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カテゴリ:恋愛小説( 56 )

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   Blood of Adam [失楽園の彼方]

神は女性に子供を産むことと、それに伴う痛みの罰を与えて男性に服従させ、
『おまえの望みはおまえの夫のものだ。そして彼はおまえを支配する。』と言った。

                             ― 創世記3章3-16節 ―


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ルーカス・クラナッハによるアダムとイヴ



 禁断の果実を食べて、夫の創った楽園から逃げ出していった。
 自由になった私の目の前に広がるのは、真っ青な大空?

 いいえ、灰色の壁。
 出ることの叶わない、冷たい鉄格子の中。
 ふたたび、私は囚われの身になってしまった。

 金も、家も、愛も……
 今まで夫が与えてくれていたもの、すべてを失った。
 ああ、なんて不様な今の私――。

 けれども、絶望なんてしていない。

 希望はある!
 私のお腹の中で、小さな希望が育っている。
 これこそが“ 希望の光 ”なのだ。

 やがて月満ちて……私は出産した。
 刑務所外の産婦人科での分娩が許されて、十二時間に及ぶ難産であったが、夫もなく、家族もなく、誰の手も差し伸べられずに……激しい陣痛にひとり耐え抜いて、私は双子の男の子を産み落としたのだ――。
 二つの新しい生命が誕生したことは嬉しかった。だが、囚人である私は三ヶ月間は授乳のため、赤ん坊たちと一緒に居られるが、いずれ離れ離れにならなければならない。
 子どもたちの父親は婚姻中の妊娠ということで戸籍上は夫の子どもとして認知されるはずだが……それに対して、舅である政治家から、赤ん坊のDNA鑑定をすると言われた。――まあ、それも仕方ないだろう。
 嫁である私は不倫をして、痴情怨恨で愛人を殺したということになっているから、正直、夫の子どもではない可能性の方が大きいのだ。
 いずれ刑務所を出所したら、子どもたちとも一緒に暮らせるだろう。それまでは乳児院を経て、児童養護施設で待っていて欲しい……。

 数日後、弁護士を経て私の元に赤ん坊のDNA鑑定の結果が知らされてきた。
 一卵性双生児の父親は……意外なことに、亡くなった夫だった。
 今回のDNA鑑定には、夫が赤ん坊の時にDNA鑑定したカルテが医師の元に残されており98%間違いはないと言われた。
 それを聞いた時、喜びよりも涙が溢れた。
 あんなに望んでいた夫婦の子どもなのに、こんな形に授かるなんて……夫が死んてしまったことが、悲しくて、悔しくて、涙が止まらない。
 そう言えば、河合幹也との不倫がバレたかと思われた、あの日――。
 憤怒していた夫が、私から車のキーと携帯電話を無理やり取り上げた。ヒステリーを起こし、突っかかった私を押し倒して、無理やりセックスをした。
 この優男のどこにこんな力があったのかと思うほどの力で私を抑えつけて犯したのだ。怒りに任せた、男の劣情だった――まさか、あの日の妊娠だったかもしれない。
 DNA鑑定の結果、自分の孫だと判って、双子の一人を養子として引き取ると舅から言い渡された。孫に男の子がいないので、いずれ自分の後継ぎにしたいらしい。
 そして、もう一人は信頼できる秘書の家族が引き取って養育してくれることになった。その子は、私が出所したら返してくれるという約束なのだ。
 政界の重鎮である自分の孫たちが、施設で育つなど一族の恥だと我慢できないだろう。

 赤ん坊たちの名前は魁人(かいと)と亜星(あせい)と名付けた。

 失くしてみて、はじめて分かった夫の深い愛。彼がいないと、私は輝かない凡庸な女でしかなかった――。
 本当は夫のことを愛していたのに、対等な人間として扱って貰えない不満から、ずっと愛していないと思い込もうとしていただけなのかもしれない。
 愛されることに慣れ過ぎて、本当の愛に気づかなかった。
 自分の中にあった真実に辿り着くのが遅すぎた……今さら悔やんでも、後悔しても、遅い! 私は愚かな女だった。
 今、刑務所で無実の罪で服役していることは、夫を裏切った罪の償いだと思っている。幹也を殺した真犯人なんて、もうどうでも良かった。死神のような男は罪悪感から創りだした妄想かもしれない。

 早く、ここから出て赤ちゃんと暮らしたい! 
 時々、秘書が赤ん坊を連れて刑務所に面会に来てくれるが、赤ちゃんは日に日に夫に面影が似てくるようだ。
 目の形、鼻の形、耳の形、あくびをする顔までもよく似ている――今は亡き夫のミニチュアみたいで、とても愛おしい。
 あなたの血は、この子たちのDNAに引き継がれました。
 魁人と亜星という二人の忘れ形見、この子たちの母として、私は生きていく――。

 二人の愛の結晶が、私の未来を照らす“ 希望の光 ”となった。


― 完 ―



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楽天で検索したイラストをお借りしました




創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-05-21 21:45 | 恋愛小説

Blood of Adam [アダムの血]

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   Blood of Adam [アダムの血]

神は女性に子供を産むことと、それに伴う痛みの罰を与えて男性に服従させ、
『おまえの望みはおまえの夫のものだ。そして彼はおまえを支配する。』と言った。

                             ― 創世記3章3-16節 ―


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ルーカス・クラナッハによるアダムとイヴ



 都内の不動産業者に渋谷辺りでマンションを探して貰うことにした。
 どのみち、この屋敷は広過ぎるので近々引っ越しする予定ではあったが、もう一日たりとて、ここに居られない気分になっていた。
 適当な物件が見つかったと連絡を受けて、大急ぎで手荷物と簡単な荷造りをして、犬を連れて逃げるように引っ越しをしていった。
 取り合えず、新居として渋谷の3LDKのマンションに落ち着くことになった。
 ここからだと幹也のお店にも近いし、頻繁に会うこともできる。彼にはまだ内緒にしていたが二人の子どもが生まれる。今後のことも話し合いたいので、引っ越しが決まってから幹也に、二、三度メールを送ってみたが、マスコミを警戒しているのか電話もくれないし、メールの返信さえくれない。
 昨夜、やっとメールの返信がきたかと思ったら、

『俺の料理番組がテレビ局で企画されて 忙しいので連絡できない。
 銀座の店にも顔を出さないでくれ』

 ずいぶんと素っ気ない。
 ――急に冷たくなった男に腹立たしさが込みあげてくる。

 ヘアーサロンで読んだ女性週刊誌に、『タレントシェフ・河合幹也、アイドルM子と深夜の密会! 熱愛報道!!』と大きく紙面を飾っていた。
 幹也とは会う度に、彼のからだから他の女の香水の匂いがする。おそらく、私以外にも多くの女を手玉に取っているのだろう。結局、資産家の妻のお金が目当てだったのか。神楽坂のお店が欲しくて愛している振りをしただけなのかもしれない。私はあの男に利用されていただけなんだ。
 いろいろな現実が見えてきて、私は孤独感と保護者のいない心細さで壊れてしまいそうだった――。
 自由はなかったけれど夫と暮らしていた頃には、こんな不安を感じることは一度もなかったのに……深夜に堪らず、独りで泣いてしまうこともあった。
 こんな風に情緒不安定なのは妊娠しているせいだと思うが、夫を亡くして、日ごとに募る、この寂しさはなんだろう? 夫への不満は私の甘えだったのかもしれないと、今さら気づかされる愚かさ。

 ――連絡が取れなかった、河合幹也からメールが届いた。

『今夜8時に、いつものホテルで待っている』

 急にどうしたことだろうと、訝しく思いながらも……以前、よく密会に使っていた港区にあるホテルに向った。
 ここ数日で、憑きものが落ちたように、幹也への愛情が冷めてしまっている。今日会ったら、これを最後に別れる決心をして、ホテルの部屋の前に立っている。
 お腹の子どものことは告げないでおこう。最初から一人で産んで一人で育てる、その覚悟だったから……。
 ドアをノックしたが、返答がない。
 さっき幹也からメールが届いて、ホテルの部屋番号を知らせてきたから、すでに先に着ている筈だ。よく見るとドアにライターのような物が挟んでいて少し開いている。
「幹也さん……」
 ドアを押して室内に入ったら中は真っ暗だった。
「幹也さん、何処なの?」
 微かに彼のいつも着けているオーデコロンの香りがした。
 ふいに何者かに口を塞がれて、鳩尾にパンチを入れられグッタリしたところで、両側の頚動脈を押さえられて、私は気を失ってしまった。
*


 霧の中に私は立っていた。
 すると、誰かの声がした。

『ぼっちゃんの無念を思うと……あなたを許せません』

 そんなことを言ったようだが、意識が朦朧として分からない。
 あなたは誰なの? ぼっちゃんって……?

 もしかしたら……あれは死神のような男の声だったかもしれない。
 少しづつ、頭の中の霧が晴れて……意識を取り戻し始めていく――。


*

 気が付いた私の目が最初に捉えたものは、ホテルの部屋の照明の灯りだった。
 どうやらベッドに寝かされているようで、頭がクラクラする。起き上がろうとしたら手に何かを握らされていた。
 それは血のついたナイフだった――そして、下着姿の私の身体にもべっとり血がついている。あれ? どこも痛くないのに。
 ……この血はいったい誰のもの?
 半身を起こして見えたものは、ベッドの下で全身から血を流して息絶えている、河合幹也の姿だった。
 パニックになった私は悲鳴を上げながら、そのままの格好で部屋の外に飛び出した。血まみれで下着姿の私は、ホテルの従業員たちに取り押えられて、警察へ通報された。

 私は『河合幹也殺人事件』の容疑者として警察に逮捕された。
 血まみれの下着姿で手にはナイフを握って、殺人現場から飛び出してきた私は、間違いなく犯人に見えることだろう。
 いくら刑事に誰かに嵌められたと言い訳しても信じて貰えなかった。
 二人が愛人関係だった事実も捜査の過程で明るみに出てきて、夫が不審死をしている件まで厳しく言及された。
 幹也が誰に殺されたのか分からない。
 私は殺していないと無実を叫んでも、誰も信じてくれない。厳しい取り調べに私は疲弊して、刑事の誘導尋問に引っかかり……ついにやってもいない罪を認めてしまった。
 動機は、幹也に新しい恋人ができたことに嫉妬して、痴情怨恨に因るものとされた。
 妊娠しているから、もうこれ以上は精神的にも肉体的にも耐えられない。罪を認めて、一日でも早く楽になりたかった。
 裁判では、世間知らずの人妻が女癖の悪い男に騙されて、挙句の痴情の縺れによる殺人事件、幹也に関する女性トラブルが多かったせいか……思ったよりも罪は軽かった。
 夫の事故死については証拠不十分で不起訴だった。
 おそらく政治家の舅が、これ以上この事件が世間の好奇の的にならないよう、火消しに回ったのだろう。警察やマスコミ操作もあの人たちならやれるはずだから……。
 以前、夫から聞いたことがある、舅には裏の仕事をする番犬みたいな人間がいること、子どもの頃、母親と自分はそういう男にずっと守られてきたのだと――。
 裁判が終わり、懲役七年の刑で、私は刑務所に服役することになった。

 とうとう囚人として赤ん坊を産む破目になってしまった――。



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[モノクロ・セピア色の壁紙サイズ画像・写真集♪] 様よりお借りしました。
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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-05-20 20:40 | 恋愛小説

Blood of Adam [砂漠の月]

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   Blood of Adam [砂漠の月]

神は女性に子供を産むことと、それに伴う痛みの罰を与えて男性に服従させ、
『おまえの望みはおまえの夫のものだ。そして彼はおまえを支配する。』と言った。

                             ― 創世記3章3-16節 ―


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ルーカス・クラナッハによるアダムとイヴ



 その男は裏庭の奥の雑木林の中に立っていた。
 黒い服を着た長身で痩せているが眼光の鋭く、まるで死神みたいだった。
 二階のベランダに布団を干すために出た時に、その男の姿を見つけたのだが、以前に一度この男を見たことがあった。
 夫が亡くなる一週間前くらいに、裏庭で夫と一緒に居るところを見かけた記憶がある。私はバラの手入れをしながらチラッと見ただけだが、この家には来客は少ないので覚えていた。遠目から見た感じは五十代後半くらいで、ただ者ではない雰囲気が漂っていた。
 夫の四十九日の法要が済んで、ちょっと気持ちが緩んできた私の前に突然現れた。生前の夫と曰く有り気な関係かと思えるこの男が、何か秘密を握っているかもしれないと私は恐怖に慄いた――。

 夫の通夜に実父だという有名政治家と初めて対面した。
 この人物は政党の重鎮的存在で何度も大臣を経験していて、今は副総理大臣の職にある人だった。初めて挨拶された時にはビックリしてしまった。数名の秘書たちに囲まれて、夫の通夜の焼香にきてくれたのだ。
 お棺の蓋を開けて、息子の亡きがらを眺めながら、
「不憫な奴だった……」
 と、目を潤ませていた。
 夫の母親がこの政治家の愛人だったとそれとなく聴いていた。
 結婚前に二、三度、実家の神楽坂の料亭にも行ったこともあったが、元芸者という母親は凛とした美人だが、息子には無関心みたいだった。夫は母親似の端正な顔立ちの美男子で、女性にはモテる方だった。
 大学で私たちが付き合い始めた頃には、彼のことを好きだという女子大生たちから、嫌味を言われたり、虐められたこともあった。
「どうして、あんたみたいなブスがいいのよ!?」
 酷いことを言われたこともあったが、正直、こんな私のどこが好きなのか不思議でならなかった。当時の私はメガネっ子で服装もダサかったのに……。
 ――今思えば、夫は自由こそ与えてくれなかったが、全身全霊を傾けて私を愛してくれていたことだけは、揺るぎない事実だった。

 夫の葬儀は親戚の少ない私に代わって、舅に当たる政治家の秘書たちが全てやってくれた。だから私は、ただただ悲しみに暮れる未亡人の役を演じてさえすればよかった。
 遺産については、今住んでいる屋敷と神楽坂の料亭は相続させて貰えることになった。他にも都内のパーキングや借家などもあった。実際、夫の資産がどのくらいあるのか全然知らなかったので、その資産の多さにただ驚くばかりだった。
 今は賃貸物件になっている神楽坂の料亭を河合幹也がすごく欲しがっていた。
 彼は和風の料亭で和テイストなフランス料理を提供したいと考えているようで、前に神楽坂の話をした時に興味を持ったみたいだ。一度、不動産屋を通して見に行ったこともある。銀座のお店は手狭なので、こういう大きなお店で高級フランス料理のオーナー兼シャフとしてやっていきたいと熱く私に語っていた。
「君には絶対に損をさせないよ」
 レストランの共同経営者の話を持ち掛けられた。
 おそらく幹也は私よりも、あの神楽坂のお店に興味があるのだろうと薄々感じていた、だから家を出る時には、神楽坂の家の権利書も持って逃げようと思ったほどだ。

 早朝、犬のけたたましい鳴き声で起こされた。
 うちで飼っているミニチュアダックスフンドたちの鳴き声だが、いつもよりも甲高く尋常ではなかった。
 屋敷のセキュリティシステムは万全だ、まさか外部からの侵入者とは思えないが……夫亡き今、この広い屋敷で一人で暮らすのは心細くて仕方ない。
 犬の鳴き声は一階にある室内プールからだった。
 プールの扉を開き水面を見た瞬間、私は言葉を失くした。
 犬が……プールに浮かんでいた。耳にピンクのリボンを付けているから、あれは牝犬のイヴに違いない。そして牡犬のアダムが大きな声で吠えている。
 いったい何があったのだろう? 少し位なら犬たちも泳げた筈なのに……。その時、足元にバラの花が一輪落ちていることに気がついた。
 これは私が庭で育てているバラの種類だ。何故? こんな所に落ちているのだろう? 建物内に誰かが侵入していたということか!?
 ――ブルッと恐怖で背筋に悪寒が走る!
 愛犬のイヴを誰かが故意にプールに沈めたのかもしれない。私の脳裏にあの死神みたいな男の姿がかすめていった。もしかしたら、これは私への警告なのか!?

 犬が死んでから、この屋敷で一人で居ることが怖くて堪らない。あの死神みたいな男に命を狙われているのかもしれない。――恐怖で夜も眠れない。
 これでは胎教にも悪い。私のお腹には赤ん坊がいる、たぶん、不倫相手の河合幹也の子どもだと思う。
 私たち夫婦には子どもができなかった。病院で診て貰ったら、夫の精子の数が少なくて妊娠し難いのだと医師に言われた。簡単な方法で男性の不妊は治ると説明されたが……そんな不自然なやり方で子どもを作りたくないと夫が不妊治療を拒否した。
 それが大いに不満だった! 私はひとりっ子で寂しい思いをして育ったので、自分の分身ともいえる子どもがたくさん欲しかったのだ。
 それなのに夫は『君さえいれば、子どもなんて要らない』というのだ。私は『子どもがいれば、もっと楽しい生活になる』と思っていたから……二人の考えは平行線のままだった。
 だから幹也と不倫関係になった時、ピルを飲んでいるからと嘘をついて避妊せずにセックスをした。どうしても子どもが欲しかったから――。
 たぶん妊娠初期の12週間目に入ったと思う。妊娠検査薬で調べた結果で、まだ産婦人科で診察して貰っていないが、いずれ海外へ出国して出産するつもりだ。
 赤ん坊は一人で産んで、一人で育てていく、その覚悟はできている。――遺産をたくさん残してくれたお陰で経済的には大丈夫。

 月満ちて、新しい生命が生まれる。砂漠の月のように輝く私の希望なのだ。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-05-19 20:19 | 恋愛小説
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   Blood of Adam [閨房のアジタート]

神は女性に子供を産むことと、それに伴う痛みの罰を与えて男性に服従させ、
『おまえの望みはおまえの夫のものだ。そして彼はおまえを支配する。』と言った。

                             ― 創世記3章3-16節 ―


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ルーカス・クラナッハによるアダムとイヴ



 ――それにしても厄介なことになってしまった。
 私は不倫相手の元に逃げようとして、夫とケンカになり揉み合って、夫が階段から転落して死んだ……あくまで、これは事故死なのだが、果たして警察が信じてくれるだろうか?
 救急車を呼ぶか、警察を呼ぶか、迷っていたら……突然、夫のスーツのポケットから携帯が鳴った。私の携帯だが夫に取り上げられてしまっていたものだ。
 ポケットから取り出せば、不倫相手の河合幹也(かわい みきや)からの電話だった。

『もしもし、俺だよ。今着いたから門の前で待ってる』
 家を出ていく私を幹也が車で迎えにくる手筈になっていた。
『幹也さん! どうしよう? 夫が死んでしまったの』
『えっ!?』
『出て行くところを夫に見つかって、ケンカになって、三階の踊り場で揉み合っていたら、階段から転落して死んでしまった』
『……マジで?』
『ねえ、私どうしよう?』
『…………』
『お願い、助けて!』
『事件現場に俺が居たらマズイじゃん。今日のところは帰るわ。落ち着いたら連絡して……じゃあ』
 そう言って電話は一方的に切られた。

 なんて薄情な男! 河合幹也は奥様向けのワイドショーで評判のイケメン、タレントシェフだ。
 知り合った切欠は、テレビのグルメ番組で彼が経営するフランス料理のお店が紹介されて、そこに夫と二人で食事に行ったことだった。
 銀座にある彼のお店は『Rose bleue』、フランス語の“ 青い薔薇 ”という意味で、こじんまりしたお店だが、インテリアはアール・ヌーボー調でお洒落な雰囲気だと思った。
 食事も美味しくて、最後にはシェフの幹也がテーブルに来て挨拶をしてくれた。間近で見た彼はテレビで観るよりもずっと素敵だった。だが、私と幹也が楽しそうに会話をしていると、やきもち妬きの夫が露骨に不機嫌そうな顔をする。
 家に帰ってから『Rose bleue』に、また連れて行ってと夫に頼んだら……怒ったような顔で返事をしなかった。
 私たちの住む屋敷は土地だけは広いのだが、人里離れていて不便な場所にある。おまけに夫には車の運転を禁止されているので、私ひとりでは何処にも行けない。――まるで、軟禁状態だった。
 それでも『Rose bleue』に、どうしても行きたかったので、夫のいない日には、タクシーを呼んで銀座の彼のお店に通っていた。
 その内、個人的に料理を教えて貰ったりして、ついに幹也と一線を越えて不倫関係になってしまった。

 私たち夫婦のセックスは夫が主導権を握っていた。
 毎晩、お風呂に入ると私の身体を隅ずみまで夫が洗ってくれる。そのまま全裸でベッドまで運ばれて、耳たぶから、乳房、クリトリス、アヌス、足の指まで長い時間をかけて愛撫する。
 私は死んだ魚のようにベッドに横たわり、ひたすら夫が果てるのを待つ――。
 夫はベッドで私に奉仕をさせなかった。最愛の妻に娼婦のようなマネはさせられないからだという。
 しょせん私は彼のお気に入りの人形にすぎない、私にとって夫婦のセックスなんて、退屈な日常でしかない。

 夫以外の男性を知らない私には、幹也は刺激的だった。
 無名時代、ホストクラブで働いていた経験がある、幹也は女の扱いにも慣れていた。
 少しSっ気のある彼は、私に卑猥な下着を付けさせ、恥かしい奉仕をいろいろさせた。受身のセックスしかしらない私は、幹也との扇情的なセックスに身も心も溺れてしまった。
 どんな危険をおかしても、彼との逢引を止められなかった。――そして、今、お腹の中に彼の子どもがいる。
 妊娠の事実を幹也には告げていない、結婚している女があなたの子どもだといっても、彼は信じないだろう。だが、私たち夫婦には子どもができなかったから、おそらく父親は彼に違いない。
 幹也に子どもの責任を取って欲しいなんて考えていない。
 だけど妊娠の事実がバレたら、夫に堕胎させられてしまう。私は産みたい、絶対に赤ん坊だけは産みたいのだ。私生児になっても構わない、自分一人で育てていく覚悟はできている。
 堕胎させられないため、私は夫から逃げようとしたが、見つかってケンカになり、結果として夫が転落死してしまった。

 マスコミに顔が売れている幹也は、こんな厄介のことに顔を突っ込みたくなかったのだろうか。だから自分の保身のためにさっさっと逃げていった。
 付き合っていく内に自己中で、お金に汚い男だとは気づいていた。夫の所有する神楽坂の料亭を狙って、私に近づいてきたことも分かっている。女癖が悪くて、打算的な幹也には、もう怒りよりも呆れてしまった。
 身長176cm、体重63キロ夫の死体を自分一人では、どうすることもできない。夫が自分から落ちたのだから、これは事故死に他ならない。
 下手に工作したらかえって疑われてしまう。ここは素直に警察を呼んだ方が良さそうだと判断して、携帯から電話をする。警察がくるまで、この状況をどう説明するか、頭の中でシュミレーションして置くべきか。

 夫の死体を前にして、不思議なくらい冷静な自分に驚いている――。



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《女子向け》おしゃれ画像集よりお借りしました。
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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-05-18 16:30 | 恋愛小説

Blood of Adam [金糸雀の唄]

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   Blood of Adam [金糸雀の唄]

神は女性に子供を産むことと、それに伴う痛みの罰を与えて男性に服従させ、
『おまえの望みはおまえの夫のものだ。そして彼はおまえを支配する。』と言った。

                             ― 創世記3章3-16節 ―


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ルーカス・クラナッハによるアダムとイヴ



 足元に横たわる夫の死体を冷静に見降ろしている。
 紐の切れたマリオネットのように不自然な姿勢で倒れている。首の骨が折れているのか、ひん曲がった顔で、その目は虚空を睨んでいた。
 三階の踊り場で激しく揉み合いになった。出て行こうとする私を夫が止めようとして、肩を掴んだ時、思いきり振り切ってやったので、夫はバランスを崩し……階段から勢いよく転落していった。
 そのシーンを私は上から眺めていた――。
 なぜだか、その時、これで全て終わった。解放されるという安堵感が湧いたことは否めない。
 結婚生活五年目。果たして、この男のことを愛していたのだろうか? 答えはNOだ! 一度も夫を好きとか愛しているとか思ったことはない。――私にとって、彼は単なる保護者なのだ。
 彼が欲しかったのは私の愛ではなく、私の自由を奪う権利それだった。
 彼の作った“ 愛 ”という牢獄に閉じ込められていた。結婚は囚人生活で自由なんてこれっぽっちもない。
 四六時中、私は行動を見張られ、何から何まで、彼は自分の趣味を押しつけてきた。服も髪型もセックスも……どれも満足していなかったが、ただ黙っていつも従ってきた。
 日々無気力になっていく自分自身を救う術がない――。

 大学生の時、私は母親と義父の間で居場所がなかった。
 母の再婚相手の男は、妻よりも若い義理の娘に性的関心を持ち、何度も襲われそうになっていた。義理の父に脅え、夫を誘惑したと思い込んだ母とは不仲になった。
 こんな家から、一日でも早く出て行きたいけれど、お金も住む家もなく、私は困り果てていた。
 そんな時、大学の先輩だった夫が救いの手を差し伸べてくれた。
 マンションの家賃、生活費、大学の学費など、三年間すべて、その費用を彼が出してくれていた、けれど、その見返りとして、私に性的関係を求めてこなかったことが不思議だった。
 そのことで深く感謝していたから、今まで彼のいうことに逆らわない、従順な女の振りをしてきたのかもしれない。

 どうして? いっかいの大学生にそんな大金が出せるのか疑問だったが、彼は有名政治家の隠し子で、母親は神楽坂の一等地で料亭を営んでいた。
 そのことを知った時、私は金持ちに買われただけかとプライドが傷ついたが……貧しい大学生の私は、この現状に甘えるしかなかった。
 けれども、大学を卒業したら就職して、今まで借りたお金を返済するつもりだった。それなのに……就活用の会社案内のパンフレットを勝手に捨てられた。

「君は僕のそばにいる限り働く必要なんてないんだ」

 夫の中で、将来二人が結婚するというシナリオができ上がっていた。――私の意思など最初から無視されている。
 結局、その流れで結婚が決まり、新婚旅行はヨーロッパ巡りだと嬉しそうに話す夫に「結婚する意思はない」と、きっぱり言えない自分の弱さを呪った。

 夫の母親に挨拶に行った日のことを思い出す。
 神楽坂の料亭の一室に通された。そこから美しい日本庭園が一望できる。築山、石灯籠、錦鯉の泳ぐ池、こんな建物が東京のど真ん中にあるなんて……今さらながら夫とその母親の財力に驚かされた。
 料亭の女将というだけあって、着物姿が凛として、まるで博多人形のような女性だった。夫は色白で整った顔立ち、切れ長の目が涼やか、歌舞伎役者のような中性的な感じがする、彼の母親を見て、この二人はそっくりだと思った。
「女同士で話したいことがあるから、あなたは座を外して」
 その言葉に夫が部屋から出ていった。
 美しい母親と二人だけになった私は、ひどく緊張して冷や汗が流れた。おそらく、二人の結婚を反対されるだろうと思っていたから――。(反対して欲しかった!)
 しばしの沈黙の後、ゆっくりと口火を切った。
「息子が選んだ人だから私は反対しません。あなたも息子のことを選んでくれたね?」
「えっ……わたしがですか?」
 思わず言い淀んでしまった。
「お互いに納得して結婚を決めたわけでしょう?」
「あ、はい」
 私の顔を覗き込むようにして。
「……後悔しない愛なんてないわ」
 それだけ告げると「私は仕事がありますから、ゆっくりしていってください」と部屋から出ていった。
 入れ替わりに部屋に戻ってきた夫が「母が、二人の結婚に異論はないと言ってる」と嬉しそうに話した。
 夫の母親は大臣も歴任した有名政治家の愛情を何年も繋ぎ留めてきた、いろんな意味で女として一流なんだと思う。それゆえ、息子には執着がないのだろうか。
 すんなりと結婚が受け入れられて、むしろ拍子抜けの気分だった。

 程なくして、大臣の第一秘書だという男が会いにきた。
「君の成績は普通だが、男性関係はきれいだった。ご子息とは大学からずっと付き合ってきたようだし、大臣は二人の結婚には反対しないという意向を伝えにきた。この結婚で君は、お金に一生不自由することはないだろう。大臣とご子息に感謝しなさい」
 私のことをいろいろ調べてきたのだろう。人を見下した態度で、自分たちの言い分だけ話す傲慢な男。
「玉の輿に乗ったからといい気になって、大臣との関係を世間に風潮しないでもらいたい。以上だ!」
 そういって立ち去った。後ほど、その男が本家の姉の夫だと聞いた。

 結婚式の一ヶ月前に、突然、夫の母親が心不全で亡くなった。
 たった一人の肉親が死んだというのに、夫は結婚式を延期しようともせず、イタリアの教会で二人だけの式を挙げた。
 その夜、初めて夫は私を抱いたのだ。
 彼の強い拘りとして妻以外の女性とはセックスはしないという信念があった。結婚してからは……今までの我慢を取り返すかのように、毎日々、昼も夜も関係なく夫は私のからだを求めてきた。
 新居として建てたという屋敷は、裏が山、前方は海という地上の孤島のような場所だった。リゾートホテル建築用に買っていた土地に、贅を尽くした白亜の館が建てられた。

「ここは二人だけの楽園なんだよ」

 満足そうに囁く、夫の横っ面を殴ってやりたいと何度思ったことか。
 元々、人づきあいが苦手で友人の少ない私でも、こんな寂しい場所で夫と二人きりで暮らすのは苦痛だし、まるでお城に幽閉されている気分だった。

 唯一、趣味の絵を描いて気を紛らせていた。
 いつも彼は、私の描いた絵を褒めちぎる『素晴らしい色だ!』『きれいな絵だね』『絵の才能が君にはあるよ』って――。
 でも違う! それは私の絵を褒めているのではなくて、私が描いた絵だから褒めているだけにすぎない。
「老後は、絵が好きな君のためにフランスかイタリアに移住してもいいか」
 そんな言葉で私を繋ぎ留めようとする。
 ただ甘やかされているだけで、私を対等な人間として認めているわけではない。「後悔しない愛などない」というが、なぜ結婚してしまったのか、それで本当に良かったのか、いつも自問自答してきた。

 この屋敷は大きな鳥籠だった、そこから飛び立てず、私は鳴いていた。



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-05-17 15:17 | 恋愛小説

Bone of Eve [イヴの骨]

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   Bone of Eve [イヴの骨]

『神は彼の肋骨を一本取り、そこを肉で塞いだ。
そして神はアダムから取った肋骨で女性を作り、彼女をアダムの元に遣わせた。』

                              ― 創世記2章21-22節 ―


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ミケランジェロ・ブオナローティによるイヴの創造



 あれから数カ月が経った――。
 やっと落ち着きを取り戻し、独りの午後は、四阿(あずまや)で本を読んでいることが多い。
 足元にはミニチュアダックスフンドのイヴが寝そべっている。牡犬のアダムは目を離すとバラ園の君の眠る土塊を、すぐに掘り起こそうとするので困ったものだ。そこから君の匂いが漂っているからだろうか――何度、叱っても言うことをきかないので、可哀相だが君と同じ土の中に埋めた。
 さらに、その上から大天使ガブリエルの像を設置している。
 それは台座から入れると高さが2メートル以上にもなる重量級の艶やかなブロンズ像で、注文製作だから天使の顔を生前の君に似せてつくって貰った。――この像はいわば、君の墓標代わりというべきものだ。
 バラ園に立つ美しい天使像を眺めながら、二人の思い出を回想している日々だった。

 黒崎が入院していたホスピスから、彼が亡くなったと知らせがあった。
 あの日、余命三ヶ月だと言っていたが、丁度それくらいに死んだことになる。そんな所も妙に律義な男だったと感心させられる。
 僕にとって黒崎は実の父より親しみを感じていたから、母が亡くなった時には涙も見せなかったが、黒崎のやせ細った遺体と対面したら……不覚にも涙が零れた。
 血縁者のいない黒崎のために、僕が彼の遺体を引き取り葬儀したが、父も秘書たちも誰ひとり来なかった――黒崎のような人間と関わりがあることが世間に知れるとマズイのだろう。

『ペットは餌で飼う、人間は金で飼える』

 そんな言葉を父が秘書と話している場面を見たことがある。父にとって黒崎も母も金で飼っているペットだったのかなあ?
 君も僕に『私はあなたのペットじゃない』と言ったが、結局、他人を自分の意思に従わせようとすればお金が掛かる。したがって自由をお金で奪われてペットにされたと相手は思うのだろうか? ただ君を守りたいという思いだったのに……。
 女を支配するという父の歪んだ欲望は、僕の血に遺伝したようだ。

 黒崎の遺志は『私が死んだら女将さんの近くに埋葬して貰えませんか』だったが、父の手前、母の墓の傍に埋葬する訳にはいかないので――こっそりと黒崎の遺骨の一部を、母の骨壷の中に一緒に入れてあげることにした。
 たぶん、その方が黒崎も母も喜んでくれるだろうと思ったからだ。

 僕と関わりのある人間が次々といなくなって、この広い屋敷で僕は独りぼっちだった。君の顔を知ってる者を遠ざけるため、出入りの家政婦とハウスクリーニングの業者も替えた。最近は人と会うのも億劫になり、どんどん孤独の度合いが濃くなっていくようである。
 君の写真や服や身の回りのものに触れて、在りし日の君を偲んでいる。独りで生きていたっても仕方ない……君のあとを追おうと何度思ったことか。
 ――この孤独に、僕はどこまで耐えていけるのだろう?
 そんなある日、君が卒業した女子高から同窓会のお誘いのはがきが届いた。
 君は中学高校とミッション系の女子校に通っていたが、経済的な理由からお嬢さま学校へ大学も続けて入学できなくなってしまい、僕と同じ公立大学に入学したのだが、ミッション系の学校に戻りたいとよくこぼしていた。
 ああいう清らかな雰囲気が君はピッタリだったんだ。
 同窓会のお誘いには、僕が代わりに、

『妻はイタリアへ絵画の勉強に行って日本にいないので、残念ながら参加できません』

 返信用はがきに書いて投函して置いた。

 ふと君が通っていたという都内にあるミッション系女子校を見に行ってみようと思い立った。
 久しぶりに愛車マセラティに乗って屋敷から出て行った。会社も休職中だし、食料品や日用品も全てネットで購入していたので、外出するのは数ヶ月振りかもしれない。
 妻を殺した男が社会に関わって生きてはいけない気がして、ずっと君の喪に服していた。
 ネットが進歩した現代、家から一歩も出なくても何んら不自由もなく、働かなくても不動産収入や会社役員手当で十分に生活ができる。この陸の孤島のような土地で、僕は一生隠遁生活を続けていく覚悟だった。
 ――それなのに、なんだか人恋しくなってきた。

 文京区の一角にあり、ここは深窓の令嬢ばかりが通うミッション系の女学校、校内にはチャペルもあり、マリア像が設置されているのが外から見える。
 校門の前に車を停めて、ただ学校のから出てくる少女たちを眺めていた。
 さすがにお嬢さん学校の子女ばかりなので、服装も振舞いも行儀が良いといった印象がした。十年ほど前、この子たちと同じ姿で君もこの門から出てきていたんだろうと思うと感慨深かった――。
 永遠に止まってしまった君の時間をもう動かすことはできないんだ。
 うつむくとズボンに涙が滴り落ちた、しばらく君を想って僕は泣いていた。
 やっと心を落ち着かせ、もう帰ろうかとハンドルを握った。その時だった! 僕の目を奪うような少女が出てきたのだ。
 年は十六か十七歳くらいで、顔や身体つき、表情までが君とソックリだった。
 タイムスリップして過去の君と再会したような衝撃的な事態である。まさに第二の君と呼ぶべき少女で、その姿に僕の目が釘付けなってしまった。
 まさに、これは運命だった!
 生きる希望も失くしていた僕に、新たな希望を与えてくれた。名も知らない君に僕の胸がときめいた。どんなことをしても手に入れたい、あの美しい小鳥を僕の家に連れて帰りたい。
 この衝動をとても抑えることができない! 頭の中で狂気が渦巻く!

 ゆっくりとマセラティ発進させて、少女のあとを追跡していく――。

*


 鳥籠で待つ、小鳥のために新しいドレスとバイオリンと楽譜を買ってきた。
 四歳からバイオリンを習っていたというので、退屈しないように楽器を与えることにしよう。音楽が趣味なんてやはり育ちが良い。
 ここから出て行かないように、鍵の掛かる地下室に小鳥を閉じ込めている。部屋の外に出る時には鎖でその足を繋いでおく。
 自由を与え過ぎて失敗した、同じ轍を踏まないように今度はとても用心深くなった。
 最初は暴れて泣き叫んだ小鳥も、少し怖い目に合わせたら、もう僕に逆らえない。良家の子女は従順なので、僕の躾で素敵な女性に成長するだろう。
 まだ誰の手垢もついていなかった、清らかな肉体は僕だけのものだ。
 美しきカナリアは、今宵も僕の腕の中で囀(さえず)る。


 ここは二人の楽園(エデン)だ。
 そう、アダムが僕で、君はイヴなんだ。
 君は僕の骨で造られた女という生き物、二人で一対の人間だから、
 この美しい楽園に、永遠に君を閉じ込めてしまおう。

 死が二人を別(わか)つ、その日まで――。


― 完 ―



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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-04-17 15:15 | 恋愛小説

Bone of Eve [連理の枝]

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[Another blue rose by *snofs]http://snofs.deviantart.com/art/Another-blue-rose-210307406

     

   Bone of Eve [連理の枝]

『神は彼の肋骨を一本取り、そこを肉で塞いだ。
そして神はアダムから取った肋骨で女性を作り、彼女をアダムの元に遣わせた。』

                              ― 創世記2章21-22節 ―


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ミケランジェロ・ブオナローティによるイヴの創造



 最愛の君を亡くして、僕は脱殻のようになってしまった。
 会社には鬱病のために自宅療養中ということで長期休暇を申請して置いた。役員なので別に医者の診断証明書も要らないらしい。元々、居ても居なくてもいいような存在でしかない僕だから……。
 あの時、救急車も警察も呼ばず、君の遺体を勝手に埋葬してしまったのは、法律的にはマズイことだと分かってはいた。だがしかし、君の身体をもう誰にも触れさせたくなかったんだ。
 僕が止めるのもきかずに、君が家から出て行こうとしたから……あんな結果になってしまったのかもしれない。ボストンバッグの中に神楽坂の家の権利書と僕の実印まで入っていたのには驚いた。それを持って河合幹也の元に行く気だったのか、それらをあの男が持って来るように要求したんだね。
 世間知らずの君に、そんな悪知恵を仕込むなんて、忌々しい詐欺師め!

 君が死んだ二日後、河合幹也の乗ったプジョー208GTiが東京湾の海底から引き揚げられたとニュースが流れた。
 遺体からは相当量のアルコールが検出されて、事故と自殺の両面から捜査されていると報じていた。前日、銀座のクラブでお酒を飲み、車の運転を自分でして、真夜中に東京湾の埠頭から落下したらしい、目撃者はいないということだ。このままだと、おそらく事故死として片付けられることだろう。
 この世に君がいない今となっては、河合幹也の死もさほど意味がなくなってしまったが……。けれども、あの男に復讐できたことがせめてもの救いだ。――黒崎さん、ありがとう。あの人は本当に頼りになる番犬だ。
 だから、もう一度だけ黒崎に電話をすることにした。

「えっ!? 今、なんておっしゃたんですか?」
「僕は自分の妻を殺しました」
 その言葉に、驚きのあまり黒崎は咥えていた煙草を落としてしまった。
 いつもポーカーフェイスの彼が、こんなに狼狽(ろうばい)するのを初めて見たような気がする。
 まさか赤ん坊の時から知っている、惚れた女の忘れ形見、この僕が妻を殺して殺人犯になったとは、俄かに信じがたい事実であろう――。
 大事な話があるからと電話を入れた、その翌日、猫のように気配もなく黒崎が現れたのは、ウッディデッキでランチを食べている時だった。
 この場所から広い庭が見渡せて、その向う遥か海まで見える最高のロケーションだ。以前、ここで君とよくランチを食べたものだった。
 妻もメイドもいないので、今日は僕がコーヒーを淹れて彼の前に置いた。
 僕と黒崎はウッディデッキの上で、木のテーブルセットに向かい合って座っている。大事な話があるからと電話で呼び出されて、僕から衝撃的な告白を聴かされた黒崎の心中はいかに……だが、こんな事態になったら頼れるのは彼しかないのだ。
「奥さんの死体はどうなさった」
「妻はバラ園に埋めてある」
「穴の深さはどれくらい?」
「1メートル50センチくらいかなあ」
「う~ん、もうちょっと深い方が安心ですが、蟲が這い出したり、獣が掘り返したりしますから……」
「そうか……」
 死体を横たえて埋めるためには、結構な広さまで掘っていかないといけない。日頃、力仕事をしない僕には、あの深さが精いっぱいだった。
「しかし、まあ、ぼっちゃんがここに住んでいる限りは大丈夫でしょう」
「ここで一生暮らすつもりだ」
 君が眠るこの場所から離れるなんて考えられない。
「――で、今度は何をやって欲しいんですか?」
「殺人がバレないよう、隠蔽工作をやって貰いたい」
 返事の代わりに、僕の淹れたコーヒーをひと口飲んで、新しい煙草に火を付け深く吸い込んでから、思案顔でゆっくりと煙を吐き出している。
「奥さんのパスポートはありますか?」
「ある」
「それを使って、奥さんは海外に出国していることにしましょう」
「妻は生きているってことで?」
「そうです。誰かに身代りをさせます。もしも奥さんの所在を訊かれたら外国に居ると答えてください。河合幹也の件で奥さんのことも少し調べさせて貰いましたが、母親とは絶縁状態でしたね? あまり友人もいないし、この屋敷から外に出ていないので奥さんを知る人は非常に少ない。だから、消えても誰も気づかないでしょう」
 君を生存していることにして、海外に出国させるとは上手い方法だ。
 今までも、そういうやり方で死者を行方不明にして闇に葬ってきたのだろう。日本国内で年間一万人近くの人間が行方不明になっている、この社会情勢で人ひとり消えたぐらいでは誰も気づかないってことか?
  黒崎はダークサイトのプロフェッシュナルだから全て任せておけば、上手くやってくれる筈だ。

  僕との話が終わり、立ち去るために黒崎は椅子から立ち上がった。ふと思い出したように立ち止まると、
「ぼっちゃん、これが私にできる最後の仕事です。実は身体を壊しまして、病院に行ったら肝臓がんで余命三ヶ月と医者に宣言されました」
 フッと自虐的に笑った。
 黒崎は痩せているし、ギョロリと眼光鋭く、まるで幽霊みたいな顔色である。
「抗がん治療はやってるの?」
「――いや。もう手遅れだと医者にハッキリ宣言されてます。ホスピス緩和ケア病棟に入院して、抗がん治療は受けずに死を待つことにします。私のような人間がベッドの上で死ねるなんて神様も慈悲深い」
 いつも仕事で滅多にうちに来られない父に代わって、黒崎が僕ら親子の面倒をよくみてくれていた。
 小さい頃、黒崎と母と僕の三人でお祭りの縁日に行ったことがある。僕を肩車した黒崎の隣を浴衣姿の母が寄り添うように歩く、まるで本当の家族のように見えるだろう。その時の母は、科(しな)をつくり男に媚びを売る愛人の顔ではなかった。明るい顔で幸せそうだった。あれが黒崎にだけに見せる母の素顔だったのだろうか。
 おそらく母の方も黒崎に好意を抱いていたとしか思えない。
 小さい頃、何度も思った《黒崎のおじちゃんが、僕のお父さんだったらいいのに……》と――。いつも僕ら親子を陰ながら支えてくれた黒崎には感謝してもしきれない。
「実の父親よりも黒崎さんの方が好きだった」
 不覚にも僕は涙ぐんでしまった。
「ぼっちゃん……」
「僕は大事なものを失くしていくんだ」
 君亡き後、黒崎は唯一信頼できる人間だったのに……。
「私は嘘を付いていました。実はあなたのお母さんを一度だけ抱いたことがあります」
 黒崎の告白に、なんだかそんな気がしていた。
「女将さんは好きで先生の妾になった訳じゃないんです。親の借金があって、それを助けるために十八歳でふた周りも年の多い男の愛人になったのです。先生には気に入られて、ずいぶん可愛がって贅沢させて貰ってましたが……それは本当に愛じゃない。女将さんは籠の鳥で自由がなかったんです。――そんな時に先生の用心棒だった私と親しくなりました。年も近かったし、お互い話も合った。一度だけ、私たちは過ちを犯しました。一緒に逃げてと女将さんに言われましたが、幸せにする自信がなかったんです」
 そこまで喋って、黒崎は白い煙とため息を吐いた。
 生前、母は一度も父との関係を説明したことがなかった、そんな母の態度を僕は軽蔑していた。ところが母が自分の意思で愛人になった訳ではなく、心に秘めた真実の愛があったのだと聞いて、なぜか……少し救われた気がする。
「孤児院育ちの私は、かけ出しのやくざで組を抜けるのも、先生の女をさらうのも怖かった。二人で逃げても破滅は目に見えている。だから先生に言われるまま、汚い仕事にも手を染めました。忠実な番犬でいれば……ずっと女将さんの傍にいられると思ったからです」
 番犬になってでも、惚れた女の傍にいることを選んだ黒崎の一途なその想い。――僕は心打たれた。
「意気地無しだったんです。私って男は……」
「黒崎さん」
「ぼっちゃん、私が死んだら女将さんの近くに埋葬して貰えませんか」

 そう言い残して黒崎は帰って行った。たぶん、これが彼を見た最後になるだろう。


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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-04-16 14:41 | 恋愛小説
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[Another blue rose by *snofs]http://snofs.deviantart.com/art/Another-blue-rose-210307406



   Bone of Eve [激情のパヴァーヌ]

『神は彼の肋骨を一本取り、そこを肉で塞いだ。
そして神はアダムから取った肋骨で女性を作り、彼女をアダムの元に遣わせた。』

                              ― 創世記2章21-22節 ―


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ミケランジェロ・ブオナローティによるイヴの創造



 ずっと体調不良を理由に、ひと月以上会社に顔を出していない。
 さすがに自宅に電話やメールが届いた。目を通して欲しい書類や決定した事案に役員のサインと捺印が必要だということだ。出社できないようなら、『こちらから書類を持って社員を伺わせます』とまで言ってきた。――この家に会社の人間を通すのは断じて嫌だ!
 さすがに名前だけの役員でも長期休暇はマズイらしい。
 政治家の父親の所へ様子を訊きに行かれても困るので、久しぶりに出社することにしたが……気懸りなのは君のことだ。
 僕の留守中に勝手に出て行かないかと心配になるが、車のキーは取り上げているし、携帯も持ってない、家の電話を使えなくすれば外部と連絡できないだろう。
 ここから町まで徒歩で三時間はかかる筈だし、外から鍵を掛けて、屋敷に入る正門ゲートにも閂を付ければ、そうやすやすとは出て行けない筈だ。前方は海、後方は雑木林、町へ行くための公道に出るにも山ひとつ越えて行くしかない。
 ――いわば、ここは陸の孤島のような場所にあるのだ。

 今日こそ出社しなければいけないが、どうしても気が進まない。
 往復だけで三時間は車でかかる、諸々の雑用に更に一時間は要するだろう。四時間も家を留守にしていても大丈夫なのか?
 その気になれば、三時間かけて歩いてでも君は町に行って、河合幹也と連絡を取るかもしれない……まさか、大事な君をロープで縛って置いていく訳にはいかない。― ―その時、いいことを思いついた。
 その方法なら、いつもの半分の時間で帰って来られる。
 駐車場から愛車のマセラティを発進させて、仕事へと向かった。たぶん君は僕が車で出て行くのを部屋の窓から、そっと覗いていることだろう。

 大急ぎで仕事を終わらせて帰ってきた――。
 会社の者に必要な書類を持ってこさせ、うちの最寄の駅まで来て貰ったのだ。そこから、喫茶店に入って、会社の業績や業務の話などを聴いて、必要な書類にサインと捺印を押して社員に渡すと、すぐ帰ってきたので二時間ほどで用事が済んだ。
 マセラティを正門から少し離れた場所に停めて通用門から、そっと敷地内に入って行った。
 まだ、君がこの屋敷に居ることを祈りつつ、三階の君の居る部屋に向う。いつも固く閉ざされていた部屋のドアが少し開いているではないか。そっと忍び足で中を覗くと、クローゼットに頭を突っ込んで荷作りの真っ最中だった。
 ボストンバッグ二つに荷物を押し込んでいて、背後のいる僕の存在には気づいていない様子だった。
 やっぱり……この家から出てゆく気なんだ。そんな予感はしていたが、さすがにショックだった。――あの男を黒崎が消してくれるまで、何としても君をここに引き留めて置かなければならない。
 その時、床に落ちていた携帯が鳴った。携帯? あの男との連絡用に君は二つ持っていたのか!? それに気づかなかったとは迂闊だった。
 すかさず携帯を拾い上げて、メールを覗いた。

『30分でそっちに着く。幹也』

 そうか、あの男が君を迎えに来る手筈だったのか――。
 僕が携帯を持って部屋の中に立っていたので、君は眼を見開いて驚愕の表情のまま固まってしまった。
「荷造りなんかして、どこに行くつもりなんだ?」
 できるだけ冷静な声で訊いた。
 しばらく君は口を閉ざしていたが……ふいに携帯を僕から奪い返えそうとしたので、その手をピシャリと叩いた。
「私の携帯返してよ!」
「駄目だ! もう二度とあの男と会ってはいけない」
「いやよ! 私は出ていくわ」
「君は僕の妻だ。どこにも行かせない」
「離婚するわ! 私は自由になりたいの!」
 君は左のくすり指から結婚指輪を乱暴に外した。
「この指輪は私を縛る鎖だった!」 そう言って、僕に向って投げつけた。
 慌てて、床に落ちた指輪を拾ったが、夫婦の証である結婚指輪をこんな粗末に扱うなんて信じられない。
「絶対に離婚なんかしない! 君は僕の妻として一生添い遂げる運命なんだ」
「いやよ! 幹也さんを愛してるの」
「君は騙されているんだ。あの男は女たらしの詐欺師だ!」
「違うわ! あなたと違って彼は私を一人前の人間として扱ってくれるのよ。私はあなたのペットじゃない」
 ペット? それはどういう意味なんだ? 僕はいつだって君を大事に扱ってきたじゃないか――。
「私を自分の思い通りにしようとする、あなたの身勝手さが大嫌いだった!」
 そう叫んで、憎しみを込めた瞳で君は僕を睨んだ。身勝手って……じゃあ、今までの僕の好意は君にとって善意の押し付けだったとでも? 
「私、妊娠しているの」
「えっ!?」
「幹也さんの子どもよ。もちろん産むつもり。だから、ここから出て行くわ」
 まさか妊娠していたなんて……君の言葉に、頭の中が真っ白になった――。
「もう出て行くから、そこを退いてよ!」
 ボストンバッグを乱暴に提げて、それを振り回して僕を追い払おうとする。こんなヒステリックな行動を取るなんて、今までのお淑やかな君からは想像もできない。
 あの生まれの卑しい男のせいで、君の品性がここまで落ちてしまった。もう僕の愛した女性とは全く別人のようだ。
 その上、お腹に河合幹也の子を孕んでいるだと!? どこまで僕に屈辱を与えれば気が済むんだ――。
 出て行かせない! 君の腹の子は中絶させる。

 中央階段は三階から一階まで吹き抜けになっている。
 普段なら室内エレベーターを使う君は急いでいたせいで、階段を駆け降りようとしている。僕はその後を追い掛けて、三階の踊り場で君と揉み合いになった。君の腕を掴んで連れ戻そうとすると君は激しく抵抗して、バッグを振り回し、靴で僕を蹴ろうとする。
 背後から羽交い締めにして、大人しくさせようとするが、イヤイヤをして無理やり解こうと君は暴れ出した。激しく振った頭が僕の顎にアッパーをくらわし、一瞬、ひるんだ隙に逃げ出そうとした。
 河合幹也の元に行かせるものかっ! 
 手を伸ばして君の背中を掴もうとしたが、勢い余った君は前のめりになって、階段を踏み外し、踊り場から真っ逆さまに落ちていった。
 三階の階段から転がりながら、一階まで落ちていった君の姿が小さく見えた。――茫然と、その有様を僕は眺めていた。

 その光景は――まるでスローモーションで見ているようだった。

 ふと我に返って、階段を駆け降りると倒れている君を抱き上げたが、鼻と口から血が流れていて、脈もなく、瞳孔が開いて、ピクリとも動かない。変な風に首が捻じれていたので、たぶん首の骨が折れているのだと思った。――たとえ救急車を呼んだとしても、この容態ではおそらく助からないだろう。
 不可抗力とはいえ、自分から落ちて死んでしまったのだ。僕が殺した訳ではない。しかし、あんな場所で揉み合いにならなければ、君が落ちることもなかったはずだし……。
 明確な記憶はないが、あの時、僕から逃げようとするた君の背中を怒りに任せて、強く突いたような気がする。――ああ、今はどっちだったか分からない。

 その時、ポケットの中で携帯が鳴った。さっき、君から取り上げた時に自分のスーツに仕舞っていたようだ。
 今度は電話だったから――耳にあてがった。
『もしもし、俺だよ。今着いたから、門の前で待ってる』
 それは河合幹也の声だった。僕は無言のまま、長い沈黙だった――。
『――ん? どうしたの? 何かあったのかい?』
 凍るような冷たい声で、河合幹也に告げた。
「――気様のせいで、もう妻は出れなくなったん……だ」
 そして、手に持った携帯を床に叩きつけて足で踏んで粉々に壊した。あの男さえ現れなければ、僕ら夫婦は幸せに暮らしていたのに……僕は君を抱いて慟哭(どうこく)する。

 君はすでに息絶えて、冷たい骸(むくろ)と化す――。



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《女子向け》おしゃれ画像集 様よりお借りしています。http://matome.naver.jp/odai/2132607667028844701




創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-04-12 14:59 | 恋愛小説

Bone of Eve [黒い影法師]

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[Another blue rose by *snofs]http://snofs.deviantart.com/art/Another-blue-rose-210307406



   Bone of Eve [黒い影法師]

『神は彼の肋骨を一本取り、そこを肉で塞いだ。
そして神はアダムから取った肋骨で女性を作り、彼女をアダムの元に遣わせた。』

                              ― 創世記2章21-22節 ―


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ミケランジェロ・ブオナローティによるイヴの創造



 まるで猫のように、その男は音もなく現れる。
 僕は庭にある四阿(あずまや)でガーデンチェアに腰かけ本を読んでいた。ここからだと、庭でガーデニングをする君の姿がよく見える。車が使えなくてドライブに行けない君はイライラして、花壇の薔薇をいじってストレスを発散しているようだ。
 208GTiのキーと携帯電話を取り上げた日から、君は怒って僕と口を利こうとしない。
 今では同じ家に居ても、食事も寝室も別々になってしまった。――こんな状況でも、僕は君と離婚する気だけは絶対になかった。

  風が出てきて、本の頁を勝手に捲ろうとする。
 読みかけの頁に栞を挟んで本を閉じようとしたら、背後からいきなり声がした。
「ぼっちゃんから電話とは珍しい」
 長身で痩せた、黒いスーツを着た五十代の男が立っている。
「黒崎さんはいつも影のように現れるんだね」
「これは仕事柄です」
 黒崎は僕の父の裏秘書というべき存在であった。
 今まで政治絡みのヤバイ仕事を一手に引受けてきた。黒崎に依って闇に消された人物が何人もいるらしい。お陰で父は政治家として、今の地位が安泰に保てているのだと言えよう。光と影、それは表裏一体なのだ――。
 僕は黒崎を誘って、妻から見えないように裏庭を散策しながら話し始めた。ここから裏山の雑木林がよく見える。
「会うのは、母の葬儀以来だね」
「……見ていたんですか?」
 心不全で母が急死したのは、僕が大学を卒業した年だった。
 まだ母は四十代半ばで、その早過ぎる死に周囲は悲しみ、父には何人もの愛人がいたが、特に僕の母が気に入っていたので消沈していた。
 僕が小さい頃、忙しくて来られない父に代わって黒崎が家に来てよく遊んでくれた記憶がある。凶暴で残忍なやくざだったが、なぜか母や僕には優しかった。
 ある時、父と母が黒崎について話をしていた。「黒崎は危険な男だが、飼い主には忠実な番犬だ」と父が言うと、母が「黒崎さんは人間らしい心を隠して生きている人です」と即座に答えた。――その確信に満ちた母の言い方がとても印象に残った。
 母は神楽坂の芸者置屋の娘として生まれた。やはり僕と同じ妾の子だった。
十八歳でお座敷に上がったが、ほどなく、父に見染められて愛人となった。その三年後に僕が生まれた、戸籍上は私生児だがDNA鑑定で実子だと父は認めていた。
 その頃、父のボディーガードだった黒崎がお届け物や連絡に足繁く家に訪れていた。彼は独身で天涯孤独だという話だ――。

「うん。道路を挟んだ向う側の道から、出棺する時、見送ってくれていただろう?」
「見られましたか」
 黒崎は頬に含羞の色を浮かべていた。
 母の葬儀には多くの参列者が訪れていた。神楽坂で料亭の女将だった上、政治家の父とは周知の間柄なので、政治関係の人たちが多く集まってくれた。――そんな中で、黒崎はひと目につかないように、そっと母の棺を見送ってくれていたのだ。
「ぼっちゃん、今日はどんな用件ですか?」
 これ以上、葬儀のことを言われたくないのか、話を切り替えてきた。
「相談にのって欲しいんだ」
 その後、妻の不貞や相手の男のこと、そして今の夫婦の状況について語った。
 黒崎は煙草を吸いながら僕の話に耳を傾けていた。吸い終えた煙草を携帯用の灰皿に仕舞いこんでから、腕組みをして訊ねた。
「――それで、私に何をして欲しいのですか?」
「河合幹也を消してくれ!」
 きっぱりとそう告げた。
「奥さんから遠ざけるだけではなく、その男に死んで欲しいんですか?」
「そうだ。あいつには死んで罪を償って貰う」
 頑とした僕の言葉に、黒崎は呆れたように黙り込んだが、しばらくして、ゆっくりとした口調でこう言った。
「ぼっちゃんは人の命を殺める罪の重さを分かっていますか? 私のような人間がいうのもなんですが……それをやったら、人間として幸せは望めません」
 妻との幸せな生活を取り戻すために、あの男に永遠に消えて貰いたい。河合幹也が死ねば、妻もきっと目が覚める筈なのだ。妻を誘惑して家庭を壊そうとする河合幹也という男を絶対に許せない!
 黒崎の問いには答えず、僕が黙って雑木林を凝視していた。その冷徹な瞳に――。
「――意思は固そうですね。分かりました。早く形を付けたいみたいなので今週中にやりましょう」
 あっさりと黒崎がそう宣言した。
 踵を返して立ち去ろうとする黒崎に、一つだけ訊きたいことがあった。
「黒崎さん、あなたは母に好意を持っていたんですか?」
 背中がピクリとした。やはり図星だったようだ。
「ぼっちゃんのお母さんに惚れてました。何度も先生から奪いたいと思った。――けれど、私の手は血に塗れています。だから、心底惚れた女は抱けません」
「黒崎さん……」
「大丈夫。約束は守りますから、待っていてください」
 そう言い残して、黒崎は帰っていった。
 忠実な番犬黒崎は口が固く、絶対に約束を守る男だ。彼の配下には何人かの殺しのプロがいると聞いている。河合幹也、僕ら夫婦の前から早く消えてくれ!

 足元に延びる黒い影法師に、奴はまだ気づいていないだろう――。



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フリー画像素材 Free Images 3.0 by:Muffet様よりお借りしました。http://free-images.gatag.net/




創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-04-11 13:08 | 恋愛小説

Bone of Eve [蒼白の焔]

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[Another blue rose by *snofs]http://snofs.deviantart.com/art/Another-blue-rose-210307406



   Bone of Eve [蒼白の焔]

『神は彼の肋骨を一本取り、そこを肉で塞いだ。
そして神はアダムから取った肋骨で女性を作り、彼女をアダムの元に遣わせた。』

                              ― 創世記2章21-22節 ―


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ミケランジェロ・ブオナローティによるイヴの創造



 この世で唯一、愛する女性である君が夫の僕を裏切っているなんて信じたくなかった。
 結婚した時、妻は処女だったんだ。男は僕しか知らない純粋無垢な身体だったのに……あの男が妻を汚した。浮気していたなんて、嘘だ! そんなこと信じられない。
 ああ、僕はいったいどうしたらいいんだ!?
 頭の中が錯乱して、感情の波が津波のように僕に襲いかかってくるが……ここは冷静にならなければいけない。
 怒りで君を激しく詰問してしまっては、二人の関係が取り返しのつかない事態になりそうだ。絶対に君を失いたくない! この期に及んでも、僕は君を深く愛している。きっと世間知らずの君は、あのチャラ男に騙されているのだ。
 この状況をよく考えろ! 頭の中でいろいろ思考を廻らし、やっと落ち着き取り戻した僕は、まず『河合幹也(かわい みきや)』という男を知るためにネットで検索してみた。
 なるほどタレントシャフなのでTwitterやFacebookなどに奴の情報がいっぱい載っている。FC2の河合幹也のブログも読みにいったし、2ちゃんねる掲示板での奴の噂も調べにいった。
  ウィキペディア(Wikipedia)にはプロフィールも載っている。

 河合幹也、三十二歳、離婚歴二回、現在独身。最初の妻との間に子どもが二人。
 板前だった父親と旅館で仲居をしていた母親、その夫婦の二男として生まれる。小学生の時に酒乱でDVだった父親と母親が離婚する。その後、母親に育てられるが、中学の時に母親が再婚したが、義父と折り合いが悪く高校の時に家を出て、料理店で働きながら卒業する。
 その後、容姿をいかしてバーテンダーやホストなどを経験するが、料理人の夢が捨てきれず、調理師専門学校でフランス料理を学ぶ。専門学校を卒業後、ホテルなどの厨房で三年ほど働くが、本場フランスで修業をすると退社して留学する。
 フランスに二年在住して、五つ星ホテルで修業したという本人の弁だが、そのホテルの所在は不明である。帰国後、財界人にパトロンがおり、銀座に『Rose bleue』というフランス料理のお店をオープン。女性客のクチコミなどで有名になる。現在はタレントシェフとして、奥様向きワイドショー番組で人気を博す。
 プライベートでは独身なので若手タレントとの交際で、二股三股と話題が尽きないプレイボーイだ。有名サッカー選手の妻との不倫報道で週刊誌の記事を賑わせたこともある。

  おおよそ、『河合幹也』という男の実像が見えてきた。
 これらの情報から分かったことは、彼が貧乏な生い立ちで小さい頃から苦労をしてきたこと。努力家だが、人を利用してのし上った成り上がり者で狡猾な男のようだ。女にだらしなく、モラルや倫理観もない外道!
 間違いない、この男に妻は騙されているんだ。夫が資産家だと知って、妻をたぶらかせて金を巻き上げようという魂胆だろう。
 この男を排除せねば……チラッと僕の頭にある男の顔が浮かんだ。
 政治家としての父の裏の仕事をずっと仕切ってきた男だ。やくざだが、父やこの僕にも忠誠を誓っている。最強の番犬である黒崎という裏秘書――。
 彼に相談しようかと思ったが、彼が絡んでは一滴の血も流さずには事が終息しないだろう。

 ところが、僕の背中を強く押す画像を河合幹也のFC2の日記で見てしまった。さすがに頭に血が上った!
[僕の愛車、プジョー208GTi カラド・ブルーの青いボディを『僕のRose bleue』って呼んでいる。]
 最近、購入した青い208GTiの前でポーズを取る、河合幹也の気障な写真が載っていた。208GTiといえば、うちの妻も最近購入したが、日記の日付を見るとほぼ同じ時期だ。もしかしたら、あのディラーもこの男の紹介なのかもしれない。
「あの車はRose rougeなのよ!」
 君は赤い208GTiをフランス語の赤い薔薇だと言って、譲らなかった。
 河合幹也の208GTiは青い薔薇で、君の208GTiは赤い薔薇ってことか? 
 青と赤の薔薇、なるほど、そうか……。君は河合幹也とお揃いの車を持ちたかったんだね。夫である僕以外の男と同じ物を持つことで親近感、いや愛情を深めたかった訳か……これには、心底、僕は傷ついたよ。
 背中から“蒼白の焔”がゆらゆらと立ち上る。

  今すぐ、河合幹也に消えて欲しい。――自分の携帯からある男に連絡を入れた。

 僕は家に帰って、妻から208GTiのキーと携帯電話を取り上げた。
 君と河合幹也の逢瀬と連絡に使われていると思われる二つのものを、ひと言の説明もなく、「今すぐ、渡しなさい!」と強い口調で言った。日頃、怒ったことのない僕が真剣に怒っている様子に君は驚き脅えて、しぶしぶ……二つのものを渡した。
 その後、大声で泣き出した。まるで狂ったように、子どもが駄々をこねるように泣き叫んで僕に抗議した。こんな取り乱した君を見たのは初めてだった。――そして、君もこんなに怒っている僕を見るのは初めてだろう。
 念のため、携帯の受信記録と送信記録を調べたが僕以外のものはなかった。オカシイと思うがあの男の記録は全削除しているのだろう。家の電話からでは履歴が残るので連絡し難いだろうし……たぶん、そっちは使っていないと思う。
 泣いて抗議しても、頑として僕が応じないので、君は怒って夫婦の寝室から自分の荷物を乱暴に運びだし、ゲストルームに運び入れて、そこを自室として使い始めた。しかも僕に入って来られないよう、部屋に鍵を掛けるようになった。
 まさか最愛の妻から、こんな邪険な仕打ちを受けるなんて思いもしなかった。
 深夜、ひとり寝のベッドの中で僕は涙を流した。あの男さえ現れなければ、僕たち夫婦は今でも仲睦まじく幸せに暮らしていたのに……悔しさと憎しみで歯軋りをした。――こうなったのは悪魔のような男、ぜんぶ河合幹也のせいだ! 
 とにかく、このままでは置かない……しばらく、会社を休んで君を監視していようと思う。

 そして河合幹也、彼にはとっておきのお仕置きを用意しておいた――。



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画像素材 Free Images 2.0 by:onigiri-kun様よりお借りしました。http://free.gatag.net/   




創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-04-10 12:20 | 恋愛小説