からへん。
みんなでシンナーでラリっててやってできた子やもん。
最初はうち妊娠に気づかなくて……
生理止まっちゃうし、おっぱいが張ってくるし、
ヘンやなぁーって思ってたんよ。

なんで誰かに相談しなかったかって?
だってぇー、親にバレたら叱られるもん、ヤダヤダ―――!!
だけど段々お腹が大きくなってきて制服のスカートが入らないから、
安全ピンで留めたりしてたんよ。
ある日、お風呂に入ってるとき、着替え持ってきたママに見つかっちゃった。
そんときの驚いたママの顔ったらマジ笑える。
ぎゃはははっ

そんでもぉー、めっちゃ怒られて大騒ぎになったんよ!
あくる日、さっそく産婦人科に連れていかれて、検査したら七ヶ月過ぎてから、
もう堕せないから、産むしかないって言われた。
それ聞いて、ママ泣いちゃってさぁーおっかしいの!

パパ? うん……パパも世間体が悪いって怒ったけど……。
自分も浮気ばっかして、家に帰ってこないくせにー!
うちばっかり責めるんだよ、おかしくねぇー?
両親がバカ親だから、うちもこんなことになっちゃったんよ。
ねぇー、そう思うでしょう? 刑事さんも。

仕方ないから……高校は三年で辞めて、モモカ産んだの。
陣痛めっちゃ痛くてさぁー、「痛い、痛い!」って大泣きしたら……。
看護師さんに怒鳴られたんよ。
「そんなことでは立派な母親になれません!」って。
うっさいよ! だってぇー、マジ痛かったんだもん。
刑事さんは男だから分かんないでしょう?
赤ちゃんって玉子みたいにぷるんって産めたらイイのにねぇ~♪
あはははっ

ねぇーねぇー、刑事さん、お腹がすいたよぉー。
取り調べ中って、かつ丼食べさせてくれるって、ホント?
喉も渇いたし、コーラ飲みたいよぉー。
えぇーっ! 出ないの? マジ最悪……。
じゃあー『黙秘権』使っちゃうもんねぇー。

バンッ!!

「ふざけるなっ!」って、机叩かなくてもイイじゃん!
刑事さんの顔、マジ怖いよぉー。
「子どもに申し訳ないと思わないのか」って言われても……。
まさか、あんなことになると思わなかったし……。

なんでひとりで育てられないのに実家から連れ出したかって?
うーんと……ママがモモカが三歳になったら、養子にだすっていうの。
だってぇー、モモカはうちが産んだんよ。
うちのもんや! ママの勝手でよそにやるのイヤだったもん!
それで、モモカを連れて家出したんよ。
うん、三ヶ月前にね。

最初、ダチの家を点々としてたけど……。
子連れだと、泣いたりすると嫌われちゃうんだ。
それにお金もないし……困ってたら、ダチが「おっちゃん」を紹介してくれたんよ。
おっちゃんは建築会社の社長でお金持っていて、服とか買ってくれたしぃー。
モモカにもオモチャ買ってくれるし、イイ人やねん♪

おっちゃんの歳? うちのパパより3つくらい若いかなぁー?
奥さんいるんだけど、若い子が好きだって言ってたしぃー。
それでおっちゃんがアパート借りてくれて、三人で暮らし始めたんよ。

……うん、そうだけどお金もくれるし、奥さんいても関係ない。
だけど、モモカ人見知りがはげしくて……。
おっちゃんとHやりだすとピーピー泣いてうるさいんよ。
邪魔だし……おっちゃんも怒るから……口にガムテープして手足縛って、
押し入れに放り込んでいたの。
おっちゃんとHしてる間はずーっとね。

可哀相なのは分かってるけど……。
うちも楽しみたいもん。一日中子どもの世話なんかやってられないよ。
ダチはみんな遊びまくってるのに……うちだけ損や。
うちかて自由が欲しかっただけや!

何日放置してたかって?
おっちゃんが旅行にいこうって言ったから……子連れだと楽しくないしぃー。
おやつとジュースを入れて、モモカをトイレに閉じ込めた。
窓もないし……声が漏れないようにトイレのドアをガムテープで目張りした。
最初は1~2日で帰るつもりだったけど、ダチと会ってゲーセンに行ったり、
カラオケしたりして遊びまわってたら……
子どものことなんか忘れちゃったんだ。

えっ! モモカの身体にいっぱいアザがあったって?
う~ん……だってぇー、おしっこも教えないで漏らしちゃうし、食べるの遅いし、
ピーピー泣くし、「ママ、ママー」ってうっとうしいもん。
だからイライラして叩いちゃうこともあった。

虐待? ちゃうちゃう!
しつけやん! 親だからモモカにしつけで叩いただけやしぃー。
煙草の火傷?
……あれはおっちゃんが泣きやまないからってやったんや!
うちとちゃうもん! おっちゃんがやったんでぇー。

刑事さんは、しつけとちゃう、虐待や……ゆうの?
けど……うちかて子どものころは成績悪かったり、帰りが遅いからと、
しょっちゅう親にシバカレたもん。
布団タタキやホウキでバシバシ叩かれたんやから!
あんときヒステリー起こしてギャーギャー叫びながら、
ママはこれは『しつけ』や、って言ったでぇー!
パパが浮気して、そのストレスをうちにぶつけとっただけやんか!
親からされたこと、子どもにもしただけやしぃー。

うちかて……親の暴力にずっとガマンしてたんや!
高校に入ってからグレて、親の財布からお金ちょろまかしたり、夜遊びしたら、
うちの説教たれたから、ママに蹴り入れたったら、ビビって、
なにもうちに言われへんようになってん。
バカ親め、ざまぁーみろや!
あはははっ

子どもがおるから、母親らしいことしろって?
刑事さん、そやかて、うちはモモカ可愛がってたし。
可愛い服も着せてたし、ヘアースタイルもいつも可愛くしてたんよ。
ホンマやで、マネキュアやカラーリングまでして
スマホで写メをダチに送って自慢していたくらいやもん。

「子どもはオモチャと違う!」って、
そんなに大声で怒鳴らんでもええやん。
刑事さんも短気やなぁー。
だってぇー、可愛くしてあげるのが親の愛情ちゃうのん?

ん? 可愛がってるなら、なんで放置したかって?
うちかて……モモカ連れて家出した時には……
ひとりでも育てようって、強く思ってたんよ。
刑事さん、ホンマやで、ホンマにそう思ってたんやっ!

けど……けどなぁ……。
今までは、実家でママが手伝ってくれてた育児も
ひとりでやってみたら……すんごく大変やった。
四六時中、子どもに付きまとわれて……自由がないし。
誰も助けてくれへんし、どうしたらいいのか分からへん!

子育てが面倒臭くなった。
なんで実家に預けないかって?
だってぇー、ママやパパに見つかったら連れ戻されるし、
モモカを養子にだされちゃうもん。
うちが痛い思いして産んだのに……イヤや、イヤや。

子どもはオモチャでも所有物でもない……。
そらそうやけど、うちがモモカ抱えて困ってても、
誰も助けてくれへんやん!
モモカがうちの所有物やない言うなら……。
誰のもんやの? 代わりに誰かが面倒みてくれるんか?

世間なんか冷たいもんや!
悪いことしたら怒るくせに、困ってるときは知らんぷりしてる。
失敗は責めるくせに、間違いには目をつぶるのは、
なんでやの?

なんで刑事さん笑ってんの?
屁理屈が面白いって?
失礼な刑事さんやねぇー。
ムカつくわ!

……刑事さん。
うち、モモカに悪いことしたって反省してるしぃー。
これからは優しいママになるから、
モモカに謝りたい。
ごめんねっていっぱい言いたいねん。
もう絶対に叩いたり、つねったりせぇへんから……。
お願い……。

モモカ、どうなったか聞かせて欲しい。
うん、うん……うん……。
う…………ん。
そうやったん。

トイレにトイレットペーパー詰めて……。
水を流したから、水が溢れて、下の部屋まで漏れたから、
管理人さんがうちの部屋を見にきて発見されたんやね。
そっかぁー。
……モモカ死ななくて良かった。

一日遅れてたら死んでたかも?
瀕死やったけど……寸前で助かって、
今は病院にいるんやね。
えっ! うちの両親が病院にきてるの?
ママとパパが泣いてた?
そう、うちらを心配してたんや。

モモカ、ゴメンねぇー。
うっううう……涙が……。
うっううう……ヤバい、マスカラとれる。
目の周りクマさんや。

うち、なんで……。
あんなヒドイことをモモカにしたのかわからへん。
なにもかも面倒臭くなって逃げ出したかったんや!
いろんな責任や生活から逃げ出して……。
ひとりで楽になりたかったんやと思う。
ヤバイって分かってたけど……ね。
モモカ、放置してる最中はどうにでもなれって気分やった。

ねぇー、刑事さん。
うち刑務所に入れられるん?
モモカやママやパパとも会われへんの?
何年くらい、ムショ暮らし?

……そう。
裁判しないと分からんの?
うちはまだ未成年やし、少しは軽いかなぁー。
もちろん反省してるしぃー。
ホンマやし、今度は絶対に良いママになるから。



うっ!
気持ち悪い!
吐きそうや……。

……刑事さん!
つわりでメッチャ気持ち悪いねん。
取り調べ、もう勘弁してよぉー。

うん、お腹に赤ちゃんいる。
たぶん、おっちゃんの子。
今度は男の子がイイなぁー。
ヒーローみたいな強い子に育てるねん!
あはははっ


                    終わりかな……?



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2017-03-03 15:53 | 現代小説