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カテゴリ:恋愛小説( 63 )

雨と彼女と僕と…… ⑫

雨の日に拾った女は、
気まぐれで、無邪気な子どもみたい。
いつも僕を振りまわす、愛しい女



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― 第三章 雨上がりの彼女と僕 ―


  第十二話 時の揺り籠

――あれから、三ヶ月が経った。
彼女から連絡がない。あの日、海に結婚指輪を放り投げて、どこへ行ったのか分からない。タイミングよく来たバスに乗って、あのまま帰ってしまったんだろうか?
住所も携帯番号も名前すら知らない彼女を探す術(すべ)が僕にはなかった。
いつか、彼女が夫と買い物に来ていたショッピングモール内のスーパーに行ったり、偶然、会った『 猫公園 』に行ってみたりして、彼女と出会えそうな場所を探してみたが……見つからない。

毎日、僕は彼女のことを考えていた。
どうしてあの時、苦しんでいる彼女に手を差し伸べてやらなかったんだろう。『 寂しい 』と呟いた彼女の心の叫びを黙殺してしまった――。
「僕がいるじゃないか」そう言ってあげたら、彼女は消えなかったのかな?
きっと、彼女は空白の自分を埋めるために苦しみながら彷徨っているんだ。僕の優しさで少しでも彼女の孤独を癒してあげれば良かった。――柄にもなく僕はそんな風に考えたりして、もう取り返しが利かないかも知れないが、深く後悔していた。

結局、僕は臆病で狡猾な人間にほかならない。


  【 闇の音 】

硝子窓の向こう側
暗闇の中で
蜉蝣の透明な翅が
月の雫のように光っている

―― ヤミガコワイ……

呟き声がした
わずかな物音まで
深い闇に吸い込まれていく

一枚の硝子に仕切られた
闇と光 陰と陽 死と生
見えない掌が掴もうとしている

禍々しい魔物
闇があなたを連れて行かないように
わたしは窓辺に立って
拒絶の背中で楯をつくり
闇からあなたを守っている
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硝子窓の向こう側
大きな蛾が
幾度も硝子に打つかって
白い燐粉を撒き散らす

―― コドクガツライ……

あなたの溜息に
痺れるように瞼を閉じれば
未完成な魂が震えだす

一枚の硝子に仕切られた
喜と悲 幸と不幸 希望と絶望
連なり合った対極

深い闇の中で
あなたの指がそっと頬に触れた
覚悟を決めた人生があるのです
ふたり抱き合って
闇の音を聴いている


もう二度と彼女と逢えないかも知れない……。
そう考えることが怖いんだ。今までの僕は傷つくのが怖くて、恋愛に深入りするのをいつもセーブしていた。なるべく執着しないようにしていたんだ。
だから……彼女が僕に愛を求めてもわざと素知らぬ振りをしていた。そんな態度に彼女は絶望したのかも知れない。僕に愛されていないと思って……自分から遠ざかってしまった。

違う! 違う! 違うんだ!
僕は最初に逢ったあの日から――彼女が好きだった。決して美人ではないが嫌いなタイプだったら「部屋に来ないか」なんて、不躾なことを言ったりしない――。
あの時、降り止まない雨を見上げる彼女の孤独な瞳に魅せられていた。

あぁー、僕という人間のコアな部分が壊れていくようで……。


  【 私ノ中の、不協和音。 】

ギィー、ギィーー。
ヘンな音ガするよ!
“頭の中” デ鳴ってヰル
壊れたヴァイオリンみたい。

可哀想な私
弦ノ切れたヴァイオリン
ヲ、捨てらレなくテ……
今日モ、かき鳴らス。

彼女を見失ったせいで、自分自身を見失いそうになっている。
どうしたんだ? こんな人間じゃなかったはずなのに……。『 本気で愛せない 』僕がこんなにひとりの女に執着しているなんて!


  【 時の揺り籠 】

きのうは頭痛だった 
今朝は起きてから 
何も手につかない

携帯が鳴るたびに 
あなたかと思って 
胸がドキドキして 
メール開いて落胆する

あぁ辛い 
こんな苦しいのはもうイヤだ
薬が切れた 
ドラック患者みたい……

どうして『 嫌いになった 』って 
言ってくれなかったの?
『 君の幸せ祈っている 』なんて 
別れ言葉に言われたら……

いつまでたっても 
未練が絶てないじゃないの
最後まで優しいあなたは 
最後まで罪な人よ

憎むことも出来ない 
諦めることも出来ない
宙ぶらりんの心のままで 
どうすれば忘れられるの?

時が鍵だと言うのなら 
時が流れゆくままに
揺り籠のように 
優しく眠らせてくれればいい

悲しみに胸が震える 
寂しさに骨が軋む 
そんな自分を抱きしめて 
時の揺り籠で眠ろう


そんな、ある日ポストに一枚の絵はがきが投げ込まれていた。
――それは知らない街に住む彼女からだった。


  最終章 たったひとつの言葉

パソコンのプリンターで印刷された絵はがきには白い仔猫を抱いて、にっこり笑う彼女が居た。はがきの下の方に『 あいたい 』と黒いマジックで書いてあった。さらに携帯の電話番号も記されていた。
猫を抱いている彼女はきっと自由を手に入れたんだ! 誇らしげに笑う彼女の写真に見惚れて、僕は嬉しかった。

躊躇するまでもなく、僕は彼女の携帯番号を押した。
しばらく呼び出し音が鳴り、「もしもし……」と彼女の声が聴こえた。
「僕だよ。はがき届いた」
「猫可愛いでしょう?」
相変わらず、どうでもいいようなことから言う女だなぁー。
「うん。元気にしてる?」
「友達が経営しているペンションで働いてるの。イタリア料理と地中海ワインが売りのレストラン兼ペンションなんだ。そこで住み込みで働いている」
「そうか、頑張ってたんだね」
「――やっと、生活に慣れてきたら……逢いたくなった」
「僕も逢いたかった」
「ほんと?」
「ずっと、君を探していたんだ」
「……そうなの?」
「君を失ったと思って……すごく悲しかった」
「…………」
「聴いてくれ、君の『 存在の意味 』は僕にあるんだ。君が必要だ、君なしでは生きられない。――僕らはふたりでひとりの人間なんだ!」
もう恥も外聞もプライドもかなぐり捨てて、僕は激白した。
携帯の向こう側で彼女は泣いていた。押し殺したような嗚咽が聴こえて来た。
「泣かないで……、聴いてくれ」
「……うん」
「君に逢いたい。今すぐ!」


  【 your Voice 】
a0216818_20225061.jpgねぇ あなたは……
いっぱいの人に愛されるのと 
ひとりの人に深く愛されるのと
どっちが幸せですか?

もし あなたが
わたしだけを愛してくれるなら
目なんか見えなくもていい 
口なんか喋れなくてもいい 
願うのは ひとつだけ

わたしは耳だけあればいい
耳を澄ませて声を聴いている
愛するあなたの声だけ聴いている
永遠が終わる時まで……


彼女とあの指輪を投げた海で逢うことにした。
あの日、離婚を決心した彼女は家には帰らず、そのまま友人夫婦が経営するペンションに行ったらしい。そこで働くことを決めて、一度だけ荷物を取りに帰って、離婚届を家に置いてそのまま出てきた。まだ直接話し合っていないが彼女の決意は固い。

翌日、逸る(はやる)気持ちで海に向かう切符を買った。
今度は絶対に彼女を離さない! もう彼女を失うくらいなら死んだ方がマシだとさえ思っていた。

あなたを愛したことが
間違いだというのなら

そのナイフを
わたしの胸に突き刺して

流れる血よりも紅い
この胸を見せてあげる


バス停で降りて、真っすぐに海に向かって歩いて行く。
三ヶ月前に彼女と別れたあの海へ。冬の海は荘厳だ。岩場に打ち寄せる波は荒く飛沫は白く飛び散る。海面の色は暗く寂しい、そして海を渡る風は頬を切るように冷たい。
鉛色の空は重く雲の切れ間から一条の光が地上に差し込む、それはまさに神の光のようだ。僕らの再会に相応しい厳かな情景だった。

彼女は海からの風を受けて砂浜に立っていた。小さく彼女の姿を見つけると僕は急いで砂浜の方へ走っていった。
「おーい」
僕の声にゆっくりと彼女が振り返った。そして照れ臭そうに僕を見て笑った。
「久しぶりね」
「ずっと探していたんだ」
「あなたのこと……わたしもずっと想っていたよ」
「もう、どこにも行かないでくれ!」
「わたし、あなたに必要とされてないと思って寂しかった。けど逢えない時はもっともっと寂しかったの」
「素直じゃなかったんだ、僕は……」
「だって……いつも気持ちを逸らそうとするから……」
「君を愛してる」
「あなたは……」
これ以上しゃべらさない。彼女の口を僕の唇で塞いで包み込むようにキスをする。僕の腕の中で君の存在を抱きしめる。その温もりを封じ籠めた。

そして、僕は彼女の中に『 存在の意味 』を見いだした。
永遠に彼女に囚われてしまった――。


  【 たったひとつの言葉 】

たくさんの言葉の海から
たったひとつの言葉を
わたしは探していた

小さな心の灯(ともしび)で
暗い波間を照らしながら
ゆらゆら漂う言葉たちを掴もうと
目いっぱい掌を伸ばす
a0216818_20324976.jpgそれはあなたの心に響く
言葉であって欲しい
孤独を癒すような温かな
言葉であって欲しい

たくさんの言葉の海から
ひとつひとつ吟味しながら選びだす

それは声にならない言葉
心と心で交わすテレパシー
あなたの瞳に射抜かれて
発する わたしの音!

無邪気なピンクの
リボンで結んで届けましょうか

たったひとつの言葉
あなたが受けとめれば
溢れる想いが津波となって
幸せに きっとのみ込まれる




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-23 15:59 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑪

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第十一話 透光の海

湾岸道路を走るバス。僕らを乗せたバスはいつの間にか海の側を走っていた、●●海岸と書かれたバス停にふたりは降りた。
目の前に広がる大海原から磯の香り、そして潮風が頬を撫でていく。水平線を境に空の青、海の青と、それぞれ鮮やかな二色の青が目に飛び込んでくる。
イラストレーターの僕は『 コトバ 』よりも『 色 』に反応する。
その中でも『 青 』は僕にとって一番好きな色だ。この美しい青を彼女と一緒に見られたことがまるで運命だったように思える。
「わたし、あなたのイラストの青い色が好き」
「青は一番好きな色だから」
「青は自由の色、解放の色、浄化の色、海の青も空の青も大好き。心がスーと透きとおっていくよう」
すっかり彼女は詩人モードに入ってしまった。


  【 人魚 】

ひとりぼっちの人魚は
孤独な海を泳いでいる
誰の声も聴こえない
きれいな歌も聴こえない
暗くて冷たい海を 
ひとりで人魚は泳いでいく

優しくされたって 
誰にも捕まらないわ
その腕から 
スルリと抜けて
ふたたび 
人魚は孤独な海に戻っていく

      ― ひとりが孤独じゃないの
        信じられるモノがないことが孤独なんだ ―

南の海を目指して 
人魚はひたすら泳ぎ続ける
ひれが傷ついても 
うろこが剥がれても
決して涙を流さない 
南の海に憧れてるから

コバルトブルーの海に 
大きな愛があると信じて
いつか 
深い愛に抱かれる日を夢見てる
信じるモノを求めて 
人魚はひとり泳ぎ続ける

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白い砂浜を歩いて、僕らは海に近づいて行った。
秋が深まって、吹きっ晒しの海岸の風は冷たい、薄手のコートしか羽織っていない彼女は少し寒そうだ。
「寒くない?」
「大丈夫、海に触れたいの。この手で海に触ってみたい」
「そうかい」
たぶん詩人の『 心の触角 』が、それを欲しているのだろう。
ヒールの踵が砂に埋まって歩き難そうな彼女の手を取ってやると、「ありがとう」まるで少女のような初々しい声で礼をいう。彼女の持つ多面性の人格がふいに僕を困惑させる。
一緒にいると楽しい、けれど……長くいると疲れる女、それが彼女だ。

波打ち際の砂浜にしゃがみ込んで、寄せ来る波に手を入れて海に触れている。
波しぶきで服や靴が濡れるのも、お構いなしに、まるで彼女は海と語り合うように、じっと波と戯れていた。
「濡れるよ。もう行こう」
寒さに堪え切れず声をかけると、
「わたしは誰からも受け入れられていない」
「えっ?」
「寂しくて……寂しくて……」
気がつけば彼女は泣いていた。
なにを感傷的になっているんだ? せっかく、ふたりで楽しい旅行が出来たというのに……。
「どうしたのさ、急にそんなことを……?」
「いつも愛されたいと願っているのに、ただ触れるだけで、誰も抱きしめてはくれない」
「そんなことは、僕が……」
そこまで言いかけて……、僕は言葉を呑み込んだ。
寂しいって――。

   〔寂しい〕 という感情は 人によく間違いを起こさせる
       〔寂しい〕 ので 人を好きになったり
   〔寂しい〕 とき 人に優しくされたら 好きだと勘違いしたり
       〔寂しい〕 という感情は まことに厄介である
   〔寂しい〕 から 幾つかの恋が生まれ そして消えていく
       〔寂しい〕 とは 自分を見失う 心の迷路かもしれない

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「――僕がいるじゃないか」そう言おうとして沈黙した。
たぶん、僕は彼女に触れるだけで抱しめてはいないのだろう。『 寂しい 』という彼女は、夫からも恋人からも心まで抱きしめて貰えない、その寂しさだったのかな……?
いつか、自分は愛が欠乏している人間だといったことがある。幼い頃に親に要らない子と言われたことがトラウマになって、自分の存在価値を見出せないまま大人になった彼女は、充たされない心の隙間を埋めるために、いつも愛を渇望していた。
彼女の思考はシンプルだ。愛してくれる人を愛し、愛してくれない人は愛せない。
詩人は言葉の本質を見抜く、だから見せかけの愛なんかいらない……と、彼女は言いたいのかもしれない。

「ひとりぼっちは寂しい……ふたりでいたって寂しいなら……」
「…………」
「わたしは自由が欲しい」
「自由?」
「もう決めたの!」
「なにをする気なんだよ」
急に彼女が立ち上がって、
「こんなものでわたしを縛れないわ!」
そう叫ぶと、まるで紙飛行機を飛ばすように結婚指輪を海に向かって放り投げた。
一瞬のことに驚いて止めることも出来なかった。そして彼女は「誰にも依存しないで生きていけるように頑張る」そう言い残すと、踵を返し足早に去っていった。

あの時、茫然として……放り投げた結婚指輪の方向を僕は見ていた。
きれいな放物線を描いて波間に消えていった結婚生活のシンボル、何度も波に洗われ、砂に埋もれてもう探し出せない。指輪を捨ててしまった彼女はもう後戻り出来ないだろう、いったいどうするつもりなんだ?
僕には彼女の行動の意味が理解できない。
「ねぇ……」
僕が振り返って、声をかけようとしたら……彼女の姿はそこにはなく、どこにも見えなくなっていた。
突然、泡のように僕の前から消えてしまった――。


  【 無人島 】

無人島 あったらいいな 
無人島 行けたらいいな
小さい頃から 憧れてた無人島 
あなたとふたり探しにいこうか
a0216818_20489.jpgある朝 目が覚めたら
小さな島に流されていた
青い海 白い珊瑚礁 
ここは南の孤島

あなたとふたり 
今日から無人島暮らし
ここはふたりだけの楽園 
誰にも邪魔されないわ

朝日とともに起きて 
甘いトロピカルフルーツで喉を潤すの
白い珊瑚礁の海で 
きれいな魚たちと戯れて

満天の星空の下 
波の音を聴きながら 
愛をたしかめ合おう
ここはふたりの楽園 
アダムとイヴになろうよ

無人島 何処にあるんだろう 
無人島 見えないけれど

大人になった今も 
わたしの無人島 
心のどこかで探してる




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-22 15:34 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑩

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第九話 ムーンライトイリュージョン

部屋に帰ったら、別室に食事の用意がしてあると言われた。「こちらへ」と仲居さんに案内されて、風呂上りの紅潮した頬の僕らは別室へと足を運ぶ。やはり泊り客は僕らの他にはいないようで二人分の膳が設えてあった。
料理の説明をしながら、仲居さんが膳の給仕をしてくれようとしていたが……「自分たちでやりますから」と断って、料理を運んでから下がって貰った。
何となく事情を察した仲居さんは「そうですか、ではごゆっくり」と愛想よくいい、最後ににやりと笑ってから襖を閉めた。
「僕らって、訳ありに見えるのかなぁー?」
「うふふ」
「腹減ったなぁー」
「うん、食べよう」
元気よく「いただきまーす」と言う、浴衣姿の彼女はすっかり旅人の顔になって、次々と箸をつけながら料理の感想を述べて、僕は「うんうん」と頷きながら料理を平らげていく――。
鮎の塩焼きに山菜の天ぷら、根菜の炊き合わせ、茶わん蒸し、お澄まし、珍しい紅葉(鹿肉)のソテー、朴葉味噌、質素だが山の幸をふんだんに使った会席料理だ。
彼女はしゃべるばかりでそれほど食べない、小鳥みたいに少しづつ啄んでいる。

食べ終わって、僕らの部屋に帰ると真ん中に寝具が敷いてあった。
なんだか……妙な気分になる。彼女にはずいぶん『 オアズケ 』されていたものだから……。
彼女は少し隙間を開けて並べて敷いてある、ふた組の布団をぴったりと引っ付けて、
「ひと組しか要らないけど……ね」
艶っぽい目で笑った。
「朝まで寝かせないよ」
気障なジゴロみたいに僕も応えた。
ふたりは布団の上で、お互いの浴衣を脱がせながら、舌を絡ませキスをした。ふたりの素肌が触れ合っていく……。

   触れる 触れる
   あなたに触れる

   頬に触れる 唇に触れる
   唇が触れた 愛が震える

   離したくないもの
   ぎゅっと強く抱きしめる

   あなたの温もり
   この肌に閉じ込める

――月が僕らを見ている。
薄雲で覆われてベールを被ったような月が、鈍い光を放ちながら天上から見下ろしていた。まるで御簾の内の姫君のように、その美しい姿を易々(やすやす)とは見せてはくれない。
夜の雫に濡れた彼女を僕は貪り抱いた、幾度も高みへと昇りつめ切ないため息で果てる。彼女の白い肌を両の腕(かいな)で抱しめて、その細い首を強く吸って僕のしるしをつけようか、『 永遠に僕のモノ 』になるように……。
重なり合ったふたりの吐息が、夜の静寂(しじま)に溶けていく。


  【 ムーンライトイリュージョン 】

今宵の月は
雲に霞んで見えませぬ
ムーンライトイリュージョン
月の光に幻惑されて
浮かんでは消える
愛しい人の面影よ

嗚呼 今宵こそは
ほうき星の舟に乗って
天の川まで
あなたを捜しに参ります
星影に隠れて
姿をみせぬ悪戯な人を……

きっと その冷たい手を
捕まえてみせましょう
ムーンライトイリュージョン
月の光は幻想へ誘う
美しき月は魔物
わたしの心を惑わせる

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寝乱れた布団の中で、僕に身体を絡ませて眠る彼女の肢体のあちこちに赤紫の班がある。強く吸って付けた『 愛の印 』だ。これほどの激情で女を抱いたのは初めてだった。
男として彼女の肉体に執着しているのだろうか。だが、冷静になってみるとこれはヤバイ。
彼女は人妻で僕のものではないのだから――。
「ごめん……」
彼女の鎖骨のあたりにキスマークがついてる。
「なぁに?」
僕の腕枕で眠っていた彼女が気だるい声で目覚めた。
「キスマークつけちゃった。旦那に見つかったらヤバイだろ?」
「ううん、大丈夫。旦那の前で裸にならないから……」
「……えっ?」
「わたしたちセックスしてないもん」
「旦那とやらないの?」
「もうずっとやってない」
「……どうして?」
「愛のないセックスはしない」
愛のないセックスって……愛なんか信じてない、この僕とはセックスしてるくせに? と、訊こうとしたら、すぅーと気持ち良さそうな彼女の寝息が聴こえてきた。
この僕で満足してくれてるのなら、それ以上訊く必要もないと、彼女の寝息を子守歌にして僕も眠ってしまった。

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   第十話 レジリエンス

翌朝、チェックアウトぎりぎりまで寝ていて、あやうく朝ご飯を食べ損ないそうになった。
食後、急いでチェックアウトの用意をしていると「海が見たい!」彼女が突然叫んだ。
その言葉で山奥の温泉宿から、急遽、僕らは海に向かって旅立っていくことになった。どうせ、宛てのない旅だし「海が見られるなら、どこでもいいから……」そんな彼女の気まぐれに付き合うことになった。何本もの乗り物を乗り継いで、海へ海へと目指して進む。
途中の電車の中で、昨夜の疲れが出たのか? 僕の方にもたれて彼女が気持ち良さそうに眠っていた。
その安心しきった寝顔がやけに愛おしく、心も身体も繋がりあった男女の馴れ合いともいえる安心感がそこあった。

「愛とか……恋とか……」
眠っていると思った彼女が突然しゃべり出した。
「……ん?」
「人はよく口にするけど、頭の中で考えた『 愛 』と生身の身体でする『 恋 』は違うのよ」
「うん」
「愛は好きだと感じる感情であって、それは自然でも動物でも感じることができる」「確かにそうだね」
「だけど恋は相手を自分のテリトリーに受け入れられるかどうかの問題なの」
「そう?」
「頭では好きでも身体が拒否してしまう人がいる。生理的に嫌悪してしまう人とは相手がどんなに立派な人でも、女はセックスなんか出来ない。あの雨の日に逢ってすぐに抱かれた、わたしを軽い女だと思ったでしょう? でも違うのよ。わたしはあなたの全てを受け入れたいと思ったから付いて行ったの」
「……そっか、嬉しいなぁー」
今さらの告白になんだか面痒いもの感じながら、それは相性が良いってことだと思った。
「初めて会った時、わたしと同じ空気を感じた。どこか寂しそうだった」
「僕が?」
「捨てられた仔犬みたいな目をしてた」
まるで可哀相な人みたいな言われ方だ。
「大人が寂しいとか、それは弱さでしょう」
「違うよ。弱さとかじゃなくて……誰かにきちんと愛して貰っていたら寂しさは感じない」
「僕は誰にも愛されていないと思った?」
「わたしもそう。だから似た者同士」
「恋人とか家族とか僕には必要ないと思ってる」
「縛られるのが嫌い?」
「たぶんそう」
「だけど……自分の根っこを誰かに握って貰っていたら、すごく安心できる」
「君には根っこを握ってくれる人がいるじゃないか」
僕と違って帰りを待っている人がいるくせに――。
「……あの人じゃないの」

いったい僕に何を期待しているんだ?
セックス以外で君を満足させられるものなんか、僕は持っていない。ふたりの関係に恋愛の要素を嵌めこんだら、後々傷つくことは目に見えている。
君は何を求めている?
 真実なんて誰にも分からないし、それを知ったからといって何かが変わるわけでもない。
日々、自分を脱ぎ捨てて生まれ変わりたいなんて思っちゃいない。ただ流されるように惰性で生きていければいいんだ。日々是平穏無事、これに勝る幸福はない。
二度と弱い自分に流されたくない。


  【 レジリエンス 】

誰かの溜息で
紅く染まった紅葉
風に巻き散らされて
紅い絨毯が敷き詰められた
一歩 歩む度に
カサッ カサッ
と、小さな悲鳴を上げる
その一枚を拾って
空に翳してみれば
紅い残像が
瞼の裏に焼きついた

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季節を追うと
遠くへ 遠くへと
逃げていってしまうから
この寂しさは
何処へ捨てにいこうか

静謐な秋の日に
掌の中で光を放つ
朱色の実が甘く熟れてゆく
季節はいく度も再生しながら
真っ白に純化する
気持ちひとつで
寒い季節も越えていけると
折れない心
拳を握り
空を見上げて
雲の行方は風に訊けばいい




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-13 17:05 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑨

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第七話 ランプの宿

山間を深く分け入って、やがてふたりの乗ったバスは終点のバス停に到着した。
そこは見渡す限りのすすきの原だった、少し冷たい秋の風がすすきの穂を揺らしていく……ひとっこ独りいない荒涼としたすすきの原で、ふたりは抱きあって長いキスをした。
抑えていた激情を解き放つように、強く抱き合って互いの唇を求め合った。

――そして世界は、ふたりのために時を止めた。


  【 Kiss 】

a0216818_225680.jpgKiss……
ふたりの
熱い吐息が
重なって
求め合う唇
ふたりの呼吸は
ひとつになり
鼓動が時を刻む
甘い蜜のような
官能に
身も心も融けていく
この愛が
永遠に続くように
ふたりの
Kissは終わらない


山深く木々は紅葉し始めようとしていた。山道の脇を流れる渓流から水音が聴こえる。時おり鳥の鳴き声もする。それ以外の音がない。都会の喧騒から逃れて、ここは別世界のようだ。
渓谷沿いにぽつんと建った一軒宿、古く趣きのある木造二階建の日本家屋、夜になればランプの灯りだけで部屋を照らす、ここが目的の『 ランプの宿 』である。
まさに逃避行にはうってつけの宿だ。

宿に着くと、年老いた番頭さんが部屋まで案内してくれた。こじんまりした旅館で、僕らの部屋は二階の十畳ほどの和室だった。大きな窓があって山々の紅葉がよく見渡せる。
ネットで検索して予約を入れた宿だが、紅葉のシーズンだと言うのに、平日のせいか泊り客は僕らだけみたい。
彼女は通された和室の中をきょろきょろと見回って、窓から首を伸ばしの遥かな稜線を眺めていた。やがて宿の女将が挨拶にやってきて、夕食の時間を訊いていった。
夕食まで、まだ少し時間があるので彼女は売店を覗きにいくと部屋を出て行った。

隠密旅行なのにお土産を買って帰る気か? 分からん女だと呆れた。
畳の上で大の字になって寝転がっていると、にこにこしながら彼女が戻ってきた。
「売ってた! ご当地キティ」
「なぁに?」
「わたし、旅行にいくと必ずご当地キティ買うの」
猫好きの彼女はご当地キティのコレクターらしい。
「はい、これはあなたの分よ」
旅館の名の入った小さな包み紙を渡された。
「携帯ストラップなんか付けないけど……」
「お揃いのストラップなの。わたしだと思って持っててよ」
まるで女子高生みたいなことをいう。
いい年こいた大人がお揃いのキティのストラップを付けるなんて発想、僕にはありえない。
せっかくの彼女からのプレゼントを無碍に断るのも悪いと思うから、
「ありがとう」
ポケットに包み紙を突っ込んだ。

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「詩人ってどんなことするのさ?」
ふと頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつけてみた。
「えーと、所属してる同人誌に作品を発表したり、ネットで詩のサイトに投稿したりして、そこで批評しあったりする」
「へぇー」
「わたしの詩は恋愛詩が多いから評価が低い。公募にも入選できない。やっぱり戦争とか、差別とか、環境問題とか社会派でないとダメみたい。そういうのってよく分からない」
「だろうね」
「恋愛詩なら、作詞家になればって詩人仲間に言われたけど、わたしは詩というコンテンスに拘ってるの。わたしが紡いだ愛の言葉を知らない人たちが口ずさむなんて気持ち悪いでしょ?」
「あははっ」
「詩人って変わった人が多いのよ。気分屋だし約束や時間守らないから付き合い難い」
その変わった人たちの君も仲間だという自覚がないようだ。
何気ない僕の質問に、真剣に答えようとしてくれる。詩の話になると彼女は饒舌だ。だがしかし、話が長い!
「ねえ、わたしの詩集があるんだけど要る?」
「いらない」
僕の即答に、チェッと彼女が舌打ちをした。
おやおや、詩人のプライドが傷ついた? 子どものような無邪気さと老婆のような老獪さを併せ持つ彼女は、その精神のギャップにいつも苦しんでいた。
時々、『 心の在りかが分からない 』とか意味不明なことを口走る、心の在りかっていったいなんだ?
それって、詩人がコトバによって実体化させた感情ではないだろうか?


  【 コトバ 】

コトバが頭の中を舞っている
ふわふわと漂うように煌いて
それはジグソーパズルの1piece
寄せ集めて物語が創られる

いつも心象風景の中にいた 
本当の空の色を知らない
妄想の中で呼吸をしてたら 
自分を探せなくなっていた

鳥籠に入って鍵を閉める 
そこから恐る恐る 外を眺めていた
すべてはモノクロームの世界 
感情のえのぐで色を着けていく

昼間の月 忘れられた情熱
わたしの心にコトバが降ってきた
その1pieceを捕まえて
あなたの胸に突き立てる

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   第八話 月詠みの女

「ねぇー、ここ露天風呂があるんだってぇー」
「そう」
「ふたりで入ろうよ」
「えっ? まずいよー、誰か入って来たらどうするのさ」
「大丈夫だって! 泊り客はわたしたちだけみたいだし」
「そうかなぁー」
「さっき売店のおばさんが『 清掃中 』の札を掛けといたら、家族風呂として使えるって言ってた」
「売店でそんなことまで訊いたのか」
「はい。これがおばさんのスキルでーす」
外はすっかり日が暮れて、夜の帳が降りていた。ランプ灯りしかないこんな暗闇じゃあ、誰にも姿が見えないだろう。
「じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか?」
「うんうん、行こう、行こう!」
嬉しそうにはしゃいで、僕の腕を取って露天風呂の方へ引っぱっていこうとする。

まったくもうぉー、子どもみたいな女なんだから――。

温泉の脱衣所で素っ裸になった僕たち。露天風呂に出るドアを開けると冷たい秋の風が身体中を撫でた。ブルルッと震えて、慌てて湯船に飛び込んだ。
そして乳白色の柔らかなお湯に手足を伸ばしてゆったリと浸かる。じんわり身体中に浸み込むような温泉のお湯の温かさ。
女と風呂に入るなんて久しぶりだった。
心のセキュリティーの固いこの僕は、親しくなった女ともあまり馴れ馴れしくしないし、させない主義だから……それなのに彼女ときたら、どかどかと僕の境界線へ踏み込んでくる。そして、いつの間にか彼女のペースになってしまった。
――強引だけど、なぜか拒絶できない不思議なオーラを放っている。

「えいっ」
いきなり彼女が、湯船に浸かっている僕にお湯をかけた。
「こらっ!」
「あはははっ」
「しかえしー」
ザバッとお湯を彼女にかけたら……
「ああ! 髪がびちょびちょー、もぉー!」
怒りながら笑っていた。
自分が先にお湯をかけたくせに……子どもみたいに僕らは露天風呂でじゃれあっていた。

ふたりを照らすのは月の光とランプの灯りだけ。仄暗い光が彼女の裸体を白く浮かびあがらせていた。
――それは幻想的な美しさ。
湯船の中の彼女の身体を引き寄せて優しくキスをした。

「今宵の君は僕のもの……」

恥かし気もなく、そんな言葉を口にしていた。


  【 月詠み 】

 ◇赤い月 ◇

男の背中ニ 爪ヲ立て
傷口から滴ル血で
夜の月ヲ 赤く染めル
背徳の赤い月ヲ見てはイケナイ
月の狂気が わたしヲ惑わス

『 愛は全てを奪うこと 』

熱く滾ル 生命の水ヲ
この身ニ注ぎ込ンデおくレ
   
   
 ◇青い月 ◇

青白き月の夜
交ざり合えない『 コトバ 』は
ため息になって消えていく
封印された『 コトバ 』が
月の雫に融けていく

哀しみの月姫
玲瓏なる青き月の光よ
その冷たい横顔は
千の夜の孤独を越え
ひとり天上を目指し昇りゆく

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 ◇蒼い月 ◇

漆黒の闇の中 
蒼い月が出ましたら
魔女の化身 
黒猫は月に嗤う
今宵 愛しい男に
呪いをかけませう
あなたを誰にも渡さない 
逃さない
どんなに足掻いても 
後戻りはさせないわ
月夜の接吻は 
何故か血の味がした

星屑も消え 
蒼い月は水面に揺れる
魔女の化身 
黒猫は月に啼く
今宵 
疵つけ合うように求めあう
あなたを恋い慕う 
この熱情は狂気となり
闇を引き裂き 
無限地獄へ堕ちていく
愛の刻印 
背中に深い爪痕を遺します




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-12 16:37 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑧

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


   第五話 金木犀の風

   金木犀の風
   甘き香に心酔い
   ふと立ち止まり
   懐かしき人を想う
   夕暮れの街角

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――街に金木犀の風が吹く季節になった。
夏の終わりに『 猫公園 』で偶然彼女と出会ってからひと月は経つだろうか、あれから彼女は何も言って来ないし、たぶん旦那とまた上手くいっているんだろうと思っている。
あの日、『 猫公園 』で彼女と取り留めない話をしただけで別れたが……彼女を僕の部屋に誘いたい下心があったけど、普段着の彼女を拉致する勇気が僕にはなかった。
彼女は彼女の日常に帰っていく、その不文律を僕の欲望で壊すことなんかできない。
僕らの関係はとてもデリケート、微妙なバランスで保たれているのだから……。


  【 綱渡り 】

わたしの中で 
オンナが疼く
あなたに
逢いたい 逢いたい
この激しい衝動を 
抑えられない

優しいあの人の 
背中に嘘をつき
そっと部屋を出て 
足早に向かう
あなたが待つ 
その場所へ

優しいあの人は 
大事な人
逢いたいあなたは 
恋しい人
どちらの愛も
捨てられない 

人を傷つけても 
愛を乞う
わたしは罪深い
オンナだけど
ここまで来て 
後戻りは出来ない

この危険な
バランスゲーム
いつか崩れて 
すべて失うだろう
その覚悟を胸に 
愛の綱渡り


彼女のことは『 女 』として愛おしい。
だけど、彼女の人生を背負い込む勇気は今のところ僕にはない――。自分のことで精一杯で彼女を支えてあげられるだけの余裕がないんだ。『 愛している 』という言葉に伴う責任から、ずっと逃げている。
愛なんか信じない、そう思って自分の感情を押し殺してきた。
これからだって、そのスタンスを変える気はないけど……。

それでも、雨が降ったりすると彼女のことをぼんやり考えたりもする。来ないかなぁーと、心の片隅で期待してしまう。
いつの頃からか、心の中で彼女の存在が大きくなった。
お互いを縛らない自由な関係は、相手を縛れない寂しさがある。
今頃どうしてるのかな? 無邪気で危なっかしい女、そんな彼女に逢いたくなる。
逢いたいと思うほど、寂しさが募るばかり……。


  【 痛い 】

1日のうち1分でも
あなたはわたしを
想ってくれているかしら?

わたしは1日のうち
1秒としてあなたを
忘れたことはない!

そんなことを……
考えなければよかった
みじめで悲しくなった

そんな自分が痛い!

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   第六話 逃避行

朝のまどろみの中、ベッドで惰眠を貪る僕の耳に、ドンドンドン……と乱暴にドアを叩く音が聴こえてきた。
「誰だよ……」
ベッドの脇に置いた携帯の時計を見ると、まだ七時前だ……。
「冗談じゃないぜぇー」
イラストレーターの僕は完全な夜型人間である。
朝は十時より早く起きたことがない、こんな僕になんという乱入者! 憤慨しながらドアを乱暴に開けて怒鳴った。
「誰だっ!?」
「わ・た・し」
満面の笑顔で彼女が立っていた。
「嘘だろう、何でこんな朝早くから……」
ぶつぶつ言いながら、彼女を部屋に通した。

低血圧のため、朝は元気が出ない僕……。
今朝は彼女にコーヒーを淹れて貰う。僕は熱いブラックコーヒー、彼女はいつもの薄温い牛乳割りのヘンテコなコーヒー。
「ねぇーねぇー、あのさぁー」
「なんだよ!」
いきなり朝早く起こされて不機嫌な僕はブスッとした顔で応える。そんな僕の態度を気にする風もなく、彼女はやたら楽しそうだった。
「一緒に旅に出よう!」
「えぇーっ!」
飲んでいたコーヒーを思わず噴きそうになった。彼女はいつだって突拍子もない。
「あのさ――温泉に行こうよ」
「急になんだよ」
「温泉いきたい! 温泉いきたい!」
「……温泉かぁー」
彼女の口から何度も発せられた『 温泉 』という言葉に少しそそられる。ふたりで旅行もいいかもしれない。
「うん。それでどこへ行く?」
「あのねぇー、山奥に『 ランプの宿 』っていうのがあるんだって。そこへ行ってみたいの」
うきうきした顔で彼女がいう。
どうした訳か――今日の彼女はテンションが高め。こんな楽しそうな彼女を見るのは久しぶりかな?
まるで子どもが《遊びましょう》って、家に誘いにきたみたいだ。無邪気な彼女の態度に思わず笑みが零れる。
「よし、行こう!」
「わーい」
パソコンで『 ランプの宿 』を検索して、宿の予約と行き先の路線を調べてから、僕らは旅立った。

――それは、現実生活(リアル)からの逃避行だった。


  【 L et's try!】

ねぇ 深呼吸したら 風の色が変わったよ
眠っていた サナギが目覚め始めた 
わたしを揺り動かす うねるような焦燥感

何か 新しいモノを求めて 『 L et's try! 』
ここには もう留まってはいられない
広げた地図をたたんだら 旅立ちの準備

あのね あなたがそっと教えてくれた
秘密の暗号 今も心の中で解いているよ
優しかったあの人 ずっと忘れないから

だから みんなにバイバイって手を振るよ
たんぽぽの綿毛たち 一緒に連れて行って
小さな温もり抱きしめて わたし旅立つ

        『  求めよ、さらば与えられん。
           尋ねよ、さらば見出さん。
           門を叩け、さらば開かれん 。 』

             新訳聖書 「マタイによる福音書」より

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主よ あなたの言葉を信じます!
わたしは その扉を何度も叩きます
何度でも 何度でも 『 L et's try! 』


僕らは幾つもの電車を乗り継いで、どんどん都会から遠ざかっていく――。行き着いた山奥の駅から一日三本しか出ないバスに乗り継いで、ついに目的の『 ランプの宿 』へ向かおうとしている。
バスの乗客は彼女と僕のふたりだけ、まるで貸切バスが僕らを遠い世界へ連れ去って行くようだ。

僕らはまるで逃亡者にでもなった気分だった!
渓谷沿いの険しい山道をバスはどんどん登っていく。ガードレールもなくタイヤがスリップしたら谷底へ真っ逆さま、舗装もされてない山道なのでバスは大きく左右に揺れる。遊園地の絶叫マシーンより、よっぽどスリルがある。
彼女は怖いのか? 僕に腕を絡めてぴったりと寄り添っている。
密着する彼女の肉体から女の匂いが立ちのぼって……劣情をそそられたが……そんな自分を抑えていた。
焦るな! この旅のあいだ、彼女は僕だけのものになる。




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-11 16:18 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑦

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第三話 愛の賞味期限

まあ、落ち着いてから家に帰った方がいいと思うので、もう少しだけ彼女の話を聞いてやることにした。
「夫はわたしを家の中にある家具くらいにしか思っていない。そうテーブルや椅子みたいに……ないと不便、ないと体裁が悪いから、だから置いているだけ……」
「それでも必要とされているなら、それで良いじゃないか」
「わたしは家具じゃないわ!」
「…………」
「いつだって夫は、わたしの心を見ようとはしない。いつも知らんふり、わざと無視して……もう諦めているけれど、一緒に暮らしていてもお互いに分かり合えない。孤独で不安な毎日がいつまで続くんだろう。もう疲れたの、こんな虚しい結婚生活に……」
夫への愚痴をぽつりぽつりと喋る彼女――。
夫婦げんかの原因をきちんと話さないから、どちらが正しいのか、判断が出来ずに僕は困っていた。
相変わらず、論点の反れたことしか言わない女だから、夫という人の苛立ちも分からなくはないか。

   人って 悲しいね
   嫌なことでも
   諦めてしまえば 慣れてくる
   そうやって 心が死んでいく
   空っぽの心が泣いている
   生きるって 悲しいね

「――そんな不満ばかり言っても仕方ないよ。お互いに歩み寄らなければ……一緒には暮らしていけないだろう」
「……うん」
納得できない顔で彼女が頷く。
「夫の庇護の元で暮らしてる専業主婦なんだし、ちょっとは我慢したら……」
「わたしは夫の所有物じゃないわ!」
「いや、そういう意味じゃない」
「心があるのよ、今の生活には心の居場所がないの」
自分ひとりが不満みたいに彼女はいうが……先日の仲睦ましい買い物風景を思い出しても、そんな悲惨な結婚生活を送っているようには見えなかった。
すぐに女は自分だけが被害者みたいな顔をしたがる。

「……じゃあ、君はどうして夫を裏切っても平気なのさ?」
僕の問いかけに彼女は一瞬、はっと息を呑み瞳を強張らせた。
「心を踏みにじっているのはお互いさまじゃないか、君ら夫婦は……」
ずいぶん意地の悪い言い方を僕はしている、分かっていてわざと言ってしまった。
「……そうね。わたしも悪いことは分っています」
怒り出すかと思ったら、素直に自分の非を認めたので拍子抜けしてしまったが、言うて、この僕も共犯者である。

左の薬指の指輪をいじりながら、ぽつりと彼女がヘンなことを言いだした。
「愛にも賞味期限ってあるのかなぁー?」


  【 賞味期限 】

冷めてしまったスープを 温めなおしても
出来立ての あの美味しさが戻らないように
冷めてしまった愛は 心が凍えるだけ

賞味期限切れの愛を捨てられない わたしは
イライラをつのらせて 相手を攻撃する
あら探し 皮肉 嫌味 言葉のナイフを振りかざす

優しさが切れた愛は もはや凶器なのだ
冷めたスープも 賞味期限切れの愛も……
捨ててしまうしか ないのだろうか?


再び、ベッドに横たわり、なかなか帰ろうとしない彼女に少し苛立ってくる。
「自分の存在を愛しんでくれる人と暮らすのが……それが愛だと思う」
「どうして愛ばかり欲しがるのさ」
僕にとって『 愛 』という言葉は口にする度、ほろ苦い。
「愛は生きていくための栄養、それがないと心が痩せてゆく」
「君は欲張りなんだよ」
「違うわ。ささやかな願望よ……愛のない人生なんか……わたし、生きてる意味がない」
彼女は吐き出すように呟いた。
「そういう君は誰かを真剣に愛したことがあるのか? 僕はある。その結果、愛が信じられなくなった」
もう顔も忘れてしまったが、部屋を出ていく女の後ろ姿だけがこの目に焼き付いている。
「わたしは、ただ……」
「……ただ?」
「ちゃんと女として愛されたいだけなの!」


  【 イヴ 】

わたしのナーヴァスをあなたは知らない
胸の奥に巣食う腫瘍から
躯中に毒が廻る
身悶えするような熱情が
不完全なわたしに火を放つ

赫い林檎を食べた日から
この身に孕んだ
情欲という炎の架刑
それは愛だと思っていた
それを愛だと信じていたのに……

女の肌に纏わりついたのは
一匹の毒蛇だった
誰のものにもならないわ
心を縛る鎖なんかいらない
自由に生きる

   ― わたしはイヴ
    『 おんな 』という女 ―

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「もう帰りなよ。旦那も、今頃はきっと心配しているさ」
優しく肩を抱いて、言い聞かせたつもりだったのに、突然、僕の手を振り払って彼女は激昂した。
「分かったわよ! 迷惑だったら帰るからっ!」
「迷惑なんて言ってない! 今日のところは帰った方がいいと言ってるんだ!」
いきなり枕が飛んでくる。
「冷たい人ね! 女をセックスの道具だとしか思ってないの!?」
さすがに、その言葉にはブチ切れた!
「ああ、そうだと言ったらどうなのさ? 愛なんか信じるものか! 僕のところを夫婦げんかの避難場所に使わないでくれっ!」
強い口調できっぱりと言った。
「…………」
その言葉に彼女は沈黙し、僕は机に向かって仕事を始めるフリをした。
「ごめんなさい」
消えそうな震える声で謝った。
しょんぼり項垂れて……泣いた顔を洗面所で流してから、帰る支度をすると、黙って僕の部屋から立ち去った。

――その後、僕も項垂れて……。優しくない自分 に自己嫌悪していた。
あんな風に帰っていった彼女は、傷ついて、もう二度と僕の部屋には来ないだろう。嘘でもいいから優しいフリをしてやれば良かった。
しょせん彼女にとって僕はセフレ以上、それ以下でもない。
いつだって本音で物を言う僕は冷たい人間かもしれない。『 夫婦げんかの避難場所 』それでも……ひと時の優しさを求めて、僕のところに逃げ込んてきた彼女に、ひどい言葉を浴びせて、帰らせるべきではなかった。
ああ、僕という人間はなんて薄情者なんだ。


  【 針金の未来 】

針金の先端の尖った針が
心に突き刺さって血を流す
薄い膜に覆われた半透明の未来
触れると壊れそうで怖い

漠然と広がる未来は
わたしをいつも不安にさせる

指先に沁み込んだ漂白剤のにおい
こんなもので何も消せやしない
やじろ兵衛のバランスは
微妙な沈黙で保たれている

心はゆらゆら揺れながら
心地よいバランスを探している

進むのが未来なら止まっている
今も未来の断片なんだろうか
誰も知らない未知のステージ
未来は針金のように曲げられる

『 針金の未来 』 まだ構築されていない
その隙間を夢で埋めていくんだ

I demand it!
The future to hope sometime is made

いつか 希望する未来が創られる

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   第四話 猫になりたい

僕らの町には『 猫公園 』と呼ばれる緑地公園がある。
飼い主に捨てられた猫や野良として生まれた猫たちが餌場として集まってくる場所だ。
ボランティアの人たちが野良猫の避妊手術や生まれたばかりの仔猫の飼い主を探したりしている。通常二十、三十匹の猫たちがこの公園で餌を貰い、日向ぼっこしている。
野良猫たちに餌を与えることに関して、世間ではいろいろと賛否両論があるようだが……僕はそんなことまで言及しようとは思わない。
野良猫たちも生きている、同じ地球の生き物じゃないか? なぜ全て人間本位の価値観で彼らを邪魔者扱いしようとする。いつから人間は神さまより偉くなったんだい?
無責任かもしれないが、ただ猫が好きだから、ベンチに座って彼らの日常を眺めていたいだけなんだ。
煮干しの袋を持っていると、足元に五、六匹猫が集まってくる。もちろんお目当ては僕じゃなくて、煮干しの方だけどね。
黒やら白やらトラやら……ばら撒いた煮干しを猫たちが夢中で食べている。
「こいつらも生きてるんだなぁー」


  【 野良猫 】

猫のような男に恋をした 
自由で気まぐれ屋さん
ぷいと何処かにいなくなって 
いつもわたしを心配させる
まるで 野良猫みたいな男なんだ

ふいに帰って来て 泣いているわたしに
『 君がいないと 呼吸が出来ないんだ 』 なんて
ころし文句で わたしをメロメロにさせる

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『 俺は優しくないよ 』って言ったよね
優しくなんかなくていい 
わたしの元に帰って来てくれるなら

暖かいミルクと寝床を用意して 
いつも待っているから
わたしが愛することを止めれば
それだけで終わってしまいそうな 
儚い恋だけど……
あなたがわたしに贈ってくれた 
詩だけは宝物だよ

こんな寂しい想いはしたくないから
今度 野良猫が帰ってきたら 
首に赤いリボンをつけて
銀のゲージに閉じ込めて 
鍵を掛けてしまおう

その鍵はわたしの胸の奥に 
そっとしまっておくよ


「あらー!」背中から素っ頓狂な声がした。振り向くとなぜか、そこに彼女が立っていた。
「おっ?」
「どうして、ここにいるのよ?」
「猫に餌やってた……」
「わたしも猫に餌やりにきたの」
そういって彼女は僕の隣に座り、スーパーの袋から猫缶を取り出した。フタを開けると紙皿の上に盛ってから猫たちに与えた。猫たちはすぐさまに猫缶に群がり食べ始めた。もう僕の煮干しなんか振り向きもしない。
「そっちの方が人気あるね」
「ふっふっふっ」
得意気に彼女が笑う。
そう言えば、彼女は猫好きだが旦那が潔癖症で家ではペットを飼わせてくれないと嘆いていたっけ。それで『 猫公園 』に来て猫たちに餌をやっているのか。
「わたし、猫の人に媚びない自由さが好き」
「猫は気ままだから……」
「猫になりたい」
「どうして?」
「人間やめたいから……」
「あははっ」
相変わらず、妄想じみたことをいう女だ。

   わたしに首輪は付けられない
   さぁ 捕まえてごらん
   ひらりと身をかわす
   軽やかに逃げていく

   わたしの心は誰も縛れない
   束縛を嫌う猫だから
   たとえ傷ついても
   自分の信じる道をいく

いくら猫になりたいと望んでみても、しょせん人間だから自由になんて生きられない。
彼女を縛っている首輪が『 結婚生活 』という約束された怠惰な日常かも知れないが……それによって守られている部分があるはずなんだ。
無邪気な目で猫たちの姿を追っている彼女に――気になっていたので、先日のことを何気なく訊ねてみた。
「あれから、どう?」
「……うん」
「仲直りした?」
「テキトー」
彼女は曖昧に笑う。テキトーって? なにそれ?
どこか投げやりな言葉に絶望感が滲んでいた。思い通りにならない人生に辟易して、諦めることで折り合いをつけようとしている彼女の姿。
苦悩と対峙するより、何も感じないでいようとしているのかもしれない。

――みんな思い通りになんか生きられない。
なんてことを言ったところで彼女は納得しないだろう、詩人の彼女は自分の感情論でしか世の中を見ようとしない。
いつまで経っても子どもみたい、ピュアな心で生きている。
彼女の『 結婚生活 』について、部外者の僕がとやかく言える立場ではないし、この問題に口を挟めば僕にも責任が生じるのは分かっているから……これ以上は訊くのは止めた。
しょせん僕はずるい人間だから……。

「猫って、なにを考えてるんだろう?」
「……さぁー、餌のこととテリトリーのことかな?」
「夢とか見るのかなぁー?」
「どうだろう? 猫に訊いてみないと分からない」
「猫になって猫の夢を覗いてみたいなぁー」
いい年こいて、頭の中がメルヘンおばさんの彼女、君の頭の中を覗いてみたいと僕は思う。
『 猫公園 』の猫たちは、いつも餌を貰っているので栄養状態がとても良い。肥っていて毛艶もきれいだ。満腹になった猫たちは毛つくろいを始めた、前脚をペロペロして耳の後ろを毛つくろっている。
明日は雨になるのかなぁー。


  【 野良猫 Ⅱ 】

a0216818_19485148.jpg猫を飼う夢をみた
その猫は黒い毛並みで 眼はブルー
艶やかな野生の猫だった 

恋に積極的なあたしは
いつもフライング 膝小僧から血を流し
その度に 天を仰いで涙をぬぐった

ねぇ あなたのこと聞かせて
何でも知りたいの 声・言葉・癖
ぜんぶ飲み込んで わたしの細胞にする

もう一度 猫を捕まえたくなった
あたしはハンター 今度は逃がさないから
あなたとなら また響きあえるよね

時が来れば 『 あなたの元に行きます 』
メールの文字が嬉しくて 心が弾んだ
きっと 今度こそ野良猫を飼い慣らしてみせる




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-10 14:49 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑥

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて美人ではないが
心映えの美しい、そんな女だから。



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― 第二章 憂鬱な彼女と僕 ―


  第一話 愛の言霊

彼女は雨の日になると、時々アパートにやって来て『 僕の女 』になってくれる。
いつも小型のパソコンを持ち歩き、白いUSBメモリには魂が封じ籠められているという、そんな彼女は自称詩人である。
その彼女が来なくなって、たぶんひと月は経つだろうか? 
退屈だが平凡な日常を繰り返している――僕。

一週間ほど前になるが、彼女を見かけた。
僕らの住む町にある大型ショッピングモール内のスーパーマーケット、彼女はショッピングカートを押して、たぶん夫とおぼしき人物と買い物をしていた。
ふたりはおしゃべりしながら、次々と食材をカートに放り込んでいく。どこにでもいるような平凡な夫婦の買い物風景だった。
偶然、見かけた僕だったが……彼女の夫婦仲睦ましい姿を見ても、その夫(後ろ姿しか知らない)に対して、嫉妬心とか湧かない。彼女を独占したいとか、そういう気持ちはあまりないからだ。
ただ、僕のアパート以外での彼女の現実生活(リアル)を見てしまい、戸惑ったことは確かである。

その日は雨ではないけれど、久しぶりに彼女が僕のアパートを訪れた。
トントントン……と、遠慮がちにノックする音がして、開けてみたら彼女が立っていた。
薄手のジャケットとジーンズの彼女は、ふらりと近所へ買い物に行くような普段着姿だった。
「久しぶり」
「うん、元気だった?」
久しぶりに見た彼女は、恥ずかしそうに薄く笑った。
「あがんなよ」
「うん……」
少し緊張した面持ちで、彼女は部屋に上がってきた。
思えば……あの日の夕暮れ、携帯の呼び出しで急いで帰っていった以来だった。――もうずいぶんと昔のような気がしてならない。

キッチンテーブルの椅子に彼女が座り、僕はインスタントコーヒーを淹れてやる。
猫舌の彼女のために牛乳で薄めた生温いコーヒーだが、それを美味しそうにひと口飲んで、
「長いこと来られなくて、ごめんね」
と、僕に詫びた。
「いいよ」
僕らはお互いを縛る関係ではないんだから。
「鬱で外出できなかったから……」
えっ、今、彼女が嘘をついた? 
先日、スーパーで旦那と仲睦まじく買い物してたじゃないか? 僕は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
彼女には彼女の事情があるのだろう。それを無理してまで逢いに来てくれとは言えないし、そんな権利は僕にはない。
ただ、そんな底の浅い嘘をつかれたことに対して、少しばかりプライドが傷ついたことも確かだ。
それ以上の会話の虚しさに……僕は彼女を引きよせキスをした。彼女も舌を絡ませて僕のキスに応えてくれる。

男と女は言葉を使わなくてもコミュニーケーションする術(すべ)があるから――。


  【 白夜 】

恋人よ
その唇に
甘き吐息を重ねよう

永遠の時は
数えられないけど
砂時計は刹那を刻む

明けない夜
ふたり魚になって
白い川を泳いでいく

愛染の
罪は深まりつつ
快楽は心を失くす

もう何処にも
逃げ場などない
針一本の隙間さえない

白い夜
ふたり重なり合って
波に揺られ溶けていく

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「逢いたかった……」
小さな声で彼女が呟いた。
彼女の中に果てて、繋がったまま覆いかぶさって、ぐったりしている僕の耳元で……。
もしも、それが本心から出た言葉ならば、涙がでるほど嬉しいと思った。彼女が僕をどう思っているのかなんて、今まで真剣に考えたこともなかったが……。
彼女の「逢いたかった……」そのひと言で、実は自分も逢いたかったのだと思い知らされた。
ただセックスの関係だけではなく、肌が触れ合う温かさ、優しさ、愛おしさ――この時を僕だって渇望していたのだ。
「逢いたかった……」それは彼女が放った愛の言霊だった。


  【 愛の言霊 】

沈みゆく夕陽の
叫びにも似た紅緋色
世界を燃やし尽くすように染めていく

心の渇望は際限なく
乾いた土が水を欲しがるように
あなたの言葉に耳を傾ける

わたしの葛藤は……
ざわめく言霊たちが交差する
未完成な箱庭の中にあって
小さな隙間には
希望が封じ込められている

あなたの差し出すパレットには
様々な色が塗り込まれていて
わたしの心に触れて
また新しい色に変わる

言霊はわたしの躯を廻り
群青の空へと解き放つ
紅緋色の胸『 愛の言霊 』を抱く巫女

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   第二話 憂鬱な彼女

「ねぇ、今夜泊っていってもいい?」
ベッドから起きて、のろのろと帰る支度をしていたが、ふいにそんなこと言いだした。
「別に……いいけど」
なぜか、いつもと少し様子の違う彼女が気になっていた。
「どうしたの? なにかあった?」
僕の問いかけに手を止めて、しょんぼりと俯いている。
「どうしたのさ、元気ないじゃん」
「……うん」
「話してみなよ」
「…………」
「なにがあった?」
「なにもかも嫌になった……死にたい!」
いきなり、そんなことを叫ぶと両手で顔覆って、わっと泣きだした。
抑えていた感情が噴出して、子どもみたいに声を上げて泣きだす。その状況に僕は驚き、戸惑っている。
少し落ち着くのを待ってから、僕は話を聞いてやることにした。


  【 虚無(うろ) 】

迷子のように いつも迷っている
遠くばかり見ていて 足元に落ちている
未来の地図を いつまでも拾えない

自分の甘さは分かっている
自分のズルさも分かっている
誰かにすがらないと
生きてゆけない 弱さも分かっている

『 何故 自分を愛せないのだろう? 』
ハリボテの頭で いつも考えている
幾度失敗しても それを学習できない
イビツで壊れたわたしは とても不安定

いつも消しゴムで こんな自分を消したい
衝動を抑えてる 自分の存在に価値なんかない
『 ダメな人間! 』
自分で貼ったレッテルが 心地よくて剥がせない

いつも自分を救う 術(すべ)を探してる
わたしの心の 虚無(うろ)には
誰の声も きっと届かない……

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ひとしきり泣いたら、すっきりしたのか、ようやく喋り出した。
「けんかして……飛びだした……」
「旦那と?」
「……うん」
「そっかぁー」そんなことだろうと思った。
彼女は普段着だったし、いつもの小型パソコンは持ってきてないし……。
ここに来た時からテンション低かったから、なんかヘンだとは思っていたが――やはりそういうことか。
僕から「話してみなよ」と言った手前仕方ない、今から夫婦げんかについて聞かされるのかと思うと、うんざりする。
「夫がぶった……」
「そう、大丈夫?」
「うん、それは大したことないけど……心が傷ついた」
「まぁー、暴力は良くないけど、たぶん相手も反省しているかもしれないから、今日のところは帰った方がいいよ」
こともなげに僕が言うと、
「……冷たいのね」
恨みっぽい目で僕を見て、彼女がそう呟いた。

出来るだけ平静を装った僕の言い方が、彼女にはひどく冷淡に聴こえたようだが……じゃあ、どうしろというんだ? この問題(夫婦げんか)に僕が首を突っ込んだら、ややこしくなるのはそっちの方だろう?
さっきの情事の後、彼女に、「逢いたかった……」と言われて、一瞬、とても幸せな気分なった能天気な僕だったが……単なる『 夫婦げんかの避難場所 』にされたことについて、僕だって傷ついているんだ。
彼女のくすり指を見る度、胸がちくりと痛む、どうせ僕のものにはならない。そんなことは分かってる、二人の関係がバレなければ誰も傷つかなくて済む、こんな状況での外泊はまずいだろう。
夜は長い。僕だって本当は帰したくないんだ。


  【 月下美人 】

漆黒の闇の夜
天上には燦燦と月は輝く
夜の華 月下美人は
月に焦がれて
艶やかな花弁で
ひと夜の恋に堕ちる

たとえ許されない恋でも
心に嘘はつけない
愛すれば愛するほどに
この恋は苦しみに変る
今宵 苦い『 罪の杯 』を
ひと思いに煽ってしまおう

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どんなに間違っていても 構わない!
たとえ狂ってると言われても 構わない!
すべてを壊してしまっても 構わない!

あなたに 愛するあなたに
触れていたい
愛を感じていたい
それだけが生きる望みだから
儚き華 月下美人よ
その哀しみをわたしは知る




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2019-01-09 20:08 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ⑤

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて特徴もない。
ただ白い肌ときれいな歯並びを持っている、そんな女。



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― 第一章 雨と彼女と僕 ―

  第九話 プラスチックな夜

夕方近くに彼女が起きだしたので、さっきのこともあって……。
外に食べに行こうと彼女を誘う。高いものは奢れないよと僕がいうと「いいよー」と嬉しそうについてきた、ふたりで初めての外食である。
僕らは人目もあるので、ずっとアパートの中でコンビニお弁当とか食べていた。
行きつけの牛丼チェーンのお店に入って、並を二つ注文する。彼女は量が多いからと僕の丼に自分のご飯を入れてきた。
こういうお店って、あんまり入ったことないんだぁー、キョロキョロとあたりを見まわして面白がっている。まったく子どもみたいな女だ。

食べ終えて店をでた僕らは、小雨の中、小さなビニール傘に身を寄せ合って歩いていた。


  【 雨宿り 】

降り止まない雨に
舌打ちして 空を睨む
思い通りにいかないことばかり
心がざらついて
軋んだ音が鳴りだす

苛立てば
心の瘡蓋はがれていく
『 いつも君を想ってる 』
あなたの声が降ってきた
疲れた心に灯りが燈る

泣きたい時は
あなたの胸で雨宿り
小さな傘でも寄り添えば
濡れなくて済むんだ
もうひとりで生きられない

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ようやく雨も止みそうだ。僕はさっき言い過ぎたことを彼女に謝ろうか、どうしようか……心の中で迷っていた、悪いと思っているが、どうも言葉が出てこないんだ。ふいに彼女の携帯が鳴った。
ボストンバッグから取り出して、相手と二言三言しゃべったら携帯を閉じて、ふーっと小さなため息を漏らした。

「わたし、すぐに帰らなきゃあ……」
「そう」
「ありがとう」
彼女は僕の手をギュッと握った。
「じゃあね、さようなら」
ぱっと手を振り払うと、くるりと踵を返し小走りで彼女は去っていく、その後ろ姿に僕は何も言えずに立ちすくんでいた。
急な別れだったので彼女にかける言葉も見つからず……。
たぶん、出張から夫が帰ってくるんだろう、それで彼女は急いで帰って行ったんだ。
きっと、今ごろは駅に向かって急いでいるのかな?
雨の日に拾った女だから、どこから来てどこへ帰るのか僕は知らない。

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  【 プラスチックな夜 】

汚れちまった悲しみに……
中也の悲しみは
なんだったんだろう?

彼は孤独人
人を欲しながら
人を拒絶していた

誰にも理解されない
孤独な運命を受け入れた
その引き換えに
神から創作の種を与えられた

深層に潜む
妄想の中の わたしに会いに行く
彼女はいつも
泣いてる! 叫んでる! 怒っている!

解放されない言葉は 澱のように淀んで
寸断された思考は 赤く錆びていく

優しさなんか もういらない!
生きる方法より 楽な死に方を!
激しい感情の起伏に疲れ果て
蓑虫みたいに 殻に閉じ篭る

灰色の孤独が骨に 
染み込んで
神経を腐蝕させいく……

プラスチックな夜
干乾びた魂が震えだす
無機質な抱擁で どうか包みこんで!

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  第十話 雨が止んだ

すっかり雨がやんだ。
僕はひとりアパートに帰ってきた、電気をつけるといつもの狭い部屋がなんとなく広く感じる。――きっと彼女がいなくなったせいだ。
ベッドの下に文庫本が落ちていた、彼女が読んでいた……拾って、表紙をぺらぺらめくると真ん中あたりに栞がはさんであった。
安部公房「砂の女」、学生の頃に読んだ記憶があるような、確か砂丘に昆虫採集に来た男が砂の穴に落ちてそこから出られなくなり、その穴に住むひとりの女と暮らす話だった。そう、ずっと砂が落ちてくるんだ……。
僕は彼女という雨の中に迷い込んで、囚われてもいいとさえ思う。

   「愛してる」という言葉の
   虚しさに立ち止まる

   「愛してる」という言葉の
   儚さに涙する

   「愛してる」という言葉は
   掴んでも掴んでも

   遠くへ逃げていく
   まるで蜃気楼ような……

彼女が残していったもの、読みかけの文庫本、シリアルの箱、そして……また彼女がやって来るかもしれないという、かすかな僕の期待感。
しょせんは他人の女だ、そんなことはよく分かっている。

雨の代わりに、今は冷たい風が窓を打ちつける。
無事に帰れただろうか、彼女のことが少し心配になる。僕は連絡をする手立てを知らないし、彼女にも聞かなかった。それを知ったら弱い僕になってしまうから……。
誰かを愛したら……その存在を失うのが怖い! だから最初から深入りしないように、心の中にいつも線を引いてきたんだ。

『 存在の意味 』が分からない彼女は永遠に孤独だろう。
『 本気で愛せない 』僕も寂しい人間だから、ふたりは惹き合ったのかもしれない。
僕らは魂と魂が呼びあって巡り逢ったのかな?

雨の女の存在が僕の中に沁み込んでいく。彼女を愛し始めているようだ……。

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  【 ロマンティック 】

君がいたら 何もいらないと
あなたが言う
あなたがいれば 何もいらないと
わたしは言う

この想い
強く強く抱きしめたなら
儚い泡沫に愛を重ねて
そのまま時を消していく

ふたりで過ごす この時は
愛に溢れた 至福のひととき
君がいたら 何もいらないと
あなたが言う
あなたがいれば 何もいらないと
わたしは言う

たとえ
許されない恋でも
求め合う心に嘘はつけない
心の中にいつもあなたがいる

あなたの心に寄り添って
わたしは生きていきます




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-12-26 15:28 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ④

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて特徴もない。
ただ白い肌ときれいな歯並びを持っている、そんな女。



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― 第一章 雨と彼女と僕 ―


  第七話 lonely heart

「誰かを真剣に好きになったことってある?」
ベッドの中で、いきなり彼女が訊いた。まだ余韻も醒めきらないうちに……。
「そりゃーあるさ」
「そう、でも女なんか信用してないでしょう?」
「…………」
「やっぱしね」
「なんでそう思うんだ?」
「なんだかそんな気がしたから……」
僕の心を探っているような、そんな彼女の態度が僕を不快にさせる。
僕らはそんな関係ではないだろう? 僕になにを求めている?
愛情? 優しさ? セックス?
ほんの少しの優しさとセックスしか彼女に与えられない。僕は愛とかそういう厄介なものには深入りしたくないんだ。
いつも心のセキュリティが自然に作動して、人と『 心の距離 』を空けようとする、どうしてだろう?
僕にも分からない……。


  【 piano 】

あなたの細いその指が
鍵盤に触れる時
弾きだされる旋律

わたしの躯を包みこむ
この胸に愛が充ちてきたら
心の琴線が震えだす

ねぇ愛してるといって……

こんなに想っていても
掴めないあなたの心
寂しさで萎れてしまう

あなたが奏でる音符には
悲しい音色が混じっていて
わたしの胸を絞めつけから

ねぇ愛してるといって……

なにも欲しがらないから
もっとわたしを求めてよ
あなたを感じて生きていたい

女は楽器この肢体を
あなたがかき鳴らせば
愛は切ないため息で果てる

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「あなたはわたしと話してるとき、肝心なことは聞き流そうとするよね? うちの夫もそうなんだけど……」
「それで……」
「聴こえないのか、聴きたくないのか、どっちなの?」
「……ちゃんと聞いてるよ」
そう答えると、彼女は小さな声で、
「嘘つき」
とだけいう。
「きみだって、人のいうことを信じてないじゃないかっ!」
ちょっとイラっとして僕は言い返した。
「女を抱いても、愛してくれないのね?」
「君だって、身体を許しても心を許すことはしないくせに……」
「…………」
「そんなことで愛は構築されない」
「……そうね」
「愛はもっと……」
「もっと……?」
「深いんだ!」
思わず叫んだ言葉が痛い。

「……わたし捻くれてるから、ごめんなさい」
そういって僕の頬に謝罪のキスをする彼女がいじらしい。その身体をギュッと抱きしめたら切なさが込みあげる……心のセキュリティが解除されてしまった。
「僕だって、失敗者だから……」
「失敗者? 挫折者じゃなくて?」
「うん……挫折までいかない……なんとなく不運で思うように生きられない人間なんだ……だから用心深いかもしれない」
「だから、女にも執着したくないのね?」
「たぶんそう、裏切られるのが怖いから……」

おそらく(女を信じられない)僕という人間の臆病さが、過去の恋愛の失敗の原因だったかしれないと思い当たった。
どういう訳か、心の奥を吐露してしまっている。こんな話をしても仕方ないのに……どうしたんだろう、僕は。
もしかしたら、必要以上に彼女に対して関心を持ってしまったのか?
しょせん、他人の女ではないか。僕は心の中で彼女の存在を打ち消そうとする。


  【 oneself 】

有刺鉄線を張り巡らし 
囲いの中でわたしは 
小さなプライドを守っていた
感情に触れたモノには 
鉄の棘で傷つけた

人の言葉に耳を塞ぎ 
空想の世界で呼吸していた
小さな砦の中では
自分の声しか聴こえてこない
孤独な魂は震えていた

寂しさから縛ろうとした 
弱さからすがろうとした
そして……
振りまわし 優しいあの人を
疲れさせてしまった

道の途中に立ち止まり 
行くべき道に迷っている
『 自分なんかいらない 』 
そう呟いて ぬかるんだ道を 
一歩だけ前に進む……

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静かに雨が降り続く。
湿気のせいで重くなった空気と布団が裸のふたりを包みこんでいる。なにも喋らなくなった彼女の呼吸が、時おり夜のしじまに溶けていく――。

僕らはこうやって肌を合わせていても、心は遠い。

「わたし……」
「ん?」
「いっぱい恋をしたよ、離婚もしたし……男と女は捨てたり、捨てられたり……だね」
ふーっと切なげにため息を漏らす。
彼女の人生がどんなものだったか知らないけれど、彼女なりに懸命に生きてきたんだろう。
僕らはもう若くはない、だからいろんな傷を持っている。時々、そこから血が流れだす。
「人を捨てるってことは存在を否定すること……それはいなかったと思うことなんだろうか? 必要ではないと思うことなんだろうか?」
彼女が自問するように呟く、その声に僕も自答しようとして、
……雨の音しか聴こえない夜、ぼんやりと闇の中で答えを探してみた。

   失ったモノ 戻らない そう思ってた
   失ったモノ 必要ない そう誓ってた

「わたしを捨てた男がそう詩に書いてたわ」
「そっか、存在を否定して、感情を切り捨てようとしているんだね」
「ええ、その言葉でわたしの愛は否定されて……捨てられたもの」
「失ったモノって君の『 愛 』ってことなんだ?」
「そう、彼の言いなりにならなくなって、そのことで彼はフラストレーションをつのらせて、わたしに怒ってたから。情は深いけど、もの凄く焼き餅やきな男だったから……」
「愛情と相手を縛る兼ね合いって……難しいよね」
「いつも監視されているようで息苦しかった。彼の愛が重すぎて逃げ出したかった……」
「……そっか」
「自由のない愛は耐えられない」
「……だね」
「それでも懲りずにまた誰かを好きになってしまう」
「あははっ」
「ひとりぼっちでは生きられない」
「うん……」
「ひとりは寂しい」
「…………」

彼女の生温かな息が僕の頬にかかる。こんなに傍にいても心はひとりぼっち。


  【 lonely heart 】

『 寂しい 』とあなたがいう
こんなに傍にいるのに
なにがそんなに寂しいの

君に逢えないと寂しい
君を待ってる時が寂しい
君の心が見えなくて寂しい
そう言って子供みたいに拗ねた

愛されていても
愛されていなくても
人は寂しいんだね

ひとりは寂しいくて
誰かの心に寄り添うけれど
寂しくないと思えたのは錯覚で
すべてを独占できるわけではない

好きなのに寂しい
好きになればなるほど寂しい
心はいつもひとりぼっち

寂しいと言われて
そう分かった瞬間が一番寂しい
私たち愛し合ったんじゃなくて
孤独を舐め合ってただけなんだろうか

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  第八話 傷つけあう心

朝、目が覚めると部屋の中に生活感のある匂いが漂っていた、僕の部屋なのに……。
「おはよう」
明るい声で彼女が挨拶をする。
「……おはよう」
なんだか照れる、この光景がまるでデジャヴみたい。記憶のひだが揺れた。
キッチンのテーブルの上に、ハムエッグとみそ汁と白いご飯が二人分並んでいる。
「朝ご飯作ったよ、食べよう」
「うん……」
朝はあまり食欲がないのだが、せっかく作ってくれたので一緒に食べることに。
彼女はフライパンが古くてテフロン加工がとれてて目玉焼きが張り付いて黄身が壊れたとか、わかめとお揚げのみそ汁がシンプルで好きだとか……そんな取り留めのないことをひとりでしゃべっている。
ごく普通のありふれた朝の情景、ずっと以前に僕が手放してしまった生活がそこにあった。
ひとり暮らしの気ままさに慣れて……なんだか違和感を覚える。
だけど……そこには懐かしさもある。

「美味しい?」
「うん……」
「ご飯お代わりあるよ、いっぱい食べて」
「もう、いいよ」
「じゃあ、残ったご飯はおにぎりにしておこうか?」
「あぁ……」
彼女がずっと昔から一緒に暮らしているみたいで不思議な感覚だ。
ひとり暮らしの方が気楽でいいと思っていた。ずっと、そう自分に言い聞かせて僕は満足していたのに……せっかく忘れかけていたことを蒸し返されて嫌な気分になった。
そんなことで動揺している自分が惨めにみえる。

「前に誰かと暮らしてたの? お揃いのマグカップあったから……」
食後のコーヒーをテーブルに置きながら、こともなげに彼女が訊く。
「…………」
「あらっ、悪いこと訊いちゃった?」
「別に構わないさ……」
あんなものを捨てずに取っておいた自分の迂闊さを恥じた。
「ねぇ、朝ご飯、美味しかった?」
そんなことをわざわざ聞く彼女に、女特有の厭らしさを感じて僕はわけもなく腹が立った。
「君の日常を僕の部屋に持ち込まないでくれよ」
「えっ?」
「飯を作ってやれば、男は誰でも大喜びするとでも思ってるわけ?」
「…………」
「飼う気もない野良猫に餌をやらないでくれ!」
「…………」
「そんなことをされたら……」
彼女はじーっと僕の目を見ていた、ひと言も言い返さずに、
「……余計なことをして、ごめんなさい」
そういうと飲みかけのコーヒーをシンクに流し、洗いものを済ませて、冷蔵庫の食材を全部ゴミ箱へ捨ててしまった。そして、ボストンバッグから文庫本を取り出しベッドに寝転がって読み始めた。
気まずい雰囲気が流れたが、僕は仕事に没頭することで彼女の存在を無視した。
やがて、ベッドから規則正しい寝息が聴こえてきた、どうやら彼女はいつの間にか寝てしまったらしい。
僕は仕事机から立ち上がると、寝ている彼女にそっと布団を掛けてやる。その寝顔に言い過ぎたことを謝った。

そんなことをされたら……君が帰った後、僕が寂しくなるじゃないか。


  【 夢の中へ・・・ 】

不条理な夢で目覚めた朝
もの憂い倦怠感で
頭の芯がズキズキ痛む
a0216818_19122110.jpg夢とか希望とかそんな言葉で
ちっぽけな人生を飾ってみても
掴めるものといえば
ほんのひと握りの砂だけ

現実をみろ!
誰かの声が聴こえた
だから現実って な・に・さ

ここには必要なカードがない
湿った部屋はカビ臭いくて
カーテンの色もくすんで見える
無風状態に慣れて心が荒んでいく

ヘッドフォンを着けて
現実をシャットアウトする
もう誰の声も聴こえない

甘い砂糖菓子をひとつ
浅い眠りに誘われていく
いつか見た あのシャガールの
絵の中に溶けこんでしまいたい




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-12-25 14:31 | 恋愛小説

雨と彼女と僕と…… ③

雨の日に女をひとり拾った。
若くもない、取り立てて特徴もない。
ただ白い肌ときれいな歯並びを持っている、そんな女。



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― 第一章 雨と彼女と僕 ―


  第五話 いちご

「いちご」
いきなりスーパーの袋に入った、いちごを僕の目の前に突き出した。
「一緒に食べよう!」
彼女は僕にドアチェーンを外させ、さっさと部屋の中に上がってきた。そのままキッチンのシンクでいちごを洗うと、お皿に盛ってテーブルの上にどんと置いた。
茫然と僕は見ていた、相変わらず突拍子もない女だなぁー。

「ビタミンCが不足してるって……」
「そうかなぁー」
「ひとり暮らしだと野菜とか食べてないでしょう?」
「……あんまり食べない」
「いちご、いっぱい食べて」
「うん」
よく熟れた真っ赤ないちご、ひと粒食べると甘かった。
「甘いね!」
「うんうん、美味しいか?」
彼女は母親のような目で、いちごを食べる僕を見ている。
「ねぇキスしようよ」
彼女は真っ赤ないちごを唇に咥えて僕の唇に押しあてた、いちごを半分かじると、ふたりはいちご味のキスをした。
そのままギュッと抱き合った、肌から伝わる温もりと鼓動が優しい気持ちにさせる。僕は雨の匂いと彼女の香りを吸い込んだ。


  【 いちご 】

頬をなでる風が なま温くなって
どこからか 春の香りを運んできた

ガラス皿に盛った いちごは 
はち切れんばかりの 真っ赤!

嬉しくなって お口に放り込んだら
いちご酸っぱくて 切なくなった……
 
  『 声が聞きたくて 携帯にぎって
       眠った夜もある
   伝わらない想いに 灯り消して
       泣いた夜もある 』

愛してくれない人を 想いつづけるのは
苦しくて 惨めなだけなのに……

どうして わたしじゃダメなんだろう?
お口の中でいちごが 涙の味に変わっていく

弱い自分を叱りつけ 無理やり笑った
わたしの恋はいちご味 甘くて酸っぱい

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白いシーツの海で、僕らは魚になって時を忘れて泳いでいた。
彼女は何度も快楽に身をゆだね、「あなたが気にいった……」という。やはり男と女には身体の相性も大事なんだ。
結婚指輪をしている彼女に「家、大丈夫?」と訊くと、「夫は出張で二、三日帰らないから平気……」と答えた。
僕は不思議と彼女の夫に対して嫉妬とか罪悪感とかそんなものを感じなかった。それは彼女に対して曖昧な感情しか持っていないせいだと思う。
人恋しさで彼女を抱いただけ、女だからセックスした、ただ、それだけのこと。
……いうなればセフレみたいな(これは恋愛ではないんだ)いい訳として僕はそう思うことにしている。

「ねぇ、わたしが傍にいると嬉しい?」
「うん……」
ベッドの中で僕の身体に絡みつくように抱きついてくる彼女の肢体。
「こうしてると寂しくないから……?」
「たぶん……」
「それって、愛じゃないよね?」
「どうかなぁー、よく分からない……」
彼女の問いかけに曖昧に逃げる、僕はそこまで深く考えたくないんだ。愛とか……そういう面倒臭い感情は要らないから。
「わたしは……抱かれた男は愛してると思う」
ひとり言のように呟く彼女の声に、目を瞑り聴こえないふりをした。

   人を愛することは
   孤独からの逃避ではなく
   さらに、さらに深く
   孤独の意味を知ること

即興で作った詩なのか? 彼女が呪文のように唱えた。
セックスは温め合うことであって、真に分かり合えたことではない。
愛することと理解し合うことを混同してはいけない。


  【 屍の海 】

空を見上げる
あなたの隣で
わたしは
深い海に沈んでいく

夢を語る
あなたの声を聴きながら
止めどなく
涙を流している

相容れない
対極の感情がある

二分化した心は
天秤の針のように
揺れて 揺れて……
あてどない

愛することで
人を傷つけてしまう
いつも そう

この掌は血まみれ
何度も 何度も……
屍をのり越えてきた

自虐のナイフで
切り刻んだ
わたしの躯を

二度と
浮き上がれないように
屍の海に投げ込んでしまえ


イラストレーターの僕はアパートで細々と絵を描いて暮らしている。
美大を卒業して、広告会社に就職したが人間関係が煩わしく、独立して七年くらいになる。今は出版社から依頼された雑誌のイラストやカット、スーパーのちらしのポップなども描いている。
まあ、収入は不安定だけど、なんとか食べていけてる。

僕が仕事をしていると、彼女がシリアルをサラダボールに入れて牛乳を注ぎもってきた。
「ねぇ、食べる?」
「仕事中だから要らない」
そういうと、「じゃあ、わたしが食べる」とムシャムシャ食べだした。よくそんなものが喰えると感心する。
なんだか、それは……食事というより餌という感じがするんだ。

「イラストレーターって儲かるの?」
ふいに彼女が訊いてきた。
「……あんまり儲からない」
「じゃあ、なんでやってるの?」
「他に出来ることないから……」
「わたしも詩しか書けない」
「好きなことやっているんだから贅沢はいえないさ」
「そうね、けど無からモノを創りだすのって凄いことなのよ」
「そうだね」
「わたし頭の中には小さな泉があるの、そこからきれい言葉が湧き出してくるんだから」
いい大人が無邪気なことを言ってる、可愛いのか? バカなのか?
だけど、僕と彼女の唯一の共通点は『 創作する人 』ってことくらいかな?

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  【 翼 】

大空に心を飛ばそう
美しいコトバを追いかけて
風船のようにふわふわ漂いながら
心の中に綺麗な模様を描く
それは私だけのオリジナル
私には 『 創作 』という翼がある

誰にも理解されなくて傷ついたことも
ひどい誹りに涙を流したこともある

『 正しさ 』は数の力だろうが
『 真実 』はひとりでも証明できる
ほんの小さなため息で
心の翼は萎れてしまうから
自分 もっと強くなれ!
私には『 創作 』という夢がある

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  第六話 優しい嘘

実際、彼女は無邪気で可愛いけど……要所要所(ようしょようしょ)で小さな嘘をつく。
それは彼女の狡さなのか? 弱さなのか? 優しさなのか?
よく分からないけど……。
さっきも……。

「ねぇ、テレビでも観ようか?」
「うん、観たい」
「…………」
ベッドの上で、膝に乗せたパソコンに向かって彼女が真剣にタイピングしている。僕の話などロクに聞きもせずに、いい加減な生返事をされた。
「ほかのことやってるのに……テレビも観たいわけ?」
彼女の態度が妙にイラついて、テレビのコントローラーをぽんとベッドの上に投げた。
「なぁに?」
パソコンの画面から顔をあげた彼女は、不機嫌な僕に驚いたようだ。
「もう、いいよ!」
「ちゃんと聞いてたから、テレビつけてもいいよ」
「君って、人の話をちゃんと聞きもしないでテキトーに返事すんだね?」
「……なんで怒ってるの?」
「そういう、人を小バカにしたような態度が……」
「ちゃんと聞いてたから!」
「嘘つくなっ!」

なんだか僕もムキになってしまい、「嘘つき」と彼女に言ってしまった。すると彼女は口を尖がらせて反論する。
嘘は最初から騙すためにつくこと。わたしは騙そうと思っていない、ただ本当のことを言わなかっただけで、嘘つきではない。
「わたしのは優しい嘘よ」
「さすが、詩人だ。詭弁も上手い!」
そういうと彼女は怒ってプイと横を向いた。

……そんな彼女が、可愛いと内心ほくそ笑んでいる、僕こそ本当の嘘つきかもしれない。

怒って、ふたたびパソコンに向かった彼女を背後からギュッと抱きしめた。服の上から乳房をまさぐり、首すじにそって舌を這わせてキスをすると、
「あん……」ぐにゃりと彼女の身体が柔らかくなった、小さく喘いで僕に身体をあずけてきた、パソコンのウインドウは閉じられた。
たぶん僕は、彼女にかまって欲しかったんだ。


 【 嘘つきゲーム 】

わたしを傷つけないように

 あなたが優しい嘘をつく

  嘘だと分かっていても

   わたしは騙されたふりをする

    あなたがまだわたしを

     愛していると信じたいから

      ふたりの心を繋いでいる

       嘘つきゲームは終われない




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創作小説・詩

by utakatarennka | 2018-12-20 14:50 | 恋愛小説